うたた寝少年

花の妖精姫



 目を覚ましたとき花の妖精姫ようせいひがいるのかと思った。それほど愛らしい花で作られた冠を頭に乗せて暖かな日差しの中にいる彼女は可憐で美しかった。あのときの光景は寝起きだと言うようにいまだに瞼の裏に焼きついている。

「ほほぉ。エルサ姫の花のプリンセス事件はそなたが原因か」
「実は……」

 親父殿が愉し気に目を細めながら言う。その傍に座るマレウス様は少しだけ不満そうに眉を顰めている。もしかして、マレウス様のご友人であるエルサ先輩の手を煩わせたことにお怒りになっているのかもしれない。そういえば、エルサ先輩にもまだお礼もお詫びもしていない。これではいけない。

「エルサ先輩にはお詫びに伺いたいと思います」

 立ち上がると親父殿が「なんじゃ突然」と目を丸くさせた。けれど、俺は親父殿が驚いたことよりも今はエルサ先輩への謝罪で頭がいっぱいになった。

「オクタヴィネル寮に行って参ります」
「お、おぉ? そうか? まぁ、今の時間ならエルサも寮におるじゃろ」
「そうですか。では、失礼します」
「うぅん。まぁ、気を着けるんじゃぞ」

 頷いて親父殿といまだに黙り込むマレウス様に背を向けてオレは寮を後にした。
 そして、オクタヴィネル寮に出向いてエルサ先輩に会いに行くと――俺は再び妖精の姫君に出会った。

「エルサ、先輩?」
「シルバー?」

 談話室に連れ来られるとそこにはオクタヴィネル寮生に囲まれたエルサ先輩がいた。しかし、その姿は制服姿でも寮服でもなかった。
 エルサ先輩は身体のラインに沿った白とブルーのシンプルなドレスを身に纏っていた。そして、星々が輝くような美しいプラチナブロンドを編み込んだ髪には愛らしい花々が差し込まれていた。今のエルサ先輩は先日の花の妖精姫のような姿をしていた。

「あれ? クラゲちゃんじゃん、どーしたの?」
「ッ」

 突然隣にゆらりとやって来た気配に顔を横に向ければ大量の花々を抱えていたフロイドがいた。今の今までに気づかなかったことに驚愕する。それほど自分はエルサ先輩の姿に見惚れていたというのか。
 「クラゲちゃん?」怪訝に眉を顰めたフロイドに我に返り咄嗟に「謝罪に」と口にする。それにフロイドは首を傾げた。

「謝罪? クラゲちゃん、何かやらかしたの?」
「エルサ先輩に迷惑をかけてしまってな」
「テツギョちゃん先輩? そうなの?」

 フロイドがエルサ先輩に訊ねる。尋ねられたエルサ先輩が柳眉を下げて「何かあったかしら?」と首を傾げた。その姿がまた何とも言えない感情が込み上げて何だか居心地が悪くなる。

「もしかしたらエルサさんの花のプリンセスの件では?」
「ッ」

 フロイドの反対側から突然ゆらりと気配がして驚く。パッとフロイドと反対側を見れば綺麗に束ねられた花束を手にして横にやってジェイドがいた。再び気配のなさに驚愕しつつもつとめて冷静に頷く。

「ああ。俺の周りにいた動物たちがしたことだからな」

 再びエルサ先輩を見ると淡く色づく唇で微笑んで立ち上がった。その所作は流石王族というのか美しかった。そして、美しいドレスの裾を優雅にさばきながら俺の前に立った。ふわりと香る花の香りが漂う。動物たちのお蔭で花の香りに慣れているはずなのに妙に頭の裏を刺激する香りがした。不愉快ではないけれどなんとも言えない香りだった。

「あなたのせいじゃないわ。わたしが気づかなかったから悪かったのよ」
「ですが、お手を煩わせたのは言うまでもないかと」

 一歩身を引いて「ご迷惑おかけしました」と頭を深く下げる。

「ああ! いいのよ! ほんとに気にしていないから! 頭を上げて、ね、ね」
「ですが、」
「ほんと、いいの。気にしないで」

 エルサ先輩の優しさに感動しながら頭を上げる。そこで改めて何故エルサ先輩がドレスを着ているのか気になった。

「先輩はこれから舞踏会に参加されるのですか?」

 一国の姫君であられるエルサ先輩なら十分にありえる。だが、それなら故郷に戻って準備するのでは。それともここから鏡を使って行くのか。

「あ~これはね」

 エルサ先輩の綺麗な瞳が俺の左右に向かって動く。習って俺も右と左を見る。右にはフロイド、左はジェイド。どちらも沢山の花々を抱えている。

「お前たちが何か関係しているのか?」
「ふふ。ええ、そうですね。後輩特権を利用して少々」

 ジェイドが悪戯する子どもみたいな顔をしながら言う。
 後輩特権とはいったい何だろうか。首を傾げるとフロイドの気配が動き出した。

「オレさぁ。タイミング悪くて花のお姫様なテツギョちゃん先輩見てねぇの」

 「だから再現してんの!」フロイドが言うと両腕に沢山あった花をエルサ先輩の上にばっと放る。ハラハラ落ちていく花々に「ぁ」と思うとフロイドがマジカルペンを片手に呪文を唱えた。すると、花に着いていた茎は無くなり花弁だけとなった花がエルサ先輩の周りをクルクル舞う。その花に囲まれてエルサ先輩は苦笑を浮かべた。

「ということよ」
「ちなみに、ドレスはエルサさんの私物です」
「私物……?」

 ここでは舞踏会など行われるような行事は今のところない。そもそも行事の場合は式典服がある。何故、ドレスと首を傾げているとエルサ先輩が白い頬を薔薇色に染める。

「これは母がもしもの場合と言って――もしもなんてないのにねぇ」
「なるほど。だからとてもお似合いなんですね」
「もう。ほめ過ぎよ。シルバー」

 さらに薔薇色に染まる頬で笑むエルサ先輩。凛々しい顔立ちからは想像できないほど愛ら――。

「さて、エルサさん。僕は花束を作ってみましたよ」

 思考を遮るようにジェイドが花束を渡す。ふと、その花束が普通の花束ではないことに気づく。だが、それが何だか分からない。けれど、どこかで見たことがあるような――。

「っ」

 不意に瞼が重くなる。これはいけない。
 幼い頃から衝動的にこうした眠気がやって来る。そして、いつも知らぬ間に寝てしまう。そういえばエルサ先輩が花の妖精姫になったときもそうだった。でも、まさか他の寮で眠気が着てしまうなんて。

「シルバー?」

 エルサ先輩に名前を呼ばれて最後また意識が遠のいた。



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