乙女の誕生
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乙女の誕生
どうしよう。迷子になってしまった。
右を見ても見知らぬ人。左を見ても見知らぬ人。それでもワタシの困惑具合が伝わっているのかチラチラと視線が送られる。けれど、皆すぐにワタシの前を通り過ぎ去ってしまう。ならばワタシから声をかければいいのだけれどいかんせん皆歩くのが早い。今度こそは、今度こそは、と勇みながらもタイミングが掴めず何度か挑戦を試みていると――。
「あのさ、もしかして迷子?」
「え」
にょっと目の前に突然男の子の顔が現れた。
顔にハートのイラストが描かれた印象的な男の子だった。赤い瞳がつり目なのが猫みたいと見ていると男の子の顔が遠ざかる。
その動く顔を見ていくと必然的に高い位置にある男の子の顔を見上げる形になる。ワタシが見上げるのと逆に男の子はい下ろしながら眉を寄せて「迷子じゃねぇの?」ともう一度聞いて来た。それにハッとなって首を縦に動かす。
「迷子、迷子です」
「だよね。ずっとここで誰か探しているみたいだったし」
ふぅと息をつく男の子は「お父さんと、お母さんと来たの?」と優しく訊ねてきた。ワタシはまさかの質問に「うぇ」と可笑しな声を出してしまう。すると、男の子は怪訝そうに眉を寄せた。
「迷子だから賢者の島に観光に来たんだろ? あ、もしかして両親じゃなくて兄ちゃんとか、姉ちゃんとかと来た感じ?」
すげぇなと感心した声を出されたが違う。迷子だから観光客だと間違われるのは予想していた。ワタシはすぐに一緒にランチしていた子がいたことを告げる。
「友達? 小せぇのに友達とこんな辺鄙なところまですげぇな」
男の子の言葉に若干の違和感を覚える。もしかして、とワタシはついこの間の薔薇の王国で中学生に間違えられたことを思い出し慌てて男の子に言う。
「あ、あの、ワタシ、十五です。あ、でも、もうすぐ十六になります」
身長が低いせいかよく中学生に間違えられる。だから、まずは一人でも十分に行動できる年齢であることを告げる。とはいっても、迷子になっていては単独行動が出来ない年齢と変わらないかもしれない。
先輩 に怒られちゃうなと考えていると男の子の顔がちょっと間抜け面になる。猫のような目をめいいっぱい広げて、口をパカリと大きく開けている。一体どうしてそんな顔をしているのだろうか。
「あの、どうしたんですか?」
「えぇ! いや、だって、どこからどうみても小学生じゃん!」
「しょ、小学生!」
てっきり中学生と間違えられているのかと思ったら小学生だった。初めての経験にワタシも男の子と同じ顔をしてしまう。
「そんなに小さくないですよ」
「いや、小さいって……ぇえ。つか、十六になるってオレとタメ?」
「え。ワタシと同い年なの?」
まじまじと驚いた顔のままの男の子を見る。よくみればロイヤルソードアカデミーの同学年の男の子と似たような幼さが残る顔立ちだ。なら、安心して聞ける。
「……よかった。あの迷子なのは迷子で、こういうときは案内所に行けばいいんですか?」
「タメだからくだけて話していいよ。つか、今思ったけどスマホで連絡取ればいいじゃん」
スマホあるっしょ、と言って黒いジャケットからスマホを取り出す男の子。それにワタシは閃くがすぐに首を振った。
「相手の子の連絡先知らないの。だから、案内所に行かないと」
「友達なのに知んねぇの?」
「ともだち?」
男の子の言葉に首を傾げて一緒に居た子を思い浮かべる。けれど、あの子は友達という部類には当てはまるような、当てはまらないような子だ。
「うーん。どうだろう。この間の交流会でちょっとお話しただけだからなぁ」
「……交流会? 何だ、微妙な奴とメシ食ってんの?」
「うーん。そういうことになるかな」
いまひとつ要領が掴めていない顔をする男の子にワタシは説明しようとして一度口を閉じる。それからも改めて自分の名前を名乗った。
「ワタシ、ルル・ラウラーっていいます」
「は?」
驚く男の子にこれから色々説明するなら名乗った方がいいかと思ったことを告げる。それに男の子は片眉を上げて革手袋をしていない手で頬を掻く。
「名前、簡単に言うのやめたほうがいいぜ」
思ってみない注意にワタシは咄嗟に「どうして?」と訊ね返してしまった。男の子は首を横に振って呆れながら話し出す。
「ハァ。オレが悪い男だったらどうすんの」
