キミの隣に立つのは
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俺はキミに相応しい?
ブルーロックプロジェクトはU-20W杯で見事優勝したことで育成計画の成功となって終了した。現在、プロジェクトに参加していた選手たちは国内リーグ及び欧州リーグを中心で活躍している。
彼らは約60年ぶりに開催された東京五輪代表にも招聘されて見事金メダルを獲得した。その後も日本サッカーは彼らを中心に変わり始めた。そして、日本フットボール連合は2022年に開催されるカタールW杯も彼らを中心とした若手選手でチーム作りを発表し、監督に就任したのは絵心甚八だった。
こうして日本は空前のサッカーブームが渡来することになった。
カタールW杯は神の子と呼ばれた世界的ストライカーが率いたアルゼンチンが優勝に終わった。その後、22年の終わりに各国のナショナルチームが一同に集まることになった。
「いや何でパーティー?」
「スポンサーのお偉いさんが今回のアルゼンチンの優勝にめっちゃ感動したからです!」
20歳を迎え飲酒が解禁となった潔世一はシャンパングラスを片手に呟く。その細やかな呟きにすかさず答えたのは隣にいたブルーロックからの相棒こと蜂楽廻だった。彼は潔よりも一足早く飲酒を解禁しているため慣れた様子でシャンパンを飲み続ける。
「ならアルゼンチン代表だけでよくない?」
「まぁ、ここの主催のスポンサーってブルーロックのスポンサーでもあるらしいからな」
だるぅ、とすでに帰りたいオーラを放つ凪誠士郎を御影玲王が肩を竦める。相棒の反応に凪はさらに怠そうに玲生に寄り掛かる。20歳を越えてお互い身長がさらに伸びたが凪の重さに玲王も流石にきついらしく。押し返す。
「にしても流石にこれだけ各国の代表チームが集まるとすっげぇな」
「だな」
翻訳イヤホンを外しながら戻って来た千切豹馬に潔は軽く答える。
ここにいる全員が欧州のリーグで活躍している選手だ。そもそもブルーロックでノアをはじめとしたスター選手に接している。だが、スター選手というのは本当に多い。ナショナルチームに点在するスター選手がこうして一同に見られるのはすごい。
「でもさ、なんで女子代表まで呼んだのかな?」
「ああ。それは来年女子のW杯があるだろ。そのスポンサーもしているんだってさ」
蜂楽の疑問に玲王がこともなげに答える。
「へぇ」という言葉が潔、蜂楽、千切、凪が興味無さそうに反応する。四人の興味なさ気な反応に玲王は苦笑を零しながらシャンパングラスを回す。
「お前ら流石に興味なさすぎね?」
周りを見ろよ、と玲王の視線に合わせて潔は周りを見る。圧倒的に周りは男ばかりだ。だが、その間を縫うように女性の姿が見える。さらによく見ると男性も女性も楽しげに談笑している。だが、その中には何だか妙に必死な空気を醸し出す男女もおり――潔は「まさか」と玲王を見る。
「えぇっと、ナンパしてる人いない?」
思わず訊ねれば玲王が肩を竦めて「いるな」とこともなげに言う。
潔を含めた四人は「ぇ~~」と僅かに引いた声を出す。
「今日は交流会と言う名の合コンみたいなもんだよ」
「いや、だけどさ……」
サッカー選手なのだからお互い出逢いがないわけでもないだろうに。何も、こんなところで同業者に必死にならなくても。
正直潔はそうしてパートナー探しに必死になる男女の感覚はよく分らないでいた。それは何もここにいる同業者に限らないが――それに潔が積極的に女性と関係を持たないのにはひとつの約束があった。だが、その約束は潔にとっても大事であり誰にも、両親にさえも話したことがない。彼女との秘密の約束だった。そして、その彼女は――。
――アメリカ代表だし来てるかな。
今回のパーティーは所属チームの事情や個人の仕事がない限り大体の人間が出席している。女子も同じだろうし、探してみるかな。意識を人探しに切り替えたときだった。
「世一」
嬉しさを含んだ甘く柔らかい声がかけられ身体を後ろに捻る。
「ミラ!」
「久しぶりね!」
「ああ!」
嬉しげに目尻を下げて両手を控え目に広げる女性に潔も両手を広げかける。だが、片手にグラスを持っていることに気づく。グラスに気を付けながら歩み寄って軽いハグをする。
ふわりと鼻を擽る香りは子どもの頃と違うが甘い香りがした。久しぶりに鼻を擽る彼女の香りがより一層大人の女性になったことを証明しているように思えた。それに小さい頃は潔の方がうんと小さかったのにヒールを履いているだろうに彼女の方が小さい。
歳月の流れを感じながら心臓がドキマギしながらそっとお互い離れる。
真正面に立つ彼女はより大人びた顔立ちで子どもの頃のようにはにかむ。変わっている所と変わらない所の差にやっぱり心臓が煩くなる。
「世一、カタール大会お疲れさま」
「……うん。ありがとう」
途端に胸の甘い疼きが消化したはずの渦に飲み込まれる。満を持したカタール大会は潔たちが目指した優勝まで行くことができなかったのだから。
潔の様子の変化を嗅ぎ取ったのかミラが僅かに話を逸らす。
「そうそう。実はね。私、現地で観ていたわよ」
「え! どの試合!」
「グループステージのドイツ戦」
「マジか!」
