煌めく輝きに包まれて

夢路の終わり



 あのとき、うさぎから放たれた光が静まると主は青草茂地面に横たわっていた。そして、抱きしめたうさぎを三日月は確認する。
 うさぎは、三日月の腕の中で眠りこけていた。その顔は、無邪気なもので三日月はうさぎの危機感のなさに若干心配になった。
 腕の中のうさぎを見ていると、遠くからばたばたと駆けてくる複数の足音に振り返る。そこには、遠征に出ていた者たちまでいた。つまり、この本丸に所属し動ける者ほとんどがいたのだ。
 そこから、怒涛であった。三日月は、問われる質問に逐一答えなければいけなかったのだから。
 三日月が質問されるなか主の審神者とうさぎは穏やかな顔でただ眠りについていたのだった。



   * * *



 目を開くと、見知らぬ天井が目に映った。
 はて、ここはどこだろうか、とうさぎは横を向くとそこには見慣れた青い衣があった。その衣につられるように視線をあげていく。

「三日月さん」
「ん。ようやく起きたか」

 かけられた声も顔もなにかも穏やかで優しい。それに、うさぎはあの男の子は救えたのだと悟った。
 安堵すると身体の力が抜け、再び眠気に襲われかけた。眠気に襲われかけると、部屋の外から声をかけられた。

「三日月。ちょっといいか?」
「ああ。いいぞ」

 声に応じるように襖が開き外の光が差し込む。そして、誰かが部屋の中に入り近づいてくる気配がした。
 一体、誰がやって来たのだろうかとうさぎは眠気も忘れていると、訪問者の姿が目に映った。

「わぁ」

 その人は、三日月に負けず劣らずの美貌の持ち主だった。全体的に白い彼は儚げな印象が際立つ。純白の人に見惚れているとその人が突然声をあげて笑い出した。

「何もしていないのに驚かれちまったみたいだな」
「へ?」

 儚げな印象の割には男らしい声と口調にうさぎは目を丸くさせる。
 尚も笑い続ける純白の人がうさぎの枕元にやって来る。そのとき、うさぎは寝た状態であることに気づく。
 さすがに、失礼だろうと布団を跳ねのけるように飛び起きた。
 あまりにも勢い過ぎたうさぎはよろめくと三日月が咄嗟に背中を支える。

「こら。そんなにいきなり起き上がるな」
「ご、ごめんなさい」

 肩越しに謝ると、再び純白の人が笑う声が聞こえた。笑い声につられるようにうさぎは純白の人を見る。すると、笑いすぎたのか目じりの涙を拭いながら腹を押さえている。
 うさぎとしては、そこまで可笑しなことをしているつもりはない。とんだ笑い上戸だとじっと見つめていると純白の人が悪い、と一言謝罪する。

「いやぁ。なんか、三日月の新鮮な姿を見てな」
「はぁ」

 言葉と共に純白の人がにやつきながらうさぎの後ろにいる三日月を見る。うさぎもつられるように三日月を見ると顔を顰めて純白の人を睨んでいた。

「用件がないなら皆のもとへ戻ったらどうだ」
「まぁ、まぁ、そう邪険にするなって」

 にたにたした純白の人は言いながらうさぎを見た。
 見つめられたうさぎはしゃんと背筋を伸ばした。その際に、またふらつきかけたが三日月がすかさず支えた。その際に、溜息をつかれたような気がしたが、気のせいだろうと思うことにした。

「だいたいのことは三日月から聞いたぜ。具合はよくなったみたいだな」
「あ、え、はい。だいぶ、よくなりました」

 話とは、何者かに憑かれた男の子とのことだろうか。うさぎはいまひとつ話がつかめないが体調は良いので頷いておくことにした。

「そうか。なら、戻れるまでゆっくりしてきな」
「ありがとうございます」

 爽やかに綺麗に笑う純白の人にうさぎは若干頬を染めながら頭をさげる。
 綺麗な人が笑うのは、美形に耐性があるようでないうさぎにとっては毒であった。熱くなった頬を押さえていると。
 うさぎは突然我に返った。

