トレイ
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憧れだったのよ!
男女共学になって久しいナイトレイブンカレッジ。年頃の男女が共になると――様々な伝説や伝統が作られる。その代表的なものが恋人同士による「ネクタイ」、「リボン」、「スカーフ」の交換である。
他に同寮の恋人が腕章を交換するなん伝統もある。尚、この腕章は別の寮に所属する恋人同士でもリボン部分を交換することで成り立っている。
さて、そんな伝統に恋い焦がれるナイトイレブンカレッジの女子生徒がいる。
林檎の木の下ベンチに座り、新品同然のネクタイを見下ろす。
綺麗に包装されたネクタイ。普段リボンやスカーフをしているから今まで一度も身に着けたことがなかった。
そのネクタイが役立つときなのだが、今も役立たせることができずにわたしの手元にある。
「意気地なし」
綺麗に包装されたままのネクタイを見下ろしながら深く息を吐き出す。
もう何度もついている溜息。それでもわたしは恋人に中々言い出せない。いや、何度か切り出そうとしたけれど邪魔が入ったりタイミングが悪かったり――なんて。
「言い訳なのよね」
本当は何度か言い出せそうだった。それでも直前になって言い出せなくてわたし自身がうやむやにしてしまっている。だから、鞄に忍ばせていたネクタイはわたしの手元に残っている。
「トレイ自身はどう思っているのかしら……」
小さい頃からの片想いが成就して恋人となったトレイ。彼はこの交換の伝統をどう思っているのだろうか。
この伝統の話を聞いたときに相手が嫌がった場合その恋人は破局するとも聞いた。もし、もしも、トレイに拒否されたらわたしも落ち込むし引きずる。
「どうなんだろう」
彼は優しいからわたしが交換したいと言えばしてくれると思う。嫌とか思っても叶えてくれるだろう。それでその後も普通にスペアのネクタイとか使っていそう。ありえそう。
「おいおい。お前の中での俺はどんな酷い奴なんだ」
「だって。あんなに爽やかでも――ぇ゛」
ベンチの後ろから投げかけられた声に思わず答えていた。
咄嗟に口を閉じて振り返る。そこにはベンチの背もたれに両手をついて片方の眉を上げて困った風に笑うトレイがいた。
血の気が引く中、動揺を声に乗せて「え、き、え、しゃべって?」と訊ねる。それにトレイはそのままの顔で頷いた。
「ッッ!」
ずっと独り言をブツブツ言っていたなんて。いや、そもそもずっと独り言をつぶやいているつもりはなかった。誰も通らなかったからいいけれど傍らから見たら痛い女の子すぎる。恥ずかしい。
顔が真っ赤になって顔をも上げられずに顔を隠す。すると、トレイの笑いが聞こえると隣になかったところに人の気配がした。
――トレイが隣に座ったんだわ。
わたしは顔から両手を外して膝に乗せていたネクタイを掴む。もうこの状況わたしが何をしたかったかきっと彼にお見通しに違いない。
「ネクタイ持っていたのか?」
「入学するとき一応って買っていたの」
「ああ。だから、そのままなんだな」
「うん……」
じわりじわりと忍び寄る感じがすごくトレイらしい。普段その遠回しな感じも優しさと感じる。でも、今はわたしのことをからかっているというか。つまり、意地悪の方なトレイだ。
わたしはじっと下から困った顔から楽しそうな顔になっているトレイの顔を見る。
トレイはわたしの視線の意味に気づいたのかまた声を出して笑った。それから目を細めて「素直にお願いしてきてよかったんだぞ」と言った。
ほら、わたしの気も知らないで簡単にそう言う。考えすぎるのはわたしの駄目なところって言うのは知っている。けど、少し考えてしまうのも分かってほしい。
「分かってるよ。けど、お前はもう少し気軽に聞いてくれていいんだぞ」
「だって! ネクタイの交換よ!」
「とっても大事なのよ」と言ってもきっとトレイには伝わらない。たかがネクタイの交換って思っているに違いない。それにこの伝統は女子生徒が好むものだし。
