月の逢瀬

涯ない時を共に




 三日月の世界から帰って来たうさぎは早速行動に出ていた。
 うさぎは高級マンションに美奈子たちとやって来た。そこには、外部戦士であるはるか、みちる、せつな、ほたるも揃っていた。少しの談笑をした後、うさぎは今まで話すことができなかったことを話そうと声をかける。
 だが、次第に口が渇いていく。喉が渇いていく。上手く口が動かない。
 膝の上で握りしめる手は震え汗ばんでいくような気がした。
 中々、口を開くことができないうさぎの手のひらの上にそっと華奢な手が触れた。
 その手を辿る様に見ていくとそこにはただ微笑む美奈子がいた。そして、それを皮切りにうさぎの周りが動き出す。

「うさぎちゃん、ゆっくりでいいからね」

 優しく落ち着かせるように言う亜美。

「大丈夫。あたしたちはうさぎちゃんの味方だよ」

 勇気づけるように笑うまこと。

「さっさと吐いちゃいなさい。そしたらスッキリするでしょ」

 ふん、と髪を払いながらレイが言う。

「私たちのプリンセス。怖がらないで」
「そうさ。誰も君を非難しない」
「うさぎさん。どうぞ、貴女様の思うままに」
「うさぎさん、未来を創っていくのは今のうさぎさんなんですからね」

 みちる、はるか、せつな、ほたると外部の戦士が続いていく。
 うさぎの目じりが熱くなる。そして、自分自身にはこんなにも頼れる仲間がいるのだと実感した。
 信頼しているゆえに彼女たちを怖がってしまった。うさぎはなんと愚か者だろうかと心の中で自分を罵った。

「ああ~。うさぎちゃんったら相変わらず泣き虫ね」
「ルナぁ~」

 柔らかな前足で撫でるように触れられたうさぎの頬にはすでにぼろぼろと涙が流れていた。
 ヒク、ヒクとしゃくりをあげながらうさぎは前を見据える。そこには、自分を見守る頼もしい仲間たちが微笑んでいる。
 うさぎは、唇を戦慄かせながら自分の中に押し込めていた感情を吐露しだす。それに、皆が黙り時には相槌を打ちながら聞いてくれた。

「そうなの……衛さんが」

 亜美はどこか悲しげな寂しげな瞳で呟く。
 うさぎは、衛と別れたことを告げると少し空気が張り詰めたことに身体が強張る。
 強張るうさぎに気づいたのか隣に座っている美奈子が宥めるように背中を撫でてくれた。撫でられたうさぎは身体の強張りが解ける。

「ありがと。美奈ちゃん」
「ううん……ところで、うさぎちゃんは、そのなんで、衛さんと、その」

 言いよどむ美奈子にうさぎは視線を落として話す。

「あたしも、全然気づいていなかった。まもちゃんに言われるまで、あたしは、一人の男性として愛しているつもりだったの」

 別れを告げられたとき、うさぎは全く理解できなかった。
 呆然として見つめた衛の顔を今でもうさぎは覚えている。寂しげに揺らす瞳、どこか困った表情、どれも見たことがあるようでない衛の表情。衛のその複雑な表情をうさぎ自身がさせてしまったのだ。

「あたしは、まもちゃんを愛している。だけど、それが一人の男性に向けるものではなくなっていたの……皆に向けている〝もの〟と同じになっていたの」

 特別の思いはあっても、一人の男性に捧げる特別ではなくなってしまった驚愕を今も覚えている。
 自分の気持ちの変化に気づけなかったこと。知ってしまった未来を変えてしまう罪悪感。未来の子供を消してしまう罪がうさぎの身体を蝕んだ。そして、同時に気づいたのが月のように麗しい人への想い。さらに、教えられた未来の娘が住む世界が閉ざされたが消えなかったことへの安堵感。しかし、知ってしまった未来を変えてまで歩む道があるのだろうか。そして、それを仲間が受け入れてくれるだろうか。皆、知っているあの未来を変えてしまってもいいのだろうか。
 うさぎは、一人抱え込むことの重大さに潰されそうになった。だが、三日月の世界に行って、あの男の子にかけた自分の言葉に気づかされたのだ。

「あたしとまもちゃんは別の道を歩いても、いいかな?」

 静まり返る部屋。誰も何も発さない。
 うさぎの手に再び力が籠る。そして、さらにその上から強く握られた。その手は、美奈子の手であった。
 込められた力にうさぎは顔をあげる。そこには、厳しい瞳をした美奈子であった。
 それに、うさぎはやはりだめか、と落胆しかけると。