「悪い男?」
「そ。わるぅい男」
片眉を上げてイジワルそうに口角をあげる男の子に首を傾げる。
「困っているワタシに声をかけたのに、そんなことあるの?」
「親切の皮を被った悪い人間なんて星の数ほどいっから」
「あー、うん。友だちも言っていた」
でしょ、と言った男の子はイジワルの顔を引っ込めた。でも、やっぱり男の子は悪い人には見えない。あくまで今は。だから、大丈夫と男の子を見る。ワタシの眼差しに男の子はふぅと息を吐き出した。
「ま。どうこうする気ねぇし。案内所行きたいんってことなら、すぐそこにあるし連れていくぜ」
「っ! ありがとう!」
ほら。大丈夫。自分の勘の良さに一人胸を張ると男の子が「でも」と切り出す。
「オレは優しかったけど他の人間は分かんねぇから気を付けろよ」
「ふふ。わかった。気を付ける。でも、アナタとても優しいのね。あ、で、名前は」
恩人の名前を知らないのも悪いと思って訊ねれば男の子はちょっとイヤな顔をした。もしかして聞かれたくなかったのかもしれない。
「あ、ごめんなさい。その、悪気はなかったんだけどイヤな人はイヤだったよね」
「別にそうじゃねぇけど。それも気を付けろよ……オレはエース・トラッポラ」
ナイトレイブンカレッジの一年、と付け加えた。賢者の島にある二大名門魔法士養成学校のひとつナイトレイブンカレッジの生徒だったとは。でも、制服をよく見れば何度か見かけたことのある黒い服を着ている。けれど、それ以上にワタシは何だか嬉しくなった。
「実はワタシも魔法士見習いなのよ! 同じね!」
「ハ? なに、魔法士だったの?」
「ええ! ワタシはブルームノヴァカレッジに通っているの」
「へぇ……ん、ブルームノヴァ? はぁあッッ! ブルームノヴァって、何で、そこの生徒が賢者の島にいんだよ!」
「あ。それはね――」
驚くエースくんを見て楽しみながら迷子になるまでの経緯をワタシはかいつまんで話した。
「へぇ。ブルームノヴァの生徒って賢者の島にも遊びに来れんだ」
「そうなの」
ワタシの通う魔法士養成学校ブルームノヴァカレッジは賢者の島にも負けず劣らずの辺境の地にある。ただ、違うのは島に住人がいないこと。いるのは魔法動物くらいだ。
「電波は通っているんだけど遊びに行く場所ないから学校が各国と契約して市街地に繋がる扉を作ったの」
外出届を出すのは大変だけれど皆それを苦にせず私服に着替えて出かけていく。その中には恋人に会う子もいるらしい。ワタシはまだまだ縁遠い話だけれどその時の女の子はとても可愛くて見ているのが好きだった。
「ぅん? んじゃ、なんで賢者の島になんて扉作ってんだ」
ここも負けず劣らず辺境だけど、と質問するエースくんに応える。
「ワタシの学校とロイヤルソードアカデミーの交流が盛んだから。昔はナイトレイブンカレッジとも交流があったらしいけど」
知らないかな、と見ればエースくんは微妙な顔をしていた。
「そーいや。兄貴がそんなこと言ってたな……つか、なんで、うちとの交流なくなってんの?」
「さぁ。ワタシもわからない」
色々噂はあるけれど噂は噂で片づけられている。
「でも、生徒の中ではナイトレイブンカレッジとも交流したがっている子はいるのよ」
「へぇ。うちもきっと交流したがると思うぜ」
にやっと唇を歪ませるエースくん。何だかイヤなことを考えていそうな顔だ。でも、すぐそれは消えて矢継ぎ早に質問してきた。
「で、お前の連れってロイヤルソードアカデミーの奴なの」
「うん。本当はワタシも含めた四人でランチをする予定だったの。だけど、その内二人が急用で来られなくなってワタシとその子でランチしたの」
「へぇ。デートみたいじゃん。つーか。デートにされたって感じ」
エースくんの〝デート〟という言葉が最初わからなかった。でも、すぐに友達との会話を思い出して首を振る。
「違うよ。ただ、ランチを一緒にしただけ。デートじゃないよ」
「え。いやいや、なんでそうなるん?」
「だって、デートって恋人とかそれに準ずる人たちがするものでしょ?」
ワタシとあの子は恋人じゃない。それに友達でもないし、デートじゃない。なのに、なんでエースくんはデートなんて言うのだろう。
不思議そうに見ればエースくんはまた猫のような目を見開いた。
「マジで言ってんの?」
「だって、そもそも友達でもないし、今日はせっかくだからって言うから」