「あの、あたし、月野うさぎっていいます」
「え?」

 名前を告げていなかったのに気付きうさぎは慌てて名前を言う。すると、純白の人が驚き目を丸くさせる。そして、まじまじと珍しいものを見るようにうさぎを見ている。

「う、うさぎ! 突然、どうした!」
「え。だって、名前教えていなかったから。たぶん、当分戻れる感じしないから……」

 慌てたようにかけられた声にうさぎは振り返り三日月を見る。
 振り返れば案の定三日月は焦りを含んだ顔をしていた。そもそも三日月の知り合いならば怪しい人ではないだろう。告げても大丈夫なのではないだろうかとうさぎは首を傾げた。
 三日月の焦り様にうさぎが不思議に思っていると再び盛大な笑い声が聞こえた。
 うさぎは、再び笑い出した純白の人の方を向く。すると、なんと腹を抱えて大口を開けて笑っているではないか。
 儚げな美人のあられもない姿に今度はうさぎの方が目を丸くさせた。そして、うさぎの頭に三日月の在りし日の会話がよぎった。

「鶴丸、国永さん?」
「は、ははっ、へ、え? お、俺の、名を知ってる、の、かい?」

 引きつったように訊ねてくる純白の人もとい鶴丸国永と思わしき人にうさぎは頷く。

「はい。三日月さんが、外見を裏切るほどおかしな人だと言っていた気が……」

 確か、人を驚かせ、驚きに何をそこまで執着しているのだという人だとうさぎは聞いている。だが、その反面敏いところは敏く賢いと聞いている。

「はぁ、はぁ~、三日月、こんな可愛いお姫さんに何を言ってんだい」
「事実だろう?」
「まぁ、否定はしないけどな」

 ひとしきり笑い転げた鶴丸は姿勢を正しうさぎをじっと見つめた。

「君の言う通り俺は鶴丸国永だ」
 「よろしく」と言う鶴丸の先ほどの変わりようにうさぎはまじまじと見つめてしまう。

「そんなに見つめられると穴が空いちまうな」
「あ、ごめんなさい」

 似た台詞を言われたとうさぎは思った。綺麗な人は似たような台詞も言うのだろうか。
 ちらりと三日月を見る。
 なんだ、と優しく問われるうさぎは何でもない、と答えて鶴丸を見ると真剣な表情をしていた。あまりにも真剣な表情なのでうさぎの背筋がすっと伸びる。
 もしかしたら何か不都合があったのではとはらはらと待っていると。突然、鶴丸が立ち上がった。そして、来ていた上着を脱ぐとうさぎの肩にかけた。
 ふわりとかけられた上着は鶴丸の温もりが残っていて暖かい。すんなりと受け取ってしまったうさぎは鶴丸を見る。

「うん。それがあれば大丈夫そうだな」

 一人納得した様子で頷く鶴丸。うさぎは一体何が大丈夫なのだろうかと首を傾げる。

「あ、今、羽織っているだけだが、しっかりと着てから部屋に出るんだぞ」
「え? でも、そんな」
「いいから。別に汚しても気にしなくていいからな。って、わけで俺は行くな。またあとでなお姫さん」

 うさぎが返す動作をすることなく鶴丸は颯爽と部屋を出て行ってしまった。どうしよう、と鶴丸の上着を羽織ったまま助けを求めて三日月の方を向く。

「三日月さん、怖いよ」
「ぬ。す、すまん」

 振り返った先には怖い顔をした三日月がいた。思わず指摘すると三日月は苦笑しながら自分の眉間を擦った。

「そ、そういえば、あたし、ここにいてもいいの?」

 完全に居座るつもりではないたが本当に居てもいいのだろうか。
 三日月に窺うように訊ねると彼は眉間を擦りながら優しく笑い頷く。

「主はいまだ目を覚まさぬが大事なさそうだ。それに、皆もそなたに礼を言いたいと言っていた」
「え? お礼?」

 一体、何のお礼だろうかと忙しなく首をかしげていると今度は三日月の笑い声が聞こえた。

「もう。三日月さんまで笑わないでよぉ……」
「すまん。すまん。そなたが愛らしくてなつい」
「な、ぇ、」

 お世辞であると言われるが憎からず想っている三日月にそのようなことを言われるとうさぎの心臓は持たない。
 うさぎは、熱くなる頬を隠すように鶴丸から受け取った上着を羽織る。

「わぁ! これ、すごく着心地いい!」

 さらりとした生地だが暖かい。うさぎは、思わず布団から抜け出し裾をひらひらとさせる。

「あ、三日月さん! 三日月さん、どう、か、な……」

 ひらひらと一回転しながら三日月の方を見てみると間近い三日月が立っていた。
 あまりの至近距離にうさぎは言葉を失う。見下ろされる近さは夢で慣れているはずなのにうさぎは完全に三日月に釘づけになった。
 見下ろす三日月は薄らと笑みを浮かべいつものように微笑んでいるように見えた。だが、うさぎはその微笑みに艶のある妖しさを感じ取った。
 三日月に釘づけになり身動きが取れない状態でいるとふいに動く気配がした。そして、するりと三日月本来が持っている優雅な仕草でうさぎの頬を撫でた。
 手袋をしているため素手というわけではないのにその仕草と艶笑にうさぎの身体に巡る血が一気に湧き上がる。
 熱くなる身体にうさぎは一歩後退する。
 その動作に三日月は別段気を悪くすることなく口元を袖で隠す。それさえもうさぎを煽っているように見える。

