キミの隣に立つのは
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私の隣はね
「好きな奴、いたのか」
小さい頃の世一も似たようなことをミランダに聞いてきた。そのときは「いない」と答えた。だから、こそあの〝約束〟ができた。てっきり世一は約束を覚えていたものだと思った。でなければこんな聞き返さない。
胸に去来する感情は意外にも荒々しくなかった。静かに、でも、悲しく、寂しかった。覚えているなら分かるでしょうと言いたいことを飲み込んで深い青みを帯びた双眸を見つめ返す。
世一の瞳はカイザーのサファイアのような鮮やかなブルーとは違う。海の底に近くにつれて深みを増していく海のような青。その青がミランダを捉えて離さない。
実際、手首を掴まれて離れられないのだけれど。ミランダの手首を掴む世一の手は記憶しているより随分と大きくなったのを改めて感じさせられた。
こちらを掴む手に徐々に力が入っていく。痛くはないけれど逃がさないというように掴んでいる。
「世一、あの」
「なんだ。お前、好きな人間がいたのか」
逃げないから手を離して、と言おうとしたのを遮って邪魔してくる男がいた。
さっきからまるで場を乱すような邪魔をするカイザーを睨む。睨まれた彼は意にも返すことなくただ愉し気にそして意地悪そうに口角を上げてミランダと世一を見てくる。
――なんて悪趣味なのかしら。
もとから悪趣味な男なのは知っていた。けれど、こんなプライベートの部分にまで踏み込んでくるなんて。悪趣味極まりないけれどどうやらカイザーはミランダが世一を好きなのはとっくにお見通しの様子。でなければ先ほどのような発言は出ない。
つまり、彼は分かったうえで引っ搔き回すように立ち回っている。ほんとに性格が悪い。一体どうしたらこうひん曲がった性格になるのか。
経緯なんて知りたくもない、とカイザーから視線を逸らして世一を見て目を見開く。
世一が不愉快に表情を歪めていた。ムッとした不機嫌な顔なら見たことがある。でも、今こうして不愉快感を露わにした表情は初めて見た。そして、それがミランダ自身に向けられたのは初めてだった。
掴まれた手首が少しだけ痛くなり咄嗟に口を開く。
「ぁ、痛いわ」
「……悪い」
てっきり慌てた様子で手を離してくれると思ったがミランダの予想を裏切った。世一は不機嫌が滲んだ低い声と共に手を離した。
たちまち焦燥感が募る。早く、早く、ともう一人のミランダが何かを急き立てる。だが、何をどう、言えばいいか。頭の中が真っ白になっていた。
――何を訊かれたんだっけ……ああ、そうだ。
好きな人の有無。好きな人。改めて考えたときに浮かぶのは潔世一ただ一人。ミランダがサッカーを続けるに至った理由の人。
本当は何かを続けるのに別の誰かに依存するなんていけないのに。それでも彼とサッカーをもう一度したい。大人になってもまた一緒にサッカーをしていたい。その思いで今の今までやって来た。来たけれど。
――貴方よ、と答えていいのかしら。
真っ白なガゼボの中にいたときはついに来たと思った。だのに、今の今になって躊躇する自分自身にミランダは一歩踏み出せなくなった。まるで〝今じゃない〟と言われているような気がした。
――でも、確かに今じゃないのかもしれない。
世一はようやく海外での活動が安定して来た。国際代表にだって常に選出されている。ここで過去の、ただの小さな子どもの頃の約束を確認している場合ではない。そもそもそれに拘りを持っていてはいけないような気さえしてきた。
ふと、頭に過るのは小さい頃のやり取り。世一が無邪気に「結婚しよう」と言ったやり取り。あれはサッカーを一緒に続けていくための口実であり別にそうならなくていい。
だって、もう世一はミランダと同じところに立っているのだから。
――目から鱗とはこういうことなのね。