今思い返せば、はぐれてしまったあの子は随分と食い下がっていた。だから、何となく流れでランチを一緒にしたのだ。あまり楽しいとは思えない食事にちょっとお腹が空いてくる。すると、お腹がキュウと鳴る。
「んだよ。ランチしたばっかでもう腹減ったの?」
「ぅ、」
にんまりと猫みたいに笑うエースくん。まだまだ会ったばかりなのにからかっているのがよく伝わる。ワタシもよく言われるけれど表情が豊かな男の子なんだろうな。
「だって、楽しくなかったから……」
あまり食も進まなかった。正直に話せばエースくんはまた面白そうな顔をする。
「ふーん、そ。んじゃ、ちょっと寄り道――あ! あそこ行こうぜ!」
「わわっ」
引っ張られて、もつれかける足。さらにそこへ後ろから来た人がぶつかり体勢が崩れる身体。慌ててエースくんの腕にしがみつく。その勢いでちょっと身体がぶつかってしまう。
「あっ、ごめんねっ!」
ぎゅうと強く掴んだことに気づいて顔を上げる。
「エースくん、どうしたの……?」
真顔でエースくんは停止していた。さっきまで器用に回っていた口が真っ直ぐ横に引かれている。何だろう。何かあったのかな。もしかして――とすぐにエースくんの腕から離れる。
「強くにぎっちゃって、痛かったね。ごめん」
掴んでしたまった腕を撫でるとビュッと腕がいなくなった。どこにいったのかなと視線を上げる。そこに綺麗に真っ直ぐにあがった腕があった。
「あの、エースくん」
「や、何でもねーよ。大丈夫、大丈夫、痛くない、痛くない」
ようやく真っ直ぐに引かれた唇がへらっと動いた。大丈夫、大丈夫と腕を振るエースくんに安心した。
「よかった。まだ、治療魔法上手く使えないから」
「オレもまだだよ。つか、急に引っ張って悪かった」
「いいよ。大丈夫。それよりもエースくんもケガしてなくてよかった」
次は大丈夫だからと言えばエースくんが「あー」と言いながら腕を差し出して来た。
「ほら、お前ちっさいからまた流されちまうと思うし」
「小さいのは余計だけど……えへへ。ありがとう」
実はいつも人並みに流されるから友達と手を繋いでいる。だから、こうして掴める場所が出来ると助かる。せっかくのエースくんの申し出に腕を取ると――。
「ルル!」
男の子の声で名前が呼ばれた。瞬間、何故だか残念な気持ちが込み上げた。
「もしかして、あそこのプラチナブロンドの男と来たの?」
顔をあげればエースくんが顔だけ後ろに向けて言っていた。その顔は何も読めない。まだ会って数十分しか経っていないのだから分かる訳がない。
もっと仲良くなれたらよかったのに。なんて思いながらワタシはそっと腕から手を離して身体ごと振り返って駆け寄って来る顔を確認する。
「うん。そうだよ。探してくれていたみたい」
「ふぅん。連れが見つかってよかったじゃん」
「うん……」
エースくんの言う通り見つかってよかった。だのに、よかったという気持ちがない。なんでだろう。
「なんだよ~。嬉しくねぇの?」
「……ちょっと」
イジワル顔のエースくんが顔を覗き込みながら聞いて来たから素直に答え。いや、素直じゃない。本当はちょっとじゃなくて全然嬉しくない。
「へぇ。そ」
眉を上げるとエースくんは口角も上げて楽しそうな顔をしている。何が楽しいのだろう。けれど、ワタシはそれよりもエースくんとお別れという事実がとても寂しかった。このままさようならはイヤだ。だから、せめて友達になりたいなと思って口を開きかけるけれど。
「ルル! 一体どこにいっていたんだい!」
いつの間にか目の前にやって来ていた彼に遮断されてしまった。息を切らした彼はワタシの肩をいきなり掴んだ。いきなりのことにびっくりとして「痛い」と言ってしまった。
「ぁ、わ、悪い。それより、よかった。キミに何もなくって」
顔を緩める彼に邪険にしてしまったことに罪悪感が込み上げる。
「ええ。最初は困ったんだけど、エースくんが助けてくれて」
エースくんを紹介すると彼はそちらを向いた。
「キミはナイトレイブンカレッジの生徒ですね。彼女の面倒をみてくださったようで」
「ありがとう」と言う彼の態度が何故だか引っかかった。どこかと訊かれたら説明が難しいくらいの小さなことだけれど引っかかる。
むぅと考えているとエースくんが話し始めた。
「別に礼を言われることじゃねーし。それにしてもルル。〝恋人〟クンが迎えに来てくれてよかったじゃん」
「え!」
