こころの隅に錆を飼う
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◆ 蘭視点
「ハァ。竜胆のヤツ、兄貴遣いが荒いぜ」
我が弟並びに愛人がカウンターで並ぶ姿は絵になるなぁ。なんて、呑気に構えていたら竜胆が橙子を連れて店を出ていってしまった。やられたと思いながらバーテンダーと目が合う。
オレは笑いながら殆ど口を着けていないウィスキーの入ったグラスを持ってカウンターに近づく。そういえば、こうしてゆっくりと話すのは久々かもしれない。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
物静かな男は挨拶に続いて「とても綺麗な方ですね」と言う。それに目を丸くする。
この男が女の客を褒めることは殆ど聞いたことがない。オレら兄弟の連れの女だって褒めたことなんかなかった。そんな男があいつを褒めた。
「意外。あんたが客の女褒めるなんて」
「綺麗な涙を流されるもので」
え。泣いたの。あいつが。なるほど。だから竜胆が手掴んでいたのか。遠目からだから二人の表情はそこまで見えなかった。けど、これで竜胆の突発的な行動も理解できた。
「ん? これあいつが頼んだの?」
「いえ。私がご希望を聞いて」
竜胆のジントニックが入ったグラスの横にあるマンハッタンを見下ろす。減っていないのを見るからに一口の飲まずに連れていかれたんだろうな。オレもその横に口を着けていないグラスを置く。
「なんでマンハッタン?」
「お似合いかと」
「ふぅん」
カクテルの女王様があいつに似合うかねぇ。これってなんだっけ? アメリカで人気だった女優が出た映画で有名になったとか? あんまり詳しくねぇから知らねぇけど。これって色っぽい女が頼んでいるイメージだよな。すると、同じ色っぽさを持つあいつでもこれではない気がする。
「マンハッタンの言葉はご存知ですか?」
「それって花言葉みたいなやつだろ? なに。唐突に」
「お聞きになれば彼女にお似合いなのがお分かりかと」
オレは素直に「知らない」と答える。バーテンダーは意味深長な笑みを浮かべてカクテルの言葉とやらを答えてくれた。その言葉を聞いて率直にあいつには似合わない言葉だと思った。
「ハハ。聞いても全然ピンと来ねぇわ」
「じゃ」とバーテンダーに言ってオレは三人分の会計に向かった。
それから店を出てエレベーターに直行し一人で乗り込み壁に寄り掛かる。ここまで誰にも絡まれることなくよかった。そうじゃなかったらもしかしたら殺しちまったかもしんねぇし。
「切ない恋心……」
言葉にしてみて改めて鼻で嘲笑う。
あいつが誰に恋してるってんだ。見る目のあるバーテンダーのクセに今回は完全に外してやがる。けどそのカクテルの言葉は妙に癪に障る。
「ッ」
寄り掛かった後ろの壁を強く殴る。
絶対にありえないというのにマンハッタンの意味が持つ言葉が頭から離れなかった。
腹立たしさが消えぬまま闇に溶けて待機している車に足を向ける。このイラ立ちをどう昇華しようか。苛々しながら車に辿り着き後部座席のドアを開くが――。
「兄貴は助手席な」
弟のあっけからんとした声が聞こえると同時にすやすや眠ってる愛人の姿が目に入った。
途端に八つ当たりをしてやろうと思っていたイラ立ちが霧散した。
橙子は竜胆の膝を枕にコンパクトに縮めた身体が後部座席を占領している。その寝顔は可愛いがオレが座れない。
オレは膝をかしている竜胆を見て「抱っこしたら?」と提案する。けど、竜胆が首を振って「不安定になる」と拒否しやがった。すると、小さな身体が身じろいでずれたジャケットをかけ直してやがる。随分な献身を見せる。つか、これじゃあさ。
「オレ、どこ座んの」
「だから助手席つってんじゃん」
「……後ろがいいんだけど」
「我が儘言うなよ」
顎を動かして前を指す竜胆は随分と生意気だ。あとで殴ろう。けどなぁ。オレ、助手席に乗んの好きじゃねぇんだよな。仕方ねぇ。
後部座席のドアを閉めて運転席の方へ移動して窓を叩く。
優秀な運転手は理解したのか頷いてシートベルトを外す。それを見てオレが離れるとドアが開いた。中からできた運転手に「帰れっか?」と訊けば問題なしと寡黙に頷く。
「じゃ、気をつけてな」
手を振ってオレは男の代わりに運転席に座る。
「え! 兄貴なにしてんだよ」
「オレ、助手席好きじゃねぇんだよ」
「いや、だからってさ、」
さっきから驚きながらも全部小声なのがウケる。酒も入って寝ているから普通の声でも起きねぇと思うけど。マジでいじらしくて可愛いな竜胆は。
「ま。安全運転で行くから平気、平気」
「ほんとかよ」
疑い深いなぁと笑いながら安全運転を心がけていつもより静かに発進させる。
暫くすると竜胆もブチブチ文句を言うのをやめて大人しくし始めた。それを見てオレは思いついたことを口にする。
「橙子。オレが部屋まで運ぶよ」
「え」
驚く声に「何? 運びたかった?」と訊く。竜胆は「べつに」と即答したけれど声に僅かにだけど「オレがしたかった」という欲が見え隠れしている。でも、譲ってくれるのはオレが運転しているからかな。兄想いの可愛い弟なこった。
