幼気な狼と甘い人間
◆ ジャック視点
盛大なハロウィンイベントも終わりジャックは実行委員としての仕事も無事終わりを迎えた。それから数日後、ジャックはある先輩が気になっていた。気になっていたというのは中々誤解を招きそうな言葉であるが実際気になっているので嘘でもない。
その先輩というのがハーツラビュル寮の副寮長であるトレイ・クローバーだ。
マジカメモンスターを退治するために助言を貰った先輩である。つまり、ジャックからしたら恩のある先輩であり――今密かに気になっている人だ。
何故、気になるのかわからない。けれど、あれいらいトレイの話題があると無意識に頭の中に刻んでしまう。あれだろうかサバナクロー寮や周りにいなかったタイプの先輩だっただからか。それとも成功した作戦の助言者だからだろうか。とりあえずジャックの頭の片隅にずっとトレイの存在がチラついているのだ。
さて、トレイのことを考えながらもここ最近忙しくてサボテンに日を当てることが出来ずにいた。ようやく出来た時間で植物園に入ったところでここに似合わない〝甘い〟匂いがした。一瞬の匂いに足を止める。
「この匂いは……ケーキか?」
花や果実の甘さとは違う人工的な甘い香り。そして、エースやデュースがよく身に着けている香りと似ている。つまり、それはハーツラビュル寮の生徒がいるということだ。
そう答えに辿り着いてジャックは奥歯を噛む。最近、甘い香りがあると何だかあの人が浮かぶ。普通、自分の知り合いであるエースやデュースがすぐ浮かぶはず。他にだって、実行委員で一緒だったケイトや、何かと教えを乞いに行くハーツラビュル寮の寮長であるリドルだって浮かぶはずだ。だのに、何故、自分は助言を貰ったあの人がすぐに浮かぶのだろうか。
「あの時もケーキの匂いがしたからか?」
通されたハーツラビュル寮の談話室は甘い香りの他に薔薇の香りと紅茶の香りがした。その他は生徒が纏う香りだと思う。流石にそこを深堀するつもりはない。ただ、あの甘い香りたちがスイッチになっていると思える。でも、一体何故彼に結びつくのか。
ああ。あれだ。そうだ。エースが言っていたことが頭の中に引っかかっているからだ。
「トレイ先輩の作るケーキはマジで美味いんだって!」
洋ナシタルトとか絶対美味い、と意地悪く片眉を上げたエースを小突いたのはハロウィンイベント準備期間中だっただろうか。それから話に聞くハーツラビュルの絶品ケーキといえばトレイという話になる。そしてケーキといえばトレイという公式が成り立った。だから、生クリームの甘い香りはあの人のモノ――なんて楽観的な思考になったんだろう。
でも、実際甘い香りがしたからといってあの人がいた試しがない。ただ気配だけが残って去ったあと。感謝を述べて以降会えていない人、話しをしていないあの人。
だから、今回も期待しな――。
「期待しないってなんだよ」
ジャックは頭を左右に振ってよくわからない思考を振り飛ばす。
何だ、何だ。あの日から可笑しい。そもそもトレイはデュースのために、マジカメモンスターを退治するためにジャックに助言をくれたのだ。ただの助言。けれど、頭の片隅でずっと居座っているのは何故だ――と思考の渦に巻き込まれかけてジャックは視界に入ったサボテンを見て我に返る。
ようやく出来た隙間時間。ジャックはこの貴重な時間をサボテンのために植物園に来たのだ。ならば、早く用事をすませなければ。そうして課題に取りかからなければ。
「行く、か」
鼻の奥に残る甘い香りを消すように植物園の匂いを取り込んで再び足を動かす。
そして、目的の場所にあの〝人〟はいた。
いつもの場所に向かって見ればいつも匂いだけ残していたあの人がいた。
思わず白い実験着を身に纏った背中を凝視してしまう。
「何か用か?」
あまり長居時間凝視してしまったからか。気配を隠すことなくただ無言で立っていたからだろうか。白い背中の人が振り返った。