恋人なんて一言も言っていないのに何でそんなことをエースくんは言うのだろう。目を丸くさせて見ればエースくんはパチンと綺麗なウィンクをしてきた。一体、何を考えているんだろうかわからない。このときワタシはおかしな方向へと進もうとしていることに気づく。
でも、一緒にランチを食べた彼は気づいていないみたい。真っ白な頬を薔薇色に染めた。何で彼はそんな反応をするのだろうか。彼は照れくさそうに口を開いた。
「そ、そうかな。でも、実はそうじゃないんだ。けど、ボクはそう見えたなら嬉しいかな」
「へぇ~~。だって、ルル」
イジワルな顔をしたエースくんにワタシは戸惑いの眼差しを向ける。だって、何をしたいか分からないから。それにしてもどこからどうみたら彼と恋人に見えるのだろうか。
「いや、お似合いだって……でも、ルルはどうなん?」
「ええ!」
いきなり振られた話しに焦りが込み上げる。そして、一人焦りながらイジワル顔のエースくんとなんか知らないけれど瞳をキラキラさせる彼の顔を交互に見える。
どうしていいかわからない。わからないからこそ事の発端のエースくんの猫のような瞳を見つめた。
イジワルにしなる目は本当に猫みたい。猫みたいに撫でたらゆるっと下がるのかな。思考が斜め上に行きかけたときだった。彼の戸惑い気味な声に呼ばれる。
「あ、あの、どうしたんだい?」
「え、あ、えっと、あー、えっとね。エースくん、あのワタシ、この人とは本当に恋人じゃないの。それに、お友達でもなくて、えっと、そのね」
さっきも説明もしたのにもう一度同じことを言ったところで焦った声で遮られる。
「ルル! ボクとキミは、こ、恋人ではなくとも友人だろ!」
「え、そうだったっけ?」
そんなつもりなかったけれど、と思わず続ければ彼の真っ白な顔が青白くなる。
「で、でも、その、今日ボクと食事してくれたよね」
「だって、アナタがどうしてもっていうから……」
彼の顔がまた一段青白くなる。血の気が一切なくてちょっと心配になる。
「あの、大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫なんだが……ルル、申し訳ない。ボクちょっと所用が出来て学園に帰らないといけないんだ」
すまない、と言って後ろを振り向いて駆けだした。ワタシは走り出した彼を引き留めることが出来ずに呆然と見送ってしまった。
「くっ、アッハハハッ! やっば! ルル、お前ってば最高!」
突然声を上げて笑いだしたエースくんに驚きながらすぐに抗議の声を上げる。
「もう! エースくん! 恋人でも友達でもないって言ったじゃない!」
「ちょ、おい、ごめん、ごめんって!」
「もう! もう!」
「だ、だから、ごめんって言ってんじゃん!」
ポコポコ叩いている手を取られてしまった。すっぽりと男の子の手に包まれた自分の手。その大きさを初めて体験し、びっくりした。自分の手は小さい、小さいとは思っていたけれどここまですっぽりと包まれてしまうとは。
それを凝視しているとパッと手が離れた。ワタシもすぐに引っ込めたけれど手に残るエースくんの熱にちょっとおかしくなりそうだった。
一人よく分らない感覚に陥っているとエースくんがイジワルそうな声で話し出す。
「でも、これでよかったじゃん。もうメシ誘われないと思うぜ」
「え? どうして?」
「だって、お前、あの野郎フッたから」
「フッた?」
そ、とこちらを値踏みするような猫みたいな顔をするエースくん。一体何を言いたいのだろうか。フッたというのはどういう意味だろう。
「お子ちゃまだな」
「うっ。それ友達にもよく言われる」
「ハハ。いい友達じゃん」
エースくんはそれから話は終わりというように「んじゃ、クレープ食べる?」と誘って来た。さっき行こうとしていた場所だろうか。ワタシは帰っていた彼の「カフェに行かない」という誘いよりも何倍も楽しくなった。
「うん! 行く!」
「あ~、ほら、そういうところだよ」
「え、なに、なに?」
目を据わらせるエースくんに意味を訊ねるもはぐらかされてしまった。
その日、夜。ワタシは寝る直前に新しく登録された名前を見上げていた。
「エース・トラッポラ……へへ。新しいお友達ができちゃった」
しかもなんと男の子だ。初めての男の子の友達に胸がドキドキわくわくする。
「せっかくだし、メッセージ送ろう」
