煌めく輝きに包まれて

大丈夫、大丈夫だよ



「うさぎちゃん……今日も具合悪いの?」
「うん……」

 布団に被りながらうさぎは心配そうに声をかけるルナに返事を返した。
 うさぎは、せつなに会ってから数日学校を休んでいた。そして、見舞いに来た美奈子たちにも会うことなく臥せっていた。
 だが、うさぎの身体は別に病気なわけではない。ただ、追いつかない出来事に対処できないでいたのだ。
 それをルナや美奈子たちに話してしまえばいいのだが、どう切り出せばいいのかわからずにいた。
 そうして、うさぎは眠ることも拒絶していた。眠っても夢の片鱗を見るとすぐさまに覚醒してしまうのだ。まるで、夢で三日月に逢うことを拒む様に。
 もう何日も三日月に逢っていない。夢も見ていない。それが、さらにうさぎの心を蝕んでいた。
 だが、三日月を求める心をうさぎは必死に抑え込んだ。三日月を求めてはいけないと引き留めるうさぎがいるのだ。しかし、その反動とばかりに三日月を求めてやまないうさぎが存在するのだ。そのせめぎ合いにうさぎは疲れていた。
 綯交ぜになる心にとうとう疲れが限界に来た。うさぎは、その晩久しぶりに思考が溶けるように眠りについたのだった。
 そのとき、眠るうさぎの身体から淡く輝く聖石が現れ出た。
 幻の銀水晶が、淡く淡く輝いたと思った瞬間。強く光りうさぎの部屋を光りで埋め尽くした。光りは一瞬にして消え去った。すると、ベッドで眠っていたうさぎの姿もなかった。
 このとき、ルナはうさぎの相談のためにアルテミスのところへ向かっていたため部屋にいなかった。故に、このときうさぎの存在が消えたことをすぐに察知できるものはいなかった。



 ***



 何かが、結界を破るような感覚がした。
 審神者は、用心深く廊下側の襖へと向かう。ゆっくり、ゆっくり、と近づいた審神者は外を警戒しながら襖を開けた。
 外はまるで審神者の心を映すようにどんよりと曇っていた。重く灰色がかった雲は青い空を埋め尽くしている。外の空気も、湿っているようで鬱陶しくて敵わない。
 だが、この不快な空間を創っているのは紛れもない審神者であることに彼は嘲笑した。
 警戒した様子で審神者は廊下へ出ると結界が敗れたであろう庭へと裸足で歩み出た。
 外を裸足で出ることを咎める者はどこにもいない。むしろ、審神者の他の者は皆広間で死んだように眠っているはずだからだ。
 審神者は、警戒しながら庭を探索していると見慣れない白い塊を発見した。
 その白さに一瞬過ったのは鶴の字をもつ刀剣男士の存在。もしや、とうとう審神者に手をかけに来たのか、と審神者は歪んだ笑みを浮かべた。
 ならば、甘んじて受けようではないかと歪んだ笑みを浮かべたまま白い塊へと足を進めた。
 だが、その白い正体は審神者の予想していた者ではなかった。

「女、の子?」

 白い正体は、金色の長い髪を二つ結びしたお団子頭の少女であったのだ。少女は、薄い上品そうなドレスを身に纏い地べたに眠っていた。
 この湿った地面でよく眠れると場違いなことを考えた審神者はふと少女の周りだけ奇妙であることに違うに気づいた。
 眠る少女の地面は青々と茂った青草が生えている。そして、少女を包む空気はとても心地がよい。
 久方ぶりの心地よさに審神者は張り詰めていた空気を解くがすぐに警戒態勢を取る。
 そもそも審神者と刀剣、式神のこんのすけ、緊急時に政府の役人しか入れない。なぜ、見知らぬ少女が現れたのだろうか。
 身なりからしても怪しい少女を審神者は探る様に見つめる。
 だが、よくよくと見つめると審神者は少しばかり目元を赤く染めてすぐに視線を逸らした。
 審神者を務める彼は青年と少年の狭間。ちょうど、眠りこける少女と同じくらいの年ごろだろうか。整った愛らしい顔をしている少女につい照れくさくなってしまったのだ。
 だが、審神者は心を鬼にして謎の少女の露出した肩に手を置き揺さぶる。

「おい! おい! おいっ!」

 強く揺さぶると少女の瞼がピクリと動いた。
 暫く揺さぶると少女の瞼が徐々に上がり突き抜けた青空のように澄み渡る青い瞳と出逢った。



   * * *



 うさぎは、目の前の同い年くらいの男の子に動揺した。
 覚醒したばかりで頭は動かないが身体は動く。勢いを出して身体を上げると。

「いっ、たぁい!」
「ぐぅっ」

 ちょうど男の子の頭とうさぎの頭が勢いよく当たった。そう勢いよく。
 うさぎは当たった額を涙目で擦る。そして、ちらりと当たってしまった男の子を見ると同じく涙目をしてうさぎを睨み付けていた。