彼女が観戦したというドイツ戦はグループステージの最後の相手。バスタード・ミュンヘンから他チームへ移籍しさらに進化したカイザーを中心にしたチーム。前大会のグループ戦敗退を蹴散らすように強かった。だが、それでも日本が紙一重上回り勝つことができた。
お互いグループリーグを1位、2位と通過したがあの時のカイザーの悔しげな顔は今も忘れられなかった。再び、対戦するのは決勝だと宣言した。
日本はその後、初めてベスト16を突破し、さらにラヴィーニョとダダがいる優勝候補のブラジルをPK戦で下しベスト8突破を果たした。だが、準決勝で世界的ストライカーとパブロがいるアルゼンチに惨敗してしまった。
一方、2位で通過したカイザーが率いるドイツも準決勝まで勝ち上がった。そこでぶつかったのがノアとロキが代表を務めるフランスだった。世界一のストライカーと呼ばれるノアとそのノアと同じ領域に足を踏み込んでいるロキを前にドイツも同じく惨敗となった。
日本とドイツの二度目の対戦は3位決定戦になった。お互いこんなところでの最終決戦と不満を抱きながらもぶつかりあった結果――勝利の女神が微笑んだのはドイツだった。
紙一重。カイザーにゴールを決められ1点差で日本は負けてベスト4となった。
日本のサッカーが成長したことを全世界に見せつけることに成功したが潔たちは満足していない。優勝以外に満足なんてできやしない。寧ろここに来て「よくやった」という言葉に苛立ちと怒りが込み上げたくらいだ。
――ぜってぇ次のW杯は俺が勝つ。
ノアもまだ現役続行と言っていたし、引退前に絶対に勝ち世界一のストライカーの称号を剥ぎ取ってやる。
「次はぜってぇ優勝するし」
意気込みを新たに口にすればミラはからかい気味に「がんばってね♪」と言う。
そのふざけたような調子に半眼で睨む。
「随分余裕だな」
「これでもW杯2連覇経験者だからね」
「その1回はほぼベンチだっただろ」
とは言いつつもこの17歳で初めて代表になった潔よりもすごいことだ。
ミラは2015年女子サッカーW杯で代表入りしている。当時まだ14歳という年齢で、だ。いや、日本でも15歳で代表入りしたレジェンド選手はいる。とはいえ、そうそうその年齢で代表に選ばれることはない。
「ま、ほぼベンチだった大会でも勉強になることは多かったし、何より決勝で前大会負けた日本と戦えたのはよかったわ」
当時のことを思い出しているのかミラの綺麗な双眸はギラギラとしている。きっとあのときのアメリカ代表は王者奪還と相当熱が入っていたに違いない。その空気を14歳で経験できるのは羨ましい。
「そこからずっと代表だろ。すげぇな」
「あら。貴方だってU-20戦からずっと代表に呼ばれているじゃない」
「まぁな」
十数年ぶりに会うけれど意外にポンポンと会話が続く。だが、その会話に待ったを掛けたのが置いていかれている男たちだった。
「ちょ、ちょっと、潔!」
「ん?」
突然のやり取りにいち早く硬直から抜け出した相棒が詰め寄る。困惑と驚愕が入り混じった相棒の様子に潔は猫のような目を瞬かせる。
「なんだよ、蜂楽?」
「なんだよって、え、潔ってさ」
蜂楽の視線が潔から横に動く。そのまま辿ればミラに向けていた。
ミラは蜂楽と目が合うと「初めまして」と変わらず綺麗な日本語で答える。
潔は改めて翻訳イヤホンを着けていないことを思い出す。ミラの変わらぬ日本語能力に思わず感心する。だが、その感心を霧散させるように蜂楽が身体を強請る。
「ね、ね! 潔! どういうこと?」
「ちょ、ばち、蜂楽! 話すからやめとって!」
何とから蜂楽から距離を取って潔はミラを見る。
「彼女はミランダ・ベル。女子サッカーアメリカ代表で俺の昔馴染み」
「あら。昔馴染みなんて素っ気ない言い方ね」
紹介するとミラは途端に不満な様子を見せる。幼い頃を思わせる表情に思わず懐かしさが込み上げる。それにクールな美人と呼ばれる顔立ちが途端愛らしく見える。可愛らしい表情に頬を緩めつつも眉を下げる。
「けどさ、幼馴染つって言うにも今日十数年ぶりに会ったし」
「でも、やり取りはずっとしていたじゃないの」
「バースデーカード、クリスマスカード、バレンタインカードだけじゃん」
「毎年3回もやり取りしてるじゃない」
眉をさらに寄せるミラにどうするかと頭を掻く。すると横から「世一」と涼やかな声で呼ばれる。視線をパッと動かすともう一人十数年ぶりの再会となる人が現れた。
「ドリー!」
「ふふ。久しぶりね」
「おう!」
再び軽くハグをするとドリーはミラよりもさらに大人っぽくなんか色っぽい香りがした。
初めて会った時がすでに高校生だった頃でさえ落ち着いた大人の女性のような雰囲気だった。だが30代に入ってより魔性感が強くなった気がして少し照れる。
「随分大きくなったわね」
「そう? つっても、ドリーの身長と変わんねぇけど」
「あら。初めて会ったときはまだ小さな〝世っちゃん〟だったんだもの。それを見ていたら今の貴方は随分男らしくなったわよ」
「いや、そうだけど」
そこまで子どもの頃と比較すされると何だか腑に落ちないような。
潔の複雑な心境にドリーは笑いながら妹の「ミラなんて」と話し出す。
「貴方の記事とか動画見る度に『世一またカッコよくなってる!』って褒めてたのに」
「ちょ、ちょっと! ドリー!」
声真似をしながら楽しげに話すドリーに顔を赤らめながらミラが腕を掴む。
