紅髪の乙女
◆ 三途視点
学校というものには殆ど足を向けた記憶がない。けど中学の頃、隊長に言われて何度か行ったことがある。その数回しか言っていない中で鮮やかにただひとつ残る記憶があった。
「おい! お前、その髪色はなんだ!」
詳しい時期は覚えていない。けど、まだ夏服の生徒がチラホラ見ていたから夏頃か秋のはじまりの時期だった気がする。そんな時期に気まぐれで登校したときだった。
ぼんやりと歩いていた廊下に野太い声が響いた。一瞬、金髪のオレに対してのものだと思って舌打ちしながら振り返って目を見開いた。
廊下の先に長く鮮やかな紅の髪が靡いていた。
腰まである長い髪を靡かせているのは制服から女子だろう。そんな肝っ玉の据わった女がこの学校にいたとは。感心していると女子の前にいる男教師が目尻をつり上げて「なんだその髪は!」とまた怒鳴った。
「なにって、かっこいいかなって、あとこの色が好きだから染めました」
女子は教師の怒鳴り声にビビることなく告げた。そして、さらっと長い髪を白く細い手が梳いた。その仕草にオレは足が床に縫い付けられたように動けず見惚れた。こんなことはたぶん、いや十中八九初めてのことだ。
密かな衝撃を受けている間にも目の前の光景は進んでいく。
「かっこいいだとぉ? 校則では髪は染めてはならんとある。それに腰まである長い髪はひとつに括るか、二つに括るかだな」
「そんなことしたら髪に痕が着いちゃいます」
教師の言葉を遮って女が答えた。校則を逆手に詰め寄る教師に、オシャレで対抗する女子とか。マジで肝が据わってるし、何より面白い構図に思わずマスクの下で笑むと教師がこっちを見た。ヤベ。
「あ゛! おま、明司春千夜ッ! 今日こそ!」
標的がオレになった。さっきまで動けなかった足を動かして教師から逃げようと一歩踏み出す。すると、教師につられるように女子が振り向く。紅い髪をひるがえして振り返った女の顔をオレは忘れることはなかった。
オレの髪色は金からサクラよりも濃い色になった。長かった髪も少しだけ短くなった。その代り片方だけだったピアスが両耳になった。身長は中学のときより少しだけ伸びたくらいだ。体重は身長に対して相変らず少ない。でも、骨格はしっかりと成人男性になっているし別に問題はない。現に女の腕を片手で難なく抑え込むことができるのだから。
「腕、離して」
オレに組み敷かれた人間はガキの頃から忘れることがなかった紅い髪の女。中学の頃よりは大分大人びた女の顔になっていたが根本は変わっていない。ただ、変わったとすればあの鮮やかな紅い髪色から地毛であろう黒髪に戻っていることくらいだ。
艶やかな黒髪はこいつに似合っていないことではない。でも、オレはあの鮮やかな紅い色こそこいつに一番似合っていると思う。
「また染めねぇのか」
華奢な腕から手を離さないままシーツに広がる黒い髪を撫でながら聞く。これはこいつを囲い始めてからからずっとしている問答だった。そして、毎回返って来る答えも同じ。
「仕事の関係で染められないって言ってるじゃない」
しつこい、と言いたげに苛立った鋭い眼差し。今も変わらぬ肝っ玉の据わりようだ。けど、今になれば何で強気で肝っ玉が据わっていたのかが分かる。こいつは――ヤクザの娘だった。まぁ、その組も今は塵となってこの世に存在しないが。
にしても、こいつ仕事、仕事って、言うけどよぉ。その仕事だって梵天の息がかかったクラブのお飾りオーナーだ。しかも、そこら辺の野郎はこいつがオレの女だって知ってる。だから、誰も口出ししねぇから黒髪だろうが紅髪だろうが正直構わねぇ。
そろそろ仕事取り上げて無理矢理染めさせるか――けど、それもなぁ。
無理矢理させたら益々反抗の色を強くさせるに違いない。そんときにどんな行動をするか。髪を切るとか剃るとかしそうだ。
じっと見下ろせば怪訝に目を眇めてもがき出す。無様な行動に嗤いながら片手で纏めていたのを離してそれぞれ指を絡めてシーツに縫い付ける。ぴったりと密着する二回りも小さい手とオレの手は一見恋人のように見える。だが、オレとこいつはそんな甘い関係ではもちろんない。
「いい加減諦めろよ」
身体を屈めて耳元で囁いてそのまま横目で見るが視線は交わらない。こいつが逃げるように顔を背けているからだ。本当にオレが嫌いなんだな。
「ふっ」
嗤いが零れると、耳にかかったのかこいつの身体が震える。あからさまな反応に笑みが深くなる。
「耳、弱ぇもんな」
耳に唇を触れさせながら言えば息を飲むような声が聞こえた。耐え性もねぇのにいじらしいこった。そういうところは「可愛いぜ」と口に出さず赤く染まり出した耳に歯を立てた。
