キミの隣に立つのは
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オマエは俺の隣だろ?
カタールW杯。ドイツは前大会のグループ敗退という無様な結果から蘇るように本大会3位という結果に終わった。だが、それはドイツ代表が満足できる結果ではなかったし、きっと国民も同じだ。何しろ、グループステージの1位を因縁ある潔世一がいる日本に奪われ、2位での通過。準決勝ではノアとロキが代表を務めるフランスに惨敗。3位決定戦は二度目の対戦となる日本に勝つことはできたが結果は3位。優勝でも準優勝でもない3位。
バスタード・ミュンヘンから移籍し力を着けカイザー自身が中心となっていたチームが3位。誰が満足できようか。そもそも今回のドイツだって下馬評ではグループステージ1位の優勝候補だった。それが蓋を開ければ2位。
チームの出来だって悪くなかった。技術力もあり、戦術理解度も高かったのに。それでも最後は3位。とはいえ、もう過ぎたことだ。そうカイザーも次のステージへと向かっていた矢先にこのパーティーだ。
スポンサーの我が儘によって開催されたパーティー。優勝したアルゼンチ代表と準優勝したフランスでいいだろうに、参加した国の代表選手が殆ど参加する羽目になった。
もれなくチームの中心であったカイザーも参加するように言われた。クリスマス休暇をこんなことで使われるなんて最悪だと悪態もついが、新しいスポンサーを探すビジネスチャンスと納得し参加している。
顔見知りの選手に適当に挨拶し、スポンサー関係者にはしっかりと対応し続けた。そして、最後にスポンサー関係者の知り合いに出会い世間話を終えようとしたときだった。
「そういえばミランダも今日参加しているんだよね」
彼が何てことないようにだした名前に反応しそうになる。それを何とか理性で食い止めて興味関心が無さそうに反応する。こういうときポーカーフィスというのは役に立つ。
「実はまだ挨拶できていなくて彼女のような選手ならすぐに会えると思ったんだけど」
「この中から探すのは大変だろうな」
各国の代表選手が納まるくらい広い会場だ。さらに各国のスター選手もたくさんいる。その中から彼女を探すのは至難の業だろう。
「もし会ったら探していたと言っておく」
「助かるよ。じゃあ、私は次のところに行くよ」
「ああ」
彼に手を振ってカイザーは途中グラスを受け取る。そこでようやく周囲に視線を向ける。同じ競技の選手と言うことから周りは楽しげに交流をしている。その交流がただの親交ではなく、明らかに別の熱を孕んでいる。男女の艶めかしさを肌で感じるのは不愉快だった。
カイザーは整った容姿で女性ファンが多い方だった。さらに、その女性ファンの中には各業界で活躍する人間も含まれている。お蔭でカイザーはスポンサー選びをする際慎重にならざるを得ない。下手をする企業関係者から女を紹介されるからだ。そういう経緯で紹介された女で碌な奴はいない。
だからといって同じ業界の女と交際するかと言えば興味は薄い。また何より女性選手の一部はカイザーの性格がそれなりに悪いことを知っている。だが中には知らず、知らずにカイザーにアプローチを仕掛けて来る。そういう女を受け入れるかといえば否。
今はサッカーに集中がしたい。だから、カイザーは20歳を越えた今いまだに特定の交際をしている人はいない。いないが――ふと顔に浮かぶ女がいることは確かだ。その女が先ほどスポンサーがほぼ脈略なく出した女だ。
女の名前はミランダ・ベル。
次世代女子サッカーのエースストライカーと呼ばれる選手だ。では現代の女子サッカーのエースはというと彼女の姉であるドロシー・ベルだ。姉の方は男子サッカーでいうところのノエル・ノアだ。二人の活躍とその整った容姿で〝ベル姉妹〟と人気の高い選手だ。
また妹のミランダはカイザーと同時期に女子選手版の世界11傑に選出されている。それに同世代で同じストライカーということで何度か特集も組まれたこともあるし、対談したことがあった。
初めての対談はブルーロックプロジェクトのネオ・エゴイストリーグが終了し帰国する間際のことだった。アメリカのU-20の女子サッカー代表が日本に親善試合に来ているということで対談が組まれた。正直、あの頃は色々……それはもうカイザーにとって色々なことが起きていた。即刻帰国して練習したいのに対談なんてと思いながらも受け入れた。