どうやらドリーの妹からかいスイッチが入ってしまったようだ。ミラはこうなるととことん秘密をばらされるような形だ。顔が真っ赤になるし泣きそうになるから止めたいけれど、その顔が可愛いから止められない。
そんな感じで見ていると肩と強い力で掴まれた。
「ねぇ、ねぇ、潔。全然、ぜ~んぜん! 俺らに説明終わってないんだけどぉ~」
「うぉ!」
蜂楽の高校時代より低くなった声がより低くなって耳元に聞こえる。飛び跳ねるのを何とか抑えながら「ごめん、ごめん」と謝る。
「えっと、彼女はドロシー・ベル。ミラのお姉さんで同じアメリカ代表だよ」
「初めまして」
ミラに負けないくらい綺麗な日本語の挨拶。彼女たちの家族は本当に昔から日本語が上手だ。お蔭で潔も、潔の両親も英語を殆ど覚える暇なくベル一家と日本語でやり取りをしていた。海外クラブで活躍することになってあのとき少しでも英語を覚えて置けば少しだけ苦労が紛れたかもしれないと思ったのは潔だけの秘密。
姉妹の紹介を終えてこれでいいかな、と思うが凪以外まだ不満の様子だ。
「なんだよ。紹介しただろ」
「おいおい。紹介しただけだろ。結局お前とはどういう関係なんだよ」
玲王が呆れ気味に言うと潔はグラスを少し回して考える。出した答えはやっぱり。
「小さい頃ドリーとミラの家族が俺の家の隣に住んでいたんだよ」
「3年間くらいいたわよね?」
「ドリーは大学があるから2年くらいだっけ?」
「そうね」
「そうだっけ?」
約束は覚えているのにその辺りは曖昧。そもそも二人とサッカーした記憶がたくさん残っている所為かもっと長く一緒にいた気がするくらいだ。
「ねぇ。そもそもその二人はすごい選手なの?」
一人だけ蜂楽たちの反応に置いていかれていた凪が怠そうに口を挟む。ブルーロックプロジェクトの参加時点でサッカー歴半年だった凪。海外クラブで活躍しつつもやはりまだサッカー選手に疎い――というよりも本人があまり興味を示していない。サッカー女子なんてきっと尚更なんだろう。
凪の反応に苦笑いしつつ「すごい選手だよ」と答える。
「あら。世一にそう言って貰えるのは嬉しいわ。ね、ミラ」
「そうね。でも、私はともかくドリーを知らないサッカー選手がいるなんて」
気分を害することがないドリーに、凪の反応の薄さに驚くミラ。
ああ、と潔はここでようやく凪以外の三人が過剰に反応しているのか思いたる。
「そうか。二人共すごい選手でスター選手でもあったな。忘れてたわ」
「えぇ。今の流れで?」
「うん。そうか。そうだよなぁ」
蜂楽たちを見れば呆れた視線を向けられた。だって、と潔は心の中で言い訳がましく答える。だって、二人は潔が子どもの頃から細々と交流を続けているサッカー好きの姉妹だった。だからどうしても記事で特集される〝ベル姉妹〟と乖離が起きてしまう。
「凪。彼女たちはな、女子サッカー選手のスター選手なんだよ。んでドロシー選手は男子サッカーでいうところのノエル・ノアだかんな」
「え。それってめちゃくちゃすごくね」
「そう。すっごいの! ちなみにミランダ選手は俺たちと同世代の女子版新世代世界11傑に選ばれてたんだからね」
「へぇ。つまり、青薔薇野郎たちと同じってこと?」
「そ!」
いまひとつ要領が得ない説明した潔に玲王や蜂楽が細くするように説明する。流石の凪も二人からの説明で彼女たちのサッカーの実力を理解したらしい。以前よりサッカーの実力に対する理解力は上がったように見える。
「何だかそう言われるのはくすぐったいわね」
「ね。でも、まだ私はドリーのおまけ感あるからなぁ」
少し難しい顔をするミラ。やはり姉妹でもそういう複雑な感情はあるのか。
とはいっても、日本男子サッカーには弩級仲違いを起していた兄弟がいる。だからベル姉妹の仲良さは微笑ましく思える。
「私のおまけから脱したいならまずは得点を越えてみたら」
「わぁ。そうあっさり言う」
「あら、出来ないの?」
「できるわよ。というか、前シーズンで私に負けそうになっていたくせに」
「でも、私が勝ったわよ」
僅かに流れるバチバチとした空気。でも、やっぱり糸師兄弟と比べると可愛い。他の四人も猫のじゃれ合いのような気持で見ていた。
「そうだ。ミラ、貴方たしか世一に話しがあるんじゃなかったの?」
ドリーが頬に指を当てながら言う。
「なんだ」と言ってミラを見る。彼女は驚愕と信じられないものを見るように姉を見ている。分かりやすい表情に潔は懐かしさが込み上げる。
ミラをきっと確かに何か話したかったんだろう。だたまだ、タイミングじゃないと黙っていたんだろう。でも、それを行動力の塊である姉がそれを許さなかった。
けど、このタイミングはちょうどいい。潔は周りを見回す。すぐ傍に給仕がいて呼んでグラスを盆に載せる。
「ミラ。なんか俺に込み入った話があんだろ? どっか行こうぜ」
「え、ええ?」
まだ平常に戻らないミラが困惑を含んだ声を出す。だが、そんな彼女の戸惑いも無視して潔は当たりを見回す。
「どっか話せるところないかな?」
「なら。取っておきの場所があるわ」
ドリーが綺麗な唇で微笑みながら指を指す。その方向には大きな庭に繋がるすでに開放されている出入り口がいくつもあった。
「ここの主が気合の入った庭へ繋がるわ。少し奥まったところにガゼボがあったわよ」