「確かに、鶴丸の純白の羽織はそなたに似合っているが……」

 口元を隠しているため艶やかな唇は見えないが彼の涼やかな瞳は潤み艶やかだ。
 逸る心臓の上に手を置きうさぎは三日月の言葉の続きを待っていると。

「あの~ちょうど昼食の準備ができたみたいですけど一緒にいかがですか?」

 ひょっこりと襖を開いて顔を出した美少年にかけられた。そのおかげで三日月とうさぎの間に漂っていた妖しい雰囲気が霧散した。

「そうか。そうか」
「あ、姫さまも起きたなら一緒にどうぞ!」
「え、あ、あたしもいいの?」

 美奈子たちの周りの戦士に「プリンセス」と呼ばれることは慣れているせいか思わず普通に反応してしまう。だが、一応確認と言うようにうさぎは自分を差して訊ねる。
 それに黒髪の美少年に頷かれうさぎはお言葉に甘えることにした。何しろお腹が空いたところだし。

「では、行くか」

 と、差し出された手にうさぎは普通に手を取ってしまった。先ほどの雰囲気のことを思い出して一瞬手を引こうとしたが。

「あ、」

 すぐにその手を三日月によって絡み取られてしまった。指まで絡む三日月の長い指にうさぎは戸惑う。今まで手を握ることはあってもこのような恋人がするような握り方まではされていない。

「先ほどの続きはまた今度、な」
「っ」

 耳元で囁かれた低い声に反射的にうさぎの身体が跳ねた。
 三日月が離れると同時に真っ赤であろう耳に空いている手を当てる。そして、身体を熱くさせる原因である三日月を睨み付けた。

「ん。なんだ?」

 呆けるような笑みにうさぎは。

「三日月さんのバカっ」

 舌を出して子供のような返ししかできなかった。それに三日月は声をあげて笑うだけだった。
 うさぎは、夢と現実の三日月の変化に戸惑いながら手を握り返したのだった。



 ***



 鶴丸の真白の羽織はうさぎによく似合っている。しかし、その事実が三日月の心を掻き乱した。
 仲間とはいえ、三日月以外の男の上着を羽織るという事実が気に食わない。しかも、楽しげにひらひらと見せてくる。
 そのとき三日月に悪戯心が生まれた。
 楽しげに微笑むうさぎにそっと近寄る。あと少しで腕に閉じ込めてしまう距離に縮まるとようやくうさぎが気付いた。
 三日月は、目を大きく目を見張る。うさぎに微笑んでみせ真白の頬に触れてみる。
 手袋越しでもまろく柔らかいのがわかる。何も障害がないときに触れてみたらどうなってしまうのだろうか。
 ぞくり、と湧き上がる何かを押さえているとうさぎが一歩後退する。
 その姿に、加虐心を掻き立てられながら三日月は口元を袖で隠す。まるで、狩りをしているようだ。
 三日月は鶴丸の羽織が似合うと口にしながらうさぎをうっとりと見つめると。
 廊下から来る気配に三日月は、残念と思う気持ちが湧き上がる。どうやらこれ以上、うさぎに迫ることはできないようだ。
 三日月は先ほどの気配を消しいつも通りの様子でうさぎに手を差しだす。その手をあっさりと取るうさぎにやはり警戒心がたらないと三日月は心の中で溜息をつく。
 その警戒心の忠告をするように三日月はうさぎの華奢な指を絡めとる。そして、先ほど消し去った艶めく空気を出し耳元に唇を寄せた。

「先ほどの続きはまた今度、な」

 囁けばうさぎは愛らしく赤く染まる。そして、返された言葉はなんとも子供らしく三日月は思わず声をあげて笑った。
 だが、次の瞬間に握り返された手に身体の熱が上がった。



  * * *



 うさぎと三日月を呼びに来た少年は鯰尾藤四郎と名乗った。
 鯰、と首を傾げるうさぎに鯰尾は丁寧に自身の名前の由来を語った。
 その話を聞いたうさぎに二度目の衝撃が走ったのだ。そう、鯰尾とうさぎの手を握る三日月に、先ほどの鶴丸が刀の付喪神であることを。
 あまりの衝撃にうさぎはぱかりと口を開けて三日月と鯰尾を行ったり来たりとした。
 うさぎのあまりにも間抜けな表情に二人が堪え切れず笑う。
 二人の笑い声にうさぎは口を閉じたが、やはり不思議そうに二人を見つめた。

