人魚の少年三人組
心配性な後輩
数日後。
「なんてことかしら」
はぁ~~~と自分の中に詰まっている息を吐き出す。
ここ数日なんだか気が抜けているのか小さいミスばかり。授業では忘れ物もするし、話が右から左に抜けていくし、実験で危うく爆発するような薬品を入れそうになるし、飛行術では落下しそうになる。さっきの体力育成でも盛大に転ぶし――なにやっているのかしら。
「ふぅ」
先ほど盛大に転んで擦りむいた膝を撫でる。といっても、そこにあるはもうほんの小さな傷だけ。魔法医術士の資格を持つ保険医が綺麗に傷は治してくれた。だから僅かな痛みくらいしかないけれど撫でてしまう。
「はぁぁああ」
こんな不甲斐ない姿を晒し続けてはケイトたちにも心配されてしまう。というか、もうヴィルとかには心配されているし――なんて情けないのかしら。
「はぁ」
もう一度ため息を洩らして膝の上に置いてある本を撫でる。気分転換に読書をしようと思って外に来たけれどダメみたい。
気分が晴れない理由はもう分かっている。フロイドにオラフを見せたときから少しずつ調子を悪くしていった。彼とのやり取りに調子を崩したというよりも、紛らわすことができなかった寂しさが原因。
とはいえ、ここまで調子を崩したのはいつぶりだろう。
「寝込まないだけましよね」
「おや。具合が悪いのですか?」
「いいえ。そういうわけで、は――え?」
思わず返事しかけた口を閉じて座ったまま顔を上げる。そこにいたのは――。
「ジェイド!」
「はい。ジェイド・リーチです」
にこりと笑う瞬間に兄弟のフロイドと同じギザギザした歯が見えた。
不意にこの間のフロイドのやり取りを思い出して芋づる式でオラフのことを思い出す。途端身体が重くなった気がして顔を逸らす。
別にフロイドは悪くないし、兄弟で似ているジェイドが悪いわけではない。こんなことで調子を崩す自分が悪い。
「ふぅ」と思わず息を吐きだすと「失礼します」という丁寧な言葉とベンチが少しだけきしむ音がした。ジェイドが隣に腰を下ろしたのが分かり横に顔を向ける。
ジェイドは真剣な眼差しをしていると思ったら柔らかく吊り上がり気味の目尻を緩めて微笑んだ。
「何かお悩みのようで」
「悩み……」
悩みといえば悩み。でも、おいそれと他人に話すことができない悩みだ。
どうやら私の様子は後輩であるジェイドの迷惑をかけたくない。そもそもフロイドの前で晒した姿だって恥ずかしかったのにこれ以上情けない姿は後輩にみせたくない。
「ちなみに最近僕ら、アズールと一緒に悩み事相談のようなことをしているんです」
「ああ。そういえば」
アズールがこの間部活で「何かあればいつでも」と言っていた。イデアは「法外な請求されそう」とか言っていたけれど。さすがに学生がそんな金銭のやり取りすることはないでしょう。それをイデアに言ったけれど「いや、アズール氏だからさ」と言ってのけた。
「お金は取ってないのよね」
「はい」
上品に微笑むジェイドに胸をなでおろしながらわたしも笑みを返す。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
心配しないで言えば彼が困ったように眉を下げる。
「後輩の僕が言うのも差し出がましいことですが最近エルサさんの行動は見ていて危なっかしいものがありますよ」
ああ。そこまでもう見抜かれている。なら同級生の彼らにも見透かされているに違いないわ。それでも何も言ってこないのは話してくれるのを待っているのかもしれない。
――言えないわ。言えないわよ。
前世の記憶があって、周りにも何人か転生者がいるなんて。コミックの話なんて言われてしまうかもしれない。いいえ。彼らはそんなこと言わないかもしれないけれど――。
――せっかくできた友達を失いたくないわ。
意気地なし。わたしは結局彼らにも、いいえ家族にだって言えない。このまま死ぬまで抱えていくつもりではある。支障はたまにちょっと調子を崩してしまうくらい。
ぎゅっと膝の上の本に視線を下げると――。
「すいません。出過ぎた真似をしてしまいましたね」
ジェイドの謝罪の言葉に我に返って彼を見る。彼は寂し気に微笑んでいた。
罪悪感が刺激される。彼はせっかく心配してくれたのに。わたしは拒絶に近い線引きをしてしまった。
「あ、ちが、違うの! 心配してくれたのはとても、とても嬉しいのよ。でも、あの、やっぱり、ちょっと話すのは難しくて」
捲し立てるように言うけれどやっぱり話すことはできない。でも、わたしは必死でジェイドの言葉は迷惑ではなかったことを告げる。
「そうですか。それはよかったです」
安心した様子に表情を緩めるジェイドに申し訳なさが込み上げる。
――もう! わたしは! 結局後輩を傷つけているじゃないの!
