純潔の喪失
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◇ 夢主視点
色々必要な物を買ってくれた彼らは夕焼けに染まる空の下で「行くぞ」と言う。まだ何か買うものがあるのかと訊ねたら「違う」と蘭様が首を横に振った。
「郊外に行くだけ」
これで分かんだろと言いたげな竜胆様の視線。私はまさか殺されるのかと一瞬だけ頭に過った。けれどここまでされて殺されることはないだろう。だから、すぐに思考を切り替える。そこで導き出された答えはひとつ。
「……まだ生きているのですか」
自分から出たとは思えない声に蘭様も竜胆様も意味深長気に笑みを深める。どうやら正解の様子。何をしているの、と言いたげに見れば蘭様が車の扉を開いてくれた。どうやらここからの運転手はお二人のうちのどちらからしい。
「ま、行ってからの楽しみにしていろよ」
「わかりました」
私はエスコートされるように車に乗り込んだ。それから私は死んだと思って忘れかけていたあの男へ対する憎悪が込み上げてならなかった。
「そんな怖い顔すんなよ」
バックミラー越しに竜胆様がそう言う。どうやらそうとうヒドイ顔をしていたようだ。眉間の皺を擦ると助手席ではなく何故か私の隣に乗り込んだ蘭様に肩を抱かれる。
「眉間の皺って中々取れないらしいぜ」
「はい。存じています。なのでいつもマッサージ必須なんです」
「そりゃ大変だ」
ケラケラと目が笑っていない状態で笑う蘭様。だが私は笑う要素が今のところ1ミリもない。寧ろ聞きたいことばかりだ。だが今は飲み込んでおこう。どうせ聞いたところで「面白そう」という答え以外帰って来ないだろうしし。
私はこうして望んでもいない形式上の夫の最後を見届けることになった。
どれほど車を走らせたか分からない。そもそもどこを通っているか分からない。何せ車に乗って暫くしたら「教えらんねぇんだった」と蘭様に目隠しをされてしまったから。
別に処分場を知りたいわけではないので文句もない。ただやっぱり目隠しをされるとなんか酔う。何とか吐き気を乗り越えたら次は舗装されていない道に入ったらしくそこから暫く地獄のコースだった。
「オマエ、大丈夫?」
「なんとか」
目隠しを外してくれた蘭様の意外な心配顔を見ながら頷く。とりあえず外に出ようと車の外に出るとすぐ傍に真新しいコテージがあった。よく見れば辺りは一面木々ばかり。人の気配など全くない。たぶん、梵天の関係者の私有地にあるのだろう。
木と土のむせかえる匂いで何とか吐き気が納まる。ふぅと息を吐くと竜胆様が横に立って「もういいか?」と訊ねて来た。ありがたいことに待っていてくれたようだ。
「ご迷惑おかけします」
「あーいいって、んじゃ行くぞ」
長い前髪で眉は見えないがたぶん眉を寄せたんだろう。バツの悪い顔をしながらスタスタ蘭様にも負けない長い足で進んでいく。
蘭様も「行くぞ」と私の肩を抱いて歩き出す。
コテージは外から見ても人の居る気配のない。だというのに竜胆様はカギを開ける動作をすることなく扉を開けてそのまま進んだ。蘭様も土足だから私も土足で着いていく。
中は想像していたよりも広かった。だがやはり生活感というものはなかった。セーフハウスとして使われてもいないのかと考えていると竜胆様が奥の部屋の扉を開く。蘭様に連れられながら私も入るとそこに明らかに地下へ繋がる階段があった。
すでに竜胆様の姿がないことから先に下りているのだろう。
「明かりねぇから気を付けろよ」
「はい」
言いながらも蘭様は先に下りて手を引いて明かりの無い階段を補助してくれた。お蔭で踏み外すことなく私は地下へと降り立つことができた。
地下はどこまでも広げることができる。そう言わしめるほど広かった。コンクリート剥き出しであるがこんなところに拘っても意味はない。
