赤い糸には愛されない
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◆ 竜胆視点
地味な下準備ってほんとダリぃ。この下準備を作って次の段階へ持ち上げるのに何でこんなに工程が必要なんだ。裏の世界での筋を通すってすっげぇめんどくせぇ。けど、これをやらないと足元掬われるんだろうな。あと、今後の信用問題にもなるし。
「義理人情ってこういうときめんどいよな」
「そうですね。けど、結局最後どうなるかはそういう繋がりの深さでもありますから」
「ま、それがあってもうちの組は潰れましたけど」笑えないようなことをなんてことのないように言うのは橙子の部下の一人。厳つい強面の男とはうって変わって薄い顔立ちの今風の男。年齢はオレと同じだった気がする。
「なぁ。オマエってオレと同い年だっけ?」
「同じ88年生まれですが学年は蘭さんと同じです」
「早生まれか」
「はい。それがいかがしましたか?」
バックミラー越しに視線を一瞬だけ向ける男に「べつに」と返す。興味とかそんなことではなくただの世間話みたいなもんだ。あ、でも、こいつから何かヒントを聞き出せるかもしれねぇ。
背もたれに深く寄り掛かりながらオレはもう一度男に話しを振る。
「オマエらって橙子の世話係だったらしいけど学校も一緒だったわけ?」
まずはとっかかりになる切り出しをしてみる。いつだったか橙子がこの二人は歳が近く世話係だったと言っていた。そこから切り込んでいく。
「はい。けど歳を誤魔化してオレは姐さんと同学年にいました」
「マジか」
「はい。何せ親父と兄さんが心配性だったもんで」
「溺愛系ってやつ?」
「そんな感じです」
ま、なくはねぇだろうな。歳くってからの娘で、歳の離れた妹。十分溺愛される可能性はある。その中で我が儘娘にならなかったのはやっぱり教育がしっかりされていたんだろうな。オレらだってあの外見でも我が儘娘だったらいらねぇもん。橙子を真面目に育ててくれてそこだけは感謝しているし、あのクソ野郎も手を出さずにいてくれたのは今では感謝しているくらいだ。
でも、あの外見で男が寄ってこなかったはねぇだろうな。
「オマエら徹底的にあいつに近づいて来た野郎追い払った感じか?」
「いや。だって、お嬢に変な虫――ぁ」
しまったと言いたげに慌てて口を閉じるのに笑いが込み上げる。やっぱり、こいつらにとってあいつはまだお嬢なんだな。ま、そりゃガキの頃から面倒見ていればな。つーか、世の中じゃこいつらの関係って幼馴染っていうんだろうな。
「竜胆さん、聞かなかったことにしてください」
「ふっは、べつにいいじゃん」
「いえ、やっぱり線はしっかり線引きはしないと」
「ふぅん。そういうもん?」
「はい。それに一度でもあの方は組長の妻になったお方で、今はオレらの上司の女ですから」
途端、しんみりした空気になる。つーか、橙子の部下なのに上司つったらオレらになるのか。ま、でも、あいつの上司はオレらだから間違ってはねぇのか?
「普通の幼馴染と違って大変だな」
「まぁ、普通の幼馴染ではないですね」
からっとした声でいう男の心情は正直よく分らない。でも、橙子がこの二人をよく信頼しているのは知っている。その信頼は長く培われたものだというのは分かる。けど、こうして改めて考えると羨ましく思う。つかさ、ここまで長く一緒にいるなら案外こいつらのどっちかがあいつの初恋なんじゃねぇの?
