記憶の戸惑い

焦がれる



 秋田藤四郎に連れられて来た三日月宗近。心の準備もなく三日月は非常に緊張していた。これほど緊張したことが励起してから一度だってあっただろうか。いや、ない。
 だが、先ほどから口は緊張で全く動かない。身体もまるで石化でもしてしまったのかというほど固く動かない。しかし、それでも一刻、また一刻と運命の再会をした少女がやって来る時間は迫っていた。

「三日月、緊張しすぎじゃないかい?」
「うっ、そ、そうか?」

 心配げに見上げる主秋元翁に三日月はぎこちなく答えて見せる。
 大丈夫だと微笑んでみても何ともらしくない表情に一緒に出迎えをする陸奥守吉行も同じく心配そうな顔してこちらを見てくる。

「おんしゃぁ、二日酔いでもしたがか?」
「い、いや、昨日はすぐに寝た。な、なぁに、気にするな」

 気にするなとは主や陸奥守を心配させまいとして出た言葉ではなかった。それは、緊張で身体が固まり冷えてくる三日月自身に言い聞かせる言葉であった。
 きゅっと拳を握り三日月は大丈夫、大丈夫と何度も自身に言い聞かせた。そして、詰めていた息を吐き出して息を整えて転送装置でやって来る彼女たちを待った。

 そのときはついにやって来た。

 ぶわりと地面に青白い円を作り上げた。転送装置は各々の本丸で異なる。三日月の本丸は転送装置を地面に埋め込んだ形で、その円に立てば後は勝手に出陣する時代等に飛ばされる。そして、外からやって来るときもまた同じく青白い円がこのように浮かぶ。
 パァと一度強く光が輝くとそこに三人分の人影が現れた。
 等々やって来たかと三日月の心の蔵が一つ高鳴る。それは、再会を果たした少女と再び会えることの歓喜かはたまたそれとは別の三日月の旨に渦巻く不安か。もしかしたらそのどちらの当てはまるのか三日月はじっと人影を見つつ逸る心の蔵を抑えたのだった。

「お、お邪魔しまぁ~す」
「君。なんでそんなに腰低いんだい」
「だってぇ! お礼にも遅れて、しかもお爺ちゃんってすごい審神者なんでしょ! 腰が低くなったってしょうがないじゃない!」
「寧ろ。そんなにへこへこしているのも僕はどうかと思うよ」
「な、なによぉ! 歌仙さんの意地悪!」
「何がどう意地悪になるんだい! 僕はありのままを言っただけだろ!」
「ちょ、うさぎちゃん! 歌仙さん! もう秋元さんの前だよ! やめようよ!」

 人影がはっきりとして来るとまさかの少女と付き添いの歌仙兼定が言い争いをしているではないか。それを同じく付き添いの乱藤四郎が止めている。
 その普段から変わりないであろうやり取りに思わず緊張して真一文字になっていた口元が緩む。

「ふふっ。随分と元気になったようだな」

 目の前の三人に三日月はほっと胸を撫で下ろした。そして、彼の色を白銀から黄金色に変えた名を変えた愛しき少女に視線を向ける。
 どうやら姿だけではなく性格もお転婆な少女に変わったように見受ける。だが、それでも三日月は彼女を水面の乙女であるプリンセス・セレニティであると認識した。
 現に、彼女に対する想いが溢れてきそうだった。いや、今まさに溢れようとしているのだ。しかし、焦ってはいけない。
 三日月は視線を付き添いの刀剣男士とじゃれている少女から主に向けた。
 主は少女たちを眩しそうに見つめていると三日月の視線に気づいたのかゆっくりとこちらを向いた。

「うむ。彼女たちを案内しよう。むつ、三日月よろしく頼む」
「おお! 任せちょき!」
「ああ。頼まれた」

 頷いた三日月はついっと視線を再び少女に向ける。そして、息を飲んだ。
 少女もまた三日月を見ていたのだ。だが、その視線はすぐに逸れ彼女の視線は隣にいた歌仙兼定に向けられた。
 だが、その経った一度の交わりは三日月に再び確信をもたらした。彼女が焦がれ求める少女であったことを。

 これから、これからどうすればいいのだろうか。
 話しかけたい。話しかけてもいいのだろうか。

 いや、在りし日の彼女として話しかけてはいけないだろう。今の、今この場にいる彼女として向き合わなければ。
 逸る気持ちを静めながら三日月はいつも通りの表情を浮かべた。

