再び廻り逢う

廻り逢う




 乱藤四郎は黄金色の髪を靡かせながら廊下をスキップしながら歩いていた。
 傍から見れば誰もが彼の機嫌がいいのは見て取れた。彼が横切った刀剣男士が「いいことでもあったのか」と訊ねれば彼は一度足を止めて満面の笑みを浮かべ言う。

「うん! 今日は前から約束していたうさぎちゃんとのデートなんだ!」

 そして、訊ねた刀剣男士の返事を聞かぬまま乱は機嫌よくスキップをしながら目的の部屋に向かって歩き出す。時折、嬉しさのあまりにくるりと一回転しながら乱は溢れんばかりの嬉しさを持て余していた。
 なにせ乱が主である月野うさぎと共に万事屋に赴くのは久方ぶりのこと。
 本丸が設立されたばかりの頃はよく彼女の万事屋へ赴くときの護衛は乱であった。しかし、現在は六十振り以上もの刀剣男士が存在する本丸だ。護衛は当番制となり彼女と共に万事屋に向かうことは減っていた。
 無論、乱はそれに不満はなかった。いや、不満が完全になかったわけではない。しかし、駄々を捏ねるほど子どもでもなかった。だが、こうしてうさぎを実質独り占めできる時間は短くても嬉しくてしかたがない。
 主と同じ湖のような青い瞳を輝かせ、白い頬を上気させながら乱は浮かれた足取りで進み続けた。そして、ようやく彼の目的の場所に辿り着いた。

「う、さ、ぎ、ちゃーんっ! お迎えに来たよぉ~」
「は、はぁ~い!」

 乱の声に慌てたような返事が返って来た。ついでにドタバタと騒々しい音が響く。
 騒々しい音に今のうさぎの様子が用意に想像できてしまい乱はつい苦笑を浮かべる。
 きっと、彼女のことだから洋服選びに悩みファッションショーでもしていたのだろう。そして、いまだに決まらずにいるのであろう。
 そんなことを想像しているとゆっくりと襖が開くとひょこっりとばつの悪そうな顔をしたうさぎが顔を出した。

「ごめぇん。乱ちゃん、もう少し時間かかるかも……」
「はは。そうみたいだね」

 軽く笑ってみせれば彼女は解りやすくシュンと眉を情けなく八の字にさせる。
 きっと歌仙ならば小言の二、三言うだろう。だが、小言を言いながらも彼はうさぎを着飾ることが好きであった。そして、何だかんだ言いながらうさぎのファッションショーに付き合って満足してうさぎを見せびらかすように万事屋に連れて行くに違いない。
 とはいっても、乱も小言こそ言わないがうさぎを着飾るのは好きであった。
 乱は落ち込むうさぎに微笑みかけていつものように提案をする。

「うさぎちゃん、今日もボクが手伝ってあげようか?」
「待ってました! よろしくね、乱ちゃん!」

 泣きべそをかいたような表情から一転ぱっと表情を明るくさせるうさぎ。それもまた同じような展開で乱は思わず吹き出してしまった。

「ぷっ、あははっ! もう、うさぎちゃんったら何から何までボクの想像した通りなんだから!」

 もう可笑しいったらしょうがないといったように乱は口元を抑える。だが、笑われている当の本人はよく解らないといったように長い睫を瞬かせた。

「ふぇ? あたし、何かした?」
「ふふっ、ううん。何でも。さ! 早くお洋服決めてボクとデートしよ!」
「うん!」

 乱の誘いに嬉しそうに微笑む彼女は一等可愛い。
 可愛らしい笑みを浮かべる主を目に映した乱は満足げに頷き部屋に入ったのだった。



   * * *



 久々に乱と万事屋にやって来たうさぎであったが――。

「うぇーん。乱ちゃんどこにいったのよぉ~」

 べそっと目尻に涙を溜めながら慣れたはずの万事屋で乱と逸れ迷子になっていた。
 どうしよう、と泣きべそをかきながらうさぎは通りに行き交う人々を見る。そこに乱藤四郎という刀剣男士はいるもののうさぎの連れである乱ではない。
 審神者は己の刀剣男士を見間違わないように、刀剣男士は審神者の気配を感じ取ることができる。しかし、本日は土曜日。普段よりも賑わる万事屋に気配がごったがえしになっていた。