無機質な地下室を無言で進み続ければ一つの部屋に行きつく。その前に立つと竜胆様がようやく私たちの方を振り向いた。
「ここにオマエの旦那がいる」
態々夫と呼ばなくてもいいだろうに。ふつふつと込み上げる苛立ちを察知したのか蘭様が「そう怒るな」と宥めるような声で言う。
「怒るなと言う方が無理かと……」
「あいつのやらかしを見れば何となく分かるが、まぁ落ち着けよ」
「うにぃ」
にゅっと頬が蘭様につままれた。まるで子ども扱いだが、もう子どもの頃ほど伸びない。「硬てぇな」と言うなら止めてほしい。
「おい。兄貴、遊ぶんでやるな」
「悪ぃ、悪ぃ」
放ってかれた拗ねた顔をする竜胆様に言われてようやく長い指でつまむのをやめてくれた。抓られた頬を擦りながら「もう平気です」と言う。
「っし、じゃ、開けるけど、いきなりクソ野郎って蹴りに行くなよ」
「そんなはしたない真似は流石にいたしません」
フンと鼻を鳴らして答えれば「ほんとかぁ」と蘭様が茶化す。それをまた竜胆様が窘める。何だかお店の時とは違う逆転した感じに年子生まれの兄弟らしさを感じる。
「はぁ。今度こそ開くぞ」
と言って竜胆様は呆れ気味な顔で扉を開いた。
部屋の中は外と同じく無機質な部屋だった。ただ、違うのはとても〝掃除〟がしやすいようにしてあるだけ。その部屋の真ん中にまるで身動きが取れなくなった芋虫のようにクソ野郎はいた。僅かに動く身体を見て眉を顰める。
「まだ生きているんですか」
「そ。オレがお願いして生かしておいてもらった」
肩を抱いて来た蘭様を見ずに虫の息状態の男を見つめ続ける。このまま放っておいても死んでしまうんじゃないかというほどか細く息をしているようだ。
「このまま死ぬまで見続けろというのですか」
「そーじゃねぇよ」
ではなにを、と蘭様を見る。蘭様は綺麗に微笑むと「オマエが殺 れ」と言った。優しい笑みとは違う酷い言葉。いや、私にとって酷くとも何ともない。
「まさか私がこのクズに情が残っているとでも?」
「思ってねぇよ。でも、オマエの化けの皮が外れっかもしれんねぇし」
「化けの皮……私が何か隠しごとをしているかと思っていらっしゃるんですか?」
心外。それに尽きる。だが、たった一日で信用しろというのも無理からぬ話。もしかしたらこの野郎を殺すことで私はこの二人から改めて信頼されるのかもしれない。
「これは試験でしょうか?」
「そーかもな」
蘭様はまだにこやかに嫋やかに微笑んでいる。次に竜胆様を見ればすでにその手には拳銃 が握られていた。
「これ使い方わかるか?」
「わかります」
答えると同時に肩から重みがなくなる。同時に私は竜胆様の傍に行ってその手から銃を受け取る。ズシッとした重さは久々だった。
「細いのに平気か?」
「片手だと厳しいので両手撃ちします」
「お。所謂女子撃ちってやつか」
両手で握って撃つってそう呼ばれているのかしら。初耳なんだけど。とまぁ、やっぱり男よりも手は小さいし握力も弱いので確実性を狙うならやっぱり両手がいいでしょう。
「では、失礼します」
「きばれよ」
「はい」
サッサと終わらせて処分してもらおうと男のもとにカツカツヒールを鳴らして近づく。
そして、芋虫状態になっている男を蹴飛ばす。
「起きなさい、クズ」
「う゛、……ぁっ、あ……?」
呻き声を上げながらゆっくり、ゆっくりと身体を仰向けにしようとする。けれどそんな時間待っていられない。私はもう一度男に足をかけて身体を仰向けにするのを手伝ってやる。ぐんと入れて蹴ると男は仰向けになった。
「これでいい?」
「ぁ、ぉ、ま、ぁ、な、たす、」
「ア゛? 誰か助けに来たって言ったのよ」
不愉快な言葉を理解してしまい反射的に目を眇める。クソ。何だかんだ言ってコイツの言いたいことが分かるのは腹立たしい。サッサと殺すかとスライドを引こうとしたときだった。
「うら、ぎぃ、も」