「ちなみに、まだたくさんいますよ」

 楽しげに言う鯰尾にうさぎはもしや全員見目麗しい人の形をしているのではと予想した。そして、その予想はドンピシャリと当たり、うさぎは一瞬眩暈がしたのであった。

 ――美奈子ちゃんたちが居なくてよかったかも

 美奈子たちがいたならばこの美形の宝庫に一緒に叫んでしまったかもしれない。

「さ、うさぎ」

 鯰尾同様に楽しげな三日月に手を引かれ、視線が突き刺さる中うさぎは昼食を共にしたのだった。だが、意外と人間臭い一面を持つ者が近くにいたことでうさぎは何とか打ち解けることができた。ただ、昼食の最中引っ切り無しにお礼や質問が飛び交い疲れたのは言うまでもなかった。



   * * *



 三日月は、鶯丸に入れてもらった茶を片手にじっと縁側を見つめていた。
 その先にはもちろんうさぎが居た。しかし、うさぎの傍には多くの刀剣たちが集まり彼女を囲っていた。
 刀剣たちの中心で楽しげに笑ううさぎに三日月は心和まされると同時に周りの刀剣たちに嫉妬した。今までは自分一人がうさぎを独り占めしていた状態だったのだ。何が楽しいことがあろうか。

「おい。三日月、湯呑を割るなよ」
「なに。さすがに俺も湯呑は割れぬよ」
「いや。いや。さっきから君の手の中から嫌な音が鳴ってるぜ」

 今にも割れてしまいそうな三日月の手にしている湯呑に鶯丸が焦る。そして、否定する三日月に鶴丸が呆れ顔で指摘する。

「割れぬ」
「そうか」

 ピシ、と音がした気がしたが鶯丸はもう気にしないように茶菓子に手を出した。
 相変わらず湯呑は嫌な音を鳴らし三日月の手の中にある。しかし、三日月としては知ったことかだ。
 ただ、目の前でうさぎに悪い虫が付かぬように目を光らせることに集中したのだった。
 それを傍から見ていた鶴丸はあまりの三日月の執着ぶりに面白いと思いつつも少々面倒だと茶を啜っていた。しかし、三日月はその事実を知る由もない。

「加州清光! 近すぎるぞ!」
「ああ……」
「ご愁傷様」

 加州清光がうさぎの耳元で何か話すと同時に大きな音が三日月の手の中から鳴った。
 それに、鶯丸が肩を落とし、鶴丸が彼の肩を叩いたのは同時であった。



   * * *



 三日月が湯呑を一つ駄目にしたとき、うさぎは清光に本日何度目かの衝撃を食らっていた。

「ええ! 三日月さんが?」
「そうそう」

 うさぎは、近くに座っている清光を見た。
 驚いた様子のうさぎに清光は満足げに頷き、周りを見た。よくみると周りの者は皆楽しげに顔をにやつかせていた。

「そ! 清光の言う通り、三日月は俺たちの中でも年長組ってわけだ!」
「ちなみにこの偉そうな和泉守兼定は一番年下ね」
「えぇ!」

 胸を張っている和泉守を差しながら大和守安定が言う最年少発言にうさぎは再び声をあげる。ちなみに、そう言われてしまった和泉守は渋い顔で安定を睨んだ。だが、すかさず相棒の堀川国広によって何とか拗ねることはなかった。さすが、堀川だ。和泉守の扱いに長けている。
 そんなことがあったと露知らずうさぎは、刀剣たちの年齢と外見年齢が釣り合わないことに、頭が若干混乱した。

「で、でも、小さい子もいるよね?」
「ああ。それは、刀の種類だと思うぜ。短刀とかは、子供の容姿。脇差は、少年の容姿。打刀、太刀、大太刀、槍、薙刀とかは、青年の容姿とか。あ、大太刀の蛍丸とか、脇差の青江とかは例外だけどな!」
「そ、そうなんだぁ」

