キミの隣に立つのは
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キミの隣に俺はいる?
「邪魔するぞ」
立派な体躯に無駄に長い脚に見合ったオーダーメードスーツを着こなす男。フットボーラーに見合わぬ色気を放ちながら低い声でいつものように嘲笑を含ませて割り込んできた。
とんだ男の登場に潔は立ち上がる。すると、隣でも立ち上がる気配がしたからミラも立ったのだろう。
潔は彼女を隠すように一歩前に踏み出して好敵手であるミヒャエル・カイザーを見やる。
「カイザー。何の用だよ」
「別に俺はお前に用があるわけじゃねぇよ」
肩を竦めて口角を上げて答えたカイザーのサファイアブルーの瞳が動く。その視線の動きを追わなくても誰を見たのか分かる。なにせここに潔以外の人間がいるとしたら彼女一人だけだ。
「ミランダ。俺が用あるのはお前だ」
彼女の名前を呼んだだけで潔の癇に障る。だが海外ではファーストネームで呼ぶことが多い。それにミラには姉のドリーがいる。糸師兄弟のように名前で呼ばれることはなんら不思議ではない。ただカイザーという憎たらしい男に彼女の名前が呼ばれるのが潔には面白くなかった。
「あら私?」
面白くなさに顔を顰めているとミラの尖った声がする。ドイツ語でも話せるのかと感心していると隣に動く気配がした。気配につられて横目で彼女を見れば意外な顔に目をみはる。
隣に立った彼女は片方の眉を上げて口角をカイザーに似た角度で上げていたのだ。
――ミラでもああいう顔すんだ。いや、つか、もしかして。
「ミラ。こいつと知り合い?」
思わずと声をかけるとカイザーが鼻で笑った。相変わらず嘲りを含んだ嫌な笑い方にうんざりする。
「なんだよ」
「いや、まさか愛称を呼ぶほどの仲とは思わなくてなぁ」
愉し気に綺麗な顔を歪ませるカイザー。だがその言葉の意味は要領が得ない。潔は怪訝にカイザーを見てからミラを見る。すると彼女は先ほどの嫌悪を滲ませた表情から焦りを滲ませたものに変えていた。
「ミラ、どうしたんだ?」
不思議な変化に心配になって彼女の背中に手を回す。するとビクと身体が動いた。
「ぁ、えっと、世一、大丈夫よ」
艶やかに輝く唇の口角が作られたように上がる。少し困ったときに母がする笑みにどこか似ていた。鈍い、鈍感、と言われる潔でももう大人の仲間入りをした。だから、彼女の浮かべる笑みの意味合いに気づかないわけがない。
でも、と潔はどうしてもカイザーとの関係が俄然気になった。
「カイザーとは知り合いなのか?」
潔は先ほど答えが返ってこなかった質問をもう一度訊ねる。
「知らなかったのか?」
ミラに訊ねた言葉に答えたのは憎たらしいカイザーだった。その声音は変わらず愉悦に滲んでおり潔の神経を逆撫でる。
「お前に聞いてんじゃない」
「ふっ。世一、お前はクソ世間知らずみたいだな」
「それともノア以外目に入らないのか?」完全に馬鹿にした物言いに口の端が引きつる。ほんとにこの男は煽らず人と話せないのか。もう諦めの境地にいる潔だったが我に返ってミラを見る。
彼女は潔に向けたことがないほど冷ややかな視線をカイザーに向けていた。親の仇とまではいかないが何かしらの圧を感じる。ここまで来ると知り合いであることは間違いがないのだろう。そうなんだろうけれど――。
ミラの圧に怯んだ潔だったが徐々に苛立ちが込み上げる。彼女の視線をあの忌々しいカイザーが独占していることが面白くなかった。
「ふっ。お前でもそういう顔をするのか」
「ぁ?」
思わず反応をすればカイザーは愉し気に口角を浮かべながら嫌味なほど似合う仕草で前髪を払う。なんでこうすべてが様になるのか羨ましくはないが腹立たしい。
「こいつとはよくペアで仕事を頼まれんだよ」
にんまりと笑いながらカイザーが放った言葉に思わず「ぇ」と小さな声が零れる。すぐに潔の視線はミラに向けられる。すると彼女は忌々しさが膨れ上がったようにカイザーを睨みつけたままだった。だが、こちらの視線に気づいたのかパッとカイザーへの嫌悪感を引っ込めてこちらを見上げた。一瞬、パチと合った視線はすぐに外された。ミラによって。
