乙女の誕生
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乙女の覚醒未遂
『え。なに、帰省してすぐ寮に戻って来たってマジ?』
「うん。そうだよ」
スピーカーモードにしたスマホから『信じられねぇ~』というすっかり耳に馴染んだ声がした。その声にクスクス笑いながらノートに調べた魔法の解析式を纏めていく。
「でも、宿題もすぐに出来て学校もいいよ」
『げ。嫌なこと思い出させんなよ』
「その言い方、もしかして宿題してないの?」
イソギンチャク事件を聞いているから彼が宿題をしていないのが簡単に浮かぶ。「やらないの?」と言えば『いや、まだ日にちあるし』なんて余裕ぶっている。そんな彼の答えを聞いてつい机のカレンダーを見て苦笑してしまう。
「もうホリデーも終わるけど」
『……だから今デュースたちと図書室で籠ってるよ』
デュースという名前の子はたしか元不良というエースくんのお友達。ワタシの周りにはそういう子がいないから話を聞いていて新鮮だった。けど、エースくんの周りには他にも監督生と呼ばれる異世界から来たという子に、猫のような、狸のような魔獣に、真面目なオオカミの獣人属の子などとても賑やかだった。それにしても彼の周りは面白い人たちがたくさんいる。ワタシの友達も楽しい子ばかりだからいつか紹介したいな。
『でもさ、ずっと籠ってさ、外に出たくならねぇの?』
「……うん。籠りっぱなしはよくないから庭園でお散歩しているけど」
『庭園……流石ブルームノヴァだな』
何が流石なのと思いながら彼の気づかいが嬉しくかった。
「それに友達もそろそろ戻ってくるし」
『え~、でもさ、その前にちょっと息抜きとかどうよ』
これは、と思ってペンを置いてスマホを手に取る。
「ワタシを口実に外出したいの?」
クスクス笑って言えば『バレた』とあっけからんにネタ晴らしをするエースくん。
交流するようになって何となく調子のいい性格なのは理解してきた。それでもエースくんとのお話は楽しい。それに口実だとはいえ遠回しに誘われたのは嬉しい。
「賢者の島なら許可が出ると思うの」
『え?』
驚く彼にしてやったりと思いながら「一緒に遊ぼう」とワタシから誘ってみる。
それにエースくんは驚きの声を上げながら『女の子からのお誘いだしな』と言うのに笑い声が抑えられなかった。それにしてもちょっと気になる言い方につついてみた。
「女の子なら誰でもいいの?」
きっと軽く返してくれると思ったのだけど――。
『は? ルルだからに決まってんじゃん』
意外な答えにワタシは驚いてしまった。けれどそれ以上にスマホ越しの彼の方が驚いていた。すぐに『あ、いや、その、あー、別に深い意味はねぇよ!』と。でも、その言い訳の仕方が何だか。ワタシもそれなりに友達の恋愛話を聞いて来たし、エースくんとの交流のお蔭でそれなりに同年代のことはわかって来た。だから、ちょっとびっくりした。とはいえ、エースくんのことを考えれば本当に深い意味はないのかもしれない。
かもね、と心の中で呟きながら深い追及はやめといた。
「ふふ。わかってるよ」
『お、おい。本当に、本当にだからな』
「わかったってば」
『ほんとうだからな!』
焦った声に彼はワタシの世間知らず的な部分で心配しているのかもしれない。でも、少し前のワタシだってそこまで信用はしない。うん、しないと思う。
「大丈夫だって」
『うん……じゃ、賢者の島の街で遊ぼうぜ』
「そうしましょ」
もしかしたらエースくんたちのお友達もくるかもしれない。それはちょっと楽しみだなと思いながらエースくんと待ち合わせ場所や時間を決めた。
* * *
「あれ? エースくん一人?」
「え、そうだけど」
何か変と頭を掻くエースくんに目を瞬かせた。
「てっきり、噂のデュースくんたちに会えるのかと思って」
「え? 何であいつら?」
眉を顰める彼にワタシも自分は可笑しなことを言ったのかなと考え出す。でも、デュースくんたちがいないとエースくんとワタシだけだ。これは今ならちょっと傍から見て大丈夫だろうか。
「ワタシと二人で大丈夫?」
以前、小学生に間違われたことを思えばイヤなのではないだろうか。ワタシもイヤだ。
「今日は間違われねぇよ。それ、制服着てるし」
「あ、そっか」
制服を身に纏っている自分の身体を見下ろす。
ブルームノヴァは長期休暇中に帰省していない生徒が賢者の島並びに他国に外出する際は制服で行くことが決まりになってはいる。だから、今日は指定のコートと制服を着ている。
「面白いくらい視線バシバシくんね」
「マジウケる」と言うエースくん。確かにさっきからまじまじと見る視線が向けられる。何がそんなに物珍しいのか。
「交流会で来ているのにな」
一応、ロイヤルソードアカデミーとの交流会には制服で来ているからここの人も少しは見慣れているはずだと思うけど。やっぱり、小学生とかに間違われているのか。それはエースくんに申し訳ない。それにこのままでは落ち着いてお店廻りもできない。
「どうしよう」
「うーん。あ、んじゃ、あそこ行こうぜ」
「え?」
指さす方を向く前にエースくんがワタシの手を掴んで足早に動き出した。出会った日のように足が絡まりかけたけれど必死に動かす。そして、連れられて来たのがセレクトショップだった。
エースくんは「ちょうどいいじゃん」と言ってそのまま入って行った。ワタシも慌ててついて行く。お店の中に入るとユニセックな雰囲気のある服や靴に小物がたくさん並べられていた。
「ふわぁ。すごい」
「おいおい。間抜けな顔してねぇで服選ぶぞ」
「ぁ、うん!」
ぐいぐいと引っ張られてお店の奥へとエースくんが進んでいく。慣れているのかな、なんて考えながらワタシはこの後のことはあまり考えていなかった。
渡されたワンピースに袖を通して姿見を見る。そして、仕切りのカーテンを開いて目の前に立っているエースくんに見せる。
「これは、どうかな?」
エースくんは顎に手をかけて首を傾げて渋い顔で「ぅーん」と唸った。この反応はもう五回目。つまり、このワンピースも却下ということだ。
心の中で「はぁ」と溜息をつく。エースくんはワタシに似合いそうな服を選んでくれる。そしてその服をワタシが着て見せる。でも、いまだに一回も納得してくれない。そもそもワタシが着るのだからワタシが選んでいいのはずなのにエースくんは。