「なぁ。橙子の初恋ってオマエらのどっちかだったりする?」
だとしたら、そこに橙子を落とす何かヒントがあるかもしれない。バックミラー越しに男の目が見開いたのが見えた。
「え、い、いや、それはないですよ」
再び素に戻りそうになった男は何とか口調を訂正する。動揺したときの橙子っぽくて面白れぇな。でも、ねぇってことはねぇんじゃねぇか。
「マンガとかでは一緒に育った男と女ってなんかあんじゃん」
「いやいや、オレら別にマンガの住人じゃないですよ。そもそも自分が籍を置く組で溺愛されている娘に手を出すバカなんざいませんって」
最早素に近い口調で捲し立てることから勘違いはやめてくれと必死な感じが漂う。つっても、本人に言わなきゃ分からなそうだよな。
「じゃあ、あいつの初恋って誰?」
「……いやぁ、誰でしょう」
バックミラーの男は眉を片方だけ下げて考える素振りを見せる。どうやら本当に見当がつかないらしい。恋愛相談とかされそうな気もするが、もしかしてこいつ恋愛の機微が悪いんじゃねぇのか。ならこいつに相談とかなさそうだし、今度もう一人の方に聞いてみっか。
さて、もう少しこいつから何か聞けねぇかな。
「オレら、橙子に告ったんだけど……どう思う?」
「どう、ですか」
唸る声が聞こえる。え、そこまで。そこまで難しいことオレらしてんの? つか、橙子も流石にこいつらには相談してねぇのか。いや、あいつも自分の恋愛経験値を振り返って誰かに相談してくれ。そうしたらなんかあっちから意識とかしてくれっかもしれねぇし。
「で、ど?」
「うーん。姐さんは育った環境も含めて恋愛方面に疎いです」
「だろうな」
「それに男女の関係の認識は歪です」
「歪?」
オウム返しすれば男は「はい」と頷いてバックミラー越しに目で苦笑いした。どうやら何かある様子。
「話せよ」
「姐さんは任侠の世界で生まれ育ちました。男女の爛れた関係も早くから知っています」
やっぱり、薄々気づいていたけどあいつの男女関係の認識は裏社会が基準だ。だから、一般的な恋愛感覚と違う。オレらが言うのもお門違いだろうかけどあいつも大概普通じゃない。
ん? つか、そうなると結構オレたちの始まりって詰んでねぇか。
「正直お二人と姐さんの始まり方は詰んでいると思います」
「だよな」
やっぱりこいつらから見てもそうなんだ。でも、あいつにアプローチは効いていないわけじゃねぇと思うんだけどそれでもダメなのか。
「どうしたら落とせると思う?」
「正直、お二人の恋愛観は姐さんと相性よくないと思います」
「それってあいつが見てきた奴らと同じだから」
「はい。まぁ。姐さんはこの世界でいる限り恋人という恋人はできないかと」
結構はっきりと言うな。おべっか言われてもイヤだけど、ここまではっきり言うのはあいつのことを想ってか。それともオレらより長くこっちの世界の深部を見ているからか。
「先輩からのありがたいお言葉ってこと?」
「そうですね……でも、それでも姐さんと表の人間みたいな恋人になりたいなら真摯に向き合えば姐さんも変わるかもしれませんね」
真摯、ね。きっとつまり時間をかけて真剣に向き合うってオレらの性に合わねぇな。でも、それしか方法がねぇなんだろうな。兄貴も気長につっていたし。
「あ、でも、昔一度だけ聞いた好みから確かにお二人は離れていますね」
「え。好み? あいつに男の好みとかあんのかよ」
聞いたことあんなら先に言えよ。いや、でもここまで来ると絶対にオレや兄貴とは離れた人間が好みなんだろうな。クソ。なら聞いても意味ねぇかもだけど一応聞いてみるか。
「どんな男?」
「花より○子の花○類です」
「マンガかよッッッッ!」
「あ。違いますよ。ドラマの方の花○類です」
