どこにでもある恋物語
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女の子は男の子に恋している
実家の斜め前に人気のケーキ屋さんがある。わたしはそこのケーキが大好き。どれくらい好きかと言えば、おやつに出て来るととびきり気持ちが跳ね上がるほどだ。
毎日食べたいくらい大好きなケーキだけど太りやすいわたしの体質を考えて一週間に一回だけだった。お母さんが気遣ってくれているは知っている。それでも食べたくて意地汚く店先のガラスケースを覗いていたときだった。
「よかったらうちのケーキ食べていくか?」
若草色の髪を持った男の子に声をかけられたのだ。
わたしは意地汚いところを見られた羞恥心で顔を赤くさせて口を噤んでしまった。それに男の子は慌てて謝って来た。
「ごめん。いきなりケーキ食べて行くなんて」
「ぇ、あ、ちがっう」
声を振り絞って首を振って違う、違うと必死に訴える。わたしの必死の訴えが伝わったのか男の子は顔を緩めて屈託のない笑みを浮かべた。
「よかった」
その可愛らしい微笑みにわたしは胸を高鳴らせた。今まで感じたことがない胸の高鳴りだ。ここのケーキを前にしたとき以上の胸のときめく音がした。
これがわたしの初恋でいまも一途に想いを寄せている男の子――トレイとの出逢い。
* * *
朝、目を覚まして初めにすることは姿見の前に立つこと。起き抜けの髪の毛は酷く絡まっているけれど、わたしにとってそこは重要なことではない。重要なのは頬と、腹周りに、体重だ。
わたしは姿見の前に立ってまずは丸い頬に触れる。相変わらず柔らかくて丸い。触り心地が良いことで有名になりつつある頬。それはお姉さまたちの影響で使い始めた化粧品たちのお蔭であってほしい。
「よし」
考えつつ真剣に触れた丸い頬の感触は大丈夫だ。次に私は腹周りを触る。パジャマの上からじゃ分からないのでしっかりと下から直に触れる。
「ここも、よし」
触れた感触は昨日とさして変わらない。でも、まだ油断は出来ない。姿身の足元にある体重計を見る。無機質な機械を見て思わず喉を鳴らし戦々恐々の心地でわたしは体重計に乗った。それからはっきりと数字が出るまでの数秒だけ目を瞑って祈りのポーズをするのが恒例だ。
――昨日ちょっと大目に食べた食堂のクッキー分増えていませんようにっ。
祈りを終えて目を開き恐る恐る数字を見れば――わたしの心に大雨が降りだした。
「やっぱり、三十グラム増えているっ」
昨日しっかりと運動で消費したはずなのに体重は増えていた。寝る前に太るような飲み物も飲んでいないのに何故。
心の中に大雨を降らせながら体重計を降りて傍に置いてある小さなノートを取る。このノートは日々の体重が記録されているものだ。ダイエットを始めてからずっと記録を取っている。これでももう何冊目だったろうか。
落ち込んだ気持ちで昨日よりも増えた体重を書きながら溜息を零す。
「今日は無駄なお菓子を食べないようにしないと」
でも、今日はお姉さま方のお茶会がある。学期最後の各寮長、副寮長が集まったお茶会が今日は催される。わたしは寮長でもなければ副寮長でもない一般の生徒だ。けれど、わたしの世話をしてくれたお姉さまは寮長だった。その寮長に贈ったフラワーアレンジメントが気に入られ今ではお茶会のお花の担当になっている。
あの華やかな催しに携わるなんて人生何が分からない。それに、そのお姉さまのお蔭で入学してから体重が減っているし、肌も何もかも良くなっている。
お姉さまには感謝してもしきれないのだがあのお茶会は目の毒なのだ。
「並んでいるお菓子がおいしそうなのがねぇ」
煌びやかな姿をしたお菓子を思い出しながらわたしはようやく身支度を始める。
絡まっている髪の毛を梳きながらわたしはカレンダーを横目に見る。もう少しで夏休みが始まる。ここが気合の見せどころだ。
「昨日よりは太ったけど、この間の帰省より痩せているしね」
