夢路のあなた
待ち遠しい人
今日も目を開ければ、薄紅色の花びらがうさぎの前を緩やかに舞っていた。
舞う桜の花びらはいつもの夢であることを告げる。それだけで、うさぎの心は楽しげに跳ねる。
うさぎは、すぐに花びらを散らせる枯れることない桜の大木のある方を向く。
「三日月さ~んっ!」
桜の大木のある方を向けば、そこには麗しい男性の三日月宗近が居た。
彼の名前を叫べば同じように緩やかに手を振り返してくれる。それだけのやり取りがうさぎは楽しくてドレスの裾を持ち上げて三日月に向かって走り出す。
「あっ」
あと少しで、三日月のもとへ着くというときに上げきれなかったドレスの裾に足を取られた。前のめりに倒れる身体にうさぎは次にくる痛みに備えるように目を強く瞑った。しかし、その衝撃はやってこなかった。
「まことにそなたはお転婆だな」
上から降りてくる声にうさぎはそろそろと目を開ける。そこには、最近見慣れた装具が飛び込んできた。
「うさぎ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございましたぁ!」
顔を上に上げれば整った美しい三日月の顔が間近にあった。うさぎは、急激に湧き上がる羞恥に腕を突っぱねて離れる。
いくら綺麗な顔を見慣れているうさぎでも三日月の顔を間近で見るのは心臓に悪かった。暴れる心臓の上に手をやりながら深呼吸を繰り返した。
「あ、あの三日月さんは、大丈夫だった?」
「ん。そなたのように軽い娘を受け止めたくらいでどうにかなる身体ではないぞ」
にこやかに微笑む三日月にうさぎは一度心臓を跳ねさせる。
このように心臓に悪いことは久々の出来事なのではないだろうか。
「うさぎ、大丈夫か?」
「あ、うん。だ、大丈夫、なんとか」
「そうか?」
途端に心配げに柳眉を下げて尋ねる三日月にうさぎは必死に安心させるように頷き返した。
大丈夫、大丈夫を繰り返しながらうさぎは三日月を手招き歩き出す。呼ばれた三日月は歩きだしうさぎの隣に立ち歩く。そして、二人は大木の根元に座り他愛もない話をするのだ。二人は、あの出逢った日からこうして他愛もない話をする。桜が二人を隔てるまでただ二人は話すのであった。
* * *
三日月は隣で楽しげに話すうさぎの表情を、声を、楽しんでいた。もちろん、彼女の話す内容も聞いている。だが、それ以上に彼女の万華鏡のようにくるくると変わる表情に声が楽しくて三日月にはしょうがなかった。
ほんとうに出逢ったあとに再び出逢えるとは思ってもみなかった。そして、こうして名前を呼び合い、他愛もない話をできるようになるとは三日月は思いもしなかった。
この夢の時間はより三日月にとって大切なものへとなった。そして、この夢が終わらないことをつい願ってしまうのだ。
「ちょっと~、三日月さん聞いてる~?」
「聞いている、聞いている」
途端にぶすりと不満そうに顔を変えるうさぎ。先ほどまではキラキラと眩い光を放ちながら菓子について話していたのに。
三日月はもちろんしっかりうさぎの話を聞いている。だが、適当に感じる相槌にうさぎはさらに胡散臭げに目を細めるのだった。
「ふぅ~ん。じゃ、今あたしなんの話をしていたと思う?」
「あれだろ。新しくできたかふぇのぱふぇの話しだろ。今度、友人たちを食べに行くのだと」
言い当ててみればうさぎの表情は先ほどの不満げな顔を消し去った。「あたり!」と嬉しそうにまた話し出す。
くるくると彼女の顔は本当に万華鏡。ずっと見ていても飽きることのない娘。
「あ! あたしばかり話しているけど、三日月さんのお話も聞いてみたい!」
突然、話をやめたうさぎに三日月はたじろぐ。
三日月は、うさぎのように相手を楽しませるものがない。刀として過ごしてきたときのことも、身体を手に入れてからのことも。うさぎに楽しませるようなものはなにもない。
「三日月さん?」
「俺は、そなたに話せるものは、ない……」
言って三日月は俯いた。うさぎと違い三日月には天下五剣とその中でも最も美しいという称号しかなかったように思える。あるとしても刀として見て来た人間という生き物のことくらいしかない。
