2020年・誕生日記念
甘い薔薇の花を君に
「違う」
何度目となる台詞が口からこぼれ落ちた。ついでに大きい溜息も出てきた。
トレイの目の前には花をモチーフにした飴細工。大輪の薔薇をモチーフにした飴細工はパティシエではない者が作ったものとしてはとても美しい出来であった。
けれど、ケーキ屋の息子であるトレイには分かる。これは商品にできるレベルではないこと、を。いや、商品にしたいわけではない。トレイは立った一人の恋人のために美しい大輪の花を咲かせたいのだ。だから妥協はできない。
作業台から手を離し一番マシな薔薇の飴を持つ。まじまじと様々な角度で見てもやはり一番マシな色艶、形だ。ただマシなだけ。
「はぁ。これで間に合うのか……」
観察を終えたトレイはその花びらの一枚を口にする。パキと軽い音がして瞬く間に口の中に溶けていく。ケーキ以上に甘い砂糖の味がした。
パキパキとそのまま食べていくと大輪の薔薇はあっさりと散ってしまった。
「もう時間も時間だしやめるか」
深夜に近い時間。明日は休息日のため学校へ行くことはないから。だからこそ、明日もここに籠って作業がしたい。時間を無駄にしたくないからもう片付けて寝よう。
テキパキと道具を片付けているとふとこの間ケイトに言われたことを思い出す。
「珍しいね。いつもならそこまで拘らないのに」
キュッと蛇口のレバーを捻って一端思考に更ける。
結果が良ければそれでいい。過程など気にしない。いつもはそうだ。だから、愛情込めて育てたフルーツたちを使わなくたっていい。もし間に合わなかったら買ってだっていい。それは今も変わらない。変わらないのに今回妥協できないと駆り立てさせるものは一体なんなのだろうか。考えてなくてもひとつ思い当たることがあった。
何時ぞや、洋ナシのコンポートを使ったケーキをジャックに贈ったことがあった。あの頃はまだ恋人でもなくただ何となく気にかかる後輩だった頃。
ジャックは金色の瞳の輝きを隠すことも出来ずにケーキを食べた。そして、彼はとても褒めてくれた。美味しいと、何だかいつになくくすぐったい気持ちになったのを今でも覚えている。だが、そのくすぐったい気持ちもジャックの一言で霧散した。
「俺の地元でたくさん賞を取ったケーキ屋があるんすけど、そことタメはるほど美味いっす!」
ジャックはトレイを褒めてくれたのだろう。プロと同じくらい美味しいと。しかし、その時のトレイはトンと背中を押されて崖の下に突き落とされたような気分だった。
その場では何とか取り繕って返事をしたが、寮に帰ってすぐ調べた。勿論、ジャックの故郷の情報はそのときに聞いていたのでケーキ屋はすぐに見つかった。その店のパティシエは輝石の国に、薔薇の王国のあらゆる賞を総なめにしていた。さらに、煌びやかな輝石の国らしく飴細工が得意らしい。
トレイから見ても素晴らしい飴細工。美しいケーキたちだった。いつもならどうなっているのだと研究するがする気さえそのときは起きなかった。
そのお蔭で色々気づいたことはある。けど、今でもそのことはトレイの中でわだかまりとなってそんざいしていた。
ジャックには自分の作る菓子が一番であってほしい。今まで考えたことのない初めての思考だった。だから、トレイは初めて過程も拘っているし、結果にも拘っている。
「もう少し頑張るか」
長考から戻ったトレイは再び片付けの手を動かす。
ジャックの誕生日まで一週間を切った。時間は十分にあるようでない。余った時間は有効活用しなければいけない。こうしてトレイの夜更かしが続くことになった。
余談だが、ハートの女王の法律はリドルにお願いして暫くの間免除してもらっている。
リドルも成長したな、としみじみとしたトレイだった。
◆ ◆ ◆
「できた!」
思わず声が跳ねた。目の下にある隈が濃くなるほど徹夜した成果だ。お蔭で生活に少々支障をきたしてジャックに心配かけたがどうにか満足する薔薇を咲かすことができた。
色艶も、形も満足できるものになっている。あとは、土台のケーキに乗せれば完成だ。明日もとい今日のジャックの誕生日プレゼントすれば任務完了だ。