「ネクタイの交換なぁ。俺も付き合い始めた頃にケイトにしないのかって言われたな」
その光景がありありと浮かぶ。というか、誰にも言っていない時点でわたしとトレイが付き合っているというのを察知したケイトくんのすごさ。情報通だからなのかな。
「でも、交換しようにもアンジェリーナは普段リボンだからと思ってな」
「あ」
咄嗟に胸元のリボンに触れる。確かにこれじゃ提案もできないし、わたしがしてくるとも思わないだろう。なら、やっぱり自分のミスというか自分のせいではないか。
「はぁ。気にしてくれていたのにごめん」
ガクンと項垂れる。やっぱり優しいというか他人の方を気にしてしまうトレイ。それに甘え過ぎている自分が嫌になってくる。
「いいよ。それにアンジェリーナが交換したいのなら話は別だろ?」
シュルと音が聞こえて顔を上げるとトレイが自分のネクタイを解いていた。その姿にドキドキしちゃうのは好きな男の子だからだろう。というか、いつだか見た雑誌で女の子がドキドキする仕草に入っていたけれどほんとにドキドキする。
心臓が煩くなって落ち着かなくなっていく。それを何とか誤魔化すため包装からネクタイを取り出す。使ったことが一度もないネクタイが出て来た。
「なんか新品と取り返るのは気が引けるな」
「俺も新品にするか?」と言うトレイにわたしは頭を横に振った。けど、断ったことにすぐに失態に気づく。これじゃまるで使用済みのモノが欲しい女の子じゃない。いや、でも普段使っていた方がいいんだっけ。そこまで聞いたことがない。
「使用済みでいいのかしら?」
「アンジェリーナ?」
「え、な、何でもないわっ!」
気にしないでと言えばトレイが「そうか」って困った顔でネクタイを差し出してきた。わたしはその代わりというように新品同様の自分のネクタイを差し出す。そして、わたしたちはネクタイの交換を果たした。
* * *
「あれ? トレイ先輩のネクタイなんか綺麗っすね」
目敏く気づいたエースに俺はネクタイに触れながら「ああ」と軽く答えた。
触れたネクタイは入学したての頃の感触のようだった。それはそうだ。二年間ずっと外に出ることがなかったんだから。何だかやっぱり悪いなって思ってしまう。それにやっぱりアンジェリーナのモノを身に着けているのは気恥ずかしい。
「クローバー先輩のネクタイ。草臥れた様子はなかった気がしますけど」
デュースの見当違いな意見にこの二人はまだ「伝統」を知らないのかもしれない。いや、お兄さんがこの学園の卒業生であるエースは知っているだろう。ほら、デュースの隣で見当がついたという顔をしている。本当に分かりやすい。
「デュースちゃんは本当に伝統に疎いんだなぁ」
「あ? 何だよ」
「こらこら。喧嘩するなって」
課題を見てほしいっていうから見てやっているのに。これならハリネズミの世話と調理後の片づけもプラスさせるか。そんなことを考えながら揶揄うエースと語尾を荒げるデュースを宥める。
「で、その伝統ってなんですか」
エースじゃ埒にならないというようにデュースが俺に話しかけて来た。もう勉強することも忘れているらしい。だが、どうせそろそろ集中力が切れると思っていたからちょうどいい。
「ナイトレイブンカレッジが共学になってから恋人同士がお互いのネクタイや腕章を交換するっていう伝統のことだよ」
「へぇ。このナイトレイブンカレッジでも随分ロマンチックな――……え!」
感心しながら最後にデュースが気付いたらしい。鈍感だが勘がいいときは勘がいいんだよなぁ。顔を真っ赤にさせるデュースにエースがまたからかいながら肩を叩く。
「て、てことは、クローバー先輩って恋人がいたんすか!」
「いた、じゃねぇだろ。いるんだっての! ね、先輩」
