レオナ編
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いとしい子がうまれた
「王弟殿下」
「なんだ」
博物館での視察と謁見が終わった後に秘書はいつものように音もなく現れて声をかけてきた。すぐに返事をして次の仕事の書類を手渡すように手を差し出す。しかし、いつものように書類は手に置かれない。
なにしてんだ、とレオナが秘書を睨もうとする前に「公妃殿下」という単語を零す。この国で「公妃殿下」と呼ばれるのは一人だけ。レオナの伴侶となったジェマだけ。
「どうした」
すぐに手を引っ込め密やかに返せば秘書は冷静に「産気づかれました」と答えた。
産気づいたという言葉にレオナは息を飲んだ。一瞬の動揺をすぐに納め「主治医は」と返せば秘書は「すでに」と返し胸を撫で下ろす。
「臨月で出産日も近かったからな」
「はい。よって、これにより殿下のご予定を変更させていただきます」
「かまわねぇ」
返事をしてすぐに実践魔法で身に纏っていたスーツからラフな服へと着替える。それから足早に廊下を歩く。ちなみに、レオナはこのとき早歩き程度で考えていたが傍から見れば「競歩?」みたいなほどの足の速さだったらしい。その後を秘書が僅かに駆け足だったのは外に用意されていた車に着いた時だった。
「おい。大丈夫か?」
「いえ。これくらい、なんでも」
なんとか息を整えて平静を装うとは秘書の鏡だ。本当に優秀な男だ。秘書の立派な姿に感心しながら車に乗り込む。秘書も向いに乗り込みタブレットを開いた。
「本日予定していた重要な案件はほぼ終わりました。あとの用事は後日に予定を変更しても問題はないかと」
「予定変更は相手に連絡済みか」
「はい。すでに」
本当に優秀な秘書だ。きっと今タブレットで打ち込んでいるのは今後子どもが産まれたときに生じるスケジュールの変更を考えているのだろう。
これからレオナは育休にはいる。研究所の仕事はもちろん休みだ。公務もその間は重要な案件以外は外される。とはいっても、公務は基本重要なので外せるものは少ないが。
「まもなく宮殿に到着いたします」
仮住まいとしている宮殿。ジェマは宮殿の奥にある後宮で出産に体勢に入っている。
後宮での出産は別に王族の伝統ではない。これは厄介な動物の遺伝子に問題がある。他の獣人属は知らないがライオンの獣人属は他の〝雄〟に自分の番いである〝雌〟を取られたくない、また生まれてくる〝我が子〟を殺されたくないという本能を持っている。本来は安心安全に病院での出産がいいが夕焼けの草原の王族の男の多くはそれを望まない。
故に、宮殿の隣に産婦人科に特化した王立の病院があり、そこから女の医師や女の看護師が後宮に派遣される。さらに後宮の奥に病院にも負けない設備の施設が用意され、そこで王族に所属する女は出産する。そして、落ち着くまで後宮で過ごしようやく家に戻る。
「やっと家か」
もう少ししたら二人で住んでいた家に帰れる。もう一人増えた家族と。そう考える自自身の変化にレオナは一人心の中で笑んだ。
* * *
宮殿の後宮に駆け込んだレオナ。すでに陣痛の時間が短くなっていたジェマは分娩台へと移動していた。立ち会おうことを決めていたレオナだったがここでまさかの事案が発生した。
「だから言ったではありませんか」
「……」
王妃となった義理の姉に呆れられながら言われた言葉に喉を唸らせる。だが喉が鳴ると頬の痛みが強くなってすぐにやめる。また溜息が聞こえる。
「わたくしのときに立ち会ってくださったファレナを殴ったのを覚えているでしょ」
「笑い話にするくらいにはな」
「あなた自身に同じことが起きると考えなかったの?」
そう。レオナは分娩台のジェマを支えるぞと意気込んで分娩室に入った。しかし、気が立った彼女に力強い拳を頬に食らったのだ。ノックアウトしなかったが主治医に「出ていった方がよろしいです」と言われてあえなく外で待つことにした。