「ご、ごめんなさぁい」
「くっ、べ、べつにいいけど」

 顔を赤くした男の子にうさぎは首を傾げつつ、周りを見渡す。
 すると、まったく知らない場所であることを理解する。そもそも、見知らぬ男の子がいる時点で可笑しいのだ。

「な、こ、ここどこよ!!」

 見知らぬ、しかも外にいるうさぎは額の痛みを忘れて慌てだす。そして、すぐに自分の身体を見下ろす。

「あ、あれ? ドレスになってる?」

 パジャマ姿のはずのうさぎは夢と同じようにプリンセスのときの純白のドレスを身に纏っていた。

「もしかして、夢! って、さっき痛かったし……」
「おい。きさ、貴方は何をぶつぶつと呟いているんだ?」
「え?」

 振り返ると男の子の鋭い瞳がうさぎを射抜いた。整っているのであろうその顔で睨まれると威力も倍増だ。
 うさぎは喉を引きつらせる。

「貴方はどこから来た。何が目的だ」
「え、えっとぉ、目的って言われても……」

 目的も何も、うさぎ自身どうしてこのような見知らぬ場所にいるのかわからない。
 答えあぐねいていると男の子は苛立った様子で舌打ちをする。
 それに、うさぎは身体を跳ねさせる。そして、次の瞬間には男の子に腕を掴まれ無理矢理立ち上がらせられた。
 思いのほか強い力にうさぎは顔を顰めて声をあげた。

「ちょ、ちょっと、いた、痛いっ!」
「黙れよ。ここは部外者が立ち入れない場所なんだ」

 幾分低くなった冷たい声にうさぎは息を飲んだ。先ほどまで、冷たい雰囲気を持っていたが、ここまで冷たい雰囲気を男の子は身に纏っていなかった。急激な男の子の変化と、徐々に下がっていく周りの気温にうさぎの歯はガチガチと鳴りだす。

「い、嫌。離してっ」
「黙れ、と言っているだろ」

 うさぎの腕を握ったまま振り返った男の子の瞳は異常にどんよりとしていた。だが、鋭さはそのままでうさぎの身体は恐怖に震えた。
 そして、うさぎは男の子の身体に身に纏っている纏わりつくような重く冷たい空気に覚えがあった。

「ようま……」

 小さく零した言葉に男の子のうさぎの掴む腕が強くなる。うさぎと同い年くらいの男の子が出すには可笑しなほどの力であった。その力はうさぎの細い腕を折るのではないかというほど強かった。

「うっぁ、いっ」
「ダマレ、小娘」

 片言交じりに言う男の子の表情は削げ落ちていた。さらに、男の子を纏う空気はさらに重くなり鳥肌が立つほど冷たい。

「小娘、オマエ、ナニか、『力』を持っているナ」
「ぁっ」

 無理矢理腕を引き寄せられたうさぎと男の子の距離が近くなる。
 悪しき何かにとり憑かれた男の子の瞳は闇より深く重い瞳をしていた。あまりの深い闇にうさぎの背中に冷や汗が伝う。
 うさぎをまじまじと見ていた男の子はうさぎと視線を合わせるとニタァ、と厭らしく嗤った。

「オマエ、オマエ、すごい『力』持ってル」

 それは自分の中に眠る幻の銀水晶のことだろうか。再び目を付けられた力にうさぎはすでに痺れてしまった痛みを堪えながら空いている腕を男の子の胸を押しかえそうとするが――。

「オマエ、バカか」
「あぁっ」

 その腕さえも取られてしまった。今はコンパクトもない。うさぎに対抗する術はなかった。
 自分の弱さに、情けなさに泣きそうになったとき、何か別の力に引き寄せられた。

「この娘に触れるな」

 力強い声と力にうさぎの身体は包まれた。



   * * *



「っ」

 三日月は急激に意識を覚醒させられた。
 引っ張られるように起きた三日月は辺りを見回す。だが、そこには遠征に出かけている者以外、泥のように寝ている者だけだった。
 おかしな感覚に三日月は首を傾げつつ再び身体の力を抜き壁に寄りかかった。そこへ再び何かが引っかかった。何かが一瞬だが破れるような何かを感じた。

 もう眠っていられなくなった。

 壁に預けていた身体をなんとか起し、かくそくない足で広間を出た。その手にはしっかりと自分の本体である刀剣が握られていた。



 三日月の意識は焦りだす。
 破れたであろう何かは主である審神者に近い結界であった。そして、近づくにつれて濃くなる久しく感じていない愛おしい気配がある。
 何故、何故、と三日月は心で繰り返しながら目的地へと急いだ。
 たどり着いた場所には焦がれた娘が主であろう審神者に捕まっていた。それに、三日月の焦りは一瞬でなくなった。しかし、同時に湧きだしたのは熱い怒りであった。
 沸騰する身体の血潮に三日月は本体を抜刀し駆ける。そして、恋焦がれた娘へと手を伸ばした。