「さぁ。客人よ、今から案内するゆえ俺と陸奥守についてきてくれ」

 これで、これでいいだろうか。冷たくは聞こえなかっただろうか。
 早く鳴る鼓動に三日月は少女と連れの刀剣男士を見つめる。
 声をかけられた少女は微かに目を瞠るとぺこりと頭を下げた。その時、彼女の長い髪が跳ねて何とも愛らしく見えて思わず胸がときめいた。

「よ、よろしくお願いします!」
「がははっ! そぉ、かしこまらんともっと肩の力を抜きとおせぇ」
「あ、ひゃい!」

 緊張からか返事を噛んだ彼女は恥ずかしそうに白い頬を真っ赤に染めた。それに隣の歌仙兼定は目を抑え、乱藤四郎は苦笑いを浮かべている。

「ふふ。うさぎちゃん、この間みたいにもっと気軽な気持ちでいいんだよ。別に君のことを取って喰おうなんておもっちゃいないから、ね」

 こちらに確認するように視線を向ける主に三日月は頷く。そして、いささか緊張しながら彼女に言葉をかける。

「うん。主は歴戦の猛者だが人の子を取って喰おうなんて思っていないぞ」
「うんうん。わしらもいたいけな乙女を喰う趣味はないからのぅ」
「あのねぇ。お前たち、私はそこまでして緊張をほぐしなさいとは言っていないよ。そもそも私だって人を食べる趣味なんてないよ」
「そうがか? おまんの若い頃を思い出すと――おっとこりゃ口が滑った」

 主の笑みの圧が強くなったところで陸奥守が慌てて口を塞ぐ。すると、どこからか笑い声が聞こえてきた。
 その笑う声を辿ればやはり先ほどまで緊張した面持ちをしていた少女であった。

「ふっ、ふふっ、ふはっ、ちょ、これ、やばっ、かせ、歌仙ひゃんっ」
「こら、主。失礼だよ。まったくもう」

 笑う少女を注意しながらも歌仙の口の端が引き攣っている。主につれるように笑い上戸のようだ。ちなみに、乱藤四郎も必死に笑いを堪えている。時折、審神者の特徴を刀剣男士にも表れるというがどうやら本当のことらしい。

「どうやら緊張も解けたようだね。さぁ、今度こそ部屋にお連れしてあげなさい」

 微笑ましく優しい瞳をする主に今度こそと三日月は頷いたのだった。



   * * *



 洋室の客間に通されたことにうさぎは心の中で一人安堵した。何せ、うさぎは幼い頃から和室と縁遠い家に住んでいた。審神者になってから和室にも慣れたがやはり正座はいまだに苦手で、洋室の方が気楽であった。

「さ。うさぎちゃんどうぞ」
「あ、えっと、失礼します!」

 緊張はほぐれたかと思ったがやはりこの本丸はどこか緊張する雰囲気を纏っている。これが長らく前線で活動していた審神者の本丸だからなのだろうか。
 再び緊張しながらゆっくりと座ると目の前にティーカップが置かれた。ティーカップにつられるよう顔を上げるとそこには柔らかな笑みを浮かべた三日月宗近がいた。
 その三日月を見てうさぎの心臓はひとつ大きく高鳴った。そして、じわりと上がる体温にうさぎは視線をすぐにティーカップに戻してしまった。

「あ、ありがと、ございます」
「いや。これくらい俺でも準備はできるからな。砂糖とミルクもここにある。好きに使うといい」
「は、はい!」

 視線を上げられない。何故だろうか。やはり彼のあまりにも美しい外見を直視できないのだろうか。それともあの時とは異なり記憶が整理されたからだろうか。いやいや、これはあれだ。好きな人を前にした照れくささだ。

「うむ。顔が赤いが大丈夫か? 熱でも出たか?」
「ひぅっ」

 現れた美しい顔に思わず引き攣った声が出た。何て、酷い声。好きな人を前にして出してはいけない乙女の声だ。そして、間近にある顔にうさぎは顔が瞬く間に赤くなるのが解った。

「あ、あう、あの、ぁ、だ、だいじょぶ、ですっ!」
「そうか? 体調が悪ければ無理をしない方がいい。なぁ、主」

 ぱっと離れたのに少しだけ安堵する。同時に寂しさも覚えた。
 うさぎの心が彼から離れたくないと悲痛な叫びをあげるのだ。だが、これは本当に「うさぎ」の心なのだろうか。これは遠い昔の「自分」の感情なのではないだろうか。今の、今のうさぎは本当に彼を愛しているのだろうか。
 さぁっと身体の熱が引いていく。まるで今まで熱に浮かれていたような感覚がしたのだ。