ベッドから起きあがって窓を開け放つ。そこには故郷にも負けない満天の星空。その夜空を撮ってメッセージと一緒に送った。返事が来るまでワタシは初めてソワソワドキドキした。
どうしよう。迷子になってしまった。
右を見ても見知らぬ人。左を見ても見知らぬ人。それでもワタシの困惑具合が伝わっているのかチラチラと視線が送られる。けれど、皆すぐにワタシの前を通り過ぎ去ってしまう。ならばワタシから声をかければいいのだけれどいかんせん皆歩くのが早い。今度こそは、今度こそは、と勇みながらもタイミングが掴めず何度か挑戦を試みていると――。
「あのさ、もしかして迷子?」
「え」
にょっと目の前に突然男の子の顔が現れた。
顔にハートのイラストが描かれた印象的な男の子だった。赤い瞳がつり目なのが猫みたいと見ていると男の子の顔が遠ざかる。
その動く顔を見ていくと必然的に高い位置にある男の子の顔を見上げる形になる。ワタシが見上げるのと逆に男の子はい下ろしながら眉を寄せて「迷子じゃねぇの?」ともう一度聞いて来た。それにハッとなって首を縦に動かす。
「迷子、迷子です」
「だよね。ずっとここで誰か探しているみたいだったし」
ふぅと息をつく男の子は「お父さんと、お母さんと来たの?」と優しく訊ねてきた。ワタシはまさかの質問に「うぇ」と可笑しな声を出してしまう。すると、男の子は怪訝そうに眉を寄せた。
「迷子だから賢者の島に観光に来たんだろ? あ、もしかして両親じゃなくて兄ちゃんとか、姉ちゃんとかと来た感じ?」
すげぇなと感心した声を出されたが違う。迷子だから観光客だと間違われるのは予想していた。ワタシはすぐに一緒にランチしていた子がいたことを告げる。
「友達? 小せぇのに友達とこんな辺鄙なところまですげぇな」
男の子の言葉に若干の違和感を覚える。もしかして、とワタシはついこの間の薔薇の王国で中学生に間違えられたことを思い出し慌てて男の子に言う。
「あ、あの、ワタシ、十五です。あ、でも、もうすぐ十六になります」
身長が低いせいかよく中学生に間違えられる。だから、まずは一人でも十分に行動できる年齢であることを告げる。とはいっても、迷子になっていては単独行動が出来ない年齢と変わらないかもしれない。
「あの、どうしたんですか?」
「えぇ! いや、だって、どこからどうみても小学生じゃん!」
「しょ、小学生!」
てっきり中学生と間違えられているのかと思ったら小学生だった。初めての経験にワタシも男の子と同じ顔をしてしまう。
「そんなに小さくないですよ」
「いや、小さいって……ぇえ。つか、十六になるってオレとタメ?」
「え。ワタシと同い年なの?」
まじまじと驚いた顔のままの男の子を見る。よくみればロイヤルソードアカデミーの同学年の男の子と似たような幼さが残る顔立ちだ。なら、安心して聞ける。
「……よかった。あの迷子なのは迷子で、こういうときは案内所に行けばいいんですか?」
「タメだからくだけて話していいよ。つか、今思ったけどスマホで連絡取ればいいじゃん」
スマホあるっしょ、と言って黒いジャケットからスマホを取り出す男の子。それにワタシは閃くがすぐに首を振った。
「相手の子の連絡先知らないの。だから、案内所に行かないと」
「友達なのに知んねぇの?」
「ともだち?」
男の子の言葉に首を傾げて一緒に居た子を思い浮かべる。けれど、あの子は友達という部類には当てはまるような、当てはまらないような子だ。
「うーん。どうだろう。この間の交流会でちょっとお話しただけだからなぁ」
「……交流会? 何だ、微妙な奴とメシ食ってんの?」
「うーん。そういうことになるかな」
いまひとつ要領が掴めていない顔をする男の子にワタシは説明しようとして一度口を閉じる。それからも改めて自分の名前を名乗った。
「ワタシ、ルル・ラウラーっていいます」
「は?」
驚く男の子にこれから色々説明するなら名乗った方がいいかと思ったことを告げる。それに男の子は片眉を上げて革手袋をしていない手で頬を掻く。
「名前、簡単に言うのやめたほうがいいぜ」
思ってみない注意にワタシは咄嗟に「どうして?」と訊ね返してしまった。男の子は首を横に振って呆れながら話し出す。
「ハァ。オレが悪い男だったらどうすんの」
「悪い男?」
「そ。わるぅい男」
片眉を上げてイジワルそうに口角をあげる男の子に首を傾げる。
「困っているワタシに声をかけたのに、そんなことあるの?」
「親切の皮を被った悪い人間なんて星の数ほどいっから」