それが潔の何かを軽く傷をつけヒリつかせる。だが、これくらいと潔は自分の胸の傷を無視して彼女の名前を呼ぶ。それに潔に促されるように彼女はゆっくりと綺麗な唇を動かした。
「えっと、そうね。カイザーの言う通り仕事でよくペアを組まされるのよ」
「けど、カイザーのクラブとミラのクラブは縁もゆかりもないだろ」
「おいおい。世一くん、忘れちゃったのかな?」
何度こいつはミラとの会話に割り込んでくるのか。潔はカイザーを睨みつけるがカイザーは意に介することなく心底楽しい喜劇を見ているように口角を引き上げる。
「ミランダは世界11傑に選出されていただろ」
これだけ言えば分かるだろ、と言いたげなサファイアブルーの双眸がしなる。潔の回転の速い頭が瞬く間に処理をする。そして、自分よりもきっと頻繁に彼女はこの憎たらしい男と会っていることを理解した。
潔は何故か上手く答えることができなかった。
「ふぅん」「そっか」など言葉は浮かぶが何か違う気がして形にならなかった。ただなぜか項が熱くなった。
今の今までミラが他の選手と組んでいるところを気に留めたことがなかった。もしかしたら二人が掲載された雑誌が日本で発売されなかったかもしれない。ネット記事もカイザーが載っているものは気にも留めたことがない。嘘たまにある。だけど、彼女がカイザーと一緒に載っていた記事などほとんど見かけたことがなかった。
「あっと、それってサッカー以外にスポンサーの関連の仕事とかもあんの?」
「そうね。よく一緒にされるわね。私は嫌なのだけれど」
まるでカイザーから逃げるようにミラに尋ねる。彼女は嫌そうにしながら潔の質問に疑問を持つことなく答えてくれた。にしても、ミラのトゲトゲした反応に安心してしまう。
だが、これで安心してしまうダサい自分に潔はすでに嫌気がさしていた。
「そこまで言わなくていいだろ?」
「……貴方のそういう態度が嫌いなのよ」
「へぇ。俺の態度が嫌い? それだけか?」
ミラが一歩出てカイザーに詰め寄る。それを止めようとしたが、それよりも早くカイザーが一歩前に出て彼女に近づく。そして、彼女が「なにがよ」と勇敢に挑む。
途端、潔の頭の中で警鐘が鳴り響く。きっとミラはカイザーとよく一緒に仕事をする。だがきっと煽られた回数は試合で相対する潔の方が多い。だから、今の彼女の受け答えはいけない。そう思って口を挟もうと思ったが遅かった。
「可愛い、可愛い世一くんがいじめられているのを見過ごせなかったくせに」
「ッ」
想像していなかった言葉がカイザーの口から零れた。
潔の足はそれによって止まってしまった。すると、サファイアブルーの双眸がミラから潔に移った。その双眸は心底面白げだった。
「こいつ仕事で会う度に俺のプレイスタイルにやたらとつっかかってくんだよ」
「ちょ、カイザーッ!」
嬉々として話し始めたカイザーの口をミラが塞ごうと手を伸ばす。だが、カイザーは彼女の細い手首を掴んでそれを阻止する。そして、あっという間に彼女の体はカイザーの長い腕に捕まってしまった。
「ッ、放してっ」
身じろぐミラはいくらスポーツ選手とはあっても男であり二回り以上身体の大きなカイザーからは逃げられない。潔はすぐに助けなければと縫い付けられていた足を踏み出そうとするが「まぁ待て」とカイザーに止められる。
「最後まで話を聞け。けどな、俺のプレイスタイルに対する小言も毎回じゃなかった。あるときだけこいつはいちゃもんつけてきた」
分かるだろ、と言いたげなカイザーに潔も馬鹿ではない。つまり、ミラがカイザーにつっかかるのは昔馴染みである潔と試合で対戦したときなんだろう。
少し複雑な気分だった。だが、きっとミラからすればカイザーの煽りは気に食わないものだったんだろう。そもそも彼女はサッカーの姿勢に対して潔癖なところがある。だから、潔の煽り返しを聞けば注意したに違いない。