「う~ん。本当に? お友達のお話とか、好きな物とかのお話とかでもいいんだよ?」
そう言われると三日月の頭に浮かぶのは、まだボロボロになる前の穏やかに話していた仲間とのやり取りだった。あの頃は、今のように主である審神者の無理な出陣命令も、遠征命令もなかった。まだ、穏やかだった頃に交わした他愛もないやり取り。
「では、そなたにはつまらんかもしれんが、俺の仲間の話をしてもよいか?」
「うん! あたしもずっと三日月さんのお話訊きたかったんだよねぇ。いつもあたしばかりで三日月さんも飽きちゃうんじゃないのかってね」
「そんなことない」
飽きるわけないと三日月はうさぎの放った言葉を否定する。俯いていた顔をあげ三日月は彼女の青い瞳を見つめて念を押すようにもう一度言う。
「そんなことはないぞ」
「あ、そ、それならよかった、かなぁ」
戸惑いながらなぜか顔を赤くするうさぎに三日月は少し首を傾げる。
「どうした」
「な、なんでもないよ。じゃ、さっそく三日月さんのお話聞かせてほしいなぁ」
「ああ。念を押して言うがつまらんからな」
「はい、は~い」
適当なうさぎの相槌に苦笑しながら三日月はぽつりぽつりたどたどしく話しだしたのだった。まだ、穏やかだったころの話を。
* * *
「うさこ。最近、楽しそうだな」
「やだな。まもちゃん、あたしは最近じゃなくても毎日楽しいよ!」
久々に恋人である衛とのデートにうさぎはいつになくご機嫌であった。そして、うさぎは衛とのデートを楽しむ傍ら自然と三日月のことがあたまにあった。彼とまた会ったときに次はこの話をしよう、と。すると、すべてがいつも以上に楽しいような錯覚に陥る。
だからだろうか楽しげなうさぎの横顔を衛がどこか寂しげに見ているのにも気づかなかった。
しばらくショッピング等を楽しんだ二人は公園へと向かった。夕方の公園には、家族は減り、恋人の男女が増えていた。
うさぎは、今日の出来事をひとつひとつ思い出ししっかりと記憶に書き込んだ。そして、三日月に早く話したくて仕方なかった。
「うさぎ……」
「ん。何、まもちゃん」
噴水を眺めているとふいに呼ばれうさぎは衛の方を見る。
思いのほか近くにあった衛の顔。徐々に近づいていく顔にうさぎは衛を受け入れようと瞼を閉じようとした瞬間。
「う、さこ?」
「あ、ご、ごめん」
うさぎは衛の身体を押していた。結果としてうさぎが衛の口づけを拒んだ形になってしまった。
恋人の口づけを拒否する反応にうさぎは戸惑う。何故、今口づけを拒んだのだろうかと。そして、頭に過った三日月の顔が再び浮かぶ。
何故、とうさぎの頭が混乱に陥っていると衛が苦笑をしてこちらを見ていた。
「うさぎ。実は、今日話したいことがあったんだ」
「え?」
突然の告白にうさぎは衛を見上げる。
「また、留学が決まったんだ」
「そ、そうなの! おめでとう! なら、早く言ってくれればお祝いになにか用意したのに!」
先ほどまでの混乱を押し込めようとうさぎは一生懸命そちらに思考を追いやった。そして、戸惑う気持ちの中、彼を祝う気持ちが湧き上がって来る。
「今日、お前と楽しく過ごせたからいいよ。それだけで……」
「まも、ちゃん?」
妙な彼の言い方にうさぎは戸惑う視線を送る。
その視線を受けた衛はただ曖昧に笑った。そして、告げられた言葉にうさぎは目を見張ると唇を戦慄かせた。
* * *
三日月は、出陣で疲れた体を引きずりながら本丸へと帰還した。
早く身体を休めたいと足を動かしていると、何か微かな声が三日月の耳に届いた。
「三日月さん、どうしたんだい?」
「ん。何でもない」
同じく出陣し疲れ果てた燭台切光忠に声をかけられ首を横に振る。
微かに耳に届いた声は、夢で逢瀬を躱すうさぎのものと酷似していたように思う。だが、あまりにも小さすぎて聞こえたのかさえ不確かなものだ。しかも、娘は夢の人。三日月の世界にまで声など届くはずがない。
とうとう自分自身が幻聴を聴くまで突かれてしまったのかと笑っていると。
「三日月。『主』が呼んでいるよ」
「……相、わかった」