「あー、うん。友だちも言っていた」
でしょ、と言った男の子はイジワルの顔を引っ込めた。でも、やっぱり男の子は悪い人には見えない。あくまで今は。だから、大丈夫と男の子を見る。ワタシの眼差しに男の子はふぅと息を吐き出した。
「ま。どうこうする気ねぇし。案内所行きたいんってことなら、すぐそこにあるし連れていくぜ」
「っ! ありがとう!」
ほら。大丈夫。自分の勘の良さに一人胸を張ると男の子が「でも」と切り出す。
「オレは優しかったけど他の人間は分かんねぇから気を付けろよ」
「ふふ。わかった。気を付ける。でも、アナタとても優しいのね。あ、で、名前は」
恩人の名前を知らないのも悪いと思って訊ねれば男の子はちょっとイヤな顔をした。もしかして聞かれたくなかったのかもしれない。
「あ、ごめんなさい。その、悪気はなかったんだけどイヤな人はイヤだったよね」
「別にそうじゃねぇけど。それも気を付けろよ……オレはエース・トラッポラ」
ナイトレイブンカレッジの一年、と付け加えた。賢者の島にある二大名門魔法士養成学校のひとつナイトレイブンカレッジの生徒だったとは。でも、制服をよく見れば何度か見かけたことのある黒い服を着ている。けれど、それ以上にワタシは何だか嬉しくなった。
「実はワタシも魔法士見習いなのよ! 同じね!」
「ハ? なに、魔法士だったの?」
「ええ! ワタシはブルームノヴァカレッジに通っているの」
「へぇ……ん、ブルームノヴァ? はぁあッッ! ブルームノヴァって、何で、そこの生徒が賢者の島にいんだよ!」
「あ。それはね――」
驚くエースくんを見て楽しみながら迷子になるまでの経緯をワタシはかいつまんで話した。
「へぇ。ブルームノヴァの生徒って賢者の島にも遊びに来れんだ」
「そうなの」
ワタシの通う魔法士養成学校ブルームノヴァカレッジは賢者の島にも負けず劣らずの辺境の地にある。ただ、違うのは島に住人がいないこと。いるのは魔法動物くらいだ。
「電波は通っているんだけど遊びに行く場所ないから学校が各国と契約して市街地に繋がる扉を作ったの」
外出届を出すのは大変だけれど皆それを苦にせず私服に着替えて出かけていく。その中には恋人に会う子もいるらしい。ワタシはまだまだ縁遠い話だけれどその時の女の子はとても可愛くて見ているのが好きだった。
「ぅん? んじゃ、なんで賢者の島になんて扉作ってんだ」
ここも負けず劣らず辺境だけど、と質問するエースくんに応える。
「ワタシの学校とロイヤルソードアカデミーの交流が盛んだから。昔はナイトレイブンカレッジとも交流があったらしいけど」
知らないかな、と見ればエースくんは微妙な顔をしていた。
「そーいや。兄貴がそんなこと言ってたな……つか、なんで、うちとの交流なくなってんの?」
「さぁ。ワタシもわからない」
色々噂はあるけれど噂は噂で片づけられている。
「でも、生徒の中ではナイトレイブンカレッジとも交流したがっている子はいるのよ」
「へぇ。うちもきっと交流したがると思うぜ」
にやっと唇を歪ませるエースくん。何だかイヤなことを考えていそうな顔だ。でも、すぐそれは消えて矢継ぎ早に質問してきた。
「で、お前の連れってロイヤルソードアカデミーの奴なの」
「うん。本当はワタシも含めた四人でランチをする予定だったの。だけど、その内二人が急用で来られなくなってワタシとその子でランチしたの」
「へぇ。デートみたいじゃん。つーか。デートにされたって感じ」
エースくんの〝デート〟という言葉が最初わからなかった。でも、すぐに友達との会話を思い出して首を振る。
「違うよ。ただ、ランチを一緒にしただけ。デートじゃないよ」
「え。いやいや、なんでそうなるん?」
「だって、デートって恋人とかそれに準ずる人たちがするものでしょ?」
ワタシとあの子は恋人じゃない。それに友達でもないし、デートじゃない。なのに、なんでエースくんはデートなんて言うのだろう。
不思議そうに見ればエースくんはまた猫のような目を見開いた。
「マジで言ってんの?」
「だって、そもそも友達でもないし、今日はせっかくだからって言うから」
今思い返せば、はぐれてしまったあの子は随分と食い下がっていた。だから、何となく流れでランチを一緒にしたのだ。あまり楽しいとは思えない食事にちょっとお腹が空いてくる。すると、お腹がキュウと鳴る。
「んだよ。ランチしたばっかでもう腹減ったの?」
