月の逢瀬

終わりが来て、始まる




 ひとり。今日も一人、うさぎは夢の中に立っていた。
 近頃、見る夢はうさぎ一人が立っているだけ。はらはらと散り行く満開の桜に変わりはない。だが、その光景に三日月は存在しない。
 三日月が夢へと現れなくなって一体何日経つのだろう。だが、今のうさぎにとっては彼が夢へ現れないのは都合がよいのかもしれない。
 うさぎは大木の桜のもとへ行くことなくただ遠くから見つめる。遠くから見る桜も圧巻であるが、どこか寂しく見える。
 それは、うさぎの心に渦巻くものがそうさせているのだろうか。ただただ見つめるだけの桜はやはり美しい。枯れることも満開の花が散りさることもない狂い咲きの夢桜。
 徐々にうさぎは桜を見つめていることが苦しくなった。その場にしゃがみこみ自身の身体を抱く。
 せめて夢くらいはうさぎの心に巣食う苦しみから解き放ってほしい。だが、それはむしろ現実に戻ったときにうさぎの心を余計に苦しませるものとなってしまう。
 せめぎ合う二つの願望にうさぎは強く目を瞑る。
 助けてほしいと思うことはいけないだろうか。この苦しみから解放してほしい。だが、それは背負わなくてはいけない未来から逃げる事だろう。これから、向かわなければいけない現実から逃げることになるだろう。
 誰かに助けを求めたい。その手を伸ばす先には恋人の衛の姿はない。だた、蒼く清く麗しい男性の姿があった。
 おかしい。おかしい。うさぎは頭を振るう。助けを求める先には本来ならば運命の相手というべき相手がいるのではないだろうか。だが、実際にうさぎが求めた先に彼はいなかった。代わりにずっとうさぎの頭の中を占める男性が立っていた。
 これは先その運命の相手だと思っていた相手は現れないだろうということだろうか。いや、助けを求めれば彼は手を差しのばしてくれるだろう。だが、それは運命の相手という立場ではなく。別の立場で。
 うさぎの混乱は夢にも反映し始めているのだろうか。
 狂い咲きの満開の桜が散り始めている。花を咲かせることなくそのまま本来の桜のように散ってゆく。
 はらり、はらり、と一輪、一輪散ってゆく。うさぎの心を反映するように。夢桜が散っていく。
 散り行く花びらの中、うさぎは小さく、小さく何かを呟いた。だが、桜の花びら散る夢の中に溶けて届くことはなかった。



   * * *



 三日月は近頃夢を見られずにいた。
 それは、主である審神者に課された主命があったからだ。
 主命を下された三日月は疲れた身体で再び時空を渡った。そして、敵を殲滅するまで戦い続けた。寝る間も惜しんで戦い続けた三日月に眠る時間などないに等しい状況であった。
 三日月は敵を倒すと森の茂みの中に隠れるように一時休息をとった。
 木にもたれかかると数日分以上の疲れが身体を襲う。忘れていた疲れに三日月は目を閉じることなく息を荒く繰り返す。
 閉じてしまったらそのまま目を覚ますことがなくなりそうであった。それほど今の三日月には辛い状況なのだ。だが、三日月はそう思う傍ら目を閉じ夢の中へ逃げ込みたい衝動に襲われる。
 あの穏やかな時間に三日月は行きたかった。そして、二度と戻りたくないという衝動に幾度となく味わっただろうか。しかし、所詮は夢。夢の中に留まることは不可能。目覚めればそこで終わりなのだ。
 冴えない頭で色々と考え事をした三日月は疲れを吐き出すように深く息を吐きだした。息を吐き出すと同時に口の中に鋭い痛みを感じた。どうやら戦闘中に切ってしまったようだ。微かに口の中に血の味もする。しかし、三日月はもう口の中が血の味がしようと気にすることはなかった。
 三日月は眠らず木々の合間に見える夜空を見上げる。木々の間から見える夜空は満星屑が散り散りとしてあった。

「きれいだな……」

 疲れていても美しいものを美しいと思える心が残っていたことに三日月は驚いた。そして、この美しい景色をうさぎにも見せたいと思った。
 満開の桜も美しいと思うが、このような美しい夜空も二人身を寄せ合って見上げたいものだ。
 三日月はその光景を浮かべるだけで心が躍った。疲れていた身体が嘘のように軽くなったように感じた。
 なんと現金なことだろう。三日月は、自分の思考に笑う。

「あと、もうひと踏ん張り、か」

 微かに感じた気配に三日月は木を支えに立ち上がる。そして、刀を振り回すのには向かない森を出るように動く。
 その動きは先ほどまで疲れ切った顔をしていた三日月とは思えぬほどの素早いものだった。

「さぁ、いくぞ」

 三日月は広い場所に出て歴史を改変とする『敵』に立ち向かった。



   * * *



「うさぎさん。今日はお呼びしてしまいすいません」
「い、いいえ」

 うさぎは、冥王せつなを前にして身体を緊張で固まらせていた。
 一体何を言われるのだろうか、と考えるとやはりある一つのことしか浮かばない。
 指摘されるであろうことにうさぎの心臓はキャパオーバーを起しそうであった。静まらない心臓にうさぎはしきりにせつなを見ていると。