「ここで大人しく待っていなさい。それか呼ばれたらいきなさい」
「生まれる瞬間が見たい」
「ファレナのように二度食らってノックアウトしてもいいのなら」
「……待つ」
「よろしい」と言って王妃はレオナを差し置いて分娩室に入って行った。その背中を恨みがましく見つめながら尻尾を振った。
こうしてレオナは外で無力な夫として待つことになった。
外に締め出されて一時間が経った頃。頬の痛みは侍女が持って来た氷のお蔭で大分引いた。それでもまだなのかと尻尾を苛立ちに揺らしていると分娩室が開いた。あまりに突然の開門に驚く暇もなく年若い看護師が飛び出して来た。
「殿下! お産まれになりました!」
「ッ!」
みっともなく尻尾をビンとして立ってしまった。だが、そうは言っても居られない。レオナは看護師に近づく。
「ジェマは? 子どもは?」
「母子共に健康です! さぁ、中へ、中へ!」
意気揚々とした看護師に連れられるまま歩いていく。そこにすでに義姉の姿はなかった。だが、そんなことレオナは気にしてもいなかった。レオナの視線は産後の疲労色濃い顔ながら笑顔で我が子を抱くジェマと、生まれたばかりの子どもに釘づけだった。
「ジェマ……」
「レオナさん、元気な男の子ですよ」
彼女の腕の中にはまだまだ人間らしさの薄い赤ん坊。目もまだ開いていないのに生きているというのが分かる不思議な存在。そんな存在にレオナは柄にもなく感動する。尻尾を歓喜に揺らしながら丸くて小さな顔を見つめる。
「お前に似てるな」
「そんなまだこのような段階で」
「いや、そっくりだ」
レオナに似るよりもそっちがいい。それに男は女親の方に似るとも言う。ついでに性格も彼女によく似た子になってほしい。いや、ちょっと献身的過ぎるのは問題だ。それにあれほど優しいと王宮に住む化け物たちに太刀打ちできない。レオナくらい狡賢さを持ってほしい。
「可愛いな」
「はい……」
そう愛おし気に我が子を見つめる彼女の姿にレオナはまた愛おしさに溢れた。
* * *
翌日、朝の早い時間に病院に来る。するとタイミング的に授乳が終わったところのようだ。ベッドに赤ん坊を戻したジェマが「あらお早い」と目を丸くして驚いた。
「気になってな」
「ふふ。お仕事が手に着きませんか」
「まぁ」
そんなところだと言って赤ん坊が寝ているベッドを覗き込む。目を閉じて眠っている。そういえばもう目が開くようになったのか。
「瞳の色はお前と同じだろ?」
「あら。どうして?」
「なんとなく」
起こして見てみるかなんて野暮なことはしない。次に目覚めるときまで入ればいい。それでもちょっと触りたいなと思うけれどじっとまだ我慢する。
「レオナさん。そういえば坊やのお名前はどうしましょう」
「決めて来た」
「あれほどお悩みでしたのに?」
それはそうだ。初めて生まれてくる我が子。いい名前を贈りたい。そう思う自分にも驚いたがやっぱり変な名前と成長した子どもに言われたくない。
レオナのそんな思いに気づいているのかジェマは柔らかく笑う。とはいえ、彼女も同じくらい悩んでいた。
「お前が考えてくれた名前も含めて見当した結果だからな」
「はい。で、どのような名に?」
「ん」
ジャケットのポケットから四つ折りにした紙を取り出して差し出す。その紙をジェマは「まぁ」と言いながら受け取りまるでプレゼントを開く子どものように開いた。そして一秒、二秒、三秒と経って「よいお名前です」と一言囁いた。それに今度はレオナが慌てる。
「待て。その名前で本当にいいのか?」
「もちろんですわ。そもそも私もレオナさんもとっても悩んで付けた名前です。いい名前に決まっています」
「そんなもんか」
「そういうものです」
目尻を緩めながらジェマはベッドを覗き込みながら初めて赤ん坊の名前を口にした。
「あなたのお名前はラディよ。よろしくね」
こうしてレオナと愛した女の間に産まれた子はラディと名付けられた。