日本のことわざを思い出しながらミランダは目を瞬かせる。するとさっきよりも随分と視界がクリアになった気がする。
世一はもうミランダと同じところまで来た。だから、いつだって、それこそオフシーズンに会ってサッカーをすることができる。
――それだけでいいじゃない。
男女の関係にならなくなっていい。ミランダは世一とサッカーができればいいのだから。それでも今のミランダの好きな人は潔世一で間違いない。たぶん、小さい頃、あの日から今日までそうだったし、明日も、明後日もそれこそ当分は世一のまま。いつ彼のことが初恋の人だったになるかは分からない。
すぅっと何か思考までクリアになっていく。これは今までにないほど明瞭感だった。
ミランダはついっと世一を見る。パチと目が合うと世一が猫みたいに一度瞬きをする。その様子を見て自然と頬が緩む。そして、まだ出していなかった答えを出す。
「いるわよ」
ミランダの答えに世一とカイザーが「え?」「ん?」とそれぞれ反応を見せた。
揃った反応に笑えば今度は二人そろって顔を見合わせる。いつにない二人の反応にミランダは口元を抑えて笑い続ける。それについに二人が怪訝な顔になる。
「何が面白い」
「あら。普段いがみ合っている貴方たちがそっくりな行動を取れば誰も笑うわよ」
カイザーに答えれば「チッ」と舌打ちで返された。外見に似合わず本当にヤンキーみたいな反応を見せる姿を見ながら世一を見る。
世一は視線を左右にさ迷わせて眉を八の字にさせていた。そして、年相応とは言い難い幼い子どもみたいに困惑している様子を見せる。
可愛い彼の姿に母性のような何かが刺激される。日本人男性のそういうところ表情は嫌いじゃない。でも、プライドを刺激するのは知っているから口にしない。
「世一。私は好きな人いるわ。もちろん、子どもの頃の貴方との約束もしっかりと覚えているわ」
「え。じゃ、え、どういうこと」
さっきの不機嫌顔はどこへやら今は本気で戸惑いを表している。その隣にいるカイザーは要領を完璧に得ていないのか顎をさすって思案気な顔をしている。
両者違う反応に何だかカオスと思いつつミランダは人差し指を立てて唇に当てる。
「そのままの意味。好きな人もいるし、貴方と交わした小さい頃の約束は覚えているわ」
「いや。だから……」
ちょっとイラついたような表情をした世一はパチと一度目を瞬かせる。それから一瞬どこかを見るとミルク色の頬を薄っすらと染めた。そして「ぇ、あ、あ~?」となんかよく分からない声を出して、視線をあっちこっちにさ迷わせながらついに口元を手で隠した。
「チッ。結局そういうことか」
一人置いて行かれた風だったカイザーが世一の反応に何となく理解したらしい。前髪を掻き上げたと思えばフンと鼻を鳴らすと同時に払う。
「愉しかったかしら?」
「ふん。とんだ茶番劇だったな」
「あら。私としては観覧料が欲しいくらいだったけれど」
首を傾げていえば忌々しいと言いたげに顔を歪めた。そこまで嫌な顔をすることないのに。けれど、カイザーがここまで苛立ったのは少しだけ気分がいい。なにせこの瞬間までカイザーの茶々入れにミランダが苛立っていたのだから。
「で、お前らは付き合うのか」
「付き合わないわ」
カイザーの言葉に首を横に振れば二人が揃って「え」、「は」と気の抜けた返事をする。顔を見れば似たように青い瞳を丸くしているからミランダはまたつい笑ってしまう。
「あら。また同じ反応じゃない」
「いや、だって、え、ミラ、その……」
いち早く我に返った世一が恥ずかしそうにしながら「付き合わないの」と聞いてきた。それが小さい頃の彼のようであまりの可愛さに抱きしめたい衝動にかられた。
何とかその衝動を抑えてミランダは世一をしっかりと見つめて答える。
「そうね。あのガゼボの下にいたままだったら付き合っていたわ」
