乙女の誕生
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乙女の初恋紡ぎ
ウィンターホリデーの終わり近くにエースくんと出かけた日からワタシはおかしい。最初は気にしないでいられたし気にしない方がいいって思っていた。けど、どうにも最近その気にしないでいられた感情に振り回され始めている。
だって、最近、些細なことでも何でもエースくんに伝えたくてついメッセージを送ってしまう。あまりにも些細なことに慌てて謝罪することが連日続いた日さえある。それでもエースくんは優しいから気軽に答えてくれる。調子が良くて、口もよく回る悪知恵もきっと働くんだろうけど、優しい。本人は否定するかもしれないけれど優しい男の子。
仲良くなれば仲良くなるほどもっと仲良くなりたいって思う。でも、ワタシは女の子だからきっとデュースくんたちのようになることはできない。ワタシも男の子だったらもっとエースくんと仲良くなれたのか。
「どう思いますか?先輩 」
直属の先輩 に課題を教えてもらうついでに訊ねる。それに先輩 はツンとした美しい顔で甘そうな唇を開いた。
「さぁ。わからないわ。でも、そうね。なれなかったか可能性もあるんじゃない」
先輩 の答えに落ち込む。確かに、ワタシ自身男の子だったら何も楽しくないし面倒くさいかもしれない。流行りにも疎いし、そもそもワタシが男の子だったらエースくんと接点なんてできなかったかもしれない。
「そんなに落ち込む?」
「はい……だって、エースくんとはとっても仲良くなりたかったので」
「あら、まぁ、そうなの?」
こくと首を縦に動かすと先輩 は猫のように微笑んだ。何だか面白がっている様子の先輩 を見かねたもう一人先輩 は優雅にティーカップを置いて窘めた。
「こら。あまり苛めないの」
「苛めてなんかないですわ。先輩 」
「まだルル自身が自覚していないことを弄るんじゃありません」
「ふふ。ごめんなさい」
先輩 二人のやり取りにワタシはパチパチと瞬きを繰り返す。
「どういうことですか」
「ほら。先輩 、この子ヒントがないと一生このままよ」
苦笑を浮かべる先輩 にワタシはもうひとりの先輩 を見やる先輩 は上品に微笑んだ。
「ルルはまだ〝恋〟したことがないのかしら?」
上品で美しい顔立ちの先輩 はもう一度ティーカップを取って綺麗な唇を口づける。本当に所作の綺麗な方。ワタシもそうなりたいなと思いながらペンを置く。
「恋、たぶんないです……ワタシはエースくんに恋しているんですか?」
「あたしから見たらそう見えるけど」
「私も、けれど貴方が違うというのならば違うわ」
違う、とすぐに口から出なかった。彼は〝友達〟ですってすぐに言うことができなかった。それよりも脳内で〝恋〟という単語が反芻されるたびに身体がほわほわしていく。まるでそれが正解とでも言うように。
「わからないって顔ねぇ。ま、初めてかもしれないんだからそうなるか」
「そうね。だから、貴方が決めなさい」
「はい……」
綺麗な先輩 は微笑ましいといったように頬を緩めていた。その顔を見つめながらもワタシは答えを掴みかねていた。
* * *
ワタシ抱くエースくんへの感情が〝恋〟なのではと言われてからずっと考えていた。そもそも恋がわからないワタシが考えて答えがでるものなのか。できれば他の人に聞かないで自分自身で見つけ出したいとお昼ひとりぼんやりしているとスマホが鳴る。
「あ、エースくん!」
画面に表示された名前にほわっと心臓が跳ねてすぐに電話に出る。
「こんにちは。エースくん」
『お~う、ルル、久しぶり』
「久しぶりって、」
疲れ切った声のエースくんに苦笑を零す。総合文化祭で開催されるVDCの合宿で相当身体と精神を酷使しているようだ。
ワタシは足をプラプラさせながら滅多にないお昼のエースくんの声に耳を傾ける。確かに疲れているけれどやっぱりエースくんはエースくんだ。だのに、何故かワタシも久々な気持ちになっていく。
「そういえばずっとメッセージだけのやり取りだったね」
『そーね。ずっとオレ時間なかったし』
「ということはもう一息ついたの?」