「……あ」
トレイは先月の後輩の誕生日を思い出す。
ぬかった。あのサバナクロー寮でもジャックの誕生日に向けて準備が進められていたのだ。あのレオナやラギーを中心にして密やかなに進められていたことを今更になって思い出す。
サバナクローでまさか誕生日パーティーが開かれるとは思いもよらなかった。意外だ。ならば、このプレゼントは――トレイは時計を見る。時間は三時半。あと一時間半でジャックの朝のトレーニングが始まる。
「こうしちゃいられないな」
すぐにトレイは土台のケーキに取り掛かった。こちらは迫りくる時間を見て大体準備している。あとはいつも通りに作るだけだ。
トレイは迫りくる眠気と葛藤しながらケーキを作った。
必死なときの人間の集中力ってすごいなと思いながらトレイはベンチに座っていた。
霞む目で遠くをぼんやりと見る。僅かに冷えた空気が何だか気持ちいい。このままベンチに座っていると寝てしまいそうだ。
早くジャックが通らないかなと耳を傍立てていると――。
「あ! トレイ先輩!」
バチといつの間にか伏せていた目を開く。目を開くと尻尾を振ったジャックが立っていた。ようやく出会えた、と意識が少しだけはっきりとする。
「おはよう、ジャック」
「おはようございます! こんな朝早くどうしたんすか?」
パタパタと嬉しそうに動く尻尾がすごく可愛い。
――なんかいつも以上に可愛いな。
いつもよりキラキラ眩しくて可愛い。このまま変なことを口走りそうでトレイは立ち上がってケーキボックスを差し出す。
「ジャック。誕生日おめでとう。これは俺からのプレゼントだ」
「え! 覚えていてくれたんすか!」
「あたりまえだろ」
ぱぁっと黄金色の瞳が輝く。すごく可愛いと口からころりと出そうになる。それを寸で止めて何とか唇を微笑んだ形にする。
「うわぁ。じゃ、寮に戻ったら食べますね!」
楽しみっす、と笑うジャックにトレイは目を見開く。
「あ、ダメだ」
「え」
トレイは咄嗟にジャックを引き留めた。そして、ジャケットに仕舞っていたフォークを取り出す。ついでにマジカルペンを取り出して召喚術でテーブルと椅子を呼び出す。
「先輩?」
「たぶん、食べる時間ないだろ。ここで食べて行ったらいい。俺も見たいし」
「え、あ、は、はい」
椅子に座ったジャックはケーキ箱をそっと開く。そして、また瞳を輝かせながらトレイを見上げた。
「え。この飴細工も先輩が作ったんすか?」
「ああ。結構いい出来だと思うんだがどうかな?」
「いい出来なんてすっごいっすよ!」
その後もそっと箱を崩してトレイが召喚した皿にケーキを置く。
「すっげぇ。本物みたいなっすね」
「大袈裟だなぁ」
「いや、マジでそう見えますよ」
まじまじと見て褒め言葉を零すジャックに照れくさくなる。
「ジャック。食べてみてくれないか?」
「うっす……あー、でも勿体ない」
「いや、そう言わずに」
食べてほしくて作ったのだから、と言う。それにジャックは薄らと目元を染めて「じゃ」とフォークを持ってケーキに差す。一口が大きいジャックもケーキは何故か小さくとって口に運んだ。
「う、うわ、うま、美味いっす!」
パァアアアと眩しい輝きが徹夜の目に沁みる。
「そうか。なぁ、ジャック」
「はい!」
ピコピコ動く大きな耳が本当に可愛い。その可愛さが目に沁みるなんて思いながら「ジャック、あのさ」と続ける。
「地元のケーキ屋のケーキとそれ、どっちが美味かった?」
聞くつもりなかったのに聞いてしまった。でも、ぐらぐらする頭ではもういいという思考で埋め尽くされる。
「ジャックどうだ?」
もう一度尋ねればジャックのまだ幼さを残した目が大きく見開く。驚いているなと思うと二カッと爽やかに笑って――。
「勿論! トレイ先輩のケーキっす!」
凄まじい破壊力だった。それを最後にトレイの意識は飛んだ。
そして、気絶したトレイはジャックに背負われてハーツラビュル寮に戻った。後にそれはハーツラビュル寮生にしつこくからかわれるネタになった。
「違う」