ジェイドがいなかったらちょっと自分の頬を抓ってやりたいくらい。
にしても、後輩が態々こう申し出してくれたのだから何か、何か、と思考を巡らしたとき両親からの手紙を思い出した。
「あ、えっと、悩みというか、お願いはあるわ」
「お願い、ですか?」
ジェイドは大人びた顔つきから少しだけ幼さを覗かせながら首を傾げる。すると、フロイドとお揃いのピアスがシャランと涼し気な音を立てた。
「相変わらず素敵なピアスね」
「お褒めいただきありがとうございます。で、お願いとは」
「ああ。そうそう。実はね」
言いかけて口を噤む。
――これはこれで迷惑じゃないかしら?
わたしのお願いは国が主催するパーティーだ。学園の様子も話してほしいということで両親にお願いされて学園長からも許可をもらい来週の末にしばし帰省することになっている。わたし一人でも十分だけれどせっかくだから、と思ってジェイドたちを誘おうと思ったけれど――。
「どうしましたか?」
窺うようにジェイドを見るとわたしは口ごもる。
「あの、せっかくだしお願いしようと思ったのだけれど……もしかしたらあなたたちの重荷になるかもしれないわ」
「そんな。エルサさんのお願いを重荷だと思いません」
「でも、あなたたち陸一年目でしょ。やっぱりパーティーは難しいかしら?」
「パーティーですか?」
「ええ」
ここまでくれば話すしかないとわたしは結局そのままお願い事を話す。すると、フロイドとは左右色の異なるオッドアイがキラキラと輝く。ジェイドは品行方正でよくフロイドのお兄ちゃんみたいな扱いを受けているけれど、わたしからしたらフロイドもジェイドも変わらない気がする。お互いが兄でお互いが弟。少しだけ前世のアナとわたしのような気もしなくはない。
「――ということでね。重荷にならないかしら?」
「いえいえ! ただエルサさんがおっしゃった通り陸一年目ですしむしろご迷惑になるのではと」
「そんなことないわ!」
眉を困った形にするジェイドに全力で首を横に振る。
三人ともよく陸の生活を勉強しているし、たまに、たまぁに、面白いことをするけれど迷惑をかけるような行動をしていない。
「大丈夫。わたしが保証するわ。それにあなたたちにはできればわたしの傍にいてほしいの」
「傍に、ですか」
「ええ。できれば、ボディーガードみたいなパートナーみたいな」
「ボディーガード? パートナー?」
わたしはきょとんとする可愛いジェイドに申し訳ない気持ちで話す。
本来なら別にパートナーとかいなくてもいいのだけれど、最近しつこく男性にダンスを誘われることがある。両親はどちらも一人っ子でパートナーにできるような従兄弟もいない。年の近い親戚もいない。何とか断っているけれどそろそろ厳しくなっている。
「だから、あなたたちが傍でいるだけでも助かるの」
「なるほどそれは確かに困りますね」
「そうなのよ」
頬に手をあててわたしはため息を洩らしてジェイドを見る。目が合うと彼は「わかりました」と頷く。わたしはあっさりと返事をしたジェイドに目を瞠る。
「あ、あのね、ジェイド。アズールやフロイドが無理ならあなた一人でもいいし。あ、一人がいやなら参加しなくて全然いいのよ」
「大丈夫です。幸い予定もないですし、たぶん二人も平気です」
「まかせてください」そう言い切るジェイドに頼もしさを覚える。同時に、今まで自分の家に友達を呼んだことがない。とはいっても三人とも後輩だけれど、誰かを招待するのは初めてのことだ。
「エルサさん。では、当日全力でサポートさせていただきます」
「ええ。わたしも三人が困らないようにサポートするわ」
そういえばジェイドは自然と笑みを浮かべて「お願いします」と言った。
わたしは早速お父様に連絡しなければ立ち上がる。そして、ジェイドにひとこと断りを入れて寮に向かった。そして、いつの間にかあの身体に纏わりつくような重さがなくなったような気がした。
数日後。
「なんてことかしら」
はぁ~~~と自分の中に詰まっている息を吐き出す。
ここ数日なんだか気が抜けているのか小さいミスばかり。授業では忘れ物もするし、話が右から左に抜けていくし、実験で危うく爆発するような薬品を入れそうになるし、飛行術では落下しそうになる。さっきの体力育成でも盛大に転ぶし――なにやっているのかしら。
