感謝以外の意味はなし

◆デュース視点



 地元では荒れていたから同年代の女子と話した記憶がない。女といえば母親と職場のヒトたちだった。だから、横を歩くヒトが僕にとってちゃんと交流した同年代の女子となる。
 チラと横目で盗みをする。ほぼ変わらない身長のせいか横を向くと綺麗な横顔がすぐ傍にある。
 慣れたと思ったけれど肘を動かせばすぐ傍にいるのはまだ慣れない。なんかいつも横にいるエースやユウにもちろんジャックとも違う。
 背中がソワソワする。普通に挨拶とか廊下や教室に食堂では話せるのに。どうして、今、こう落ち着かないのか。

 ――本屋だからかな?

 今、僕とエルサ先輩は麓の街の本屋にいる。この本屋は魔法士向けの専門書などの難しい本以外にも学生向けの参考書なども取り扱っている。勉強のために何度か来たことがあるか僕一人ではどの参考書がいいのか分からずに何も買うことなく出て来たこと数知れず。
 寮長である寮長と一緒に来てもらったけれど「今のデュースには全部合わないね」とバッサリ切られてしまった。
 その後、挑戦することはなかったけれど秋学期も終わりは春学期も終盤に差し掛かろうとしている。そろそろもう一度挑戦してみようと麓の街に行こうとしたときだった。

「あ! デュースちゃん、いたいた!」
「はい?」

 麓の街に行こうと談話室に降りたときだった。そこにはクローバー先輩に、ダイヤモンド先輩に、エルサ先輩がいた。
 仲がいい三人がハーツラビュル寮にいるのは意外にもおかしい景色じゃない。

 ――なんで引き留められたんだ?

 首を傾げて三人の傍に行くとエルサ先輩の綺麗な眉が下がっていた。困ったときによく見る表情にまた首を傾げる。

「何かありましたか?」
「デュースはこれから麓の街に行くんだったよな」

 クローバー先輩の問いかけに素直に頷く。瞬間、外出届に何か不備があったのだろうかと思い至。

「も、もしかして提出した書類に何か不備が!」
「ああ、いや、違うよ」

 苦笑したクローバー先輩に「じゃあ」と訊ねると黄色の瞳がエルサ先輩に向けられる。パチと綺麗な瞳と目が合うとクローバー先輩と同じように苦笑が浮かんだ。

「実はね。オレたちも麓の街に行く予定だったんだけれど――」
「俺は副寮長の集会が緊急で決まってな」
「けーくんも軽音部の集まりが入っていけなくなっちゃったんだ」

 「なるほど」と頷く。エルサ先輩は原則的に単独行動はでいないと聞いたことがある。学内唯一の女子ということもあるけれど、エルサ先輩はお姫様だ。麓の街でも原則的に一人で行動できないのだろう。

「で! デュースちゃんがちょうど麓の街しかも本屋に行くんでしょ」
「はい。あ、もしかしてエルサ先輩もそこに用事があるんですか?」
「そうなんだけれど、だからってデュースに一緒に行ってほしいというのは悪いわ」

 「別の日にするわ」と言うエルサ先輩にぐっと拳を握る。

「別に大丈夫っす!」
「え? でもデュースは一人の方が」
「いえ! 全然、大丈夫っす!」

 幸い、エルサ先輩に緊張することもなくなったし大丈夫なはずだ。むしろ、勉強もできるエルサ先輩に参考書についてアドバイスを訊けるかもしれない。

「もし貸し借りについて気になるなら参考書についてアドバイスをお願いします!」
「それなら……いいかしら」

 エルサ先輩の困った顔が少し緩んだ。問題も解決したところでバスの時間も近いことから少し急ぎ足で寮を出た。
 バスには問題なく辿り着いたのだけれど――。

「あれ? デュースにエルサ先輩? めずらしい組み合わせじゃーん」
「エース!」

 バス停にはエースも並んでいた。そういえば、麓の街に部活で使うなんかを買いに行くって言っていたな。何かは忘れていたが今日だったのか。

「エース。こんにちは。あなたも麓の街に用事があるの?」
「はい! そろそろ部活で使うTシャツとか新調しようかなって」

 「で、二人は一緒に?」とエースの目が猫のように細くなる。これは面倒だなと思うが僕がエースに口で勝てるわけない。

「僕とエルサ先輩はこれから麓の街の本屋に行くんだ」
「へー。お前に合う参考書があるといいな」

 エースは今までの僕の失敗を知っている。言葉の端々から「無駄じゃん」というのが伝わって来る。ムカムカするが今回は違う。

「エルサ先輩にも一緒に選んでもらうつもりだから今回は間違いない!」
「つって、リドル寮長のときも何も買えなかったじゃん」
「ぐっ」

 反論できない。優秀な寮長が手を上げた僕の参考書選びまで知っていたのか。
 だが、もう秋学期のときや、春学期の序盤の僕じゃない。

「だ、大丈夫だ! そうですよね、エルサ先輩!」
「ふふ、そうね。きっと今のデュースならぴったりの参考書があるはずよ」

 上品に微笑むエルサ先輩からの太鼓判を押された。
 ほらみろ、とエースに向かって胸を張ってみれば呆れた眼差しを向けられた。ついでに「めでたい頭だな」と言われた。

「なんだと!」
「ぁ、あ! デュース。もうバスが来たわ」

 そっと控え目に振れた手に思わず身体が跳ねそうになる。こういうところはまだ慣れない。何とか気合で身体を制し、かつ平静を保って「っす」と答えた。それをエースが笑ったのが腹立たしいがエルサ先輩の前だから突っ込まないでいてやる。
 やって来たバスに乗り込む。休日だからか少し込んでいたが問題なく乗ることができた。
 バスはその後、何人か人が乗り込んで来たがぎゅうぎゅう詰めになることなく麓の街に到着した。