「うっ、ぁ、二次元と三次元の狭間かよぉ」
いや、どっちにしても現実の男見てねぇってことじゃねぇか! クソッ! あいつマジで口説くのが難しすぎる。
「難攻不落の方が口説きがいあるのでは?」
「うっせ」
難攻不落過ぎて攻めあぐねいていつもみてぇに愉しめねぇっての。
そこから会話が途切れた。だってのに、オレの思考回路は仕事の方に戻ることなくずっと橙子のことだけ考え続けた。
地味な下準備ってほんとダリぃ。この下準備を作って次の段階へ持ち上げるのに何でこんなに工程が必要なんだ。裏の世界での筋を通すってすっげぇめんどくせぇ。けど、これをやらないと足元掬われるんだろうな。あと、今後の信用問題にもなるし。
「義理人情ってこういうときめんどいよな」
「そうですね。けど、結局最後どうなるかはそういう繋がりの深さでもありますから」
「ま、それがあってもうちの組は潰れましたけど」笑えないようなことをなんてことのないように言うのは橙子の部下の一人。厳つい強面の男とはうって変わって薄い顔立ちの今風の男。年齢はオレと同じだった気がする。
「なぁ。オマエってオレと同い年だっけ?」
「同じ88年生まれですが学年は蘭さんと同じです」
「早生まれか」
「はい。それがいかがしましたか?」
バックミラー越しに視線を一瞬だけ向ける男に「べつに」と返す。興味とかそんなことではなくただの世間話みたいなもんだ。あ、でも、こいつから何かヒントを聞き出せるかもしれねぇ。
背もたれに深く寄り掛かりながらオレはもう一度男に話しを振る。
「オマエらって橙子の世話係だったらしいけど学校も一緒だったわけ?」
まずはとっかかりになる切り出しをしてみる。いつだったか橙子がこの二人は歳が近く世話係だったと言っていた。そこから切り込んでいく。
「はい。けど歳を誤魔化してオレは姐さんと同学年にいました」
「マジか」
「はい。何せ親父と兄さんが心配性だったもんで」
「溺愛系ってやつ?」
「そんな感じです」
ま、なくはねぇだろうな。歳くってからの娘で、歳の離れた妹。十分溺愛される可能性はある。その中で我が儘娘にならなかったのはやっぱり教育がしっかりされていたんだろうな。オレらだってあの外見でも我が儘娘だったらいらねぇもん。橙子を真面目に育ててくれてそこだけは感謝しているし、あのクソ野郎も手を出さずにいてくれたのは今では感謝しているくらいだ。
でも、あの外見で男が寄ってこなかったはねぇだろうな。
「オマエら徹底的にあいつに近づいて来た野郎追い払った感じか?」
「いや。だって、お嬢に変な虫――ぁ」
しまったと言いたげに慌てて口を閉じるのに笑いが込み上げる。やっぱり、こいつらにとってあいつはまだお嬢なんだな。ま、そりゃガキの頃から面倒見ていればな。つーか、世の中じゃこいつらの関係って幼馴染っていうんだろうな。
「竜胆さん、聞かなかったことにしてください」
「ふっは、べつにいいじゃん」
「いえ、やっぱり線はしっかり線引きはしないと」
「ふぅん。そういうもん?」
「はい。それに一度でもあの方は組長の妻になったお方で、今はオレらの上司の女ですから」
途端、しんみりした空気になる。つーか、橙子の部下なのに上司つったらオレらになるのか。ま、でも、あいつの上司はオレらだから間違ってはねぇのか?
「普通の幼馴染と違って大変だな」
「まぁ、普通の幼馴染ではないですね」
からっとした声でいう男の心情は正直よく分らない。でも、橙子がこの二人をよく信頼しているのは知っている。その信頼は長く培われたものだというのは分かる。けど、こうして改めて考えると羨ましく思う。つかさ、ここまで長く一緒にいるなら案外こいつらのどっちかがあいつの初恋なんじゃねぇの?