振り返った人は苦笑していたがジャックを見て目を丸くさせた。でも、それは一瞬ですぐに緩やかなに笑みを浮かべて「ジャックじゃないか」と気安く自分の名を呼んだ。
その親しさを感じる呼び方に尻尾が動いたのが自分でもわかった。何だかそれがとれても恥ずかしかった。たかが、一度の交流なのに。親しげと思ってしまった自分が恥ずかしかった。
「サボテン。育てているのか?」
「あ、えっと、そうっす」
ハッと我に返ってぎこちなく答える。それにトレイは気にした風もなくもしかして、と言ったように空いているスペースを指さす。
「このスペース。いつも空いていると思ったがもしかしてお前の特等席だったか?」
「あ、や、特等席というわけでは……」
と答えながらもその場所はジャックがサボテンにとっていい場所と思って作った場所だ。勿論、最初に置いてあった植物はクルーウェルを通して管理人に許可を貰った。なので、特等席と言えばそうなのかもしれない。
「俺はここを借りたんだ」
尚もジャックの返事を気にせずトレイが空いているスペースの隣を指さした。そこには今まであった花ではいジャックも知らない植物が置かれていた。三年生でサイエンス部のトレイが育てている植物。それは一体何だろうか。
好奇心に引かれてジャックは足を進めてトレイの隣まで行く。そして、植物を覗き込むけれど自分の知る範囲の植物には該当しない。
「なにを育てているんすか?」
チラとトレイを見下ろせば彼は今までの爽やかな表情から一転した。片方の眉を上げて口角を同じく引き上げた。その今までみた「いい先輩の顔」とは違う顔に胸が鼓動した。なんだ、なんだ、と思う前に聞こえた声もまた違っていた。
「これは次の実験で使おうと思っている魔法植物だ」
悪戯っ子めいた声はきっと正規の実験であり好奇心に任せた実験であることが窺える。それにジャックは「危ないんじゃ」なんて言うお利口さんではない。寧ろ三年生のトレイが行う応用的な実験に興味の方が上回る。
「どんな系統の魔法なんすか? 魔法薬学? それとも錬金術っすか」
「お。気になるか?」
「っす!」
興味あります、と満々に答えればトレイはいつもの顔で笑みを描くと――。
「教えない」
「え?」
意外な答えに目を瞬かせてトレイを見下ろす。「教えない」と思わず小さな子どもみたいに聞き返すと彼が「ははっ」と笑って首を傾げた。
「これはルークと内緒している実験なんだ。だから教えられない」
「あ、え、それって」
流石に、と思いつつもポムフィオーレ寮の副寮長であるルークまで関わっているとなると気になる。でも、彼は秘密だと教えてくれる様子はない。すると、何がどうしても気になる。だから。
「な、なら、終わったら結果を教えてください」
「ん? 結果だけでいいのか?」
にぃっと口角を意地悪気にあげるトレイにジャックは胸の鼓動が早なる気がした。
何だか今日のトレイは違う。いや、今日の彼が違うのかはジャックには分からない。この人はこういう一面を持っていてただ自分が知らなかっただけなのかもしれない。きっと意外な一面でも何でもない。
「じゃ、結果だけじゃなくて経過とか全部教えてくれるんすか」
「ああ。お前が興味あればな」
どうだ、と覗き込む見上げるトレイに首を縦に動かす。
「よし。なら、次にここで会ったときに、な」
「え。でも、まだ素材が」
芽も出ていない鉢植えを見るとくすくす笑う声が聞こえる。それは紛れもなくトレイだ。彼を見ればスッとマジカルペンを取り出した。
「魔法素材だからちゃんと手順を踏んで育成魔法をかければ普通の植物と同じにすぐ育つ」
「あ、なるほど」
魔法士見習いが聞いて呆れる。そうだ。普通の植物だってちゃんと手順を踏んだ育成魔法を使えば数十分から数時間で育つ。でも、やっぱり魔法植物を魔法で育てられるトレイはすごい。
「トレイ先輩、すごいっすね」
「ハハッ。こんなの三年生になれば皆出来るよ」
「普通さ、普通」と言うけれどやっぱりすごいのではないか。やっぱりこの人はすごい人なのだ。だて、ハーツラビュル寮の副寮長ではない。
