一匹狼みたいな少年
◆ エルサ視点
3年生になっても新しい1年生に女の子はいなかった。その代わりに異世界からやって来たという魔力のない子と、大魔法士になると宣言したモンスターが入学した。
毎年、毎年、個性豊かな新入生がやって来るが今年も同じくやって来た。
そんな中、レオナの迎えに世話係のアルバイトをしているラギーではない子が来るようになってきた。
名前はジャック・ハウルくん。立派な三角の耳にふわふわの尻尾。彼は狼の獣人属だと言う。オオカミは前世だとあまりいい思い出はないから実は苦手な面もあった。けれど、今は色々学びを得てオオカミは苦手ではなくなった。なにより――。
「わぁ。すごいわ」
目の前に人が乗れるくらい大きな狼となったジャックを見る。オオカミとなったジャックは人の言葉が話せないようで「ガウ」と小さく答えた。
わぁ、とアナのようにオオカミとなったジャックを見上げわたしは改めてシャツの袖を捲ってブラシを持った。
「これは腕が鳴るわね」
事の始まりは授業でペアになって植物園で薬草を組んでいたときだった。ジャックの尻尾が揺れるとふわっと毛が舞ったのだ。
「あら。毛が抜けてるわ」
「え?」
最初は何を言っているのか分からないと言う感じだったジャック。だけれど、実験着に着いた毛の塊を取って見せると苦々しい顔をした。
「すんません。先週、忙しくてブラッシングを忘れちまって」
「先週って……1年生の間で大量に課題が出たときの」
「っす」
クルーウェル先生とトレイン先生が競うように課題を出して各寮の1年生の一部が泣きながら課題をこなしていたのを見かけた。実際、わたしもグリム、ユウ、エース、デュースなどに泣きつかれて課題を手伝ったところだ。
「ジャックは一人で頑張ったんでしょう」
「まぁ。でも、その代わり日ごろのルーティンが狂ちまって」
「なるほど」
そのルーティンにはきっと尻尾のブラッシングも入っていたのだろう。
チラリ、とジャックの越しに見えるふわふわの尾を見る。獣人属にとってその部分に触れるのはマナー違反だ。だが、レオナやラギーとは違うあのふわふわの尻尾は好奇心を刺激された。
「それにそろそろ〝あっち〟の方もやべぇんす」
「ん? あっちの方?」
「はい。俺のユニーク魔法はオオカミに変身するんですけど」
「え! オオカミに変身!」
変身魔法は人魚が人間になること以外は魔法の中でも御法度とされているものだ。そんな中ジャックはユニーク魔法でオオカミに変身できるなんて。ユニーク魔法の多様性には驚くばかりだ。
「ぁ、話の腰を折ってしまったわね」
「いいえ。実はそっちの姿も定期的にブラッシングしねぇといかないんすけど」
「まぁ。大変なのね」
「っす」
凛々しい眉を寄せて年相応の困った顔をするジャック。ジャックはなるべく一人で何とかして、その結果自分では手が余りそうなんときや、本気で困ったとき以外は基本他人を頼らない。わたしもなるべく見守っているようにしているけれど、これは。
「ご実家にいるときはご家族にしてもらっていたの?」
「はい。流石にオオカミの姿では自分ではできねぇので」
「そうよね」
本物のオオカミなら自分で毛づくろいをするがジャックはそうはいかない。ご家族の手が借りられないというなら。
「ジャックがイヤではなければ、わたしがお手伝いしましょうか?」
「え」
ちょっと萎えていた三角の立派な耳がピンッと立った。可愛らしい様子に笑えばジャックは罰が悪そうな顔をする。
「なんか。誘導するような感じでしたね。すんません」
「いいのよ。じゃ、さっそく今日の放課後いいかしら」
「はい。エルサ先輩に用事がなければ」
恐縮するジャックに「大丈夫よ」と声をかけながら止まっていた薬草採取を開始した。
事の始まりを思い出しながらふわふわで綺麗な白い毛を梳いていく。想像以上の量に毛が待ってわたしにくっついてくる。何度かくしゃみをしながらもわたしはとても、とても楽しい気分だった。