庭に出るのはありがたいがガゼボという存在は分からなかった。「東屋よ」と言い方を変えられたが正直それもよく分らない。最終的に行けば分かるか、とサッカー以外に頭を使うことがあまりない潔は決着づけた。
「じゃ。ちょっと行って来る。何かあったら呼んで」
「はーい、りょーかい」
にんまりと笑う蜂楽と千切に頭を傾げると、玲王も何とも言えない顔をした。ただ凪だけはいつもと変わらない態度だった。
三者三様の反応を見ながらぎこちないミラを連れて庭へ向かった。
庭園は綺麗に花々が咲いているということはなかった。ただ、放置しているわけではないのか。綺麗に整っている。
「なぁ。ガゼボってなに?」
東屋って言っていたが潔はあまり要領が得ない。ミラなら知っているかと思って聞いたのだが返事がない。
どうしたんだ、と隣を歩いているミラを見る。ほぼ初めて見下ろすところにある顔。その顔はほぼ無表情に近かった。
「ミラ、ミラ、おーい」
「ぇ、わぁっ!」
どこを見ているのかさえ分からない顔の前で手を振ってみる。それにようやく我に返ったのか声をあげて驚くミラ。
「ぼーっと歩いている流石に転ぶぞ」
「あ、えっと、ごめん」
「いいけど……もしかしてまだ考え纏まってなかった感じ?」
「う、うぅん。纏まっているとは言えば纏まってるんだけれど」
視線を上に向けて指を弄る姿は小さい頃と同じ。人の癖って変わらないんだな。変なところで感心していると潔の視線の先に白い何かが見えた。
「なぁ。ガゼボってもしかしてあれ?」
「ん? どれ?」
ミラが顔を左右に動かす。潔は「あれ、あれ」と肩を抱いて分かりやすく指を指す。だが、それでも彼女には見えないらしい。
「ごめん。私のところだと植物に遮られて見えないわ」
ヒールを履いていても身長は潔より少し小さい。どうやらその身長では見えないのか。なんか小さい頃とこうしたところは逆になるのか。何んだか嬉しくなりつつも肩から手を離す。
「でも、たぶん、白い建物みたいならガゼボね」
「あ。でさ、そのガゼボってなに?」
「屋根が着いた小さい建物よ」
「へぇ」
興味無さそうな返事をするが屋根がある方がゆっくりできるしいいだろう。
「じゃ、そのガゼボに着くまで考え纏めておけよ」
「やだ。転んじゃうわ」
「サッカー選手が転ぶなよ」
だが、さっきのぼんやりした様子は強ち嘘じゃない。潔は「仕方ない」と考え辺りを見回してからミラの手を取る。彼女と手を握るのは子ども以来だった。
「随分小さくなったな」
「私の手が小さくなったんじゃなくて世一の手が大きくなったのよ」
若干呆れ気味にいうミラだったが拒否する雰囲気はなかった。なら、と白い物体に向かって歩き出す。庭は短い生垣もあれば壁のような生垣もある。なんだか不思議の国のアリスに迷い込んだ気分になる。途中、迷路とでも言うように道を塞がれながらも目的地に辿り着いた。
「これってガゼボって名前なんだ」
「日本の公園にあるようなものは東屋とか呼ばれているわね」
「ああ。あれが東屋なんだ」
絵を描くのは嫌いじゃないけれど建物に対してあまり興味は持ったことがなかった。
ふぅん、とまじまじ見ていると軽く手を引かれる。##愛称1##を見れば潔を見ておらず空いた手でベンチを指していた。
「ベンチがあるわ。座りましょう」
ぐいと今度は強く引かれる。潔は「はい、はい」と答えながらミラに引かれる。どうやら考えは纏まったみたいだ。
ベンチに座ってようやく手を離す。一瞬、彼女の手が拒むような動きを見せた。けれどほんの一瞬のため潔の手が解けていくのが止まらなかった。だからなのか彼女も諦めたように手を離した。
離れてしまった手に名残さを感じながらミラを見る。すると彼女もこっちを見ていた。
パチと目を瞬いても目が合う。パチと今度は彼女が目を瞬かせてまた目が合う。何だかお互い猫みたいなことをしている。潔は込み上げる笑いをふっと息を吐き出すことで洩らす。
「世一?」
「いや、何だか猫みたいだなって」
「猫?」
「そう。猫」
ミラは要領を得ないようだが特に潔に言及することはなかった。ただ今のやり取りで俄かに張り詰めていた空気が緩んだのか彼女がゆっくりと口を開く。
「小さい頃の約束って多くの場合無効になるわよね」
声は揺れることなくただしっかりと潔の耳に届いた。同時に子どもの頃の約束を彼女は潔と同じように鮮明に覚えているのかもしれない。
「無効っていうかなかったことにされるって感じ?」
「どっちも同じよ」
「えー。なんか無効はなんか酷い感じしねぇ? なら、なかったことにされる方がいいじゃん」
「私はどっちもイヤだけど」
僅かに視線を下げる。これはいけない、と潔はサッカーのときと同じくらい頭を回転させる。
「目の前でなし、と言われるのと、いや知らんし、と言われるのは確かにどっちも嫌だな」
「でしょ……で、だから、その」
ミラはこういうときはっきり口に出来ない。こういう思いきりはドリーを見習った方がいいと思う。とはいえ、潔も何も知らない小さな男の子ではない。周りから恋愛方面で機微が悪いとか、鈍感とか言われることもあるが。今は違う。
「ミラ。小さい頃の約束さ、覚えてる?」
言い淀むミラに代わって訊ねる。視線を下に沈ませていたミラが勢いよく顔を上げる。
再び見つめ合うことになる双眸が日の光りを受けた水面のように煌めき、キラキラした唇が動こうとした瞬間だった。