 教えてくれた獅子王に頷きながらうさぎは目の前の彼は何だろうと見ていると。

「ちなみに、俺は太刀な!」
「へぇ~」

 笑いながら言われたうさぎは正直刀の種類がよくわからないのでやはり頭は混乱したままだった。

「ま。刀の年齢と外見年齢は繋がらないってわかればいいんじゃない?」
「けど、外見年齢に感情が引っ張られる時もあるけどね」

 そう、清光と安定に付け足されたうさぎの頭はパンクしそうになった。

「うさぎさん。そう深く考えなくてもいいですよ」

 ただ、優しく堀川に言われうさぎは言葉通り深く考えることをやめたのであった。



   * * *



 通称、沖田組、土方組と呼ばれる四人と獅子王が離れた。その隙に三日月はいざうさぎのもとへ行かんとすると。

「お姉さん、ボクたちと一緒に遊びましょ!」

 愛らしく首を傾げる乱の後ろには本丸にいるすべての短刀たちが居た。
 うさぎもうさぎで愛らしく頼まれた子供といっても100歳を軽く超えている短刀たちに頼まれては断れるはずもなかった。
 それに――。

「私からもお願いします」

 柔らかく微笑む佇む一期一振に言われてしまえばうさぎも断れまい。

「あ、は、はい!」

 そのとき、三日月は自身の目を疑った。
 うさぎが、うさぎが、頬を薄らと染めて青い瞳を輝かせている。
 三日月にさえ、あまり見せない表情に三日月は驚愕し間抜けに口を開けた。

「な、なんだ! あの、うさぎの反応は!」
「一期一振の紳士らしさに姫さまも落ちたのではないか?」

 わなわなと震える三日月を尻目に小狐丸が、彼の茶菓子を食べながら答える。
 小狐丸の言葉に、三日月は勢いよく彼の方向へ振り向いた。

「うぉ。なんだ」

 いきなりの三日月の行動に小狐丸の驚きを他所に三日月は彼の肩をガッツリ掴む。

「俺と、何が違う!」
「そういうところじゃないですか?」

 いつの間にかやって来ていた太郎たちが涼やかにそう答えた。それに、周りの者達はしきりに頷いたのだった。

「よくわからん……」

 周りの者たちの理解苦しくむ答えに三日月はうさぎの方へ目を向け再び目を見張ったのだった。
「な、な、一期一振ぃぃ!」



   * * *



 うさぎは目の前に登場した、童話の中から飛び出してきた男性に頬を熱くさせた。
 こういうところは、恋人がいるときからあまり変わっていない。年頃の娘特有ということでここは片しておこう。

「わぁ。短刀ちゃんたちのお兄さんとっても素敵ですね! 童話の中の王子様みたい!」
「え」

 うさぎはうっとりとした顔で短刀の兄であるという男性を賞賛した。
 それに、男性は頬を薄らと顔を染めた。その下で、短刀たちが騒いでいるのは言うまでもない。といっても、多くがうさぎの背後で般若と言われても差し支えない表情をしている三日月をじろじろと見ているだけなのだが。
 そんな中、悪戯心が働いた者がいた。そして、うさぎはそれに気づくことはなかった。

「ふふ。いち兄、カッコイイでしょ!」
「いち兄?」

 少女のような男の子がうさぎの隣に座り腕をからませながら言う。ちなみに、彼の背後に悪魔の象徴の尻尾が生えているように見えたのは兄弟たちと短刀たちであった。しかし、それを止める者はこの場にはいなかった。短刀のお茶目が始まったということだろう。
 うさぎは、首を傾げながら隣に座った少女のような男の子を見下ろす。すると、自己紹介をされ男の子の名前が乱藤四郎であると知る。
 乱の視線が、目の前の男性と移ると同時にうさぎも同じように後を追う。
 そこにはいまだに戸惑いの顔をしている男性がいた。

「そ。いち兄。号は一期一振って言うんだ。ボクら藤四郎の兄だよ!」
「へぇ。そうなんだ」

 確かに、長男っぽいとうさぎは失礼だがまじまじと見つめてしまう。そして、やはり白馬がよく似合う王子様みたい、と頬を赤くした。

「あ。そうだ。お姉さんといち兄ってお似合いだよね!」

 乱の爆弾発言に、一期一振が顔を青くさせた。そして、すぐに視線をうさぎの背後の三日月に送った。しかし、それをうさぎは気づかず。短刀たちもあえて無視した。そして、乱に乗っかる様に話を盛り上げた。

「そうだなぁ。確かに、姫さんといち兄は似合いだなぁ」
「うんうん! 僕もお似合いだと思います!」

 男前に話す少年とキラキラと瞳を輝かす桃色のふわふわとした髪の男の子が乗っかる。それに、うさぎは戸惑いだす。
 乱を筆頭に話しを膨らませていく短刀たちの騒ぎを止めたのは一期一振であった。

「わ、私は用事がありますのでし、失礼いたします」

 顔を青ざめながら素早くここを去って行った。
 長兄が逃げた出したことで、盛り上がっていた藤四郎兄弟と短刀たちは冷めていく。そして、すぐにうさぎを引っ張り遊ぼうと誘い始める。