都内の某ホテルでカイザーはミランダ・ベルと初めて出会った。
「初めましてミヒャイル・カイザー選手。お会いでき光栄です」
差し出される手と綺麗な外面に彼女とのギャップを感じる。だが、それを気にすることなくカイザーもまた外面を張り付けてその手を取った。意外に細く柔らかい手は軽く握られるだけですぐに離された。
――この女、俺のこと嫌ってんな。
爽やかで誰にでも礼儀正しく人当たりがいいという人物評からは外れている。だが、それをカイザーが気にする事ではない。そもそもカイザーの以前のスタイルを嫌う選手はたくさんいる。きっと、彼女もそうしたスポーツマンシップを大事にする人間なんだろう。何せ姉だけでなく両親もサッカー界のスターだったのだから。
だが、そんな可愛い精神じゃこの先やっていけないだろう。カイザーは内心目の前の女をバカにしながら席に着いた。
その後は問題もなくスムーズに差し当たりのない対談が終わった。対談にスタッフが後片付けにはいる。それを横目にサッサと帰ろうとしたときだった。
「随分大人しかったわね」
「は?」
ふいにかけられた声に思わず反応を返してしまった。すぐにしまったと反応を示したカイザーに彼女はクスクスと笑った。その笑い方は爽やかさを打ち消し艶さえ感じた。
そこら辺のレベルの男だったら胸を高鳴らせるような姿だ。だが、カイザーは訝しみながら見つめ返すと、綺麗な形の唇が笑うのをやめて口を開く。
「BLTVで見た貴方とはだいぶ印象が違ったから、ついね」
一歩前に踏み出し目前までやって来る。カイザーよりだいぶ低いところにある女の顔。その顔はから爽やかなサッカー少女を掻き消し数時間前に見せた冷ややかさを浮かべて見上げて来る。
「貴方が所属していたドイツのバスタード・ミュンヘンは中々面白かった」
「それは先ほども聞いたが」
対談時にもそう言っていたがどうにも今の言葉には含みがある。現に彼女は双眸をしならせて「ええ言ったわ」と答える。毒を孕んだ声音は本当に10代の女なのか。
「何が言いたい」
意図が読めないやり取りに青筋が浮かぶ。これ以上この女と話していると精神衛生的にもよくない気がして来た。カイザーが苛立ちを込めて声をかけると。ストンと感情が抜け落ち、冷ややかな双眸がカイザーを捉える。
「同じ選手として不愉快極まりなかったプレイだったのは本当の感想です。ただ、あれ程度潰れるのもその程度の選手だとは思います――しかし、貴方のキャリアを考えればこれ以上あのような行為は勧めないわ」
カイザーを心配しているようにも取れる発言だが本心は違うのだろう。
一体全体どういう了見があるのだ。カイザーが探るように見るが彼女はそれだけだというように背を向けて部屋去って行った。
これがカイザーとミランダ・ベルの出逢いだ。とはいえ、彼女と会う機会はこれ以降も続いた。何せ、女子サッカーで注目の選手だ。同じく同世代のカイザーとオフシーズンには対談は組まれるし、合同インタビューなんかもある。同世代ゆえ、同じポジションゆえ、カイザーとミランダは男女セット扱いになっていた。
さらに会う機会を増やしたのが広告撮影だ。スポンサーが被ることが多いのと被写体として様になるからとファッションブランドや化粧品ブランドの場合セットになることが頻繁にある。
彼女最初こそ態度に出すことはなかったが、最近は眉を顰めて文句を言うようになった。
「また貴方と?」
「しかたないだろう」
肩を竦めながら答えると彼女はこれ以上言うつもりはないのか。準備に入る。
ただ意外に嫌そう顔をするわりには以前のような攻撃的な棘はない。
「そうだ。貴方、この間の試合またなんてプレイしているの」
「あ~はい、はい、すいませんでしたぁ~」
「反省の色が見えないのだけど」
棘はないのだが、あのプレイは何だと小言を残していくことは変わらない。その度に聞き流してはいるがただ不思議なこともあった。
彼女は大体小言を言うが言わないときもある。そして、そういう日は大抵サッカーやトレーニングに趣味の話になるほど穏やかなのだ。
