トレイ × ジャック

林檎の蜜のような男二人



「あの、オレ、あなたのことが好き、なん、だけど……」
「はぁ……」

 店を出て引き留められたと思いきや突然の告白。目の前に立つ自分よりも少し身長の低い申し訳ないけれど特徴のない顔立ちの男。今回は男か、と心の中で愚痴を零しながらトレイの頭の中にあるのは〝恋人〟の怒った顔しかなかった。また怒られるのか、説教されるのか。ふぅ、と溜息をつくと「あ、あの、」とおどおどした声で声をかけられる。
 視線を向ければそっと逸らされる視線にやはり覚えはない。すると、相手もトレイに覚えがないことを伝わったのか求めていないけれど出会いを話し出す。

「道で、その困っているときに助けてもらって」

 それだけのことで、か。抱いた感想を口には出さなかった。とはいえ、同性が同性を好きになるにしては簡単過ぎる。だが、人の性的思考は分からない。現にトレイもストレートと思っていたけれど好きになったのは狼の獣人属の男だ。それにまさか自分よりも体格のいい男を抱く日がくるなんて想像もしていなかった。だから、異性を好きになるか、同性を好きになるかなんて分からないものだ。

「あの、返事はその、期待していないんですけど……」
「いや。悪いが断らせてもらう」

 「え」と男は逸らしていた視線を戻し驚愕に目を見開いていた。なんだ、その反応はまるでトレイが「OK」するとでも思っていたのだろうか。怪訝に眉を顰めれば男は慌て出す。

「あの、貴方は狼の獣人属の男性と付き合っていますよね」

 男の視線がねっとりとしたものになりトレイは心の中で「またこのパターンかぁ」と頭を抱えた。どうにもトレイに告白して来る女も男も皆こうなる。恋人は目を据わらせて「そういう体質って気づいてください」と言ってきた。だが、トレイからしたら何も心当たりがない。どうしてこうなると首をひねるばかりだ。

「あの人と付き合っているんですよね」
「ハァ。付き合っているがお前に何か関係あるのか?」
「彼……警察官ですよね。しかも魔法部隊に所属している」

 どこまで知っているというか。それにしてもここまで来るとストーカーだ。どうしていつも毎回同じパターンになるんだ。トレイは八つ当たりも込めて男を睨む。途端に男が怯む。自慢ではないけれどトレイの目つきは悪い。普段の表情が柔らかいからか分からないが目を細めたりすると目つきが悪くなる。こういう気の弱い相手には大概利くし、体格もいいからなのか気の弱い男は利く。

「脅してどうするつもりだ」
「……相手の立場が悪くなるだろ」
「この時代同性とパートナーな人は大勢いる」
「警察官は体勢が古い」
「お前の方が古い」

 根暗な男の発言を一刀両断すれば男が恨みがましく見つめて来る。告白した相手を睨むなんて誰かを好きになるにはいただけないのではないか。ほんと卒業後に告白してきた男も女も碌な奴がいない。いや、いるとすれば今の恋人で後輩だったジャックくらいだ。というかジャックだけだ。

「ハァ。あいつに何かしてもお前が返り討ちに合うだけだぞ」
「うるさい! あんな脳筋みたいな男!」
「誰が脳筋だって?」
「おお?」

 背後からの威圧的な気配に振り仰げば立派に成長した後輩の姿いや恋人の姿があった。満月のように輝く瞳は爛々というよりもギラギラしている。この流れはまた説教コースだ。何でこうも鼻が利くんだが。

「今日は夜勤じゃなかったか?」
「シフト調整があって昼間の交番勤務になったんだ」

 「もう終わったから迎えに来た」ぶっきら棒ながらそう答えるジャックにトレイは唇を引きつらせる。普段迎えなんてないのにな、と返す。それにジャックが気付いたのか凛々しい眉を片方だけ上げて目で「嫌な予感したんで」と答えた。

「おま、あんた……普段迎えなんて来ないだろ」

 何故かジャックに対して地強気な態度をする男にジャックは溜息をついた。見上げた顔は「まためんどくせぇ男引っ掛けたな」と言いたげだ。引っ掛けてはいないんだがなぁ、と心の中で独りごちながら静観の構えに入った。