顔が真っ赤なスペードの兵士とニヤニヤ顔のハートの兵士に俺は笑かける。途端にエースの唇の端が引き攣る。それから視線を泳がせながらペンを握り直した。デュースも呆然としながらだがペンを握った。でも、気になるのかチラチラこっちを見て来る。そのデュースの様子は面白いが俺としては勉強に集中してほしいんだがな。仕方ない。
「いるぞ」
「っ! マジっすか!」
「いっ、うるせぇぞ、デュース!」
「お前もうるさい!」
どっちもうるさいがな、と見ながら俺はティーカップを片付ける。お盆に全部乗せて片付けようと立ち上がって振り返ったらそこにリドルがいた。出入り口で何を突っ立っていると声をかけようとしたらリドルの目が見開き――。
「トレイッッ! どうしてボクに言ってくれなかったんだいッッ!」
何だかよくわからない修羅場が始まった気がした。俺は後ろで騒ぐ二人と顔を真っ赤にさせる幼馴染を前にして乾いた笑いしか出なかった。
* * *
「あれ? アンジェリーナ先輩、ネクタイにしたんですか?」
「へへ。ちょっとね」
同寮のエペルくんと朝一緒になると目敏く気づいてくれた。わたしはいつものリボンをやめてトレイのネクタイをしている。慣れないネクタイでちょっと手間取ったけれど綺麗にできたと思う。
「だから、ブラウスもネクタイに合うようにシンプルにしたんですね」
「そうよ。エペルくんもそういうところに気づくようになったんだね」
エペルくんは可愛い顔に似合わない渋い顔で「ええ、まぁ」という曖昧な返事をする。サバナクロー寮に憧れていた一年生の初めの頃を思い出せば大分態度が柔らかくなった。それでもきっとこの寮に馴染んだことがちょっと複雑なんだろう。
「わかるなぁ。わたしも最初はここの寮は合わないって思っていたから」
「ええ! そんなことないですよ!」
「ふふ。ありがとう」
誰よりも可愛い後輩にそう言われるのは嬉しい。そして、わたしも少しだけ可愛くなったのかなって思って自信がつく。
「でも、なんかそのネクタイ新品って感じしませんね」
「一年生のときはネクタイだったんですか?」と訊ねるエペルくんにわたしは首を横に振ると何だか照れくさくなる。
そっか。やっぱりこのネクタイは新品に見えないのか。そっと触れながらやっぱり新品の素材とは違う感触にドキドキする。
「先輩?」
「あ、や、何でもないわ! へ、へへ、ちょっとこれには訳があって――」
「それは薔薇の騎士 のものだろう?」
「ヒッ!」
「わっ」
突然現れた狩人の帽子がトレードマークの先輩に引き攣った声が出る。こういうとき可愛い声が出せればいいが今まで出た試しがない。
別の意味で煩くなった心臓を抑えながら「おはようございます。ルーク先輩」と言う。ルーク先輩はパチンと綺麗なウィンクをして「おはよう」って返してくれた。にしても本当に何でも知っている。
「え、いま、え、薔薇の騎士 ってあの人って」
知らなかったらしいエペルくんにわたしは恥ずかしくなりながら「トレイよ」と言えば大きな目がカッと開いた。そんなに驚かなくても。もしかしてわたしでは似合わないって思ったのかしら。
「先輩、見る目あるなぁ」
「え?」
村の訛りを出すエペルくんが腕を組んで神妙に頷く。何か彼の中で頷けるものがあったらしい。彼も彼でなんか独特の基準があるからな。
「あ、ありがとう?」
「ふふ。ついに君もネクタイを交換できたんだね」
「よかったね」というルーク先輩に何でもお見通しというのが恥ずかしい。色々言われるけれど優しい先輩であることには間違いないのだけれど。
「ん? に゛しても゛……んんっ、にしても交換になにか意味があるんですか?」
訛りを直しながらおしとやかに訊いて来るエペルくん。一年生のエペルくんはどうやら交換の伝統を知らないみたいだ。やっぱり男の子の中では噂にもならないのかしら。
「ふふ。女性好みの伝統だからね。エペルくん。これは男女共学になってからの伝統でね」
と、先輩らしく教えるルーク先輩。後輩らしく頷くエペルくん。こうしてまた伝わっていくのかなと見つめていた。
けど、そのほんわかしたのも束の間。あっという間にわたしとトレイが恋人同士であることが広まってしまった。