今日しっかりと運動しようと意気込みながらテキパキと身支度を追わせて部屋を後にした。
* * *
ついに帰省の日を迎えた。お姉さま方や友人たちと別れて数時間後、わたしは懐かしい空気が満ちた街に降り立った。
故郷の薔薇の国は学校よりも少し暑い。首筋を流れる汗を拭うが首筋に張り付く髪の毛が不愉快になって来た。家に着くまでにはもう少し時間がかかる。これ以上不愉快になるのは我慢らない。わたしは鞄からリボンを取り出して髪の毛を纏め始めると――。
「随分暑そうだな」
かけられた声に振り返ると若草色の髪を持った男の人がいた。
「トレイ? あなたも帰って来たの?」
「俺たちの学校も夏休みだからな。なぁ、リドル」
身体をずらして現れたのは薔薇のような赤い髪を持った少年だった。彼の名前はリドル。私と同じ歳だけどすでにあの名門ナイトレイブンカレッジの寮長を務めるほどの秀才だ。でも、彼はいつもキリキリとした感じがしてわたしは少しだけ苦手だったりする。それでも彼を邪険に扱う理由はない。
「リドルくん。こんにちは」
「こんにちは」
素っ気ない返事に気にすることはない。いつも彼はわたしに対してそんな感じだ。それから彼は苛立ちげに時刻表を見て「何で時間通りに来ないんだ。怠慢じゃないか?」と呟いている。相変わらずというより以前に増してキリキリしているのが触れてはいけない。
「髪、結ばないのか?」
「あ、うん」
言われて止まっていた手を動かして最後に水色のリボンで纏める。首筋に覆うものがなくなったお蔭で随分涼しくなった。
「前より伸びたな」
「そう?」
汗に濡れてさらに癖になっている髪の毛を一房手に取る。毛先はお姉さまのお蔭で綺麗なキューティクルを維持していたが、夏休みの間それを保てるもう自信が無くなってきた。
「難しい顔してどうしたんだ?」
「お姉さま方のお蔭で髪の毛が綺麗だったのに休みの間は大丈夫かなって」
「お姉さま……ブルームノヴァでは本当に先輩をそう呼ぶんだな」
「うん。本当だったの」
神妙な顔をするトレイにつられるように神妙に頷く。
わたしの通うブルームノヴァ・カレッジは魔法士養成学校のひとつだ。ナイトレイブンカレッジと同じ名門だ。そのナイトレイブンカレッジは男子校だがわたしの学校は女子校だ。ここに入学できた女子はやはり箔がつくらしくわたしの両親も手を叩いて喜んだし、わたしも嬉しかった。
ただ、噂通りの学校で驚いたことも覚えている。魔法士になることも目標だが、この学校は立派なレディになることも目標のひとつだ。例に先輩方は皆等しくお姉さまと呼ぶ習慣がある。それが立派なレディに繋がるかは甚だ疑問だけれどお姉さまと呼びたくなる雰囲気があるのは本当だった。
「わたしも新学期からお姉さまかと思うと気が重いわ」
「ははは。まぁ、お前は面倒見もいいし大丈夫だろ」
「そうかしら?」
面倒見がいいのはトレイの方だ。わたしはそのトレイの真似をしているに過ぎない。それをきっと優秀な後輩たちは偽善だと見て懐かないだろう。
「なぁ。夏休みって予定空いてるか?」
「っ、ぁ、空いているけどっ」
いきなりの誘いに声が上ずってしまった。恥ずかしさに頬を赤くさせるが暑さで何とかごまかせていることを祈る。と、頬の赤さを心配している場合ではない。
わたしはトレイに向かって「何かあるの?」と訊ねる。トレイは人好きのいい笑みを浮かべたまま「新作のケーキの試食を頼みたいんだ」と言った。途端にわたしの心に大嵐が巻き起こる。
大好きな彼の新作ケーキを食べられる喜ぶわたし、と太ってしまうと嘆く乙女なわたし。二人のわたしが交互に浮気沈みしている。だが、好きな人の誘いは背に腹は代えられない。わたしはぎこちなく頷いた。
「いいわよ。すごく楽しみにしているわ」
「そうか。なら頑張って作らないとな」
笑顔の彼を見てわたしの心はときめくと同時に新たな決意を生み出した。
――明日からダイエットの計画変えないと!