『まさかっ! 全然まだまだっ!』
学校終わったら練習というエースくんに「頑張って」としかありきたりな言葉しかかけられない。もう少し捻った言葉がかけられればと思うんだけれど、エースくんは『おう!』なんて元気な声で返してくれた。そういうところ優しいと思うし、なんか嬉しくなる。
「エースくんは優しいね。そういうところ好き」
『え?』
思ったままを言ったらエースくんの固い声が聞こえた。ワタシはすぐにどうしたんだろうって考えたけれど――サァって血の気が引いた。今、ワタシ引かれたんじゃないかな。
「あ、ぁ、あの、今のは深い意味ないの! 好きは好きでも友達って意味なの!」
必死に、必死に、誤解、誤解なの、と言い続けたら『落ち着けよ!』といつものエースくんの声が聞こえた。それに少し安心して、苦しかった。
「エースくん、あのね」
『だいじょーぶだって! お前がそういう意味で言ってないの、わかってるって』
『大丈夫だから』という優しい声にワタシは気づく。本当は誤解でもなんでもなくて深い意味がしっかりあった。ワタシはエースくんが〝好き〟なんだ。ようやく先輩 の言うことがわかったけれど、どうしようもなく悲しくなった。
もしエースくんに想いを告げても冗談だと間違いだと受け入れてもらえないこと。もし本当に好きだと気づかれたら受け入れてくれる可能性が低いこと。
気づくと途端に胸が苦しくて痛かった。
『ルル? どーしたよ?』
「ぅ、ううん。何でもないよ」
何とか明るい声を出して返す。これ以上エースくんに変な気を遣わせたくなかった。
「VDC頑張って、ワタシも応援しているから」
『おう! ぜってー優勝してみせっから!』
「うん!」
ワタシは初めてした恋をこれからもてあますことになった。
* * *
「チケット、手に入らなかった」
当日券も結局買えずにワタシは肩を落とす。とても人気な人が出るとは知っていたけれどこんなに手に入らないものとは思わなかった。
「配信もあるって言ったしそれ見ようかな」
その頃には先輩 の発表も終わっているし、出店で軽食でも買ってゆっくり休憩室で観よ――。
「ルル!」
「わっ」
トンと叩かれた肩に必要以上に驚いてしまった。恥ずかしくなりながら大好きな声に振り返る。
「エースくん?」
「よッ!」
「元気?」なんて訊いてくるエースくんにワタシの心臓は暴れ狂った。恋をしていると気づいてから電話をするときも心臓がうるさかったけれど今はそれより酷い。身体の熱も上がってきている気がする。
今までどうしていただろうか。もう思い出せない。とりあえず赤くなる頬を髪の毛で隠しながら「元気だよ」と返す。ああ、やだ、今更変な女の子って思われそう。
「ほんとかよ。つか、こんなとこで、どーしたよ」
「ぇっと、チケットの当日券を買いに来たんだけど……買えなかったの」
「チケットって、VDCのかよ?」
「ぅん。今回のチケットすごいんだね」
自分の行動力の遅さを笑っているとエースくんが「あ゛~」という声を出す。それからジャケットの内ポケットを漁り出して――。
「これやる」
「え」
渡されたのはVDCと書かれた紙。その紙とエースくんを交互に見ると眉を寄せて「あーもう!」と無理矢理に握らせられた。その瞬間触れたエースくんの手にまた身体の熱があがった。素手の方のエースくんに気づかれていないといいけれど――それより。
「これってVDCの?」
「そう。関係者席」
「え!」
ワタシがそういうチケット貰っていいの。そんな考えが伝わったのかエースくんは首を掻きながら「別にいいよ」とそっぽ向いて言った。
「お前、俺のカッコイイ姿みてぇんだろ!」
「う、うん。観たい、すごく」
「なら貰っとけよ」
白い頬を赤くさせるエースくんにやっぱり心臓がドキドキする。
「ほんとうにいいの?」
改めてしっかりと両手でチケットを大切に掴む。
「いいから渡したんじゃん」
「うん……ありがとう、何があっても観に行くね」
「おーげさな。ま! オレが優勝する姿も見たいなら絶対に来いよ」
いつものお調子者然に言うエースくん。その姿にワタシも笑う。
「フフ。カッコイイ姿見せてね」