「この娘に触れるな」

 地を這うような低い声が自然と出た。
 うさぎの華奢な腕を掴む手を斬りつけると、三日月はすぐにその細い身体を引き寄せる。
 しっかりと腕の中にうさぎを離さぬように抱き込む。そして、眼前の審神者を見て三日月は目を見張る。
 審神者の周りにとぐろを巻くように黒い渦が放出しだした。その黒い靄は審神者の身体を包む。その姿はまるで敵対している歴史改変主義者に酷似している。だが、それとはまた違う不気味な気配が審神者の周りを揺蕩っている。
 三日月は、本体を握る力を強めしっかりと刃先を何かにとり憑かれてしまった審神者に向ける。
 すると、審神者が血を流す腕をさすりながら立ち上がる。

「ジャマするなぁぁっ!」

 怒号を発し気を放つ審神者に三日月の身体が一瞬跳ねる。そして、本体を持つ腕が震え出し、刀が戦慄く。
 これは、審神者に降ろされた刀剣の反動だろうか。歯向かうなという契約が作動しているのだろう。
 だが、三日月はそれでも刃を反らすことはなかった。それは、腕の中にいる愛おしい存在のため。
 うさぎを抱く力に再び力を入れると。

「三日月さん、あたしは大丈夫、だよ」

 囁くような声で言われた言葉は自然と三日月の耳に届く。
 言葉に誘われるように三日月は腕の中に目を向けると微笑んでいるうさぎと目が合った。
 何故、このような場面で微笑んでいられるのだろうか。得体も知れず、見ず知らずの場所にいるのに何故うさぎは笑っていられるのだろうか。
 三日月が、口を開こうとしたがすぐに意識が目の前の審神者に向かった。
 まるで、刃と刃がぶつかった音が木霊した。
 審神者の武器はないはずなのだが、いつの間にか彼の爪は長く鋭い固いものとなっていた。徐々に審神者の身体が人間から離れていく。
 三日月は一旦体勢を整えると震える手で今一度構え直す。
 審神者から放出される悪しき力に、審神者の影響を少なからず受ける三日月も徐々に影響を受け出す。まだ、数分も経っていないのに。

「っ、」
「三日月さんっ」
「だいじょぶ、だ」

 腕の中で顔を青ざめるうさぎに同じくらい顔を青ざめているだろう顔で三日月は笑って応えた。

「キャハハハ。モウ、この人間ハ、タスカラナイ、もう、モウ、間に合わない。カワイソウナな人間! 付喪神ヲ恐れ、『運命』に抗えナカッタ哀れナ人間! ただただ、己の境遇を嘆クダケの人間! アーアー、哀れ、哀れぇっ!!」

 突然、審神者はこの世とは思えぬ不気味な声で饒舌に語りだす。それは、妖かしにとり憑かれてしまった審神者の心の中だろうか。いつの頃からか、三日月たち刀剣を拒み無理な任務を突きつけるようになった審神者の心の内なのだろうか。
 次から次に出る言葉に三日月の心は仕える主の心が伝わって来る。やはり、どんなに忌み嫌われようと審神者と降ろされた刀剣の目に見えぬ縁は切れないのだろう。
 やりきれない思いが三日月を襲う。
 そのとき、うさぎの顔が手弱女から一変した。だが、それは審神者を見据えていた三日月には見えなかった。



   * * *



「三日月さん、いい?」

 うさぎは、三日月の身体を押す。だが、三日月の腕は離すまいと力を入れた。しかし、その腕が先ほどから震えているのをうさぎは知っていた。

「大丈夫、大丈夫。だから、ね?」

 小さな子に言い聞かせるようにうさぎは柔ら声で言う。その声に、三日月の腕の力が徐々に抜け出す。

「ありがとう」

 力の抜けた腕から抜け出す。うさぎはそのまま恐れることなくとり憑かれている哀れな審神者へと近づく。

「うさぎ……」

 後ろから弱弱しい声で呼ぶ三日月の方を向いてうさぎは再び微笑んだ。
 微笑みかけると三日月は泣きそうな情けないような顔をする。その顔は夢で一度も見たことのない表情だった。
 ひとつ三日月のことを知れたうさぎは場違いにも嬉しくなりつつ前を見据えた。
 そこには相変わらずケタケタ不気味に嗤う男の子。だが、嗤っているはずなのに微かに見える青白くなった頬にはキラキラとした涙の粒が見えたのだ。
 男の子は、悲しいのだろうか。苦しいのだろうか。恐ろしいのだろうか。それとも、寂しいのだろうか。もしかしたらそれらすべて当てはまるかもしれない。だが、当てはまらないのかもしれない。
 先ほどの言葉もとり憑いた何かが勝手に言ったのかもしれない。しかし、男の子にも、定められた〝運命〟というものがあったのだろう。それに抗えなくて、抗う術もなくて、変わらない未来に、現実に絶望してしまったのかもしれない。
 すべてがうさぎの憶測にすぎない。だが、とり憑いた何かが言った言葉にうさぎは無視できなかった。