「せっかくだしオレが選ぶ。あと、まぁ、息抜きに付き合ってくれたんだしプレゼント」
という訳でワタシは着せ替え人形よろしく五着も着ている。この現象は先月友達と服を買いに行ったときと同じだ。この様子だと長くなる覚悟をしないといけないのかもしれない。
それにしてもこれも似合わないとは。ワタシの身長や体型の所為だろうか。
今、着ているワンピースはクラシカルな雰囲気で普段着ることが滅多にないから新鮮だった。胸元のコーヒー色のリボンも可愛らしいし、履いてきたストラップパンプスに合う。ワタシはこれでいいかなって思うけれどエースくんは違うみたい。
「ダメ?」
「んー。ダメっていえばダメ」
「似合わないってこと?」
「やっ、そうじゃねぇんだよ」
首を振るエースくんは「ちょっと待って」とまた離れお店の中に消えていった。どうやら彼はまだまだ満足しない様だ。それにしても手当たり次第服を持って来てくれるけど値札をちゃんと見ているのだろうか。
チラッと値札を見れば高いラインに入る値段だ。大人から見ればそうでもないけれど、アルバイトもしていないお小遣い制の学生にはちょっとお財布を痛めそうな値段だ。
プレゼントって言っていたけれど大丈夫かな。不安になってワタシはお財布の中に入れたマドルを数える。
「ぅん。帰省したときにお小遣い貰ったし……大丈夫、うん」
もとはと言えばワタシの制服が無駄に注目を浴びてしまったせいだ。ワタシ自身が買うべきものだ。
「戻ってきたら言おう」
服もこのワンピースもこれにしよう。滅多に着ない雰囲気で嫌いじゃないし。それに早くお店を出ればエースくんと他のお店に行けるかもしれない。なら、その方が時間を有意義に使える。
「そうしよう」
一人満足してエースくんを待っていると。「ルル」と名前を呼ばれて顔を向ける。
そこに居たのはワインレッドの衿元の上品なレースが施されたワンピースを持って来たエースくんだった。そのワンピースにワタシは瞬く間に魅了されてしまった。
「これ着てみて」
「ぁ、うん」
断るつもりだったのに渡されたワインレッドのワンピースに惹かれてしまった。ワタシは断ることを忘れてワンピースに袖を通していた。
着替え終わり鏡を見ながら裾を掴んで左を見て、右を見る。それにしても不思議なワンピースだ。見れば見るほど心が躍り手放したくなかった。
「えへへ。かわい」
気分上昇しながらカーテンを開けてエースくんを呼ぶ。
「エースくん、エースくん、どう?」
「お、めっちゃいいじゃん」
今までにないエースくんの反応にも気分が上がる。ワタシは裾を掴んで見下ろす。
「このワンピース可愛いね」
「はは。すっげぇ気に入ってんじゃん」
「うん! とっても可愛い……」
ふわふわと答えているとエースくんが「んじゃ、店員呼ぼうぜ」と言ったところで現実に戻る。ワタシはすぐに値札を確認してギョッとする。さっきまで着ていたワンピースより値段が上がっている。そりゃ着心地もいいのも頷ける。
血の気が引いていくのを感じながらエースくんを呼び止める。
エースくんは目を瞬かせながら「なんだよ」と言う。この様子から値段を気にしていない。流石にヤバイ。
「エースくん。ワタシが買うからいいよ」
今月ちょっと我慢すれば買っても問題ない。そもそもこの値段。ただの友達からのプレゼントとしては可笑しい値段だ。そこにエースくんは気づいていない。
「いや、オレがプレゼントって言ったじゃん」
と言って顔を顰める。でも、ダメだ。ダメ。ワタシは値札を指さしながら「これ高いよ」と小声で言う。
「これ、流石に友達へのプレゼント領域じゃないよ」
ほら、と見せる。値札を見たエースくんは「うげっ」と素直な反応を見せた。
その様子にちょっと安心した。このままワタシ自身が買う流れに持って行こう。そうっ口を開きかけるとエースくんは渋い顔のまま呻くと「いや、プレゼントするし」と言い続ける。
「な、なんでっ」
「言いだしっぺだから」
「気にしないよっ」
「全然大丈夫だよ」「気にしないよ」等と言葉を募るもエースくんは何を意地になっているのか首を縦に動かさない。
「男が女にプレゼントするって言ったら撤回できないって兄貴が言ってたし」
「もう! ワタシたちは男とか、女とかの前に友達だよ」
だから、そんな世間一般的な思考かもわからないこと気にしていない。もう一度「気にしないで」と言えばエースくんは渋々と首を縦に動かした。そして、頬を掻きながら「そうだな。オレたち友だちだもんな」と噛みしめるように囁いた。
「つっても、お前もその値段大丈夫?」
「うん。どうせ今月から先輩 たちの研究のお手伝いで外に出ないし。それに可愛いし気に入ったから」
買っちゃう、と告げる。それにエースくんがせっかく選んでくれたんだし買いたい。その気持ちは告げずにそっと胸の中に仕舞っておく。どうしてそうしたかわからないけれどそう決めた。
「じゃ、店員呼んでくんね」
「うん。お願い」
こうしてワタシは無事に制服から着替えることが出来た。
制服は大きめのショッパーに入れてもらったが意外に大きくワタシの身長では持つのに厳しかった。これじゃ、歩き回るのに邪魔だからゲートで先に送ってもらおうかと思ったけれど――。
「持つよ」
ひょいっとエースくんが軽くショッパーを持ってしまった。
「い、いいよ」
「制服だけだし重くないって」
そのままショッパーを肩にかけてしまった。なら、好意に甘えることにした。
「ありがとう、エースくん」
「いいって……あ、ルル、手出して」
ピタと足を止めたエースくんに合わせて足を止める。そして、言われた通りに両手を出すと何故か溜息をつかれてしまった。
「お前さ、本当に言われた通りに動くよなぁ」
「え、だって、エースくんが言ったから」
「……それも気を付けろよ」
意味がわからず首を傾げればエースくんが盛大に溜息をついて首を左右に振った。それから特に答えはくれず代わりにくれたのが――。
「ヘアクリップ?」
雪の結晶を模した透かし彫りがされたシルバー素材のヘアクリップだ。雪の結晶部分にあるパールビーズがちょっと大人っぽくでもシンプルで季節は限定されけれどどんな服にでも合いそうだった。
「これくれるの?」
「じゃなきゃ渡さねぇだろ」