今年の夏もどうやら忙しいようだ。
* * *
帰省した翌日早速ケーキが出来たとトレイの店兼自宅に呼ばれた。
いきなり過ぎないと思いながらお姉さま方に教わったお化粧、ヘアアレンジをする。服装も新しく買った水色のワンピースを着る。
「な、なんか気合入っているように見えるかな?」
姿見の自分は随分と垢ぬけたと思う。でも、こうした姿のわたしをトレイは見たことがないはず。
「可愛いって思ってくれるかな?」
彼が自分を好きになることは限りなくないだろう。でも、少しでも可能性があるならばどうか恋愛対象の女の子として意識してほしい。
わたしはドキドキしながら家を出て斜向かいのケーキ屋に向かった。
結果、トレイは「随分と雰囲気が変わったな」で終わった。少し目を見開いて驚いた顔をしたけれど結局それで終わった。今は薔薇がアクセントの可愛らしいケーキの前にわたしは座っている。
――や、やぱり駄目か。もう次からは家にある普通の服着よう。
でも、いきなり普段着に戻ったらそれはそれで可笑しいかも。ぐるぐると頭の中で考えているといい香りの紅茶と切り分けられたケーキが乗ったお皿が置かれた。
薔薇のケーキは切った断面も綺麗で惚れ惚れするものだった。
「流石トレイね。ホールの状態も可愛くて好きだったけど、切っても綺麗だわ」
「ありがとな」
「お世辞でも嬉しい」と言うけれどお世辞など彼のケーキに対して一度も言ったことはない。それでも彼はいいからと笑うからわたしは何も言わずにケーキを食べようとしたけれど――ふと昨日のリドルくんを思い出してしまう。
「ねぇ。リドルくんだけど……」
一度フォークを置いてティーカップを持ったトレイを見る。その姿もカッコイイな、と感想が浮かぶが一度忘れてリドルくんの話しをする。
本当はトレイとリドルくんの話しはしたくない。何故なら彼の興味が全てリドルくんにいってしまうからだ。それでも昨日の彼の様子を見て聞かずにはいられなかった。
「何だか酷く苛立っていた様子だけど学校で何かあったの?」
「お前にはそう見えたか?」
「ええ。確かに彼はお家のことを考えれば規律に厳しくて神経質な性質だと思うけど……なんか、それとはまた違う気がするのよね」
「帰る前に何かあったの?」と訊ねる。トレイはこちらに紅茶を渡しながら椅子に腰かけて深い溜息を吐いた。
「あいつが寮長になったのは知っているよな」
頷くとするとトレイの口から出るわ、出るわ、リドルくんを心配する言葉が。でも、仕方ないのかもしれない。彼らの関係をただ傍観してきたわたしに口を挟む権利はない。それでも彼からリドルくんの話を聞くことはできる。
暫くリドルくんの話を聞いてわたしがようやくトレイのケーキにありついたときだった。
「お前随分と痩せたな……いや、痩せすぎじゃないか?」
「……え?」
口に入れたケーキが解けていく感覚がさっとなくなる。それよりも彼は今何と言った。
「や、痩せすぎかしら?」
「ああ。もしかして学校の食事が美味くないのか?」
「そんなこと! とっても美味しかったし、いつもちゃんと三食食べていたわ」
「じゃ、食欲がないわけではないんだな」
「ええ。今もあなたのケーキをちゃんと食べているじゃない」
「とても美味しいわ」と答えれば嬉しそうにはにかむトレイにときめきが止まらない。
「けど、これから夏だからな。暑くなって食欲が落ちることがある。しっかりと食べるんだぞ」
「き、気をつけるわ……」
食事管理はしっかりするつもりだけど、わたしの心に影が落ちる。
好きな人のために痩せたというのにその本人から痩せすぎなんて。そこでわたしはひとつ思い至る。