「もぅ。なんであのときに手を離しちゃったんだろうぉ」

 人混みだからといって繋いだ手は押し寄せる人の波によってあっさりと離れてしまった。手が離れた瞬間にすぐに追いかけようとしてもやはり押し寄せる人並に華奢なうさぎが勝てるはずもなかった。

「ぐすん。どうしようぉ」
「おや。お嬢さん、お困りかな?」

 周りの視線など気にせず寂しさと不安で涙を零しているとふいに柔らかい声がかけられた。
 その声につられるように顔を上げれば一人の人好きする笑みを浮かべた年老いた男性がいた。うさぎから見ればお爺ちゃんとも取れる年齢の男性は両手で杖を持ってうさぎの隣に立った。

「あまりにもお嬢さんが悲しそうな顔をしておりましてなぁ。それで思わずお声を」

 ゆっくりと杖から片手を離し仕立ての良い背広のポケットから綺麗に折りたたまれた白いハンカチーフが取り出された。そして、その綺麗なハンカチがうさぎに差し出された。

「涙をお拭きなさい。あなたのような可愛らしいお嬢さんはきっと笑顔の方が似合うでしょう」
「……ありがとうございます」

 あまりの紳士っぷりに思わず呆けながらうさぎは男性からハンカチを受け取ると涙を拭う。

「さて。涙もすっかり引いたお嬢さん。一体、どうされましたかな?」

 目尻を緩めた男性に訊ねられてうさぎは正直に連れの刀剣男士と逸れたことを話す。

「そうかぁ。それは、それは心細かったでしょう」
「いや、あ、はい」

 眉を下げて心配げな表情をする男性。それにうさぎは我ながら高校生にもなって迷子になって泣きべそをかくということに恥ずかしさが生まれた。
 だが、男性はそれを指摘することもなく好々爺というような笑みを浮かべたままだった。

「では、私もお嬢さんのお連れをお探ししようかな」
「え。いいんですか!」

 思わぬ助けにうさぎは目を輝かせて男性を見る。

「ほほ。ええ。ええ。お声をかけながらまさかお嬢さんをお一人にするはずがないでしょう」
「わああ! ありがとうございます! 助かります!」

 さすがに一人では待っているのも寂しく、だからといって探すのも心細かった。故に、男性の提案はありがたかった。
 人の好いうさぎはこういった提案を素直に受けってしまう。だが、中には美少女の分類に入るうさぎに助平心を持つ者も少なくはない。すぐに知らない人についていかないことを彼女の刀剣男士は口を酸っぱくして言っている。しかし、心の根の優しいうさぎはやはりそれをすんなりとその人を受け入れてしまうのだった。
 とはいっても、この好々爺は助平心もなく普通に人の好い男審神者であるので今回は無事であろう。うさぎのある意味では人を見る目は確かであった。そして、うさぎと男性はまずは自己紹介とトントン拍子に仲良くなっていった。

「あ、そういえば、お爺ちゃんのお連れさんは?」

 審神者であるはずなのに刀剣男士を見かけないと思いうさぎが尋ねると男性秋元もつられて周りを見る。

「んぅ? あれ先ほどまで居たんだがな……あれ?」

 コテンと愛嬌たっぷりに首を傾げる秋元翁にうさぎは目をきょとんと丸くさせる。そして、すぐに吹き出して笑い声を上げる。

「やっだぁ! お爺ちゃんも迷子だったの!」
「むっ。うさぎちゃん、私も歳は取って物忘れが激しくなったが、これは迷子じゃないよ。そう。きっと、あっちが迷子なんだよ」
「ええ~。そうかなぁ」
「そうそう。そもそもあいつを連れにすると高確率で私と逸れる。だから、私ではなくあちらの連れが迷子なんだよ」