「な、何だったの?」

 目まぐるしい展開にうさぎは目を白黒させながら短刀たちに引っ張られていったのであった。



   * * *



「あ~あ、三日月ぃ~。怖い顔しちゃって一期一振が可哀想」
「うるさい」

 三日月は、むすっと顔をしたまま次郎太刀の言葉を流す。そして、二つ目の湯呑に口を付ける。程良い温度の茶に三日月の嫉妬で渦巻く心が和いでいく。

「ふむ……」
「三日月。君、もっと余裕を持ったらどうだ? 別にお前のお姫さんを取ったりしないぜ」

 横になりながら言う鶴丸に三日月は視線を落とした。
 鶴丸をはじめとした本丸の刀剣たちは、不思議な娘であるうさぎを三日月のものだと思っている。しかし、実際のところうさぎは三日月の恋人でもなんでもない。ただ、不思議な夢で知り合った中なのだ。そして、三日月はひとつ引っかかっていることがあった。それは、主を救わんとするときに言っていたうさぎの話し。
 うさぎには愛おしい人がいて、その間に愛おしい娘がいたということ。だが、その未来は閉ざされたと。
 閉ざされたということは、うさぎに恋人はいないと受け取っていいのだろうか。だが、うさぎには何か重い運命さだめが今もあるのではないだろうか。

「三日月? どうしたんだい?」
「なんでもない……茶がほしい」

 三日月は、何でもないような素振りをし、鶯丸に湯呑を向ける。
 周りの者は、途端に静かになった三日月に仕切り首を傾げたが言及はしなかった。



   * * *



 うさぎは短刀たちと遊び終えると彼らにとある人の場所を聞いた。
 それはここの主である男の子であった。一度、様子を見たいと言うと短刀たちは素直に教えてくれた。そして、そのときに作った花輪や花束を持って行ってほしいと頼まれた。
 何だかんだと慕われている男の子にうさぎは一つ胸をなでおろし、快く短刀たちから見舞い品を受け取った。
 その見舞い品を携え男の子の部屋を尋ねると、うさぎはとある刀剣と出逢った。
 刀剣の名前は、歌仙兼定と言ってこの本丸で最初に顕現された刀剣の付喪神だそうだ。
 うさぎは、歌仙に事情を話し部屋に入れてもらった。

「まだ、眠ったままだけど随分顔色もよくなったんだ」
「そうですか。よかったぁ」

 まるで兄のように、父のように柔らかい瞳で歌仙は男の子を見ている。
 それにうさぎは、多くの刀剣たちの口にしていた主を案じるような口ぶりを聞いた。まだ、男の子は見放されていない。
 弱さに付け込まれとり憑かれてしまった男の子だが、今後は刀剣たちと上手くやって行きそうな気がした。
 そして、そのときうさぎは彼に言った自分の言葉を思い出す。
 うさぎの周りにも支えてくれる仲間がいる。うさぎが決めたこと、衛が決めたことを受け入れてくれるだろうかいまだに不安だ。苦楽を共にした仲間たちなら受け入れてくれるだろう。だが、不安なのだ。しかし、逃げてばかりはいられない。
 うさぎも前を向くときが来たのだ。歩き出す時が来たのだ。恐ろしい。怖い。受け入れてくれるのか。一人で、一歩前に出るのが恐ろしい。
 ふと、うさぎの頭に浮かんだ麗しい人の形をした刀剣が浮かぶ。
 すると、うさぎの目の前に煌めき輝きが道を造りだしたように見えた。その輝にうさぎの不安はなくなった。

「うん。大丈夫、かな」
「うさぎ殿? どうしたんだい?」
「あ、な、なんでもないよ! あ、そうだ!」

 思わず自分の世界に浸ってしまったうさぎは顔を赤らめて手を振る。
 お見舞いに来たのに、自分の世界に浸る恥ずかしさを紛らわせるようにうさぎは眠り続ける男の子に今日の出来事を話しかけた。
 その傍らでうさぎの話を聞いていた歌仙もまた楽しげに話しを聞いていた。



   * * *



 多くの刀剣たちと交流した夜、うさぎは自然と目が冴えた。
 起き上がれば、夜の静かな気配が漂っていた。そのまま眠ることもできないうさぎはそっと布団を抜け出した。そして、借りた寝間着からドレスへと着替える。その際に、鶴丸から借りた上着は綺麗に畳んだままに置いた。上着は必要ないと感じたからだ。
 そのままうさぎはふらりと外へと出て庭を出た。
 庭へ出るとうさぎは広間の前に当たる場所へと出ていた。そこには多くの桜が咲き乱れていた。
 その満開の桜のもとへ行きうさぎはかつて見ていた夢に思いを馳せる。