トレイが最後に見たわたしはホリデー中の痩せている最中のふっくらとしていた。故に、標準体重よりも少し少ない姿わたしとの落差に着いて行けないのだ。緩やかに痩せているようで久々に会えば痩せすぎているように見えるだろう。ならば、何も問題ない。彼が慣れてくれればいいことなのだから。
問題解決。これからも体型維持を頑張っていこう。そうしてわたしは景気よくケーキを口に放り込んだ。
* * *
「はぁ。疲れた」
バタンと扉を閉めてわたしは速攻でシャワー室に向かった。この学校の寮は生徒数が多くないので一年次から一人部屋を与えられる。とても気楽に部屋を使えるのでありがたい限りだ。
一通りの手入れを施してルームウェアに着替えてわたしはベッドに倒れ込む。そして、自分の腹を触るとまだ柔らかい。
「くっ。太っているわっ」
案の定、夏休みに体重が二キロも増えてしまった。考えなくてもトレイの美味しいケーキのお蔭だ。でも、とても美味しかった。彼の腕前がまたあがったことはしっかりと確認出来た。ついでに、色々レシピも教えられたので友人たちに振る舞うことが出来る。
それでも増えた体重が忌々しくて自分を呪いたい気分だった。実行はしないけれど。
増えた体重を恨めしく思いながら新学期も始まりわたしは進級して二年生になった。同時に、後輩も入りめでたくもお姉さまとなった。麗しい雰囲気は皆無だけれど後輩は皆優しくお姉さまと呼んでくれる。〝いい子〟が多い。含むような言い方がまだまだ懐いているとは言い難いからだ。彼女たちが懐いたときこそ一人前のお姉さまなのだ。とはいえ、わたしは張り切るつもりはなかったのだが。わたしのお姉さまが許さない。
「調教なんてできる訳ないのに」
ふぅっと息を吐き出すとキランと軽やかな音が響く。音の正体はほぼ鑑賞用のマジカメの通知音だった。わたしは素早くベッドサイドの端末を手に取ってマジカメを開く。
それから素早く目的の場所を開いて目を見開いた。
「これって『何でもない日』のパーティー?」
以前、トレイに見せてもらった寮服だ。白と赤を基調した服でとても彼に似合っていたと覚えている。いや、それは今気にすることではない。
「リドルくんが笑っているわ」
屈託なく笑うリドルくんの周りにトレイ、ケイトくん、他に見知らぬ顔の男の子が二人。さらに、猫のようなモンスターと、男の子か女の子か判別のつかない可愛いらしい顔立ちの子がいる。
途端に胸に嫌な感触が湧き出る。わたしはすぐに端末をベッドに伏せた。それから深呼吸をして目を瞑る。
男子校の学校に女の子がいる訳がない。それでも拭えない嫌な予感は何だろうか。もう一度見た方がいいと思ったけれど今は見ることが出来ない。
「意気地なし」
先ほどまで腹周りの贅肉を恨んでいたがそれどころではなくなった。
「あの子がもし女の子だったら……いいえ、男の子でも」
世話焼きのトレイの庇護欲を刺激そうなあの子が彼の心を射止めても不思議ではない。
「そうか。トレイにも好きな子が出来るのよね」
エレメンタリースクール、ミドルスクールでも彼に恋人はいなかった。好きな子がいたという話も聞いたことがない。だから安心していたけれど今日わたしは始めて彼にも追い人が出来る可能性があることに気づいた。
「馬鹿じゃないの」
自分は彼の隣に立っても恥ずかしくないレディになるまで告白する気はなかった。いいや、元から告白する勇気などなかった。それによくよく考えれば彼が痩せている子や外見ばかり気にする人じゃないことは誰よりもわたしが分かっているつもりだった。
「わたしの今までの苦労って一体何だったのかしら」
途端にやる気が失せて来る。虚しさにわたしは抗うことはできなかった。
実家の斜め前に人気のケーキ屋さんがある。わたしはそこのケーキが大好き。どれくらい好きかと言えば、おやつに出て来るととびきり気持ちが跳ね上がるほどだ。
