金吾受

きみのために生きられるのならば



「平太って、金吾のこと好き?」
「え……」

 同じように汗を拭う喜三太の何気ない問いに平太は目を見開く。
 なにせ、彼はまるで今日の昼飯は何だろうねというように軽やかに問いかけてきたのだから。

「ねぇ。だから。金吾が好き?」

 再度訊いてくる彼の猫を思わすような表情もいつもと変わらない。
 その表情は相変らず読めない。学年を追うごとに喜三太の表情は誰よりも読めなくなった。組が違うからかもしれないが、一年のときから同じ委員会なのに彼の考えは全く平太には解らない。
 けど、彼の目が探るようにものなのは上級生となった平太が解らないということはない。
 一度唾を飲んで乾いてしまった喉を潤してからゆっくりと平太は口を開いた。

「うん。友達として好きだよ」
「違うよ。僕は、金吾のこと好いているのかどうか訊いているの」

 眦が微かに上がって苛立ちを微かに含んだ喜三太の問いに平太の心臓が跳ねる。この顔を見たら幼い自分はチビっていたに違いない。それほど今の喜三太の雰囲気は重苦しい。
 詰まった息を吐き出し平太は手拭いで顔を拭う。そして、何でもないように話しを続ける。

「別に僕は金吾のことそういった意味で好きではないよ」
「何それ~。僕ははっきりとした答えがほしいんだけどぉ」
「……そもそも何で喜三太は僕が金吾のことを慕っていると考えているの?」

 逆に平太は問いかけた。
 まるで平太の気持すべてが解っているような物言いが微かに気に障ったからだ。決めつけるような言い方は好かない。

「……僕と同じだからだよ」

 小首を傾げる喜三太の姿は幼い頃であれば愛らしいものがあった。しかし、自身と同じくらい長身の喜三太にされても今の平太は愛らしさを感じられなかった。
 何しろ。彼の猫のような目が冷たい。あれは友人を見る目ではない。寧ろ、敵を見る目に近い。いや、厳密に言えば恋敵を見るだろう。

「僕と同じ。憧れとかではないよ。僕と、僕と平太の金吾を見る目は同じ。好きな人を見る熱い目。間違いない」

 そうでしょ、と言う喜三太の目がしなる。
 平太の眉間に皺が寄る。何でも見透かした目は嫌いだ。
 手拭いを強く握って平太は正面から喜三太を見据えた。

「もしかして、今日の鍛錬の誘いってこの話のため?」
「半分はね。もう半分は純粋に体術で平太とやり合いたかったから」

 ほんと強いよねという喜三太は純粋に賞賛してくれているのだろう。しかし、微かにその言葉に悔しさが滲んでいる。
 一体、喜三太は何をどうしたいのだろう。平太は逡巡する。

「で、さぁ。平太、僕の質問にまだ答えてくれてないんだけど。僕、気長くないんだ。はぐらかすのもいい加減してくれる」

 にんまりと微笑む口に背筋に悪寒が走る。
 暫し、平太は喜三太と睨み合う。そして、平太は観念したとでもいうように吐息を零して視線を逸らす。

「そうだ、と答えれば気が済む?」
「……ちょっと釈然としない。はっきりと言って金吾のこと好き?」
「ああ。好きだよ。これでいいだろ」
「いつから?」

 理由まで話さなければいけないのかと不快さに平太は眉を寄せる。

「だって、金吾と平太って上級生になるまでほとんど接点ないじゃない。あ、僕っていう接点あったね。でも、それだけで平太が金吾を好きになるのってすぅごく不思議でしょうがないんだよねぇ」

 なんで、と軽く聞いてくる喜三太に平太は苛立ちを募らせながら口を一文字に結ぶ。

「あれ? 話す気なし?」
「答える義務もない」

 そっけなく言っても喜三太はきっと解放してくることはないだろ。
 彼の好きなものはナメクジ以外に金吾しかない。は組も学園もきっと大切に想っている喜三太だろうが彼の一番はいつも金吾だ。金吾が一等大切で愛おしいのだ。二人の絆は彼の組の絆の様に特別などと考えるだけで何度胸が痛んだろうか。
 特別な人、愛おしい人。故に、悪い虫が金吾に近づくのが許せないのだ。そして、自分から離れないようにしたいのだろう。
 平太はゆっくりと喜三太を見る。いつものような表情を浮かべていながら空気が刺々しい。わざとそうしているのかはたまた金吾のことに関しては忍びということも忘れるのだろうか。
 ほくそ笑みながら平太はしっかりと向き合う。

「それより、喜三太。いやに僕に突っかかるじゃないか。もしかして金吾が僕に懸想しているのか?」
「っ、そんなわけない!」

 微かに強張る表情に平太は優位に立った気がした。いや、ここで驕ってはいけない。
 平太は、相変わらずろ組特有の陰のある表情で話す。

「そう。まぁ、そう都合よく好きになるわけないか」
「そ、そうだよ」

 あからさまに動揺する喜三太に平太は若干心配になる。
 少し揺さぶられたくらいで動揺するなんて忍びとして如何なものかと。
 それだけ喜三太の中の金吾の位置が大きいのだと重いんがら平太は腕を組む。そして、しっかりと喜三太を見据えた。

「喜三太。いつ好きになったかなんて些末なことだと僕は思う」
「……それはさっきの僕の問いの答え?」
「ああ。いつかなんて忘れた。接点も確かにほとんどなかったよ。でも、だからといって好きになってはいけないなんて決まりはない。そうだろ?」

