可愛い後輩を装う少年
◆ エース視点
騒々しいというよりも賑やかな声がキッチンの方から聞こえる。今日はお茶会も何もなかったよな、と疑問符を浮かべながら近づく。
キッチンに近づくほどにいつもと同じく甘い匂い香りがする。でも、近づくほどに賑やかな声は聞き慣れているようで聞き慣れない声だった。そして、その声の中に鈴を転がしたような綺麗な声がする。
その声を持つのは男ばかりの学園でただ一人。
ということか、となぜこんな賑やかさなのか見当がつく。同時に足取りをそろりと忍び足へと変える。
コソコソしながら覗き込んだキッチンに目を丸くさせる。
――先輩たちめっちゃ楽しそ~。
想像していたよりも親しくなった上級生たちは楽しそうだった。その楽しそうな横顔はいつも見る先輩の顔ではなく屈託がない年相応と言えるもの。そして、その中心にいるのは学園唯一の女子生徒のお姫様。
お姫様もまたいつもの大人びた表情ではなく少女めいて可愛らしい。
これがギャップというやつなのだろうか。なんて思いながらキッチンの中に入るのを躊躇してしまう。
――絶対邪魔者扱いするよな。
比較的優しいとされるうちの3年生。特に世話焼きなトレイ先輩とケイト先輩はそういうことをしないだろう。でも、こう空気は何だか1年生のオレには何だか入り難い。
けど、先ほどから香る甘いデザートの香りに食欲が刺激される。
――あとでもらえっかな。や、たぶん、貰えるよな。
ならここはひとまず引いて様子を見ておこぼれをもらおう。そうしよう。
静かに足を後ろに弾いて回り右をする。そして、その場を後にしながら背後から聞こえる声はやっぱり何だか心惹かれるものがあった。けど、オレはそれを何とか振り切って部屋に戻った。
* * *
モストロ・ラウンジ。部活のミーティングの時間。呼び出しても来ないフロイド先輩を迎えに来た。なんでオレなんだよ。他にも1年生はいるだろうと思いながら足を向ける。
相変わらず盛況の様子を見せるラウンジを覗き込んでフロイド先輩を探す。
誰よりも頭ひとつ分、ふたつ分身長が高い先輩のことだからすぐに見つかると思ったが見つからない。もしかして今日は調理場の方なのかと思って聞こうとしたときだった。
「あら。どうしたの?」
涼やかな綺麗な声がして振り返る。そこにはオクタヴィネル寮の寮服を身に纏った上品な女性がいた。
涼やかな瞳と上品だけれど親しみのある笑みを浮かべる薄い唇。高嶺の花といっても過言でもなお姫様。
「エルサ先輩じゃないっすか。こんにちは」
「こんにちは。もしかしてフロイドを探してるの?」
「え。よく分かった――あ。そうっすよね」
運動着を着てここでかつオレがフロイド先輩と同じ部活なのをお姫様は知っている。
へへと笑って「呼んできてもらってもいいっすか?」とお姫様にお願いするのは気が引ける。でも、きっと確実にフロイド先輩を連れてきてもらえるのを知っている。
――フロイド先輩もエルサ先輩には甘いからなぁ。
その甘さはトレイ先輩やケイト先輩に似ていてちょっと違う。それはフロイド先輩の方が後輩からだからだろう。
「いいわよ。ちょっと待ってね。彼、今日調理場の担当だから」
「あざっす!」
去って行くエルサ先輩に頭を下げてオレはモストロ・ラウンジから出ることにした。
スマホを取り出して「もうすぐで連れていけます」とジャミル先輩にメッセを送る。そしたらすぐに返信が来た。そんでそのメッセを見て「うげ」と声が出る。
「たった今顧問が呼ばれてミーティング中止になった、ってもっと早く教えてくれよぉ」
最悪。つか、オレもしかして絞められるんじゃねぇの。瞳孔が小さくなった圧の強いフロイド先輩の顔が頭に浮かんで自然と血の気が引く。
すぐにエルサ先輩を止めようかと思ったが同時にラウンジの扉が開く。
「あ。エース! お待たせ!」
遅かった。キラキラした笑顔とちょっとご機嫌斜めのコックコート姿のフロイド先輩が現れた。
「ミーティングって明日じゃねぇの?」
サバナクロー寮に負けぬ柄の悪さ。いや、あの寮とはまたちょっと違う方面で柄が悪い。あっちの世界的な、じゃねぇや。オレはさっき貰ったメッセを主だし冷や汗を流しながら告げることにした。
「そのぉ今日だったんすが……そのたった今なくなりましたぁ」
途端にフロイド先輩の瞳孔が小さくなった。あ、これもうダメだ。
「あら。そうだったの。エースも態々来たのに……」
絞められると思ったときにお姫様の労う声がした。救世主と思いながらオレは全力でお姫様にすがることにした。
「そうなんすよ! エルサ先輩にお願いしてジャミル先輩にメッセ送ったら中止になたって! 知ってたらオレだってお願いしませんでしたよぉ!」
