悪趣味な黙祷
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■ 女構成員視点
三途さんの愛人となった女は今までのセフレたちとやっぱり違った。灰谷兄弟の愛人という立場だったせいかとても図々しい女だった。何が図々しいって――数日前のことだ。
「近くを通ったんです。三途様とお時間が合えばランチを一緒にと思いまして」
「それとこちら手土産です」と女はわたしに40アソートサイズの菓子折りを受け取る。そして、なんとか貼りつけた笑みを女に向ける。
「申し訳ありませんが三途さんは只今ていれ――」
「あ、三途様」
女はわたしの言葉を遮って優雅に手を振った。この女、と悪態を心の中でつきながら振り返る。そこにはまだ定例会中のはずの三途さんが第1秘書を伴っていた。
すぐに口を開こうとする前に女が横切って駆け寄った。
「もう定例会が終わる時間かと思いまして一緒にランチに行きましょう」
「ああ。おい、車まわせ」
「はい」
は? 今までここに突撃してきた女に見向きもしなかったのに。三途さんはあっさりと女を受け入れた。しかも、普段接触を好まない潔癖のきらいがある三途さんの腕に女の細い腕が絡む。他の女がやったとき仕事で必要ない限り振り払っていたのに。
「この間、美味しいランチメニューがあるお店見つけまして、そこにしませんか」
「別になんでも」
「ふふ。じゃ、決まりですね」
そう言うと女が腕を引くと三途さんが歩き出す。そして、わたしの横を通り過ぎるときに三途さんの視線が紙袋に向く。
「今日いる奴らにでもやれ」
以上と言いたげにまた歩き出して背を向けた。なに今の、と呆然と見送ったのは記憶に新しい。
でも、これだけじゃない。
女はただ通りかかったと毎回何かしら手土産を持ってくる。それにあっさりと男たちは絆された。なんてクソ野郎たち。
この間も頻繁に来ることに苦言しても受け入れてくれなかった。ただ自由にさせろと言う始末。けど、それでもまだ私生活の、身の回りの世話を任されていたから。何とか優越感があった。でも、それも今朝ついに終わってしまった。
「あいつにさせるからオマエはいい」
「え、ですが、そのセフレの対応は」
思わず言うと三途さんはタブレットから目を逸らすことなく「今はいねぇ」と言った。
耳を疑ったわたしは「あの、今はとは」と聞き返してしまった。すると、三途さんが舌打ちをして「あいつ以外いねぇ」と言った。
「今はいない?」
ドンと机を力の限り叩く。
三途さんが、骨抜きになったというのか。それほどあの女の身体は極上だというのか。
結局、身体だというのか。それとも何か男にしか分からない琴線に触れるのか。女のわたしからしたら到底理解できなかった。
「調べてみる?」
あの女は一体何者なのか。改めて調べてみることにした。
情報はあっさりと開示された。
「元極妻……」
灰谷兄弟の愛人の前は極妻だった。その組も梵天に潰されて今はない。何の因果で灰谷兄弟の愛人になったのか。でも、極妻になるくらいの女だ。身体がいいのだろう。そもそもあの女は生まれも育ちも裏の世界。幼い頃からきっと年上から女の武器を学んできたに違いない。だから、灰谷兄弟も落とし、三途さんも落とした。
「忌々しい」
天下の梵天幹部がヤクザの女に入れ込むことが。いや、結局あの人を見下していた女に奪われた自分が腹立たしい。
「チッ。どうにかできないかしら」
目障りだ。処分したいけど三途さんの愛人を秘密裏に処分したらわたしの命がない。そもそもナンバー2の女ともなれば護衛がついている可能性が高い。
簡単に事は運ばない。わたしはとりあえず部下を使って女の身辺調査を始めた。すると、思わぬ僥倖に巡り合えた。
「あっは! 最高じゃない!」
なんと1週間もしないうちに、部下から写真が送られてきた。その写真には灰谷兄弟の兄とも弟ともキスをする女が写っていた。最初は部下の加工を疑ったけれどそうでもない。現場を捉えた写真に口角が上がらずにはいられなかった。