「ここの桜も綺麗」

 夢で見た散らぬことを知らぬ満開の夢桜も綺麗だった。そして、ここの桜もその夢桜に雰囲気が似ている。散らぬことを知らないところなど同じではないだろうか。
 うさぎは、まるで夢の世界に入ってしまったような錯覚に陥る。だが、ここは夢のような場所でも夢ではない。
 爛漫の桜にうさぎは見惚れていると、離れがたい人の気配が近づいてきた。

「まるで夢の場所に似ているな」
「三日月さん」

 かけられた声は柔らかく夢のときの三日月そのものだった。
 うさぎは、桜から三日月へと視線を移す。その先にはやはり優しく微笑む三日月がいた。しかし、その微笑みは優しくもあり酷く切ない。
 そして、その笑みを見てしまったうさぎの心臓が締め付けられた。

「帰ってしまうのか?」
「う~ん。たぶん」

 空いていた距離を詰めて隣へと立つ三日月を見上げながらうさぎは首を傾げた。
 曖昧に言って見せたもののうさぎは何となくうさぎの世界へ帰らねばいけない、と感じた。

「そう、か」

 彼の涼やかな瞳が哀しげに色を変える。そのとき、うさぎは三日月の瞳にあるものを発見した。しかし、それに確証はない。
 ならば、確認してみるまでとうさぎは三日月を呼んだ。

「三日月さん、三日月さん。ちょっと屈んでみて」
「なんだ?」

 首を傾げる三日月の様子が愛らしく口元を緩ませながらうさぎは三日月の瞳を覗き込んだ。
 そのときに、三日月が息を飲んだような気がした。しかし、うさぎは目の前の美しい瞳の中に上弦の月を見つけそれどころではなかった。

「やっぱり! 三日月さんの瞳の中に、月がある!」

 月を冠する彼の中には同じように月が存在するのか。うさぎは、ひとつ発見できたことの嬉しさに声を高くしてはしゃいだ。
 よって、うさぎは三日月の行動に気づくことができなかった。

「え?」

 顔に影が落ちた。そして、額に柔らかな感触を感じた。
 うさぎは、何が起きたのか現状の理解が追い付かなかった。ただ、ただ、一瞬近くなった三日月を見上げるだけであった。

「先ほどの続き、な」
「え、うぁ、ず、ずるい!」

 意地悪そうに笑う三日月に対して出た言葉は意味をなさなかった。そもそも、何がずるいのだろうか。
 うさぎは顔を真っ赤にさせながら額を押さえた。別にキスをされたことがないわけではない。しかし、うさぎは恥ずかしくて、恥ずかしくて身体中が熱くて可笑しくなりそうだった。そんな、うさぎを三日月は笑った。

「あ、はははっ。してやったり」
「うう、三日月さんの意地悪! 助平!」
「それは心外だ」

 じりじりと三日月から距離を取りながらうさぎは叫ぶ。しかし、三日月はそれさえも楽しげに笑って飛ばす。
 夢で逢っていた三日月とはまた違うやり取りにうさぎもだんだん楽しくなってく。同時に、もうこのやり取りができないことに言いようのない寂しさが込み上げる。
 それが顔に出たのか、三日月が苦笑を零した。

「そのような顔をするな」
「ん……」

 うさぎが後退したことで出来た距離が、三日月が近づいたことで埋まる。
 至近距離までに近づいた二人はじっとお互いを見上げ、見下ろした。

 その様は傍から見れば恋人の逢瀬の別れの様だ。

 さらさらと舞い散る花びら越しにうさぎは三日月を見つめる。同じように見つめる三日月の瞳は相変らず凪いでいて、そして見守る様に優しく暖かい。しかし、上弦の月を越えた奥に熱い何かが灯っているようにも見える。
 その熱に囚われたのはいつの頃だろうか。肌をも焦がす熱は、かつての自分が味わったもの。だが、その熱を与えたえたのはかつての恋人ではなく、目の前の美しい刀剣の神であった。
 なんとも不思議な巡り合わせだろうか。前世という巡りあわせも不思議なものであったが、こうした世界を越え、しかも神と出逢うことになるなんて。
 そして、目の前の麗しく美しい刀剣の神に恋い焦がれてしまうなんて。
 恋を抱いたが最後、別れるときの時間が悲しいものはない。一生の別離に近い瞬間までうさぎは自身の瞳に三日月を焼き付けるように見つめた。