「ぅ、」
にんまりと猫みたいに笑うエースくん。まだまだ会ったばかりなのにからかっているのがよく伝わる。ワタシもよく言われるけれど表情が豊かな男の子なんだろうな。
「だって、楽しくなかったから……」
あまり食も進まなかった。正直に話せばエースくんはまた面白そうな顔をする。
「ふーん、そ。んじゃ、ちょっと寄り道――あ! あそこ行こうぜ!」
「わわっ」
引っ張られて、もつれかける足。さらにそこへ後ろから来た人がぶつかり体勢が崩れる身体。慌ててエースくんの腕にしがみつく。その勢いでちょっと身体がぶつかってしまう。
「あっ、ごめんねっ!」
ぎゅうと強く掴んだことに気づいて顔を上げる。
「エースくん、どうしたの……?」
真顔でエースくんは停止していた。さっきまで器用に回っていた口が真っ直ぐ横に引かれている。何だろう。何かあったのかな。もしかして――とすぐにエースくんの腕から離れる。
「強くにぎっちゃって、痛かったね。ごめん」
掴んでしたまった腕を撫でるとビュッと腕がいなくなった。どこにいったのかなと視線を上げる。そこに綺麗に真っ直ぐにあがった腕があった。
「あの、エースくん」
「や、何でもねーよ。大丈夫、大丈夫、痛くない、痛くない」
ようやく真っ直ぐに引かれた唇がへらっと動いた。大丈夫、大丈夫と腕を振るエースくんに安心した。
「よかった。まだ、治療魔法上手く使えないから」
「オレもまだだよ。つか、急に引っ張って悪かった」
「いいよ。大丈夫。それよりもエースくんもケガしてなくてよかった」
次は大丈夫だからと言えばエースくんが「あー」と言いながら腕を差し出して来た。
「ほら、お前ちっさいからまた流されちまうと思うし」
「小さいのは余計だけど……えへへ。ありがとう」
実はいつも人並みに流されるから友達と手を繋いでいる。だから、こうして掴める場所が出来ると助かる。せっかくのエースくんの申し出に腕を取ると――。
「ルル!」
男の子の声で名前が呼ばれた。瞬間、何故だか残念な気持ちが込み上げた。
「もしかして、あそこのプラチナブロンドの男と来たの?」
顔をあげればエースくんが顔だけ後ろに向けて言っていた。その顔は何も読めない。まだ会って数十分しか経っていないのだから分かる訳がない。
もっと仲良くなれたらよかったのに。なんて思いながらワタシはそっと腕から手を離して身体ごと振り返って駆け寄って来る顔を確認する。
「うん。そうだよ。探してくれていたみたい」
「ふぅん。連れが見つかってよかったじゃん」
「うん……」
エースくんの言う通り見つかってよかった。だのに、よかったという気持ちがない。なんでだろう。
「なんだよ~。嬉しくねぇの?」
「……ちょっと」
イジワル顔のエースくんが顔を覗き込みながら聞いて来たから素直に答え。いや、素直じゃない。本当はちょっとじゃなくて全然嬉しくない。
「へぇ。そ」
眉を上げるとエースくんは口角も上げて楽しそうな顔をしている。何が楽しいのだろう。けれど、ワタシはそれよりもエースくんとお別れという事実がとても寂しかった。このままさようならはイヤだ。だから、せめて友達になりたいなと思って口を開きかけるけれど。
「ルル! 一体どこにいっていたんだい!」
いつの間にか目の前にやって来ていた彼に遮断されてしまった。息を切らした彼はワタシの肩をいきなり掴んだ。いきなりのことにびっくりとして「痛い」と言ってしまった。
「ぁ、わ、悪い。それより、よかった。キミに何もなくって」
顔を緩める彼に邪険にしてしまったことに罪悪感が込み上げる。
「ええ。最初は困ったんだけど、エースくんが助けてくれて」
エースくんを紹介すると彼はそちらを向いた。
「キミはナイトレイブンカレッジの生徒ですね。彼女の面倒をみてくださったようで」
「ありがとう」と言う彼の態度が何故だか引っかかった。どこかと訊かれたら説明が難しいくらいの小さなことだけれど引っかかる。
むぅと考えているとエースくんが話し始めた。
「別に礼を言われることじゃねーし。それにしてもルル。〝恋人〟クンが迎えに来てくれてよかったじゃん」
「え!」
恋人なんて一言も言っていないのに何でそんなことをエースくんは言うのだろう。目を丸くさせて見ればエースくんはパチンと綺麗なウィンクをしてきた。一体、何を考えているんだろうかわからない。このときワタシはおかしな方向へと進もうとしていることに気づく。