「シフトが合えば一緒に帰る。でも、合わなければそれぞれ別に帰る。それだけだ」

 「どうせ家に帰れば会えるしな」とマウント染みたことを取るジャックに男が呻く。フンと鼻を鳴らすのが聞こえて笑いが込み上げる。やっぱりジャックは独占欲が強い。彼曰く、狼の獣人属は生涯ただ一人を愛し続けるという。暫定ジャックの生涯の一人はトレイ・クローバー。自分の他ならない。ジャックの周りにいた優秀でカリスマ性のある人間たちを思い出せばちょっと優越感が湧くものだ。

「つかお前……三ヶ月前からこの人に付きまとっていた人間だろ」
「え」
「え゛」

 一人、ジャックからの感情に浸っていると唐突にジャックが話し出した。話し出した内容に男も、トレイも咄嗟にジャックを見る。ジャックは二つの視線を受けても変わらない態度をしている。腕を組んで真っ直ぐに男を見すえていた。

「俺が現役警察官って知ったうえでその恋人を脅している。しかも付き纏いに違法な方法で情報収集か……ま、全部筒抜けだったから大した野郎じゃねぇんだろうな」

 ハッとまるで彼が憧れた獅子のように相手を嘲る笑みを浮かべるジャック。その表情は今までトレイに向けられないもの。今後たぶん向けられないもの。トレイが引き出せないジャックの顔を引き出した男に思わず嫉妬してしまう。

「で、お前を現行犯で逮捕することもできる」
「ぁ、ぐっ、しょ、証拠」
「あるぜ」

 男の呆然とした声がこぼれる。トレイは「そりゃそうだろうな」と納得しているから男のように驚きはない。それにしてもこの男に三か月前から付け狙われていたとは全然気づかなかった。
 ジャックは呆れたようすで溜息をついた。もうこれ以上話すことはないと言いたげに男を見すえて「で、どうする?」という問いかる。

「どうするって……」
「これ以上この人を近づかなければ――つか、一生近づかなければ逮捕もしねぇ」

 警察官なのにいいのかという常識が頭に浮かぶよりも先にジャックの独占欲に嬉しくなる。唇がにやけるのを必死にこらえていると斜め上からやってくる視線。きっとジャックは「なに考えてんすか……」と思っているに違いない。いや、だが嬉しいものは仕方ないし、ジャックだって同じだろうに。

「で、どうすんだ?」
「……わ、わかりました」

 男は前科者にはなりたくないのか。トレイに見向きもせず丸い背中をこちらに見せて去って行った。あっちに繋がる道があるのかと思うと隣で動く気配がした。

「俺だ。そっちに行った……ああ、リストに登録されていた男だと確認した。ああ、間違いない。そのまま確保して連行しろ」

 ジャックは普段使っているスマホとは違うスマホを使っていた。仕事で支給されたものだろう。つまり、電話の相手は同業ということか。これはジャックに話しを聞いていいのだろうか。そう逡巡しているとジャックの電話が終わった。

「あの男別件で捜査対象者になっていたヤツなんす。これ以上詳しくは話せませんが――あんたに何もなくてよかった」

 無事でよかった、と見下ろす満月のように美しい瞳。きっとジャックはトレイでなくと知人であれば同じような目を向けるのだろう。それでもきっとトレイに向けるその眼差しが一等安堵しているのではないかと思っている。

「トレイ先輩も魔法は使えるしただでやられる男ではないことはわかってるっす。けれど犯罪に関係した魔法士はどんな手を使う」

 ジャックの心配にトレイは苦笑するが納得している。ナイトレイブンを卒業後攻撃魔法の類はほぼ仕様していない。最近ではその魔法もパティシエの仕事でしかつかっていない。つまり、犯罪者相手にすぐに反撃できるかどうか怪しい。そう思うと第一戦から退いたことになるんだなとしみじみしてしまう。

「そうだな。俺も学生の頃みたいな魔法は使ってないからなぁ」
「っす。あいつらは攻撃魔法や犯罪に使う魔法のスペシャリストみたいなもんっす」
「だな。はぁ。あの男が小心者でよかったってとこか?」
「まぁ。そうっすねぇ」

 頭を掻くジャックの微妙な表情と反応。どうやらトレイが想像していたほど甘い男でもないようだ。それはそうか。犯罪に関わっている男なのだから。

「とりあえず俺は事情聴取とか受けるのか?」
「いや、今日はいいと思います。ただ、もしかしたら後日あるかもしれないっす」
「ならそのときは協力するからな」
「あざっす」

