記憶の戸惑い

迷路の先で



 ケーキを食べ終えたうさぎたちは早速というように迷路へと向かった。
 向かった先に作られていたのはまるで童話に出てくるような見事な迷路であった。そして、その高い生垣のところには枯れることを知らない赤い薔薇が咲き誇っている。
 想像以上の薔薇の迷路にうさぎと乱は揃って声を無くした。

「大きいねぇ、乱ちゃん」
「大きいね、うさぎちゃん」

 それぞれ感想を言い合い最後にほへーと二人揃って思わず間抜けな声が出てしまうほどであった。
 そのまま二人揃って見上げているとひょいっと陸奥守が顔を覗かせた。

「そじゃろ、そじゃろ! いやぁ、おまんらはまっことええ反応しちょる!」
「きゃっ!」
「わっ!」

 いきなり現れた陸奥守に驚くと彼は片手を顔の前にやって謝ってくれた。

「いやぁ。すまんの。最近こがな反応しちょるもんもおらんからのぉ。ついつい!」
「そうなの? とっても素敵な迷路なのに」
「あ、あれかもよ。近すぎるとありがたみがないみたいな」
「そうじゃ。はぁ、本丸の皆もこの素晴らしさを再確認しとってほしいぜよ」

 しみじみとした陸奥守にうさぎは乱と共に微笑み合う。

「ま! その再確認はおいちゅうて乱藤四郎! わしらはあっちの入り口から行くぜよ!」
「はーい! じゃ、うさぎちゃん、ゴールでね!」
「うん! またね!」

 そして、別の入り口に向かって行ってしまった。すると、乱の代わりに三日月がうさぎの隣に立った。
 刀剣男士の中でも比較的長身の三日月をうさぎは見上げる。

「はは。そんなに見上げては首を痛めるのではないか?」
「でも、そうしないと三日月さんの顔が見えないよ」
「ふむ。だが俺の顔を見てばかりでは歩けないぞ」

 クスクスと笑う三日月にうさぎは何故歩けないのかと首を捻って考える。そして、暫し考えてはっとなって三日月の顔を見上げる。

「べ、別にずっと三日月さんの顔を見て歩くわけじゃないんだからね!」

 まじまじと見つめるのはうさぎだって失礼だと認識している。ただ、こうして立ちながら話しているときは顔を見るだろう。そういう意味でうさぎは見上げないといけないと行ったのだ。そう弁明しようとすると三日月がうさぎの顔に手を向ける。

「分っている。そういう意味でそなたが言ったのではない、と」
「か、からかったの!」

 眦を吊り上げながらうさぎは三日月を睨む。
 それに三日月は口元を手で隠して笑って「すまない」と告げる。その三日月を見てやはりうさぎはからかわれていたのだと頬を膨らます。
 三日月はこのように意地の悪い人だっただろうか。

「もう! 三日月さんの意地悪! 先に行っちゃうんだから!」

 うさぎは背を向けて迷路の入り口に向かって行く。
 高い生垣で囲われた道をうさぎは頬を膨らませながら歩く。

「三日月さんってあんなに意地悪というか笑い上戸だったっけ?」

 訪問してから何だか前世の記憶にある三日月と大分印象が違うことにうさぎは気づく。
 記憶のあの人はもっと、もっと、どのような人だっただろうか。
 とても綺麗な、優しい人だった気がする。言葉を交わしたのはほんの短いひと時。

「全然知らないのね」

 今思えば以前の自分は三日月のことを全く知らなかった。だが、それでも月のお姫様だったうさぎは彼に惹かれ愛した。熱烈な恋をしたのだ。
 それが初めてだったからだろうか。一度目の生まれ変わりでは結局最後まで思い出すことがなかった。いや、思い出すことで地球の女王として支障でもあったのだろうか。
 考えても今のうさぎに分ることはない。

「いまも、すきな、のかな?」

 疑問を口にすれば胸が酷く痛む。その痛みに確実にうさぎの魂はいまだに彼に惹かれているのだ。
 それにうさぎは思わず苦笑が零れた。今の自分が好きか、そうではないか考えているのが少しだけ馬鹿らしくなってくる。
 そもそもここに来る前にお気に入りのワンピースを着て、お気に入りのピアスを着けて、普段より念入りに髪の手入れをしたのが証拠ではないだろうか。