そんなことしなくてもどんな姿でもカッコイイけれど。ちょっと勇気を出して言ってみる。エースくんは一体どんな顔をしているかそろっと見上げれば。
「あ、あ~、ま! 楽しみにしてろよ!」
顔をさっき以上に真っ赤にさせる予想外の反応に目を瞬かせる。
「エースくん、大丈夫?」
「大丈夫だし! つか、練習あるからオレ行くな!」
んじゃ、と顔を赤くさせたまま背を向けて走り去ってしまった。瞬く間に人混みに消えていくエースくんにワタシは引き留めることも出来ずに呆然と見送った。
「あ、また次会ったらお礼しよう」
へへ、と一人で笑ってチケットを大切にジャケットに入れた。
* * *
盛大な歓声と動揺をアレンジした可愛らしい音楽がすべてすり抜けていく。色とりどりの紙吹雪が舞い散る中ワタシはただ一人の男の子を見つめる。そして、ワタシは一人決意し席を立ち上がりステージに釘づけの観客に背を向けた。
関係者席のチケットを貰ってもワタシは関係者ではない。だから、じっと関係者が出て来る出入り口で待とうとしたんだけど――。
「す、すごい」
人混みだった。というか、押し掛けた人々によって規制線出来ていた。これだとエースくんが出てくるのを待てない。どうしようかな。
どうすれば確実にエースくんに会えるかと考えあぐねていると傍の女の子たちの会話が聞こえてきた。その中で女の子の一人が「ナイトレイブンカレッジの赤毛の男の子かっこよかった」と言った。
ワタシは「え」と小さな声を零した口を慌ててキュッと閉じて聞き耳を立てる。こういう盗み聞きするのはいけないとことだとわかるけれど気になる。
「まだ可愛さが残っていたけどすっごく好きな顔~」
「だから、ここで出待ちしてんでしょ」
「そ。できたら声かけたいなぁ」
ドキドキとする心臓。やっぱりエースくんは他の女の子から見てもカッコイイんだ。ワタシの目に映るだけじゃないんだ。改めてとても素敵な男の子に恋したことを確認したところだけど。どんどんモヤモヤしていく。
もし、もし、ワタシより先に女の子がエースくんと会ったら。さっきちょっと見たけれど愛らしい女の子だった。エースくんのことだからあっさりデートの誘いに乗っちゃうかもしれない。
イヤだなって思うことはいいことなのだろうか。だって、ワタシ、エースくんの恋人じゃないもの。恋人ならどんな人に嫉妬してもいいけれどワタシ違う。ただ、エースくんが好きなだけ。だから、こんな生意気なこと思ってしまっていけない。
ギュッとブレザーの襟を掴んで耐えているけれどこれ以上聞きたくなかった。
ワタシはエースくんに会う目的を果たせずその場をそっと去った。
「どうしようかな」
途方にくれながら学園内のベンチに座る。まだエースくんにも会えないまま先輩 のいるところに戻ることなんてできない。
できればエースくんに直接「一番カッコよかった」というのを伝えたかった。メッセージで送ることもできたけれどやっぱり直接伝えたい。
「いまどこにいるんだろう……」
「それってオレのことだったり?」
影が出来ると同時にかけられたからかいを含んだ声に顔をあげる。
「エースくん……」
「ぷはっ。また迷子みたいな顔してんね」
途方に暮れていたから迷子は迷子なのかもしれない。
「迷子だったのかも」
「え゛、マジで?」
ギョッと目を剥くエースくん。けど、次の瞬間にはワタシの手にあるスマホを指さして「それ持って?」と怪訝な顔をして言う。
ワタシは両手で握ったスマホを胸の前に掲げて「うん」と頷く。だって、連絡取る手段に使えなかったから。
「これ使えるかわからなかったの」
「充電切れたとか?」
「ううん。そうじゃないんだけどね」
「……じゃーどーしてよ」
よっと、という具合に隣に座るエースくんに静かだった心臓が逸る。今までこの距離でも全然平気だったのに。やっぱり自覚するとこの距離でも大変なんだ、恋って。
「おーい。ルル?」
「あ、ごめん」
「別に? で、お前は誰探してたのよ」
エースくんを見れば膝に肘を乗せてワタシの顔を覗き込む。猫のような瞳が興味深そうにワタシをまじまじと見つめる。その視線にドキドキしながら答える。
「もちろん、エースくんだよ」
猫の瞳がパチパチと瞬くとにんまりと下がる。