言った瞬間世一が隣にいるカイザーをどついた。唐突な攻撃にさすがにカイザーも身構えることができずに「ぐっ」と脇腹を抑えて震えた。
「おま、よいちぃ」
「てめぇが邪魔したせいで付き合えなくなっただろうがぁ」
「はっ。どうだか」
「よし。一発その綺麗な顔殴らせろ」
鼻で笑うカイザーにつかみかかろうとする世一にさすがに止める。
「世一。ダメよ。いくらカイザーでも殴るのはダメよ。問題になってしまうわ」
「チッ」
なんだかんだ言ってまだ冷静なのか世一は舌打ちをしながら乱暴にカイザーを離す。カイザーは鬱陶し気に乱れた服を直しながら最後に「残念だったな」と嘲笑った。それにまた世一が切れそうになるのを何とか止める。
「はぁ。カイザー、貴方もよしなさい」
「簡単に煽られるこいつが悪ぃんだよ」
「うっせぇーな……なぁ。ミラ」
ちょっと柄の悪かった世一が好青年らしくミランダに声をかける。そのときの表情が何とも寂し気で胸が少しだけ締め付けられるような心地がした。
「何かしら」
「その、どうして、付き合う気がないんだ?」
窺うような世一の目は小さい頃に何度も見た。さっきよりも随分と懐かしい表情が見れて嬉しくもあり少しだけ苦しい。
「そうね。私の目標は貴方とサッカーがしたいだったから……それが永遠に続ければいいと思ったから。サッカーをするのに男女の関係なんて必要ないなって思ったからよ」
素直に言えば世一のもとより大きめのつり目がちの目を瞠った。そして、少しだけ寂し気に目を細め「そっか……」と言った。
「世一。今度のオフ一緒にサッカーしましょう」
「ああ。いいぜ」
寂しさを見え隠れさせながら笑って答えてくれた。
世一の返事に「ありがとう」と返そうとしたときだった。ふいにすぐ傍にカイザーがやって来た。何よと見上げた先には自信に溢れた笑みを浮かべた彼がいた。
「つーことは、お前はフリーってことだな」
「は?」
カイザーの言葉の要領が掴めず肩眉を上げて怪訝に目を眇める。だけれど、カイザーはミランダの様子を気にすることなく笑みを深める。
「だって、そうだろ。お前は今世一を振ったんだから」
「え。振った、え、そうなるの」
「現に恋人にならなかった……なら、俺にもまだ分があるってことだろ」
「は、え、は?」
どういう意味と困惑に彼を見ていると横から強く引っ張られる。引っ張られるままトンと青いネクタイが目に入った。
「え、世一」
反射的に見上げた世一の顔はまるで試合中のように険しかった。そして、深みのある青い瞳は強く輝いてまっすぐ前を見据えていた。その先は言わずもがなカイザーだ。
「お前、やっぱり、そうだったのか」
「さすが世一、成長が早いな。つーわけだ。ミランダを離せ」
世一が身に纏っているシトラスの香りにスパイシーな香りが混じって来る。カイザーが随分と近くまで近寄って来たのが気配と同時に分かる。すると、ミランダの身体を抱きしめる世一の腕が強くなる。
「ハッ。誰が離すか」
「捨てられた男が吠えるな」
「捨てられてねぇわ」
「おっと。捨てられる前に振られたんだったな」
「うっっっせぇな。これからまだ分かんねぇだろ」
「おーう。負け犬がなんか吠えてるな」
試合中と比べれば随分と可愛らしいレスポンスバトル。だがミランダは心底困っていた。なにせ、世一の腕の中に深く抱きしめられているのだから。
――こ、これは、キツい。
心拍が上がっていくと同時に身体の熱も上がって頬が熱くなる。振ると言えば振ったともいえる。でも、ミランダの中でまだ世一は好きな男の子だ。こうした接触は心臓に悪い。
「おい。ミランダ、てめぇも恋人関係にならねぇってほざいてんだから顔赤くすんな」
「う、うるさいわね!」
目ざといカイザーに見つかって反論するとすかさず世一が顔を覗き込んでくる。そのあまりの距離の近さにさらに顔が赤くなる。それに大きな目を細める世一はなんだか知らない人のようで我慢できなくなった。
「も、もう! ダメ!」