「なぁ。橙子の初恋ってオマエらのどっちかだったりする?」
だとしたら、そこに橙子を落とす何かヒントがあるかもしれない。バックミラー越しに男の目が見開いたのが見えた。
「え、い、いや、それはないですよ」
再び素に戻りそうになった男は何とか口調を訂正する。動揺したときの橙子っぽくて面白れぇな。でも、ねぇってことはねぇんじゃねぇか。
「マンガとかでは一緒に育った男と女ってなんかあんじゃん」
「いやいや、オレら別にマンガの住人じゃないですよ。そもそも自分が籍を置く組で溺愛されている娘に手を出すバカなんざいませんって」
最早素に近い口調で捲し立てることから勘違いはやめてくれと必死な感じが漂う。つっても、本人に言わなきゃ分からなそうだよな。
「じゃあ、あいつの初恋って誰?」
「……いやぁ、誰でしょう」
バックミラーの男は眉を片方だけ下げて考える素振りを見せる。どうやら本当に見当がつかないらしい。恋愛相談とかされそうな気もするが、もしかしてこいつ恋愛の機微が悪いんじゃねぇのか。ならこいつに相談とかなさそうだし、今度もう一人の方に聞いてみっか。
さて、もう少しこいつから何か聞けねぇかな。
「オレら、橙子に告ったんだけど……どう思う?」
「どう、ですか」
唸る声が聞こえる。え、そこまで。そこまで難しいことオレらしてんの? つか、橙子も流石にこいつらには相談してねぇのか。いや、あいつも自分の恋愛経験値を振り返って誰かに相談してくれ。そうしたらなんかあっちから意識とかしてくれっかもしれねぇし。
「で、ど?」
「うーん。姐さんは育った環境も含めて恋愛方面に疎いです」
「だろうな」
「それに男女の関係の認識は歪です」
「歪?」
オウム返しすれば男は「はい」と頷いてバックミラー越しに目で苦笑いした。どうやら何かある様子。
「話せよ」
「姐さんは任侠の世界で生まれ育ちました。男女の爛れた関係も早くから知っています」
やっぱり、薄々気づいていたけどあいつの男女関係の認識は裏社会が基準だ。だから、一般的な恋愛感覚と違う。オレらが言うのもお門違いだろうかけどあいつも大概普通じゃない。
ん? つか、そうなると結構オレたちの始まりって詰んでねぇか。
「正直お二人と姐さんの始まり方は詰んでいると思います」
「だよな」
やっぱりこいつらから見てもそうなんだ。でも、あいつにアプローチは効いていないわけじゃねぇと思うんだけどそれでもダメなのか。
「どうしたら落とせると思う?」
「正直、お二人の恋愛観は姐さんと相性よくないと思います」
「それってあいつが見てきた奴らと同じだから」
「はい。まぁ。姐さんはこの世界でいる限り恋人という恋人はできないかと」
結構はっきりと言うな。おべっか言われてもイヤだけど、ここまではっきり言うのはあいつのことを想ってか。それともオレらより長くこっちの世界の深部を見ているからか。
「先輩からのありがたいお言葉ってこと?」
「そうですね……でも、それでも姐さんと表の人間みたいな恋人になりたいなら真摯に向き合えば姐さんも変わるかもしれませんね」
真摯、ね。きっとつまり時間をかけて真剣に向き合うってオレらの性に合わねぇな。でも、それしか方法がねぇなんだろうな。兄貴も気長につっていたし。
「あ、でも、昔一度だけ聞いた好みから確かにお二人は離れていますね」
「え。好み? あいつに男の好みとかあんのかよ」
聞いたことあんなら先に言えよ。いや、でもここまで来ると絶対にオレや兄貴とは離れた人間が好みなんだろうな。クソ。なら聞いても意味ねぇかもだけど一応聞いてみるか。
「どんな男?」
「花より○子の花○類です」
「マンガかよッッッッ!」
「あ。違いますよ。ドラマの方の花○類です」
「うっ、ぁ、二次元と三次元の狭間かよぉ」
いや、どっちにしても現実の男見てねぇってことじゃねぇか! クソッ! あいつマジで口説くのが難しすぎる。
「難攻不落の方が口説きがいあるのでは?」
「うっせ」
難攻不落過ぎて攻めあぐねいていつもみてぇに愉しめねぇっての。
そこから会話が途切れた。だってのに、オレの思考回路は仕事の方に戻ることなくずっと橙子のことだけ考え続けた。