「そー。んじゃ、何の御用でしょうか、お嬢さん」
「ふふ。なぁにその言い方」
ふざけた言い方をするエースくんに笑うけれどすぐに飲み込む。それにしても以外に「カッコイイ」って本人に言うのって気恥ずかしいけれど頑張って口にする。
「カッコイイ姿、バッチリ見たよ」
「すごくかっこよかった」と付け足すとにんまりとしていたエースくんの表情が変わる。
飄々とした顔は瞬く間に照れくさいと言わんばかりに頬を赤く染めた。こっちに向けていた猫の瞳もバツが悪いと逸れていく。
「あ~、ま、でも負けたし」
「準優勝だったけれど」
「満足できっかよ!」
一票差で負けたんだぜ、と言って髪の毛を掻きむしる。よっぽど悔しかったのだろう。
「あ~、まだハイホーって頭の中で回ってるくらいだ!」
いぃ~と呻くエースくんにワタシは首を傾げる。
「そんなに頭に残る?」
「残る! つか、ルルは残ってねぇの?」
怪訝なエースくんに頷く。
「うん。確かに可愛い曲だったなぁっていう感じかな。それよりエースくんたちの方が印象に残るかなぁ」
メロディは確かに頭にあるけれどクルクル回ることはない。あ、でも思い出したら鼻歌を歌いたくなる曲な感じもしなくない。それでもワタシはエースくんたちのパフォーマンスが好きだった。
「ワタシはエースくんたちの方が好きだよ」
「……同情じゃねぇよね」
「違うよ! エースくんも、皆もとってもカッコよかった」
告げれば今度は複雑そうな顔をする。それから首に手を当てて傾げる。
「別にオレだけでよくね?」
「ん? もちろん、エースくんが誰よりも一番だったよ」
一番輝いていたと言えばまた白い頬が赤く染まる。まるで林檎みたい。
「あ~、ありがと」
「ふふ。ほんとうのことだから」
言えてよかった。引かれなくてよかった。伝わって嬉しい。安心とほわほわしたものに身体が包まれていく。このまま告白したらどうだろうか。
驚く? それとも冗談って笑い飛ばされちゃうかな。でも、今ならワタシ言える気がするの。独りよがりだってわかるけれど今言える。
「……もうすぐ鏡も閉じちまうな」
「ぁ、うん」
立ち上がるエースくんに合わせて立ち上がって隣の彼を見上げる。同じくワタシを見下ろすエースくんの赤い猫みたいな瞳。夕焼けの輝きを受けているせいかいつも以上に輝いているように見える。とても綺麗。その美しさに魅せられたのかもう心が決まっていたからだろうかワタシの口が勝手に動き出す。
「エースくん。ワタシ、アナタのこと男の子として好き」
瞬間わけもなく吹き抜ける風に髪の毛が煽られる。
「わわっ」
顔にかかえる髪の毛にはためくスカートの裾を抑える。それでも風は強くてまるで魔法で巻き起こされているみたいだ。中々止まない身体が押されかけたときだった。
ぐいっと腕を引かれて――何かに守られるように風が遮られた。
「え、エースくん?」
「ん、なに」
素っ気ない声をしていたけれど見上げたエースくんの顔は首まで真っ赤だった。パチパチと瞬き呆然と見つめる。
「真っ赤、だよ」
「うるせぇ」
言ってギュッとワタシの身体はエースくんの身体にさらに密着する。まるで見せもんじゃないと言われている気がする。シトラスの匂いとケーキやお菓子の甘い香りが交じるのはエースくんの匂いなのかな。ドキドキすると胸の鼓動でさっきの告白を思い出す。
「エースくん、さっきの告白聞こえていた?」
「…………聞こえてたわ」
ギュッと抱きしめられていた身体の拘束が解かれた。そっと離れるエースくんの身体。風はもうなくエースくんは乱れた髪の毛を整え出す。
「あの、エースくん」
「ああ~、急かすなし」
せっかく整えた髪をまた乱すエースくんは顔を赤らめたまま「もう少し」と言う。
「もう少し待ってくれねぇか」
「え?」
どういう意味と見れば困惑に眉を下げる。
「迷惑じゃねぇんだけどもう少し……時間くれね?」
前向きなようで後ろ向きな答えにワタシは戸惑う。告白というのはすぐに返事を貰うものではなかったのか。初めて知った。でも、ワタシだってもしかしたらすぐに返事できないかもしれない。
「ごめんね。迷惑かけたね」