男女共学になって久しいナイトレイブンカレッジ。年頃の男女が共になると――様々な伝説や伝統が作られる。その代表的なものが恋人同士による「ネクタイ」、「リボン」、「スカーフ」の交換である。
他に同寮の恋人が腕章を交換するなん伝統もある。尚、この腕章は別の寮に所属する恋人同士でもリボン部分を交換することで成り立っている。
さて、そんな伝統に恋い焦がれるナイトイレブンカレッジの女子生徒がいる。
林檎の木の下ベンチに座り、新品同然のネクタイを見下ろす。
綺麗に包装されたネクタイ。普段リボンやスカーフをしているから今まで一度も身に着けたことがなかった。
そのネクタイが役立つときなのだが、今も役立たせることができずにわたしの手元にある。
「意気地なし」
綺麗に包装されたままのネクタイを見下ろしながら深く息を吐き出す。
もう何度もついている溜息。それでもわたしは恋人に中々言い出せない。いや、何度か切り出そうとしたけれど邪魔が入ったりタイミングが悪かったり――なんて。
「言い訳なのよね」
本当は何度か言い出せそうだった。それでも直前になって言い出せなくてわたし自身がうやむやにしてしまっている。だから、鞄に忍ばせていたネクタイはわたしの手元に残っている。
「トレイ自身はどう思っているのかしら……」
小さい頃からの片想いが成就して恋人となったトレイ。彼はこの交換の伝統をどう思っているのだろうか。
この伝統の話を聞いたときに相手が嫌がった場合その恋人は破局するとも聞いた。もし、もしも、トレイに拒否されたらわたしも落ち込むし引きずる。
「どうなんだろう」
彼は優しいからわたしが交換したいと言えばしてくれると思う。嫌とか思っても叶えてくれるだろう。それでその後も普通にスペアのネクタイとか使っていそう。ありえそう。
「おいおい。お前の中での俺はどんな酷い奴なんだ」
「だって。あんなに爽やかでも――ぇ゛」
ベンチの後ろから投げかけられた声に思わず答えていた。
咄嗟に口を閉じて振り返る。そこにはベンチの背もたれに両手をついて片方の眉を上げて困った風に笑うトレイがいた。
血の気が引く中、動揺を声に乗せて「え、き、え、しゃべって?」と訊ねる。それにトレイはそのままの顔で頷いた。
「ッッ!」
ずっと独り言をブツブツ言っていたなんて。いや、そもそもずっと独り言をつぶやいているつもりはなかった。誰も通らなかったからいいけれど傍らから見たら痛い女の子すぎる。恥ずかしい。
顔が真っ赤になって顔をも上げられずに顔を隠す。すると、トレイの笑いが聞こえると隣になかったところに人の気配がした。
――トレイが隣に座ったんだわ。
わたしは顔から両手を外して膝に乗せていたネクタイを掴む。もうこの状況わたしが何をしたかったかきっと彼にお見通しに違いない。
「ネクタイ持っていたのか?」
「入学するとき一応って買っていたの」
「ああ。だから、そのままなんだな」
「うん……」
じわりじわりと忍び寄る感じがすごくトレイらしい。普段その遠回しな感じも優しさと感じる。でも、今はわたしのことをからかっているというか。つまり、意地悪の方なトレイだ。
わたしはじっと下から困った顔から楽しそうな顔になっているトレイの顔を見る。
トレイはわたしの視線の意味に気づいたのかまた声を出して笑った。それから目を細めて「素直にお願いしてきてよかったんだぞ」と言った。
ほら、わたしの気も知らないで簡単にそう言う。考えすぎるのはわたしの駄目なところって言うのは知っている。けど、少し考えてしまうのも分かってほしい。
「分かってるよ。けど、お前はもう少し気軽に聞いてくれていいんだぞ」
「だって! ネクタイの交換よ!」
「とっても大事なのよ」と言ってもきっとトレイには伝わらない。たかがネクタイの交換って思っているに違いない。それにこの伝統は女子生徒が好むものだし。
「ネクタイの交換なぁ。俺も付き合い始めた頃にケイトにしないのかって言われたな」
