トレイ × ジャック
まだ触れるには早く
「遅くなったな……」
歩きながら実験着に着替えつつトレイは足早に魔法薬学室へと向かっていた。今日は以前からルークと準備していた実験を行う日だった。遅れるとは言ってあるが想像以上に時間がかかってしまった。
「はぁ。来年のなんでもない日のパーティーが思いやられる」
遅れる原因となった用事というのは明日開催される「なんでもない日のパーティー」だ。そのパーティーはハーツラビュル寮特有のもので普段なら三年生や二年生が主導するが明日は初めて一年生がメインとして活動することになった。何度かパーティーを経験したとはいえ一年生だ。しかも、その一年生に二大問題児がいる。そいつらが何をするかわからない。二年生も珍しく不安だったのかトレイに監督を求めて来た。頼られるのが嫌ではないが二年生はもう少し頑張ってくれと思った。
なんとか首が飛ばないように計画は立てられたし、後は一年生と二年生の頑張りに期待だ。パーティーのことはもう大丈夫だろうと頭を切り替えながら魔法薬学室に飛び込むように入る。そして、部屋に入った瞬間、見えた切りそろえられた金色の髪を持った背中に声をかけようとしたときだった。
「へぇ。ヴィル先輩とはまた違う鍛え方っすね」
「ふふ。私とヴィルでは鍛える目的から何まで違うからね」
「んじゃ、俺の場合はここを重点的にすればいいんすか?」
「うん。それも素晴らしいね。でも、私が勧めるなら――おや、」
トレイくん、と金色のサラサラした髪を揺らしながらルークが振り返った。それに合わせて向い側にいた白銀の耳をぴくぴく動かしながら顔をあげた。そして、満月のように瞳と目が合った。
「あ、あー、何か課題でもしていたのか?」
一瞬反応が遅れたが彼らは気にせずルークがこちらに身体ごと向いて首を横に振った。
「いいや、課題ではないよ。ああ! でも、ムシュー・タフガイの課題になるかな?」
「先輩、その呼び方どうにかならないんすか」
ムシュー・タフガイと呼ばれたジャックは呆れ気味にトレイから視線をルークに移した。
ジャックの瞳から自分が外れたことに一瞬の不愉快感が込み上げる。トレイはそれを飲み込んで何とか平素の仮面を着けながら近づく。
「ジャックがルークに態々会いに来たなんて気になるな」
「フフ。まるで秘め事のようだろう」
「ちょ、先輩、ほんと勘弁してくれ」
ハァと溜息を尽きながら髪を掻き上げるジャック。それにルークは終始にこやかな笑みを浮かべている。二人は接点という接点はないと思っていた。それこそトレイとジャックに接点が見えないように。にしても、一体ジャックは何故ここにいるのか。
「ジャックくん、どうやらトレイくんは私たちの話にとても興味を持っているようだ」
「せっかくだ。彼にも聞いてみるかい」と言いながら含みを持ったルークの瞳が向けられた。それにつられるようにジャックの満月のような瞳にまた自分が映ったと思った矢先にまたルークへと戻った。
「実は、この間のハッピービーンズデーでのルーク先輩が気になって」
「オーララ、また愛の囁きかい?」
「あ~だから茶化さないでくれ」
眉を寄せて顔を顰めるジャックだがルークのからかいにも対応し始めている。本当に彼は誰とも親しくなれるようだ。寧ろ、ハッピービーンズデーの最中で見たアズールの反抗的な態度の方が気になるほどだ。レオナやラギー以外の特別な態度にさえ見える。
「で、ルークが気になった理由は一体何なんだ?」
ルークの隣にある椅子に座って訊ねればジャックが「うす」と頷く。それからルークに目を向けて口を開いた。
「ルーク先輩、運動着姿とか見たことなかったしあの日改めてビーンズ・カモの恰好見たら結構鍛えている身体しているなって」
しかもかなりいい身体しているし、と言い終わるや否や満月の瞳をきらめかせるジャック。
「どういう鍛え方してんのか気になって……つか、ヴィル先輩もそうっすけどポムフィオーレって内も外もすげぇ鍛えてるんだなって思って」
尊敬をたらふく含ませた眼差しをルークに向ける。隣のルークを見れば目をかけているエペルに対するような眼差しをしていた。
「美しさは外見だけでも、内面だけでも、いけないからね。どちらもあってこそ美しさは増していくものだから」
「うーん。何かわかる気がするッス!」
ヴィル先輩を見れば、としきりに頷くジャック。
「マーベラス! ジャックくん、キミはポムフィオーレ寮の適正も合ったんじゃないかい?」
「いや、それはないっす」
感動に震えるルークに即答するジャックに思わず吹き出す。