「ちげぇよ。オレの問題……けど、明日、明日には返事するわ」
「ぇ、」
早さに思わず眉を下げる。そんな無理して返事を貰うつもりはないけどこれが丁度いいのかもしれない。
「明日……またこの時間にここで返事するよ」
だからもう少し時間をくれ、といういつになく真剣な眼差しのエースくんに頷く。
「うん。待ってる……どんな返事でも待っているよ」
「サンキュ」
言ってエースくんはいつもの笑顔で「控室行くか?」と腕を差し出してくれた。その優しさについ笑みが浮かんで――胸が少しだけ痛かった。
「ありがとう、エースくん」
ワタシは明日失恋するかもしれない。そんな予感を抱きながらエースくんの腕に手を置いた。
ウィンターホリデーの終わり近くにエースくんと出かけた日からワタシはおかしい。最初は気にしないでいられたし気にしない方がいいって思っていた。けど、どうにも最近その気にしないでいられた感情に振り回され始めている。
だって、最近、些細なことでも何でもエースくんに伝えたくてついメッセージを送ってしまう。あまりにも些細なことに慌てて謝罪することが連日続いた日さえある。それでもエースくんは優しいから気軽に答えてくれる。調子が良くて、口もよく回る悪知恵もきっと働くんだろうけど、優しい。本人は否定するかもしれないけれど優しい男の子。
仲良くなれば仲良くなるほどもっと仲良くなりたいって思う。でも、ワタシは女の子だからきっとデュースくんたちのようになることはできない。ワタシも男の子だったらもっとエースくんと仲良くなれたのか。
「どう思いますか?
直属の
「さぁ。わからないわ。でも、そうね。なれなかったか可能性もあるんじゃない」
「そんなに落ち込む?」
「はい……だって、エースくんとはとっても仲良くなりたかったので」
「あら、まぁ、そうなの?」
こくと首を縦に動かすと
「こら。あまり苛めないの」
「苛めてなんかないですわ。
「まだルル自身が自覚していないことを弄るんじゃありません」
「ふふ。ごめんなさい」
「どういうことですか」
「ほら。
苦笑を浮かべる
「ルルはまだ〝恋〟したことがないのかしら?」
上品で美しい顔立ちの
「恋、たぶんないです……ワタシはエースくんに恋しているんですか?」
「あたしから見たらそう見えるけど」
「私も、けれど貴方が違うというのならば違うわ」
違う、とすぐに口から出なかった。彼は〝友達〟ですってすぐに言うことができなかった。それよりも脳内で〝恋〟という単語が反芻されるたびに身体がほわほわしていく。まるでそれが正解とでも言うように。
「わからないって顔ねぇ。ま、初めてかもしれないんだからそうなるか」
「そうね。だから、貴方が決めなさい」
「はい……」
綺麗な
* * *
ワタシ抱くエースくんへの感情が〝恋〟なのではと言われてからずっと考えていた。そもそも恋がわからないワタシが考えて答えがでるものなのか。できれば他の人に聞かないで自分自身で見つけ出したいとお昼ひとりぼんやりしているとスマホが鳴る。
「あ、エースくん!」
画面に表示された名前にほわっと心臓が跳ねてすぐに電話に出る。
「こんにちは。エースくん」
『お~う、ルル、久しぶり』
「久しぶりって、」
疲れ切った声のエースくんに苦笑を零す。総合文化祭で開催されるVDCの合宿で相当身体と精神を酷使しているようだ。
ワタシは足をプラプラさせながら滅多にないお昼のエースくんの声に耳を傾ける。確かに疲れているけれどやっぱりエースくんはエースくんだ。だのに、何故かワタシも久々な気持ちになっていく。
「そういえばずっとメッセージだけのやり取りだったね」
『そーね。ずっとオレ時間なかったし』
「ということはもう一息ついたの?」
『まさかっ! 全然まだまだっ!』
学校終わったら練習というエースくんに「頑張って」としかありきたりな言葉しかかけられない。もう少し捻った言葉がかけられればと思うんだけれど、エースくんは『おう!』なんて元気な声で返してくれた。そういうところ優しいと思うし、なんか嬉しくなる。
「エースくんは優しいね。そういうところ好き」
『え?』
