紅髪の乙女

◇ 夢主視点



 気怠い身体を起して隣でサクラより濃い髪色を持つ男を見下ろす。
 小さな寝息を零す男の綺麗な髪はシーツに散らばっている。白いシーツとピンクの髪のコントラストはとても美しい。唇の傷さえも気にならないほどの美しい容貌の男は髪まで美しいのだ。羨ましい限り。
 シーツに散らばる髪に手を伸ばして触れて遊ぶ。柔らかく細い髪。ほんとに羨ましくなるくらい。

「あの頃もこうだったのかしら」

 この男と私は中学が一緒だった。といっても、こいつは殆ど来ることはなかった。けれど、学校に登校したとき見た男は一等輝いていた。
 中学の頃の男は今と異なりプラチナブロンドの長い髪だった。生真面目な黒髪、粗雑に染められた髪色、それらの中で一等美しく輝くプラチナブロンドが私は好きで憧れていた。けど、私自身はプラチナブロンドが似合わないと思ったし、彼の真似をするのもなんか違った。だから、好きな色に染めた。
 まさか、紅い髪をした私を男が覚えているとは思わなかった。そして、執着されているとは思わなかった。
 最初は在りし日の〝初恋〟が込み上げて嬉しいと思った。いまならその時の自分を今なら殴ってやりたいけれど。呑気な考えは捨てろ、と。

「ふん」

 まさか執着されているのが――中学の頃の自分だとは誰が思うか。だから男は私に拘っているに過ぎない。中学の頃の私を作り出すために今の私が必要なだけで今の私にとんと興味はない。囲っているのもそれが目的なんだし。
 この男は絶対に今の私を見ない。ずっと過去の私を追い求めている。

「勘弁してよね……」

 さらっと指からすり抜けシーツに落ちる髪を見下ろす。
 正直もう疲れた。いや、疲れたなら大人しく髪を染めればいいけれどそれは昔の自分に負けたようでイヤだった。これでも私負けず嫌いなのよ。

「そんなにこの髪が嫌いなのかしら、」

 さらりと流れる黒髪を一房掴む。個性がないといえばない。中学の頃はそう思っていた。でも、大人になった今改めて黒髪の美しさに目覚めた。ここまで綺麗に手入れするって大変なのよ。染めている人と同じぐらい大変なの知らないでしょ。
 だから、少しはこの髪を好きになってよ。なんて、囲い始めてもうすぐ2年になるけれど紅い髪に拘る男に無理でしょうね。
 ふぅと溜息をついて視線を上げて目を瞠った。

「起きてたの?」

 いつの間にか、男は起きていた。白い肩越しに長い睫で縁取られた瞳で私を見ていた。
 冷ややかなその瞳に私は冷や汗が滲む。
 クソ。今の聞かれたか。機嫌すこぶる悪いとこいつも手が出て気が済むまで抱きつぶしてくるからイヤなのよね。後退しようとしたら男が徐に起きて均等のとれた上半身裸が現れた。

「まだ朝には早い時間よ」

 暗にもう一度寝ればと言うが男はじっと私から視線を逸らさない。綺麗だけれどイヤな目だ。ねっとりという訳ではないけれど探るようなその目が嫌い。

「なに?」

 訊ねるとさらりと髪が揺れて鬱陶しくて後ろに払おうと動くと同時に男も動いた。
 にゅっと伸びて来る大きな手に過去の行為が思い出され思わず跳ねる。けれど、男は気にすることなく私の黒い髪に触れた。

「べつにテメェの髪は嫌いじゃねぇよ」

 ゴツゴツした大きな手のひらから私の髪がさらりと逃げる。けれど男はすぐに逃げた髪をまた一房取って柔く掴む。引っ張られるという心配もなくその行動に私は久方ぶりに心臓が高鳴る。

「でも、髪の色は嫌いでしょ」

 黙りこくったのにやっぱり紅が好きなんじゃないと高鳴りも鳴りを潜める。男の意外な行動にときめいた自分がバカバカしい。

「髪が嫌いじゃないのは分かったわ」

 ありがとう、と言って男の手から髪を抜こうとしたが――できなかった。
 柔らかく掴んだ私の髪に男が顔を寄せて来て――黒髪に恭しく唇を触れさせた。私はその姿を見て間抜けに口があんぐりと空いてしまった。いや、だって、この潔癖症が、よ。いや、セックスとかするくらいだからある程度のセーフラインがあるのは分かっていたけれど。まさか、髪に唇で触れる?
 唇の端が痙攣する。私が一介の女だったら胸たからせて速攻落ちたでしょうね。ハン。残念。私はこれでときめく年齢でもなければ一介の女じゃないのよ。

「なに、すんの」

 髪を引くと軽く掴まれていただけで簡単に男の手から救い出す。
 男は何すんだと長い睫で縁取られた瞳で見て来る。私はその目を睨み返す。
 暫く見つめ合うと甘さの欠片もなく薄い唇が開いて――。

「早く染めろよ」

 ほんと最低野郎。


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