「あ」
「おお」
ぐいっと離れて世一とそれからカイザーから距離を取る。残念そうな顔をする世一と、愉快そうなカイザーをひと睨みする。
「もう。レスバするなら私抜きでして」
「お前が原因だからそれは無理だ」
「黙りなさい、カイザー」
肩を竦めるカイザーを睨んでから少しだけ世一を見る。世一はにっこりと微笑みえ返してくれたけれどそれがまたなんだか知らない人のようで落ち着かない。
「ミラ。とりあえずスポンサーに挨拶に行って来いよ。こいつとはちょっと話し合うことがあるから」
「……そう」
有無を言わせない世一の言葉に思わず頷く。カイザーは嫌そうに唇をひん曲げたがすぐに不敵に微笑んだ。
「そうだな。せっかくだ。ここで話し合っていこうな、世一クン」
「ああ。そうしようぜ、カイザー」
再び試合中のようにバチバチになる二人をミランダはそっとすることに決めた。
「じゃ、先に戻るわね……」
「また後で」
「後でな」
二人はギラギラしたまま挨拶を返してくれた。それからバチバチに向き合う二人にミランダは背を向けて会場に戻る。
一人会場に戻る中、ふわりと自分の香水とは違う香りが混じっているのに気づく。その香りに先ほどのことを思い出して頬が熱くなる。
「っ、もう別にサッカーできればいいでしょうに!」
今になってこんなにも彼を男として意識してしまうなんて。ミランダは自分の罪深さに気づくことなく相手の――世一の成長を恨んだ。
ミランダは無事にスポンサーに会うことができカイザーの言った通りの仕事の話をされた。それに、微妙な反応を見せるとスポンサーが「実は」とある話を切り出した。そして、それにミランダは反射的に頷いてしまった。
青いウィディングドレスを身に纏ったミランダと、黒のタキシードを身に纏った世一と、白のタキシードを身に纏うカイザーが広告となった。だが、その広告が出るのは少し先の話であり少しのごたごたの後だった。
2023.05.03~07.16
「好きな奴、いたのか」
小さい頃の世一も似たようなことをミランダに聞いてきた。そのときは「いない」と答えた。だから、こそあの〝約束〟ができた。てっきり世一は約束を覚えていたものだと思った。でなければこんな聞き返さない。
胸に去来する感情は意外にも荒々しくなかった。静かに、でも、悲しく、寂しかった。覚えているなら分かるでしょうと言いたいことを飲み込んで深い青みを帯びた双眸を見つめ返す。
世一の瞳はカイザーのサファイアのような鮮やかなブルーとは違う。海の底に近くにつれて深みを増していく海のような青。その青がミランダを捉えて離さない。
実際、手首を掴まれて離れられないのだけれど。ミランダの手首を掴む世一の手は記憶しているより随分と大きくなったのを改めて感じさせられた。
こちらを掴む手に徐々に力が入っていく。痛くはないけれど逃がさないというように掴んでいる。
「世一、あの」
「なんだ。お前、好きな人間がいたのか」
逃げないから手を離して、と言おうとしたのを遮って邪魔してくる男がいた。
さっきからまるで場を乱すような邪魔をするカイザーを睨む。睨まれた彼は意にも返すことなくただ愉し気にそして意地悪そうに口角を上げてミランダと世一を見てくる。
――なんて悪趣味なのかしら。
もとから悪趣味な男なのは知っていた。けれど、こんなプライベートの部分にまで踏み込んでくるなんて。悪趣味極まりないけれどどうやらカイザーはミランダが世一を好きなのはとっくにお見通しの様子。でなければ先ほどのような発言は出ない。
つまり、彼は分かったうえで引っ搔き回すように立ち回っている。ほんとに性格が悪い。一体どうしたらこうひん曲がった性格になるのか。
経緯なんて知りたくもない、とカイザーから視線を逸らして世一を見て目を見開く。
世一が不愉快に表情を歪めていた。ムッとした不機嫌な顔なら見たことがある。でも、今こうして不愉快感を露わにした表情は初めて見た。そして、それがミランダ自身に向けられたのは初めてだった。