「王弟殿下」
「なんだ」
博物館での視察と謁見が終わった後に秘書はいつものように音もなく現れて声をかけてきた。すぐに返事をして次の仕事の書類を手渡すように手を差し出す。しかし、いつものように書類は手に置かれない。
なにしてんだ、とレオナが秘書を睨もうとする前に「公妃殿下」という単語を零す。この国で「公妃殿下」と呼ばれるのは一人だけ。レオナの伴侶となったジェマだけ。
「どうした」
すぐに手を引っ込め密やかに返せば秘書は冷静に「産気づかれました」と答えた。
産気づいたという言葉にレオナは息を飲んだ。一瞬の動揺をすぐに納め「主治医は」と返せば秘書は「すでに」と返し胸を撫で下ろす。
「臨月で出産日も近かったからな」
「はい。よって、これにより殿下のご予定を変更させていただきます」
「かまわねぇ」
返事をしてすぐに実践魔法で身に纏っていたスーツからラフな服へと着替える。それから足早に廊下を歩く。ちなみに、レオナはこのとき早歩き程度で考えていたが傍から見れば「競歩?」みたいなほどの足の速さだったらしい。その後を秘書が僅かに駆け足だったのは外に用意されていた車に着いた時だった。
「おい。大丈夫か?」
「いえ。これくらい、なんでも」
なんとか息を整えて平静を装うとは秘書の鏡だ。本当に優秀な男だ。秘書の立派な姿に感心しながら車に乗り込む。秘書も向いに乗り込みタブレットを開いた。
「本日予定していた重要な案件はほぼ終わりました。あとの用事は後日に予定を変更しても問題はないかと」
「予定変更は相手に連絡済みか」
「はい。すでに」
本当に優秀な秘書だ。きっと今タブレットで打ち込んでいるのは今後子どもが産まれたときに生じるスケジュールの変更を考えているのだろう。
これからレオナは育休にはいる。研究所の仕事はもちろん休みだ。公務もその間は重要な案件以外は外される。とはいっても、公務は基本重要なので外せるものは少ないが。
「まもなく宮殿に到着いたします」
仮住まいとしている宮殿。ジェマは宮殿の奥にある後宮で出産に体勢に入っている。
後宮での出産は別に王族の伝統ではない。これは厄介な動物の遺伝子に問題がある。他の獣人属は知らないがライオンの獣人属は他の〝雄〟に自分の番いである〝雌〟を取られたくない、また生まれてくる〝我が子〟を殺されたくないという本能を持っている。本来は安心安全に病院での出産がいいが夕焼けの草原の王族の男の多くはそれを望まない。
故に、宮殿の隣に産婦人科に特化した王立の病院があり、そこから女の医師や女の看護師が後宮に派遣される。さらに後宮の奥に病院にも負けない設備の施設が用意され、そこで王族に所属する女は出産する。そして、落ち着くまで後宮で過ごしようやく家に戻る。
「やっと家か」
もう少ししたら二人で住んでいた家に帰れる。もう一人増えた家族と。そう考える自自身の変化にレオナは一人心の中で笑んだ。
* * *
宮殿の後宮に駆け込んだレオナ。すでに陣痛の時間が短くなっていたジェマは分娩台へと移動していた。立ち会おうことを決めていたレオナだったがここでまさかの事案が発生した。
「だから言ったではありませんか」
「……」
王妃となった義理の姉に呆れられながら言われた言葉に喉を唸らせる。だが喉が鳴ると頬の痛みが強くなってすぐにやめる。また溜息が聞こえる。
「わたくしのときに立ち会ってくださったファレナを殴ったのを覚えているでしょ」
「笑い話にするくらいにはな」
「あなた自身に同じことが起きると考えなかったの?」
そう。レオナは分娩台のジェマを支えるぞと意気込んで分娩室に入った。しかし、気が立った彼女に力強い拳を頬に食らったのだ。ノックアウトしなかったが主治医に「出ていった方がよろしいです」と言われてあえなく外で待つことにした。
「ここで大人しく待っていなさい。それか呼ばれたらいきなさい」
「生まれる瞬間が見たい」