声を出さず頬を緩ませながらオレは安全運転を心がけた。
「ハァ。竜胆のヤツ、兄貴遣いが荒いぜ」
我が弟並びに愛人がカウンターで並ぶ姿は絵になるなぁ。なんて、呑気に構えていたら竜胆が橙子を連れて店を出ていってしまった。やられたと思いながらバーテンダーと目が合う。
オレは笑いながら殆ど口を着けていないウィスキーの入ったグラスを持ってカウンターに近づく。そういえば、こうしてゆっくりと話すのは久々かもしれない。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
物静かな男は挨拶に続いて「とても綺麗な方ですね」と言う。それに目を丸くする。
この男が女の客を褒めることは殆ど聞いたことがない。オレら兄弟の連れの女だって褒めたことなんかなかった。そんな男があいつを褒めた。
「意外。あんたが客の女褒めるなんて」
「綺麗な涙を流されるもので」
え。泣いたの。あいつが。なるほど。だから竜胆が手掴んでいたのか。遠目からだから二人の表情はそこまで見えなかった。けど、これで竜胆の突発的な行動も理解できた。
「ん? これあいつが頼んだの?」
「いえ。私がご希望を聞いて」
竜胆のジントニックが入ったグラスの横にあるマンハッタンを見下ろす。減っていないのを見るからに一口の飲まずに連れていかれたんだろうな。オレもその横に口を着けていないグラスを置く。
「なんでマンハッタン?」
「お似合いかと」
「ふぅん」
カクテルの女王様があいつに似合うかねぇ。これってなんだっけ? アメリカで人気だった女優が出た映画で有名になったとか? あんまり詳しくねぇから知らねぇけど。これって色っぽい女が頼んでいるイメージだよな。すると、同じ色っぽさを持つあいつでもこれではない気がする。
「マンハッタンの言葉はご存知ですか?」
「それって花言葉みたいなやつだろ? なに。唐突に」
「お聞きになれば彼女にお似合いなのがお分かりかと」
オレは素直に「知らない」と答える。バーテンダーは意味深長な笑みを浮かべてカクテルの言葉とやらを答えてくれた。その言葉を聞いて率直にあいつには似合わない言葉だと思った。
「ハハ。聞いても全然ピンと来ねぇわ」
「じゃ」とバーテンダーに言ってオレは三人分の会計に向かった。
それから店を出てエレベーターに直行し一人で乗り込み壁に寄り掛かる。ここまで誰にも絡まれることなくよかった。そうじゃなかったらもしかしたら殺しちまったかもしんねぇし。
「切ない恋心……」
言葉にしてみて改めて鼻で嘲笑う。
あいつが誰に恋してるってんだ。見る目のあるバーテンダーのクセに今回は完全に外してやがる。けどそのカクテルの言葉は妙に癪に障る。
「ッ」
寄り掛かった後ろの壁を強く殴る。
絶対にありえないというのにマンハッタンの意味が持つ言葉が頭から離れなかった。
腹立たしさが消えぬまま闇に溶けて待機している車に足を向ける。このイラ立ちをどう昇華しようか。苛々しながら車に辿り着き後部座席のドアを開くが――。
「兄貴は助手席な」
弟のあっけからんとした声が聞こえると同時にすやすや眠ってる愛人の姿が目に入った。
途端に八つ当たりをしてやろうと思っていたイラ立ちが霧散した。
橙子は竜胆の膝を枕にコンパクトに縮めた身体が後部座席を占領している。その寝顔は可愛いがオレが座れない。
オレは膝をかしている竜胆を見て「抱っこしたら?」と提案する。けど、竜胆が首を振って「不安定になる」と拒否しやがった。すると、小さな身体が身じろいでずれたジャケットをかけ直してやがる。随分な献身を見せる。つか、これじゃあさ。
「オレ、どこ座んの」
「だから助手席つってんじゃん」
「……後ろがいいんだけど」
「我が儘言うなよ」
顎を動かして前を指す竜胆は随分と生意気だ。あとで殴ろう。けどなぁ。オレ、助手席に乗んの好きじゃねぇんだよな。仕方ねぇ。
後部座席のドアを閉めて運転席の方へ移動して窓を叩く。
優秀な運転手は理解したのか頷いてシートベルトを外す。それを見てオレが離れるとドアが開いた。中からできた運転手に「帰れっか?」と訊けば問題なしと寡黙に頷く。
「じゃ、気をつけてな」
手を振ってオレは男の代わりに運転席に座る。
「え! 兄貴なにしてんだよ」
「オレ、助手席好きじゃねぇんだよ」
「いや、だからってさ、」
さっきから驚きながらも全部小声なのがウケる。酒も入って寝ているから普通の声でも起きねぇと思うけど。マジでいじらしくて可愛いな竜胆は。
「ま。安全運転で行くから平気、平気」
「ほんとかよ」
疑い深いなぁと笑いながら安全運転を心がけていつもより静かに発進させる。
暫くすると竜胆もブチブチ文句を言うのをやめて大人しくし始めた。それを見てオレは思いついたことを口にする。
「橙子。オレが部屋まで運ぶよ」
「え」
驚く声に「何? 運びたかった?」と訊く。竜胆は「べつに」と即答したけれど声に僅かにだけど「オレがしたかった」という欲が見え隠れしている。でも、譲ってくれるのはオレが運転しているからかな。兄想いの可愛い弟なこった。
声を出さず頬を緩ませながらオレは安全運転を心がけた。