一体どうしてか。カイザーは気になったらもう駄目だった。彼女と会うまでの直前の試合を覚えて置くようにした。すると、ある共通点があったが、共通点を見つけた瞬間怒りとも、失望とも、言えない感情が込み上げた。経験したことのない感情は不愉快であるが解析するにも分からなすぎてカイザーはその感情をそっと奥へと追いやった。
共通点を発見した後、タイミングよくスポンサー関係の食事会で会った。共通点から今日は小言がないと予想したらなくごくごく普通の世間話をしている最中にカイザーは彼女に訊ねてみた。
「お前、世一のファンか?」
彼女が小言を洩らした日の直近の試合は潔世一が絡んでいた。所属するチームは別だが同じリーグに所属している。だから、試合で対戦することが多々ある。
世一と対戦するとどうにもかつてのように口が動いてしまう。お互い煽り癖がついてしまったのは仕方ない。だから他の試合以上に口が動くし、身体も動く。カイザーとしてはかつて格下だった世一を好敵手として認めていた。本人に言うことはしないが。
さて、とミランダを見るが――彼女はグラスに口をつけていた動作が止まっていた。だが、動作が止まったのは一瞬ですぐにグラスに入っているノンアルコールのシャンパンを口に運ぶのだが、妙にぎこちない。
なんて分かりやすい反応にカイザーは呆れた。それでもポーカーフィスが必要なプロなのか、と。
「だから俺に突っかかってきたのか」
「っ、う、うるさいわね!」
どもり分かりやすいくらい反応し顔を赤らめるミランダ。その姿に奥にそっと追いやった気味悪い感情が出てこようとする。
「お気に入りの選手がいじめられるのが見ていらなかったんですかぁ~?」
「だ、だからっ、うるさいったら! もう!」
まるで小さな子どもが自分の好きな人がバレたときの反応。
面白くなくてカイザーはその後、幾度もそれをネタにからかったが気持ちの悪い感情だけが後に残った。そして、今もその感情を分析することはできず心の奥にねばっこく根を這っていた。
その感情を思い出して不愉快さに眉を顰める。何とか今日も無視を込め込むが――どうなるか分からない。
何せ、今日は各国の代表が集まる。ミランダと世一は今の今まで対面する機会はなかった。だが、もし彼女に会って世一を紹介しろと言ってきたら――。
カイザーは考えてみて何だか苛立ちが込み上げた。自分と同じ高みにある選手がそこら辺の女と同じ行動を取ると想像しただけでこんな苛立つものなのか。
なら余計なことを言わないで用件だけにしておこう。一応と、ミランダを探すために視線を動かすと同時に顔見知りと目が合った。
目が合った顔見知りは穏やかな笑みを湛えてカイザーの方に歩み寄って来た。
「やぁ。カイザー」
「ネス。来ていたのか」
今は別のチームになったアレクシス・ネス。同じくドイツ代表選手であり招待されていた。だが、別の仕事で参加できるかどうか分からないと言っていた。
「うん。こっちの仕事が優先されて参加することになったんだよ」
「ふぅん。やっぱここのスポンサーすげぇんだな」
「そりゃ。女子選手も集めるくらいだからね。で、君も挨拶回りは終わったのかい?」
「ああ。お前もか?」
頷くネスにカイザーはふとミランダを見かけたか訊ねてみるかという考えが過る。実はネスには初対面の後のこと話している。その話を聞いて今まで見たことがないくらい声を上げて笑っていた姿は今も忘れられない。何が面白かったか分からなかったが何かネスのツボにはまったのは分かる。
「ネス。お前、ミランダ・ベルを見かけなかった」
「ミランダ選手?」
頷くと意外そうな顔をしながら食えない笑みを浮かべる。その笑みを向けるようになってからネスはずけずけ言うようになった。
「あんだよ」
「いや。なんか君が自分からあの彼女に接触しようなんて、と思ってね」
「おい。別に他意はねぇからな」
「ふぅん」
含みを孕んだ笑みのネスを「なんだ」という言葉と共に睨む。だがネスは気にした様子もなく考えるようなそぶりを見せる。
「挨拶回りをしているときに世一とベル姉妹の妹といるとか何とか聞こえて来たかな」
すでに世一と接触したのか。カイザーを介してすることがなくなったことに安堵したが――苛つく。結局あの女もそこら辺の女と変わらないのかとむかっ腹が立つ。
「……もしかして探してた?」