「ファレナのように二度食らってノックアウトしてもいいのなら」
「……待つ」
「よろしい」と言って王妃はレオナを差し置いて分娩室に入って行った。その背中を恨みがましく見つめながら尻尾を振った。
こうしてレオナは外で無力な夫として待つことになった。
外に締め出されて一時間が経った頃。頬の痛みは侍女が持って来た氷のお蔭で大分引いた。それでもまだなのかと尻尾を苛立ちに揺らしていると分娩室が開いた。あまりに突然の開門に驚く暇もなく年若い看護師が飛び出して来た。
「殿下! お産まれになりました!」
「ッ!」
みっともなく尻尾をビンとして立ってしまった。だが、そうは言っても居られない。レオナは看護師に近づく。
「ジェマは? 子どもは?」
「母子共に健康です! さぁ、中へ、中へ!」
意気揚々とした看護師に連れられるまま歩いていく。そこにすでに義姉の姿はなかった。だが、そんなことレオナは気にしてもいなかった。レオナの視線は産後の疲労色濃い顔ながら笑顔で我が子を抱くジェマと、生まれたばかりの子どもに釘づけだった。
「ジェマ……」
「レオナさん、元気な男の子ですよ」
彼女の腕の中にはまだまだ人間らしさの薄い赤ん坊。目もまだ開いていないのに生きているというのが分かる不思議な存在。そんな存在にレオナは柄にもなく感動する。尻尾を歓喜に揺らしながら丸くて小さな顔を見つめる。
「お前に似てるな」
「そんなまだこのような段階で」
「いや、そっくりだ」
レオナに似るよりもそっちがいい。それに男は女親の方に似るとも言う。ついでに性格も彼女によく似た子になってほしい。いや、ちょっと献身的過ぎるのは問題だ。それにあれほど優しいと王宮に住む化け物たちに太刀打ちできない。レオナくらい狡賢さを持ってほしい。
「可愛いな」
「はい……」
そう愛おし気に我が子を見つめる彼女の姿にレオナはまた愛おしさに溢れた。
* * *
翌日、朝の早い時間に病院に来る。するとタイミング的に授乳が終わったところのようだ。ベッドに赤ん坊を戻したジェマが「あらお早い」と目を丸くして驚いた。
「気になってな」
「ふふ。お仕事が手に着きませんか」
「まぁ」
そんなところだと言って赤ん坊が寝ているベッドを覗き込む。目を閉じて眠っている。そういえばもう目が開くようになったのか。
「瞳の色はお前と同じだろ?」
「あら。どうして?」
「なんとなく」
起こして見てみるかなんて野暮なことはしない。次に目覚めるときまで入ればいい。それでもちょっと触りたいなと思うけれどじっとまだ我慢する。
「レオナさん。そういえば坊やのお名前はどうしましょう」
「決めて来た」
「あれほどお悩みでしたのに?」
それはそうだ。初めて生まれてくる我が子。いい名前を贈りたい。そう思う自分にも驚いたがやっぱり変な名前と成長した子どもに言われたくない。
レオナのそんな思いに気づいているのかジェマは柔らかく笑う。とはいえ、彼女も同じくらい悩んでいた。
「お前が考えてくれた名前も含めて見当した結果だからな」
「はい。で、どのような名に?」
「ん」
ジャケットのポケットから四つ折りにした紙を取り出して差し出す。その紙をジェマは「まぁ」と言いながら受け取りまるでプレゼントを開く子どものように開いた。そして一秒、二秒、三秒と経って「よいお名前です」と一言囁いた。それに今度はレオナが慌てる。
「待て。その名前で本当にいいのか?」
「もちろんですわ。そもそも私もレオナさんもとっても悩んで付けた名前です。いい名前に決まっています」
「そんなもんか」
「そういうものです」
目尻を緩めながらジェマはベッドを覗き込みながら初めて赤ん坊の名前を口にした。
「あなたのお名前はラディよ。よろしくね」
こうしてレオナと愛した女の間に産まれた子はラディと名付けられた。
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