学校というものには殆ど足を向けた記憶がない。けど中学の頃、隊長に言われて何度か行ったことがある。その数回しか言っていない中で鮮やかにただひとつ残る記憶があった。
「おい! お前、その髪色はなんだ!」
詳しい時期は覚えていない。けど、まだ夏服の生徒がチラホラ見ていたから夏頃か秋のはじまりの時期だった気がする。そんな時期に気まぐれで登校したときだった。
ぼんやりと歩いていた廊下に野太い声が響いた。一瞬、金髪のオレに対してのものだと思って舌打ちしながら振り返って目を見開いた。
廊下の先に長く鮮やかな紅の髪が靡いていた。
腰まである長い髪を靡かせているのは制服から女子だろう。そんな肝っ玉の据わった女がこの学校にいたとは。感心していると女子の前にいる男教師が目尻をつり上げて「なんだその髪は!」とまた怒鳴った。
「なにって、かっこいいかなって、あとこの色が好きだから染めました」
女子は教師の怒鳴り声にビビることなく告げた。そして、さらっと長い髪を白く細い手が梳いた。その仕草にオレは足が床に縫い付けられたように動けず見惚れた。こんなことはたぶん、いや十中八九初めてのことだ。
密かな衝撃を受けている間にも目の前の光景は進んでいく。
「かっこいいだとぉ? 校則では髪は染めてはならんとある。それに腰まである長い髪はひとつに括るか、二つに括るかだな」
「そんなことしたら髪に痕が着いちゃいます」
教師の言葉を遮って女が答えた。校則を逆手に詰め寄る教師に、オシャレで対抗する女子とか。マジで肝が据わってるし、何より面白い構図に思わずマスクの下で笑むと教師がこっちを見た。ヤベ。
「あ゛! おま、明司春千夜ッ! 今日こそ!」
標的がオレになった。さっきまで動けなかった足を動かして教師から逃げようと一歩踏み出す。すると、教師につられるように女子が振り向く。紅い髪をひるがえして振り返った女の顔をオレは忘れることはなかった。
オレの髪色は金からサクラよりも濃い色になった。長かった髪も少しだけ短くなった。その代り片方だけだったピアスが両耳になった。身長は中学のときより少しだけ伸びたくらいだ。体重は身長に対して相変らず少ない。でも、骨格はしっかりと成人男性になっているし別に問題はない。現に女の腕を片手で難なく抑え込むことができるのだから。
「腕、離して」
オレに組み敷かれた人間はガキの頃から忘れることがなかった紅い髪の女。中学の頃よりは大分大人びた女の顔になっていたが根本は変わっていない。ただ、変わったとすればあの鮮やかな紅い髪色から地毛であろう黒髪に戻っていることくらいだ。
艶やかな黒髪はこいつに似合っていないことではない。でも、オレはあの鮮やかな紅い色こそこいつに一番似合っていると思う。
「また染めねぇのか」
華奢な腕から手を離さないままシーツに広がる黒い髪を撫でながら聞く。これはこいつを囲い始めてからからずっとしている問答だった。そして、毎回返って来る答えも同じ。
「仕事の関係で染められないって言ってるじゃない」
しつこい、と言いたげに苛立った鋭い眼差し。今も変わらぬ肝っ玉の据わりようだ。けど、今になれば何で強気で肝っ玉が据わっていたのかが分かる。こいつは――ヤクザの娘だった。まぁ、その組も今は塵となってこの世に存在しないが。
にしても、こいつ仕事、仕事って、言うけどよぉ。その仕事だって梵天の息がかかったクラブのお飾りオーナーだ。しかも、そこら辺の野郎はこいつがオレの女だって知ってる。だから、誰も口出ししねぇから黒髪だろうが紅髪だろうが正直構わねぇ。
そろそろ仕事取り上げて無理矢理染めさせるか――けど、それもなぁ。
無理矢理させたら益々反抗の色を強くさせるに違いない。そんときにどんな行動をするか。髪を切るとか剃るとかしそうだ。
じっと見下ろせば怪訝に目を眇めてもがき出す。無様な行動に嗤いながら片手で纏めていたのを離してそれぞれ指を絡めてシーツに縫い付ける。ぴったりと密着する二回りも小さい手とオレの手は一見恋人のように見える。だが、オレとこいつはそんな甘い関係ではもちろんない。
「いい加減諦めろよ」
身体を屈めて耳元で囁いてそのまま横目で見るが視線は交わらない。こいつが逃げるように顔を背けているからだ。本当にオレが嫌いなんだな。
「ふっ」
嗤いが零れると、耳にかかったのかこいつの身体が震える。あからさまな反応に笑みが深くなる。
「耳、弱ぇもんな」
耳に唇を触れさせながら言えば息を飲むような声が聞こえた。耐え性もねぇのにいじらしいこった。そういうところは「可愛いぜ」と口に出さず赤く染まり出した耳に歯を立てた。
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