「主。本当に大丈夫かい?」

 心配げにかけられた声にうさぎはいつも通りの笑みを見せる。

「うん。大丈夫、大丈夫だよ。歌仙さん」

 それに歌仙は安心した表情をすることなく難しそうに眉を顰めた。だが、それも一瞬のことで彼はいつもの甘やかな表情に戻った。
 歌仙の反応にほっと息をつく。歌仙の向こう側に座っている乱を見たが彼は陸奥守とお喋りをしていた。そのためうさぎに声をかけることはなかった。彼も彼で付き合いが長くうさぎの機微に敏い。この間のこともあって余計な心配をかけることがなくてよかった。

「うさぎちゃん」

 一人、変化を悟られなかったことに安堵していると秋元翁に声をかけられた。

「は、はい!」
「そう。緊張しないで、もう少ししたらうちのデザート好きたちによるケーキがくるから待っていてね」
「え、そ、そんな! おかまいなく!」

 こちらが礼を言いに来たのにおもてなしされては元子もない。
 うさぎは両手を振って気にしないでほしいと言う。だが、秋元翁は好々爺の笑みで気にしないでほしいと言う。

「久々のお客様だからうちの刀剣男士も張り切っているんだよ。だから、是非食べて行ってほしいな」
「うっ。お、お爺さんがそこまで言うなら。お言葉に甘えて!」

 言うと吹き出すような笑い声が聞こえた。その笑い声に視線を向ければ肩を震わせながら口元を隠す三日月が居た。つまり、今うさぎは三日月に笑われたのだ。
 それに急激に恥ずかしくなってうさぎは肩を縮こませた。
 きっと食い意地の張った女の子だと思われたのだ。これは非常に恥ずかしい。さらに身体を縮めると――。

「三日月、笑うんじゃないよ。うさぎちゃんは女の子なんだからケーキが好きだって可笑しくないだろう」
「いや、そうではなく。随分とケーキが好きなのだなと思ったら随分と愛らしく思えて、うさぎ殿、すまないな」

 愛らしいと言われ、うさぎと呼ばれた瞬間やはり心臓が不思議なほど高鳴る。
 ドキドキとする心臓を抑えながらうさぎは首を左右に振った。

「い、いえ。だいじょうぶ、です。ちょっと恥ずかしかったけど」

 正直にへらっと笑いながら答えれば三日月は目を瞠り眉を八の字にした。

「それは、あい、すまなかった」
「あ、いえ! そのほんとに大丈夫、気にしないでください!」

 謝ってほしくはない。そもそも食い意地が張っているように見えるような反応したのはこちらであるのだから。

「そうだよ、三日月殿、うちの主が食い意地を張っているだけだから君が謝るようなことじゃない」
「ちょ、ちょぉっと! 歌仙さん! 乙女にその言い草はないんじゃないのぉ!」

 酷いと肩をポカポカ殴ればじっとりと据わった目を向けられた。

「本当のことだろう。よく他の者から菓子やら貰っているのを僕が知らないとでも思っていたのかい? そんなに間食していたら要らないところに贅肉がつくよ」
「ぜ、贅肉ぅ! 花も恥じらう乙女に何てこと言うのよ!」
「花も恥じらうだって? どこのどなたのことかな?」
「目の前にいるでしょ! もう! ねぇ! お爺さん! あたしの歌仙さん酷くない!」

 「も~」と頬を膨らませながら素知らぬ顔をする歌仙をひと睨みして秋元翁に同意を求めようと見る。視線を向けた先の秋元翁の肩が震えていた。

「ふふ、ふふっ。これはなんてテンポのいい漫才を見ているような」
「こら。主、そう笑うものではないだろう」
「いやいや。でもね、三日月――おっとこれはすまない」

 うさぎの視線に気づいたのか秋元翁が再び好々爺然とした笑みを浮かべる。だが、それにうさぎはぷっくりと頬を膨らませた。

「むぅ。お爺ちゃんまで笑うなんて酷い!」
「おお。すまない、すまない。うさぎちゃん許してくれ」

 困った顔をして謝って来る秋元翁にうさぎはけろりと表情を変える。

「うん! もちろん、歌仙さんとのやり取りはいつも言われることだから気にしていないわ!」
「ぶはっ。いつ、いつもなのかい!」

 再び吹き出した秋元翁はどうやらツボにはまってしまったようだ。
 うさぎとしては何ら面白いことを言っていない。可笑しいことでも言ったかなと頭を掻くとバチリと三日月と目が合う。しかし、今回は三日月の方からすぐに素っ気なく逸らされてしまった。