男が途切れ途切れにふざけたことを吐き出した。ピキと青筋が浮かんだのが自分でも分かった。
「はぁ゛?」
今の「裏切り者」という言葉に堪忍袋の緒が切れる。いや、もうコイツにたいしてはずっと、ずっと、前から堪忍袋の緒は切れているが。
なんて考えている間に身体が自然と動いてスライドを引いてトリガーに指をかけて引いていた。パンという音に続いて床に落ちる音が響いた。
目の前でぐるぐる巻きにされていた男がビクビクと跳ねる。でも、まだ死んでない。何せ私が今撃ったのは足。ああ、でも、足って血管が沢山あるんだっけ。出血死しちゃうかな。その前に殺 らないと。
「裏切りもんはテメェだろ」
男からの鮮明な答えなど聞いていない。だから私は勝手に話し続ける。
「テメェが兄さんをかどわかして組に入ってあれこれ手ぇ回したの知ってんだかんな」
弱体化し組の運営に組長となった兄と幹部は困っていた。そこへ救世主というように現れたのがこのクズ。あこぎな商売で財を成したこの男が兄に手を差し伸べたのだ。そこから猫を被って兄の信頼を得てこいつはいつの間にか幹部になっていた。ああ、あの時、遊びほうけていないでちゃんと見ていればよかった。そんな後悔がずっと着いて回る。
「あ゛ぁ」苛立ちの声を零しながら私はまたトリガーを引いていた指を戻してまたトリガーを引く。それでもまだ死なない。
「テメェが兄さんを殺したことはもう知ってんだ」
兄さんは病死と表向きに言われているがあれは病死ではなく毒殺。この男の手下が毒を持ったのは調べがついている。チッ。なんで勝手に海に沈めてんだよ。私がシメてやりたかった。もう一度トリガーを引く。それでも男は死なない。ふとすでにこの世にいない義姐さんの顔が浮かんだ。大きな舌打ちをしながらクズを見る。
「私のこと趣味じゃねぇと抜かしながら義姐さんに手ぇ出すってマジでゲスの極み」
義姐さんは年齢よりも幼顔で見えた。私よりも年上なのにたまに同い年ぐらいに見られていた。それくらい童顔。そんな童顔が男の好みにあったのか義姐さんは無理矢理関係を持たされた。それに苦しんだのか兄さんとの間に出来た子どもを連れて自殺した。あの可愛らしい笑顔を浮かべる二人を思い出して涙が出そうになってまたトリガーを引く。ああ、何だか男は死にそうだ。
「まだまだ言い足りねぇけどいいわ。もう、めんどい、死ね」
残りの銃弾全てを男に打ち込む。何発も打ち込む。その内トリガーを引くのが楽しくなっていく。人間のしかも成人した男でもあんなに跳ねてビクビクするんだ。
「あは♡ おもしろいじゃないっ!」
瞬間ゾクゾクとした。身体中がカッと熱くなって目の前がチカチカしてくる。よく分らないけれど何だかいい。気持ちがいい。
もっと、もっと、と撃っていると――何も出なくなった。
「あ、切れたの? あ゛~クソっ!」
カチカチとトリガーを引いても何も出てこない。チッと大きく舌打ちをしてからドクドクと血を流しうんともすんとも言わないクズを見る。だが、これ以上このクズを見ていたい気持ちはない。
クズに背を向けて拳銃を手渡そうとすると目の前に壁が現れた。急に現れた壁に一歩引くより前に顔を掴まれて無理矢理上を向けられた。するとそこにはギラギラした目があった。その目に血が湧き立った。
「はっ、その目、まだ正気じゃなさそうだな」
低い掠れた声が耳元で囁かれた。微かに触れる吐息と耳に心地よく響く声に身体が震えた。「はッ」自分の唇から熱の籠った吐息が零れた。よく分らない。何これは。身体の熱が上がって身体の奥が切ない。その感覚に回らなくなりつつある思考回路でひとつ辿り着く。だが、まさかこんなことで。いや、でも抗争の後などはシたくなると訊く。まさか自分がと信じられないでいると。目の前に現れた蘭さまの顔を見ると目が笑った。
「オマエやっぱ今ので感じてただろ」
感じていたとは、と聞き返したくても言葉が形にならない。口をはくと動かす手のひらから拳銃がひったくられた。
