第五の精霊その後の転生物語

優等生を目指す少年



 僕にはちょっと得意じゃない人がいる。決して、その人がキライとかじゃない。ただ、得意じゃない。苦手……と言い切ることもできない。ただ、得意じゃない人。その人が今目の前にいる。

「デュース。交換してもらいましょうか」

 綺麗に整えた眉を下げて困ったように微笑む美しい女性。いや、僕と二つしか違わないからまだ完全に大人の女性という年齢ではないのだけれど。大人びた美貌がそう美しい女性と僕に刷り込んでくる。
 そんな人はちょっと吊り上がり気味の瞳は黙っていると美貌も相まって冷え冷えとしている。でも、実際は柔らかく優しい表情をするからそんなことない。いつも柔らかくたゆんでいる目尻が今ちょっと困ったようになっている。

「ぇ、えっと」

 優しく声をかけてくれたその人に僕はなんと答えていいか分からない。いつもこうなる。でも、仕方ない。この年齢まで同年代の女子と話したことなんかない。年上の女性だって母さんとそう変わらないか、より年上の年配の女性くらい。だから、どうしていいか分からない。わからないから思考が止まって上手く口が動かない。
 どうしよう。もう授業が始まってしまう。今日は3年生の作業をよく見て観察レポートを見るのが僕の授業だ。だから、平気。平気だと思う。

「平気、です。見ているだけですから」
「え、えっと。見ているだけではなくて、わたしの指示に従って薬を入れてもらうのだけれど」
「えぇ!」

 レポート書くだけじゃないのか。というか、僕は授業内容も半分は聞いていなかったなんて優等生とは程遠い。

「交換してもらいましょう。えっと、エースがいいかしら?」

 辺りを見まわす彼女、エルサ先輩に申し訳なさと少しの安堵が混じる。同時にエースにまたからかわれる未来が見えて少し気が重くなる。その間にエルサ先輩はエースを呼んだ。

「どうしたんすか?」
「悪いのだけれどデュースと交換してもらっていいかしら?」
「交換……あー、いいっすよぉ。でもただじゃぁな~」
「お、おい」

 意地悪そうに口角を上げて目を眇めるエース。それになんてやつだと思いながらエルサ先輩を見れば彼女は頬に手を当てて「んー。どうしましょう」と言っていた。

「今度、モストロ・ラウンジで好きなものをごちそうするっていうのはどうかいら?」
「えー。それよりもオレはユウが食ったっていう先輩のケーキがいいっす!」
「あら。そんなのでいいの?」

 綺麗な瞳を瞬かせるエルサ先輩にエースは満足げに頷いた。それなら、ということで話は進み僕はエースと交換することになった。教科書などの道具一式を持ってエースと組む予定だった3年生のところに向かうと――誰よりも背の高い先輩がいた。
 声をかけようとする前にそのヒトが気配に気づき振り返った。

「おや。僕のペアはトラッポラだと記憶しているが?」

 首を傾げるのはこの世界で5本指に入るほどの魔力を有する妖精の末裔のマレウス・ドラコニア先輩。エルサ先輩と同じドラコニア家の王子だ。最初はとっつきにくい先輩と思っていたが「がおがおドラゴーンくん」を修理したときからたまに、ごくたまにだが話すことが増えた。意外に気安い人だというとセベクに怒られそうだから言わないけれど。

「スペード。そろそろ授業が始まるぞ」
「あ、はい!」

 どうらエースから僕にペアが変わったこと深く聞くつもりはないらしい。説明が省けてよかったと思いながら鍋の傍に着いた時だった。

「あの者を恐れることはない」

 小さく囁かれた言葉にドラコニア先輩を見れば静かに凪いだ瞳で僕を見ていた。作り物めいた整った顔立ちのせいかその瞳は少々怖く感じたけれど。でも、彼の先輩の瞳はただ静かだった。だからだろうか言葉の意味を咀嚼する時間がありドラコニア先輩が何を言いたいか何となく言いたいことはわかったが――。

「別に怖いわけ、ではないです……」
「そうなのか」
「はい。ただ、そのただ……」

 「慣れなくて」と少し声を小さくして答える。そう。ただ、慣れない。怖いとかそうじゃない。ただ、どうしても、あの美しい人に慣れない。むしろ、どうして皆スラスラ喋れるのか疑問だ。驚いたのはあのシュラウド先輩も普通にエルサ先輩と話していたことだ。仲間だとちょっと思っていたのに。