思ったままを言ったらエースくんの固い声が聞こえた。ワタシはすぐにどうしたんだろうって考えたけれど――サァって血の気が引いた。今、ワタシ引かれたんじゃないかな。
「あ、ぁ、あの、今のは深い意味ないの! 好きは好きでも友達って意味なの!」
必死に、必死に、誤解、誤解なの、と言い続けたら『落ち着けよ!』といつものエースくんの声が聞こえた。それに少し安心して、苦しかった。
「エースくん、あのね」
『だいじょーぶだって! お前がそういう意味で言ってないの、わかってるって』
『大丈夫だから』という優しい声にワタシは気づく。本当は誤解でもなんでもなくて深い意味がしっかりあった。ワタシはエースくんが〝好き〟なんだ。ようやく
もしエースくんに想いを告げても冗談だと間違いだと受け入れてもらえないこと。もし本当に好きだと気づかれたら受け入れてくれる可能性が低いこと。
気づくと途端に胸が苦しくて痛かった。
『ルル? どーしたよ?』
「ぅ、ううん。何でもないよ」
何とか明るい声を出して返す。これ以上エースくんに変な気を遣わせたくなかった。
「VDC頑張って、ワタシも応援しているから」
『おう! ぜってー優勝してみせっから!』
「うん!」
ワタシは初めてした恋をこれからもてあますことになった。
* * *
「チケット、手に入らなかった」
当日券も結局買えずにワタシは肩を落とす。とても人気な人が出るとは知っていたけれどこんなに手に入らないものとは思わなかった。
「配信もあるって言ったしそれ見ようかな」
その頃には
「ルル!」
「わっ」
トンと叩かれた肩に必要以上に驚いてしまった。恥ずかしくなりながら大好きな声に振り返る。
「エースくん?」
「よッ!」
「元気?」なんて訊いてくるエースくんにワタシの心臓は暴れ狂った。恋をしていると気づいてから電話をするときも心臓がうるさかったけれど今はそれより酷い。身体の熱も上がってきている気がする。
今までどうしていただろうか。もう思い出せない。とりあえず赤くなる頬を髪の毛で隠しながら「元気だよ」と返す。ああ、やだ、今更変な女の子って思われそう。
「ほんとかよ。つか、こんなとこで、どーしたよ」
「ぇっと、チケットの当日券を買いに来たんだけど……買えなかったの」
「チケットって、VDCのかよ?」
「ぅん。今回のチケットすごいんだね」
自分の行動力の遅さを笑っているとエースくんが「あ゛~」という声を出す。それからジャケットの内ポケットを漁り出して――。
「これやる」
「え」
渡されたのはVDCと書かれた紙。その紙とエースくんを交互に見ると眉を寄せて「あーもう!」と無理矢理に握らせられた。その瞬間触れたエースくんの手にまた身体の熱があがった。素手の方のエースくんに気づかれていないといいけれど――それより。
「これってVDCの?」
「そう。関係者席」
「え!」
ワタシがそういうチケット貰っていいの。そんな考えが伝わったのかエースくんは首を掻きながら「別にいいよ」とそっぽ向いて言った。
「お前、俺のカッコイイ姿みてぇんだろ!」
「う、うん。観たい、すごく」
「なら貰っとけよ」
白い頬を赤くさせるエースくんにやっぱり心臓がドキドキする。
「ほんとうにいいの?」
改めてしっかりと両手でチケットを大切に掴む。
「いいから渡したんじゃん」
「うん……ありがとう、何があっても観に行くね」
「おーげさな。ま! オレが優勝する姿も見たいなら絶対に来いよ」
いつものお調子者然に言うエースくん。その姿にワタシも笑う。
「フフ。カッコイイ姿見せてね」
そんなことしなくてもどんな姿でもカッコイイけれど。ちょっと勇気を出して言ってみる。エースくんは一体どんな顔をしているかそろっと見上げれば。
「あ、あ~、ま! 楽しみにしてろよ!」
顔をさっき以上に真っ赤にさせる予想外の反応に目を瞬かせる。
「エースくん、大丈夫?」
「大丈夫だし! つか、練習あるからオレ行くな!」
んじゃ、と顔を赤くさせたまま背を向けて走り去ってしまった。瞬く間に人混みに消えていくエースくんにワタシは引き留めることも出来ずに呆然と見送った。
「あ、また次会ったらお礼しよう」
へへ、と一人で笑ってチケットを大切にジャケットに入れた。