何度目となる台詞が口からこぼれ落ちた。ついでに大きい溜息も出てきた。
トレイの目の前には花をモチーフにした飴細工。大輪の薔薇をモチーフにした飴細工はパティシエではない者が作ったものとしてはとても美しい出来であった。
けれど、ケーキ屋の息子であるトレイには分かる。これは商品にできるレベルではないこと、を。いや、商品にしたいわけではない。トレイは立った一人の恋人のために美しい大輪の花を咲かせたいのだ。だから妥協はできない。
作業台から手を離し一番マシな薔薇の飴を持つ。まじまじと様々な角度で見てもやはり一番マシな色艶、形だ。ただマシなだけ。
「はぁ。これで間に合うのか……」
観察を終えたトレイはその花びらの一枚を口にする。パキと軽い音がして瞬く間に口の中に溶けていく。ケーキ以上に甘い砂糖の味がした。
パキパキとそのまま食べていくと大輪の薔薇はあっさりと散ってしまった。
「もう時間も時間だしやめるか」
深夜に近い時間。明日は休息日のため学校へ行くことはないから。だからこそ、明日もここに籠って作業がしたい。時間を無駄にしたくないからもう片付けて寝よう。
テキパキと道具を片付けているとふとこの間ケイトに言われたことを思い出す。
「珍しいね。いつもならそこまで拘らないのに」
キュッと蛇口のレバーを捻って一端思考に更ける。
結果が良ければそれでいい。過程など気にしない。いつもはそうだ。だから、愛情込めて育てたフルーツたちを使わなくたっていい。もし間に合わなかったら買ってだっていい。それは今も変わらない。変わらないのに今回妥協できないと駆り立てさせるものは一体なんなのだろうか。考えてなくてもひとつ思い当たることがあった。
何時ぞや、洋ナシのコンポートを使ったケーキをジャックに贈ったことがあった。あの頃はまだ恋人でもなくただ何となく気にかかる後輩だった頃。
ジャックは金色の瞳の輝きを隠すことも出来ずにケーキを食べた。そして、彼はとても褒めてくれた。美味しいと、何だかいつになくくすぐったい気持ちになったのを今でも覚えている。だが、そのくすぐったい気持ちもジャックの一言で霧散した。
「俺の地元でたくさん賞を取ったケーキ屋があるんすけど、そことタメはるほど美味いっす!」
ジャックはトレイを褒めてくれたのだろう。プロと同じくらい美味しいと。しかし、その時のトレイはトンと背中を押されて崖の下に突き落とされたような気分だった。
その場では何とか取り繕って返事をしたが、寮に帰ってすぐ調べた。勿論、ジャックの故郷の情報はそのときに聞いていたのでケーキ屋はすぐに見つかった。その店のパティシエは輝石の国に、薔薇の王国のあらゆる賞を総なめにしていた。さらに、煌びやかな輝石の国らしく飴細工が得意らしい。
トレイから見ても素晴らしい飴細工。美しいケーキたちだった。いつもならどうなっているのだと研究するがする気さえそのときは起きなかった。
そのお蔭で色々気づいたことはある。けど、今でもそのことはトレイの中でわだかまりとなってそんざいしていた。
ジャックには自分の作る菓子が一番であってほしい。今まで考えたことのない初めての思考だった。だから、トレイは初めて過程も拘っているし、結果にも拘っている。
「もう少し頑張るか」
長考から戻ったトレイは再び片付けの手を動かす。
ジャックの誕生日まで一週間を切った。時間は十分にあるようでない。余った時間は有効活用しなければいけない。こうしてトレイの夜更かしが続くことになった。
余談だが、ハートの女王の法律はリドルにお願いして暫くの間免除してもらっている。
リドルも成長したな、としみじみとしたトレイだった。
◆ ◆ ◆
「できた!」
思わず声が跳ねた。目の下にある隈が濃くなるほど徹夜した成果だ。お蔭で生活に少々支障をきたしてジャックに心配かけたがどうにか満足する薔薇を咲かすことができた。
色艶も、形も満足できるものになっている。あとは、土台のケーキに乗せれば完成だ。明日もとい今日のジャックの誕生日プレゼントすれば任務完了だ。
「……あ」
トレイは先月の後輩の誕生日を思い出す。