「バカな女」
そして、今宵も甘い匂いを纏いながら足しげく通うよう三途さんを想う。あの青山のマンションが愛人との愛の巣となったことに吐き気がしていた。けれど、明日でそれも終わり。そう思うと身体がスッキリした。
翌日、三途さんは第1秘書の迎えでやって来た。どこか気だるさを孕んだ雰囲気を纏っていた。昨夜のことを考えればその気だるさは予想できる。けど。それも今から見せる報告書で終わりだ。
「三途さん、ご報告があります」
緊張したまま話しかける。三途さんは一瞥することもなく「なんだ」とパソコンの画面を見つめ続ける。それを邪魔するのはイヤだが仕方ない。
「こちらの報告書をご覧ください」
パソコンの横からファイリングした報告書を渡す。三途さんは眉を上げて怪訝に見るが受け取ってくれた。それをすぐに開いて中身を読む。
それを緊張しながら待った。お蔭で口の中はカラカラだ。これでしっかり報告できるのかと思っていたが杞憂だった。
「灰谷兄弟の件か……もうあいつから話しは聞いている」
「え」
一通り読み終わったファイルは興味無さそうに突き返された。いや、そんなことはどうでもいい。わたしはファイルを受け取って「どういうことです」と訊ねる。
「言い寄られてたみてぇだ。ただそれだけだ。まぁ、あいつらの管理区域で店やってから会う機会も多いのは仕方ねぇだろうな」
「灰谷兄弟には釘刺した」でも、それでもあの二人とキスしていた。だって、とっくに釘を刺したならつい先日キスなんてするはずがない。
「本当に灰谷ご兄弟が身を引いたというのですか」
「あ゛? 何が言いてぇ?」
「だって、これはつい先日です。三途さんが釘を刺した後のことではありませんか?」
「密会しているんじゃないんですか?」そういう意味を込めて言えば鬱陶しそうに目が細められた。
「そもそもその写真は本当に先日なのか? オレが報告を受ける前のものなんじゃねぇのか?」
「っ! 疑うのですか!」
わたしの調査よりも女の言葉を信じると言うのか。忠誠心だって、何よりも三途さんを想う気持ちだってわたしの方が強いのに。わたしを、わたしを信じてと引かずに見据えていれば長い睫に縁どられた目が眇められた。
「じゃあ、なんだ。オマエはその現場を見たってのか? あァ?」
「ッ」
見ていない。でも、そんな、そんなことってあるか。
「見ていません! ですが、わたしは部下のことを疑っていません!」
「じゃあ、オレがたかだ愛人の言葉を信じる腑抜け野郎だていうのか?」
「違います! なぜ! なぜ、あの女の言うことなんかッ!」
どうして信じてくれない。誰よりもあなたを想っているのに。どうして、と泣きたくなる気持ちで、縋るような気持ちを見つめると鬱陶し気に目が細められた。
「チッ。今日はもうその面を見せるな」
「三途さん!」
「出ていけ」
苛立ちを隠さない声にわたしはもう引くしかなかった。わたしは頭を下げて部屋を後にした。そのまま人気のない廊下をぐんぐん歩いてトイレの個室に飛び込む。
「どうしてわたしのことを信じてくれないのよぉ!」
ポッと出て来た女の世迷言を何故あの方は信じる。わたしの方が、わたしの方が正しいのに。滲み出て来る涙を化粧が崩れるのも厭わずに拭う。
ずっと幸せだったのに。あの人の傍いられて幸せだったのに。
「あの女のせいよ!」
陳腐な台詞が口から飛び出た。でも、そうだ。あの女の所為で三途さんは変わった。ずっと灰谷兄弟の愛人でいればよかったものを。なんで、三途さんの目の前に現れた。
「ぜったいに尻尾を掴んでやる」
あの女は絶対にまだ灰谷兄弟と通じている。タイミングがどうしたっておかしい。これで幹部同士に軋轢が生まれるかもしれないが三途さんの方が地位は上だ。なら、灰谷兄弟はどうにでもなる。
「ふっ、ふふっ」