毎日食べたいくらい大好きなケーキだけど太りやすいわたしの体質を考えて一週間に一回だけだった。お母さんが気遣ってくれているは知っている。それでも食べたくて意地汚く店先のガラスケースを覗いていたときだった。
「よかったらうちのケーキ食べていくか?」
若草色の髪を持った男の子に声をかけられたのだ。
わたしは意地汚いところを見られた羞恥心で顔を赤くさせて口を噤んでしまった。それに男の子は慌てて謝って来た。
「ごめん。いきなりケーキ食べて行くなんて」
「ぇ、あ、ちがっう」
声を振り絞って首を振って違う、違うと必死に訴える。わたしの必死の訴えが伝わったのか男の子は顔を緩めて屈託のない笑みを浮かべた。
「よかった」
その可愛らしい微笑みにわたしは胸を高鳴らせた。今まで感じたことがない胸の高鳴りだ。ここのケーキを前にしたとき以上の胸のときめく音がした。
これがわたしの初恋でいまも一途に想いを寄せている男の子――トレイとの出逢い。
* * *
朝、目を覚まして初めにすることは姿見の前に立つこと。起き抜けの髪の毛は酷く絡まっているけれど、わたしにとってそこは重要なことではない。重要なのは頬と、腹周りに、体重だ。
わたしは姿見の前に立ってまずは丸い頬に触れる。相変わらず柔らかくて丸い。触り心地が良いことで有名になりつつある頬。それはお姉さまたちの影響で使い始めた化粧品たちのお蔭であってほしい。
「よし」
考えつつ真剣に触れた丸い頬の感触は大丈夫だ。次に私は腹周りを触る。パジャマの上からじゃ分からないのでしっかりと下から直に触れる。
「ここも、よし」
触れた感触は昨日とさして変わらない。でも、まだ油断は出来ない。姿身の足元にある体重計を見る。無機質な機械を見て思わず喉を鳴らし戦々恐々の心地でわたしは体重計に乗った。それからはっきりと数字が出るまでの数秒だけ目を瞑って祈りのポーズをするのが恒例だ。
――昨日ちょっと大目に食べた食堂のクッキー分増えていませんようにっ。
祈りを終えて目を開き恐る恐る数字を見れば――わたしの心に大雨が降りだした。
「やっぱり、三十グラム増えているっ」
昨日しっかりと運動で消費したはずなのに体重は増えていた。寝る前に太るような飲み物も飲んでいないのに何故。
心の中に大雨を降らせながら体重計を降りて傍に置いてある小さなノートを取る。このノートは日々の体重が記録されているものだ。ダイエットを始めてからずっと記録を取っている。これでももう何冊目だったろうか。
落ち込んだ気持ちで昨日よりも増えた体重を書きながら溜息を零す。
「今日は無駄なお菓子を食べないようにしないと」
でも、今日はお姉さま方のお茶会がある。学期最後の各寮長、副寮長が集まったお茶会が今日は催される。わたしは寮長でもなければ副寮長でもない一般の生徒だ。けれど、わたしの世話をしてくれたお姉さまは寮長だった。その寮長に贈ったフラワーアレンジメントが気に入られ今ではお茶会のお花の担当になっている。
あの華やかな催しに携わるなんて人生何が分からない。それに、そのお姉さまのお蔭で入学してから体重が減っているし、肌も何もかも良くなっている。
お姉さまには感謝してもしきれないのだがあのお茶会は目の毒なのだ。
「並んでいるお菓子がおいしそうなのがねぇ」
煌びやかな姿をしたお菓子を思い出しながらわたしはようやく身支度を始める。
絡まっている髪の毛を梳きながらわたしはカレンダーを横目に見る。もう少しで夏休みが始まる。ここが気合の見せどころだ。
「昨日よりは太ったけど、この間の帰省より痩せているしね」
今日しっかりと運動しようと意気込みながらテキパキと身支度を追わせて部屋を後にした。
* * *
