トレイ × ジャック

芽を摘み取った



 真っ白な大きな狼の獣人。入学式で一際目立っていた彼をケイトと一緒にハーツラビュルじゃないと仕分けしたから覚えている。
 いかにもサバナクロー寮の風体で不良然としている彼――ジャック・ハウルを見かけたのはリドルがオーバーブロットする前のことだ。

 サイエンス部の活動で訪れた植物園で見かけた彼はサボテンを手にして歩き回っていた。大きな身体で小さなサボテンを持っている姿は何だか似合わない。けれど、十六歳にしては幼く見えてしまったし、何だか面白かった。

 その様子を植物の影から見ていると彼はちょうどいい場所を見つけたのだろう。難しそうな顔をぱっと輝かせて大きな尻尾を僅かに揺らしてどこかへ行ってしまった。

 彼の向かった方角は日当たりが良かった気がする。所属するサバナクローも日当たりは良さそうな気がするが一年生の彼はハーツラビュルと同じく四人部屋なのだろう。ならば、個人に与えられたスペースも狭いはずだ。植物を育てるには難しい環境なのだろう。

 ふと、何故そんなことを自分は考えているのだろうか。その何故を考える前に顧問のクルーウェル先生に呼ばれて浮かんだ疑問は掻き消えてしまった。


   ◆ ◆ ◆


 あれからリドルのオーバーブロット、レオナのオーバーブロットに風の噂で耳にしたアズールのオーバーブロットの後に彼はよくハーツラビュル寮で見かけることが増えた。不良然としているジャックは意外にも勤勉な性格らしくリドルを慕ってよく寮を訪れている。他にも友達じゃないと言いながらエースや、デュースともよく談笑しているのを見る。さらに、デュースとは同じ部活なのか寮でも彼と話しが盛り上がっているようだった。

 初めて彼を見かけた植物園ではラギーの代わりにレオナを起しに来る姿も見るようになった。その最中にジェイドに絡まれているのも何度か見た。以前より誰かと一緒にいることが増えたようだ。とはいえ、トレイが見かけたことがある彼はほんの数回だからもとから交流があったのかもしれない。そういえばヴィルとも同郷のよしみで親しい間柄らしいと聞いたな。

「孤高の狼っていう割には交流が広いな……」

 独り言の内容に口を慌てて噤む。周りを見渡すも誰もいない。一人安心して胸を撫で下ろしてレポートのために引っ張り出した本を開く。
 だが、どうしたことか作業は一向に進まない。ペンを置いて眼鏡を取って一息つく。
 何で彼のことを考えているのか自分でも分らない。殆ど接点がないのにどうしても頭の片隅から彼は出て行かない。

「一体何なんだ」

 この疑問に誰か応えてくれるとは思えない。ひとつ溜息をついて眼鏡をかけ直してペンを取って宿題を再開する。


   ◆ ◆ ◆


 そんなこんなでずっと頭の片隅で掠めているジャックと飛行術でペアを組むことになった。ペアになることは何も問題はないのだが――。

  すごい見られているな。

 月のように輝く瞳にどう反応したらいいのだろうか。その輝く瞳はハーツラビュルの一年坊たちから時折見られるが一体ジャックは自分に何を期待しているのだろうか。

「あ、あー、トレイ・クローバーだ。君はジャック・ハウルだな。今日はよろしくな」
「っ! うっす! よろしくお願いしますっ!」

 いかにも体育会系な返事にやはり見た目通りの一年坊なのか。ふと、彼の態度は人に寄って極端であるのを思い出す。リドルの前では尊敬の念をたらふく含んだ眼差しでお行儀のいい犬のようだった。他にもラギーの前では舎弟よろしくまさに今の体育会系のノリだった。だが、レオナの前で舎弟のノリはないが半分礼儀正しく接していた。リーチ兄弟たちにはほぼ先輩としての態度ではなかった。では、自分は。

「あのトレイ先輩」
「おっと、悪いなんだ」

 かけられた声に僅かに視線を上に向ける。そこにはやはり尊敬を含んだ瞳があった。さて、接点も殆どない彼の琴線に自分の何が引っかかったんだろうか。

「今日、俺、飛行術でレイ先輩と組めてすっげぇ嬉しいです」

 言った言葉は本音なのだろう。彼の綺麗な色をした尻尾がブンブンと触れているのが見える。だが、何故だ。

「そう言って貰えるのは光栄だが……どうしてだ?」

 遠回しに訊くのを止めると彼は気色ばんだ様子に話す。そして、彼の話した内容に苦笑いが浮かぶ。

「そうか。カリムを助けたときのあれを見られていたのか」
「はい! 暴走した魔法の絨毯に追いついて並走するトレイ先輩すごかったっす!」

 力説するジャックに何だかむず痒い気持ちになる。デュースも真っ直ぐに褒めるが何故だろうかジャックの褒めは居心地が悪い。何故だろう。

「俺ももっと飛行術が上達したいんで今日はよろしくお願いしやす!」

 バッと頭を下げるジャックにラギーが彼に対して僅かに苦手そうにしているのを理解した。だが、自分がラギーと同じように苦手意識が目覚めたかというと違った。

 自分の感情がよく分らない。そんなこと今までなかったのにどうにも彼に対する感情がとらえきれない。

「まぁ、そうだな。今日はよろしく」
「はいっ!」

 今度は綺麗な返事に一度トレイは自分の考えを手放した。


   ◆ ◆ ◆


 ジャックはそれから懐いたのかよく声をかけてくるようになった。同じく小さな弟妹がいる兄の立場だっただろうか。妙に馬が合ったのかよく会話をする仲になった。そして、学業のことで相もされるようになったときだった。ジャックが恥ずかしげに恋愛相談をして来た。

 あの生真面目な彼と恋が結びつかなかった。規則正しい生活をしている彼のどこに恋する隙間があったのだろうか。いや、でも交流関係の広い彼ならあり得なくもない。でも、何故か、それを認めなくない自分がいたことに驚きを隠せない。

 真面目に恋愛相談をしてくる彼に真面目に聞いている振りをする。優しい先輩を装いながら心の中で耳を塞ぎたくなる自分が生まれた。これ以上甘ったるい感情を零してくれるな。彼の恋心から溢れる甘ったるさに溺れそうになったときだった。予鈴が鳴る。

 ジャックは次の授業は移動だったときっちりと挨拶をしつつも慌てて駆け出す。その背中を安堵する。自分はこの後すぐ傍の棟で授業だ。ゆっくりと行こうと人気のないベンチに寄り掛かって眼鏡を取る。

「あいつ誰が好きなんだ……っ」

 ぽつりと呟く。その呟きに信じられないと慌てて誤魔化すように自分の中で芽生えかけていた芽を摘み取る。すると何かが切り替わる音がした。再び眼鏡をかけて前を向くと視界はクリアになる。

「これでいいな。うん、いい。大丈夫だ」

 自分の中で芽生え始めていたモノを摘んで捨て去った。もう大丈夫。

「授業に行くか」

 立ち上がってマジカルペンで実験着を身に纏る。持って来ていた教科書を小脇に抱えて実験棟まで向かった。

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