「ふはっ、それリドルにも言っていたよなっ」
「い、いや! リドル先輩には俺はサバナクロー寮生ですって言っただけっすよ!」
「そうだったか?」
ニヤリと意地悪く口角を上げて言えばジャックがぐぅと牙を僅かに見せて呻く。
「ったく、トレイ先輩もやっぱりナイトレイブンカレッジ生だ」
まったく、と耳の辺りを掻くジャックに僅かに満足する。そう満足していると隣から僅かに刺さる視線が向けられる。
「なんだ、ルーク」
「いや、ふふ、君もそういうことするのだな、と」
新しい一面を刻めたよ、と言うルークを僅かに見やる。そこには狩人のような、観察者のような深淵を覗くような瞳をしていた。しかし、それを気にせず「で、筋トレの話でもしていたのか」と問いかける。
「っす! 色々参考になりました……ということで、トレイ先輩も来たんで失礼します」
席を立つジャックに僅かに腰を浮きかけて静かに座り直した。ここでジャックを引き留めて何になる。彼の用事が終わったのならばそのまま行かせた方がいい。寧ろ、引き留めるのは不自然だ。だから、大人しく腰をかけたが――。
「そうだ! ジャックくん、キミはトレイくんをどう見る?」
「ぇ゛ッ」
つい出た濁った声と同時に横を向けば目を細めるルークが優雅な仕草でトレイを指していた。パチンと綺麗なウィンクに口角が引き攣る。
「トレイ先輩っすか」
不思議そうな色を宿してジャックの瞳にトレイを映し出し、首を傾げた。
「先輩は運動とか積極的にしているイメージがないんすけど」
「まぁ、あまり好きではないからな」
「え! それであの飛行術っすか?」
さらに目を見開いたジャックが改めてといったようにトレイを観察し始める。その眼差しに居心地の悪さというか身体がむず痒くなる。
「そういや、先輩も腕の筋肉綺麗についてったすね」
ふいに視線を外して天井を仰ぐジャック。何かを思い出しているポーズはトレイの運動着姿でも思い浮かべているのか。
「何かしているんすか」
三度向けられた眼差しにトレイは首を横に振る。
「何もしていないよ。しいって言えば菓子作りには力がいるし、材料はわりかし重いから力は自然とついていったくらいかな」
「ああ。なるほど、そういうこと経験あるっす」
「だろ」
だからトレイはルークのようにジャックに何かをアドバイスする立場にない。別に筋トレに今もこれからもたぶん興味は湧かないけれど――そういった部分で頼られることはないというのが惜しい。
後輩、同輩に頼られることは多い。世話を焼くのは苦痛ではないからそれは別に構わない。でもこの美しい白銀の狼にはより一層頼られたいと思う自分がいる。それがどんな感情を根源として来るのかはいまだにわからない。
ジャックの印象は緩やかと言い難いスピードで変化していった。彼の存在は入学式のときから薄らと知っていた。だが、獣人属でもあり雰囲気からサバナクロー寮に所属するだろうと気にすることもなかった。
それから彼の存在は忘れたように慌ただしい新学期の始まりだった。ようやく認識したのは寮対抗マジフト大会の騒動だった。あの瞬間、トレイの中で絶対的な寮長に反逆したサバナクロー寮の異分子となった。けれど、それもすぐに姿を変えた。それからすぐに行われたハロウインイベントで教えを乞う未熟な姿に意外な面を見た気がした。
トレイの頭の片隅に気になる存在。他寮生でここまで意識したのは初めてだった。だから、彼が困っていればつい手を差し伸べてしまうし、手を伸ばして来たら取ってしまう。レオナやヴィルなんかに見られたら眉を顰められてしまうほど甘いだろう。
ジャックは不思議な存在で――意識してしまう。
「じゃ、今度こそ失礼します」
距離感のある声に思考の渦から抜け出せばお邪魔しました、と頭を下げるとジャックがいた。今度こそ別れなのだ。今生の別れのような哀愁に襲われながら広い背中を見送った。
「このまま見送っていいのかい?」
かけられた声にトレイは小さく息をついて振り返る。そこには意味深長に笑みを深めるルークを見据える。けれど何も言わずにこちらから視線を逸らした。
「今日は実験やめるか?」
「ノン! せっかく待ち焦がれた日を先延ばしにするのは耐えられない!」
悩ましげな顔をするルークに苦笑いを向けてトレイは立ち上がる。
「じゃ、準備するぞ」
まずは鍋だと探しに行きながら先ほど投げかけられた言葉が繰り返される。
――いいんだ。今は、今は。
幼くも大きな背中を追いかけなくていい。でも、いつか、この気持ちに決着がついたあかつきには何が何でもその背中に触れて振り向かせたい。
「遅くなったな……」