掴まれた手首が少しだけ痛くなり咄嗟に口を開く。
「ぁ、痛いわ」
「……悪い」
てっきり慌てた様子で手を離してくれると思ったがミランダの予想を裏切った。世一は不機嫌が滲んだ低い声と共に手を離した。
たちまち焦燥感が募る。早く、早く、ともう一人のミランダが何かを急き立てる。だが、何をどう、言えばいいか。頭の中が真っ白になっていた。
――何を訊かれたんだっけ……ああ、そうだ。
好きな人の有無。好きな人。改めて考えたときに浮かぶのは潔世一ただ一人。ミランダがサッカーを続けるに至った理由の人。
本当は何かを続けるのに別の誰かに依存するなんていけないのに。それでも彼とサッカーをもう一度したい。大人になってもまた一緒にサッカーをしていたい。その思いで今の今までやって来た。来たけれど。
――貴方よ、と答えていいのかしら。
真っ白なガゼボの中にいたときはついに来たと思った。だのに、今の今になって躊躇する自分自身にミランダは一歩踏み出せなくなった。まるで〝今じゃない〟と言われているような気がした。
――でも、確かに今じゃないのかもしれない。
世一はようやく海外での活動が安定して来た。国際代表にだって常に選出されている。ここで過去の、ただの小さな子どもの頃の約束を確認している場合ではない。そもそもそれに拘りを持っていてはいけないような気さえしてきた。
ふと、頭に過るのは小さい頃のやり取り。世一が無邪気に「結婚しよう」と言ったやり取り。あれはサッカーを一緒に続けていくための口実であり別にそうならなくていい。
だって、もう世一はミランダと同じところに立っているのだから。
――目から鱗とはこういうことなのね。
日本のことわざを思い出しながらミランダは目を瞬かせる。するとさっきよりも随分と視界がクリアになった気がする。
世一はもうミランダと同じところまで来た。だから、いつだって、それこそオフシーズンに会ってサッカーをすることができる。
――それだけでいいじゃない。
男女の関係にならなくなっていい。ミランダは世一とサッカーができればいいのだから。それでも今のミランダの好きな人は潔世一で間違いない。たぶん、小さい頃、あの日から今日までそうだったし、明日も、明後日もそれこそ当分は世一のまま。いつ彼のことが初恋の人だったになるかは分からない。
すぅっと何か思考までクリアになっていく。これは今までにないほど明瞭感だった。
ミランダはついっと世一を見る。パチと目が合うと世一が猫みたいに一度瞬きをする。その様子を見て自然と頬が緩む。そして、まだ出していなかった答えを出す。
「いるわよ」
ミランダの答えに世一とカイザーが「え?」「ん?」とそれぞれ反応を見せた。
揃った反応に笑えば今度は二人そろって顔を見合わせる。いつにない二人の反応にミランダは口元を抑えて笑い続ける。それについに二人が怪訝な顔になる。
「何が面白い」
「あら。普段いがみ合っている貴方たちがそっくりな行動を取れば誰も笑うわよ」
カイザーに答えれば「チッ」と舌打ちで返された。外見に似合わず本当にヤンキーみたいな反応を見せる姿を見ながら世一を見る。
世一は視線を左右にさ迷わせて眉を八の字にさせていた。そして、年相応とは言い難い幼い子どもみたいに困惑している様子を見せる。
可愛い彼の姿に母性のような何かが刺激される。日本人男性のそういうところ表情は嫌いじゃない。でも、プライドを刺激するのは知っているから口にしない。
「世一。私は好きな人いるわ。もちろん、子どもの頃の貴方との約束もしっかりと覚えているわ」
「え。じゃ、え、どういうこと」
さっきの不機嫌顔はどこへやら今は本気で戸惑いを表している。その隣にいるカイザーは要領を完璧に得ていないのか顎をさすって思案気な顔をしている。