「いいに決まっているじゃないの。確かに、未来のうさぎちゃんも衛さんもクリスタル・トーキョー治める立場にあったわ。だけど、だけど!」
「美奈ちゃん、美奈ちゃん、落ち着いて」

 叫ぶ美奈子にうさぎは押されていると、まことが仲裁に入る。
 落ち着いて、と声をかけながら美奈子の肩を叩きつつうさぎを見る。

「確かに二人は未来のトーキョーを治める立場だったけど。今は違うだろ。今は二人とも、ただの女子高生と男子大学生だ」
「なら、選ぶ権利があるわね」

 亜美がウィンクしながら言う。

「ま、奇跡的にちびうさちゃんがいたところは並行世界になったみたいだしね」

 さすがね、とレイに言われてうさぎは首を傾げる。

「確かに、奇跡ですね……寂しいですけど」
「ほたるちゃん」

 絶対に会えない親友を思うほたるは少女らしかぬ儚げに微笑んで見せる。
 それに、うさぎの罪悪感が突かれる。謝ったところで、何もならないのだが。

「ごめんね」
「あ、いいえ! 寂しいですけど、私はうさぎさんの決めた道を責める気持ちはありません!」

 慌てて手を振るほたるをうさぎはじっと見つめる。
 うさぎに見つめられたほたるは寂しげな微笑みを消し、安心させるように笑って見せた。

「プリンセス。どうぞ、貴女様の選んだ道を、胸を張って進んでください」

 せつなに言われた言葉にうさぎは皆を見渡す。

「いいの、いいの?」
「ああ。ただ、衛さんにもしっかりと話しておくといい」

 いいね、と子供に言い聞かせるようなはるかにうさぎはこくこくと首を縦に振った。

「なら、膳は急げ、ね。衛さんのところにいきませんか?」

 パン、と手を叩くみちるにうさぎはそういえば、と口を開く。

「もうすぐ留学だったするんだった」
「なら。早く行かないとね!」

 床に軽やかに落ちるルナがうさぎを見上げる。

「うん。行ってくる!」

 勢いよくソファから立ち上がったうさぎは仲間を見渡す。相変わらず、見守る瞳は暖かくて再び涙が溢れてくる。

「あり、がとう、皆」
「もう! うさぎちゃん、泣きすぎて中華まんじゅうになるわよ!」

 べしっとうさぎの目元にハンカチを押さえつけるレイ。うさぎは、レイのわかりづらい優しさに笑いながら涙を拭う。

「うん。良い顔だ」
「そうかしら。目が少し腫れてしまっているわ」

 満足そうに笑うまことの横では、大丈夫と首を傾げる亜美にうさぎは頷いた。

「もう、大丈夫! 大丈夫だから!」

 声をあげるうさぎは心の靄が晴れていくような感じがした。部屋を飛び出した。
 そして、数日後、未来にて王であり、過去にて地球の王子であった青年は晴れやかに飛び立っていった。その姿を、うさぎもまた晴れやかな気分で見送ったのだった。



   * * *



 うさぎと別れ、夢で逢うことなく一体どれほどの季節が廻っただろうか。
 三日月は再び訪れた春の庭を眺めながら、とある部屋へと向かっていた。
 その部屋の前に立つと自然と襖が開いた。自然と開いたのは中で、歌仙兼定が開いたからであった。

「待たせたか?」
「いいや。では、僕は外で控えているからゆっくりとしていくといい」

 言うと歌仙はそのまま部屋を出て行ってしまった。
 出ていく歌仙と入れ違うように三日月は審神者の部屋の中に入った。そこは、以前のような重苦しい空気はなかった。ただ、やたらと静かではあった。
 三日月は部屋に入ると、そのまま静かな足取りで床に就いている審神者のもとへ座る。

「主、体調はどうだ?」
「ん……昨日より、は、良好だ」

 若々しかった審神者はいつの間にか皺くちゃとなっていた。その皺らだけになった顔を穏やかに緩めた。
 うさぎに助けられた審神者は、あの後刀剣たちと話し合った。そして、政府の指導が入ったが、あれから約50年も審神者を立派に務めた。
 ここ数年、寝起きするほど年老いてしまった審神者は若い時の面影を残し凪いだ瞳で三日月を見上げた。