歩きながら実験着に着替えつつトレイは足早に魔法薬学室へと向かっていた。今日は以前からルークと準備していた実験を行う日だった。遅れるとは言ってあるが想像以上に時間がかかってしまった。
「はぁ。来年のなんでもない日のパーティーが思いやられる」
遅れる原因となった用事というのは明日開催される「なんでもない日のパーティー」だ。そのパーティーはハーツラビュル寮特有のもので普段なら三年生や二年生が主導するが明日は初めて一年生がメインとして活動することになった。何度かパーティーを経験したとはいえ一年生だ。しかも、その一年生に二大問題児がいる。そいつらが何をするかわからない。二年生も珍しく不安だったのかトレイに監督を求めて来た。頼られるのが嫌ではないが二年生はもう少し頑張ってくれと思った。
なんとか首が飛ばないように計画は立てられたし、後は一年生と二年生の頑張りに期待だ。パーティーのことはもう大丈夫だろうと頭を切り替えながら魔法薬学室に飛び込むように入る。そして、部屋に入った瞬間、見えた切りそろえられた金色の髪を持った背中に声をかけようとしたときだった。
「へぇ。ヴィル先輩とはまた違う鍛え方っすね」
「ふふ。私とヴィルでは鍛える目的から何まで違うからね」
「んじゃ、俺の場合はここを重点的にすればいいんすか?」
「うん。それも素晴らしいね。でも、私が勧めるなら――おや、」
トレイくん、と金色のサラサラした髪を揺らしながらルークが振り返った。それに合わせて向い側にいた白銀の耳をぴくぴく動かしながら顔をあげた。そして、満月のように瞳と目が合った。
「あ、あー、何か課題でもしていたのか?」
一瞬反応が遅れたが彼らは気にせずルークがこちらに身体ごと向いて首を横に振った。
「いいや、課題ではないよ。ああ! でも、ムシュー・タフガイの課題になるかな?」
「先輩、その呼び方どうにかならないんすか」
ムシュー・タフガイと呼ばれたジャックは呆れ気味にトレイから視線をルークに移した。
ジャックの瞳から自分が外れたことに一瞬の不愉快感が込み上げる。トレイはそれを飲み込んで何とか平素の仮面を着けながら近づく。
「ジャックがルークに態々会いに来たなんて気になるな」
「フフ。まるで秘め事のようだろう」
「ちょ、先輩、ほんと勘弁してくれ」
ハァと溜息を尽きながら髪を掻き上げるジャック。それにルークは終始にこやかな笑みを浮かべている。二人は接点という接点はないと思っていた。それこそトレイとジャックに接点が見えないように。にしても、一体ジャックは何故ここにいるのか。
「ジャックくん、どうやらトレイくんは私たちの話にとても興味を持っているようだ」
「せっかくだ。彼にも聞いてみるかい」と言いながら含みを持ったルークの瞳が向けられた。それにつられるようにジャックの満月のような瞳にまた自分が映ったと思った矢先にまたルークへと戻った。
「実は、この間のハッピービーンズデーでのルーク先輩が気になって」
「オーララ、また愛の囁きかい?」
「あ~だから茶化さないでくれ」
眉を寄せて顔を顰めるジャックだがルークのからかいにも対応し始めている。本当に彼は誰とも親しくなれるようだ。寧ろ、ハッピービーンズデーの最中で見たアズールの反抗的な態度の方が気になるほどだ。レオナやラギー以外の特別な態度にさえ見える。
「で、ルークが気になった理由は一体何なんだ?」
ルークの隣にある椅子に座って訊ねればジャックが「うす」と頷く。それからルークに目を向けて口を開いた。
「ルーク先輩、運動着姿とか見たことなかったしあの日改めてビーンズ・カモの恰好見たら結構鍛えている身体しているなって」
しかもかなりいい身体しているし、と言い終わるや否や満月の瞳をきらめかせるジャック。
「どういう鍛え方してんのか気になって……つか、ヴィル先輩もそうっすけどポムフィオーレって内も外もすげぇ鍛えてるんだなって思って」
尊敬をたらふく含ませた眼差しをルークに向ける。隣のルークを見れば目をかけているエペルに対するような眼差しをしていた。
「美しさは外見だけでも、内面だけでも、いけないからね。どちらもあってこそ美しさは増していくものだから」
「うーん。何かわかる気がするッス!」
ヴィル先輩を見れば、としきりに頷くジャック。
「マーベラス! ジャックくん、キミはポムフィオーレ寮の適正も合ったんじゃないかい?」
「いや、それはないっす」
感動に震えるルークに即答するジャックに思わず吹き出す。
「ふはっ、それリドルにも言っていたよなっ」
「い、いや! リドル先輩には俺はサバナクロー寮生ですって言っただけっすよ!」