「いや、俺じゃなくてスポンサーが探していてな。見かけたら声をかけておいてくれ、と」
「へぇ。そう」
本当のことを言っているのに言葉の裏を探るようにネスは見つめて来る。その視線が鬱陶しく睨みつける。今度はネスが肩を竦めて「ごめん、ごめん」と謝罪した。だが彼は以前のようなカイザー主義者ではなくなったため焦りは何もない。
「どの辺とか言っていたか」
「うーん。確か、庭園とか何とかって聞こえたな」
「は? 庭園だと?」
出て来た言葉に片眉を上げる。ネスは苦笑を浮かべて「世一は日本育ちですからね」とカイザーが考えていることに応えるようなことを言う。
「はぁ。記者が入って来られないようになっているとはいえ迂闊過ぎだろ」
「でもさ、ミランダ選手からだったら?」
確かに以前から気にかけていたし。何目線か分からないままカイザーに苦情を訴えていたくらいだ。思わず舌打ちをする。ネスの予想は外れてはいないだろう。
「はぁっ。ったく、行ってくる」
「お疲れ様。あ、そうだ。カイザーまた今度食事でもしようよ」
「予定が空いたらな」
「ふふ。わかった」
言って手を振ったネスが去っていく。その背中を最後まで見送ることなく庭へと繋がる開けっ放しになっている扉を潜る。
庭園の影に蠢く影を無視し、僅かに聞こえる囁きを無視し歩き続ける。広いとまではいかないが人を探すには明かりも心もとない。
ふと、カイザーは自分がなぜ二人を探しているのか分からなくなる。二人がどうなたってカイザーに関係はない。男女の関係となってきっと二人はサッカーを忘れない。恋にうつつを抜かすような人間ではないのは分かっている。だというのに何故世一とミランダをカイザーは探しているのか。
ここまで来ると軽率な行動をした二人の怒りが込み上げる。20歳を越えた男女が庭に出れば記者の目に入らなくても他の選手の口から噂は広がっていくだろうに。
怒りが降り積もっていく。だが、この怒りは果たして意味があるのか。カイザーは改めて自分の感情が振り回されている気がした。
落ち着かせるために息をついて頭を軽く左右に振る。すると、視界の端に白い何かが掠める。そちらに目を向けると白い建物が目に入る。
「ガゼボか」
絶好の休憩スポットならぬデートスポット。一瞬、すぐに足を向けようかと思ったが別の人間共がいてお取込み中だったことを考えると最悪の気分になる。やはり、もう戻るか。
カイザーがあの二人を止める義理などないところだし。構わないのだけれど、とカイザーは深い溜息をついて足を向ける。
別人だったらさっさと去ればいい。そうしよう。何とか自分に言い聞かせてガゼボに近づくと聞き覚えのある男女の声がした。
視線を上げた先には隣り合って座っている男女がいた。その男と女に見覚えがあり、カイザーの探し人たちだったのだから。
――出逢ったばかりにして随分と親しい。
いや、本当に出逢ったばかりなのだろうか。それにしては二人が纏う空気は親しみに溢れて――甘い。もしやカイザーが知らないところでもう二人は出逢っていたのか。
粘っこく張り付いた気色の悪い感情が蠢くのに連動するように吐き気が込み上げる。ついにカイザーはこの無視し続けた感情の正体が判明してしまった。
――ああ。なんだ。そんなことか。
自分が抱いた感情に反吐が出そうだった。カイザーは女性経験がなにわけではない。恋愛に興味はない。ただ男女のそういう機微は理解出来ていた。だから、一度分析してしまえばあの粘っこい気色の悪い感情の正体が何だったか分かってしまう。
――分かりたくなかったがな。
初めて見る甘く柔らかく緩む女の顔を世一は愛おしく見つめている。恋愛に疎く興味がないと思っていた男がまさかそんな眼差しを向ける相手がいるとは。そして、カイザーが知らずに懐に入れかけていた女の恋する顔に胸が苦しくなる。
カイザーの気配に気づかず二人きりの世界を構築している。五感に優れた世一が気づかないのだから、その全神経を隣に座るミランダに向けているのだろう。
徐々にその世界観がつまらなく壊したくなった。
――そうか。壊すか。
目の前でまさに童話のように王子様とお姫様が結ばれようとしている。カイザーはそこへ恋路を邪魔するヴィランとなりに行くのだ。
何かを意図的に破壊するのは久々の感覚だ。何とも言えない高揚感に身体が浮き立つ中、ガゼボの中にいる王子様とお姫様に声をかける。