「邪魔するぞ」
冷え冷えとした低いドイツ語が割って入って来た。
ブルーロックプロジェクトはU-20W杯で見事優勝したことで育成計画の成功となって終了した。現在、プロジェクトに参加していた選手たちは国内リーグ及び欧州リーグを中心で活躍している。
彼らは約60年ぶりに開催された東京五輪代表にも招聘されて見事金メダルを獲得した。その後も日本サッカーは彼らを中心に変わり始めた。そして、日本フットボール連合は2022年に開催されるカタールW杯も彼らを中心とした若手選手でチーム作りを発表し、監督に就任したのは絵心甚八だった。
こうして日本は空前のサッカーブームが渡来することになった。
カタールW杯は神の子と呼ばれた世界的ストライカーが率いたアルゼンチンが優勝に終わった。その後、22年の終わりに各国のナショナルチームが一同に集まることになった。
「いや何でパーティー?」
「スポンサーのお偉いさんが今回のアルゼンチンの優勝にめっちゃ感動したからです!」
20歳を迎え飲酒が解禁となった潔世一はシャンパングラスを片手に呟く。その細やかな呟きにすかさず答えたのは隣にいたブルーロックからの相棒こと蜂楽廻だった。彼は潔よりも一足早く飲酒を解禁しているため慣れた様子でシャンパンを飲み続ける。
「ならアルゼンチン代表だけでよくない?」
「まぁ、ここの主催のスポンサーってブルーロックのスポンサーでもあるらしいからな」
だるぅ、とすでに帰りたいオーラを放つ凪誠士郎を御影玲王が肩を竦める。相棒の反応に凪はさらに怠そうに玲生に寄り掛かる。20歳を越えてお互い身長がさらに伸びたが凪の重さに玲王も流石にきついらしく。押し返す。
「にしても流石にこれだけ各国の代表チームが集まるとすっげぇな」
「だな」
翻訳イヤホンを外しながら戻って来た千切豹馬に潔は軽く答える。
ここにいる全員が欧州のリーグで活躍している選手だ。そもそもブルーロックでノアをはじめとしたスター選手に接している。だが、スター選手というのは本当に多い。ナショナルチームに点在するスター選手がこうして一同に見られるのはすごい。
「でもさ、なんで女子代表まで呼んだのかな?」
「ああ。それは来年女子のW杯があるだろ。そのスポンサーもしているんだってさ」
蜂楽の疑問に玲王がこともなげに答える。
「へぇ」という言葉が潔、蜂楽、千切、凪が興味無さそうに反応する。四人の興味なさ気な反応に玲王は苦笑を零しながらシャンパングラスを回す。
「お前ら流石に興味なさすぎね?」
周りを見ろよ、と玲王の視線に合わせて潔は周りを見る。圧倒的に周りは男ばかりだ。だが、その間を縫うように女性の姿が見える。さらによく見ると男性も女性も楽しげに談笑している。だが、その中には何だか妙に必死な空気を醸し出す男女もおり――潔は「まさか」と玲王を見る。
「えぇっと、ナンパしてる人いない?」
思わず訊ねれば玲王が肩を竦めて「いるな」とこともなげに言う。
潔を含めた四人は「ぇ~~」と僅かに引いた声を出す。
「今日は交流会と言う名の合コンみたいなもんだよ」
「いや、だけどさ……」
サッカー選手なのだからお互い出逢いがないわけでもないだろうに。何も、こんなところで同業者に必死にならなくても。
正直潔はそうしてパートナー探しに必死になる男女の感覚はよく分らないでいた。それは何もここにいる同業者に限らないが――それに潔が積極的に女性と関係を持たないのにはひとつの約束があった。だが、その約束は潔にとっても大事であり誰にも、両親にさえも話したことがない。彼女との秘密の約束だった。そして、その彼女は――。
――アメリカ代表だし来てるかな。
今回のパーティーは所属チームの事情や個人の仕事がない限り大体の人間が出席している。女子も同じだろうし、探してみるかな。意識を人探しに切り替えたときだった。
「世一」
嬉しさを含んだ甘く柔らかい声がかけられ身体を後ろに捻る。
「ミラ!」
「久しぶりね!」
「ああ!」
嬉しげに目尻を下げて両手を控え目に広げる女性に潔も両手を広げかける。だが、片手にグラスを持っていることに気づく。グラスに気を付けながら歩み寄って軽いハグをする。
ふわりと鼻を擽る香りは子どもの頃と違うが甘い香りがした。久しぶりに鼻を擽る彼女の香りがより一層大人の女性になったことを証明しているように思えた。それに小さい頃は潔の方がうんと小さかったのにヒールを履いているだろうに彼女の方が小さい。
歳月の流れを感じながら心臓がドキマギしながらそっとお互い離れる。
真正面に立つ彼女はより大人びた顔立ちで子どもの頃のようにはにかむ。変わっている所と変わらない所の差にやっぱり心臓が煩くなる。
「世一、カタール大会お疲れさま」
「……うん。ありがとう」
途端に胸の甘い疼きが消化したはずの渦に飲み込まれる。満を持したカタール大会は潔たちが目指した優勝まで行くことができなかったのだから。
潔の様子の変化を嗅ぎ取ったのかミラが僅かに話を逸らす。
「そうそう。実はね。私、現地で観ていたわよ」
「え! どの試合!」
「グループステージのドイツ戦」
「マジか!」
彼女が観戦したというドイツ戦はグループステージの最後の相手。バスタード・ミュンヘンから他チームへ移籍しさらに進化したカイザーを中心にしたチーム。前大会のグループ戦敗退を蹴散らすように強かった。だが、それでも日本が紙一重上回り勝つことができた。