   * * *



 熱い。熱い。うさぎから放たれる視線は熱く三日月の肌を焼いてしまうほど熱い。だが、その熱い視線が三日月は心地よかった。
 何より、その熱い視線は三日月の心に抱く熱いものと同じであることが嬉しかった。しかし、三日月はいまだに憂うものがあった。同じ感情を持っていてもそれが三日月の心に黒い沁みを作る。
 三日月は、うさぎが居なくなる前にうさぎが持つ運命さだめを知りたかった。

「うさぎ。そなたには恋人はいるのか」
「え」

 口をついて出たのは率直な質問だった。
 三日月の質問にうさぎは驚愕し、そして、凪いだ瞳で三日月から視線を逸らした。
 逸らされてしまった視線に、聞いてはいけなかったという気持ちより聞かなければよかったという感情が湧いた。

「前はいたよ」
「いた、のか」

 あっさりと答えたうさぎに三日月の言葉が詰まる。過去形であることから、うさぎに恋人はいないというのはわかる。そして、その気持ちに整理がついているようにも見える。でなければ、今のうさぎの穏やかな顔は見られないはずだからだ。

「すごく、すごく、大好きで愛していた人だった。前世でも大好きで、あたしは間違いを犯してしまうほど愛していた人だったの」

 込められる気持ちに三日月の心はじくじくと痛む。もう、聞きたくないと耳を塞ぎたい気持ちであったが、三日月はうさぎの話に耳を傾けた。

「なのに、別れたのか」
「うん。あたしも、あの人も、決められた未来みちと違うところに歩き出してしまったの……すれ違ってしまったの」

 憂い顔のうさぎに三日月も思わず感情がつられてしまう。

「知ってしまった未来に対して罪悪感は消えなかった。そうしてしまった、自分を許されるのかわからなかった。でも、あたし、もう大丈夫。ずっと、あたしは間違った道を歩いてしまうのはいけないことだと思っていたの。だけど、ね。未来へ繋がる道は一つではないことを仲間から聞いたの。そして、あたしが知ってしまった未来は別の世界として繋がっていることを知ったから……」

 きゅっと口を結ぶうさぎに三日月は何と声をかけていいかわからなかった。
 ただ、うさぎが背負うものが途方もなく大きいことだけは理解できた。

「あたしも、前に踏み出そうとかなって思ったんだ」

 桜を見上げていたうさぎの視線が再び三日月に向けられた。その瞳はどこまでも澄み切っていて輝いていた。先ほどの憂い顔など忘れさせるほどうさぎはすっきりとした顔をして笑っていた。

「頑張って皆にあたしの思いを告げてみようって、ここに来てようやく思えたの」

 その瞳は、真っ直ぐでどこまでも清らかだ。初めて出逢ったときと同じだ。

「ちゃんと歩いて行けるように頑張らないと――」

 だから、とうさぎが一度言葉を切った。

「ん?」

 先ほどまで星のように、光を受けて光る清流のように輝いていた瞳が鳴りを潜める。そして、うさぎの瞳の輝きは儚く小さく光った。
 庇護欲駆り立てる瞳に、三日月は魅入られた。そして、やはり、うさぎは強くも、弱い一人の娘なのだと感じた。

「だから、どうか、三日月さん。見守っていていてね」
「うさ――っ」

 儚げに微笑むうさぎに三日月は咄嗟に手を伸ばそうとしたが眩い光がそれを拒んだ。
 神々しい光は、審神者を救ったものと同じだった。そして、三日月は悟る。この光が、うさぎを本来の世界へ還してしまうことを。

「っ」

 必死に目を見開きうさぎを目に焼き付けようとする。その頼りない華奢な身体を抱きしめてしまいたかった。しかし、それはもう叶わないこと。
 三日月は、必死にうさぎを目に焼き付けるために見つめた。そして、光の隙間からうさぎと目が合い、彼女の唇が動くと同時に光が爆発した。
 さすがに、その強い光に目を閉じた三日月が再び開いたときにはいつもの庭の光景があった。

「……」

 はらり、はらりと舞い散る桜の中、三日月はただただうさぎが立っていた場所を眺めた。


 時代、時空を超えて出逢った二人の逢瀬は幕を閉じた。再び二人が出逢えるのだろうか。それは、逢瀬を重ねた二人にさえわからないことであった。
 そして、定められた運命を持ちし娘は世界に戻り、新たな道を歩み始めた。その道は、清らかな月明かりが照らしているのを娘は優しげに見上げた。



2024.07.20 改題、一部修正
2/2ページ