自分と同じくらいそれ以上に疲れ青白い顔をしている歌仙兼定に頷く。すると、歌仙は「すぐに行ってくれ」と付け足すと身体をふらつかせながら広間へと戻って行った。
三日月は小さく息をつき足を引きずりながら主がいるのであろう奥部屋に向かった。
襖越しに三日月が「主」と呼ぶと。襖越しに動く気配を感じた。だが、その気配は決して部屋から出てこようというものではなかった。
襖の前で止まった主の気配に三日月は静かに話し出すのを待つ。
「三日月宗近……お前に単騎出陣を命じる。尚、これは主命だ。貴様に拒否権はない」
震えている声はいまだ青年になりきれていない幼さが感じられる。
ふと、しばらく見ていない主の歳を考えた三日月はうさぎと主は同じ年くらいであったことを思い出した。
「おいッ! 三日月宗近ッ! 聞いているのかッッ!」
「うむ。主命、引き受けた」
「っ、ならば、さっさと戻れッ!!」
苛立ったように叫ぶ主に三日月は静かにその場を立ち去った。
降ろされた頃より、どこか冷たく冷めた印象の主たる審神者は無理な出陣を繰り返す。審神者によって初めて降ろされたとされる最古参の歌仙の声すらもう届かない。
突然の変わりように多くの刀剣たちは戸惑い。そして、戸惑いながら現状を受け入れていた。
変わってしまった審神者を三日月たち刀剣には何もできない。そして、三日月は課された主命に目を閉じた。
三日月は今すぐにあの桜満ちる愛しき娘のいる場所へ飛ばされたかった。だが、その願いは叶うことなく三日月は再び出陣するために門へと足を向けた。
時代を越えて逢瀬を重ねる二人。縁は二人を徐々に強く結びつけようとしている。そして、同時に、娘に結ばれた確固たる縁が解かれ出した。
それは、娘の定められた運命の歪みの証明。これから先、強固に定められた運命は道を変え動き出す。
2024.070.20 改題、一部修正
今日も目を開ければ、薄紅色の花びらがうさぎの前を緩やかに舞っていた。
舞う桜の花びらはいつもの夢であることを告げる。それだけで、うさぎの心は楽しげに跳ねる。
うさぎは、すぐに花びらを散らせる枯れることない桜の大木のある方を向く。
「三日月さ~んっ!」
桜の大木のある方を向けば、そこには麗しい男性の三日月宗近が居た。
彼の名前を叫べば同じように緩やかに手を振り返してくれる。それだけのやり取りがうさぎは楽しくてドレスの裾を持ち上げて三日月に向かって走り出す。
「あっ」
あと少しで、三日月のもとへ着くというときに上げきれなかったドレスの裾に足を取られた。前のめりに倒れる身体にうさぎは次にくる痛みに備えるように目を強く瞑った。しかし、その衝撃はやってこなかった。
「まことにそなたはお転婆だな」
上から降りてくる声にうさぎはそろそろと目を開ける。そこには、最近見慣れた装具が飛び込んできた。
「うさぎ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございましたぁ!」
顔を上に上げれば整った美しい三日月の顔が間近にあった。うさぎは、急激に湧き上がる羞恥に腕を突っぱねて離れる。
いくら綺麗な顔を見慣れているうさぎでも三日月の顔を間近で見るのは心臓に悪かった。暴れる心臓の上に手をやりながら深呼吸を繰り返した。
「あ、あの三日月さんは、大丈夫だった?」
「ん。そなたのように軽い娘を受け止めたくらいでどうにかなる身体ではないぞ」
にこやかに微笑む三日月にうさぎは一度心臓を跳ねさせる。
このように心臓に悪いことは久々の出来事なのではないだろうか。
「うさぎ、大丈夫か?」
「あ、うん。だ、大丈夫、なんとか」
「そうか?」
途端に心配げに柳眉を下げて尋ねる三日月にうさぎは必死に安心させるように頷き返した。
大丈夫、大丈夫を繰り返しながらうさぎは三日月を手招き歩き出す。呼ばれた三日月は歩きだしうさぎの隣に立ち歩く。そして、二人は大木の根元に座り他愛もない話をするのだ。二人は、あの出逢った日からこうして他愛もない話をする。桜が二人を隔てるまでただ二人は話すのであった。