* * *
盛大な歓声と動揺をアレンジした可愛らしい音楽がすべてすり抜けていく。色とりどりの紙吹雪が舞い散る中ワタシはただ一人の男の子を見つめる。そして、ワタシは一人決意し席を立ち上がりステージに釘づけの観客に背を向けた。
関係者席のチケットを貰ってもワタシは関係者ではない。だから、じっと関係者が出て来る出入り口で待とうとしたんだけど――。
「す、すごい」
人混みだった。というか、押し掛けた人々によって規制線出来ていた。これだとエースくんが出てくるのを待てない。どうしようかな。
どうすれば確実にエースくんに会えるかと考えあぐねていると傍の女の子たちの会話が聞こえてきた。その中で女の子の一人が「ナイトレイブンカレッジの赤毛の男の子かっこよかった」と言った。
ワタシは「え」と小さな声を零した口を慌ててキュッと閉じて聞き耳を立てる。こういう盗み聞きするのはいけないとことだとわかるけれど気になる。
「まだ可愛さが残っていたけどすっごく好きな顔~」
「だから、ここで出待ちしてんでしょ」
「そ。できたら声かけたいなぁ」
ドキドキとする心臓。やっぱりエースくんは他の女の子から見てもカッコイイんだ。ワタシの目に映るだけじゃないんだ。改めてとても素敵な男の子に恋したことを確認したところだけど。どんどんモヤモヤしていく。
もし、もし、ワタシより先に女の子がエースくんと会ったら。さっきちょっと見たけれど愛らしい女の子だった。エースくんのことだからあっさりデートの誘いに乗っちゃうかもしれない。
イヤだなって思うことはいいことなのだろうか。だって、ワタシ、エースくんの恋人じゃないもの。恋人ならどんな人に嫉妬してもいいけれどワタシ違う。ただ、エースくんが好きなだけ。だから、こんな生意気なこと思ってしまっていけない。
ギュッとブレザーの襟を掴んで耐えているけれどこれ以上聞きたくなかった。
ワタシはエースくんに会う目的を果たせずその場をそっと去った。
「どうしようかな」
途方にくれながら学園内のベンチに座る。まだエースくんにも会えないまま
できればエースくんに直接「一番カッコよかった」というのを伝えたかった。メッセージで送ることもできたけれどやっぱり直接伝えたい。
「いまどこにいるんだろう……」
「それってオレのことだったり?」
影が出来ると同時にかけられたからかいを含んだ声に顔をあげる。
「エースくん……」
「ぷはっ。また迷子みたいな顔してんね」
途方に暮れていたから迷子は迷子なのかもしれない。
「迷子だったのかも」
「え゛、マジで?」
ギョッと目を剥くエースくん。けど、次の瞬間にはワタシの手にあるスマホを指さして「それ持って?」と怪訝な顔をして言う。
ワタシは両手で握ったスマホを胸の前に掲げて「うん」と頷く。だって、連絡取る手段に使えなかったから。
「これ使えるかわからなかったの」
「充電切れたとか?」
「ううん。そうじゃないんだけどね」
「……じゃーどーしてよ」
よっと、という具合に隣に座るエースくんに静かだった心臓が逸る。今までこの距離でも全然平気だったのに。やっぱり自覚するとこの距離でも大変なんだ、恋って。
「おーい。ルル?」
「あ、ごめん」
「別に? で、お前は誰探してたのよ」
エースくんを見れば膝に肘を乗せてワタシの顔を覗き込む。猫のような瞳が興味深そうにワタシをまじまじと見つめる。その視線にドキドキしながら答える。
「もちろん、エースくんだよ」
猫の瞳がパチパチと瞬くとにんまりと下がる。
「そー。んじゃ、何の御用でしょうか、お嬢さん」
「ふふ。なぁにその言い方」
ふざけた言い方をするエースくんに笑うけれどすぐに飲み込む。それにしても以外に「カッコイイ」って本人に言うのって気恥ずかしいけれど頑張って口にする。
「カッコイイ姿、バッチリ見たよ」
「すごくかっこよかった」と付け足すとにんまりとしていたエースくんの表情が変わる。
飄々とした顔は瞬く間に照れくさいと言わんばかりに頬を赤く染めた。こっちに向けていた猫の瞳もバツが悪いと逸れていく。
「あ~、ま、でも負けたし」
「準優勝だったけれど」
「満足できっかよ!」