お互いグループリーグを1位、2位と通過したがあの時のカイザーの悔しげな顔は今も忘れられなかった。再び、対戦するのは決勝だと宣言した。
日本はその後、初めてベスト16を突破し、さらにラヴィーニョとダダがいる優勝候補のブラジルをPK戦で下しベスト8突破を果たした。だが、準決勝で世界的ストライカーとパブロがいるアルゼンチに惨敗してしまった。
一方、2位で通過したカイザーが率いるドイツも準決勝まで勝ち上がった。そこでぶつかったのがノアとロキが代表を務めるフランスだった。世界一のストライカーと呼ばれるノアとそのノアと同じ領域に足を踏み込んでいるロキを前にドイツも同じく惨敗となった。
日本とドイツの二度目の対戦は3位決定戦になった。お互いこんなところでの最終決戦と不満を抱きながらもぶつかりあった結果――勝利の女神が微笑んだのはドイツだった。
紙一重。カイザーにゴールを決められ1点差で日本は負けてベスト4となった。
日本のサッカーが成長したことを全世界に見せつけることに成功したが潔たちは満足していない。優勝以外に満足なんてできやしない。寧ろここに来て「よくやった」という言葉に苛立ちと怒りが込み上げたくらいだ。
――ぜってぇ次のW杯は俺が勝つ。
ノアもまだ現役続行と言っていたし、引退前に絶対に勝ち世界一のストライカーの称号を剥ぎ取ってやる。
「次はぜってぇ優勝するし」
意気込みを新たに口にすればミラはからかい気味に「がんばってね♪」と言う。
そのふざけたような調子に半眼で睨む。
「随分余裕だな」
「これでもW杯2連覇経験者だからね」
「その1回はほぼベンチだっただろ」
とは言いつつもこの17歳で初めて代表になった潔よりもすごいことだ。
ミラは2015年女子サッカーW杯で代表入りしている。当時まだ14歳という年齢で、だ。いや、日本でも15歳で代表入りしたレジェンド選手はいる。とはいえ、そうそうその年齢で代表に選ばれることはない。
「ま、ほぼベンチだった大会でも勉強になることは多かったし、何より決勝で前大会負けた日本と戦えたのはよかったわ」
当時のことを思い出しているのかミラの綺麗な双眸はギラギラとしている。きっとあのときのアメリカ代表は王者奪還と相当熱が入っていたに違いない。その空気を14歳で経験できるのは羨ましい。
「そこからずっと代表だろ。すげぇな」
「あら。貴方だってU-20戦からずっと代表に呼ばれているじゃない」
「まぁな」
十数年ぶりに会うけれど意外にポンポンと会話が続く。だが、その会話に待ったを掛けたのが置いていかれている男たちだった。
「ちょ、ちょっと、潔!」
「ん?」
突然のやり取りにいち早く硬直から抜け出した相棒が詰め寄る。困惑と驚愕が入り混じった相棒の様子に潔は猫のような目を瞬かせる。
「なんだよ、蜂楽?」
「なんだよって、え、潔ってさ」
蜂楽の視線が潔から横に動く。そのまま辿ればミラに向けていた。
ミラは蜂楽と目が合うと「初めまして」と変わらず綺麗な日本語で答える。
潔は改めて翻訳イヤホンを着けていないことを思い出す。ミラの変わらぬ日本語能力に思わず感心する。だが、その感心を霧散させるように蜂楽が身体を強請る。
「ね、ね! 潔! どういうこと?」
「ちょ、ばち、蜂楽! 話すからやめとって!」
何とから蜂楽から距離を取って潔はミラを見る。
「彼女はミランダ・ベル。女子サッカーアメリカ代表で俺の昔馴染み」
「あら。昔馴染みなんて素っ気ない言い方ね」
紹介するとミラは途端に不満な様子を見せる。幼い頃を思わせる表情に思わず懐かしさが込み上げる。それにクールな美人と呼ばれる顔立ちが途端愛らしく見える。可愛らしい表情に頬を緩めつつも眉を下げる。
「けどさ、幼馴染つって言うにも今日十数年ぶりに会ったし」
「でも、やり取りはずっとしていたじゃないの」
「バースデーカード、クリスマスカード、バレンタインカードだけじゃん」
「毎年3回もやり取りしてるじゃない」
眉をさらに寄せるミラにどうするかと頭を掻く。すると横から「世一」と涼やかな声で呼ばれる。視線をパッと動かすともう一人十数年ぶりの再会となる人が現れた。
「ドリー!」
「ふふ。久しぶりね」
「おう!」
再び軽くハグをするとドリーはミラよりもさらに大人っぽくなんか色っぽい香りがした。
初めて会った時がすでに高校生だった頃でさえ落ち着いた大人の女性のような雰囲気だった。だが30代に入ってより魔性感が強くなった気がして少し照れる。
「随分大きくなったわね」
「そう? つっても、ドリーの身長と変わんねぇけど」
「あら。初めて会ったときはまだ小さな〝世っちゃん〟だったんだもの。それを見ていたら今の貴方は随分男らしくなったわよ」
「いや、そうだけど」
そこまで子どもの頃と比較すされると何だか腑に落ちないような。
潔の複雑な心境にドリーは笑いながら妹の「ミラなんて」と話し出す。
「貴方の記事とか動画見る度に『世一またカッコよくなってる!』って褒めてたのに」
「ちょ、ちょっと! ドリー!」
声真似をしながら楽しげに話すドリーに顔を赤らめながらミラが腕を掴む。
