金吾受
今日くらいいいでしょ
雨林 は兄の金吾と違い母によく似た顔を膨らませていた。
普段はわがままも言わない良い子の雨林だが今この時ばかりは状況が違った。
久々に剣豪になるために諸国旅をしている兄金吾が帰って来たのだ。雨林がすでに産まれたときには忍術学園という遠いところに通っていたためあまり顔を合わす機会がなかった。
だが、雨林はたまにしか帰ってこない金吾によく懐いた。また、金吾も帰ってくるたびに土産話をしては雨林を可愛がってくれた。
そして、待ちに待った兄の帰りに雨林は文が来てから居てもたってもいられず学問に、稽古に身が入らなかった。何度父や世話役に怒られたことかと雨林は弱い七歳にて自身を恥じたが幼い彼はやはり落ち着き治せなかった。
だというのに、雨林の機嫌は下降を辿っている。
「ん? 雨林。そんなに頬を膨らませてどうした?」
ツンツンと突いてくる金吾の無骨な指を雨林は掴む。
「兄上! 兄上は帰って来てからずっと平太さんとばっかりです!」
さらに頬を膨らませながら目を丸くさせる金吾に訴える。そして、これでもかと傍に居る平太を睨み付ける。
暗そうな顔をしている癖に体術は稽古役より強い。身長も兄の金吾より高く、なにより体格も立派だ。顔だって端正な兄と並んでも遜色のない男前だ。
兄と共に諸国を旅していると言う平太もとい下坂部平太は皆本家の忍びとなった兄の護衛役だ。剣術では右に出る者がいないのではないかというほどの強い兄と肩を並べる。
何もかも遠く及ばない男は雨林からすれば敵にしかならない。
「平太さんとは、ずっと一緒に旅しているのでしょう。なら、家にいるときだけでもぼくに構ってください」
指を離した雨林は金吾に抱き着く。
「おお、平太! あの我儘も言わない雨林が私に我儘を言っている!」
「まったく、金吾は何に感動しているの」
何かに感動する金吾と呆れを含んだ平太の声が耳に届く。それだけでも気安い間柄だというのが雨林にはたまらなく悔しくなる。
「ずるいです。ずるいです。ずっと、平太さんが独り占めしているのに、ぼくはだめなんですかぁ」
大好きな兄と話がしたい、稽古がしたい、共に食事をして添い寝をしてほしい。春にしか帰ってこない兄にべったり甘えたいのだ。
雨林は金吾の腹に抱き着いたままじっとりとした視線を涼しい顔をさせている平太に向ける。
「いいですよね。平太さん、兄上と二人きりになるの」
子供ながらに金吾と平太の間柄が友人とも主従とも別にあることを何となく悟っている。
半目で見つめていれば平太の唇が微かに上がる。
「別に僕は構わないさ。何せ雨林くんが言う通りずっと一緒だったし」
平太の言い方が妙に雨林の癪に障る。余裕綽々に見える平太に雨林が金吾の膝から起き上がる。
「決めました! 兄上は今日ずっとぼくと一緒です! 平太さんは接触禁止!」
拳を掲げて宣言する雨林に睨み合っていた平太も成り行きを見守っていた金吾でさえ口をぽかんと開けた。
それに満足した雨林はフンと鼻息を鳴らして金吾の手を小さな手で握る。
「さ。兄上、行きましょう!」
「え、ちょ、へ、平太!」
「ダメです! 兄上も今日は平太さん、禁止です!」
「ちょ、雨林」
「さぁ。兄上行きましょう!」
戸惑う兄を引っ張り連れ出す。
引っ張りながら雨林は金吾の後ろに座る平太をもう一度睨む。
「今日は兄上を渡しません!」
2025.08.02 サイト再掲にともない改題
普段はわがままも言わない良い子の雨林だが今この時ばかりは状況が違った。
久々に剣豪になるために諸国旅をしている兄金吾が帰って来たのだ。雨林がすでに産まれたときには忍術学園という遠いところに通っていたためあまり顔を合わす機会がなかった。
だが、雨林はたまにしか帰ってこない金吾によく懐いた。また、金吾も帰ってくるたびに土産話をしては雨林を可愛がってくれた。
そして、待ちに待った兄の帰りに雨林は文が来てから居てもたってもいられず学問に、稽古に身が入らなかった。何度父や世話役に怒られたことかと雨林は弱い七歳にて自身を恥じたが幼い彼はやはり落ち着き治せなかった。
だというのに、雨林の機嫌は下降を辿っている。
「ん? 雨林。そんなに頬を膨らませてどうした?」
ツンツンと突いてくる金吾の無骨な指を雨林は掴む。
「兄上! 兄上は帰って来てからずっと平太さんとばっかりです!」
さらに頬を膨らませながら目を丸くさせる金吾に訴える。そして、これでもかと傍に居る平太を睨み付ける。
暗そうな顔をしている癖に体術は稽古役より強い。身長も兄の金吾より高く、なにより体格も立派だ。顔だって端正な兄と並んでも遜色のない男前だ。
兄と共に諸国を旅していると言う平太もとい下坂部平太は皆本家の忍びとなった兄の護衛役だ。剣術では右に出る者がいないのではないかというほどの強い兄と肩を並べる。
何もかも遠く及ばない男は雨林からすれば敵にしかならない。
「平太さんとは、ずっと一緒に旅しているのでしょう。なら、家にいるときだけでもぼくに構ってください」
指を離した雨林は金吾に抱き着く。
「おお、平太! あの我儘も言わない雨林が私に我儘を言っている!」
「まったく、金吾は何に感動しているの」
何かに感動する金吾と呆れを含んだ平太の声が耳に届く。それだけでも気安い間柄だというのが雨林にはたまらなく悔しくなる。
「ずるいです。ずるいです。ずっと、平太さんが独り占めしているのに、ぼくはだめなんですかぁ」
大好きな兄と話がしたい、稽古がしたい、共に食事をして添い寝をしてほしい。春にしか帰ってこない兄にべったり甘えたいのだ。
雨林は金吾の腹に抱き着いたままじっとりとした視線を涼しい顔をさせている平太に向ける。
「いいですよね。平太さん、兄上と二人きりになるの」
子供ながらに金吾と平太の間柄が友人とも主従とも別にあることを何となく悟っている。
半目で見つめていれば平太の唇が微かに上がる。
「別に僕は構わないさ。何せ雨林くんが言う通りずっと一緒だったし」
平太の言い方が妙に雨林の癪に障る。余裕綽々に見える平太に雨林が金吾の膝から起き上がる。
「決めました! 兄上は今日ずっとぼくと一緒です! 平太さんは接触禁止!」
拳を掲げて宣言する雨林に睨み合っていた平太も成り行きを見守っていた金吾でさえ口をぽかんと開けた。
それに満足した雨林はフンと鼻息を鳴らして金吾の手を小さな手で握る。
「さ。兄上、行きましょう!」
「え、ちょ、へ、平太!」
「ダメです! 兄上も今日は平太さん、禁止です!」
「ちょ、雨林」
「さぁ。兄上行きましょう!」
戸惑う兄を引っ張り連れ出す。
引っ張りながら雨林は金吾の後ろに座る平太をもう一度睨む。
「今日は兄上を渡しません!」
2025.08.02 サイト再掲にともない改題
5/9ページ