その光景がありありと浮かぶ。というか、誰にも言っていない時点でわたしとトレイが付き合っているというのを察知したケイトくんのすごさ。情報通だからなのかな。
「でも、交換しようにもアンジェリーナは普段リボンだからと思ってな」
「あ」
咄嗟に胸元のリボンに触れる。確かにこれじゃ提案もできないし、わたしがしてくるとも思わないだろう。なら、やっぱり自分のミスというか自分のせいではないか。
「はぁ。気にしてくれていたのにごめん」
ガクンと項垂れる。やっぱり優しいというか他人の方を気にしてしまうトレイ。それに甘え過ぎている自分が嫌になってくる。
「いいよ。それにアンジェリーナが交換したいのなら話は別だろ?」
シュルと音が聞こえて顔を上げるとトレイが自分のネクタイを解いていた。その姿にドキドキしちゃうのは好きな男の子だからだろう。というか、いつだか見た雑誌で女の子がドキドキする仕草に入っていたけれどほんとにドキドキする。
心臓が煩くなって落ち着かなくなっていく。それを何とか誤魔化すため包装からネクタイを取り出す。使ったことが一度もないネクタイが出て来た。
「なんか新品と取り返るのは気が引けるな」
「俺も新品にするか?」と言うトレイにわたしは頭を横に振った。けど、断ったことにすぐに失態に気づく。これじゃまるで使用済みのモノが欲しい女の子じゃない。いや、でも普段使っていた方がいいんだっけ。そこまで聞いたことがない。
「使用済みでいいのかしら?」
「アンジェリーナ?」
「え、な、何でもないわっ!」
気にしないでと言えばトレイが「そうか」って困った顔でネクタイを差し出してきた。わたしはその代わりというように新品同様の自分のネクタイを差し出す。そして、わたしたちはネクタイの交換を果たした。
* * *
「あれ? トレイ先輩のネクタイなんか綺麗っすね」
目敏く気づいたエースに俺はネクタイに触れながら「ああ」と軽く答えた。
触れたネクタイは入学したての頃の感触のようだった。それはそうだ。二年間ずっと外に出ることがなかったんだから。何だかやっぱり悪いなって思ってしまう。それにやっぱりアンジェリーナのモノを身に着けているのは気恥ずかしい。
「クローバー先輩のネクタイ。草臥れた様子はなかった気がしますけど」
デュースの見当違いな意見にこの二人はまだ「伝統」を知らないのかもしれない。いや、お兄さんがこの学園の卒業生であるエースは知っているだろう。ほら、デュースの隣で見当がついたという顔をしている。本当に分かりやすい。
「デュースちゃんは本当に伝統に疎いんだなぁ」
「あ? 何だよ」
「こらこら。喧嘩するなって」
課題を見てほしいっていうから見てやっているのに。これならハリネズミの世話と調理後の片づけもプラスさせるか。そんなことを考えながら揶揄うエースと語尾を荒げるデュースを宥める。
「で、その伝統ってなんですか」
エースじゃ埒にならないというようにデュースが俺に話しかけて来た。もう勉強することも忘れているらしい。だが、どうせそろそろ集中力が切れると思っていたからちょうどいい。
「ナイトレイブンカレッジが共学になってから恋人同士がお互いのネクタイや腕章を交換するっていう伝統のことだよ」
「へぇ。このナイトレイブンカレッジでも随分ロマンチックな――……え!」
感心しながら最後にデュースが気付いたらしい。鈍感だが勘がいいときは勘がいいんだよなぁ。顔を真っ赤にさせるデュースにエースがまたからかいながら肩を叩く。
「て、てことは、クローバー先輩って恋人がいたんすか!」
「いた、じゃねぇだろ。いるんだっての! ね、先輩」
顔が真っ赤なスペードの兵士とニヤニヤ顔のハートの兵士に俺は笑かける。途端にエースの唇の端が引き攣る。それから視線を泳がせながらペンを握り直した。デュースも呆然としながらだがペンを握った。でも、気になるのかチラチラこっちを見て来る。そのデュースの様子は面白いが俺としては勉強に集中してほしいんだがな。仕方ない。