 とくり、と小さく胸が高鳴った。

 今のうさぎには三日月が好きなのかはっきりはできない。だが、新しく垣間見た彼に少しだけ惹かれているのだ。見たことのない彼の一面にうさぎは少なからず惹かれている。
 すると、ふわりと身体が軽くなったような気がする。足枷が解けたような身軽さを感じたのだ。

「うんうん。難しく考えなくていいのよね」

 すっきりしていく胸にうさぎは納得した自分の思いを口にする。だが、うさぎは周りに自分一人であったことを確認していなかった。

「くっ、ふふ。迷路のまだ入り口だがうさぎ殿には難しかったか?」
「へぇ?」

 堪えたような笑い声にうさぎは間の抜けた声を出して振り返る。そこにはやはり肩を震わせて笑いを堪える三日月が居た。
 うさぎは瞬く間に独り言を聞かれた恥ずかしさから頬に熱が集まる。

「や、やだ! 三日月さん、あたしの独り言聞いていたの!」

 恥ずかしさに赤らむ両頬を抑えながらうさぎが睨む。
 それに三日月は眦に浮かんだ涙を拭うと頭を緩く振った。

「いや。俺はたまたま独り言が聞こえてしまったのだ。聞いてしまったわけではないぞ」
「な、なにそれぇ!」

 三日月の言い方にうさぎはさらに頬を膨らます。
 その様子を三日月が妙に楽しげに見てくる。うさぎは頬を膨らませながらもしかした目の前の三日月宗近は記憶にある彼ではないのだろうかと訝しんだ。だが、魂に刻まれた恋心は彼があの時に水面越しに逢瀬を繰り返した殿方だと言うのだ。

  ――昔のあたし、絶対見間違いしているんじゃないのぉ? この三日月さん、ちょっと意地悪よ!

 しかし、やはり見間違いではないと魂は訴えてくるのだ。うさぎはあまりの代わりように思わず目を据わらせて見つめてしまう。
 うさぎの視線に気づいた三日月は小首をかしげて「なんだ」と問いかけてくる。
 そのちょっと可愛らしい仕草に思わずときめいてしまったのが妙に悔しかった。

「何でもないです! それより早く迷路進めましょう!」
「まぁ、そう急ぐな、うさぎ殿。ここはあの陸奥守たちが作った迷路だ。あまりぼぉっとしているといらぬ罠を――お?」

 三日月の注意を歩きながら訊いていると背後からカチと音が鳴った。同時に三日月の言葉が途切れた。
 うさぎは足を止めて肩越しに振り返ると足を踏み出したまま停止している三日月を見る。

「三日月さん?」
「これは、しまった」

 不思議そうに名を呼ぶと三日月が無表情で顔を上げた。
 うさぎは首を傾げながら身体ごと振り返る。

「そんな、だるまさんが転んだみたいなポーズしちゃって、どうしたの?」
「うさぎ殿。俺はやってしまったようだ」
「むー。だから何? もしかして言っていた仕掛けのスイッチでも踏んじゃった?」

 あのカチっという音は何かのスイッチだっただろうか。いや、流石にそれはないだろうとうさぎは思ったのだが無表情のまま三日月がこくりと頷いた。

「踏んだ。何か踏んだ。確かに踏んだ」
「え、えええ~! 三日月さん、今、たった今自分で注意していたよね!」
「面目ない」

 思わず突っ込むうさぎに三日月は申し訳なさそうな表情で謝る。そして、彼は微動だにせず周りを見回す。

「何も仕掛けが作動していないな」
「あ、そういえば。なんでだろう?」

 何か作動させるスイッチは確実に押した。だが、辺りを見回しても何か起きたような気配がない。
 うさぎは首を捻りながら三日月を見る。彼は、彼で思案顔をしながら顎に手を置いている。
 その姿にイケメンはどのようなポーズでも様になると思わず見惚れる。しかし、それもすぐに頭を振る。そして、うさぎはもう一度辺りを見回すが生垣が高すぎて周囲で何か起きているのも確認できない。