両者違う反応に何だかカオスと思いつつミランダは人差し指を立てて唇に当てる。
「そのままの意味。好きな人もいるし、貴方と交わした小さい頃の約束は覚えているわ」
「いや。だから……」
ちょっとイラついたような表情をした世一はパチと一度目を瞬かせる。それから一瞬どこかを見るとミルク色の頬を薄っすらと染めた。そして「ぇ、あ、あ~?」となんかよく分からない声を出して、視線をあっちこっちにさ迷わせながらついに口元を手で隠した。
「チッ。結局そういうことか」
一人置いて行かれた風だったカイザーが世一の反応に何となく理解したらしい。前髪を掻き上げたと思えばフンと鼻を鳴らすと同時に払う。
「愉しかったかしら?」
「ふん。とんだ茶番劇だったな」
「あら。私としては観覧料が欲しいくらいだったけれど」
首を傾げていえば忌々しいと言いたげに顔を歪めた。そこまで嫌な顔をすることないのに。けれど、カイザーがここまで苛立ったのは少しだけ気分がいい。なにせこの瞬間までカイザーの茶々入れにミランダが苛立っていたのだから。
「で、お前らは付き合うのか」
「付き合わないわ」
カイザーの言葉に首を横に振れば二人が揃って「え」、「は」と気の抜けた返事をする。顔を見れば似たように青い瞳を丸くしているからミランダはまたつい笑ってしまう。
「あら。また同じ反応じゃない」
「いや、だって、え、ミラ、その……」
いち早く我に返った世一が恥ずかしそうにしながら「付き合わないの」と聞いてきた。それが小さい頃の彼のようであまりの可愛さに抱きしめたい衝動にかられた。
何とかその衝動を抑えてミランダは世一をしっかりと見つめて答える。
「そうね。あのガゼボの下にいたままだったら付き合っていたわ」
言った瞬間世一が隣にいるカイザーをどついた。唐突な攻撃にさすがにカイザーも身構えることができずに「ぐっ」と脇腹を抑えて震えた。
「おま、よいちぃ」
「てめぇが邪魔したせいで付き合えなくなっただろうがぁ」
「はっ。どうだか」
「よし。一発その綺麗な顔殴らせろ」
鼻で笑うカイザーにつかみかかろうとする世一にさすがに止める。
「世一。ダメよ。いくらカイザーでも殴るのはダメよ。問題になってしまうわ」
「チッ」
なんだかんだ言ってまだ冷静なのか世一は舌打ちをしながら乱暴にカイザーを離す。カイザーは鬱陶し気に乱れた服を直しながら最後に「残念だったな」と嘲笑った。それにまた世一が切れそうになるのを何とか止める。
「はぁ。カイザー、貴方もよしなさい」
「簡単に煽られるこいつが悪ぃんだよ」
「うっせぇーな……なぁ。ミラ」
ちょっと柄の悪かった世一が好青年らしくミランダに声をかける。そのときの表情が何とも寂し気で胸が少しだけ締め付けられるような心地がした。
「何かしら」
「その、どうして、付き合う気がないんだ?」
窺うような世一の目は小さい頃に何度も見た。さっきよりも随分と懐かしい表情が見れて嬉しくもあり少しだけ苦しい。
「そうね。私の目標は貴方とサッカーがしたいだったから……それが永遠に続ければいいと思ったから。サッカーをするのに男女の関係なんて必要ないなって思ったからよ」
素直に言えば世一のもとより大きめのつり目がちの目を瞠った。そして、少しだけ寂し気に目を細め「そっか……」と言った。
「世一。今度のオフ一緒にサッカーしましょう」
「ああ。いいぜ」
寂しさを見え隠れさせながら笑って答えてくれた。
世一の返事に「ありがとう」と返そうとしたときだった。ふいにすぐ傍にカイザーがやって来た。何よと見上げた先には自信に溢れた笑みを浮かべた彼がいた。
「つーことは、お前はフリーってことだな」
「は?」
カイザーの言葉の要領が掴めず肩眉を上げて怪訝に目を眇める。だけれど、カイザーはミランダの様子を気にすることなく笑みを深める。
「だって、そうだろ。お前は今世一を振ったんだから」
「え。振った、え、そうなるの」
