夢路のあなた

出逢う二人



「うさぎちゃん、うさぎちゃんったら!」
「ふぇえ?」

 ぼんやりと教室の窓から見える葉桜になりかけの桜を眺めていた。うさぎは揺さぶられた身体に間抜けな声を出しつつ呼ばれた方に顔を向ける。
 顔を向けた先には呆れ顔の愛野美奈子が立っていた。腰に手を当てた美奈子はずいっとうさぎとの距離を縮めた。
 あまりの近さに自然と身体をのけ反らす。

「な、なぁに?」
「うさぎちゃん、近頃ぼんやりしていること多すぎじゃない?」

 ジトリ、探られるような目で見られたうさぎはキョドキョド視線をさ迷わせた。

「怪しい。なぁんか、あたしたちに隠してるんじゃないの?」
「べ、別に隠し事なんかないよ」

 据わった目で見られながら脳裏に夢の男性が掠めた。だが、うさぎは頭を振ることでその男性を頭から追い出す。
 別に夢のことならば話してしまってもよいのではないかと思う。だが、その一方で話してはいけないと思う自分がいる。
 隠し事はない、と言ったのにも関わらず罪悪感が込み上げるうさぎは美奈子の視線から逃げるように窓の外を見た。
 窓の外には、すでに葉桜となった桜が数本あるばかりだ。夢で見る桜は立派な大木で不思議なくらい桜を咲き誇らせていたのに。

「うさぎちゃん。本当に何か悩みでもあったらいつでも相談してね……」
「うん。でも、今は本当に悩みとかないから!」

 逃げ出した視線を戻し元気よく言えば、先ほどの元気な美奈子はいなかった。立っている美奈子の表情はどこか寂しげでうさぎの心臓を突いた。
 本当に、悩み事はない。だが、うさぎの胸にあるわだかまりはいったいなんなのだろうか。
 その考えの行きつく先はやはりあの夢の麗しい男性なのであった。



   * * *



 今日も三日月は夢を見た。
 相変わらず三日月は大木の枯れることのない桜の下に立っていた。そして、三日月は辺りを探りいつもの娘を探す。その娘を見つけ出した。
 いつもはしばらく経ってから現れる娘に三日月は夢の変化を感じた。
 清らかな娘は、桜の散る中に佇んでいる。
 舞う桜と純白の衣を身に纏い黄金色の長い髪はよく似合う。そのすべてがまるで一枚の絵のようで三日月は見惚れていた。
 娘に見惚れていると三日月はいつものように足を踏み出した。
 いつもの夢ならば娘を隔てるように桜が舞い壁を作るのだが、今日の桜は緩やかに舞っているだけだった。
 三日月はもう一度前へと足を進める。すると、いつの間にか清廉な娘がこちらを見ていた。すると清廉な娘は純白の衣を風になびかせながら足を進め始めた。
 お互いゆっくりと、ゆっくりと歩み寄る。それを今宵の桜は邪魔しない。なんの気まぐれだろうか。
 逸る心臓を落ちつかせながら三日月は娘へと近づいていく。そして、同じように娘もまた三日月に近づいてくる。
 お互いゆっくりと近づきとうとうお互い腕を伸ばせば触れ合えるほどまで近づいた。
 三日月はようやく娘の前へと立てた喜びが湧き上がる。同時に娘の内から溢れ出るような清らかな気と無垢な瞳に惹きつけられた。透き通るような青い瞳も、汚れをしらないよう白い肌も何もかもが惹きつけてやまない。
 天下五剣の中でも最も美しいと評される三日月など足元にも及ばないほど、目の前の娘は美しい。
 娘の美しさに酔いしれていると娘の血色のよい小さな唇が動く。

「あの、えっと、あなたいつもあたしの夢に出てきていますよね」
「なんと、これは俺の夢ではないのか?」

 三日月が咄嗟に答えれば娘の丸い瞳がさらに丸くなる。

「う、ウソ! こ、これ、あたしの夢じゃないの!」

 先ほどまでの淑やかな娘が忙しなく慌てだす。
 淑やかで神々しささえ醸し出していた娘の変化に今度はこちらが目を丸くさせる番だった。そして、その変化さえ三日月は娘の違う姿を見られたことで口元が緩む。