「三日月さん、どうします?」
「……動くしかなさそうだな」
「やっぱり?」
「ああ。きっと、俺が足をどけたら作動するとは思うが」

 難しい顔をする三日月につられるようにうさぎも思わず難しい顔をする。

「全力速力で逃げないと危ない感じですよね」
「そうだな。だが、前から来るか後ろから来るか、それとも下か、上か見当がつかない」
「ええ! 三日月さん、この迷路攻略したことないの!」
「……完成したときに一度きりだな。その後、陸奥守ら若いのが色々仕掛けを追加したというのを聞いてからは一度も攻略しておらん」

 「すまんな」と茶目っ気たっぷりに謝る三日月にうさぎはあんぐりと口を開く。

「嘘。じゃぁ、なんでわざわざ誘ったんですか?」

 思わずぽろりと口から零れた。慌ててうさぎは首を横に振り「何でもないです!」と取り繕う。だが、静かな場所でうさぎの言葉は非常に響き、確実に三日月の耳に届いたに違いない。気まずい雰囲気が流れると思った矢先三日月が口を開いた。

「ああ。それは単純にうさぎ殿と共に、傍に居たかったからだ」

 「え」とうさぎは三日月を真っ直ぐ見つめた。その先にいた三日月は自身の発言に驚いたのか口を手で覆い白い頬を赤く染めていた。
 その姿を見てうさぎもつられるように頬を染めた。

「あ、えっと、そ、それは」
「いや、その、た、他意はなくてだ、な」

 二人揃って言葉にならない。会話も成立していないなか気まずい空気が流れる。
 しかし、ここに第三者が居れば何だか甘酸っぱくて体のどこかを掻いたに違いない。だが、ここに第三者はいないので気まずい雰囲気は続くのであった。

「と、とりあえず、別に疚しいことは一つも考えてはいないことは――あ」

 間抜けな声につられるようにうさぎも「あ」とつられ足元を見る。

「うさぎ殿。急ぐぞ!」
「あ、三日月さん!」

 流石刀剣男士といった早さで三日月がうさぎに駆け寄ると迷いなく手を掴み走り出す。
 すると、後ろからウィーンだのガコンだと不気味な音がうさぎの耳に届く。その音にうさぎは血の気引きながら必死に足を動かす。しかし、残念なことにうさぎの運動神経はほぼ皆無であった。

「うさぎ殿、足が遅いのか」
「そ、そんな、直球で言わないでよぉ!」
「事実ではないのか?」

 三日月の物言いにうさぎは泣きべそをかきながら「ひどぉい!」と言う。

「まぁ、事実ではあるからな。仕方あるまい」
「も~! そんなこと言わなっ、きゃぁっ!」

 三日月の物言いに文句を言おうとしたときだった。うさぎは腕を強く引かれたのだ。

「えっ、ちょ、なにっ!」

 あまりの強さにうさぎは体勢が崩れると思ったが、矢先ふわりと足が地面から離れた。同時に、三日月の顔がぐっと先ほどより近くなった。
 惹かれつつある三日月の綺麗な顔と迫った距離にうさぎは一際大きく胸を高鳴らせた。
 だが、すぐに我に返ったうさぎは所在なさげに視線を彷徨わせた。

「うさぎ殿。しっかり掴まっていろ」
「は、はい!」

 言われるがままうさぎは反射的に胸にしがみつく。先ほどよりもぴったりとくっつく身体にうさぎの心臓は破裂しそうであった。
 ――うわぁ。うわぁ。どうしよう、どうしよう!
 後ろから迫りつつあるゴロゴロという音よりもうさぎはこの距離の方が問題であった。
 幾度かうさぎのところでもこうして横抱きにされたことはある。だが、やはり三日月にされるのでは訳が違う。
 思考が停止しかけていくうさぎを引き戻したのは三日月の焦る声だった。