「だからなんだ」
複雑さを隠して言葉を洩らす。プライドがわずかに傷ついたことを隠して返した答えにカイザーのにやけ面がなくなる。どうやら俺が想像していた反応を返さなかったようだ。それは何よりと思いながらミラを解放しようと手を伸ばすと。
「へぇ。お前には傷つくプライドもなしってことか。世一ぃ」
なんだと、睨み返すとカイザーは潔に見せつけるようにミラをさらに抱き寄せる。彼女から抗議の声が上がるが抜け出せない。それをカイザーは嬉々とした様子で見ている。二人のそんな姿に潔の沸点が低くなり、ピッチ以外ではめったにしない舌打ちをしてカイザーに歩み寄る。
「ミラが俺のことを気にかけてくれただけのことだろ。いい加減に放せって」
カイザーの腕を掴み引き離そうとするが逆に腕の力が籠る。ミラはさらに抱き込まれることになる。深く抱き込まれた彼女から苦しそうな声が洩れる。
「おい。ミラが」
「お前は弟の立場で甘んじようっていうのか?」
「はぁ?」
何が弟だよ、と言い返そう顔を横に向ければカイザーの冷ややかなサファイアブルーが妖しく輝いていた。それはピッチで見せるギラギラと滾るような双眸ではなく初めてみるものだった。
違う。
カイザーではないが似たようなものを見たことがある。どこだったか――と考えるよりも「弟」という言葉が思考を邪魔する。
――弟ってなんだよ。別にミラは俺のことそう見てないつーの。
でも、年下の男を気に掛けるって結局そういうことなのだろうか。けれど、子どもの頃から弟扱いをされた記憶がなく潔は腑に落ちなかった。
じっと見つめてくるカイザーに潔は瞼を伏せて上げ睨み返す。
「弟の立場なんて考えたことねぇよ」
「いいから放せ」ともう一度カイザーの腕を引く。今度は拒むことなくカイザーの長い腕は彼女の身体から離れた。そして、ゆっくりとミラの身体から離れた。
「ふん。たいそうな自信だな」
妖しさを失った瞳はいつも通りの関心を失せたような瞳に戻っていた。だが僅かにその双眸に苛立ちが滲んでいるように見えた。なんだとミラの身体を抱き寄せながら身構える。
「はぁ。ミランダ。お前を探しているスポンサーがいたぞ」
先ほどまでの愉し気な様子はカイザーにもうない。ただ面倒くさそうに前髪を掻き上げている。調子の上がり下がりが酷いなと思っていると腕の中いたミラが「え!」と声を上げた。
「ちょっとそれを早く言いなさいよ」
「ふん。お前たちがこんなところで密会していなければさっさと話したがな」
「み、密会って!」
潔が反応するより早くミラが声を上げる。過敏な反応に下を見れば彼女の顔が分かりやすく赤くなっていた。視線が忙しなく左右に揺れている。
「ミラ?」
顔を覗き込むと同時に視線がパチと絡む。けれど、気恥ずかしそうに逸らされてしまった。なんだかその仕草が可愛くてときめいてとしてしまった。
「おい。俺がいるのを忘れてないだろうな」
苛立ちを含んだ声に顔を上げれば声から感じられる苛立ちをあらわにしたカイザーがいた。先ほどの潔と立場が逆転したようで少しスカッとした気分になる。
「ハァ。行くぞ」
「え」
苛立ったままのカイザーが手を差し伸べた。潔に手を差し伸べているようだがもちろん違う。たぶん、今潔が肩を抱いているミラに、だ。
「どうして貴方と一緒に行くのよ」
「誰が探していたか知っているのは俺だからな」
「それはそうかもしれないけれど……別に貴方とじゃなくても」
それはそうだ。ただあの人数の中からスポンサーを探すのはミラ一人では無理だ。潔も探すのを手伝うことはできる。だが、やっぱりカイザーがいる方がいいだろう。
嫌なのだろうが仕方ないと彼女を説得しようとしたときだった。
「まぁ、そうだよな。俺と戻ればお前は世一ではなく俺を選んだことになるからな」
「え」「は」潔とミラの声が重なる。そして先ほどまで苛立っていたカイザーがまた愉悦を滲ませた表情をしていた。差し出していた手を引っ込めたと思うと顎に持って行き顎を撫でる。