ついに帰省の日を迎えた。お姉さま方や友人たちと別れて数時間後、わたしは懐かしい空気が満ちた街に降り立った。
故郷の薔薇の国は学校よりも少し暑い。首筋を流れる汗を拭うが首筋に張り付く髪の毛が不愉快になって来た。家に着くまでにはもう少し時間がかかる。これ以上不愉快になるのは我慢らない。わたしは鞄からリボンを取り出して髪の毛を纏め始めると――。
「随分暑そうだな」
かけられた声に振り返ると若草色の髪を持った男の人がいた。
「トレイ? あなたも帰って来たの?」
「俺たちの学校も夏休みだからな。なぁ、リドル」
身体をずらして現れたのは薔薇のような赤い髪を持った少年だった。彼の名前はリドル。私と同じ歳だけどすでにあの名門ナイトレイブンカレッジの寮長を務めるほどの秀才だ。でも、彼はいつもキリキリとした感じがしてわたしは少しだけ苦手だったりする。それでも彼を邪険に扱う理由はない。
「リドルくん。こんにちは」
「こんにちは」
素っ気ない返事に気にすることはない。いつも彼はわたしに対してそんな感じだ。それから彼は苛立ちげに時刻表を見て「何で時間通りに来ないんだ。怠慢じゃないか?」と呟いている。相変わらずというより以前に増してキリキリしているのが触れてはいけない。
「髪、結ばないのか?」
「あ、うん」
言われて止まっていた手を動かして最後に水色のリボンで纏める。首筋に覆うものがなくなったお蔭で随分涼しくなった。
「前より伸びたな」
「そう?」
汗に濡れてさらに癖になっている髪の毛を一房手に取る。毛先はお姉さまのお蔭で綺麗なキューティクルを維持していたが、夏休みの間それを保てるもう自信が無くなってきた。
「難しい顔してどうしたんだ?」
「お姉さま方のお蔭で髪の毛が綺麗だったのに休みの間は大丈夫かなって」
「お姉さま……ブルームノヴァでは本当に先輩をそう呼ぶんだな」
「うん。本当だったの」
神妙な顔をするトレイにつられるように神妙に頷く。
わたしの通うブルームノヴァ・カレッジは魔法士養成学校のひとつだ。ナイトレイブンカレッジと同じ名門だ。そのナイトレイブンカレッジは男子校だがわたしの学校は女子校だ。ここに入学できた女子はやはり箔がつくらしくわたしの両親も手を叩いて喜んだし、わたしも嬉しかった。
ただ、噂通りの学校で驚いたことも覚えている。魔法士になることも目標だが、この学校は立派なレディになることも目標のひとつだ。例に先輩方は皆等しくお姉さまと呼ぶ習慣がある。それが立派なレディに繋がるかは甚だ疑問だけれどお姉さまと呼びたくなる雰囲気があるのは本当だった。
「わたしも新学期からお姉さまかと思うと気が重いわ」
「ははは。まぁ、お前は面倒見もいいし大丈夫だろ」
「そうかしら?」
面倒見がいいのはトレイの方だ。わたしはそのトレイの真似をしているに過ぎない。それをきっと優秀な後輩たちは偽善だと見て懐かないだろう。
「なぁ。夏休みって予定空いてるか?」
「っ、ぁ、空いているけどっ」
いきなりの誘いに声が上ずってしまった。恥ずかしさに頬を赤くさせるが暑さで何とかごまかせていることを祈る。と、頬の赤さを心配している場合ではない。
わたしはトレイに向かって「何かあるの?」と訊ねる。トレイは人好きのいい笑みを浮かべたまま「新作のケーキの試食を頼みたいんだ」と言った。途端にわたしの心に大嵐が巻き起こる。
大好きな彼の新作ケーキを食べられる喜ぶわたし、と太ってしまうと嘆く乙女なわたし。二人のわたしが交互に浮気沈みしている。だが、好きな人の誘いは背に腹は代えられない。わたしはぎこちなく頷いた。
「いいわよ。すごく楽しみにしているわ」
「そうか。なら頑張って作らないとな」
笑顔の彼を見てわたしの心はときめくと同時に新たな決意を生み出した。
――明日からダイエットの計画変えないと!