――犬の毛質に近いけれど、本物のオオカミもこんなにふわふわになるかしら。
ジャックが変身したオオカミだからかしら。色々考えながら丁寧に、丁寧に、梳いていく。もうそれはそれは夢中になってブラッシングをしていると――。
「ガウ」
「え」
尻尾を丁寧に梳いているとジャックに声をかけられた。何と顔の方を見るとおもむろにジャックが空を見上げた。つられるように見れば綺麗な青空がオレンジ色に染まり始めていた。
「あら。もうこんな時間……」
夢中になってしまっていたことに気づいて同時にまだ終わっていないことに眉を顰める。
そんなわたしの反応に気づいたのかジャックの尻尾が動いた。そして、すぐ傍で魔法が解けるのが分かった。
パァと魔法の粉がオオカミ姿のジャックを白く包みシュルシュルと形を変えていく。大きなオオカミがひとりの少年に戻って行った。
「エルサ先輩、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそいい体験をしたわ」
「い、いい体験っすか?」
何度も頭を下げてお礼を告げるジャックに顔の前で両手を振る。その度に、白い毛が舞うので何だか面白くなってしまった。自室に戻ったら制服にもブラシをかけないと、と考えながら鏡舎にジャックと向かう。
「ジャック。また困ったことがあったら声をかけてね」
「ぁ、あーはい。迷惑かけるっすけど頼みます」
ちょっと抵抗があるのか。それでも自分自身ではブラッシングが難しいと痛感したのかジャックは素直にまた頭を下げた。礼儀正しいジャックに「そんなことないわ」と告げて二人世間話をしながら歩き続けた。
これは翌日のこと。エルサの制服に着いた白い毛を目ざとく見つけたのは彼女を〝女神〟と崇め奉る生徒。
女神に男の影があり、とすぐさま同じく彼女を崇め奉る生徒たちに一斉にメッセージを送った。そして、そのメッセージがナイトレイブンカレッジで一波乱起こすのだが、まだエルサもジャックも何も知らなかった。
2024.11.03
3年生になっても新しい1年生に女の子はいなかった。その代わりに異世界からやって来たという魔力のない子と、大魔法士になると宣言したモンスターが入学した。
毎年、毎年、個性豊かな新入生がやって来るが今年も同じくやって来た。
そんな中、レオナの迎えに世話係のアルバイトをしているラギーではない子が来るようになってきた。
名前はジャック・ハウルくん。立派な三角の耳にふわふわの尻尾。彼は狼の獣人属だと言う。オオカミは前世だとあまりいい思い出はないから実は苦手な面もあった。けれど、今は色々学びを得てオオカミは苦手ではなくなった。なにより――。
「わぁ。すごいわ」
目の前に人が乗れるくらい大きな狼となったジャックを見る。オオカミとなったジャックは人の言葉が話せないようで「ガウ」と小さく答えた。
わぁ、とアナのようにオオカミとなったジャックを見上げわたしは改めてシャツの袖を捲ってブラシを持った。
「これは腕が鳴るわね」
事の始まりは授業でペアになって植物園で薬草を組んでいたときだった。ジャックの尻尾が揺れるとふわっと毛が舞ったのだ。
「あら。毛が抜けてるわ」
「え?」
最初は何を言っているのか分からないと言う感じだったジャック。だけれど、実験着に着いた毛の塊を取って見せると苦々しい顔をした。
「すんません。先週、忙しくてブラッシングを忘れちまって」
「先週って……1年生の間で大量に課題が出たときの」
「っす」
クルーウェル先生とトレイン先生が競うように課題を出して各寮の1年生の一部が泣きながら課題をこなしていたのを見かけた。実際、わたしもグリム、ユウ、エース、デュースなどに泣きつかれて課題を手伝ったところだ。
「ジャックは一人で頑張ったんでしょう」
「まぁ。でも、その代わり日ごろのルーティンが狂ちまって」
「なるほど」
そのルーティンにはきっと尻尾のブラッシングも入っていたのだろう。