「庭園に出た男女が別の相手と戻ってきたら様々な憶測が飛ぶだろうなぁ」
そこになんの問題が、と思ったが恋愛の機微が分かって来た潔にも見当がついた。庭園がどうか分からない。けれど、二人で出て行ったのに男女どちらか変わっていたら確かにおかしい。破局とか修羅場とか考えるかもしれない。いや、でも。
――つっても、俺ら付き合ってはいないんだけどな……。
それでも何か問題なのか。ここに記者はいない。ただ各国の選手がいる。一目はたくさんある。そこで潔とミラが出て行ったのを見た人間が戻ってきたら彼女の横にカイザーがいれば確かに勘繰るだろう。ゴシップ好きにはたまらないネタだ。
それにミラとカイザーは様々なところで組まされているなら格好の餌食になる。
「三人で戻ればよくね?」
一番無難な考えではないか。その後、スポンサーのところまで彼女を送ればゴシップのような話も出てこないだろう。
「三人……それがいいわね」
「だろ。カイザーもそれでいいだろ」
見ればカイザーは思案気味な顔をするが珍しく煽ることなく「いいだろう」と頷く。
僅かな間が気になる。ここに現れてからのカイザーは確かにいつもの試合中に見る姿だった。
でも、と潔は先ほど初めて見たカイザーの様子に懸念が浮かぶ。何やら企んでいるのではと思いながら「行くぞ」と言って背中を睨みつけた。
「世一?」
下から柔い声で呼ばれた名前に我に返って微笑みかける。
「少し考え事していただけだから」
「そう……なんだか、ごめんね」
僅かに目を伏せて謝るミラ。落ち込む姿を見せる「そんなことない」と声をかけようとしたが再び邪魔が入る。
「おい。ぐずぐずするな早くしろ」
苛立たし気な声に呼び掛けられた。それにミラが視線をカイザーに向けてしまった。そして「わかったわよ」と潔の腕の中から抜け出した。
ドレスの裾を掴みカイザーのところへ行く。その彼女の姿がたまらなく潔の胸を締め付けたのだった。
文章一部修正 2023.06.04
「邪魔するぞ」
立派な体躯に無駄に長い脚に見合ったオーダーメードスーツを着こなす男。フットボーラーに見合わぬ色気を放ちながら低い声でいつものように嘲笑を含ませて割り込んできた。
とんだ男の登場に潔は立ち上がる。すると、隣でも立ち上がる気配がしたからミラも立ったのだろう。
潔は彼女を隠すように一歩前に踏み出して好敵手であるミヒャエル・カイザーを見やる。
「カイザー。何の用だよ」
「別に俺はお前に用があるわけじゃねぇよ」
肩を竦めて口角を上げて答えたカイザーのサファイアブルーの瞳が動く。その視線の動きを追わなくても誰を見たのか分かる。なにせここに潔以外の人間がいるとしたら彼女一人だけだ。
「ミランダ。俺が用あるのはお前だ」
彼女の名前を呼んだだけで潔の癇に障る。だが海外ではファーストネームで呼ぶことが多い。それにミラには姉のドリーがいる。糸師兄弟のように名前で呼ばれることはなんら不思議ではない。ただカイザーという憎たらしい男に彼女の名前が呼ばれるのが潔には面白くなかった。
「あら私?」
面白くなさに顔を顰めているとミラの尖った声がする。ドイツ語でも話せるのかと感心していると隣に動く気配がした。気配につられて横目で彼女を見れば意外な顔に目をみはる。
隣に立った彼女は片方の眉を上げて口角をカイザーに似た角度で上げていたのだ。
――ミラでもああいう顔すんだ。いや、つか、もしかして。
「ミラ。こいつと知り合い?」
思わずと声をかけるとカイザーが鼻で笑った。相変わらず嘲りを含んだ嫌な笑い方にうんざりする。
「なんだよ」
「いや、まさか愛称を呼ぶほどの仲とは思わなくてなぁ」
愉し気に綺麗な顔を歪ませるカイザー。だがその言葉の意味は要領が得ない。潔は怪訝にカイザーを見てからミラを見る。すると彼女は先ほどの嫌悪を滲ませた表情から焦りを滲ませたものに変えていた。
「ミラ、どうしたんだ?」