「三日月、また桜の季節がきた、な」
「うむ。相変わらず美しい桜よ」

 三日月は、縁側で咲き誇る桜が審神者に見えるように移動する。すると、柔らかな風が吹き桜の花びらが数枚舞い散りながら入る。

「春は……あの子に似ているね」
「……うん」

 審神者が言う、あの子とはうさぎだろうと三日月は頷く。

「あの子、のお蔭で俺はここまで審神者を、やって来ることができた。そして、お前たちと和解する、機会をくれた。感謝してもしつくせない……」

 懐かしむように目を細める審神者は若い頃の自分を思い出しているのだろうか。
 三日月も目を閉じて思い出す。いまだに鮮明に覚えている。だてに平安時代から生きていない。たかが、50年ほど前の記憶なら鮮明に覚えていられる。
 まだ、覚えている。透き通った純真無垢な瞳。汚れを知らない白い頬。触れた温もり。愛らしい笑顔。うさぎの一興一度を覚えている。まだ、覚えている。

「三日月は、あの子のこと……愛していたんだろ」

 いや、今も愛しているかな。朗らかに笑う審神者に三日月は瞳を開いて答えた。

「で、なければ、俺に刃を向けなんぞしないだろう」
「っ」

 覚えているのか、と三日月は案に三日月は目で問うた。
 それに、審神者は苦笑を零し、小さく少しとだけ答えた。

「ああ、あとな、他の子から聞いた。お前の嫉妬深さとかを、な」

 ははは、と笑う審神者に三日月は気まずい顔をした。確かに、僅かな時間しかいなかったうさぎの周りにいた刀剣たちに嫉妬はした。だが、それを主である審神者に知られていたなんと露も知らなかった。

「みんな、楽しそうに、話していた、よ」

 審神者が言うと咳き込む。
 咳き込む審神者は背を丸くさせて年老いてより小さくなった身体を小さくさせる。丸くなる背中を三日月は慌ててさする。暫くすると、咳が落ち着いたのか審神者が仰向けとなる。

「ありが、とう。はぁ、年には敵わないなぁ」

 それに、三日月は返すことなかった。ただ、皺くちゃになった審神者の満ち足りた顔を見ていた。
 人間50年というのを耳にしたことがあった。かつての人間の寿命は50年程度であった。しかし、目の前の審神者の時代では、100歳を超える者が多いと聞く。だが、目の前の主は残り時間短いだろうと何となく思う。命を伸ばす延命処置、というのがあるらしいがそれすらも必要としていないと聞いたことがある。
 では、うさぎの世界ではどうなのだろうか。彼女も目の前の審神者のように年老いてしまっているのだろうか。そもそも、うさぎの世界とはどこなのだろうか。同じ時間軸に存在しているようには思えなかった。ならば、三日月のいる世界、時間とも何か違うのだろうか。

「また、考えているねぇ」
「え」

 再び、うさぎのことを考えているとそれを審神者に指摘された。
 驚いて顔を見れば、にやにやとからかいを含んだ笑みを浮かべていた。その顔は、平安時代組の多くの者が時たま見せる三日月にとっては嫌な笑みだ。大抵、このあと弄られ、もといからかわれるのだ。

「ふふ。三日月は、あの子に出逢ってからぼんやりと物思いにふけっているときがある……大抵はあの子のことだろう」
「まぁ、そうだな」

 否定はしない。したところで意味もなさない。
 審神者にまで、指摘され少しばかり不貞腐れていると、小さな笑い声が響く。

「ふ、はは。すまん。すまん」
「いや。よい。もう慣れている」

 言うと審神者が三日月を手招きした。
 その細さは年寄特有で、ぽっきり折れてしまいそうであった。その手に招かれ三日月は審神者の近くに耳を寄せる。

「なんだ?」
「うん。お前に、ひとつ褒美をやろうと」
「んん?」

 突然の褒美に三日月は目を丸くさせながら審神者を見た。
 三日月が見つめる先の審神者は穏やかな眼差しで見つめ返してきた。黒黒とした瞳は若い頃そのものであるように見えた。