どうやらドリーの妹からかいスイッチが入ってしまったようだ。ミラはこうなるととことん秘密をばらされるような形だ。顔が真っ赤になるし泣きそうになるから止めたいけれど、その顔が可愛いから止められない。
そんな感じで見ていると肩と強い力で掴まれた。
「ねぇ、ねぇ、潔。全然、ぜ~んぜん! 俺らに説明終わってないんだけどぉ~」
「うぉ!」
蜂楽の高校時代より低くなった声がより低くなって耳元に聞こえる。飛び跳ねるのを何とか抑えながら「ごめん、ごめん」と謝る。
「えっと、彼女はドロシー・ベル。ミラのお姉さんで同じアメリカ代表だよ」
「初めまして」
ミラに負けないくらい綺麗な日本語の挨拶。彼女たちの家族は本当に昔から日本語が上手だ。お蔭で潔も、潔の両親も英語を殆ど覚える暇なくベル一家と日本語でやり取りをしていた。海外クラブで活躍することになってあのとき少しでも英語を覚えて置けば少しだけ苦労が紛れたかもしれないと思ったのは潔だけの秘密。
姉妹の紹介を終えてこれでいいかな、と思うが凪以外まだ不満の様子だ。
「なんだよ。紹介しただろ」
「おいおい。紹介しただけだろ。結局お前とはどういう関係なんだよ」
玲王が呆れ気味に言うと潔はグラスを少し回して考える。出した答えはやっぱり。
「小さい頃ドリーとミラの家族が俺の家の隣に住んでいたんだよ」
「3年間くらいいたわよね?」
「ドリーは大学があるから2年くらいだっけ?」
「そうね」
「そうだっけ?」
約束は覚えているのにその辺りは曖昧。そもそも二人とサッカーした記憶がたくさん残っている所為かもっと長く一緒にいた気がするくらいだ。
「ねぇ。そもそもその二人はすごい選手なの?」
一人だけ蜂楽たちの反応に置いていかれていた凪が怠そうに口を挟む。ブルーロックプロジェクトの参加時点でサッカー歴半年だった凪。海外クラブで活躍しつつもやはりまだサッカー選手に疎い――というよりも本人があまり興味を示していない。サッカー女子なんてきっと尚更なんだろう。
凪の反応に苦笑いしつつ「すごい選手だよ」と答える。
「あら。世一にそう言って貰えるのは嬉しいわ。ね、ミラ」
「そうね。でも、私はともかくドリーを知らないサッカー選手がいるなんて」
気分を害することがないドリーに、凪の反応の薄さに驚くミラ。
ああ、と潔はここでようやく凪以外の三人が過剰に反応しているのか思いたる。
「そうか。二人共すごい選手でスター選手でもあったな。忘れてたわ」
「えぇ。今の流れで?」
「うん。そうか。そうだよなぁ」
蜂楽たちを見れば呆れた視線を向けられた。だって、と潔は心の中で言い訳がましく答える。だって、二人は潔が子どもの頃から細々と交流を続けているサッカー好きの姉妹だった。だからどうしても記事で特集される〝ベル姉妹〟と乖離が起きてしまう。
「凪。彼女たちはな、女子サッカー選手のスター選手なんだよ。んでドロシー選手は男子サッカーでいうところのノエル・ノアだかんな」
「え。それってめちゃくちゃすごくね」
「そう。すっごいの! ちなみにミランダ選手は俺たちと同世代の女子版新世代世界11傑に選ばれてたんだからね」
「へぇ。つまり、青薔薇野郎たちと同じってこと?」
「そ!」
いまひとつ要領が得ない説明した潔に玲王や蜂楽が細くするように説明する。流石の凪も二人からの説明で彼女たちのサッカーの実力を理解したらしい。以前よりサッカーの実力に対する理解力は上がったように見える。
「何だかそう言われるのはくすぐったいわね」
「ね。でも、まだ私はドリーのおまけ感あるからなぁ」
少し難しい顔をするミラ。やはり姉妹でもそういう複雑な感情はあるのか。
とはいっても、日本男子サッカーには弩級仲違いを起していた兄弟がいる。だからベル姉妹の仲良さは微笑ましく思える。
「私のおまけから脱したいならまずは得点を越えてみたら」
「わぁ。そうあっさり言う」
「あら、出来ないの?」
「できるわよ。というか、前シーズンで私に負けそうになっていたくせに」
「でも、私が勝ったわよ」
僅かに流れるバチバチとした空気。でも、やっぱり糸師兄弟と比べると可愛い。他の四人も猫のじゃれ合いのような気持で見ていた。
「そうだ。ミラ、貴方たしか世一に話しがあるんじゃなかったの?」
ドリーが頬に指を当てながら言う。
「なんだ」と言ってミラを見る。彼女は驚愕と信じられないものを見るように姉を見ている。分かりやすい表情に潔は懐かしさが込み上げる。
ミラをきっと確かに何か話したかったんだろう。だたまだ、タイミングじゃないと黙っていたんだろう。でも、それを行動力の塊である姉がそれを許さなかった。
けど、このタイミングはちょうどいい。潔は周りを見回す。すぐ傍に給仕がいて呼んでグラスを盆に載せる。
「ミラ。なんか俺に込み入った話があんだろ? どっか行こうぜ」
「え、ええ?」
まだ平常に戻らないミラが困惑を含んだ声を出す。だが、そんな彼女の戸惑いも無視して潔は当たりを見回す。
「どっか話せるところないかな?」
「なら。取っておきの場所があるわ」
ドリーが綺麗な唇で微笑みながら指を指す。その方向には大きな庭に繋がるすでに開放されている出入り口がいくつもあった。
「ここの主が気合の入った庭へ繋がるわ。少し奥まったところにガゼボがあったわよ」
庭に出るのはありがたいがガゼボという存在は分からなかった。「東屋よ」と言い方を変えられたが正直それもよく分らない。最終的に行けば分かるか、とサッカー以外に頭を使うことがあまりない潔は決着づけた。