「そうだったか?」
ニヤリと意地悪く口角を上げて言えばジャックがぐぅと牙を僅かに見せて呻く。
「ったく、トレイ先輩もやっぱりナイトレイブンカレッジ生だ」
まったく、と耳の辺りを掻くジャックに僅かに満足する。そう満足していると隣から僅かに刺さる視線が向けられる。
「なんだ、ルーク」
「いや、ふふ、君もそういうことするのだな、と」
新しい一面を刻めたよ、と言うルークを僅かに見やる。そこには狩人のような、観察者のような深淵を覗くような瞳をしていた。しかし、それを気にせず「で、筋トレの話でもしていたのか」と問いかける。
「っす! 色々参考になりました……ということで、トレイ先輩も来たんで失礼します」
席を立つジャックに僅かに腰を浮きかけて静かに座り直した。ここでジャックを引き留めて何になる。彼の用事が終わったのならばそのまま行かせた方がいい。寧ろ、引き留めるのは不自然だ。だから、大人しく腰をかけたが――。
「そうだ! ジャックくん、キミはトレイくんをどう見る?」
「ぇ゛ッ」
つい出た濁った声と同時に横を向けば目を細めるルークが優雅な仕草でトレイを指していた。パチンと綺麗なウィンクに口角が引き攣る。
「トレイ先輩っすか」
不思議そうな色を宿してジャックの瞳にトレイを映し出し、首を傾げた。
「先輩は運動とか積極的にしているイメージがないんすけど」
「まぁ、あまり好きではないからな」
「え! それであの飛行術っすか?」
さらに目を見開いたジャックが改めてといったようにトレイを観察し始める。その眼差しに居心地の悪さというか身体がむず痒くなる。
「そういや、先輩も腕の筋肉綺麗についてったすね」
ふいに視線を外して天井を仰ぐジャック。何かを思い出しているポーズはトレイの運動着姿でも思い浮かべているのか。
「何かしているんすか」
三度向けられた眼差しにトレイは首を横に振る。
「何もしていないよ。しいって言えば菓子作りには力がいるし、材料はわりかし重いから力は自然とついていったくらいかな」
「ああ。なるほど、そういうこと経験あるっす」
「だろ」
だからトレイはルークのようにジャックに何かをアドバイスする立場にない。別に筋トレに今もこれからもたぶん興味は湧かないけれど――そういった部分で頼られることはないというのが惜しい。
後輩、同輩に頼られることは多い。世話を焼くのは苦痛ではないからそれは別に構わない。でもこの美しい白銀の狼にはより一層頼られたいと思う自分がいる。それがどんな感情を根源として来るのかはいまだにわからない。
ジャックの印象は緩やかと言い難いスピードで変化していった。彼の存在は入学式のときから薄らと知っていた。だが、獣人属でもあり雰囲気からサバナクロー寮に所属するだろうと気にすることもなかった。
それから彼の存在は忘れたように慌ただしい新学期の始まりだった。ようやく認識したのは寮対抗マジフト大会の騒動だった。あの瞬間、トレイの中で絶対的な寮長に反逆したサバナクロー寮の異分子となった。けれど、それもすぐに姿を変えた。それからすぐに行われたハロウインイベントで教えを乞う未熟な姿に意外な面を見た気がした。
トレイの頭の片隅に気になる存在。他寮生でここまで意識したのは初めてだった。だから、彼が困っていればつい手を差し伸べてしまうし、手を伸ばして来たら取ってしまう。レオナやヴィルなんかに見られたら眉を顰められてしまうほど甘いだろう。
ジャックは不思議な存在で――意識してしまう。
「じゃ、今度こそ失礼します」
距離感のある声に思考の渦から抜け出せばお邪魔しました、と頭を下げるとジャックがいた。今度こそ別れなのだ。今生の別れのような哀愁に襲われながら広い背中を見送った。
「このまま見送っていいのかい?」
かけられた声にトレイは小さく息をついて振り返る。そこには意味深長に笑みを深めるルークを見据える。けれど何も言わずにこちらから視線を逸らした。
「今日は実験やめるか?」
「ノン! せっかく待ち焦がれた日を先延ばしにするのは耐えられない!」
悩ましげな顔をするルークに苦笑いを向けてトレイは立ち上がる。
「じゃ、準備するぞ」
まずは鍋だと探しに行きながら先ほど投げかけられた言葉が繰り返される。
――いいんだ。今は、今は。
幼くも大きな背中を追いかけなくていい。でも、いつか、この気持ちに決着がついたあかつきには何が何でもその背中に触れて振り向かせたい。
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