「おまえに、いつぞや。単騎で出撃さ、せただろ? それ、のだ」
「ああ。そんなこともあったな」

 やはり単騎出陣はきつかったと苦笑して言うと、審神者は眉を下げて「すまない」と呟く。

「きつかったし、辛かっただろ。だから、今更ながら褒美だ。といっても、俺が死んでからだ、が」
「なに……」

 三日月は目を見張り息絶え絶えとなった審神者を見る。喋るのに疲れたのだろうか、先ほどより疲れた顔をしている。

「おれは、すこし、とくべつらしくてな。その、ちからでおまえ、に、最後にほうび、をあげよう。受け取って、くれるだろ?」

 審神者と刀剣男士の繋がりは確固たるもの。故に、主命に近い願いに三日月は首を横に振ることはできなかった。故に――。

「相、わかった」
「うむ。ありがとう……ああ、少し、つかれたな」

 一言、審神者は言うとゆっくりと眠りについた。
 三日月は審神者の言葉を頭の中で繰り返した。そもそも、霊力が高いとは聞いていた審神者の特別な力とは何なのだろう。しかし、考えたところで情報も何もないので答えはでない。

「なんなのだろうな」

 ぽつりと呟くと緩やかな風が吹き薄紅色の花びらを届けた。



   * * *



 うさぎの世界も何度も四季が廻った。一体、どれくらい廻ったかうさぎはもう覚えていなかった。クリスタル・トーキョーとなって久しい時世になっただろうか。
 ネオ・クイーン・セレニティと呼ばれるようになったうさぎはいまだに伴侶の存在がいなかった。よって、伴侶がいなければもちろん次代の女王となる継子も存在しない。
 そのためか、側近のヴィーナスのところには引っ切り無しに縁談の書状が届く有様であった。しかし、ヴィーナスをはじめとした戦士たちはその縁談を受けることはなかった。そして、うさぎに進言することもなかった。
 それは、彼女たちがうさぎの心の中に想い人の存在を知っているからだ。詳しくは訊いたことはない。だが、時折思い出すようにうさぎが話すのを彼女たちは聞いていた。
 よって、誰もうさぎの伴侶については口を出さない。ただ、ただ、誰かを待っているうさぎを見守り続けているのだった。



 満点の夜空と咲き誇る大木の桜。
 うさぎは、その桜を見上げ感嘆の息を零した。そして、一度満開の桜か視線を外すと腕の中にある一振りの太刀を見下ろした。

「三日月さん、今日の桜もとっても綺麗だよ」

 鞘に納められたままの太刀を愛おしげにうさぎは撫でる
 うさぎの手の中にある一振りの太刀は天下五剣の中でも随一の美しさを持つ名物、三日月宗近。平安時代の作とされる太刀はどれほどの年月を経てもいまだに美しい刀身を持っていた。
 クリスタル・トーキョーの女王として即位した頃に、同じ月を冠する太刀として献上されたものだ。
 その太刀を受け取ったうさぎは懐かしさと愛おしさに涙が零れそうになった。そのときは、さすがに女王としての威厳のために流すことはなかった。だが、宝物庫に設置されたときうさぎは思わずその太刀の三日月宗近を抱きしめた。
 献上された太刀は、三日月であって三日月でないことはわかっていたが、うさぎは懐かしさに涙が止まらなかった。
 それから、うさぎは執務を終えた夜に三日月宗近を宝物庫から持ち出し、中庭に向かっていた。その中庭には大木の桜が植えられていた。
 桜はうさぎの希望によって植えられたものだ。
 天井はドーム型で空が見えるように硝子張りになっている。よって、夜になると満点の星空と月が拝めるのだ。春になると、夜桜がとても幻想的な場所となる。うさぎの一等のお気に入りの場所だ。
 うさぎは、太刀を大切そうに手にして桜を一人見上げていた。
 散り行く花びらは夜空と相まって美しさと儚さを含んでいる。
 この桜はかつて見ていた夢桜と似ている。三日月の世界の桜と似ている。
 ここに来ればうさぎはもう一度三日月に出逢えると思っていた。しかし、三日月に出逢えたことも、夢で逢ったこともなかった。そして、うさぎは自分の手の中にある三日月宗近から三日月が出てくるのではないのかと叶わない願いを抱いていた。
 うさぎは、桜を見上げながら根元に座り込む。そして、三日月宗近を抱き寄せる。
 小さく縮こまる姿は、凛々しく美しい女王とは程遠い姿だ。まるで、月野うさぎとして、戦士として、居た頃のか弱い少女の頃そのものだ。