「しまった。行き止まりか」
「え? いきどま、えええ!」

 ぱっと前を向けば美しく咲き誇る薔薇を着けた高い生垣の行き止まりがあった。このまま進めば必ずぶつかるだろう。そして、この距離ならば三日月の足ではすぐに生垣にぶつかってしまうだろう。
 普通であれば後戻り出来るが、今は背後からゴロゴロと何かが迫って来るために出来ない。だが、刀剣男士である三日月ならばあの生垣も飛び越えることができるのではないだろうか。

「三日月さんなら、あの生垣飛び越えられるんじゃ」
「薔薇の棘もある。無理だな、はっはっはっ」

 朗らかに笑う三日月にうさぎはがっくりと肩を落とす。

「もー! 笑っている場合じゃないのにぃ!」
「そう急くな。飛び越えることはできんが少々舌に気を付けよっ」
「ふぇ? し、きゃぁああ!」

 うさぎの視界が再び変わる。そして、うさぎは慌てて三日月の首に腕を回す。
 どうやらうさぎは片腕だけで三日月に抱き上げられたようだ。一体、どういう風にやったのかなどうさぎにも分るはずもない。だが、驚きに目を白黒させていると後ろのゴロゴロという音が近づいたような気がした。その音にうさぎは恐る恐る振り返ると予想していた通りの巨大な岩があった。

「や、やっぱり、て、ていうか、どこから出て来たのよぉ!」
「こら。喋るな。舌を噛むぞ」

 言われてうさぎは口を閉じる。そもそもうさぎを抱え直して三日月は一体何をしようとしているのだろうか。
 はらはらとしながら迫りくる岩を見つめていると近くなる薔薇の咲いた生垣を交互に見ていると。

「では、うさぎ殿しっかりと俺に捕まっていろよっ」
「は、ぃ! わぁっ!」

 返事をすると同時に揺れ反射的に目を瞑ってしまった。そして、目を瞑ったままのうさぎの耳にザンと何かを切り捨てるような音が聞こえた。
 切り捨てた音にうさぎが目を開くとぶわりと赤い花びらが迫って来た。
 その花びらは赤い薔薇であった。一体何がとうさぎが眼前を見るとそこには美しい小さな庭園があった。
 その小さな庭園の中心には白いガゼボがあった。その周りには赤い薔薇ではなく白や桃と様々な色の薔薇が咲き乱れていた。
 童話界にも似た美しい景色にうさぎは魅入ってしまった。

「ここは、ゴールだな」
「へ。ゴール?」

 うさぎはゴールと言う言葉に三日月の顔を見下ろす。すると、うさぎを抱えたまま見上げる三日月を目が合った。
 目が合った瞬間、三日月の瞳に今日幾度も高鳴らせた胸がとくん、と鳴る。
 本当に美しい付喪神だった。そして、審神者の中でよく聞く通り三日月の瞳には美しい上弦の三日月が浮かんでいた。
 うさぎはその美しい瞳に引き寄せられるように頬に手を伸ばし少し顔を近づけた。

「三日月さんの瞳、ほんとに三日月があるのね」
「ああ。だが、さして珍しい話でもないだろう」
「ううん。あたしのところには三日月さんいないから」

 言うと三日月は目を微かに瞠った。それから目尻を下げて嬉しげに「そうか」と言った。
 何故、嬉しそうな顔をするのがうさぎは気になった。だが、どのように訊ねていいか分らずうさぎは三日月から顔を離し、代わりに礼を告げた。

「三日月さん、助けてくれてありがとう」
「いや。これは俺が起動した仕掛けだからな」
「あ、そうだったね。でも、ありがとう。だから、その降ろしてもらっていい?」

 うさぎは少し恥ずかしそうに言う。だが、三日月はうさぎの言葉に頷きながらも降ろしてくれない。

「あの三日月さん、降ろしても平気よ。あたし、どこも痛めてないし」
「……ああ。そうか」

 少しの間を空けて我に返ったように三日月がうさぎを降ろした。そして、最後にまるで名残惜しむようにうさぎの長い髪に触れて離した。
 それの仕草にうさぎの胸を締め付けられた。