「お~変な性癖になっちまいそうだな」
どうやら拳銃は竜胆様の元へと戻ったらしい。にしても変な性癖とは分からなくもないが、と反論しようとしたがまた言葉にならない。そんな私を他所に後ろから身体が抱きしめられ「ぁ」とまた切なそうな声を出してしまった。
「兄ちゃん、こいつヤバくねぇ? ここでする?」
「しねぇよ。オレだって死体があるとこでなんざしたくねぇからな」
「オレだってそうだって」
「んじゃ、場所変えっぞ」
パッと蘭様が手を離すと膝がカクンとした。
「ッ」
「おい」
どうやら私は蘭様の手があって何とか立っていたようで急に足に力が入らなくなり座り込みそうになる。けれど竜胆様の腕のおかげで何とか立っていられた。
「すいま、せ」
何とか息を上げながら言うけれど自分の身体はもうどうにもならない。こういうことに関係してこなかったことを今になって後悔する。というか、嫌いなクズを殺しただけでまさか身体が熱を上げるなんて思わなかったし、何かイヤ。
悔しさに唇を噛んでいると蘭様が「出るぞ」と言い出した。すぐに足に力を入れたいがやっぱり股の辺りのあれで動けない。
「竜胆。そいつ車まで運んでやれ」
「わぁったよ」
「あぅ」
情けない声を上げて竜胆様に横抱きにされた。そのままスタスタ歩き出すけれどちょっとした振動でも股の辺りに響いて小さく喘いでしまう。
「おい。オマエ、マジで大丈夫かよ」
「ぁ、きか、な、でぇ」
恥ずかしさに竜胆様の胸に顔を押し付ける。すると煙草とシトラスの香水が鼻を擽ってさらに胎の奥が疼く。最悪。最悪。
「うぅ、やだぁ」
「あー。頑張れ、頑張れ」
「ははっ。頑張れ、頑張れ」
竜胆様の困惑した応援と、心底愉快と言うような蘭様の応援。それに何とか堪えようと私は唇を噛み続けた。
けれど、この後それ以上の痛みとそんなことも忘れそうな快楽に襲われるなんて思いもよらなかった。そう。私はこの夜、別に大切にはしていなかった純潔が散った。
色々必要な物を買ってくれた彼らは夕焼けに染まる空の下で「行くぞ」と言う。まだ何か買うものがあるのかと訊ねたら「違う」と蘭様が首を横に振った。
「郊外に行くだけ」
これで分かんだろと言いたげな竜胆様の視線。私はまさか殺されるのかと一瞬だけ頭に過った。けれどここまでされて殺されることはないだろう。だから、すぐに思考を切り替える。そこで導き出された答えはひとつ。
「……まだ生きているのですか」
自分から出たとは思えない声に蘭様も竜胆様も意味深長気に笑みを深める。どうやら正解の様子。何をしているの、と言いたげに見れば蘭様が車の扉を開いてくれた。どうやらここからの運転手はお二人のうちのどちらからしい。
「ま、行ってからの楽しみにしていろよ」
「わかりました」
私はエスコートされるように車に乗り込んだ。それから私は死んだと思って忘れかけていたあの男へ対する憎悪が込み上げてならなかった。
「そんな怖い顔すんなよ」
バックミラー越しに竜胆様がそう言う。どうやらそうとうヒドイ顔をしていたようだ。眉間の皺を擦ると助手席ではなく何故か私の隣に乗り込んだ蘭様に肩を抱かれる。
「眉間の皺って中々取れないらしいぜ」
「はい。存じています。なのでいつもマッサージ必須なんです」
「そりゃ大変だ」
ケラケラと目が笑っていない状態で笑う蘭様。だが私は笑う要素が今のところ1ミリもない。寧ろ聞きたいことばかりだ。だが今は飲み込んでおこう。どうせ聞いたところで「面白そう」という答え以外帰って来ないだろうしし。
私はこうして望んでもいない形式上の夫の最後を見届けることになった。
どれほど車を走らせたか分からない。そもそもどこを通っているか分からない。何せ車に乗って暫くしたら「教えらんねぇんだった」と蘭様に目隠しをされてしまったから。