「流石っす! トレイ先輩!」
盛大なハロウィンイベントも終わりジャックは実行委員としての仕事も無事終わりを迎えた。それから数日後、ジャックはある先輩が気になっていた。気になっていたというのは中々誤解を招きそうな言葉であるが実際気になっているので嘘でもない。
その先輩というのがハーツラビュル寮の副寮長であるトレイ・クローバーだ。
マジカメモンスターを退治するために助言を貰った先輩である。つまり、ジャックからしたら恩のある先輩であり――今密かに気になっている人だ。
何故、気になるのかわからない。けれど、あれいらいトレイの話題があると無意識に頭の中に刻んでしまう。あれだろうかサバナクロー寮や周りにいなかったタイプの先輩だっただからか。それとも成功した作戦の助言者だからだろうか。とりあえずジャックの頭の片隅にずっとトレイの存在がチラついているのだ。
さて、トレイのことを考えながらもここ最近忙しくてサボテンに日を当てることが出来ずにいた。ようやく出来た時間で植物園に入ったところでここに似合わない〝甘い〟匂いがした。一瞬の匂いに足を止める。
「この匂いは……ケーキか?」
花や果実の甘さとは違う人工的な甘い香り。そして、エースやデュースがよく身に着けている香りと似ている。つまり、それはハーツラビュル寮の生徒がいるということだ。
そう答えに辿り着いてジャックは奥歯を噛む。最近、甘い香りがあると何だかあの人が浮かぶ。普通、自分の知り合いであるエースやデュースがすぐ浮かぶはず。他にだって、実行委員で一緒だったケイトや、何かと教えを乞いに行くハーツラビュル寮の寮長であるリドルだって浮かぶはずだ。だのに、何故、自分は助言を貰ったあの人がすぐに浮かぶのだろうか。
「あの時もケーキの匂いがしたからか?」
通されたハーツラビュル寮の談話室は甘い香りの他に薔薇の香りと紅茶の香りがした。その他は生徒が纏う香りだと思う。流石にそこを深堀するつもりはない。ただ、あの甘い香りたちがスイッチになっていると思える。でも、一体何故彼に結びつくのか。
ああ。あれだ。そうだ。エースが言っていたことが頭の中に引っかかっているからだ。
「トレイ先輩の作るケーキはマジで美味いんだって!」
洋ナシタルトとか絶対美味い、と意地悪く片眉を上げたエースを小突いたのはハロウィンイベント準備期間中だっただろうか。それから話に聞くハーツラビュルの絶品ケーキといえばトレイという話になる。そしてケーキといえばトレイという公式が成り立った。だから、生クリームの甘い香りはあの人のモノ――なんて楽観的な思考になったんだろう。
でも、実際甘い香りがしたからといってあの人がいた試しがない。ただ気配だけが残って去ったあと。感謝を述べて以降会えていない人、話しをしていないあの人。
だから、今回も期待しな――。
「期待しないってなんだよ」
ジャックは頭を左右に振ってよくわからない思考を振り飛ばす。
何だ、何だ。あの日から可笑しい。そもそもトレイはデュースのために、マジカメモンスターを退治するためにジャックに助言をくれたのだ。ただの助言。けれど、頭の片隅でずっと居座っているのは何故だ――と思考の渦に巻き込まれかけてジャックは視界に入ったサボテンを見て我に返る。
ようやく出来た隙間時間。ジャックはこの貴重な時間をサボテンのために植物園に来たのだ。ならば、早く用事をすませなければ。そうして課題に取りかからなければ。
「行く、か」
鼻の奥に残る甘い香りを消すように植物園の匂いを取り込んで再び足を動かす。
そして、目的の場所にあの〝人〟はいた。
いつもの場所に向かって見ればいつも匂いだけ残していたあの人がいた。
思わず白い実験着を身に纏った背中を凝視してしまう。
「何か用か?」
あまり長居時間凝視してしまったからか。気配を隠すことなくただ無言で立っていたからだろうか。白い背中の人が振り返った。
振り返った人は苦笑していたがジャックを見て目を丸くさせた。でも、それは一瞬ですぐに緩やかなに笑みを浮かべて「ジャックじゃないか」と気安く自分の名を呼んだ。