今年の夏もどうやら忙しいようだ。
* * *
帰省した翌日早速ケーキが出来たとトレイの店兼自宅に呼ばれた。
いきなり過ぎないと思いながらお姉さま方に教わったお化粧、ヘアアレンジをする。服装も新しく買った水色のワンピースを着る。
「な、なんか気合入っているように見えるかな?」
姿見の自分は随分と垢ぬけたと思う。でも、こうした姿のわたしをトレイは見たことがないはず。
「可愛いって思ってくれるかな?」
彼が自分を好きになることは限りなくないだろう。でも、少しでも可能性があるならばどうか恋愛対象の女の子として意識してほしい。
わたしはドキドキしながら家を出て斜向かいのケーキ屋に向かった。
結果、トレイは「随分と雰囲気が変わったな」で終わった。少し目を見開いて驚いた顔をしたけれど結局それで終わった。今は薔薇がアクセントの可愛らしいケーキの前にわたしは座っている。
――や、やぱり駄目か。もう次からは家にある普通の服着よう。
でも、いきなり普段着に戻ったらそれはそれで可笑しいかも。ぐるぐると頭の中で考えているといい香りの紅茶と切り分けられたケーキが乗ったお皿が置かれた。
薔薇のケーキは切った断面も綺麗で惚れ惚れするものだった。
「流石トレイね。ホールの状態も可愛くて好きだったけど、切っても綺麗だわ」
「ありがとな」
「お世辞でも嬉しい」と言うけれどお世辞など彼のケーキに対して一度も言ったことはない。それでも彼はいいからと笑うからわたしは何も言わずにケーキを食べようとしたけれど――ふと昨日のリドルくんを思い出してしまう。
「ねぇ。リドルくんだけど……」
一度フォークを置いてティーカップを持ったトレイを見る。その姿もカッコイイな、と感想が浮かぶが一度忘れてリドルくんの話しをする。
本当はトレイとリドルくんの話しはしたくない。何故なら彼の興味が全てリドルくんにいってしまうからだ。それでも昨日の彼の様子を見て聞かずにはいられなかった。
「何だか酷く苛立っていた様子だけど学校で何かあったの?」
「お前にはそう見えたか?」
「ええ。確かに彼はお家のことを考えれば規律に厳しくて神経質な性質だと思うけど……なんか、それとはまた違う気がするのよね」
「帰る前に何かあったの?」と訊ねる。トレイはこちらに紅茶を渡しながら椅子に腰かけて深い溜息を吐いた。
「あいつが寮長になったのは知っているよな」
頷くとするとトレイの口から出るわ、出るわ、リドルくんを心配する言葉が。でも、仕方ないのかもしれない。彼らの関係をただ傍観してきたわたしに口を挟む権利はない。それでも彼からリドルくんの話を聞くことはできる。
暫くリドルくんの話を聞いてわたしがようやくトレイのケーキにありついたときだった。
「お前随分と痩せたな……いや、痩せすぎじゃないか?」
「……え?」
口に入れたケーキが解けていく感覚がさっとなくなる。それよりも彼は今何と言った。
「や、痩せすぎかしら?」
「ああ。もしかして学校の食事が美味くないのか?」
「そんなこと! とっても美味しかったし、いつもちゃんと三食食べていたわ」
「じゃ、食欲がないわけではないんだな」
「ええ。今もあなたのケーキをちゃんと食べているじゃない」
「とても美味しいわ」と答えれば嬉しそうにはにかむトレイにときめきが止まらない。
「けど、これから夏だからな。暑くなって食欲が落ちることがある。しっかりと食べるんだぞ」
「き、気をつけるわ……」
食事管理はしっかりするつもりだけど、わたしの心に影が落ちる。
好きな人のために痩せたというのにその本人から痩せすぎなんて。そこでわたしはひとつ思い至る。