「そう慌てるな」
「う、え、あ、はい」

 畏まったように頷く娘に三日月は喉を震わせて笑った。
 途端に、娘も気恥ずかしそうに白い肌を赤く染め上げ指をもじつかせた。

「娘よ。ちと、俺と話をしてはくれまいか?」
「え、う、うん。いいですよ。あたしも話してみたかったから」

 微笑む娘は先ほどの名残で頬を赤らめながら言う。はにかむ娘の愛らしさに三日月は自然と心が和いでいくのを感じた。

「さ、娘よ」

 三日月は娘に手を差し出した。
 何回か娘は、三日月の手と顔を行き来するとそっと優雅に手を添えた。その優雅さは、先ほどの慌てる姿とかけ離れていて三日月は面白い娘だ、と心の中で呟いた。

「あの桜の下へ行こう」
「あたし、夢で見る度に行ってみたかったの!」

 娘を先導するように三日月が歩き出せば、娘は眩しい笑顔で言う。そして、鼻歌交じりに楽しそうに歩き出した。
 三日月も、その娘の楽しそうな様を微笑ましく見つめた。同時に三日月はこの娘の余りの眩しさに目を細めたのだった。



 ***



 うさぎは見上げる桜の木の立派さ、そして舞い散る花びらに見惚れた。遠くから見ていたときも美しいと思っていた桜は間近で見ると美しさに圧倒される。

「ははは。そんなに口を開けて見上げていると花びらを食ってしまうのではないか」
「え、あ」

 夢で見かけていた麗しい男性に言われた恥ずかしさにすぐに口を閉じた。そして、うさぎは桜から視線を目の前の男性へと移す。
 男性は間近で見ても麗しい人であった。男女を越えたその麗しく美しい人に間近で見たときは見惚れてしまった。さらに遠目からは男性であると怪しい認識しかできなかったが、間近で見ると意外と背が高く男らしい体格をしている。
 他に特徴と言えば古めかしい喋り方だろうか。まるでうさぎが想像する平安時代の貴族のようだ。

「そなたのような娘に見つめられると穴が空いてしまうな」

 優雅に袖で口元を隠しながら言われうさぎは見つめすぎていることを悟る。

「ご、ごめんなさいっ!」

 すぐに頭を下げて謝ると再び古めかしい笑い声が静かに響いた。

「いや。いや。すまん。ほれ、頭を上げろ」

 からわれているのだろうか、うさぎはゆっくりと頭をあげる。そこには相変わらず桜が似合う麗しい男性がいる。だが、その男性の表情がいつも遠くから見ている表情と違うのにうさぎは気づいた。
 いつも憂い儚い印象があったその男性の顔が今日は楽しげに微笑んでいるのだ。

「なんだ?」
「今日は楽しそうな顔しているなって思って」

 素直に思ったことを口にすると男性は目を丸くさせて驚いた顔をする。

「そう、か?」
「うん。いつも私が見ていたのと違うか、な?」

 うさぎは男性と同じように首を傾げる。
 二人して首をかしげていると男性は再びくすくすと笑いだした。

「そうか。今日の俺は、そんなに違うか」
「うん。今の方がもっと綺麗……あ!」

 今の方が綺麗というのは、思っていたことだ。だが、男性に直に綺麗と言うのは些か失礼だろう。
 うさぎは咄嗟に口を閉じるものの、男性は気を悪くした様子は見せない。むしろ、先ほどより楽しそうに破顔している。

「不思議な人……」
「俺から見たらそなたも不思議な娘だがな」

 目じりを下げる男性の顔にうさぎの心のふわふわした感覚は収まらない。
 一体、この浮遊感は何なのだろうか。ずっと、誰なのか知りたかった男性と話せたことでうさぎは満足なはずだ。なのに、このふわふわとした感覚が無くならない。
 しばし、見つめ合っているといつかの夢のように舞う桜の花びらの量が増えていく。