絶対に、化けの皮を剥がして三途さんの前に晒してやる。
これがわたしの終わりの一歩だった。
三途さんの愛人となった女は今までのセフレたちとやっぱり違った。灰谷兄弟の愛人という立場だったせいかとても図々しい女だった。何が図々しいって――数日前のことだ。
「近くを通ったんです。三途様とお時間が合えばランチを一緒にと思いまして」
「それとこちら手土産です」と女はわたしに40アソートサイズの菓子折りを受け取る。そして、なんとか貼りつけた笑みを女に向ける。
「申し訳ありませんが三途さんは只今ていれ――」
「あ、三途様」
女はわたしの言葉を遮って優雅に手を振った。この女、と悪態を心の中でつきながら振り返る。そこにはまだ定例会中のはずの三途さんが第1秘書を伴っていた。
すぐに口を開こうとする前に女が横切って駆け寄った。
「もう定例会が終わる時間かと思いまして一緒にランチに行きましょう」
「ああ。おい、車まわせ」
「はい」
は? 今までここに突撃してきた女に見向きもしなかったのに。三途さんはあっさりと女を受け入れた。しかも、普段接触を好まない潔癖のきらいがある三途さんの腕に女の細い腕が絡む。他の女がやったとき仕事で必要ない限り振り払っていたのに。
「この間、美味しいランチメニューがあるお店見つけまして、そこにしませんか」
「別になんでも」
「ふふ。じゃ、決まりですね」
そう言うと女が腕を引くと三途さんが歩き出す。そして、わたしの横を通り過ぎるときに三途さんの視線が紙袋に向く。
「今日いる奴らにでもやれ」
以上と言いたげにまた歩き出して背を向けた。なに今の、と呆然と見送ったのは記憶に新しい。
でも、これだけじゃない。
女はただ通りかかったと毎回何かしら手土産を持ってくる。それにあっさりと男たちは絆された。なんてクソ野郎たち。
この間も頻繁に来ることに苦言しても受け入れてくれなかった。ただ自由にさせろと言う始末。けど、それでもまだ私生活の、身の回りの世話を任されていたから。何とか優越感があった。でも、それも今朝ついに終わってしまった。
「あいつにさせるからオマエはいい」
「え、ですが、そのセフレの対応は」
思わず言うと三途さんはタブレットから目を逸らすことなく「今はいねぇ」と言った。
耳を疑ったわたしは「あの、今はとは」と聞き返してしまった。すると、三途さんが舌打ちをして「あいつ以外いねぇ」と言った。
「今はいない?」
ドンと机を力の限り叩く。
三途さんが、骨抜きになったというのか。それほどあの女の身体は極上だというのか。
結局、身体だというのか。それとも何か男にしか分からない琴線に触れるのか。女のわたしからしたら到底理解できなかった。
「調べてみる?」
あの女は一体何者なのか。改めて調べてみることにした。
情報はあっさりと開示された。
「元極妻……」
灰谷兄弟の愛人の前は極妻だった。その組も梵天に潰されて今はない。何の因果で灰谷兄弟の愛人になったのか。でも、極妻になるくらいの女だ。身体がいいのだろう。そもそもあの女は生まれも育ちも裏の世界。幼い頃からきっと年上から女の武器を学んできたに違いない。だから、灰谷兄弟も落とし、三途さんも落とした。
「忌々しい」
天下の梵天幹部がヤクザの女に入れ込むことが。いや、結局あの人を見下していた女に奪われた自分が腹立たしい。
「チッ。どうにかできないかしら」
目障りだ。処分したいけど三途さんの愛人を秘密裏に処分したらわたしの命がない。そもそもナンバー2の女ともなれば護衛がついている可能性が高い。
簡単に事は運ばない。わたしはとりあえず部下を使って女の身辺調査を始めた。すると、思わぬ僥倖に巡り合えた。
「あっは! 最高じゃない!」
なんと1週間もしないうちに、部下から写真が送られてきた。その写真には灰谷兄弟の兄とも弟ともキスをする女が写っていた。最初は部下の加工を疑ったけれどそうでもない。現場を捉えた写真に口角が上がらずにはいられなかった。