別に処分場を知りたいわけではないので文句もない。ただやっぱり目隠しをされるとなんか酔う。何とか吐き気を乗り越えたら次は舗装されていない道に入ったらしくそこから暫く地獄のコースだった。
「オマエ、大丈夫?」
「なんとか」
目隠しを外してくれた蘭様の意外な心配顔を見ながら頷く。とりあえず外に出ようと車の外に出るとすぐ傍に真新しいコテージがあった。よく見れば辺りは一面木々ばかり。人の気配など全くない。たぶん、梵天の関係者の私有地にあるのだろう。
木と土のむせかえる匂いで何とか吐き気が納まる。ふぅと息を吐くと竜胆様が横に立って「もういいか?」と訊ねて来た。ありがたいことに待っていてくれたようだ。
「ご迷惑おかけします」
「あーいいって、んじゃ行くぞ」
長い前髪で眉は見えないがたぶん眉を寄せたんだろう。バツの悪い顔をしながらスタスタ蘭様にも負けない長い足で進んでいく。
蘭様も「行くぞ」と私の肩を抱いて歩き出す。
コテージは外から見ても人の居る気配のない。だというのに竜胆様はカギを開ける動作をすることなく扉を開けてそのまま進んだ。蘭様も土足だから私も土足で着いていく。
中は想像していたよりも広かった。だがやはり生活感というものはなかった。セーフハウスとして使われてもいないのかと考えていると竜胆様が奥の部屋の扉を開く。蘭様に連れられながら私も入るとそこに明らかに地下へ繋がる階段があった。
すでに竜胆様の姿がないことから先に下りているのだろう。
「明かりねぇから気を付けろよ」
「はい」
言いながらも蘭様は先に下りて手を引いて明かりの無い階段を補助してくれた。お蔭で踏み外すことなく私は地下へと降り立つことができた。
地下はどこまでも広げることができる。そう言わしめるほど広かった。コンクリート剥き出しであるがこんなところに拘っても意味はない。
無機質な地下室を無言で進み続ければ一つの部屋に行きつく。その前に立つと竜胆様がようやく私たちの方を振り向いた。
「ここにオマエの旦那がいる」
態々夫と呼ばなくてもいいだろうに。ふつふつと込み上げる苛立ちを察知したのか蘭様が「そう怒るな」と宥めるような声で言う。
「怒るなと言う方が無理かと……」
「あいつのやらかしを見れば何となく分かるが、まぁ落ち着けよ」
「うにぃ」
にゅっと頬が蘭様につままれた。まるで子ども扱いだが、もう子どもの頃ほど伸びない。「硬てぇな」と言うなら止めてほしい。
「おい。兄貴、遊ぶんでやるな」
「悪ぃ、悪ぃ」
放ってかれた拗ねた顔をする竜胆様に言われてようやく長い指でつまむのをやめてくれた。抓られた頬を擦りながら「もう平気です」と言う。
「っし、じゃ、開けるけど、いきなりクソ野郎って蹴りに行くなよ」
「そんなはしたない真似は流石にいたしません」
フンと鼻を鳴らして答えれば「ほんとかぁ」と蘭様が茶化す。それをまた竜胆様が窘める。何だかお店の時とは違う逆転した感じに年子生まれの兄弟らしさを感じる。
「はぁ。今度こそ開くぞ」
と言って竜胆様は呆れ気味な顔で扉を開いた。
部屋の中は外と同じく無機質な部屋だった。ただ、違うのはとても〝掃除〟がしやすいようにしてあるだけ。その部屋の真ん中にまるで身動きが取れなくなった芋虫のようにクソ野郎はいた。僅かに動く身体を見て眉を顰める。
「まだ生きているんですか」
「そ。オレがお願いして生かしておいてもらった」
肩を抱いて来た蘭様を見ずに虫の息状態の男を見つめ続ける。このまま放っておいても死んでしまうんじゃないかというほどか細く息をしているようだ。
「このまま死ぬまで見続けろというのですか」
「そーじゃねぇよ」
ではなにを、と蘭様を見る。蘭様は綺麗に微笑むと「オマエが
「まさか私がこのクズに情が残っているとでも?」
「思ってねぇよ。でも、オマエの化けの皮が外れっかもしれんねぇし」
「化けの皮……私が何か隠しごとをしているかと思っていらっしゃるんですか?」