フンと顔を横に逸らすエースくんの頬がちょっと赤いような気がする。でも、さっきまでいた店内が暑かったからそれで頬が赤いのかもしれない。気のせいにしておこうと両手に乗せられたヘアクリップを見る。
「着ける?」
「え? でも、自分じゃちょっと」
鏡を見ないと付けられない。コンパクトがあるからそれをエースくんに持ってもらえばいいけれど傍から見てちょっと何だか見られたら恥ずかしい。
「寮に戻ったら着けるよ」
そう言ってしまおうとしたけれど突然ヘアクリップが消えた。「ぇ」と顔を上げればエースくんが持っていた。ワタシが「何」って聞くより前に「横」と言いながら指をちょんちょんと右に指した。何がと首を傾げると「だから横向けって」と素直に横を向いた。すると何故か溜息が聞こえた。
「はぁ。マジで素直過ぎ」
それにムッとして「エースくんが言ったんじゃん」と言い返す。それに「だからって素直過ぎ」とよくわからない反論を貰った。
「なら、もうエースくんの言うこときかない」
「あ~、子どもみたいな返しすんじゃねぇーよ」
ならどうしたらいいのよ、と頬を膨らましているとケラケラ笑う声がした。
「リスみたいだなっとほら出来た」
頬を膨らましたままエースくんを睨めば嬉々とした顔で「こっち来いよ」と手を引っ張った。本当は足を突っ張って行きたくないと主張しようかとも思ったけれどやめた。それこそ彼が言った通り子どもっぽい。
大人しく引かれるままついて行くとショーウィンドーの前に立たされて。
「ほら、横向いて見ろよ」
これはしたがっていいんだろうと思って横を向けば――。
「わぁ! 綺麗!」
「な! お前の髪の色見て絶対似合うと思っただよ~」
「オレのセンス最高~」と彼は自画自賛しているけど本当にセンスがいい。キラキラとシルバー素材の台座とパールビーズの白い輝きが輝いている。まるで夜に月明りが反射して輝く雪のようだ。
「すごい。綺麗……ありがとう、エースくん!」
くるっとエースくんの方を向いて手を取って改めてお礼を言う。それにエースくんは驚いた猫の様な顔になった。可愛い表情だなと思ったのも束の間だった。
「ま、まぁな! それなりに流行は把握しているからな!」
「え~、なに、それ~」
胸を張るエースくんに笑いが込み上げる。エースくんも何だかんだとワタシの笑いにつられるように笑った。
ちょっとつまらないと思った初めてのウィンターホリデーもいい思い出が出来た。皆や先輩 が戻ってきたら話そうと決めたときだった。
「あ! エース! やっと見つけたんだゾ!」
すごく大きな声がエースくんを呼んだ。それに目の前のエースくんが「ゲッ」とヒキガエルみたいな声をだした。そして、顔を横に向けて唇の端を引き攣らせた。
なんだろう、とワタシもつられて横を見ればそこにはナイトレイブンカレッジの制服を着た男の子二人と――猫みたいな狸みたいな生き物がいた。
その謎の生き物が「おい! 子分、エースなんだゾ!」と抱っこしている男の子の腕を叩く。腕を叩かれた男の子は「ハイハイ」と宥めている。その隣にいるスペードのペイントをしている男の子は「エース、お前」とショックを受けた顔をしているけれど――。
ここでワタシはエースくんのお友達を思い出す。
「もしかして、噂のデュースくんたち?」
「は?」
顔にスペードのペイントはワタシを見て口をパカと開けた。けど、目が合った瞬間顔を真っ赤にして目を逸らされてしまった。でも、その反応を見てきっと間違いないとワタシは確信を持った。
「じゃ、その猫ちゃんみたいなモンスターはグリムくんで、抱っこしているのは監督生くん?」
話を聞いたときの特徴を思い出してワタシはそう訊ねれば男の子は「うん、そうだよ」と微笑んで答えてくれた。ただ、監督生くんの腕の中にいるモンスターグリムは「ふなふな」と可愛らしく抗議の声をあげた。
「猫ちゃんじゃねぇんだゾ! まったくオレ様は大魔法士になるグリム様だ!」
「そんでこいつらはオレ様の子分なんだゾ!」と胸を張る様が中々に可愛らしい。微笑ましさも相まって自然と笑みが浮かぶ。
「ふな! オマエ! なに笑ってんだ!」
ひょいっと監督生くんの腕から飛び出してワタシの足元に来てプンプン怒るグリムくんは可愛い。意外に大きいから抱っこは無理そうだけど撫でたい。
「ねぇねぇ。グリムくん、撫でていい?」
「だぁから! オレ様は猫じゃねぇ!」
ふがふが怒るグリムくんを監督生くんがサッと抱き上げて慰める。結構小柄なのに力があるんだなって見ているとちょっとげっそりしていた。そんな顔を見てちょっと申し訳なくなった。
「はぁ。つかさ、何でお前らここにいんだよ」
「そ、それは」
エースくんがデュースくんに話しかけると彼の視線がウロウロしている。何だか疚しいことをしている人が責められているみたいな雰囲気だ。
「お前ら、さてはオレたちのことつけてたんじゃねぇのか」
目を細めてデュースくんを見つめるエースくん。彼はきっと正直な子なんだろう。呻きながらもあっさりと「おぅ」と答えた。すると、監督生くんは「ぁ~あ」と囁きグリムくんは「エースが悪いんだゾ!」とふなぁと声をあげた。
「何が悪いんだよ」
エースくんがグリムくんを監督生から奪い取るとぐりぐりと丸いおでこを撫でる。それをふなふなと抗議の声を上げながらグリムくんがエースくんを睨んだ。
「オマエが宿題ほっぽりだして鼻歌歌いながら出かけるなんてぜぇったいいいこ――」
「いっ、おま、ちょぉっと黙れ」
「ふがぁ!」
グリムくんの口を塞ぐエースくんは気まずげにワタシを見た。何で気まずい顔をするんだろう。もう外出の口実というのは知っているのに。
「気にしてないよ? 口実なのはわかっているから」
「……あー、うん。そうだったわな」
「うん、うん? 何か違うの?」
「いや、違わない、違わない」
アハハと軽い笑い声を出すエースくんに首を傾げる。すると、ずっと目の前に音もなく誰かが立った。
「それにしても小学生っていうけれど全然小学生感ないよね」
真正面に音もなく立ったのは監督生くんだった。監督生くんはワタシの顔を覗き込みながらまじまじと「やっぱり小学生じゃないよ」と微笑んで言う。それはそうだけれど。きっと、気にしないでと言いたいのだろうけれどちょっと複雑。
それにしても何だか不思議な子だし、本当に男の子なんだろうか。ちょっと雰囲気というか醸し出る空気がエースくんたちと違うような気もしなくもない。