一票差で負けたんだぜ、と言って髪の毛を掻きむしる。よっぽど悔しかったのだろう。
「あ~、まだハイホーって頭の中で回ってるくらいだ!」
いぃ~と呻くエースくんにワタシは首を傾げる。
「そんなに頭に残る?」
「残る! つか、ルルは残ってねぇの?」
怪訝なエースくんに頷く。
「うん。確かに可愛い曲だったなぁっていう感じかな。それよりエースくんたちの方が印象に残るかなぁ」
メロディは確かに頭にあるけれどクルクル回ることはない。あ、でも思い出したら鼻歌を歌いたくなる曲な感じもしなくない。それでもワタシはエースくんたちのパフォーマンスが好きだった。
「ワタシはエースくんたちの方が好きだよ」
「……同情じゃねぇよね」
「違うよ! エースくんも、皆もとってもカッコよかった」
告げれば今度は複雑そうな顔をする。それから首に手を当てて傾げる。
「別にオレだけでよくね?」
「ん? もちろん、エースくんが誰よりも一番だったよ」
一番輝いていたと言えばまた白い頬が赤く染まる。まるで林檎みたい。
「あ~、ありがと」
「ふふ。ほんとうのことだから」
言えてよかった。引かれなくてよかった。伝わって嬉しい。安心とほわほわしたものに身体が包まれていく。このまま告白したらどうだろうか。
驚く? それとも冗談って笑い飛ばされちゃうかな。でも、今ならワタシ言える気がするの。独りよがりだってわかるけれど今言える。
「……もうすぐ鏡も閉じちまうな」
「ぁ、うん」
立ち上がるエースくんに合わせて立ち上がって隣の彼を見上げる。同じくワタシを見下ろすエースくんの赤い猫みたいな瞳。夕焼けの輝きを受けているせいかいつも以上に輝いているように見える。とても綺麗。その美しさに魅せられたのかもう心が決まっていたからだろうかワタシの口が勝手に動き出す。
「エースくん。ワタシ、アナタのこと男の子として好き」
瞬間わけもなく吹き抜ける風に髪の毛が煽られる。
「わわっ」
顔にかかえる髪の毛にはためくスカートの裾を抑える。それでも風は強くてまるで魔法で巻き起こされているみたいだ。中々止まない身体が押されかけたときだった。
ぐいっと腕を引かれて――何かに守られるように風が遮られた。
「え、エースくん?」
「ん、なに」
素っ気ない声をしていたけれど見上げたエースくんの顔は首まで真っ赤だった。パチパチと瞬き呆然と見つめる。
「真っ赤、だよ」
「うるせぇ」
言ってギュッとワタシの身体はエースくんの身体にさらに密着する。まるで見せもんじゃないと言われている気がする。シトラスの匂いとケーキやお菓子の甘い香りが交じるのはエースくんの匂いなのかな。ドキドキすると胸の鼓動でさっきの告白を思い出す。
「エースくん、さっきの告白聞こえていた?」
「…………聞こえてたわ」
ギュッと抱きしめられていた身体の拘束が解かれた。そっと離れるエースくんの身体。風はもうなくエースくんは乱れた髪の毛を整え出す。
「あの、エースくん」
「ああ~、急かすなし」
せっかく整えた髪をまた乱すエースくんは顔を赤らめたまま「もう少し」と言う。
「もう少し待ってくれねぇか」
「え?」
どういう意味と見れば困惑に眉を下げる。
「迷惑じゃねぇんだけどもう少し……時間くれね?」
前向きなようで後ろ向きな答えにワタシは戸惑う。告白というのはすぐに返事を貰うものではなかったのか。初めて知った。でも、ワタシだってもしかしたらすぐに返事できないかもしれない。
「ごめんね。迷惑かけたね」
「ちげぇよ。オレの問題……けど、明日、明日には返事するわ」
「ぇ、」
早さに思わず眉を下げる。そんな無理して返事を貰うつもりはないけどこれが丁度いいのかもしれない。
「明日……またこの時間にここで返事するよ」
だからもう少し時間をくれ、といういつになく真剣な眼差しのエースくんに頷く。
「うん。待ってる……どんな返事でも待っているよ」
「サンキュ」
言ってエースくんはいつもの笑顔で「控室行くか?」と腕を差し出してくれた。その優しさについ笑みが浮かんで――胸が少しだけ痛かった。
「ありがとう、エースくん」
ワタシは明日失恋するかもしれない。そんな予感を抱きながらエースくんの腕に手を置いた。