 ――あ。

 それに酷く悲しい気持ちになった。酷く、酷く、心が痛かった。
 ズキズキ痛む胸を押さえながらうさぎは泣きたくなる気持ちを抑え込む。たった視線を逸らされただけなのに。ここまで悲しくなるのはかつての自分が彼を愛していたからなのだろう。幼い頃にたった一度出逢った初恋の人がいまだに「彼女」の魂の奥深くに刻まれていると思うと――うさぎは複雑であった。
 目の前の人はきっと魂が生まれ変わる度に求めた人なのだ。しかし、再び生まれ変わったうさぎは魂が求めるように目の前の人を愛していいのだろうか。求めていいのだろうか。

「うさぎちゃん!」
「ふぇ! な、なに? 乱ちゃん」

 ぼんやりとしていると強く名を呼ばれた。うさぎを呼んだ乱を見ればそこには何か楽しげな乱がいた。その乱にうさぎは首を傾げながら訊ねる。

「どうしたの? 乱ちゃん、何かいいお話でもしてもらったの?」
「うん! ここの本丸に薔薇で出来た迷路があるんだって! ね! 陸奥守さん!」
「おお! 主を主導に花好きの者らが長年かけて作り上げた巨大迷路ぜよ!」

 胸を張る陸奥守にうさぎは「ほへー」と思わず間抜けな感嘆の声が出た。

「主。間抜けな声を出すんじゃないよ」
「むぅ! すいませんね! って、それは置いておいて、薔薇の巨大迷路かぁ。すっごく気になる!」

 ぱぁっと頭に思い浮べた景色にうさぎは心擽られた。まるで童話の世界のみたいだと目を輝かせると。

「ふふ。なら、是非迷路に兆戦してみてほしいな」
「え! いいんですか!」

 うさぎは目を輝かせたまま秋元翁を見る。それに秋元翁はうんうんと頷いてくれた。

「どうせならチーム対抗とか面白いんじゃないかな」
「チーム対抗! わぁ~面白そう!」
「ねぇ! 楽しそ~」

 と言いながらうさぎは歌仙をチラリと見える。
 今日は礼を言いに来ただけだ。お礼のお菓子もすでに渡した。ケーキを御馳走になってなるべく早く帰った方がいいのだろう。歌仙ならばきっと「迷惑だろう」と言い切ると思いきや――。

「秋元さんもそう言っているならお言葉に甘えてもいいと思うよ。ちなみに宿題はちゃんとするんだよ」
「きゃー! 歌仙さん大好き! 宿題は帰ったらちゃんとするね!」
「言質とったからね、主」

 にこりと甘やかに微笑む歌仙にうさぎは激しく頷く。そして、秋元翁の方を見る。

「ふふ。よかったね。うさぎちゃん、あと宿題頑張ってね」
「うん! へへへ」

 やったぁ~と喜んでいるとうさぎはバチリと再び三日月と視線が合う。それにうさぎは逸らされる前に彼に声をかけた。

「あ、あの! 三日月さんもよろしければ一緒にどうですか?」

 誘うだけで声をかけるだけで身体が緊張する。うさぎはじっと彼の返事を待つ。そして、三日月は小さな笑みを浮かべた。

「俺でよければ。なんなら一緒に組むか?」
「うん!」

 うさぎは三日月の誘いに大きな声で返事をした。すると、三日月は目を瞠り苦笑を浮かべた。

「そこまで喜ばれるとは……だが俺でいいのか? ここにいない者と組むこともできるし、なんなら陸奥守とも組めるぞ」
「え、あ、えっと、よろしければ三日月さんでお願いします」

 そこまで考えは至っていなかったとうさぎは頭を掻きながらへこへこして言う。

「おお。こりゃ振られてしもうたぜよ」
「ふふ。なら、陸奥守さんはボクと組もうよ!」
「ほうじゃ。そんで二人でてっぺんとるぜよ!」
「うん! うさぎちゃん! 三日月さん! 負けないからね!」

 むふっと笑う陸奥守と乱にうさぎも負けじと声を上げる。

「あたしだって負けないわよ! ねぇ~、三日月さん!」
「そこまで言うならば俺も頑張るとするか」

 はははと朗らかに笑う三日月は先ほどの素っ気なさは感じられない。では、先ほどの素っ気なさは一体と考えるも思い当たる節もなく――。
 ――うーん。深く考えても分らないからまぁいっか!
 うさぎはとりあえず深く考えないことにしたのであった。
 それから暫くしてお待ちかねのケーキがやって来て楽しい時間となった。そして、それが終わると――薔薇の大迷宮へと一行は向かった。




2024.07.21 一部修正
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