心外。それに尽きる。だが、たった一日で信用しろというのも無理からぬ話。もしかしたらこの野郎を殺すことで私はこの二人から改めて信頼されるのかもしれない。
「これは試験でしょうか?」
「そーかもな」
蘭様はまだにこやかに嫋やかに微笑んでいる。次に竜胆様を見ればすでにその手には
「これ使い方わかるか?」
「わかります」
答えると同時に肩から重みがなくなる。同時に私は竜胆様の傍に行ってその手から銃を受け取る。ズシッとした重さは久々だった。
「細いのに平気か?」
「片手だと厳しいので両手撃ちします」
「お。所謂女子撃ちってやつか」
両手で握って撃つってそう呼ばれているのかしら。初耳なんだけど。とまぁ、やっぱり男よりも手は小さいし握力も弱いので確実性を狙うならやっぱり両手がいいでしょう。
「では、失礼します」
「きばれよ」
「はい」
サッサと終わらせて処分してもらおうと男のもとにカツカツヒールを鳴らして近づく。
そして、芋虫状態になっている男を蹴飛ばす。
「起きなさい、クズ」
「う゛、……ぁっ、あ……?」
呻き声を上げながらゆっくり、ゆっくりと身体を仰向けにしようとする。けれどそんな時間待っていられない。私はもう一度男に足をかけて身体を仰向けにするのを手伝ってやる。ぐんと入れて蹴ると男は仰向けになった。
「これでいい?」
「ぁ、ぉ、ま、ぁ、な、たす、」
「ア゛? 誰か助けに来たって言ったのよ」
不愉快な言葉を理解してしまい反射的に目を眇める。クソ。何だかんだ言ってコイツの言いたいことが分かるのは腹立たしい。サッサと殺すかとスライドを引こうとしたときだった。
「うら、ぎぃ、も」
男が途切れ途切れにふざけたことを吐き出した。ピキと青筋が浮かんだのが自分でも分かった。
「はぁ゛?」
今の「裏切り者」という言葉に堪忍袋の緒が切れる。いや、もうコイツにたいしてはずっと、ずっと、前から堪忍袋の緒は切れているが。
なんて考えている間に身体が自然と動いてスライドを引いてトリガーに指をかけて引いていた。パンという音に続いて床に落ちる音が響いた。
目の前でぐるぐる巻きにされていた男がビクビクと跳ねる。でも、まだ死んでない。何せ私が今撃ったのは足。ああ、でも、足って血管が沢山あるんだっけ。出血死しちゃうかな。その前に
「裏切りもんはテメェだろ」
男からの鮮明な答えなど聞いていない。だから私は勝手に話し続ける。
「テメェが兄さんをかどわかして組に入ってあれこれ手ぇ回したの知ってんだかんな」
弱体化し組の運営に組長となった兄と幹部は困っていた。そこへ救世主というように現れたのがこのクズ。あこぎな商売で財を成したこの男が兄に手を差し伸べたのだ。そこから猫を被って兄の信頼を得てこいつはいつの間にか幹部になっていた。ああ、あの時、遊びほうけていないでちゃんと見ていればよかった。そんな後悔がずっと着いて回る。
「あ゛ぁ」苛立ちの声を零しながら私はまたトリガーを引いていた指を戻してまたトリガーを引く。それでもまだ死なない。
「テメェが兄さんを殺したことはもう知ってんだ」
兄さんは病死と表向きに言われているがあれは病死ではなく毒殺。この男の手下が毒を持ったのは調べがついている。チッ。なんで勝手に海に沈めてんだよ。私がシメてやりたかった。もう一度トリガーを引く。それでも男は死なない。ふとすでにこの世にいない義姐さんの顔が浮かんだ。大きな舌打ちをしながらクズを見る。
「私のこと趣味じゃねぇと抜かしながら義姐さんに手ぇ出すってマジでゲスの極み」
義姐さんは年齢よりも幼顔で見えた。私よりも年上なのにたまに同い年ぐらいに見られていた。それくらい童顔。そんな童顔が男の好みにあったのか義姐さんは無理矢理関係を持たされた。それに苦しんだのか兄さんとの間に出来た子どもを連れて自殺した。あの可愛らしい笑顔を浮かべる二人を思い出して涙が出そうになってまたトリガーを引く。ああ、何だか男は死にそうだ。