とはいっても、男の子の友だちが少ないワタシの勘は当てにならない。
「ね。デュースから見てもそうでしょ」
「いっ、僕に振らないでくれ」
顔を上げて横を向くとそこにはデュースくんがいた。けれど相変わらず視線が合わないというかこちらを見ない。
「はは。デュースは女の子に対する免疫がないから気にしないで」
「おい! 監督生!」
瞬く間に顔を赤くして叫ぶデュースくん。そんな彼に目を丸くさせる。けど、どこかで見た光景だった。
ロイヤルソードアカデミーとの交流会で似たような反応をしている子がいた。それにしても免疫がないってどういうことだろうか。ワタシも同年代の男の子の交流はなかった。けれど、デュースくんのような照れというのはなかった。
「どうしたの、あ、そういえばお名前」
監督生くんに言われて自分が一方的に彼らを知っていることに気づく。ワタシは慌てて自己紹介をする。
「ルル・ラウラーです。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
朗らかな表情で返してくれる監督生くんは「デュースもほら」とデュースくんの袖を引いた。デュースくんは逸らしていた目をこちらに向けてくれた。ようやく合ったと思ったら――。
「おーい、もういいだろ」
「わっ」
後ろから聞こえた声に驚きに心臓がバクバクとする。声の正体を振り返って仰ぎ見ると肩にグリムくんを乗せたエースくんがいた。エースくんは不機嫌気味に唇を尖らせていた。どうやら放っていたのが嫌だったみたいだ。この様子を見ると仲間外れが苦手なのかもしれない。
「放ってごめんね?」
一応謝れば拗ねた顔が崩れて「んだよ、それ」と破顔した。よかった、戻ったと胸をなでおろしていると周りから「見た? デュース?」「ああ、見たぞ」という声が聞こえて来る。ついでにエースくんの肩にいるグリムくんが「エース。オマエ拾い食いでもしたのか?」と訊いている。
「どうしたの?」
監督生くんとデュースくんの方を見て訊ねれば揃って首を横に振った。
「いや、何でもない」
まだ薄らと頬が赤いデュースくんと、その横で唇をもにゃもにゃさせる監督生くんは「貴重なエースを見ただけ」と続けた。その言葉に羨ましさを覚えた。ワタシは普段のエースくんを知らない。けれど、彼らはワタシの知らないエースくんをたくさん知っているのだろう。純粋に羨ましかった。
「ね。エースくんって普段どんな感じなの?」
興味本位に二人に聞いてみると後ろから「あー!」と大声が聞こえた。その反応にエースくんは聞いてほしくないんだろう。でも、知りたいし――目の前の二人はちょっと乗り気だ。
「きっとラウラーさんが知らないことがたくさんあるぞ」
「うんうん。ルルさんもきっと驚いちゃうよ」
悪い顔のデュースくんと監督生くんに興味が俄然湧いて前のめりになるけれど。
「おい、こら、ルル」
「わぁ!」
ぐいっと後ろに引っ張られて背中に何かが当る。何と上を向けば覗き込む様にエースくんの顔があった。
「ッ」
想像以上に近い距離に猫のような彼の瞳があった。そして見つめる先にある瞳は苛立ちと仄かな怒りが見え隠れしていた。絡み合う苛立ちと怒りは何を意味しているのだろう。
「ぇっと、あー、ごめんね」
「別に、いいし」
フンと鼻を鳴らしたエースくんは顔を上げて正面にいるデュースくんたちに「お前らも余計なこと言うなよ」と釘を刺した。どうやらワタシは聞いてはいけないことを聞いたらしい。つまり、ワタシがまだ自発的に踏み込んではいけない領域を踏んでしまったようだ。瞬間、疎外感が込み上げて寂しくなる。
気軽に頭上で飛び交う様な会話は出来ないなと思った。疎外感にどうしようかなとしていると――。
「んじゃ。オレたち行くからお前らもさっさと帰れよ」
「エースも遅くならないようにな」
「そうそう。送り狼にならないようにね」
何だ、何だ、と見ていると何だか話がいつの間にか終わっている。エースくんの肩に乗っていたグリムくんもいつの間にか監督生くんの腕の中にいる。
「じゃ、ラウラーさん、またな」
「今度は皆でゆっくりお茶でもしようね」
「またなぁ~」
いつの間にか会話が終わったのかぞろぞろと去っていく彼らをポカンと見送る。そして、去っていく三人の背中が小さくなると頭上から「はぁ~」と大きな溜息が聞こえた。
「ったく、あいつら茶化すだけ茶化しやがって」
「ふふ。でも、とっても仲良しなんだね」
「……まぁ、すでに腐れ縁って感じだな」
こそばゆそうなエースくんに男の子はこんな感じなのかなって思った。でも、三人の様子はずっと昔からの友だちのようにも見えた。ワタシも今の友達とそういう風に見えたらいいな。
「ルル、行くぞ」
「え? どこに?」
思わず聞き返しまったけれどすぐに賢者の島に来た意味を思い出す。エースくんは呆れ眼で「目的忘れんなよ」と呟く。
「だって、デュースくんたちと遭遇したから」
「それでも忘れんなよ。ほら、行くぞ」
いつの間にかスマホを取り出して歩き出す。その足に転ばぬようにワタシも動かし出す。
ウィンターホリデーのお蔭で以前のような人混みはないから迷子にはならないだろう。でも、歩幅の違うエースくんと速度を揃えるのは中々大変。
前みたいに腕を組ませてくれたらいいけれど――言えない。だって、はぐれるほどじゃないから。だから、言えない。
ワタシは必死に後をついていくと前を歩く彼がピタリと止まった。そして、すぐに振り返って眉を寄せた。
「悪ぃ。歩くの早すぎたな」
ほら、と以前のように腕を差し出された。ハ、と僅かにあがる息を整えながらその腕を見る。
「いいの?」
「は? 何が?」
ワタシの問いかけに首を傾げるエースくん。その様子に気にしていた自分の方が馬鹿みたいだった。自分の馬鹿さ加減に笑いながら「何でもないよ」と言ってそっと腕を取る。
「ちゃんと離れるなよ」
「ぁ、うん」
歩き出すエースくんと歩幅が合う。ワタシの歩幅を思い出して合わせてくれているようだ。それだけで嬉しい。そういえば、エースくんと一緒にいたりするときは些細なことで嬉しくなる。それは、それは、一体、どういう意味なんだろう。
考え出すと心臓が、とても、とても、ドキドキした。この意味を考えて答えを見つけたいと思うけれど――。
「お。あそこのカフェだな」