「うさぎさん。ここのマカロン付ショートケーキ人気メニューみたいですよ」

 にこりと微笑まれうさぎは緊張していた身体が解かれた。そして、提示されたメニューにうさぎは目を輝かせた。

「ほんと、おいしそう……」
「呼び出したお礼にどうぞ好きなメニューを頼んでください」
「え、そんな」

 遠慮がちに言ってみるがせつなは一歩も引かなかった。
 ならば、とうさぎは先ほどの店の人気メニューを一つ頼んだ。せつなはというと紅茶を一つ頼んだだけでやはりうさぎは居心地が悪かった。



「ほんと、可愛い!」

 しばらくすると注文したメニューが届きうさぎの前に苺が艶々としたショートケーキと別皿にピンクと黄色いマカロンが置かれた。せつなの前には紅茶が置かれた。
 さっそく食べようかと思ったがうさぎはせつなが呼び出したにも関わらず話し出す気配がない。やはり、気になる。
 うさぎは目で訴えるようにせつなを見る。すると、せつなは困ったような、なんとも言えない微笑みとなった。

「もう少し貴女様がほぐれてからと思ったのですが……よろしいですか?」
「はい。きっとせつなさんが言いたいことわかるような気がしますから」

 うさぎは真っ直ぐ逸らすことなくせつなを見て言う。
 見つめられたせつなは一度優しくうさぎを見ると、時空の番人のプルートとしての顔を表した。
 せつながプルートとしての顔を表したことにうさぎは姿勢を正す。そして何を言われても言いように身構える。

「先日、今まで繋がっていた未来への扉が閉ざされてしまいました」
「っ」

 繋がっていた未来への扉と言うのはうさぎと衛が共に存在する時間の先にあった未来のことだろう。

「うさぎさん。閉ざされただけであって消滅はいたしていません」
「え、それって?」

 うさぎは、困惑気味にせつなの顔を見る。

「誰にも入れぬようになっただけです。きっと、この私でさえ入れない扉になってしまったのだと思います」
「せつなさん、それはどういう意味なの?」

 言っていることがいまひとつ理解できない。うさぎは、首をかしげてせつなを見た。

「以前の扉は並行世界となってしまったのではないかと私自身考えています。今まで繋がっていた扉の代わりに別の扉が今出現いたしました。そこは、いまだに入ることはできません。これは、憶測ですが、これから貴女様が歩む道なのだと私――そして、外部戦士たちは考えております」

 せつなの口から紡がれた言葉にうさぎは言葉を失った。新しい道ができたということは別に未来がうさぎに用意されたとなる。
 色々なことがとどめなくうさぎに襲いかかってくる。
 呆然とするうさぎにせつなは優しくどこか悲しく寂しく語り掛ける。

「プリンスとの間に何か心当たりがあるのですね……」
「あ、うん、あたし、あたしっ」

 未来を変えてしまった。確固たる未来を変えてしまった。うさぎは、そもそも衛に言われた言葉すらいまだに自分の中で解消できずにいたのだ。
 そして、とどめと言うべき未来の変換にうさぎは狼狽する意外なかった。

「うさぎさん。うさぎさん。私たちは、貴女様、プリンセスを否定しません。ですが、何かあったのでしたらどうか話してください。私たちも、もちろん内部戦士たちも貴女様を決して嫌うなどしません」

 優しくかけられた言葉にうさぎは答えることはできなかった。
 答えられないうさぎにせつなはこれ以上何か告げることはなかった。
 うさぎ自身、この後どのようにして家に帰ったかもわからぬほど混乱した。そう夢も見られないほどに。



   * * *



 三日月は、久方ぶりの夢を見た。
 本丸に帰還した後、報告をすると倒れそのまま気を失うように眠りについた気がする。
 だが、久方ぶりに見た夢の世界はあまりにも悲しく色を変えていた。

「何があった……」

 はらり、はらりと散り行く花びらに三日月は辺りを探る。だが、待ち人はいない。いつもならすぐに見つかる娘はいなかった。

「まぁ、気長に待つか」

 口にしてみたもののやはり寂しい。そして、恋しい。
 三日月は、野宿をしたときのように散っていく桜の大木に身体をあずけ座り込む。
 はらはら、と散って来る桜は美しくも切ない思いをわかす。以前は、一人でいてもこのようなことは思いもしなかったのに。
 出逢ってしまったのがいけなかったのだろうか。だが、出逢ったことに後悔はしていない。だが、寂しさや恋しさが胸を占めて苦しい。
 恋しい、恋しい。傍にあの娘がいないだけで三日月の心は苦しくなってくる。
 心臓の上に手を置き三日月は苦しくなっていく己の心を掴む。

「早く逢いたいなぁ」

 見上げればそこには桜の花びらがはらり、はらりと散っていた。
 三日月の夢のはずがまるで誰かの心を移すように桜の花びらは舞っていた。

 狂い咲きの夢桜が散るのは何かの前触れか。そして、現れた別の道へと続く扉はどこへ繋がっているのだろうか。
 娘の定められた運命が今変わろうとしている。だが、娘はその変わろうとしている運命に怯え、困惑するばかりなのであった。



2024.07.20 改題、一部修正
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