「あ、あの三日月さん!」
「ん。なんだ?」
「あ、その、あっ、えっと」

 締め付けらえる苦しさにうさぎは咄嗟に彼の名前を呼んでいた。だが、何を言っていいのか分らなかった。また逢っていいか、また逢えるか、そんなことしか頭に浮かばない。
 うさぎは口を閉じて、開けてと繰り返しながら口をきゅっと閉じてしまった。

「ん? 何か俺に言いたいことがあったのではなかったのか?」
「そう、何ですけど……何だか言えなくなっちゃった」

 へへと笑うと三日月も笑みを零した。

「はは。そなたは面白い娘だな」
「むっ。面白いってなによぉ」

 年頃の女の子に向かってそれはないだろうとうさぎはじっとりと見上げる。

「いやいや。面白いぞ。人の身を得てからそれなりに女子を見て来たがそなたは面白い――というよりも不思議だ」
「不思議?」

 何が不思議なのだろうか。
 首を傾げて見上げていると三日月は優しく微笑むだけで答えてくれなかった。

「不思議だ。あの水面の乙女と同じ魂を持って生まれたのにまったく彼女と違うのだから」

 彼の言葉にうさぎは目を瞠った。同時に三日月の柔らかな瞳に微かな寂しさが滲んでいた。それに、うさぎは三日月に手を伸ばしかけると――。

「うさぎちゃーん!」

 後ろからかけられた声に手は三日月に触れる前にピタリと止まる。そして、呼びかけられた方角へ顔を向ける。そこには、手を振って別の入り口から入って来たのだろう乱が駆けてやって来た。

「はぁ、はっ、うさぎちゃん! 大丈夫! なんかさっき悲鳴みたいなの聞こえたから」

 目の前までやって来た乱はうさぎの身体を確認するように見回す。

「ふふ。大丈夫だよ! ほら! どこも怪我していない!」

 乱に無事を確認させるためにくるりと回って見せる。

「はぁ。そっかぁ。よかったぁ!」

 うさぎの無事を確認できたのか乱がぎゅっと抱き着いてくる。その乱をうさぎも抱きしめる。

「心配かけてごめんね。でも、三日月さんも居てくれたから大丈夫だったよ」
「そっか、そっか。じゃ、三日月さんにお礼を言わなくちゃね」

 乱が言うとうさぎから離れ三日月の方を向く。うさぎもつられるように三日月に振り返る。そこで三日月の表情を見てうさぎは小首を傾げた。

「三日月さん? どこか具合でも悪いんですか?」
「いや。大丈夫だ」

 先ほどの表情とは大分異なっていた。
 暗いというよりも、険しいようなそんな表し辛い表情だった。

「あ、あ~、三日月さん、お礼の前になんかごめんなさい」

 だが、乱はまるでその理由が分っているような言い方だ。だが、うさぎは乱が謝る理由が皆目見当がつかない。

「いや。そなたが謝ることではない。俺の間が悪いだけだ」
「なはは! 残念だったのぉ、三日月!」

 形容しがたい表情から苦みばしった表情をする三日月の横にすかさず陸奥守が立った。
 その陸奥守は何かが楽しいのかにやにやと三日月を見ている。それに、三日月は複雑そうな顔をして溜息を零す。

「戻るか」
「ほぉ! ええがか?」
「ああ。うさぎ殿、乱藤四郎よ。またここに来るといい。そうしたら今度はゆっくりと観ていくといい」
「え! また来ていいんですか?」
「やったぁ! よかったねぇ! うさぎちゃん!」
「うん!」

 喜ぶ乱につられるようにうさぎも笑顔で頷いたのだった。
 そして、うさぎはちらりと三日月を見ると目が合った。すると、三日月の眦が緩く柔らかくなった。その瞳に今までと違う感情が見え隠れてしているようでうさぎは何故だか恥ずかしくなった。
 とくり、とくり、と今日の心臓は忙しない。同時に、三日月の先ほど放った言葉が気なる。その言葉の意味次第ではもしかしたらと考えると苦しくなる。

 今日ほど忙しない感情の変動はきっと彼に再び「恋」をすることになったから。

 うさぎはもう一度、彼に恋をしたのだった。



2024.07.20 改題、一部修正
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