エースくんの声でその意思は霧散する。そして、心の中にいる小さなワタシが「もう少しいいんじゃない?」と囁いた。だから、ワタシはもう少しこの意味を探ることを止めた。
『え。なに、帰省してすぐ寮に戻って来たってマジ?』
「うん。そうだよ」
スピーカーモードにしたスマホから『信じられねぇ~』というすっかり耳に馴染んだ声がした。その声にクスクス笑いながらノートに調べた魔法の解析式を纏めていく。
「でも、宿題もすぐに出来て学校もいいよ」
『げ。嫌なこと思い出させんなよ』
「その言い方、もしかして宿題してないの?」
イソギンチャク事件を聞いているから彼が宿題をしていないのが簡単に浮かぶ。「やらないの?」と言えば『いや、まだ日にちあるし』なんて余裕ぶっている。そんな彼の答えを聞いてつい机のカレンダーを見て苦笑してしまう。
「もうホリデーも終わるけど」
『……だから今デュースたちと図書室で籠ってるよ』
デュースという名前の子はたしか元不良というエースくんのお友達。ワタシの周りにはそういう子がいないから話を聞いていて新鮮だった。けど、エースくんの周りには他にも監督生と呼ばれる異世界から来たという子に、猫のような、狸のような魔獣に、真面目なオオカミの獣人属の子などとても賑やかだった。それにしても彼の周りは面白い人たちがたくさんいる。ワタシの友達も楽しい子ばかりだからいつか紹介したいな。
『でもさ、ずっと籠ってさ、外に出たくならねぇの?』
「……うん。籠りっぱなしはよくないから庭園でお散歩しているけど」
『庭園……流石ブルームノヴァだな』
何が流石なのと思いながら彼の気づかいが嬉しくかった。
「それに友達もそろそろ戻ってくるし」
『え~、でもさ、その前にちょっと息抜きとかどうよ』
これは、と思ってペンを置いてスマホを手に取る。
「ワタシを口実に外出したいの?」
クスクス笑って言えば『バレた』とあっけからんにネタ晴らしをするエースくん。
交流するようになって何となく調子のいい性格なのは理解してきた。それでもエースくんとのお話は楽しい。それに口実だとはいえ遠回しに誘われたのは嬉しい。
「賢者の島なら許可が出ると思うの」
『え?』
驚く彼にしてやったりと思いながら「一緒に遊ぼう」とワタシから誘ってみる。
それにエースくんは驚きの声を上げながら『女の子からのお誘いだしな』と言うのに笑い声が抑えられなかった。それにしてもちょっと気になる言い方につついてみた。
「女の子なら誰でもいいの?」
きっと軽く返してくれると思ったのだけど――。
『は? ルルだからに決まってんじゃん』
意外な答えにワタシは驚いてしまった。けれどそれ以上にスマホ越しの彼の方が驚いていた。すぐに『あ、いや、その、あー、別に深い意味はねぇよ!』と。でも、その言い訳の仕方が何だか。ワタシもそれなりに友達の恋愛話を聞いて来たし、エースくんとの交流のお蔭でそれなりに同年代のことはわかって来た。だから、ちょっとびっくりした。とはいえ、エースくんのことを考えれば本当に深い意味はないのかもしれない。
かもね、と心の中で呟きながら深い追及はやめといた。
「ふふ。わかってるよ」
『お、おい。本当に、本当にだからな』
「わかったってば」
『ほんとうだからな!』
焦った声に彼はワタシの世間知らず的な部分で心配しているのかもしれない。でも、少し前のワタシだってそこまで信用はしない。うん、しないと思う。
「大丈夫だって」
『うん……じゃ、賢者の島の街で遊ぼうぜ』
「そうしましょ」
もしかしたらエースくんたちのお友達もくるかもしれない。それはちょっと楽しみだなと思いながらエースくんと待ち合わせ場所や時間を決めた。
* * *
「あれ? エースくん一人?」
「え、そうだけど」
何か変と頭を掻くエースくんに目を瞬かせた。
「てっきり、噂のデュースくんたちに会えるのかと思って」
「え? 何であいつら?」
眉を顰める彼にワタシも自分は可笑しなことを言ったのかなと考え出す。でも、デュースくんたちがいないとエースくんとワタシだけだ。これは今ならちょっと傍から見て大丈夫だろうか。
「ワタシと二人で大丈夫?」
以前、小学生に間違われたことを思えばイヤなのではないだろうか。ワタシもイヤだ。
「今日は間違われねぇよ。それ、制服着てるし」
「あ、そっか」
制服を身に纏っている自分の身体を見下ろす。
ブルームノヴァは長期休暇中に帰省していない生徒が賢者の島並びに他国に外出する際は制服で行くことが決まりになってはいる。だから、今日は指定のコートと制服を着ている。
「面白いくらい視線バシバシくんね」
「マジウケる」と言うエースくん。確かにさっきからまじまじと見る視線が向けられる。何がそんなに物珍しいのか。
「交流会で来ているのにな」
一応、ロイヤルソードアカデミーとの交流会には制服で来ているからここの人も少しは見慣れているはずだと思うけど。やっぱり、小学生とかに間違われているのか。それはエースくんに申し訳ない。それにこのままでは落ち着いてお店廻りもできない。
「どうしよう」
「うーん。あ、んじゃ、あそこ行こうぜ」
「え?」
指さす方を向く前にエースくんがワタシの手を掴んで足早に動き出した。出会った日のように足が絡まりかけたけれど必死に動かす。そして、連れられて来たのがセレクトショップだった。
エースくんは「ちょうどいいじゃん」と言ってそのまま入って行った。ワタシも慌ててついて行く。お店の中に入るとユニセックな雰囲気のある服や靴に小物がたくさん並べられていた。
「ふわぁ。すごい」
「おいおい。間抜けな顔してねぇで服選ぶぞ」
「ぁ、うん!」
ぐいぐいと引っ張られてお店の奥へとエースくんが進んでいく。慣れているのかな、なんて考えながらワタシはこの後のことはあまり考えていなかった。
渡されたワンピースに袖を通して姿見を見る。そして、仕切りのカーテンを開いて目の前に立っているエースくんに見せる。
「これは、どうかな?」
エースくんは顎に手をかけて首を傾げて渋い顔で「ぅーん」と唸った。この反応はもう五回目。つまり、このワンピースも却下ということだ。
心の中で「はぁ」と溜息をつく。エースくんはワタシに似合いそうな服を選んでくれる。そしてその服をワタシが着て見せる。でも、いまだに一回も納得してくれない。そもそもワタシが着るのだからワタシが選んでいいのはずなのにエースくんは。
