トレイ × ジャック

スマートなファーストキス?


 恋人になってからあの人が照れくさそうにはにかむのは何度か見たことがある。それでも、あの人は何事もスマートにこなしていく印象が強かった。きっと、キスの先だって戸惑うジャックとは異なりさらりとやってのけるのだろう。
 疑うことのないジャックのスマートなトレイ・クローバー象が今崩れた。



 図書室の少し奥まったところに設置された自習机は少し穴場になっている。ジャックは静かに課題を行うときに使っている。だが、今は課題だけではなく恋人のトレイと静かな逢瀬を重ねるのにも使っている。
 そんなときだった不意に訪れた艶のある雰囲気。少しの緊張が空気に伝わる。

  トレイ先輩でも緊張するんだな。

 立ち上がったトレイが顔を傾けて近づいてくる。それにジャックは座ったまま目を伏せた。少し女々しいかと思うがキスなんてしたことがない。勝手がわからないなら閉じていた方が楽だ。
 目を閉じてすぐに唇に別の柔らかなものが触れた。ゆっくりと重なったそれはほんの一瞬の出来事だった。

 触れるだけの唇がゆっくりと離れていく中で目を開いてトレイを見る。触れていていた唇が少しカサついていたとか、他人の唇は柔らかいとか、色々感想が浮かぶが目の前のこのトレイの顔で吹き飛んだ。

 あのスマートで何でもそつなく熟すトレイの顔が、耳が、首が全て真っ赤だ。腕で隠しているがほとんど隠しきれていない。ここまで照れて真っ赤になっている人間を前にすると自然と自分は照れくささが込み上げない。

「真っ赤すね」

 感想が舌から転げ落ちた。トレイのレンズ越しの目が見開いて視線が逸れた。

「っ、そ、そこ言うか?」

 上ずった声がまた印象だった。
 ジャックはまじまじと見つめるとトレイの手が伸びて目を隠された。

「見ないでくれ……」
「いや、でも、新鮮っすから」

 トレイの手をサッと退かす。すると、トレイの目が据わって「ジャック」と恨みがましい声で呼ばれてしまった。それでもジャックは見たかった。

「悪いっすけど見納めだと思うんでもう少し我慢してください」
「何が見納めだ。性格悪いぞ」
「アズール先輩たちほどじゃねぇんで」

 これぐらい可愛いでしょう、と言えばむすっとされてしまった。
 機嫌を損ねてしまったが今は引けない。ジャックはじぃっと見つめるとトレイは息をついた。それはしょうがないといったような諦めを孕んでいるようだった。

 ジャックは尻尾をふわりと揺らして
 腕を組んでまだ薄らと目元を染めながらトレイは「今だけな」とはにかんだ。
 意外に可愛い顔をしたトレイを見てこの人も自分とさして変わらないのかもしない。このとき初めて彼の恋人として肩の力が抜けた。

「何か安心した」
「ん。何がだ?」

 徐々にいつもの調子を戻して来たトレイにジャックは苦笑を向ける。

「や。トレイ先輩のことだから経験たくさんあってすごそうだなって思ってたんで」
「……どこからその印象が湧くんだ」

 心外とばかりの顔をするトレイにジャックは顎に手をかけて考える素振りをする。そんな素振りもしなくてもすぐに浮かんだので答える。

「普段のあんたを見ていたら年上の女の人とか経験ありそうだなぁって」
「俺だって普通の十八歳だぞ」
「そうっすけど」

 何故か真剣な眼差しで言われてジャックは口篭もる。確かに、ただのイメージの話だ。実際は彼から過去の恋人遍歴など聞いたことないし話し合ったことがない。

「ジャック。人を見かけで判断するなよ」

 にっこりと微笑むそれは少しだけ凶悪とも名高い双子の片割れを思わせた。思わず尻尾が膨らんで耳を伏せかけるのを耐える。

「ジャック。いいか。これから俺も色々初めてのことだからな」

 よろしくと、頬に口づけるスマートさにジャックは前言撤回しかけた。


3/14ページ