 申し訳ないという顔をしていたジャックが顔を上げると途端に表情を変える。それにトレイは「あ~だろうな」と彼が何を言いたいのかすぐさま察知した。

「分かっているようっすけど――これはこれ、あれはあれっすからね」
「わかってるよ」

 目を据わらせるジャックにトレイは頬を掻いた。



   ◆ ◆ ◆



 一緒に住んでいるマンションに戻って腹ごしらえをしての説教コース。ジャック曰く、食事中にそういう話をするとメシが不味くなるということ。だから、ちゃんと終わったあとに向き合って話し合うとのこと。それは大賛成だからトレイも大人しくしているが。

「まったくなんでアンタは毎回毎回厄介な奴らを惹きつけるんすんか」

 もう何度も何度も繰り返し言われること。でも、そんなことトレイだって分からない。寧ろ、相手が勝手に好きになって勝手にああなるのだ。

「あんたの優しさや親切心は蜜みたいなもんだからな」
「そうか? 俺の親切心は誰もが持っているだろ?」

 道に迷っていたら声をかけたりするし、困っていたら声をかける。ただの普通の親切。ジャックだって非番のときに困っている人に声をかけていた。それは職業病とかではなくジャックのもつ優しさだろう。

「はぁ。あんたのそれは性質が悪いってことだ」

 ジャックは深い溜息をついて癖のある前髪を掻き上げて形のいい額を出す。やっぱり普段前髪ある人が額を出すと特別感ある。以前、ジャックが結婚式に出席するときにオールバックにしていたときもカッコよかった。今も惚れ惚れするような流れを見ながらトレイは腕を組んでジャックを見やる。

「お前も十分性質の悪い分類だと思うがなぁ」
「俺は、別にそんなことないっす」
「そうかぁ?」

 若干言いよどむジャックにトレイは目を細める。ジャックもジャックで性質の悪い相手を惹きつける癖がある。元からある種の人間に好かれやすいジャック。今でも様々なところから引き抜きがくるほど優秀な人材だ。弁護士となって早々に独り立ちして事務所を立ち上げたリドルも「秘書に欲しいくらいだよ」と言っていた。他のところでも引く手あまたジャック。だからこそ一般人からというよりも同僚から様々な視線を向けられる。

「こ、この間の問題はしっかり解決しました」
「解決なぁ」
「ちょ、待ってください! 今、俺の話ではなくて」
「いいだろ。ついでだ」
「ぅぐぐぐ」

 喉を鳴らすジャックの立派な耳がふにゃっとなる。トレイと異なりジャックはたまに変な輩を引き寄せる自覚はあるらしい。だが、その過程はよく分らず苦労しているのは知っている。

「俺はトレイ先輩と違ってしっかり対策しているっす!」

 必死になって言い返すジャックが可愛らしい。まるで学生の頃のような幼さに思わず笑いが込み上げ口を押えながら肩を揺らす。それにすぐジャックはやられたという顔をする。

「ガルル。あんたはまたぁッ!」
「ハハッ。毎回責められる気持ちわかっただろ?」

 だからこの話はおしまい。そういう結論を出すとジャックは渋々引き下がる。昔よりも引き際がよくなったのは大人になった証拠だろう。

「ほら。ジャック一緒に作るぞ」
「っす!」

 ふにゃっていた耳がピンと姿勢がよくなる。ついでに大きな尻尾が元気よく左右に揺れる。獣人属はこういうとき狡いなぁと思いながらトレイは魔法でエプロンを着ける。その横でジャックも同じエプロンを着る。

「今日は何作る?」
「エペルからリンゴたくさん送られてきたんでそれで何か作りたいっす」
「ん。わかった。リンゴを使ったデザートを作ろう」
「はい! じゃ、俺リンゴ取ってきます」

 そういって部屋を出ていくジャックを見てひとり頬を緩める。
 いつものあの説教コースの後は二人で何かしらのデザートを作る。勿論、明日の出勤に響かないように。だから簡単なデザートになるけれどトレイは何だかんだこの時間が一等楽しい。

「そういえば来月はもう俺たちの誕生日だな」

 職業とかつて所属していた寮の影響でトレイは記念日を覚えやすい。ジャックも誕生日くらいは覚えているらしく恋人になってから二人で祝っている。とはいえ、年度始めの十月に揃ってある誕生日。毎年忙しくてお互い当日に中々しっかり祝えないでいる。

「今年はどこかに旅行に行くのもいいな」

 早速ジャックに提案してみようかな、と考えながらキッチンへと向かった。


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