 だから自分は迷子ではないと訴える秋元翁にうさぎは笑が止まらない。

「ふふっ。もうなんか今日は迷子の日なんじゃないかなぁ」
「む。うさぎちゃん、私は迷子じゃなんかないよ」
「もー。頑固なんだから!」

 ぷいっとそっぽを向くという子供じみた仕草を見せる秋元翁にうさぎはとても親しみを感じた。そして、ついっと自身の傍にある暖簾を見て秋元翁の肩に柔らかく手を触れる。

「ねぇ。お爺ちゃん、せっかくだからお茶でも飲んでゆっくりしてから探しましょ!」
「むー。そうだね」

 ちらりとこちらを見た秋元翁は再び好々爺に戻る。
 その様子にうさぎも先ほどの寂しさも忘れて笑みを零す。

「じゃ、行きましょう!」
「はいはい」

 二人は仲良くまるで茶屋の暖簾をくぐったのだった。



  * * *



 乱は苛立った様子で行き交う人々を眺めていた。

「もー! うさぎちゃんったら! どこに行ったの!」

 両手を掲げて乱は傍から見ても解りやすいほどご立腹した様子であった。だが、それは決して離れてしまったうさぎに対してではない。
 では何に腹を立てていると言うのかと言えば乱自身であった。逸れるあの時、人波に押されすぐに手を離してしまった自分。その後にすぐに合流することができなかった自分であった。
 乱は掲げていた両手を降ろしてじっと小さな手を見つめる。

「いち兄みたいに大きな手だったら離さなかったのかなぁ……」

 短刀である己に不満は決してない。だが、時折藤四郎兄弟の長兄である一期一振に羨望の眼差しを向けてしまう。
 兄のように身長が高ければ人混みから彼女を護れただろうか。兄のように大きな手であれば手を離さなかっただろうか。いくつもの浮かぶ憶測に乱は深い溜息を吐き出す。

「はぁ。ま、考えても仕方ないんだけどさぁ」

 大きくなりたいなど短刀である自身の特性を殺すこと他ならない。故にない物ねだりをするものではない。
 と、自身の浅はかな考えを振り払いながら乱は気合を入れ直して目の前の人混みを見つめる。
 刀剣男士であれば審神者の気配を辿ることはできる。しかし、今日の万事屋は審神者と刀剣男士で賑わっている。
 乱は例に漏れず酔った。

「うぇ。これは見つからないよぉ」
「おや。どうした?」

 ぐるりと身体に渦巻く吐き気に何とか耐えていると横から声をかけられた。
 その声に乱は視線を上げると――天下五剣にして最も美しいと称される刀剣男士がいた。
 美しい刀剣男士三日月宗近は緩やかな笑みを浮かべながら乱の目線までしゃがんでくれた。

「具合が悪そうだな。おぬしの審神者はどうした?」
「実は主さんと離れちゃって。でも、ほら今日は人が多いでしょ」

 それだけ言えば彼には十分伝わったのか三日月はひとつ頷いてくれた。

「確かにこの多さでは主も見つからぬな」
「でしょ。はぁ。でも、それにしても情けないよ」

 自身の情けなさに溜息を吐けば突然頭に何かが乗った。そして、ゆっくりと撫でられる感触に乱は頭を撫でてくる三日月を見る。
 三日月は人好きする柔らかい笑みを浮かべて頭を撫でてくる。それはまるで乱が落ち込んだときに宥めてくる兄弟が零す慈愛に似ていた。
 じっと三日月を見つめると彼は目じりを緩めて手を引く。

「なに。一期一振の見様見真似よ。こうすれば俺のところの藤四郎兄弟は皆笑みを浮かべていたからな」
「そうなんだ」

 どこでも一期一振は慈愛に満ちた兄の様だ。もちろん乱の所にいる一期一振も厳しくも優しい兄であった。
 くすぐったい感情にはにかんでいると三日月がゆっくりと立ち上がる。

「具合も良くなったようだな」
「うん! ありがとう!」

 笑顔で返せば三日月は唇の端を緩ませた。

「声をかけたついでだ。共におぬしの主を探すのを手伝おう」
「ほんと! ありがとう!」

 その願い出は大変助かる。何せ、背の小さな乱では見えるところに限界があるからだ。その点、三日月は刀剣男士の中でも身長の高い分類だ。これならば遠くに見えるうさぎだって見つかりやすくなるだろう。