「邪魔するぞ」
カタールW杯。ドイツは前大会のグループ敗退という無様な結果から蘇るように本大会3位という結果に終わった。だが、それはドイツ代表が満足できる結果ではなかったし、きっと国民も同じだ。何しろ、グループステージの1位を因縁ある潔世一がいる日本に奪われ、2位での通過。準決勝ではノアとロキが代表を務めるフランスに惨敗。3位決定戦は二度目の対戦となる日本に勝つことはできたが結果は3位。優勝でも準優勝でもない3位。
バスタード・ミュンヘンから移籍し力を着けカイザー自身が中心となっていたチームが3位。誰が満足できようか。そもそも今回のドイツだって下馬評ではグループステージ1位の優勝候補だった。それが蓋を開ければ2位。
チームの出来だって悪くなかった。技術力もあり、戦術理解度も高かったのに。それでも最後は3位。とはいえ、もう過ぎたことだ。そうカイザーも次のステージへと向かっていた矢先にこのパーティーだ。
スポンサーの我が儘によって開催されたパーティー。優勝したアルゼンチ代表と準優勝したフランスでいいだろうに、参加した国の代表選手が殆ど参加する羽目になった。
もれなくチームの中心であったカイザーも参加するように言われた。クリスマス休暇をこんなことで使われるなんて最悪だと悪態もついが、新しいスポンサーを探すビジネスチャンスと納得し参加している。
顔見知りの選手に適当に挨拶し、スポンサー関係者にはしっかりと対応し続けた。そして、最後にスポンサー関係者の知り合いに出会い世間話を終えようとしたときだった。
「そういえばミランダも今日参加しているんだよね」
彼が何てことないようにだした名前に反応しそうになる。それを何とか理性で食い止めて興味関心が無さそうに反応する。こういうときポーカーフィスというのは役に立つ。
「実はまだ挨拶できていなくて彼女のような選手ならすぐに会えると思ったんだけど」
「この中から探すのは大変だろうな」
各国の代表選手が納まるくらい広い会場だ。さらに各国のスター選手もたくさんいる。その中から彼女を探すのは至難の業だろう。
「もし会ったら探していたと言っておく」
「助かるよ。じゃあ、私は次のところに行くよ」
「ああ」
彼に手を振ってカイザーは途中グラスを受け取る。そこでようやく周囲に視線を向ける。同じ競技の選手と言うことから周りは楽しげに交流をしている。その交流がただの親交ではなく、明らかに別の熱を孕んでいる。男女の艶めかしさを肌で感じるのは不愉快だった。
カイザーは整った容姿で女性ファンが多い方だった。さらに、その女性ファンの中には各業界で活躍する人間も含まれている。お蔭でカイザーはスポンサー選びをする際慎重にならざるを得ない。下手をする企業関係者から女を紹介されるからだ。そういう経緯で紹介された女で碌な奴はいない。
だからといって同じ業界の女と交際するかと言えば興味は薄い。また何より女性選手の一部はカイザーの性格がそれなりに悪いことを知っている。だが中には知らず、知らずにカイザーにアプローチを仕掛けて来る。そういう女を受け入れるかといえば否。
今はサッカーに集中がしたい。だから、カイザーは20歳を越えた今いまだに特定の交際をしている人はいない。いないが――ふと顔に浮かぶ女がいることは確かだ。その女が先ほどスポンサーがほぼ脈略なく出した女だ。
女の名前はミランダ・ベル。
次世代女子サッカーのエースストライカーと呼ばれる選手だ。では現代の女子サッカーのエースはというと彼女の姉であるドロシー・ベルだ。姉の方は男子サッカーでいうところのノエル・ノアだ。二人の活躍とその整った容姿で〝ベル姉妹〟と人気の高い選手だ。
また妹のミランダはカイザーと同時期に女子選手版の世界11傑に選出されている。それに同世代で同じストライカーということで何度か特集も組まれたこともあるし、対談したことがあった。
初めての対談はブルーロックプロジェクトのネオ・エゴイストリーグが終了し帰国する間際のことだった。アメリカのU-20の女子サッカー代表が日本に親善試合に来ているということで対談が組まれた。正直、あの頃は色々……それはもうカイザーにとって色々なことが起きていた。即刻帰国して練習したいのに対談なんてと思いながらも受け入れた。