「あたしにも決められた避けようのない運命みちがあったの」
「ンン?」

 男の子が首を傾げ重く垂れ込む闇色の瞳は探る様にうさぎを見ているような気がした。それは、男の子にとり憑いたモノがさせているのではないだろう。それとも男の子自身の性格なのだろうか。
 うさぎはそのまま男の子に語りかける。

「あたしはあなたと違ってその運命に抗うことも、不満に思うこともなかったの。きっと、このままあたしの知っている未来になって愛した人と産まれてくる愛しい娘と幸せに過ごしていくと思ったの」

 後ろで息を飲む音が聞こえた。
 うさぎは、もちろん三日月も自身のことを夢の中で一切話したことはなかった。話してはいけない、と無意識の中であったのかもしれない。
 それでも、うさぎは話を続ける。男の子が何もしてこない隙に、まだ自我が残っているうちに。

「だけど、変わってしまった。その未来はもう永劫に訪れないけれど……」

 閉ざされた扉はもう二度と開かないだろう。開かずの扉となってしまったのだ。
 そして、それが何故なのかもうさぎはもう気づいていた。いや、気づかないはずがなかった。

「なにが、イイたい?」
「うん。あなたに決められた運命があってもたったひとつのこと――ううん。ちょっとしたことで簡単に変わってしまうの」

 あたしのように、とうさぎは小さく付けたす。決められた運命などは結局のところないのだ。

「あなたも同じ。あなたも、決められた運命みちなんてないよ。だから、まだ絶望しないで。あなたの周りにはきっとあなたを思っている人たちがいるから――諦めないで」

 ひとつ光の粒が男の子の瞳から流れた。

「あ、あ、あ、アアアアアアッ!」
「っ」

 突然の叫びにうさぎは咄嗟に手をクロスさせた。そして、もがみ苦しむ男の子を見る。
 明らかに何かに抵抗しているように見える。抵抗しているのだが、それを覆い尽くすほど力をためた靄が男の子を包もうとしている。
 うさぎは、胸の前に両手を翳した。そして、願った。男の子を助けるために。
 すると、瞬く間にうさぎの両手に淡くだが眩い何かが現れた。それは、聖石――幻の銀水晶であった。

「待っていてね」

 ポツリ、呟くと同時に幻の銀水晶が光った。光の輪は徐々にあたりへ広がり、その場にいる者すべてを包み込んだ。



   * * *



 何か暖かなものに包まれるような気がした。
 あまりの暖かさと優しさに審神者は涙を流した。そして、自分の中に巣食う黒靄が浄化されていく気配を感じた。
 優しい。優しすぎて、危うい。だが、誰もが縋ってしまいたくなるような暖かさ、優しさ、清らかさがあった。
 このような人を誰が助けてやれるのだろうか。誰が、支えてやるのだろうか。しかし、それは審神者にはわからぬこと。
 審神者は、注がれる力に身を任せ意識を手放した。




   * * *



 眩く清らかな光に目を閉じた。まるでうさぎそのものようだ、と三日月は思った。現に、三日月の身体を包んでいく何かは彼女の温もりそのものだからだ。
 あまりにも優しく包み込むような暖かさに三日月はうさぎを想った。
 これほどまでに清らかで、優しく、暖かいうさぎを守る者がいないこと。決してうさぎは弱くはない。だが、彼女は儚い。強い女傑かもしれないが、うさぎは手弱女でもある。
 誰か、誰か、うさぎを支えてほしい。世界が違う三日月にはできない。強くも弱いうさぎを傍で護り支えてほしい。
 だが、三日月は同時に心の隅で自分が出来ればよいと思った。自分が傍で支えたい、と。しかし、やはり叶わない。ならば、この世界にいる間は彼女を護ろう。
 三日月は眩い光の中、手を伸ばした。そして、目を開いた。するとなんと不思議なことか。目の前に華奢な背中があった。強くも小さな背中がそこにあった。
 その華奢な背中に向かい三日月は歩き出し、再び手を伸ばした。
 手を伸ばした三日月はそのままうさぎを包み込んだ。
 淡く煌めく月の光のように、優しく見守る月明りの光のようにうさぎを包み込んだのだった。




2024.07.20 改題、一部修正
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