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三日月は隣で楽しげに話すうさぎの表情を、声を、楽しんでいた。もちろん、彼女の話す内容も聞いている。だが、それ以上に彼女の万華鏡のようにくるくると変わる表情に声が楽しくて三日月にはしょうがなかった。
ほんとうに出逢ったあとに再び出逢えるとは思ってもみなかった。そして、こうして名前を呼び合い、他愛もない話をできるようになるとは三日月は思いもしなかった。
この夢の時間はより三日月にとって大切なものへとなった。そして、この夢が終わらないことをつい願ってしまうのだ。
「ちょっと~、三日月さん聞いてる~?」
「聞いている、聞いている」
途端にぶすりと不満そうに顔を変えるうさぎ。先ほどまではキラキラと眩い光を放ちながら菓子について話していたのに。
三日月はもちろんしっかりうさぎの話を聞いている。だが、適当に感じる相槌にうさぎはさらに胡散臭げに目を細めるのだった。
「ふぅ~ん。じゃ、今あたしなんの話をしていたと思う?」
「あれだろ。新しくできたかふぇのぱふぇの話しだろ。今度、友人たちを食べに行くのだと」
言い当ててみればうさぎの表情は先ほどの不満げな顔を消し去った。「あたり!」と嬉しそうにまた話し出す。
くるくると彼女の顔は本当に万華鏡。ずっと見ていても飽きることのない娘。
「あ! あたしばかり話しているけど、三日月さんのお話も聞いてみたい!」
突然、話をやめたうさぎに三日月はたじろぐ。
三日月は、うさぎのように相手を楽しませるものがない。刀として過ごしてきたときのことも、身体を手に入れてからのことも。うさぎに楽しませるようなものはなにもない。
「三日月さん?」
「俺は、そなたに話せるものは、ない……」
言って三日月は俯いた。うさぎと違い三日月には天下五剣とその中でも最も美しいという称号しかなかったように思える。あるとしても刀として見て来た人間という生き物のことくらいしかない。
「う~ん。本当に? お友達のお話とか、好きな物とかのお話とかでもいいんだよ?」
そう言われると三日月の頭に浮かぶのは、まだボロボロになる前の穏やかに話していた仲間とのやり取りだった。あの頃は、今のように主である審神者の無理な出陣命令も、遠征命令もなかった。まだ、穏やかだった頃に交わした他愛もないやり取り。
「では、そなたにはつまらんかもしれんが、俺の仲間の話をしてもよいか?」
「うん! あたしもずっと三日月さんのお話訊きたかったんだよねぇ。いつもあたしばかりで三日月さんも飽きちゃうんじゃないのかってね」
「そんなことない」
飽きるわけないと三日月はうさぎの放った言葉を否定する。俯いていた顔をあげ三日月は彼女の青い瞳を見つめて念を押すようにもう一度言う。
「そんなことはないぞ」
「あ、そ、それならよかった、かなぁ」
戸惑いながらなぜか顔を赤くするうさぎに三日月は少し首を傾げる。
「どうした」
「な、なんでもないよ。じゃ、さっそく三日月さんのお話聞かせてほしいなぁ」
「ああ。念を押して言うがつまらんからな」
「はい、は~い」
適当なうさぎの相槌に苦笑しながら三日月はぽつりぽつりたどたどしく話しだしたのだった。まだ、穏やかだったころの話を。
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「うさこ。最近、楽しそうだな」
「やだな。まもちゃん、あたしは最近じゃなくても毎日楽しいよ!」
久々に恋人である衛とのデートにうさぎはいつになくご機嫌であった。そして、うさぎは衛とのデートを楽しむ傍ら自然と三日月のことがあたまにあった。彼とまた会ったときに次はこの話をしよう、と。すると、すべてがいつも以上に楽しいような錯覚に陥る。
だからだろうか楽しげなうさぎの横顔を衛がどこか寂しげに見ているのにも気づかなかった。
しばらくショッピング等を楽しんだ二人は公園へと向かった。夕方の公園には、家族は減り、恋人の男女が増えていた。
うさぎは、今日の出来事をひとつひとつ思い出ししっかりと記憶に書き込んだ。そして、三日月に早く話したくて仕方なかった。
「うさぎ……」