「ふむ。慣れない、か。それは難儀だな」
「でも、学年は違うし、部活も同じじゃないので……」

 エルサ先輩も僕の状況が分かっているのか積極的に声をかけてこない。ただ会ったら挨拶はしてくれる。それくらいの距離感ならまだ何とかなる。

「とりあえず、慣れないだけなので嫌いとかじゃないです」

 「大丈夫っす!」と叫ぶ頃にはドラコニア先輩は魔法で教科書を浮かして作業を始めていた。「え!」と声を上げながら鍋の中を覗き込んで、またドラコニア先輩を見る。すると、パチと目が合って「もう中盤だ」と一言告げた。

「ちゅ、中盤って! 僕、レポートあるのに!」
「そうだったのか?」

 首を傾げながらドラコニア先輩から悪気は感じない。ドラコニア先輩から始めた会話なのにと、ちょっと涙目になりながらすぐにレポート用紙と万年筆で観察を始める。というか、エルサ先輩は1年生も手伝うと言っていたじゃないか。
 チラとエルサ先輩とエースがいる方を見る。すると、和気あいあいと作業していた。他のペアを見ても会話をしながら3年生が1年生に教えるようなやり取りが見える。
 ほらぁ、と思いながら淡々と作業を進めるドラコニア先輩の作業を必死にメモし続けた。
 ちなみに、薬は無事に完成したが僕はレポートやり直しをくらい、ドラコニア先輩も薬の評価は高かったが1年生に指導できないと減点をくらった。



   * * *



 レポートの再提出となった。ペアを組んだ3年生の指導のもとレポートを組むことににあったのだけれど、ペアであったドラコニア先輩がどうしてか見つからない。あれほどの人が気配をなくすはずがないというのに!

「くっそ。どこにもいねぇ!」

 思わず不良の頃のような口調になる。普段ならダメだろうとおもうけれど、今は見つからない苛立ちが大きかった。
 くっそぉ、と思いながらじっとしていてもレポートの期限は刻刻と迫っている。もう一人でやろうと図書館に向かって駆け出す。
 放課後の図書館は意外に生徒が多い。皆黙々と勉強なり読書をする中、席を確保する。それからクルーウェル先生に出されたレポート内容を読んで、目的の参考資料を探しに本の山に乗り出すが――。

「わ、わからない」

 流石名門魔法士養成学校ナイトレイブンカレッジ。図書館の蔵書数が膨大だ。今までエースたちと一緒に図書館に来たがこんなに資料探しに時間がかかっただろうか――いや、かかっていたな。こういうとき司書に聞けばいいのだが――。
 先ほどカウンターで忙しそうに他の生徒の話を聞いていた。手が空くのはもう少しあとかもしれない。なら自力で探したいが難しい。

「ドラコニア先輩がいればなぁ」

 そもそもこの課題の大本は3年生の課題だ。だから内容的に発展的になる。だからペアの3年生と行うのがいいのだろうけれど。

「今から探しに行くにも時間がないしな」

 だが結局レポートができないなら意味がないし。ぐるぐると思考を巡らせていると「デュース」と名を呼ばれた。その柔らかくて甘い声の持ち主はただ一人だけ。

「エルサ先輩」
「こんにちは」

 少し離れた棚からエルサ先輩が身を乗り出して手を振っていた。エルサ先輩は眉を下げながら「レポートできた?」と心配そうに声をかけてきた。
 僕を気遣う距離感にいたたまれないが、助かったと現金なことを思ってしまった。

 ――苦手と思っているくせに最低だな。

 ここでエルサ先輩に助けを求めるのはあまりにも現金過ぎる。挨拶をしてさろうと思ったときだった。

「マレウスがいないわね。一人なの?」

 優しい声が僕の意思を揺らいでいく。ここで頭を動かさなければいいのに思わず「はい」と答えてしまった。

 ――ああ、僕はなんて意思が弱いんだ。

 これで本当に優等生になれるだろうか。ただの甘ったれた男になるんじゃないか。それは僕自身が許せない。

「一人、ですけどなんとかします」

 エルサ先輩に頼ってしまう前に僕ははっきりと口にした。エルサ先輩は目を見開いたあと、少し考え込んでから「ちょっと待って」と言うとマジカルペンを振った。すると、キラキラした魔法の粉と共にメモ用紙が出て来た。
 そのメモを取って万年筆でもあるマジカルペンのキャップを外して何か書きだす。なんだろうと見ていると書き終わった先輩がまたキャップをしまうとマジカルペンを振る。すると、メモ用紙がふわふわと浮いて僕にやって来る。