ぬかった。あのサバナクロー寮でもジャックの誕生日に向けて準備が進められていたのだ。あのレオナやラギーを中心にして密やかなに進められていたことを今更になって思い出す。
サバナクローでまさか誕生日パーティーが開かれるとは思いもよらなかった。意外だ。ならば、このプレゼントは――トレイは時計を見る。時間は三時半。あと一時間半でジャックの朝のトレーニングが始まる。
「こうしちゃいられないな」
すぐにトレイは土台のケーキに取り掛かった。こちらは迫りくる時間を見て大体準備している。あとはいつも通りに作るだけだ。
トレイは迫りくる眠気と葛藤しながらケーキを作った。
必死なときの人間の集中力ってすごいなと思いながらトレイはベンチに座っていた。
霞む目で遠くをぼんやりと見る。僅かに冷えた空気が何だか気持ちいい。このままベンチに座っていると寝てしまいそうだ。
早くジャックが通らないかなと耳を傍立てていると――。
「あ! トレイ先輩!」
バチといつの間にか伏せていた目を開く。目を開くと尻尾を振ったジャックが立っていた。ようやく出会えた、と意識が少しだけはっきりとする。
「おはよう、ジャック」
「おはようございます! こんな朝早くどうしたんすか?」
パタパタと嬉しそうに動く尻尾がすごく可愛い。
――なんかいつも以上に可愛いな。
いつもよりキラキラ眩しくて可愛い。このまま変なことを口走りそうでトレイは立ち上がってケーキボックスを差し出す。
「ジャック。誕生日おめでとう。これは俺からのプレゼントだ」
「え! 覚えていてくれたんすか!」
「あたりまえだろ」
ぱぁっと黄金色の瞳が輝く。すごく可愛いと口からころりと出そうになる。それを寸で止めて何とか唇を微笑んだ形にする。
「うわぁ。じゃ、寮に戻ったら食べますね!」
楽しみっす、と笑うジャックにトレイは目を見開く。
「あ、ダメだ」
「え」
トレイは咄嗟にジャックを引き留めた。そして、ジャケットに仕舞っていたフォークを取り出す。ついでにマジカルペンを取り出して召喚術でテーブルと椅子を呼び出す。
「先輩?」
「たぶん、食べる時間ないだろ。ここで食べて行ったらいい。俺も見たいし」
「え、あ、は、はい」
椅子に座ったジャックはケーキ箱をそっと開く。そして、また瞳を輝かせながらトレイを見上げた。
「え。この飴細工も先輩が作ったんすか?」
「ああ。結構いい出来だと思うんだがどうかな?」
「いい出来なんてすっごいっすよ!」
その後もそっと箱を崩してトレイが召喚した皿にケーキを置く。
「すっげぇ。本物みたいなっすね」
「大袈裟だなぁ」
「いや、マジでそう見えますよ」
まじまじと見て褒め言葉を零すジャックに照れくさくなる。
「ジャック。食べてみてくれないか?」
「うっす……あー、でも勿体ない」
「いや、そう言わずに」
食べてほしくて作ったのだから、と言う。それにジャックは薄らと目元を染めて「じゃ」とフォークを持ってケーキに差す。一口が大きいジャックもケーキは何故か小さくとって口に運んだ。
「う、うわ、うま、美味いっす!」
パァアアアと眩しい輝きが徹夜の目に沁みる。
「そうか。なぁ、ジャック」
「はい!」
ピコピコ動く大きな耳が本当に可愛い。その可愛さが目に沁みるなんて思いながら「ジャック、あのさ」と続ける。
「地元のケーキ屋のケーキとそれ、どっちが美味かった?」
聞くつもりなかったのに聞いてしまった。でも、ぐらぐらする頭ではもういいという思考で埋め尽くされる。
「ジャックどうだ?」
もう一度尋ねればジャックのまだ幼さを残した目が大きく見開く。驚いているなと思うと二カッと爽やかに笑って――。
「勿論! トレイ先輩のケーキっす!」
凄まじい破壊力だった。それを最後にトレイの意識は飛んだ。
そして、気絶したトレイはジャックに背負われてハーツラビュル寮に戻った。後にそれはハーツラビュル寮生にしつこくからかわれるネタになった。
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