その親しさを感じる呼び方に尻尾が動いたのが自分でもわかった。何だかそれがとれても恥ずかしかった。たかが、一度の交流なのに。親しげと思ってしまった自分が恥ずかしかった。
「サボテン。育てているのか?」
「あ、えっと、そうっす」
ハッと我に返ってぎこちなく答える。それにトレイは気にした風もなくもしかして、と言ったように空いているスペースを指さす。
「このスペース。いつも空いていると思ったがもしかしてお前の特等席だったか?」
「あ、や、特等席というわけでは……」
と答えながらもその場所はジャックがサボテンにとっていい場所と思って作った場所だ。勿論、最初に置いてあった植物はクルーウェルを通して管理人に許可を貰った。なので、特等席と言えばそうなのかもしれない。
「俺はここを借りたんだ」
尚もジャックの返事を気にせずトレイが空いているスペースの隣を指さした。そこには今まであった花ではいジャックも知らない植物が置かれていた。三年生でサイエンス部のトレイが育てている植物。それは一体何だろうか。
好奇心に引かれてジャックは足を進めてトレイの隣まで行く。そして、植物を覗き込むけれど自分の知る範囲の植物には該当しない。
「なにを育てているんすか?」
チラとトレイを見下ろせば彼は今までの爽やかな表情から一転した。片方の眉を上げて口角を同じく引き上げた。その今までみた「いい先輩の顔」とは違う顔に胸が鼓動した。なんだ、なんだ、と思う前に聞こえた声もまた違っていた。
「これは次の実験で使おうと思っている魔法植物だ」
悪戯っ子めいた声はきっと正規の実験であり好奇心に任せた実験であることが窺える。それにジャックは「危ないんじゃ」なんて言うお利口さんではない。寧ろ三年生のトレイが行う応用的な実験に興味の方が上回る。
「どんな系統の魔法なんすか? 魔法薬学? それとも錬金術っすか」
「お。気になるか?」
「っす!」
興味あります、と満々に答えればトレイはいつもの顔で笑みを描くと――。
「教えない」
「え?」
意外な答えに目を瞬かせてトレイを見下ろす。「教えない」と思わず小さな子どもみたいに聞き返すと彼が「ははっ」と笑って首を傾げた。
「これはルークと内緒している実験なんだ。だから教えられない」
「あ、え、それって」
流石に、と思いつつもポムフィオーレ寮の副寮長であるルークまで関わっているとなると気になる。でも、彼は秘密だと教えてくれる様子はない。すると、何がどうしても気になる。だから。
「な、なら、終わったら結果を教えてください」
「ん? 結果だけでいいのか?」
にぃっと口角を意地悪気にあげるトレイにジャックは胸の鼓動が早なる気がした。
何だか今日のトレイは違う。いや、今日の彼が違うのかはジャックには分からない。この人はこういう一面を持っていてただ自分が知らなかっただけなのかもしれない。きっと意外な一面でも何でもない。
「じゃ、結果だけじゃなくて経過とか全部教えてくれるんすか」
「ああ。お前が興味あればな」
どうだ、と覗き込む見上げるトレイに首を縦に動かす。
「よし。なら、次にここで会ったときに、な」
「え。でも、まだ素材が」
芽も出ていない鉢植えを見るとくすくす笑う声が聞こえる。それは紛れもなくトレイだ。彼を見ればスッとマジカルペンを取り出した。
「魔法素材だからちゃんと手順を踏んで育成魔法をかければ普通の植物と同じにすぐ育つ」
「あ、なるほど」
魔法士見習いが聞いて呆れる。そうだ。普通の植物だってちゃんと手順を踏んだ育成魔法を使えば数十分から数時間で育つ。でも、やっぱり魔法植物を魔法で育てられるトレイはすごい。
「トレイ先輩、すごいっすね」
「ハハッ。こんなの三年生になれば皆出来るよ」
「普通さ、普通」と言うけれどやっぱりすごいのではないか。やっぱりこの人はすごい人なのだ。だて、ハーツラビュル寮の副寮長ではない。
「流石っす! トレイ先輩!」