都内の某ホテルでカイザーはミランダ・ベルと初めて出会った。
「初めましてミヒャイル・カイザー選手。お会いでき光栄です」
差し出される手と綺麗な外面に彼女とのギャップを感じる。だが、それを気にすることなくカイザーもまた外面を張り付けてその手を取った。意外に細く柔らかい手は軽く握られるだけですぐに離された。
――この女、俺のこと嫌ってんな。
爽やかで誰にでも礼儀正しく人当たりがいいという人物評からは外れている。だが、それをカイザーが気にする事ではない。そもそもカイザーの以前のスタイルを嫌う選手はたくさんいる。きっと、彼女もそうしたスポーツマンシップを大事にする人間なんだろう。何せ姉だけでなく両親もサッカー界のスターだったのだから。
だが、そんな可愛い精神じゃこの先やっていけないだろう。カイザーは内心目の前の女をバカにしながら席に着いた。
その後は問題もなくスムーズに差し当たりのない対談が終わった。対談にスタッフが後片付けにはいる。それを横目にサッサと帰ろうとしたときだった。
「随分大人しかったわね」
「は?」
ふいにかけられた声に思わず反応を返してしまった。すぐにしまったと反応を示したカイザーに彼女はクスクスと笑った。その笑い方は爽やかさを打ち消し艶さえ感じた。
そこら辺のレベルの男だったら胸を高鳴らせるような姿だ。だが、カイザーは訝しみながら見つめ返すと、綺麗な形の唇が笑うのをやめて口を開く。
「BLTVで見た貴方とはだいぶ印象が違ったから、ついね」
一歩前に踏み出し目前までやって来る。カイザーよりだいぶ低いところにある女の顔。その顔はから爽やかなサッカー少女を掻き消し数時間前に見せた冷ややかさを浮かべて見上げて来る。
「貴方が所属していたドイツのバスタード・ミュンヘンは中々面白かった」
「それは先ほども聞いたが」
対談時にもそう言っていたがどうにも今の言葉には含みがある。現に彼女は双眸をしならせて「ええ言ったわ」と答える。毒を孕んだ声音は本当に10代の女なのか。
「何が言いたい」
意図が読めないやり取りに青筋が浮かぶ。これ以上この女と話していると精神衛生的にもよくない気がして来た。カイザーが苛立ちを込めて声をかけると。ストンと感情が抜け落ち、冷ややかな双眸がカイザーを捉える。
「同じ選手として不愉快極まりなかったプレイだったのは本当の感想です。ただ、あれ程度潰れるのもその程度の選手だとは思います――しかし、貴方のキャリアを考えればこれ以上あのような行為は勧めないわ」
カイザーを心配しているようにも取れる発言だが本心は違うのだろう。
一体全体どういう了見があるのだ。カイザーが探るように見るが彼女はそれだけだというように背を向けて部屋去って行った。
これがカイザーとミランダ・ベルの出逢いだ。とはいえ、彼女と会う機会はこれ以降も続いた。何せ、女子サッカーで注目の選手だ。同じく同世代のカイザーとオフシーズンには対談は組まれるし、合同インタビューなんかもある。同世代ゆえ、同じポジションゆえ、カイザーとミランダは男女セット扱いになっていた。
さらに会う機会を増やしたのが広告撮影だ。スポンサーが被ることが多いのと被写体として様になるからとファッションブランドや化粧品ブランドの場合セットになることが頻繁にある。
彼女最初こそ態度に出すことはなかったが、最近は眉を顰めて文句を言うようになった。
「また貴方と?」
「しかたないだろう」
肩を竦めながら答えると彼女はこれ以上言うつもりはないのか。準備に入る。
ただ意外に嫌そう顔をするわりには以前のような攻撃的な棘はない。
「そうだ。貴方、この間の試合またなんてプレイしているの」
「あ~はい、はい、すいませんでしたぁ~」
「反省の色が見えないのだけど」
棘はないのだが、あのプレイは何だと小言を残していくことは変わらない。その度に聞き流してはいるがただ不思議なこともあった。
彼女は大体小言を言うが言わないときもある。そして、そういう日は大抵サッカーやトレーニングに趣味の話になるほど穏やかなのだ。