「じゃ。ちょっと行って来る。何かあったら呼んで」
「はーい、りょーかい」
にんまりと笑う蜂楽と千切に頭を傾げると、玲王も何とも言えない顔をした。ただ凪だけはいつもと変わらない態度だった。
三者三様の反応を見ながらぎこちないミラを連れて庭へ向かった。
庭園は綺麗に花々が咲いているということはなかった。ただ、放置しているわけではないのか。綺麗に整っている。
「なぁ。ガゼボってなに?」
東屋って言っていたが潔はあまり要領が得ない。ミラなら知っているかと思って聞いたのだが返事がない。
どうしたんだ、と隣を歩いているミラを見る。ほぼ初めて見下ろすところにある顔。その顔はほぼ無表情に近かった。
「ミラ、ミラ、おーい」
「ぇ、わぁっ!」
どこを見ているのかさえ分からない顔の前で手を振ってみる。それにようやく我に返ったのか声をあげて驚くミラ。
「ぼーっと歩いている流石に転ぶぞ」
「あ、えっと、ごめん」
「いいけど……もしかしてまだ考え纏まってなかった感じ?」
「う、うぅん。纏まっているとは言えば纏まってるんだけれど」
視線を上に向けて指を弄る姿は小さい頃と同じ。人の癖って変わらないんだな。変なところで感心していると潔の視線の先に白い何かが見えた。
「なぁ。ガゼボってもしかしてあれ?」
「ん? どれ?」
ミラが顔を左右に動かす。潔は「あれ、あれ」と肩を抱いて分かりやすく指を指す。だが、それでも彼女には見えないらしい。
「ごめん。私のところだと植物に遮られて見えないわ」
ヒールを履いていても身長は潔より少し小さい。どうやらその身長では見えないのか。なんか小さい頃とこうしたところは逆になるのか。何んだか嬉しくなりつつも肩から手を離す。
「でも、たぶん、白い建物みたいならガゼボね」
「あ。でさ、そのガゼボってなに?」
「屋根が着いた小さい建物よ」
「へぇ」
興味無さそうな返事をするが屋根がある方がゆっくりできるしいいだろう。
「じゃ、そのガゼボに着くまで考え纏めておけよ」
「やだ。転んじゃうわ」
「サッカー選手が転ぶなよ」
だが、さっきのぼんやりした様子は強ち嘘じゃない。潔は「仕方ない」と考え辺りを見回してからミラの手を取る。彼女と手を握るのは子ども以来だった。
「随分小さくなったな」
「私の手が小さくなったんじゃなくて世一の手が大きくなったのよ」
若干呆れ気味にいうミラだったが拒否する雰囲気はなかった。なら、と白い物体に向かって歩き出す。庭は短い生垣もあれば壁のような生垣もある。なんだか不思議の国のアリスに迷い込んだ気分になる。途中、迷路とでも言うように道を塞がれながらも目的地に辿り着いた。
「これってガゼボって名前なんだ」
「日本の公園にあるようなものは東屋とか呼ばれているわね」
「ああ。あれが東屋なんだ」
絵を描くのは嫌いじゃないけれど建物に対してあまり興味は持ったことがなかった。
ふぅん、とまじまじ見ていると軽く手を引かれる。##愛称1##を見れば潔を見ておらず空いた手でベンチを指していた。
「ベンチがあるわ。座りましょう」
ぐいと今度は強く引かれる。潔は「はい、はい」と答えながらミラに引かれる。どうやら考えは纏まったみたいだ。
ベンチに座ってようやく手を離す。一瞬、彼女の手が拒むような動きを見せた。けれどほんの一瞬のため潔の手が解けていくのが止まらなかった。だからなのか彼女も諦めたように手を離した。
離れてしまった手に名残さを感じながらミラを見る。すると彼女もこっちを見ていた。
パチと目を瞬いても目が合う。パチと今度は彼女が目を瞬かせてまた目が合う。何だかお互い猫みたいなことをしている。潔は込み上げる笑いをふっと息を吐き出すことで洩らす。
「世一?」
「いや、何だか猫みたいだなって」
「猫?」
「そう。猫」
ミラは要領を得ないようだが特に潔に言及することはなかった。ただ今のやり取りで俄かに張り詰めていた空気が緩んだのか彼女がゆっくりと口を開く。
「小さい頃の約束って多くの場合無効になるわよね」
声は揺れることなくただしっかりと潔の耳に届いた。同時に子どもの頃の約束を彼女は潔と同じように鮮明に覚えているのかもしれない。
「無効っていうかなかったことにされるって感じ?」
「どっちも同じよ」
「えー。なんか無効はなんか酷い感じしねぇ? なら、なかったことにされる方がいいじゃん」
「私はどっちもイヤだけど」
僅かに視線を下げる。これはいけない、と潔はサッカーのときと同じくらい頭を回転させる。
「目の前でなし、と言われるのと、いや知らんし、と言われるのは確かにどっちも嫌だな」
「でしょ……で、だから、その」
ミラはこういうときはっきり口に出来ない。こういう思いきりはドリーを見習った方がいいと思う。とはいえ、潔も何も知らない小さな男の子ではない。周りから恋愛方面で機微が悪いとか、鈍感とか言われることもあるが。今は違う。
「ミラ。小さい頃の約束さ、覚えてる?」
言い淀むミラに代わって訊ねる。視線を下に沈ませていたミラが勢いよく顔を上げる。
再び見つめ合うことになる双眸が日の光りを受けた水面のように煌めき、キラキラした唇が動こうとした瞬間だった。
「邪魔するぞ」
冷え冷えとした低いドイツ語が割って入って来た。