「いるぞ」
「っ! マジっすか!」
「いっ、うるせぇぞ、デュース!」
「お前もうるさい!」
どっちもうるさいがな、と見ながら俺はティーカップを片付ける。お盆に全部乗せて片付けようと立ち上がって振り返ったらそこにリドルがいた。出入り口で何を突っ立っていると声をかけようとしたらリドルの目が見開き――。
「トレイッッ! どうしてボクに言ってくれなかったんだいッッ!」
何だかよくわからない修羅場が始まった気がした。俺は後ろで騒ぐ二人と顔を真っ赤にさせる幼馴染を前にして乾いた笑いしか出なかった。
* * *
「あれ? アンジェリーナ先輩、ネクタイにしたんですか?」
「へへ。ちょっとね」
同寮のエペルくんと朝一緒になると目敏く気づいてくれた。わたしはいつものリボンをやめてトレイのネクタイをしている。慣れないネクタイでちょっと手間取ったけれど綺麗にできたと思う。
「だから、ブラウスもネクタイに合うようにシンプルにしたんですね」
「そうよ。エペルくんもそういうところに気づくようになったんだね」
エペルくんは可愛い顔に似合わない渋い顔で「ええ、まぁ」という曖昧な返事をする。サバナクロー寮に憧れていた一年生の初めの頃を思い出せば大分態度が柔らかくなった。それでもきっとこの寮に馴染んだことがちょっと複雑なんだろう。
「わかるなぁ。わたしも最初はここの寮は合わないって思っていたから」
「ええ! そんなことないですよ!」
「ふふ。ありがとう」
誰よりも可愛い後輩にそう言われるのは嬉しい。そして、わたしも少しだけ可愛くなったのかなって思って自信がつく。
「でも、なんかそのネクタイ新品って感じしませんね」
「一年生のときはネクタイだったんですか?」と訊ねるエペルくんにわたしは首を横に振ると何だか照れくさくなる。
そっか。やっぱりこのネクタイは新品に見えないのか。そっと触れながらやっぱり新品の素材とは違う感触にドキドキする。
「先輩?」
「あ、や、何でもないわ! へ、へへ、ちょっとこれには訳があって――」
「それは薔薇の
「ヒッ!」
「わっ」
突然現れた狩人の帽子がトレードマークの先輩に引き攣った声が出る。こういうとき可愛い声が出せればいいが今まで出た試しがない。
別の意味で煩くなった心臓を抑えながら「おはようございます。ルーク先輩」と言う。ルーク先輩はパチンと綺麗なウィンクをして「おはよう」って返してくれた。にしても本当に何でも知っている。
「え、いま、え、薔薇の
知らなかったらしいエペルくんにわたしは恥ずかしくなりながら「トレイよ」と言えば大きな目がカッと開いた。そんなに驚かなくても。もしかしてわたしでは似合わないって思ったのかしら。
「先輩、見る目あるなぁ」
「え?」
村の訛りを出すエペルくんが腕を組んで神妙に頷く。何か彼の中で頷けるものがあったらしい。彼も彼でなんか独特の基準があるからな。
「あ、ありがとう?」
「ふふ。ついに君もネクタイを交換できたんだね」
「よかったね」というルーク先輩に何でもお見通しというのが恥ずかしい。色々言われるけれど優しい先輩であることには間違いないのだけれど。
「ん? に゛しても゛……んんっ、にしても交換になにか意味があるんですか?」
訛りを直しながらおしとやかに訊いて来るエペルくん。一年生のエペルくんはどうやら交換の伝統を知らないみたいだ。やっぱり男の子の中では噂にもならないのかしら。
「ふふ。女性好みの伝統だからね。エペルくん。これは男女共学になってからの伝統でね」
と、先輩らしく教えるルーク先輩。後輩らしく頷くエペルくん。こうしてまた伝わっていくのかなと見つめていた。
けど、そのほんわかしたのも束の間。あっという間にわたしとトレイが恋人同士であることが広まってしまった。
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