トレイが最後に見たわたしはホリデー中の痩せている最中のふっくらとしていた。故に、標準体重よりも少し少ない姿わたしとの落差に着いて行けないのだ。緩やかに痩せているようで久々に会えば痩せすぎているように見えるだろう。ならば、何も問題ない。彼が慣れてくれればいいことなのだから。
問題解決。これからも体型維持を頑張っていこう。そうしてわたしは景気よくケーキを口に放り込んだ。
* * *
「はぁ。疲れた」
バタンと扉を閉めてわたしは速攻でシャワー室に向かった。この学校の寮は生徒数が多くないので一年次から一人部屋を与えられる。とても気楽に部屋を使えるのでありがたい限りだ。
一通りの手入れを施してルームウェアに着替えてわたしはベッドに倒れ込む。そして、自分の腹を触るとまだ柔らかい。
「くっ。太っているわっ」
案の定、夏休みに体重が二キロも増えてしまった。考えなくてもトレイの美味しいケーキのお蔭だ。でも、とても美味しかった。彼の腕前がまたあがったことはしっかりと確認出来た。ついでに、色々レシピも教えられたので友人たちに振る舞うことが出来る。
それでも増えた体重が忌々しくて自分を呪いたい気分だった。実行はしないけれど。
増えた体重を恨めしく思いながら新学期も始まりわたしは進級して二年生になった。同時に、後輩も入りめでたくもお姉さまとなった。麗しい雰囲気は皆無だけれど後輩は皆優しくお姉さまと呼んでくれる。〝いい子〟が多い。含むような言い方がまだまだ懐いているとは言い難いからだ。彼女たちが懐いたときこそ一人前のお姉さまなのだ。とはいえ、わたしは張り切るつもりはなかったのだが。わたしのお姉さまが許さない。
「調教なんてできる訳ないのに」
ふぅっと息を吐き出すとキランと軽やかな音が響く。音の正体はほぼ鑑賞用のマジカメの通知音だった。わたしは素早くベッドサイドの端末を手に取ってマジカメを開く。
それから素早く目的の場所を開いて目を見開いた。
「これって『何でもない日』のパーティー?」
以前、トレイに見せてもらった寮服だ。白と赤を基調した服でとても彼に似合っていたと覚えている。いや、それは今気にすることではない。
「リドルくんが笑っているわ」
屈託なく笑うリドルくんの周りにトレイ、ケイトくん、他に見知らぬ顔の男の子が二人。さらに、猫のようなモンスターと、男の子か女の子か判別のつかない可愛いらしい顔立ちの子がいる。
途端に胸に嫌な感触が湧き出る。わたしはすぐに端末をベッドに伏せた。それから深呼吸をして目を瞑る。
男子校の学校に女の子がいる訳がない。それでも拭えない嫌な予感は何だろうか。もう一度見た方がいいと思ったけれど今は見ることが出来ない。
「意気地なし」
先ほどまで腹周りの贅肉を恨んでいたがそれどころではなくなった。
「あの子がもし女の子だったら……いいえ、男の子でも」
世話焼きのトレイの庇護欲を刺激そうなあの子が彼の心を射止めても不思議ではない。
「そうか。トレイにも好きな子が出来るのよね」
エレメンタリースクール、ミドルスクールでも彼に恋人はいなかった。好きな子がいたという話も聞いたことがない。だから安心していたけれど今日わたしは始めて彼にも追い人が出来る可能性があることに気づいた。
「馬鹿じゃないの」
自分は彼の隣に立っても恥ずかしくないレディになるまで告白する気はなかった。いいや、元から告白する勇気などなかった。それによくよく考えれば彼が痩せている子や外見ばかり気にする人じゃないことは誰よりもわたしが分かっているつもりだった。
「わたしの今までの苦労って一体何だったのかしら」
途端にやる気が失せて来る。虚しさにわたしは抗うことはできなかった。
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