「まだまだ言い足りねぇけどいいわ。もう、めんどい、死ね」
残りの銃弾全てを男に打ち込む。何発も打ち込む。その内トリガーを引くのが楽しくなっていく。人間のしかも成人した男でもあんなに跳ねてビクビクするんだ。
「あは♡ おもしろいじゃないっ!」
瞬間ゾクゾクとした。身体中がカッと熱くなって目の前がチカチカしてくる。よく分らないけれど何だかいい。気持ちがいい。
もっと、もっと、と撃っていると――何も出なくなった。
「あ、切れたの? あ゛~クソっ!」
カチカチとトリガーを引いても何も出てこない。チッと大きく舌打ちをしてからドクドクと血を流しうんともすんとも言わないクズを見る。だが、これ以上このクズを見ていたい気持ちはない。
クズに背を向けて拳銃を手渡そうとすると目の前に壁が現れた。急に現れた壁に一歩引くより前に顔を掴まれて無理矢理上を向けられた。するとそこにはギラギラした目があった。その目に血が湧き立った。
「はっ、その目、まだ正気じゃなさそうだな」
低い掠れた声が耳元で囁かれた。微かに触れる吐息と耳に心地よく響く声に身体が震えた。「はッ」自分の唇から熱の籠った吐息が零れた。よく分らない。何これは。身体の熱が上がって身体の奥が切ない。その感覚に回らなくなりつつある思考回路でひとつ辿り着く。だが、まさかこんなことで。いや、でも抗争の後などはシたくなると訊く。まさか自分がと信じられないでいると。目の前に現れた蘭さまの顔を見ると目が笑った。
「オマエやっぱ今ので感じてただろ」
感じていたとは、と聞き返したくても言葉が形にならない。口をはくと動かす手のひらから拳銃がひったくられた。
「お~変な性癖になっちまいそうだな」
どうやら拳銃は竜胆様の元へと戻ったらしい。にしても変な性癖とは分からなくもないが、と反論しようとしたがまた言葉にならない。そんな私を他所に後ろから身体が抱きしめられ「ぁ」とまた切なそうな声を出してしまった。
「兄ちゃん、こいつヤバくねぇ? ここでする?」
「しねぇよ。オレだって死体があるとこでなんざしたくねぇからな」
「オレだってそうだって」
「んじゃ、場所変えっぞ」
パッと蘭様が手を離すと膝がカクンとした。
「ッ」
「おい」
どうやら私は蘭様の手があって何とか立っていたようで急に足に力が入らなくなり座り込みそうになる。けれど竜胆様の腕のおかげで何とか立っていられた。
「すいま、せ」
何とか息を上げながら言うけれど自分の身体はもうどうにもならない。こういうことに関係してこなかったことを今になって後悔する。というか、嫌いなクズを殺しただけでまさか身体が熱を上げるなんて思わなかったし、何かイヤ。
悔しさに唇を噛んでいると蘭様が「出るぞ」と言い出した。すぐに足に力を入れたいがやっぱり股の辺りのあれで動けない。
「竜胆。そいつ車まで運んでやれ」
「わぁったよ」
「あぅ」
情けない声を上げて竜胆様に横抱きにされた。そのままスタスタ歩き出すけれどちょっとした振動でも股の辺りに響いて小さく喘いでしまう。
「おい。オマエ、マジで大丈夫かよ」
「ぁ、きか、な、でぇ」
恥ずかしさに竜胆様の胸に顔を押し付ける。すると煙草とシトラスの香水が鼻を擽ってさらに胎の奥が疼く。最悪。最悪。
「うぅ、やだぁ」
「あー。頑張れ、頑張れ」
「ははっ。頑張れ、頑張れ」
竜胆様の困惑した応援と、心底愉快と言うような蘭様の応援。それに何とか堪えようと私は唇を噛み続けた。
けれど、この後それ以上の痛みとそんなことも忘れそうな快楽に襲われるなんて思いもよらなかった。そう。私はこの夜、別に大切にはしていなかった純潔が散った。
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