「ん。何、まもちゃん」
噴水を眺めているとふいに呼ばれうさぎは衛の方を見る。
思いのほか近くにあった衛の顔。徐々に近づいていく顔にうさぎは衛を受け入れようと瞼を閉じようとした瞬間。
「う、さこ?」
「あ、ご、ごめん」
うさぎは衛の身体を押していた。結果としてうさぎが衛の口づけを拒んだ形になってしまった。
恋人の口づけを拒否する反応にうさぎは戸惑う。何故、今口づけを拒んだのだろうかと。そして、頭に過った三日月の顔が再び浮かぶ。
何故、とうさぎの頭が混乱に陥っていると衛が苦笑をしてこちらを見ていた。
「うさぎ。実は、今日話したいことがあったんだ」
「え?」
突然の告白にうさぎは衛を見上げる。
「また、留学が決まったんだ」
「そ、そうなの! おめでとう! なら、早く言ってくれればお祝いになにか用意したのに!」
先ほどまでの混乱を押し込めようとうさぎは一生懸命そちらに思考を追いやった。そして、戸惑う気持ちの中、彼を祝う気持ちが湧き上がって来る。
「今日、お前と楽しく過ごせたからいいよ。それだけで……」
「まも、ちゃん?」
妙な彼の言い方にうさぎは戸惑う視線を送る。
その視線を受けた衛はただ曖昧に笑った。そして、告げられた言葉にうさぎは目を見張ると唇を戦慄かせた。
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三日月は、出陣で疲れた体を引きずりながら本丸へと帰還した。
早く身体を休めたいと足を動かしていると、何か微かな声が三日月の耳に届いた。
「三日月さん、どうしたんだい?」
「ん。何でもない」
同じく出陣し疲れ果てた燭台切光忠に声をかけられ首を横に振る。
微かに耳に届いた声は、夢で逢瀬を躱すうさぎのものと酷似していたように思う。だが、あまりにも小さすぎて聞こえたのかさえ不確かなものだ。しかも、娘は夢の人。三日月の世界にまで声など届くはずがない。
とうとう自分自身が幻聴を聴くまで突かれてしまったのかと笑っていると。
「三日月。『主』が呼んでいるよ」
「……相、わかった」
自分と同じくらいそれ以上に疲れ青白い顔をしている歌仙兼定に頷く。すると、歌仙は「すぐに行ってくれ」と付け足すと身体をふらつかせながら広間へと戻って行った。
三日月は小さく息をつき足を引きずりながら主がいるのであろう奥部屋に向かった。
襖越しに三日月が「主」と呼ぶと。襖越しに動く気配を感じた。だが、その気配は決して部屋から出てこようというものではなかった。
襖の前で止まった主の気配に三日月は静かに話し出すのを待つ。
「三日月宗近……お前に単騎出陣を命じる。尚、これは主命だ。貴様に拒否権はない」
震えている声はいまだ青年になりきれていない幼さが感じられる。
ふと、しばらく見ていない主の歳を考えた三日月はうさぎと主は同じ年くらいであったことを思い出した。
「おいッ! 三日月宗近ッ! 聞いているのかッッ!」
「うむ。主命、引き受けた」
「っ、ならば、さっさと戻れッ!!」
苛立ったように叫ぶ主に三日月は静かにその場を立ち去った。
降ろされた頃より、どこか冷たく冷めた印象の主たる審神者は無理な出陣を繰り返す。審神者によって初めて降ろされたとされる最古参の歌仙の声すらもう届かない。
突然の変わりように多くの刀剣たちは戸惑い。そして、戸惑いながら現状を受け入れていた。
変わってしまった審神者を三日月たち刀剣には何もできない。そして、三日月は課された主命に目を閉じた。
三日月は今すぐにあの桜満ちる愛しき娘のいる場所へ飛ばされたかった。だが、その願いは叶うことなく三日月は再び出陣するために門へと足を向けた。
時代を越えて逢瀬を重ねる二人。縁は二人を徐々に強く結びつけようとしている。そして、同時に、娘に結ばれた確固たる縁が解かれ出した。
それは、娘の定められた運命の歪みの証明。これから先、強固に定められた運命は道を変え動き出す。
2024.070.20 改題、一部修正
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