「そう。タイミングが悪かったのね。ご苦労様」
「ほんとっすよぉ~」
エルサ先輩にめそめそとし顔を見せながらも横目でフロイド先輩を見る。
さっきの瞳孔の小ささはないけれど「このカニが」と忌々しそうな顔になっている。これは助かったのかと思いながらエルサ先輩に意識を戻す。
「エルサ先輩もフロイド先輩を態々呼んでもらってすいません。フロイド先輩も仕事中にすいません」
「いいのよ。そもそもフロイドがちゃんとミーティングを覚えていたらあなたも態々来なくてよかったのよね」
げっ。それは言わなくてもと冷や汗が再び噴き出す。
チラとフロイド先輩を見ればぶすっと唇を尖らせていた。これはこれで後になって何を言われたか分からない。
「い、いいんすよ! フロイド先輩も完全に忘れていたわけじゃないんで!」
「そうだけど……」
まだ言い募ろうとするエルサ先輩にオレは口角を引き攣らせながらも笑って見せる。
「いいんすよ! じゃ! これ以上引き留めるのも悪いんで!」
じゃあ、とフロイド先輩に捕まる前に逃げることにした。
こんなことしなくてもお姫様の前ではあのフロイド先輩はいつもの凶暴さは鳴りを潜めるのを知っている。けれど、エルサ先輩の生真面目さがフロイド先輩をこれ以上刺激しないように逃げた方がいい。そうオレの勘は告げている。
「じゃ! 失礼します!」
海中にあるオクタヴィネル寮から逃げだし汗を拭う。
「あ。つか、普通に部活はあるんだったけ?」
ミーティングの後、普通の部活動だと言っていた気がする。ならフロイド先輩も普通に出ないといけないのでは。
「ま、いっ――」
「カーニちゃん♪」
ひたと忍び寄る陰に気づかなかった。背後から漂う冷気に振り返りたくなかった。けれど、そんなことしなくてもフロイド先輩が「バァ」とオレの前に現れた。
「ぁ、あれ~先輩は調理場の仕事があったんじゃぁ~」
「あれねぇ。今日は部活だったって言ってテツギョちゃん先輩に変わってもらったぁ~」
にっこりと口を閉じながら笑うけれど目が笑っていない。
「あ、あの、オレ、あのぉ~」
「ふふ。今日はオレと組もうね♪」
オレの身体終了のお知らせ。夜には全身痣だらけになるかもしれねぇ。
「え、エルサ先輩、もうちょっと上手く手綱握ってくれぇ」
なんて泣き言を零しても真面目に調理場にいるだろうお姫様には届かない。
騒々しいというよりも賑やかな声がキッチンの方から聞こえる。今日はお茶会も何もなかったよな、と疑問符を浮かべながら近づく。
キッチンに近づくほどにいつもと同じく甘い匂い香りがする。でも、近づくほどに賑やかな声は聞き慣れているようで聞き慣れない声だった。そして、その声の中に鈴を転がしたような綺麗な声がする。
その声を持つのは男ばかりの学園でただ一人。
ということか、となぜこんな賑やかさなのか見当がつく。同時に足取りをそろりと忍び足へと変える。
コソコソしながら覗き込んだキッチンに目を丸くさせる。
――先輩たちめっちゃ楽しそ~。
想像していたよりも親しくなった上級生たちは楽しそうだった。その楽しそうな横顔はいつも見る先輩の顔ではなく屈託がない年相応と言えるもの。そして、その中心にいるのは学園唯一の女子生徒のお姫様。
お姫様もまたいつもの大人びた表情ではなく少女めいて可愛らしい。
これがギャップというやつなのだろうか。なんて思いながらキッチンの中に入るのを躊躇してしまう。
――絶対邪魔者扱いするよな。
比較的優しいとされるうちの3年生。特に世話焼きなトレイ先輩とケイト先輩はそういうことをしないだろう。でも、こう空気は何だか1年生のオレには何だか入り難い。
けど、先ほどから香る甘いデザートの香りに食欲が刺激される。
――あとでもらえっかな。や、たぶん、貰えるよな。
ならここはひとまず引いて様子を見ておこぼれをもらおう。そうしよう。
静かに足を後ろに弾いて回り右をする。そして、その場を後にしながら背後から聞こえる声はやっぱり何だか心惹かれるものがあった。けど、オレはそれを何とか振り切って部屋に戻った。
* * *
モストロ・ラウンジ。部活のミーティングの時間。呼び出しても来ないフロイド先輩を迎えに来た。なんでオレなんだよ。他にも1年生はいるだろうと思いながら足を向ける。
相変わらず盛況の様子を見せるラウンジを覗き込んでフロイド先輩を探す。
誰よりも頭ひとつ分、ふたつ分身長が高い先輩のことだからすぐに見つかると思ったが見つからない。もしかして今日は調理場の方なのかと思って聞こうとしたときだった。
「あら。どうしたの?」
涼やかな綺麗な声がして振り返る。そこにはオクタヴィネル寮の寮服を身に纏った上品な女性がいた。
