こころの隅に錆を飼う
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◇ 夢主視点
許しを得てからあっという間に墓参りの日がやって来た。その間に部下二人に訊いてみたら逡巡して首を横に振った。断ってくれたことにホッとした。まだ自分がどうなるか分からないから。二人に迷惑はかけたくなかった。
二人は折を見て行くというので今年も一人で行くことにした。
東京の下町と呼ばれるエリアにあるお寺にお墓はある。これでもさかのぼれば江戸時代まで遡れる家だ。だからそれなりに古いお寺に一族のお墓がある。
「雨降りそう」
タクシーから降りて見上げた空は曇天。程よく湿った空気は雨が一降り来そう気配がする。早く終わらせよう。よいしょ、と手桶を掴み直してお墓を目指した。
「ハァ。疲れた」
毎年思うけど一人で墓石の掃除をするって大変。汗の滲む額を拭いながら思う。こういうときは誰か一緒にって考えるんだけれど結局一人を選んでしまう。
一息ついてお花を入れる。今年も奮発したユリを生ける。やっぱりユリは匂いも見た目も綺麗で好き。それから墓石に水をかけて、最後にお線香で手を合わせる。
そういえば去年はここで何を考えていただろうか。
何か意外にあんまり考えていなかったかもしれない。考えるほど心の余裕なんてなかった。あったのはクソ野郎に対する恨み辛みに――自分の愚かさだけ。だから、煙草を吹かして酒に逃げていた。
合わせていた手を解いてじっと墓を見下ろす。去年の私は何を想って立っていたっけ。1年前のことだというのにもう何も覚えていない。
「案外こんなもんなのね」
紙袋から「陽の当たる場所」と訳される青い箱を取り出して封を切る。一本取り出して唇で挟み青色の安いライターで火を着ける。途端に口に広がるまっずい味に眉を顰める。口に溜まる前に吐き出して咳き込む。それからまた唇で挟んで紙袋から赤いラベルのカップ酒を取り出す。
ポンと蓋を取って片手持つ。自由になった手で煙草を持つ。口の中に溜まった煙を吐き出してまた咳き込む。ほんとに美味しくない。
「あ゛~~」
曇った空を見上げて掠れた声を出す。別に見上げた先に幽霊がいるわけでもないのに。視線をまた目の前の墓石に向けてカップ酒を煽る。何だかなじみ深い酒の味がした。最近、こういう酒飲んでないからな。
ぐびぐびカップ酒を飲んで、煙草を吹かすのを繰り返す。その間、視線は目の前の墓石から離れない。そこにあるのはただの石で、ただ名前が刻まれて、ただ遺骨が納められているだけのもの。ただの石。
「ふっ」
思わず笑いが込み上げた。何だかな。今までただ沈痛な思いで見ていたものが途端軽い存在に思えてならない。すべてが終わったからだとストンと腑に落ちたからだろう。
「あぁ゛~」
また掠れた声を出してしゃがんで煙草を地面で擦って消して、最後の一滴を飲み干す。
「おしまい、か」
何がとは思わない。でも、私は来年もうここに来ない気がする。何だかそんな気がした。
「――橙子、さようなら」
もうその苗字を名乗ることはないだろう。吸殻をカップに入れてキャップで閉じる。持って来た紙袋に戻して起ち上る。
「さてと、最初はどこに行こうかな」
きっと来年来ないから組に縁のある酒場巡りも今年が最後。なら、最後は高いお酒を飲んで貢献してあげたい。
「んー。先ずはおばちゃんのところに行こうかな」
皆が好きだった場所を巡りして終わりにしよう。紙袋を揺らしながらお墓の前から去った。
許しを得てからあっという間に墓参りの日がやって来た。その間に部下二人に訊いてみたら逡巡して首を横に振った。断ってくれたことにホッとした。まだ自分がどうなるか分からないから。二人に迷惑はかけたくなかった。
二人は折を見て行くというので今年も一人で行くことにした。
東京の下町と呼ばれるエリアにあるお寺にお墓はある。これでもさかのぼれば江戸時代まで遡れる家だ。だからそれなりに古いお寺に一族のお墓がある。
「雨降りそう」
タクシーから降りて見上げた空は曇天。程よく湿った空気は雨が一降り来そう気配がする。早く終わらせよう。よいしょ、と手桶を掴み直してお墓を目指した。
「ハァ。疲れた」
毎年思うけど一人で墓石の掃除をするって大変。汗の滲む額を拭いながら思う。こういうときは誰か一緒にって考えるんだけれど結局一人を選んでしまう。
一息ついてお花を入れる。今年も奮発したユリを生ける。やっぱりユリは匂いも見た目も綺麗で好き。それから墓石に水をかけて、最後にお線香で手を合わせる。
そういえば去年はここで何を考えていただろうか。
何か意外にあんまり考えていなかったかもしれない。考えるほど心の余裕なんてなかった。あったのはクソ野郎に対する恨み辛みに――自分の愚かさだけ。だから、煙草を吹かして酒に逃げていた。
合わせていた手を解いてじっと墓を見下ろす。去年の私は何を想って立っていたっけ。1年前のことだというのにもう何も覚えていない。
「案外こんなもんなのね」
紙袋から「陽の当たる場所」と訳される青い箱を取り出して封を切る。一本取り出して唇で挟み青色の安いライターで火を着ける。途端に口に広がるまっずい味に眉を顰める。口に溜まる前に吐き出して咳き込む。それからまた唇で挟んで紙袋から赤いラベルのカップ酒を取り出す。
ポンと蓋を取って片手持つ。自由になった手で煙草を持つ。口の中に溜まった煙を吐き出してまた咳き込む。ほんとに美味しくない。
「あ゛~~」
曇った空を見上げて掠れた声を出す。別に見上げた先に幽霊がいるわけでもないのに。視線をまた目の前の墓石に向けてカップ酒を煽る。何だかなじみ深い酒の味がした。最近、こういう酒飲んでないからな。
ぐびぐびカップ酒を飲んで、煙草を吹かすのを繰り返す。その間、視線は目の前の墓石から離れない。そこにあるのはただの石で、ただ名前が刻まれて、ただ遺骨が納められているだけのもの。ただの石。
「ふっ」
思わず笑いが込み上げた。何だかな。今までただ沈痛な思いで見ていたものが途端軽い存在に思えてならない。すべてが終わったからだとストンと腑に落ちたからだろう。
「あぁ゛~」
また掠れた声を出してしゃがんで煙草を地面で擦って消して、最後の一滴を飲み干す。
「おしまい、か」
何がとは思わない。でも、私は来年もうここに来ない気がする。何だかそんな気がした。
「――橙子、さようなら」
もうその苗字を名乗ることはないだろう。吸殻をカップに入れてキャップで閉じる。持って来た紙袋に戻して起ち上る。
「さてと、最初はどこに行こうかな」
きっと来年来ないから組に縁のある酒場巡りも今年が最後。なら、最後は高いお酒を飲んで貢献してあげたい。
「んー。先ずはおばちゃんのところに行こうかな」
皆が好きだった場所を巡りして終わりにしよう。紙袋を揺らしながらお墓の前から去った。