「わ、わっ」

 まるで枯葉が落ちるように落ちるメモを慌ててキャッチする。くしゃっとなってしまったメモを慌てて開くとそこには本のタイトルが何冊か書かれていた。

「これは」
「お詫びよ」
「お詫び?」

 なんの、と首を傾げてエルサ先輩を見れば彼女は申し訳なさそうに眉を下げていた。

「わたしとペアにならなければあなたは無事に課題を達成できていたはずよ」

 そんなことない。彼女が悪いわけではない。悪いのは同じ年ごろの女子が苦手な僕のせいだ。けして彼女のせいではない。

「違います。それは、僕が悪いんです。僕がその、同じ年ごろの女の子が苦手だから」
「だから。わたしじゃなければ平気だったのよ」
「違うっす! 俺が!」

 思わず声を上げればエルサ先輩が慌てて「しっ、しーよ」と指を立てる。それが何だか可愛くて、何だかちょっとイメージに合わなくて思わず笑ってしまった。

 ――もしかしたら僕は身構え過ぎていたのかもしれないな。

 そういえばドラコニア先輩も少し話したら意外に話せる人だった。エルサ先輩との会話もこんなに長く続いたのは初めてだ。何だか一気に肩の力が抜けた気がする。いきなりなんだよ、と自分の楽観的な部分に嫌になりながらも僕は真っすぐエルサ先輩を見た。

「次は平気な気がします」
「ぇ、え?」

 僕の変化にエルサ先輩はついていけていない。それでもいい。たぶん、次はほんとうに平気な気がした。

「エルサ先輩。僕頑張って一番の成績取って見せます!」
「そ、そう。がんばってね」
「はい!」

 もう一度元気よく声を出せばエルサ先輩に「しーよ」と言われてしまった。それに今度こそ小さな声で返事をした。



   * * *



「エルサ先輩! おはようございます!」

 かけられた声に顔を上げればいつも視線をさ迷わせていた1年生がいた。彼はクールな雰囲気とは違う元気な男の子で。挨拶もとても元気がいい。ただ、わたしにしてくれたことはあまりない。だから、その元気な挨拶に思わず目を瞬かせてしまった。

「あ、あのエルサ先輩?」
「あ、えっと、おはよう、デュース」
「っす!」

 わたしのワンテンポ遅い返事に気を悪くすることなく笑顔で頭を下げた。そのまま彼は「日直なんで!」と元気よく去って行った。
 ついこの間までしどろもどろで明らかにわたしを苦手にしていた子の変化に首を傾げる。

「どうやらお前に慣れたらしいな」
「わっ」

 急な気配に思わず飛び跳ねる。後ろを向けばマレウスがにんまりと口角を上げて見下ろしていた。
 マレウスにどういう意味と言う前に、わたしは思い出したように彼に詰め寄る。

「この間のデュースの課題どうして付き合ってあげなかったの」
「ああ。あれか、ふむ」

 考え込むように顎に手を添えるマレウス。絵になる姿だが見惚れるような気持ちではない。わたしは苛立たしげにはしたなく地面をたんたんと叩く。

「スペードがお前との関係に悩んでいたようだからな」
「それは……」

 流石にそれに反論できない。とはいえ、だ。わたしはマレウスを睨みながら「わたしに一言ちょうだい」と言う。

「なぜ?」
「わたしが図書館にいなければ彼は課題提出できなくて大変だったのよ」
「そうなのか?」
「そうよ」

 まったく、と腕を組んで不思議そうな顔のマレウスを見る。彼はまた考えるように空を見上げて「すまなかった」と謝った。

「謝罪はデュースにしてちょうだい」
「そうだな。何か謝罪の品があったほうがいいな」

 どうするか、と少し楽しそうなマレウスにちょっと心配になる。そして、その心配はその後的中した。後日、デュースが困惑気味に「なんかまた高価そうな鉱石もらったんですけど」と話してくれた。


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