涼やかな瞳と上品だけれど親しみのある笑みを浮かべる薄い唇。高嶺の花といっても過言でもなお姫様。
「エルサ先輩じゃないっすか。こんにちは」
「こんにちは。もしかしてフロイドを探してるの?」
「え。よく分かった――あ。そうっすよね」
運動着を着てここでかつオレがフロイド先輩と同じ部活なのをお姫様は知っている。
へへと笑って「呼んできてもらってもいいっすか?」とお姫様にお願いするのは気が引ける。でも、きっと確実にフロイド先輩を連れてきてもらえるのを知っている。
――フロイド先輩もエルサ先輩には甘いからなぁ。
その甘さはトレイ先輩やケイト先輩に似ていてちょっと違う。それはフロイド先輩の方が後輩からだからだろう。
「いいわよ。ちょっと待ってね。彼、今日調理場の担当だから」
「あざっす!」
去って行くエルサ先輩に頭を下げてオレはモストロ・ラウンジから出ることにした。
スマホを取り出して「もうすぐで連れていけます」とジャミル先輩にメッセを送る。そしたらすぐに返信が来た。そんでそのメッセを見て「うげ」と声が出る。
「たった今顧問が呼ばれてミーティング中止になった、ってもっと早く教えてくれよぉ」
最悪。つか、オレもしかして絞められるんじゃねぇの。瞳孔が小さくなった圧の強いフロイド先輩の顔が頭に浮かんで自然と血の気が引く。
すぐにエルサ先輩を止めようかと思ったが同時にラウンジの扉が開く。
「あ。エース! お待たせ!」
遅かった。キラキラした笑顔とちょっとご機嫌斜めのコックコート姿のフロイド先輩が現れた。
「ミーティングって明日じゃねぇの?」
サバナクロー寮に負けぬ柄の悪さ。いや、あの寮とはまたちょっと違う方面で柄が悪い。あっちの世界的な、じゃねぇや。オレはさっき貰ったメッセを主だし冷や汗を流しながら告げることにした。
「そのぉ今日だったんすが……そのたった今なくなりましたぁ」
途端にフロイド先輩の瞳孔が小さくなった。あ、これもうダメだ。
「あら。そうだったの。エースも態々来たのに……」
絞められると思ったときにお姫様の労う声がした。救世主と思いながらオレは全力でお姫様にすがることにした。
「そうなんすよ! エルサ先輩にお願いしてジャミル先輩にメッセ送ったら中止になたって! 知ってたらオレだってお願いしませんでしたよぉ!」
「そう。タイミングが悪かったのね。ご苦労様」
「ほんとっすよぉ~」
エルサ先輩にめそめそとし顔を見せながらも横目でフロイド先輩を見る。
さっきの瞳孔の小ささはないけれど「このカニが」と忌々しそうな顔になっている。これは助かったのかと思いながらエルサ先輩に意識を戻す。
「エルサ先輩もフロイド先輩を態々呼んでもらってすいません。フロイド先輩も仕事中にすいません」
「いいのよ。そもそもフロイドがちゃんとミーティングを覚えていたらあなたも態々来なくてよかったのよね」
げっ。それは言わなくてもと冷や汗が再び噴き出す。
チラとフロイド先輩を見ればぶすっと唇を尖らせていた。これはこれで後になって何を言われたか分からない。
「い、いいんすよ! フロイド先輩も完全に忘れていたわけじゃないんで!」
「そうだけど……」
まだ言い募ろうとするエルサ先輩にオレは口角を引き攣らせながらも笑って見せる。
「いいんすよ! じゃ! これ以上引き留めるのも悪いんで!」
じゃあ、とフロイド先輩に捕まる前に逃げることにした。
こんなことしなくてもお姫様の前ではあのフロイド先輩はいつもの凶暴さは鳴りを潜めるのを知っている。けれど、エルサ先輩の生真面目さがフロイド先輩をこれ以上刺激しないように逃げた方がいい。そうオレの勘は告げている。
「じゃ! 失礼します!」
海中にあるオクタヴィネル寮から逃げだし汗を拭う。
「あ。つか、普通に部活はあるんだったけ?」
ミーティングの後、普通の部活動だと言っていた気がする。ならフロイド先輩も普通に出ないといけないのでは。
「ま、いっ――」
「カーニちゃん♪」
ひたと忍び寄る陰に気づかなかった。背後から漂う冷気に振り返りたくなかった。けれど、そんなことしなくてもフロイド先輩が「バァ」とオレの前に現れた。
「ぁ、あれ~先輩は調理場の仕事があったんじゃぁ~」
「あれねぇ。今日は部活だったって言ってテツギョちゃん先輩に変わってもらったぁ~」
にっこりと口を閉じながら笑うけれど目が笑っていない。
「あ、あの、オレ、あのぉ~」
「ふふ。今日はオレと組もうね♪」
オレの身体終了のお知らせ。夜には全身痣だらけになるかもしれねぇ。
「え、エルサ先輩、もうちょっと上手く手綱握ってくれぇ」
なんて泣き言を零しても真面目に調理場にいるだろうお姫様には届かない。