「ねぇ。三日月さん、三日月さん、逢いたいよ。ねぇ、三日月さん」

 呟かれた小さな声は、泣きそうなほどか弱い。

「ねぇ。やっぱり、もう逢えないのかな」

 見守っていて、と別れ際に言ってしまったから月から降りてこないのだろうか。そんな、幼い考えに浸っている。

「傍、では、無理かな?」

 白銀に輝く月のように照らしてほしい。見守ってほしい。だけど、傍では無理かな、ここ何百年か考え続けた。

「逢いたいよぉ……」

 見上げた月は三日月だった。

「もう、お婿さんもらおっかなぁ」

 前世以上の苦しい恋にうさぎは終わりが来たのだろうか、と目じりに溜まる涙に思う。
 もう、想うことをやめてしまおうかと、考えたとき柔らかな風が中庭に流れ込み、桜が舞い散り――。

「それは、いかんな」
「え」

 久方ぶりに聞いた落ち着いた声にうさぎは辺りを探る。
 だが、周りは多くの桜の花びらが舞い散っているだけで姿はない。

「三日月さ、ん?」
「ん。ここに居るぞ」

 愛おしい人の名前を掠れた声で呼ぶと返事があった。
 その返事と共にうさぎの腕の中が光輝いた。

「え、あっ」

 光に目をつぶると、うさぎの腕に抱いていた三日月宗近が離れていった。咄嗟に、掴もうとしたが光に阻まれて叶わず――。

「俺は、三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる」

 光が晴れた。桜はちらり、ちらりと舞っている。うさぎは、大きく目を見張った。
 目の前には、懐かしい蒼い衣がある。
 恐る恐る見上げれば、桜の花びら舞う中に恋い焦がれた刀剣の神がいた。

「久しぶりだな……」

 うさぎは、焦がれた人の身体に飛びついた。



   * * *



「さ。行って来な」

 審神者が息を引き取るとき鮮明に聞こえた声に三日月の意識は遠のいた。
 最後に見えた審神者の穏やかな顔に安らかに眠ったことがわかった。
だが、しかし、どこへ行けばいいのだろうか、と三日月は首を傾げた。
そして、三日月の周囲が暗闇で満たされると一筋に小さな光が輝いた。小さな光はどこかで見たことがある懐かしさを感じる。
 三日月はその小さな光に近づいていくと、暗闇で満たされた空間にちらちらと何かが降り出す。
 ちらちらと降るそれに手のひらを伸ばせば、一枚ふわりと降り立った。
 手のひらに落ちたものを見て三日月は自然を微笑んだ。

「桜か」

 ちらり、ゆらり、と振って来るのは桜の花びらであった。三日月は、桜降る中再び歩き出した。
 あと、少しで行けるというところで。

「逢いたいよぉ……」

 懐かしく、だが弱弱しい声が聞こえ、続いて。

「もう、お婿さんもらおっかなぁ」
「それは、いかんな」

 三日月は自然と口に出した。すると、急に光が三日月に近づき当たった。
 白銀に輝く中、三日月は懐かしい気配に心臓が逸り、身体を巡る血潮が湧きたつのを感じた。

「三日月さ、ん」
「ん。ここにおるぞ」

 呼ばれると三日月の視界は晴れていき、ついに愛おしい存在の目の前に降り立った。
 目を丸くする愛おしい娘はすっかり大人の女性らしい顔つきになっていた。だが、驚くその顔はまだまだ少女のときの面影が色濃く残っている。
 三日月は、降り立つと審神者に呼ばれたときと同じ自己紹介をし、信じられないと目をいまだに見開くうさぎに声をかける。

「久しぶりだな……」

 そして、飛びついて来た恋い焦がれた娘を三日月は受け止めた。

「みかづきさん、みかづきさんっ」
「ようやく、ようやく逢えたな」

 お互いの背中に腕を回し強く、強く抱きしめ合い、存在を確認し合う。
 どうやら審神者からの贈り物とは、うさぎの世界へ送ることだったようだ。
 三日月は、ようやく手に入れた愛おしい娘を今度こそは離さぬよう抱きしめたのだった。そして、抱きしめ返される細い腕に歓喜したのだった。


 時代、世界、時空を超えて出逢った二つの月が結ばれた。
 すべてを越えて出逢った二人の縁はより強いものとなって結ばれた。
 清らかで眩い女王に侍るは、月を冠する麗しい男士。二人、涯てない時を睦まじく過ごしたそうな。






2024.07.20 一部修正
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