「ふふ。そこまで喜ばれるとは腕が鳴るな。よし。主よ。この者の主探しを――おや?」

 振り返った三日月は誰かを探すように辺りを見回す。
 誰かを探す素振りをする三日月に乱は口の端が引きつった。

「み、三日月さん、まさか、まさかだけどぉ」
「うん。どうやら主と逸れてしまったようだな」

 晴れやかな笑みを見せる三日月に乱はガクリと肩を落とす。

「もぉ~、三日月さぁん」
「はは。すまん、すまん。なぁに、二振り揃って主探しにしゃれ込もう」

 マイペースであるとは耳にしたことはあったが目の前の三日月を見るに本当のようだ。
 乱は髪を掻き上げながら再び溜息をはく。

「はぁ~。しょうがない。頑張ってお互いの主さんを探そうかっ」

 ねっと笑いかければ三日月も「そうだな」と頷いてくれた。
 そうして、二振りは揃って主探しに出たのであった。



   * * *



 愛おしい姫君と離れもう二度と会うことはないだろう。そう思いながら日々を三日月宗近は過ごしていた。
 そんなある日、主に誘われるままに万事屋にやって来て見慣れた物珍しくもない道を歩いていた。だが、その最中三日月は主と逸れたという乱藤四郎に出逢った。しかし、その頃には三日月も主と逸れている状態であった。その状況に笑いながら揃って主探しを始めた。
 二振り揃って主と探している中、どのような主なのかとお互いの主を話し合った。
 三日月の主はこの戦いの黎明期より審神者を続けている歴戦の猛者だ。
 平和な世が続く中、まるで軍師の如く采配を振るい第一線で刀剣男士を指揮するような御仁であった。だが、その主も足を悪くし今では杖がなければ歩けぬ有様となっていた。そして、三日月の主は近々審神者を引退すると言う。それに、刀解される者やどこかに引き継がれる者、と進路は様々であった。

「へぇ。そっか。主さんと離れるのは寂しいね」
「そうさな。寂しいものだ」

 長い時を過ごし多くの主を転々としている三日月でもやはり己を励起した審神者と離れるのは寂しかった。

「じゃぁ、三日月さんは、刀解を望むの?」

 遠慮がちに訊ねる乱に三日月は意味深長な笑みを浮かべるだけだった。
 それは、三日月が迷っていることであった。
 今までの忠義を全うするならばこのまま審神者に刀解されることを望むだろう。しかし、三日月にはひとつ心残りがある。それこそが、あの遠い昔のたった数日で恋に落ち、今も忘れられない月の姫君のことであった。
 彼女と再び廻り逢いたいという気持ちが何十年経っても忘れられないのだ。故に、素直に刀解を選べないのだ。ならばどこかに引き継ぎといっても今の主以外に仕えることができるとも思えない。
 何とも情けなく不甲斐ない刀剣男士である。
 尽きない悩みにきっと気づいて三日月の主は万事屋に連れ出してくれたのだろう。本当によく気の利く男である。と、三日月は見覚えのある背中を見つけた。それは見間違えることない三日月の主が仕立てたばかりの背広であった。

「乱藤四郎。俺の主を見つけたぞ」
「え! ほんと! よかったぁ!」

 自分の主はまだ見つからぬというのにまるで自身の事のように喜ぶ乱。その様にきっと乱の主も良い主なのだろうと三日月は微笑ましさに笑みが零れる。

「じゃ! さっそく三日月さんの主さんのところに行こう!」
「おいおい。そう急くな」

 器用に人の間を縫う乱に苦笑しながら徐々に主の背中が間近に迫ったときであった。
 三日月は自身の目を疑った。

「セレニティ……」

 主の目の前に座る少女が視界に映った途端三日月の身体に大きな衝撃が走る。
 手を引く乱に待てと口にしたくとも彼は止まらない。寧ろ、「うさぎちゃん」と驚きと嬉しさの交じった声を上げてさらに引く力を強くする。
 「ああ、乱藤四郎の主か」など呆けた考えが浮かぶ中三日月の頭は真っ白になっていく。だのに、身体は妙に落ち着かず心の臓は妙に早鐘を打つ。
 そして、心の準備もままならぬまま三日月は唯一恋をした少女に瓜二つの少女の前に立ったのだった。




2024.07.21 一部修正
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