チラリ、とジャックの越しに見えるふわふわの尾を見る。獣人属にとってその部分に触れるのはマナー違反だ。だが、レオナやラギーとは違うあのふわふわの尻尾は好奇心を刺激された。
「それにそろそろ〝あっち〟の方もやべぇんす」
「ん? あっちの方?」
「はい。俺のユニーク魔法はオオカミに変身するんですけど」
「え! オオカミに変身!」
変身魔法は人魚が人間になること以外は魔法の中でも御法度とされているものだ。そんな中ジャックはユニーク魔法でオオカミに変身できるなんて。ユニーク魔法の多様性には驚くばかりだ。
「ぁ、話の腰を折ってしまったわね」
「いいえ。実はそっちの姿も定期的にブラッシングしねぇといかないんすけど」
「まぁ。大変なのね」
「っす」
凛々しい眉を寄せて年相応の困った顔をするジャック。ジャックはなるべく一人で何とかして、その結果自分では手が余りそうなんときや、本気で困ったとき以外は基本他人を頼らない。わたしもなるべく見守っているようにしているけれど、これは。
「ご実家にいるときはご家族にしてもらっていたの?」
「はい。流石にオオカミの姿では自分ではできねぇので」
「そうよね」
本物のオオカミなら自分で毛づくろいをするがジャックはそうはいかない。ご家族の手が借りられないというなら。
「ジャックがイヤではなければ、わたしがお手伝いしましょうか?」
「え」
ちょっと萎えていた三角の立派な耳がピンッと立った。可愛らしい様子に笑えばジャックは罰が悪そうな顔をする。
「なんか。誘導するような感じでしたね。すんません」
「いいのよ。じゃ、さっそく今日の放課後いいかしら」
「はい。エルサ先輩に用事がなければ」
恐縮するジャックに「大丈夫よ」と声をかけながら止まっていた薬草採取を開始した。
事の始まりを思い出しながらふわふわで綺麗な白い毛を梳いていく。想像以上の量に毛が待ってわたしにくっついてくる。何度かくしゃみをしながらもわたしはとても、とても楽しい気分だった。
――犬の毛質に近いけれど、本物のオオカミもこんなにふわふわになるかしら。
ジャックが変身したオオカミだからかしら。色々考えながら丁寧に、丁寧に、梳いていく。もうそれはそれは夢中になってブラッシングをしていると――。
「ガウ」
「え」
尻尾を丁寧に梳いているとジャックに声をかけられた。何と顔の方を見るとおもむろにジャックが空を見上げた。つられるように見れば綺麗な青空がオレンジ色に染まり始めていた。
「あら。もうこんな時間……」
夢中になってしまっていたことに気づいて同時にまだ終わっていないことに眉を顰める。
そんなわたしの反応に気づいたのかジャックの尻尾が動いた。そして、すぐ傍で魔法が解けるのが分かった。
パァと魔法の粉がオオカミ姿のジャックを白く包みシュルシュルと形を変えていく。大きなオオカミがひとりの少年に戻って行った。
「エルサ先輩、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそいい体験をしたわ」
「い、いい体験っすか?」
何度も頭を下げてお礼を告げるジャックに顔の前で両手を振る。その度に、白い毛が舞うので何だか面白くなってしまった。自室に戻ったら制服にもブラシをかけないと、と考えながら鏡舎にジャックと向かう。
「ジャック。また困ったことがあったら声をかけてね」
「ぁ、あーはい。迷惑かけるっすけど頼みます」
ちょっと抵抗があるのか。それでも自分自身ではブラッシングが難しいと痛感したのかジャックは素直にまた頭を下げた。礼儀正しいジャックに「そんなことないわ」と告げて二人世間話をしながら歩き続けた。
これは翌日のこと。エルサの制服に着いた白い毛を目ざとく見つけたのは彼女を〝女神〟と崇め奉る生徒。
女神に男の影があり、とすぐさま同じく彼女を崇め奉る生徒たちに一斉にメッセージを送った。そして、そのメッセージがナイトレイブンカレッジで一波乱起こすのだが、まだエルサもジャックも何も知らなかった。
2024.11.03