「現に恋人にならなかった……なら、俺にもまだ分があるってことだろ」
「は、え、は?」
どういう意味と困惑に彼を見ていると横から強く引っ張られる。引っ張られるままトンと青いネクタイが目に入った。
「え、世一」
反射的に見上げた世一の顔はまるで試合中のように険しかった。そして、深みのある青い瞳は強く輝いてまっすぐ前を見据えていた。その先は言わずもがなカイザーだ。
「お前、やっぱり、そうだったのか」
「さすが世一、成長が早いな。つーわけだ。ミランダを離せ」
世一が身に纏っているシトラスの香りにスパイシーな香りが混じって来る。カイザーが随分と近くまで近寄って来たのが気配と同時に分かる。すると、ミランダの身体を抱きしめる世一の腕が強くなる。
「ハッ。誰が離すか」
「捨てられた男が吠えるな」
「捨てられてねぇわ」
「おっと。捨てられる前に振られたんだったな」
「うっっっせぇな。これからまだ分かんねぇだろ」
「おーう。負け犬がなんか吠えてるな」
試合中と比べれば随分と可愛らしいレスポンスバトル。だがミランダは心底困っていた。なにせ、世一の腕の中に深く抱きしめられているのだから。
――こ、これは、キツい。
心拍が上がっていくと同時に身体の熱も上がって頬が熱くなる。振ると言えば振ったともいえる。でも、ミランダの中でまだ世一は好きな男の子だ。こうした接触は心臓に悪い。
「おい。ミランダ、てめぇも恋人関係にならねぇってほざいてんだから顔赤くすんな」
「う、うるさいわね!」
目ざといカイザーに見つかって反論するとすかさず世一が顔を覗き込んでくる。そのあまりの距離の近さにさらに顔が赤くなる。それに大きな目を細める世一はなんだか知らない人のようで我慢できなくなった。
「も、もう! ダメ!」
「あ」
「おお」
ぐいっと離れて世一とそれからカイザーから距離を取る。残念そうな顔をする世一と、愉快そうなカイザーをひと睨みする。
「もう。レスバするなら私抜きでして」
「お前が原因だからそれは無理だ」
「黙りなさい、カイザー」
肩を竦めるカイザーを睨んでから少しだけ世一を見る。世一はにっこりと微笑みえ返してくれたけれどそれがまたなんだか知らない人のようで落ち着かない。
「ミラ。とりあえずスポンサーに挨拶に行って来いよ。こいつとはちょっと話し合うことがあるから」
「……そう」
有無を言わせない世一の言葉に思わず頷く。カイザーは嫌そうに唇をひん曲げたがすぐに不敵に微笑んだ。
「そうだな。せっかくだ。ここで話し合っていこうな、世一クン」
「ああ。そうしようぜ、カイザー」
再び試合中のようにバチバチになる二人をミランダはそっとすることに決めた。
「じゃ、先に戻るわね……」
「また後で」
「後でな」
二人はギラギラしたまま挨拶を返してくれた。それからバチバチに向き合う二人にミランダは背を向けて会場に戻る。
一人会場に戻る中、ふわりと自分の香水とは違う香りが混じっているのに気づく。その香りに先ほどのことを思い出して頬が熱くなる。
「っ、もう別にサッカーできればいいでしょうに!」
今になってこんなにも彼を男として意識してしまうなんて。ミランダは自分の罪深さに気づくことなく相手の――世一の成長を恨んだ。
ミランダは無事にスポンサーに会うことができカイザーの言った通りの仕事の話をされた。それに、微妙な反応を見せるとスポンサーが「実は」とある話を切り出した。そして、それにミランダは反射的に頷いてしまった。
青いウィディングドレスを身に纏ったミランダと、黒のタキシードを身に纏った世一と、白のタキシードを身に纏うカイザーが広告となった。だが、その広告が出るのは少し先の話であり少しのごたごたの後だった。
2023.05.03~07.16
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