「せっかくだしオレが選ぶ。あと、まぁ、息抜きに付き合ってくれたんだしプレゼント」
という訳でワタシは着せ替え人形よろしく五着も着ている。この現象は先月友達と服を買いに行ったときと同じだ。この様子だと長くなる覚悟をしないといけないのかもしれない。
それにしてもこれも似合わないとは。ワタシの身長や体型の所為だろうか。
今、着ているワンピースはクラシカルな雰囲気で普段着ることが滅多にないから新鮮だった。胸元のコーヒー色のリボンも可愛らしいし、履いてきたストラップパンプスに合う。ワタシはこれでいいかなって思うけれどエースくんは違うみたい。
「ダメ?」
「んー。ダメっていえばダメ」
「似合わないってこと?」
「やっ、そうじゃねぇんだよ」
首を振るエースくんは「ちょっと待って」とまた離れお店の中に消えていった。どうやら彼はまだまだ満足しない様だ。それにしても手当たり次第服を持って来てくれるけど値札をちゃんと見ているのだろうか。
チラッと値札を見れば高いラインに入る値段だ。大人から見ればそうでもないけれど、アルバイトもしていないお小遣い制の学生にはちょっとお財布を痛めそうな値段だ。
プレゼントって言っていたけれど大丈夫かな。不安になってワタシはお財布の中に入れたマドルを数える。
「ぅん。帰省したときにお小遣い貰ったし……大丈夫、うん」
もとはと言えばワタシの制服が無駄に注目を浴びてしまったせいだ。ワタシ自身が買うべきものだ。
「戻ってきたら言おう」
服もこのワンピースもこれにしよう。滅多に着ない雰囲気で嫌いじゃないし。それに早くお店を出ればエースくんと他のお店に行けるかもしれない。なら、その方が時間を有意義に使える。
「そうしよう」
一人満足してエースくんを待っていると。「ルル」と名前を呼ばれて顔を向ける。
そこに居たのはワインレッドの衿元の上品なレースが施されたワンピースを持って来たエースくんだった。そのワンピースにワタシは瞬く間に魅了されてしまった。
「これ着てみて」
「ぁ、うん」
断るつもりだったのに渡されたワインレッドのワンピースに惹かれてしまった。ワタシは断ることを忘れてワンピースに袖を通していた。
着替え終わり鏡を見ながら裾を掴んで左を見て、右を見る。それにしても不思議なワンピースだ。見れば見るほど心が躍り手放したくなかった。
「えへへ。かわい」
気分上昇しながらカーテンを開けてエースくんを呼ぶ。
「エースくん、エースくん、どう?」
「お、めっちゃいいじゃん」
今までにないエースくんの反応にも気分が上がる。ワタシは裾を掴んで見下ろす。
「このワンピース可愛いね」
「はは。すっげぇ気に入ってんじゃん」
「うん! とっても可愛い……」
ふわふわと答えているとエースくんが「んじゃ、店員呼ぼうぜ」と言ったところで現実に戻る。ワタシはすぐに値札を確認してギョッとする。さっきまで着ていたワンピースより値段が上がっている。そりゃ着心地もいいのも頷ける。
血の気が引いていくのを感じながらエースくんを呼び止める。
エースくんは目を瞬かせながら「なんだよ」と言う。この様子から値段を気にしていない。流石にヤバイ。
「エースくん。ワタシが買うからいいよ」
今月ちょっと我慢すれば買っても問題ない。そもそもこの値段。ただの友達からのプレゼントとしては可笑しい値段だ。そこにエースくんは気づいていない。
「いや、オレがプレゼントって言ったじゃん」
と言って顔を顰める。でも、ダメだ。ダメ。ワタシは値札を指さしながら「これ高いよ」と小声で言う。
「これ、流石に友達へのプレゼント領域じゃないよ」
ほら、と見せる。値札を見たエースくんは「うげっ」と素直な反応を見せた。
その様子にちょっと安心した。このままワタシ自身が買う流れに持って行こう。そうっ口を開きかけるとエースくんは渋い顔のまま呻くと「いや、プレゼントするし」と言い続ける。
「な、なんでっ」
「言いだしっぺだから」
「気にしないよっ」
「全然大丈夫だよ」「気にしないよ」等と言葉を募るもエースくんは何を意地になっているのか首を縦に動かさない。
「男が女にプレゼントするって言ったら撤回できないって兄貴が言ってたし」
「もう! ワタシたちは男とか、女とかの前に友達だよ」
だから、そんな世間一般的な思考かもわからないこと気にしていない。もう一度「気にしないで」と言えばエースくんは渋々と首を縦に動かした。そして、頬を掻きながら「そうだな。オレたち友だちだもんな」と噛みしめるように囁いた。
「つっても、お前もその値段大丈夫?」
「うん。どうせ今月から
買っちゃう、と告げる。それにエースくんがせっかく選んでくれたんだし買いたい。その気持ちは告げずにそっと胸の中に仕舞っておく。どうしてそうしたかわからないけれどそう決めた。
「じゃ、店員呼んでくんね」
「うん。お願い」
こうしてワタシは無事に制服から着替えることが出来た。
制服は大きめのショッパーに入れてもらったが意外に大きくワタシの身長では持つのに厳しかった。これじゃ、歩き回るのに邪魔だからゲートで先に送ってもらおうかと思ったけれど――。
「持つよ」
ひょいっとエースくんが軽くショッパーを持ってしまった。
「い、いいよ」
「制服だけだし重くないって」
そのままショッパーを肩にかけてしまった。なら、好意に甘えることにした。
「ありがとう、エースくん」
「いいって……あ、ルル、手出して」
ピタと足を止めたエースくんに合わせて足を止める。そして、言われた通りに両手を出すと何故か溜息をつかれてしまった。
「お前さ、本当に言われた通りに動くよなぁ」
「え、だって、エースくんが言ったから」
「……それも気を付けろよ」
意味がわからず首を傾げればエースくんが盛大に溜息をついて首を左右に振った。それから特に答えはくれず代わりにくれたのが――。
「ヘアクリップ?」
雪の結晶を模した透かし彫りがされたシルバー素材のヘアクリップだ。雪の結晶部分にあるパールビーズがちょっと大人っぽくでもシンプルで季節は限定されけれどどんな服にでも合いそうだった。
「これくれるの?」
「じゃなきゃ渡さねぇだろ」
フンと顔を横に逸らすエースくんの頬がちょっと赤いような気がする。でも、さっきまでいた店内が暑かったからそれで頬が赤いのかもしれない。気のせいにしておこうと両手に乗せられたヘアクリップを見る。