でも、一緒にランチを食べた彼は気づいていないみたい。真っ白な頬を薔薇色に染めた。何で彼はそんな反応をするのだろうか。彼は照れくさそうに口を開いた。
「そ、そうかな。でも、実はそうじゃないんだ。けど、ボクはそう見えたなら嬉しいかな」
「へぇ~~。だって、ルル」
イジワルな顔をしたエースくんにワタシは戸惑いの眼差しを向ける。だって、何をしたいか分からないから。それにしてもどこからどうみたら彼と恋人に見えるのだろうか。
「いや、お似合いだって……でも、ルルはどうなん?」
「ええ!」
いきなり振られた話しに焦りが込み上げる。そして、一人焦りながらイジワル顔のエースくんとなんか知らないけれど瞳をキラキラさせる彼の顔を交互に見える。
どうしていいかわからない。わからないからこそ事の発端のエースくんの猫のような瞳を見つめた。
イジワルにしなる目は本当に猫みたい。猫みたいに撫でたらゆるっと下がるのかな。思考が斜め上に行きかけたときだった。彼の戸惑い気味な声に呼ばれる。
「あ、あの、どうしたんだい?」
「え、あ、えっと、あー、えっとね。エースくん、あのワタシ、この人とは本当に恋人じゃないの。それに、お友達でもなくて、えっと、そのね」
さっきも説明もしたのにもう一度同じことを言ったところで焦った声で遮られる。
「ルル! ボクとキミは、こ、恋人ではなくとも友人だろ!」
「え、そうだったっけ?」
そんなつもりなかったけれど、と思わず続ければ彼の真っ白な顔が青白くなる。
「で、でも、その、今日ボクと食事してくれたよね」
「だって、アナタがどうしてもっていうから……」
彼の顔がまた一段青白くなる。血の気が一切なくてちょっと心配になる。
「あの、大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫なんだが……ルル、申し訳ない。ボクちょっと所用が出来て学園に帰らないといけないんだ」
すまない、と言って後ろを振り向いて駆けだした。ワタシは走り出した彼を引き留めることが出来ずに呆然と見送ってしまった。
「くっ、アッハハハッ! やっば! ルル、お前ってば最高!」
突然声を上げて笑いだしたエースくんに驚きながらすぐに抗議の声を上げる。
「もう! エースくん! 恋人でも友達でもないって言ったじゃない!」
「ちょ、おい、ごめん、ごめんって!」
「もう! もう!」
「だ、だから、ごめんって言ってんじゃん!」
ポコポコ叩いている手を取られてしまった。すっぽりと男の子の手に包まれた自分の手。その大きさを初めて体験し、びっくりした。自分の手は小さい、小さいとは思っていたけれどここまですっぽりと包まれてしまうとは。
それを凝視しているとパッと手が離れた。ワタシもすぐに引っ込めたけれど手に残るエースくんの熱にちょっとおかしくなりそうだった。
一人よく分らない感覚に陥っているとエースくんがイジワルそうな声で話し出す。
「でも、これでよかったじゃん。もうメシ誘われないと思うぜ」
「え? どうして?」
「だって、お前、あの野郎フッたから」
「フッた?」
そ、とこちらを値踏みするような猫みたいな顔をするエースくん。一体何を言いたいのだろうか。フッたというのはどういう意味だろう。
「お子ちゃまだな」
「うっ。それ友達にもよく言われる」
「ハハ。いい友達じゃん」
エースくんはそれから話は終わりというように「んじゃ、クレープ食べる?」と誘って来た。さっき行こうとしていた場所だろうか。ワタシは帰っていた彼の「カフェに行かない」という誘いよりも何倍も楽しくなった。
「うん! 行く!」
「あ~、ほら、そういうところだよ」
「え、なに、なに?」
目を据わらせるエースくんに意味を訊ねるもはぐらかされてしまった。
その日、夜。ワタシは寝る直前に新しく登録された名前を見上げていた。
「エース・トラッポラ……へへ。新しいお友達ができちゃった」
しかもなんと男の子だ。初めての男の子の友達に胸がドキドキわくわくする。
「せっかくだし、メッセージ送ろう」
ベッドから起きあがって窓を開け放つ。そこには故郷にも負けない満天の星空。その夜空を撮ってメッセージと一緒に送った。返事が来るまでワタシは初めてソワソワドキドキした。
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