一体どうしてか。カイザーは気になったらもう駄目だった。彼女と会うまでの直前の試合を覚えて置くようにした。すると、ある共通点があったが、共通点を見つけた瞬間怒りとも、失望とも、言えない感情が込み上げた。経験したことのない感情は不愉快であるが解析するにも分からなすぎてカイザーはその感情をそっと奥へと追いやった。
共通点を発見した後、タイミングよくスポンサー関係の食事会で会った。共通点から今日は小言がないと予想したらなくごくごく普通の世間話をしている最中にカイザーは彼女に訊ねてみた。
「お前、世一のファンか?」
彼女が小言を洩らした日の直近の試合は潔世一が絡んでいた。所属するチームは別だが同じリーグに所属している。だから、試合で対戦することが多々ある。
世一と対戦するとどうにもかつてのように口が動いてしまう。お互い煽り癖がついてしまったのは仕方ない。だから他の試合以上に口が動くし、身体も動く。カイザーとしてはかつて格下だった世一を好敵手として認めていた。本人に言うことはしないが。
さて、とミランダを見るが――彼女はグラスに口をつけていた動作が止まっていた。だが、動作が止まったのは一瞬ですぐにグラスに入っているノンアルコールのシャンパンを口に運ぶのだが、妙にぎこちない。
なんて分かりやすい反応にカイザーは呆れた。それでもポーカーフィスが必要なプロなのか、と。
「だから俺に突っかかってきたのか」
「っ、う、うるさいわね!」
どもり分かりやすいくらい反応し顔を赤らめるミランダ。その姿に奥にそっと追いやった気味悪い感情が出てこようとする。
「お気に入りの選手がいじめられるのが見ていらなかったんですかぁ~?」
「だ、だからっ、うるさいったら! もう!」
まるで小さな子どもが自分の好きな人がバレたときの反応。
面白くなくてカイザーはその後、幾度もそれをネタにからかったが気持ちの悪い感情だけが後に残った。そして、今もその感情を分析することはできず心の奥にねばっこく根を這っていた。
その感情を思い出して不愉快さに眉を顰める。何とか今日も無視を込め込むが――どうなるか分からない。
何せ、今日は各国の代表が集まる。ミランダと世一は今の今まで対面する機会はなかった。だが、もし彼女に会って世一を紹介しろと言ってきたら――。
カイザーは考えてみて何だか苛立ちが込み上げた。自分と同じ高みにある選手がそこら辺の女と同じ行動を取ると想像しただけでこんな苛立つものなのか。
なら余計なことを言わないで用件だけにしておこう。一応と、ミランダを探すために視線を動かすと同時に顔見知りと目が合った。
目が合った顔見知りは穏やかな笑みを湛えてカイザーの方に歩み寄って来た。
「やぁ。カイザー」
「ネス。来ていたのか」
今は別のチームになったアレクシス・ネス。同じくドイツ代表選手であり招待されていた。だが、別の仕事で参加できるかどうか分からないと言っていた。
「うん。こっちの仕事が優先されて参加することになったんだよ」
「ふぅん。やっぱここのスポンサーすげぇんだな」
「そりゃ。女子選手も集めるくらいだからね。で、君も挨拶回りは終わったのかい?」
「ああ。お前もか?」
頷くネスにカイザーはふとミランダを見かけたか訊ねてみるかという考えが過る。実はネスには初対面の後のこと話している。その話を聞いて今まで見たことがないくらい声を上げて笑っていた姿は今も忘れられない。何が面白かったか分からなかったが何かネスのツボにはまったのは分かる。
「ネス。お前、ミランダ・ベルを見かけなかった」
「ミランダ選手?」
頷くと意外そうな顔をしながら食えない笑みを浮かべる。その笑みを向けるようになってからネスはずけずけ言うようになった。
「あんだよ」
「いや。なんか君が自分からあの彼女に接触しようなんて、と思ってね」
「おい。別に他意はねぇからな」
「ふぅん」
含みを孕んだ笑みのネスを「なんだ」という言葉と共に睨む。だがネスは気にした様子もなく考えるようなそぶりを見せる。
「挨拶回りをしているときに世一とベル姉妹の妹といるとか何とか聞こえて来たかな」
すでに世一と接触したのか。カイザーを介してすることがなくなったことに安堵したが――苛つく。結局あの女もそこら辺の女と変わらないのかとむかっ腹が立つ。
「……もしかして探してた?」
「いや、俺じゃなくてスポンサーが探していてな。見かけたら声をかけておいてくれ、と」