「着ける?」
「え? でも、自分じゃちょっと」
鏡を見ないと付けられない。コンパクトがあるからそれをエースくんに持ってもらえばいいけれど傍から見てちょっと何だか見られたら恥ずかしい。
「寮に戻ったら着けるよ」
そう言ってしまおうとしたけれど突然ヘアクリップが消えた。「ぇ」と顔を上げればエースくんが持っていた。ワタシが「何」って聞くより前に「横」と言いながら指をちょんちょんと右に指した。何がと首を傾げると「だから横向けって」と素直に横を向いた。すると何故か溜息が聞こえた。
「はぁ。マジで素直過ぎ」
それにムッとして「エースくんが言ったんじゃん」と言い返す。それに「だからって素直過ぎ」とよくわからない反論を貰った。
「なら、もうエースくんの言うこときかない」
「あ~、子どもみたいな返しすんじゃねぇーよ」
ならどうしたらいいのよ、と頬を膨らましているとケラケラ笑う声がした。
「リスみたいだなっとほら出来た」
頬を膨らましたままエースくんを睨めば嬉々とした顔で「こっち来いよ」と手を引っ張った。本当は足を突っ張って行きたくないと主張しようかとも思ったけれどやめた。それこそ彼が言った通り子どもっぽい。
大人しく引かれるままついて行くとショーウィンドーの前に立たされて。
「ほら、横向いて見ろよ」
これはしたがっていいんだろうと思って横を向けば――。
「わぁ! 綺麗!」
「な! お前の髪の色見て絶対似合うと思っただよ~」
「オレのセンス最高~」と彼は自画自賛しているけど本当にセンスがいい。キラキラとシルバー素材の台座とパールビーズの白い輝きが輝いている。まるで夜に月明りが反射して輝く雪のようだ。
「すごい。綺麗……ありがとう、エースくん!」
くるっとエースくんの方を向いて手を取って改めてお礼を言う。それにエースくんは驚いた猫の様な顔になった。可愛い表情だなと思ったのも束の間だった。
「ま、まぁな! それなりに流行は把握しているからな!」
「え~、なに、それ~」
胸を張るエースくんに笑いが込み上げる。エースくんも何だかんだとワタシの笑いにつられるように笑った。
ちょっとつまらないと思った初めてのウィンターホリデーもいい思い出が出来た。皆や
「あ! エース! やっと見つけたんだゾ!」
すごく大きな声がエースくんを呼んだ。それに目の前のエースくんが「ゲッ」とヒキガエルみたいな声をだした。そして、顔を横に向けて唇の端を引き攣らせた。
なんだろう、とワタシもつられて横を見ればそこにはナイトレイブンカレッジの制服を着た男の子二人と――猫みたいな狸みたいな生き物がいた。
その謎の生き物が「おい! 子分、エースなんだゾ!」と抱っこしている男の子の腕を叩く。腕を叩かれた男の子は「ハイハイ」と宥めている。その隣にいるスペードのペイントをしている男の子は「エース、お前」とショックを受けた顔をしているけれど――。
ここでワタシはエースくんのお友達を思い出す。
「もしかして、噂のデュースくんたち?」
「は?」
顔にスペードのペイントはワタシを見て口をパカと開けた。けど、目が合った瞬間顔を真っ赤にして目を逸らされてしまった。でも、その反応を見てきっと間違いないとワタシは確信を持った。
「じゃ、その猫ちゃんみたいなモンスターはグリムくんで、抱っこしているのは監督生くん?」
話を聞いたときの特徴を思い出してワタシはそう訊ねれば男の子は「うん、そうだよ」と微笑んで答えてくれた。ただ、監督生くんの腕の中にいるモンスターグリムは「ふなふな」と可愛らしく抗議の声をあげた。
「猫ちゃんじゃねぇんだゾ! まったくオレ様は大魔法士になるグリム様だ!」
「そんでこいつらはオレ様の子分なんだゾ!」と胸を張る様が中々に可愛らしい。微笑ましさも相まって自然と笑みが浮かぶ。
「ふな! オマエ! なに笑ってんだ!」
ひょいっと監督生くんの腕から飛び出してワタシの足元に来てプンプン怒るグリムくんは可愛い。意外に大きいから抱っこは無理そうだけど撫でたい。
「ねぇねぇ。グリムくん、撫でていい?」
「だぁから! オレ様は猫じゃねぇ!」
ふがふが怒るグリムくんを監督生くんがサッと抱き上げて慰める。結構小柄なのに力があるんだなって見ているとちょっとげっそりしていた。そんな顔を見てちょっと申し訳なくなった。
「はぁ。つかさ、何でお前らここにいんだよ」
「そ、それは」
エースくんがデュースくんに話しかけると彼の視線がウロウロしている。何だか疚しいことをしている人が責められているみたいな雰囲気だ。
「お前ら、さてはオレたちのことつけてたんじゃねぇのか」
目を細めてデュースくんを見つめるエースくん。彼はきっと正直な子なんだろう。呻きながらもあっさりと「おぅ」と答えた。すると、監督生くんは「ぁ~あ」と囁きグリムくんは「エースが悪いんだゾ!」とふなぁと声をあげた。
「何が悪いんだよ」
エースくんがグリムくんを監督生から奪い取るとぐりぐりと丸いおでこを撫でる。それをふなふなと抗議の声を上げながらグリムくんがエースくんを睨んだ。
「オマエが宿題ほっぽりだして鼻歌歌いながら出かけるなんてぜぇったいいいこ――」
「いっ、おま、ちょぉっと黙れ」
「ふがぁ!」
グリムくんの口を塞ぐエースくんは気まずげにワタシを見た。何で気まずい顔をするんだろう。もう外出の口実というのは知っているのに。
「気にしてないよ? 口実なのはわかっているから」
「……あー、うん。そうだったわな」
「うん、うん? 何か違うの?」
「いや、違わない、違わない」
アハハと軽い笑い声を出すエースくんに首を傾げる。すると、ずっと目の前に音もなく誰かが立った。
「それにしても小学生っていうけれど全然小学生感ないよね」
真正面に音もなく立ったのは監督生くんだった。監督生くんはワタシの顔を覗き込みながらまじまじと「やっぱり小学生じゃないよ」と微笑んで言う。それはそうだけれど。きっと、気にしないでと言いたいのだろうけれどちょっと複雑。
それにしても何だか不思議な子だし、本当に男の子なんだろうか。ちょっと雰囲気というか醸し出る空気がエースくんたちと違うような気もしなくもない。
とはいっても、男の子の友だちが少ないワタシの勘は当てにならない。
「ね。デュースから見てもそうでしょ」
「いっ、僕に振らないでくれ」