不思議な変化に心配になって彼女の背中に手を回す。するとビクと身体が動いた。
「ぁ、えっと、世一、大丈夫よ」
艶やかに輝く唇の口角が作られたように上がる。少し困ったときに母がする笑みにどこか似ていた。鈍い、鈍感、と言われる潔でももう大人の仲間入りをした。だから、彼女の浮かべる笑みの意味合いに気づかないわけがない。
でも、と潔はどうしてもカイザーとの関係が俄然気になった。
「カイザーとは知り合いなのか?」
潔は先ほど答えが返ってこなかった質問をもう一度訊ねる。
「知らなかったのか?」
ミラに訊ねた言葉に答えたのは憎たらしいカイザーだった。その声音は変わらず愉悦に滲んでおり潔の神経を逆撫でる。
「お前に聞いてんじゃない」
「ふっ。世一、お前はクソ世間知らずみたいだな」
「それともノア以外目に入らないのか?」完全に馬鹿にした物言いに口の端が引きつる。ほんとにこの男は煽らず人と話せないのか。もう諦めの境地にいる潔だったが我に返ってミラを見る。
彼女は潔に向けたことがないほど冷ややかな視線をカイザーに向けていた。親の仇とまではいかないが何かしらの圧を感じる。ここまで来ると知り合いであることは間違いがないのだろう。そうなんだろうけれど――。
ミラの圧に怯んだ潔だったが徐々に苛立ちが込み上げる。彼女の視線をあの忌々しいカイザーが独占していることが面白くなかった。
「ふっ。お前でもそういう顔をするのか」
「ぁ?」
思わず反応をすればカイザーは愉し気に口角を浮かべながら嫌味なほど似合う仕草で前髪を払う。なんでこうすべてが様になるのか羨ましくはないが腹立たしい。
「こいつとはよくペアで仕事を頼まれんだよ」
にんまりと笑いながらカイザーが放った言葉に思わず「ぇ」と小さな声が零れる。すぐに潔の視線はミラに向けられる。すると彼女は忌々しさが膨れ上がったようにカイザーを睨みつけたままだった。だが、こちらの視線に気づいたのかパッとカイザーへの嫌悪感を引っ込めてこちらを見上げた。一瞬、パチと合った視線はすぐに外された。ミラによって。
それが潔の何かを軽く傷をつけヒリつかせる。だが、これくらいと潔は自分の胸の傷を無視して彼女の名前を呼ぶ。それに潔に促されるように彼女はゆっくりと綺麗な唇を動かした。
「えっと、そうね。カイザーの言う通り仕事でよくペアを組まされるのよ」
「けど、カイザーのクラブとミラのクラブは縁もゆかりもないだろ」
「おいおい。世一くん、忘れちゃったのかな?」
何度こいつはミラとの会話に割り込んでくるのか。潔はカイザーを睨みつけるがカイザーは意に介することなく心底楽しい喜劇を見ているように口角を引き上げる。
「ミランダは世界11傑に選出されていただろ」
これだけ言えば分かるだろ、と言いたげなサファイアブルーの双眸がしなる。潔の回転の速い頭が瞬く間に処理をする。そして、自分よりもきっと頻繁に彼女はこの憎たらしい男と会っていることを理解した。
潔は何故か上手く答えることができなかった。
「ふぅん」「そっか」など言葉は浮かぶが何か違う気がして形にならなかった。ただなぜか項が熱くなった。
今の今までミラが他の選手と組んでいるところを気に留めたことがなかった。もしかしたら二人が掲載された雑誌が日本で発売されなかったかもしれない。ネット記事もカイザーが載っているものは気にも留めたことがない。嘘たまにある。だけど、彼女がカイザーと一緒に載っていた記事などほとんど見かけたことがなかった。
「あっと、それってサッカー以外にスポンサーの関連の仕事とかもあんの?」
「そうね。よく一緒にされるわね。私は嫌なのだけれど」
まるでカイザーから逃げるようにミラに尋ねる。彼女は嫌そうにしながら潔の質問に疑問を持つことなく答えてくれた。にしても、ミラのトゲトゲした反応に安心してしまう。
だが、これで安心してしまうダサい自分に潔はすでに嫌気がさしていた。
「そこまで言わなくていいだろ?」