 違うか、と目で問えば喜三太は唇を噛んで視線を初めて逸らした。
 平太は、これでこの話題は終わりだというように息をついて踵を返すと――。

「そうかもしれない。けど、ならさ、隠してよ」
「は?」

 低い声で発せられたそれに平太はきつく眦を吊り上げて振り返る。そして、目を見張った。
 そこには、普段の朗らかな表情をそぎ落とした喜三太がいたからだ。
 眉間に深く皺を刻み、猫目をつり上げ、口元が真一文字になっている。何より、瞳が暗闇のような色を宿している。
 一瞬飲み込まれそうになりながらも平太は持ちこたえて睨みつけた。

「どういうこと?」
「だから、言っているじゃない。隠してよ。好いているってことが解らないように隠してくれる。そうすればあの子鈍いから絶対に気づかない。だから、隠して。徹底的に隠してちょうだい。想いも告げる気ないでしょ。なら、隠して、隠せよ!」

 最後の叫びはまるで喜三太らしくない。いや、幼い頃の喜三太なららしくもないだろう。だが、独占欲を強めた男となった喜三太の本性なのかもしれない。
 平太は瞬きして小さく息をつく。

「僕は隠しているつもりだよ。案の定、誰にも気づかれていないだろ」
「っつ! なら、もう捨てろよ! どうせ告げる気なんてないんだろ! なら捨ててしまえよ!」
「お前、何様のつもりだ! 隠せだの捨てろだの! 喜三太にそこまで言われる筋合いはない!」

 他人に自分の気持ちまで決めつけられたくない。勝手に決めないでほしい。
 平太は普段出さないほどの荒い叫び声を上げて喜三太に殺気を飛ばす。同じように喜三太から殺気が飛んでくる。
 瞬く間に二人の周りは重苦しい空気が吹き荒れていると――。

「二人ともどうしたの?」

 重苦しい空気を割くように柔らかな声が通る。
 平太と同じように喜三太も声がかけられた方を向く。そこには困ったように笑みを浮かべる同じ委員会のしんべヱがいた。

「二人ともなかなか委員会に来ないから探していたんだ……なぁに、その顔は二人して怖い顔してどうしたのさ」

 普段と変わらない柔らかな声に平太は身体の力を抜く。それは喜三太も同じようで殺気が消えている。

「喜三太と平太が喧嘩って珍しい。でも、やりすぎだよ。ここは四年生や五年生も使う場所だ。最上級生の僕らが殺気撒き散らしいい場所じゃない」

 窘めるような言葉に平太はごめん、と囁く。横からも同じ謝罪の声が聞こえた。

「うん。解っているならいいよ。じゃ、委員会って言いたいけど二人は無理そうだね。下級生が困っちゃうから今日の委員会は中止にしようか。急ぎの様子もないしね」

 暗に頭を冷やせ、と言いたいのだろう。正直に言えば喧嘩を売って来たのは喜三太なので怒られる筋合いはないと思いたい。だが、その喧嘩を買ったのは紛れもなく平太なので反論することもできない。実際、頭に血が昇っているのだから。

「わかった。迷惑かけた」
「はにゃ~。しんべヱ、ごめんねぇ」
「ふふ。なら、今度お団子でも奢ってねぇ~」

 そして、しんべヱは手を振って格納庫の方角へと歩いて去っていった。きっと、委員会の中止であることを伝えに行くのだろう。
 平太と喜三太の間に沈黙が流れる。
 このまま喜三太が何も言わないのならば帰ってもいいだろうかと考えていると。

「ごめん。さっきは言いすぎた」
「いや。僕も怒鳴り返してごめん」

 謝罪をするも二人とも視線を合わせない。
 再び降りた沈黙にいよいよ平太は去ろうと足を動かすと――。

「お願い、平太。その想いはどうにか決着つけて」

 まだ、言うかという喜三太の方を見るといやに真剣であった。そして、ふと彼は儚く微笑んだ。

「僕は、金吾が好き。大好き。愛しているって言えるくらい。けど、あの子は武家の嫡子だからどうにもならない。もちろん、僕も武家だよ。でも家は兄が継ぐから心配いらない。だから、僕は彼だけのものになるって決めたんだ。彼の傍に僕は生涯『影』でいることにした」

 平太は息を呑んだ。それは、つまり、金吾の忍びになるということだろう。
 しかし、平太はそのようなこと露と考えていなかった。ただ、この暖かくも汚らしい欲を孕んだ想いを生涯大事にしていきたいとだけしか考えていなかった。
 告げるつもりもない想いを喜三太のような「形」にすることなど考えていない。

「……告げない想いなら捨てろってこと?」
「うん。その方が隠すより僕はいいと思う。楽だろうしね」

 神妙な顔で頷く喜三太に平太は奥歯を噛んだ。
 他人に自分の気持ちを決められるのは嫌いだ。故に、喜三太の発言はやはり納得がいかない。平太は半眼になって喜三太を睨みつける。

「まぁ、平太は自分の想いを墓場か消えるまで大切に閉まっておこうと思っているみたいだね」

 神妙な表情を一転とさせていつもの表情に喜三太は戻った。

「平太。卒業まで半年を切った。もうすぐ冬が来るよ。決着つけときなよぉ~」

 じゃ、と手を上げて足元に置いてあったナメ壺を抱えて喜三太は背を向けて去っていった。
 これぞまさに言いたいことだけ言っただけと言うやつだろうか。
 平太は肩を落として井戸に両手をつく。
 組んだ桶の中の水には複雑な顔をした自分自身が映っている。

「どうしろってんだよ」

 年季の入った片想いなのだ。簡単に決着がつくはずもない。平太は顔を苦悶に歪めたのだった。



2025.08.02 サイトに再掲
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