顔を上げて横を向くとそこにはデュースくんがいた。けれど相変わらず視線が合わないというかこちらを見ない。
「はは。デュースは女の子に対する免疫がないから気にしないで」
「おい! 監督生!」
瞬く間に顔を赤くして叫ぶデュースくん。そんな彼に目を丸くさせる。けど、どこかで見た光景だった。
ロイヤルソードアカデミーとの交流会で似たような反応をしている子がいた。それにしても免疫がないってどういうことだろうか。ワタシも同年代の男の子の交流はなかった。けれど、デュースくんのような照れというのはなかった。
「どうしたの、あ、そういえばお名前」
監督生くんに言われて自分が一方的に彼らを知っていることに気づく。ワタシは慌てて自己紹介をする。
「ルル・ラウラーです。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
朗らかな表情で返してくれる監督生くんは「デュースもほら」とデュースくんの袖を引いた。デュースくんは逸らしていた目をこちらに向けてくれた。ようやく合ったと思ったら――。
「おーい、もういいだろ」
「わっ」
後ろから聞こえた声に驚きに心臓がバクバクとする。声の正体を振り返って仰ぎ見ると肩にグリムくんを乗せたエースくんがいた。エースくんは不機嫌気味に唇を尖らせていた。どうやら放っていたのが嫌だったみたいだ。この様子を見ると仲間外れが苦手なのかもしれない。
「放ってごめんね?」
一応謝れば拗ねた顔が崩れて「んだよ、それ」と破顔した。よかった、戻ったと胸をなでおろしていると周りから「見た? デュース?」「ああ、見たぞ」という声が聞こえて来る。ついでにエースくんの肩にいるグリムくんが「エース。オマエ拾い食いでもしたのか?」と訊いている。
「どうしたの?」
監督生くんとデュースくんの方を見て訊ねれば揃って首を横に振った。
「いや、何でもない」
まだ薄らと頬が赤いデュースくんと、その横で唇をもにゃもにゃさせる監督生くんは「貴重なエースを見ただけ」と続けた。その言葉に羨ましさを覚えた。ワタシは普段のエースくんを知らない。けれど、彼らはワタシの知らないエースくんをたくさん知っているのだろう。純粋に羨ましかった。
「ね。エースくんって普段どんな感じなの?」
興味本位に二人に聞いてみると後ろから「あー!」と大声が聞こえた。その反応にエースくんは聞いてほしくないんだろう。でも、知りたいし――目の前の二人はちょっと乗り気だ。
「きっとラウラーさんが知らないことがたくさんあるぞ」
「うんうん。ルルさんもきっと驚いちゃうよ」
悪い顔のデュースくんと監督生くんに興味が俄然湧いて前のめりになるけれど。
「おい、こら、ルル」
「わぁ!」
ぐいっと後ろに引っ張られて背中に何かが当る。何と上を向けば覗き込む様にエースくんの顔があった。
「ッ」
想像以上に近い距離に猫のような彼の瞳があった。そして見つめる先にある瞳は苛立ちと仄かな怒りが見え隠れしていた。絡み合う苛立ちと怒りは何を意味しているのだろう。
「ぇっと、あー、ごめんね」
「別に、いいし」
フンと鼻を鳴らしたエースくんは顔を上げて正面にいるデュースくんたちに「お前らも余計なこと言うなよ」と釘を刺した。どうやらワタシは聞いてはいけないことを聞いたらしい。つまり、ワタシがまだ自発的に踏み込んではいけない領域を踏んでしまったようだ。瞬間、疎外感が込み上げて寂しくなる。
気軽に頭上で飛び交う様な会話は出来ないなと思った。疎外感にどうしようかなとしていると――。
「んじゃ。オレたち行くからお前らもさっさと帰れよ」
「エースも遅くならないようにな」
「そうそう。送り狼にならないようにね」
何だ、何だ、と見ていると何だか話がいつの間にか終わっている。エースくんの肩に乗っていたグリムくんもいつの間にか監督生くんの腕の中にいる。
「じゃ、ラウラーさん、またな」
「今度は皆でゆっくりお茶でもしようね」
「またなぁ~」
いつの間にか会話が終わったのかぞろぞろと去っていく彼らをポカンと見送る。そして、去っていく三人の背中が小さくなると頭上から「はぁ~」と大きな溜息が聞こえた。
「ったく、あいつら茶化すだけ茶化しやがって」
「ふふ。でも、とっても仲良しなんだね」
「……まぁ、すでに腐れ縁って感じだな」
こそばゆそうなエースくんに男の子はこんな感じなのかなって思った。でも、三人の様子はずっと昔からの友だちのようにも見えた。ワタシも今の友達とそういう風に見えたらいいな。
「ルル、行くぞ」
「え? どこに?」
思わず聞き返しまったけれどすぐに賢者の島に来た意味を思い出す。エースくんは呆れ眼で「目的忘れんなよ」と呟く。
「だって、デュースくんたちと遭遇したから」
「それでも忘れんなよ。ほら、行くぞ」
いつの間にかスマホを取り出して歩き出す。その足に転ばぬようにワタシも動かし出す。
ウィンターホリデーのお蔭で以前のような人混みはないから迷子にはならないだろう。でも、歩幅の違うエースくんと速度を揃えるのは中々大変。
前みたいに腕を組ませてくれたらいいけれど――言えない。だって、はぐれるほどじゃないから。だから、言えない。
ワタシは必死に後をついていくと前を歩く彼がピタリと止まった。そして、すぐに振り返って眉を寄せた。
「悪ぃ。歩くの早すぎたな」
ほら、と以前のように腕を差し出された。ハ、と僅かにあがる息を整えながらその腕を見る。
「いいの?」
「は? 何が?」
ワタシの問いかけに首を傾げるエースくん。その様子に気にしていた自分の方が馬鹿みたいだった。自分の馬鹿さ加減に笑いながら「何でもないよ」と言ってそっと腕を取る。
「ちゃんと離れるなよ」
「ぁ、うん」
歩き出すエースくんと歩幅が合う。ワタシの歩幅を思い出して合わせてくれているようだ。それだけで嬉しい。そういえば、エースくんと一緒にいたりするときは些細なことで嬉しくなる。それは、それは、一体、どういう意味なんだろう。
考え出すと心臓が、とても、とても、ドキドキした。この意味を考えて答えを見つけたいと思うけれど――。
「お。あそこのカフェだな」
エースくんの声でその意思は霧散する。そして、心の中にいる小さなワタシが「もう少しいいんじゃない?」と囁いた。だから、ワタシはもう少しこの意味を探ることを止めた。