「……貴方のそういう態度が嫌いなのよ」
「へぇ。俺の態度が嫌い? それだけか?」
ミラが一歩出てカイザーに詰め寄る。それを止めようとしたが、それよりも早くカイザーが一歩前に出て彼女に近づく。そして、彼女が「なにがよ」と勇敢に挑む。
途端、潔の頭の中で警鐘が鳴り響く。きっとミラはカイザーとよく一緒に仕事をする。だがきっと煽られた回数は試合で相対する潔の方が多い。だから、今の彼女の受け答えはいけない。そう思って口を挟もうと思ったが遅かった。
「可愛い、可愛い世一くんがいじめられているのを見過ごせなかったくせに」
「ッ」
想像していなかった言葉がカイザーの口から零れた。
潔の足はそれによって止まってしまった。すると、サファイアブルーの双眸がミラから潔に移った。その双眸は心底面白げだった。
「こいつ仕事で会う度に俺のプレイスタイルにやたらとつっかかってくんだよ」
「ちょ、カイザーッ!」
嬉々として話し始めたカイザーの口をミラが塞ごうと手を伸ばす。だが、カイザーは彼女の細い手首を掴んでそれを阻止する。そして、あっという間に彼女の体はカイザーの長い腕に捕まってしまった。
「ッ、放してっ」
身じろぐミラはいくらスポーツ選手とはあっても男であり二回り以上身体の大きなカイザーからは逃げられない。潔はすぐに助けなければと縫い付けられていた足を踏み出そうとするが「まぁ待て」とカイザーに止められる。
「最後まで話を聞け。けどな、俺のプレイスタイルに対する小言も毎回じゃなかった。あるときだけこいつはいちゃもんつけてきた」
分かるだろ、と言いたげなカイザーに潔も馬鹿ではない。つまり、ミラがカイザーにつっかかるのは昔馴染みである潔と試合で対戦したときなんだろう。
少し複雑な気分だった。だが、きっとミラからすればカイザーの煽りは気に食わないものだったんだろう。そもそも彼女はサッカーの姿勢に対して潔癖なところがある。だから、潔の煽り返しを聞けば注意したに違いない。
「だからなんだ」
複雑さを隠して言葉を洩らす。プライドがわずかに傷ついたことを隠して返した答えにカイザーのにやけ面がなくなる。どうやら俺が想像していた反応を返さなかったようだ。それは何よりと思いながらミラを解放しようと手を伸ばすと。
「へぇ。お前には傷つくプライドもなしってことか。世一ぃ」
なんだと、睨み返すとカイザーは潔に見せつけるようにミラをさらに抱き寄せる。彼女から抗議の声が上がるが抜け出せない。それをカイザーは嬉々とした様子で見ている。二人のそんな姿に潔の沸点が低くなり、ピッチ以外ではめったにしない舌打ちをしてカイザーに歩み寄る。
「ミラが俺のことを気にかけてくれただけのことだろ。いい加減に放せって」
カイザーの腕を掴み引き離そうとするが逆に腕の力が籠る。ミラはさらに抱き込まれることになる。深く抱き込まれた彼女から苦しそうな声が洩れる。
「おい。ミラが」
「お前は弟の立場で甘んじようっていうのか?」
「はぁ?」
何が弟だよ、と言い返そう顔を横に向ければカイザーの冷ややかなサファイアブルーが妖しく輝いていた。それはピッチで見せるギラギラと滾るような双眸ではなく初めてみるものだった。
違う。
カイザーではないが似たようなものを見たことがある。どこだったか――と考えるよりも「弟」という言葉が思考を邪魔する。
――弟ってなんだよ。別にミラは俺のことそう見てないつーの。
でも、年下の男を気に掛けるって結局そういうことなのだろうか。けれど、子どもの頃から弟扱いをされた記憶がなく潔は腑に落ちなかった。
じっと見つめてくるカイザーに潔は瞼を伏せて上げ睨み返す。
「弟の立場なんて考えたことねぇよ」
「いいから放せ」ともう一度カイザーの腕を引く。今度は拒むことなくカイザーの長い腕は彼女の身体から離れた。そして、ゆっくりとミラの身体から離れた。
「ふん。たいそうな自信だな」