「へぇ。そう」
本当のことを言っているのに言葉の裏を探るようにネスは見つめて来る。その視線が鬱陶しく睨みつける。今度はネスが肩を竦めて「ごめん、ごめん」と謝罪した。だが彼は以前のようなカイザー主義者ではなくなったため焦りは何もない。
「どの辺とか言っていたか」
「うーん。確か、庭園とか何とかって聞こえたな」
「は? 庭園だと?」
出て来た言葉に片眉を上げる。ネスは苦笑を浮かべて「世一は日本育ちですからね」とカイザーが考えていることに応えるようなことを言う。
「はぁ。記者が入って来られないようになっているとはいえ迂闊過ぎだろ」
「でもさ、ミランダ選手からだったら?」
確かに以前から気にかけていたし。何目線か分からないままカイザーに苦情を訴えていたくらいだ。思わず舌打ちをする。ネスの予想は外れてはいないだろう。
「はぁっ。ったく、行ってくる」
「お疲れ様。あ、そうだ。カイザーまた今度食事でもしようよ」
「予定が空いたらな」
「ふふ。わかった」
言って手を振ったネスが去っていく。その背中を最後まで見送ることなく庭へと繋がる開けっ放しになっている扉を潜る。
庭園の影に蠢く影を無視し、僅かに聞こえる囁きを無視し歩き続ける。広いとまではいかないが人を探すには明かりも心もとない。
ふと、カイザーは自分がなぜ二人を探しているのか分からなくなる。二人がどうなたってカイザーに関係はない。男女の関係となってきっと二人はサッカーを忘れない。恋にうつつを抜かすような人間ではないのは分かっている。だというのに何故世一とミランダをカイザーは探しているのか。
ここまで来ると軽率な行動をした二人の怒りが込み上げる。20歳を越えた男女が庭に出れば記者の目に入らなくても他の選手の口から噂は広がっていくだろうに。
怒りが降り積もっていく。だが、この怒りは果たして意味があるのか。カイザーは改めて自分の感情が振り回されている気がした。
落ち着かせるために息をついて頭を軽く左右に振る。すると、視界の端に白い何かが掠める。そちらに目を向けると白い建物が目に入る。
「ガゼボか」
絶好の休憩スポットならぬデートスポット。一瞬、すぐに足を向けようかと思ったが別の人間共がいてお取込み中だったことを考えると最悪の気分になる。やはり、もう戻るか。
カイザーがあの二人を止める義理などないところだし。構わないのだけれど、とカイザーは深い溜息をついて足を向ける。
別人だったらさっさと去ればいい。そうしよう。何とか自分に言い聞かせてガゼボに近づくと聞き覚えのある男女の声がした。
視線を上げた先には隣り合って座っている男女がいた。その男と女に見覚えがあり、カイザーの探し人たちだったのだから。
――出逢ったばかりにして随分と親しい。
いや、本当に出逢ったばかりなのだろうか。それにしては二人が纏う空気は親しみに溢れて――甘い。もしやカイザーが知らないところでもう二人は出逢っていたのか。
粘っこく張り付いた気色の悪い感情が蠢くのに連動するように吐き気が込み上げる。ついにカイザーはこの無視し続けた感情の正体が判明してしまった。
――ああ。なんだ。そんなことか。
自分が抱いた感情に反吐が出そうだった。カイザーは女性経験がなにわけではない。恋愛に興味はない。ただ男女のそういう機微は理解出来ていた。だから、一度分析してしまえばあの粘っこい気色の悪い感情の正体が何だったか分かってしまう。
――分かりたくなかったがな。
初めて見る甘く柔らかく緩む女の顔を世一は愛おしく見つめている。恋愛に疎く興味がないと思っていた男がまさかそんな眼差しを向ける相手がいるとは。そして、カイザーが知らずに懐に入れかけていた女の恋する顔に胸が苦しくなる。
カイザーの気配に気づかず二人きりの世界を構築している。五感に優れた世一が気づかないのだから、その全神経を隣に座るミランダに向けているのだろう。
徐々にその世界観がつまらなく壊したくなった。
――そうか。壊すか。
目の前でまさに童話のように王子様とお姫様が結ばれようとしている。カイザーはそこへ恋路を邪魔するヴィランとなりに行くのだ。
何かを意図的に破壊するのは久々の感覚だ。何とも言えない高揚感に身体が浮き立つ中、ガゼボの中にいる王子様とお姫様に声をかける。
「邪魔するぞ」