「ねぇねぇ。エルサ先輩は本屋が終わったら予定ある感じ?」
「いいえないけど……でも、時間的にランチは麓の街で食べて行こうかなと思って」

 エルサ先輩の綺麗な瞳が僕の方に向けられた。

「よかったらデュースも一緒にと思ったの」
「ぇ、でも、僕、」

 そんなにお金を持っていない。母親からお食費やお小遣いとして仕送りをしてもらっている。それでも余裕があるわけではない。たぶん、今回いい参考書があればなくなってしまうだろう。

「ああ。もちろん、わたしがご馳走するわ」
「いや! さすがに悪いっす」
「いいのよ。一緒に付き合ってくれたお礼よ」

 「ね」と微笑むエルサ先輩にかなうわけもなく「ありがとうございます」と頭を下げた。すると、エースが「え~いいなぁ」と行って来る。

「ふふ。エースも抜け目ないわね。デザートならごちそうするわ」
「お! ラッキー、じゃあ、用事が終わったら本屋行きます!」
「わかったわ。もし、わたしたちが先に終わったら」
「えーそれはないでしょ!」

 「ねぇ」と意地悪そうに片目を細めるエースにムッとするが言い返せない。正直、僕に合う参考書がすぐに見つかるか分からない。

「もう。エース、さっきから意地悪しないの」
「ぇ、い、意地悪って」

 ついにエースの言い方にエルサ先輩からの注意が入ったが「意地悪」とは面白い。いや、現に意地の悪い言い方だから合っているのか。とはいえ、言い方にエースはちょっと思う頃があるらしく口の端が引き攣っている。

 ――ふん。ざまぁみろ!」

 助けるつもりは毛頭ないが時間もない。

「エルサ先輩。エースのいい方はもう慣れているんでいいですよ」
「もう! エース、もう少し言い方を考えなさい」
「ぁ、あ、は~い」

 珍しく目の端を吊り上げるエルサ先輩。それでもエースはあまり反省した色はない。他の先輩から言われてもそうなのだから。そうだろう。

「じゃ、とりあえず一時解散ってことで!」

 逃げるように去って行くエースにエルサ先輩は「逃げたわね」と小さな声で囁いた。これはもしかしたらクローバー先輩やダイヤモンド先輩に告げ口されるかもしれないがいいか。

「じゃ、僕らも行きましょうか」
「そうね」

 本屋に向かう道すがらなんの本を探す予定なのかを訊いてみた。エルサ先輩は研修先の資料集めと、進路は進学予定らしく大学の資料も探しているとのこと。
 すでに進路まで決まっていて「すごい」と思わず声に出すと。

「でも、ちゃんと決まったのは3年生よ。1年生のときは環境に慣れるのに必死だったし、2年生のときも大学に進学するにしても何を学びたいか中々想像できなかったもの」

 「最近ようやく形になったの」と言うけれどそれでもしっかりと将来を考えられるエルサ先輩は偉い。というか、将来女王になるのだからやっぱりしっかりと色々考えているんだろう。

「デュースもなりたいものは決まっているんでしょ」
「あ、はい。その、魔法執行官になりたいです」
「いい夢ね」

 エルサ先輩は笑うことなく優しい声でそう言ってくれたが、その後に言葉が続く。

「とても険しい道ね。だから、あなたは今とても頑張っているのね。それはやっぱり素晴らしいことよ」
「あ、ありがとうございます」

 声が震えそうになるのを抑えると本屋の看板が見えた。

「あったわ。いい参考書が見つかるといいわね」
「はい!」

 相変わらず優しく柔らかく微笑むエルサ先輩。そんな先輩に元気よく答ええた。
 そして、エルサ先輩は魔法大学の資料が置いてあるというコーナーへ。僕は学習コーナーへのある二階へと向かった。
 自分一人でも行けるだろうと思ったが――そう簡単な話しにはならなかった。
 結局エルサ先輩の方が用事を先に終えて僕のところに来てくれた。
 隣にいるエルサ先輩にドキマギしている間にエルサ先輩は次から次へと手に取っていく。そのうち、僕でも分かりやすい魔法関連の参考書が見つかった。

「魔法の方は基礎をしっかりとした方がいいからそれでいいと思うの」

 「でも数学はや他のは……」とエルサ先輩が難しい顔で参考書を読み比べる。この本屋は数こそ少ないけれど数学など魔法に関係が強い参考書も置いてある。工学系は強いけれどなぜか数式になると途端分からなくなる。ミドルスクール時代にサボっていたつけだ。

「んー。ここの本屋は数学の本でも基礎の本でも難しいわ」
「ですよね。はぁ、地元――に戻ったときに探してみます」

 地元の本屋は時計の街だけあって理系なども強い。僕に見合うものも探せるだろう。

「そうね。その方がいいかもしれないわ。わたしも参考になりそうなのがあれば持ってくるわ」
「助かります。じゃ、これ! 買ってきます!」
「うん。わたしは先に外に出てるわね」
「っす!」

 そこで僕はエルサ先輩と別れた。



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