妖しさを失った瞳はいつも通りの関心を失せたような瞳に戻っていた。だが僅かにその双眸に苛立ちが滲んでいるように見えた。なんだとミラの身体を抱き寄せながら身構える。
「はぁ。ミランダ。お前を探しているスポンサーがいたぞ」
先ほどまでの愉し気な様子はカイザーにもうない。ただ面倒くさそうに前髪を掻き上げている。調子の上がり下がりが酷いなと思っていると腕の中いたミラが「え!」と声を上げた。
「ちょっとそれを早く言いなさいよ」
「ふん。お前たちがこんなところで密会していなければさっさと話したがな」
「み、密会って!」
潔が反応するより早くミラが声を上げる。過敏な反応に下を見れば彼女の顔が分かりやすく赤くなっていた。視線が忙しなく左右に揺れている。
「ミラ?」
顔を覗き込むと同時に視線がパチと絡む。けれど、気恥ずかしそうに逸らされてしまった。なんだかその仕草が可愛くてときめいてとしてしまった。
「おい。俺がいるのを忘れてないだろうな」
苛立ちを含んだ声に顔を上げれば声から感じられる苛立ちをあらわにしたカイザーがいた。先ほどの潔と立場が逆転したようで少しスカッとした気分になる。
「ハァ。行くぞ」
「え」
苛立ったままのカイザーが手を差し伸べた。潔に手を差し伸べているようだがもちろん違う。たぶん、今潔が肩を抱いているミラに、だ。
「どうして貴方と一緒に行くのよ」
「誰が探していたか知っているのは俺だからな」
「それはそうかもしれないけれど……別に貴方とじゃなくても」
それはそうだ。ただあの人数の中からスポンサーを探すのはミラ一人では無理だ。潔も探すのを手伝うことはできる。だが、やっぱりカイザーがいる方がいいだろう。
嫌なのだろうが仕方ないと彼女を説得しようとしたときだった。
「まぁ、そうだよな。俺と戻ればお前は世一ではなく俺を選んだことになるからな」
「え」「は」潔とミラの声が重なる。そして先ほどまで苛立っていたカイザーがまた愉悦を滲ませた表情をしていた。差し出していた手を引っ込めたと思うと顎に持って行き顎を撫でる。
「庭園に出た男女が別の相手と戻ってきたら様々な憶測が飛ぶだろうなぁ」
そこになんの問題が、と思ったが恋愛の機微が分かって来た潔にも見当がついた。庭園がどうか分からない。けれど、二人で出て行ったのに男女どちらか変わっていたら確かにおかしい。破局とか修羅場とか考えるかもしれない。いや、でも。
――つっても、俺ら付き合ってはいないんだけどな……。
それでも何か問題なのか。ここに記者はいない。ただ各国の選手がいる。一目はたくさんある。そこで潔とミラが出て行ったのを見た人間が戻ってきたら彼女の横にカイザーがいれば確かに勘繰るだろう。ゴシップ好きにはたまらないネタだ。
それにミラとカイザーは様々なところで組まされているなら格好の餌食になる。
「三人で戻ればよくね?」
一番無難な考えではないか。その後、スポンサーのところまで彼女を送ればゴシップのような話も出てこないだろう。
「三人……それがいいわね」
「だろ。カイザーもそれでいいだろ」
見ればカイザーは思案気味な顔をするが珍しく煽ることなく「いいだろう」と頷く。
僅かな間が気になる。ここに現れてからのカイザーは確かにいつもの試合中に見る姿だった。
でも、と潔は先ほど初めて見たカイザーの様子に懸念が浮かぶ。何やら企んでいるのではと思いながら「行くぞ」と言って背中を睨みつけた。
「世一?」
下から柔い声で呼ばれた名前に我に返って微笑みかける。
「少し考え事していただけだから」
「そう……なんだか、ごめんね」
僅かに目を伏せて謝るミラ。落ち込む姿を見せる「そんなことない」と声をかけようとしたが再び邪魔が入る。
「おい。ぐずぐずするな早くしろ」
苛立たし気な声に呼び掛けられた。それにミラが視線をカイザーに向けてしまった。そして「わかったわよ」と潔の腕の中から抜け出した。
ドレスの裾を掴みカイザーのところへ行く。その彼女の姿がたまらなく潔の胸を締め付けたのだった。
文章一部修正 2023.06.04