「バカな女」
そして、今宵も甘い匂いを纏いながら足しげく通うよう三途さんを想う。あの青山のマンションが愛人との愛の巣となったことに吐き気がしていた。けれど、明日でそれも終わり。そう思うと身体がスッキリした。
翌日、三途さんは第1秘書の迎えでやって来た。どこか気だるさを孕んだ雰囲気を纏っていた。昨夜のことを考えればその気だるさは予想できる。けど。それも今から見せる報告書で終わりだ。
「三途さん、ご報告があります」
緊張したまま話しかける。三途さんは一瞥することもなく「なんだ」とパソコンの画面を見つめ続ける。それを邪魔するのはイヤだが仕方ない。
「こちらの報告書をご覧ください」
パソコンの横からファイリングした報告書を渡す。三途さんは眉を上げて怪訝に見るが受け取ってくれた。それをすぐに開いて中身を読む。
それを緊張しながら待った。お蔭で口の中はカラカラだ。これでしっかり報告できるのかと思っていたが杞憂だった。
「灰谷兄弟の件か……もうあいつから話しは聞いている」
「え」
一通り読み終わったファイルは興味無さそうに突き返された。いや、そんなことはどうでもいい。わたしはファイルを受け取って「どういうことです」と訊ねる。
「言い寄られてたみてぇだ。ただそれだけだ。まぁ、あいつらの管理区域で店やってから会う機会も多いのは仕方ねぇだろうな」
「灰谷兄弟には釘刺した」でも、それでもあの二人とキスしていた。だって、とっくに釘を刺したならつい先日キスなんてするはずがない。
「本当に灰谷ご兄弟が身を引いたというのですか」
「あ゛? 何が言いてぇ?」
「だって、これはつい先日です。三途さんが釘を刺した後のことではありませんか?」
「密会しているんじゃないんですか?」そういう意味を込めて言えば鬱陶しそうに目が細められた。
「そもそもその写真は本当に先日なのか? オレが報告を受ける前のものなんじゃねぇのか?」
「っ! 疑うのですか!」
わたしの調査よりも女の言葉を信じると言うのか。忠誠心だって、何よりも三途さんを想う気持ちだってわたしの方が強いのに。わたしを、わたしを信じてと引かずに見据えていれば長い睫に縁どられた目が眇められた。
「じゃあ、なんだ。オマエはその現場を見たってのか? あァ?」
「ッ」
見ていない。でも、そんな、そんなことってあるか。
「見ていません! ですが、わたしは部下のことを疑っていません!」
「じゃあ、オレがたかだ愛人の言葉を信じる腑抜け野郎だていうのか?」
「違います! なぜ! なぜ、あの女の言うことなんかッ!」
どうして信じてくれない。誰よりもあなたを想っているのに。どうして、と泣きたくなる気持ちで、縋るような気持ちを見つめると鬱陶し気に目が細められた。
「チッ。今日はもうその面を見せるな」
「三途さん!」
「出ていけ」
苛立ちを隠さない声にわたしはもう引くしかなかった。わたしは頭を下げて部屋を後にした。そのまま人気のない廊下をぐんぐん歩いてトイレの個室に飛び込む。
「どうしてわたしのことを信じてくれないのよぉ!」
ポッと出て来た女の世迷言を何故あの方は信じる。わたしの方が、わたしの方が正しいのに。滲み出て来る涙を化粧が崩れるのも厭わずに拭う。
ずっと幸せだったのに。あの人の傍いられて幸せだったのに。
「あの女のせいよ!」
陳腐な台詞が口から飛び出た。でも、そうだ。あの女の所為で三途さんは変わった。ずっと灰谷兄弟の愛人でいればよかったものを。なんで、三途さんの目の前に現れた。
「ぜったいに尻尾を掴んでやる」
あの女は絶対にまだ灰谷兄弟と通じている。タイミングがどうしたっておかしい。これで幹部同士に軋轢が生まれるかもしれないが三途さんの方が地位は上だ。なら、灰谷兄弟はどうにでもなる。
「ふっ、ふふっ」
絶対に、化けの皮を剥がして三途さんの前に晒してやる。
これがわたしの終わりの一歩だった。