「どうやら、終わりのようだ」
「そんな……」

 男性の顔が途端に悲しそうに染まる。
 その表情に、うさぎは胸が張り裂けそうになった。まだ、少ししか話していないのに。何もまだ男性のことを知らないのに。うさぎの目じりが熱くなる。
 徐々にうさぎと男性を隔てる桜は増えていく。そして、花びらの微かな隙間に男性の微かに揺れる瞳とぶつかる。その切なさにうさぎの胸は悲鳴をあげた。



   * * *



「三日月、起きたまえ」
「ん、」

 三日月はゆっくりと目を開く。そこにはいつものように疲れたように眠る仲間が飛び込むのかと思いきや違った。疲れた身体で動く仲間たちがいた。

「出陣か? 遠征か?」
「どちらもだ」
「そうか」

 石切丸に言われ三日月は疲れの残る身体を動かす。壁伝いに立てば広間の様子が目に映る。皆、どこか疲れきった顔をしている。きっと、三日月も同じなのだろうと見ていると。

「なにか、よい夢をみたのかな?」
「ん?」
「幸せそうだったからね」

 横を向けば石切丸も小さく笑みを浮かべていた。
 それに三日月も笑いながらああ、と小さく頷いて歩き出した。そこで、ふいに足を止めた。

「名……」

 訊くのを忘れた、と。だが、別に名前を訊いたからどうしようなどとは思わない。ただ、この口で娘の名前を呼びたい。

「訊いてみるか」

 次に、と最後に口にして三日月は笑った。

「次があるというのか……はは」

 乾いた笑いしか出なかったが三日月はまた彼の娘に出逢えると信じているのだ。そして、それを疑わない自分が可笑しくてたまらなかった。

「三日月、笑ってないで行くよ」
「相、わかった」

 石切丸に呼ばれ三日月は悲惨な惨状の中を歩き出した。



   * * *



「うさぎちゃん! 起きなさい!」
「ふぎゃっ」

 バシ、と叩かれた額にうさぎは目を覚ました。そして、起きてすぐに飛び込んできたのはルナであった。ルナは、朝から呆れた顔をしてうさぎの額をしっぽで叩く。

「ちょ、ルナ! 起きるって、起きるから!」

 飛び跳ねるようにして起きたうさぎはもう、とルナをジトっと見つめる。しかし、ルナにその視線は訊かない。緩やかに尻尾を振るルナが支度を急かしだす。

「言われなくてもするわよ」

 悪態を付きながらうさぎはクローゼットへと向かう。
 パジャマを脱ぎ捨て制服に着替えていると後ろからルナが話しかけて来た。

「そういえば、うさぎちゃんとても幸せそうにだらしない顔をしていたけどいい夢でも見ていたの?」
「え?」

 スカートの留め金で手を止めたままうさぎは見ていた夢が洪水のように押し寄せて来た。
 思い出すのは夢の中にずっといた麗しい人とのひと時の会話。そして、桜に遮られながら垣間見た切なに揺れる瞳。

「うさぎちゃん?」
「うん。いい、夢だったかな。詳しくは覚えていないけど」
「そうなの」

 思い出すだけで、胸が張り裂けるのは何故だろう。男性と話しているときに感じた感覚も再び蘇る。

「あ、うさぎちゃん! 早くしないと遅刻よ! 遅刻!」
「え? あ、ああ! 今、行く!!」

 止めていた手を動かしうさぎは慌ただしく鞄を持ち部屋を出て、家を飛び出した。懸命に足を動かす中ふと思い出す。

「なま、えっ」

 そう、男性の名前を訊き忘れたのだ。走りながらうさぎは次に逢ったら訊こうと決意する。
 そのとき、うさぎは気づかなかった。不思議な夢でうさぎがまた男性に逢えると信じていたことを。あの不思議な夢をまた見られることを。


 時空を超えて二人の男女が出逢ってしまった。不思議な縁は完全に結ばれてしまったのだろうか。
 彼女の定められた運命が狂いだした。



2024.07.20  改題、一部修正
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