「ふぅ」
先ほど盛大に転んで擦りむいた膝を撫でる。といっても、そこにあるはもうほんの小さな傷だけ。魔法医術士の資格を持つ保険医が綺麗に傷は治してくれた。だから僅かな痛みくらいしかないけれど撫でてしまう。
「はぁぁああ」
こんな不甲斐ない姿を晒し続けてはケイトたちにも心配されてしまう。というか、もうヴィルとかには心配されているし――なんて情けないのかしら。
「はぁ」
もう一度ため息を洩らして膝の上に置いてある本を撫でる。気分転換に読書をしようと思って外に来たけれどダメみたい。
気分が晴れない理由はもう分かっている。フロイドにオラフを見せたときから少しずつ調子を悪くしていった。彼とのやり取りに調子を崩したというよりも、紛らわすことができなかった寂しさが原因。
とはいえ、ここまで調子を崩したのはいつぶりだろう。
「寝込まないだけましよね」
「おや。具合が悪いのですか?」
「いいえ。そういうわけで、は――え?」
思わず返事しかけた口を閉じて座ったまま顔を上げる。そこにいたのは――。
「ジェイド!」
「はい。ジェイド・リーチです」
にこりと笑う瞬間に兄弟のフロイドと同じギザギザした歯が見えた。
不意にこの間のフロイドのやり取りを思い出して芋づる式でオラフのことを思い出す。途端身体が重くなった気がして顔を逸らす。
別にフロイドは悪くないし、兄弟で似ているジェイドが悪いわけではない。こんなことで調子を崩す自分が悪い。
「ふぅ」と思わず息を吐きだすと「失礼します」という丁寧な言葉とベンチが少しだけきしむ音がした。ジェイドが隣に腰を下ろしたのが分かり横に顔を向ける。
ジェイドは真剣な眼差しをしていると思ったら柔らかく吊り上がり気味の目尻を緩めて微笑んだ。
「何かお悩みのようで」
「悩み……」
悩みといえば悩み。でも、おいそれと他人に話すことができない悩みだ。
どうやら私の様子は後輩であるジェイドの迷惑をかけたくない。そもそもフロイドの前で晒した姿だって恥ずかしかったのにこれ以上情けない姿は後輩にみせたくない。
「ちなみに最近僕ら、アズールと一緒に悩み事相談のようなことをしているんです」
「ああ。そういえば」
アズールがこの間部活で「何かあればいつでも」と言っていた。イデアは「法外な請求されそう」とか言っていたけれど。さすがに学生がそんな金銭のやり取りすることはないでしょう。それをイデアに言ったけれど「いや、アズール氏だからさ」と言ってのけた。
「お金は取ってないのよね」
「はい」
上品に微笑むジェイドに胸をなでおろしながらわたしも笑みを返す。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
心配しないで言えば彼が困ったように眉を下げる。
「後輩の僕が言うのも差し出がましいことですが最近エルサさんの行動は見ていて危なっかしいものがありますよ」
ああ。そこまでもう見抜かれている。なら同級生の彼らにも見透かされているに違いないわ。それでも何も言ってこないのは話してくれるのを待っているのかもしれない。
――言えないわ。言えないわよ。
前世の記憶があって、周りにも何人か転生者がいるなんて。コミックの話なんて言われてしまうかもしれない。いいえ。彼らはそんなこと言わないかもしれないけれど――。
――せっかくできた友達を失いたくないわ。
意気地なし。わたしは結局彼らにも、いいえ家族にだって言えない。このまま死ぬまで抱えていくつもりではある。支障はたまにちょっと調子を崩してしまうくらい。
ぎゅっと膝の上の本に視線を下げると――。
「すいません。出過ぎた真似をしてしまいましたね」
ジェイドの謝罪の言葉に我に返って彼を見る。彼は寂し気に微笑んでいた。
罪悪感が刺激される。彼はせっかく心配してくれたのに。わたしは拒絶に近い線引きをしてしまった。
「あ、ちが、違うの! 心配してくれたのはとても、とても嬉しいのよ。でも、あの、やっぱり、ちょっと話すのは難しくて」
捲し立てるように言うけれどやっぱり話すことはできない。でも、わたしは必死でジェイドの言葉は迷惑ではなかったことを告げる。
「そうですか。それはよかったです」
安心した様子に表情を緩めるジェイドに申し訳なさが込み上げる。
――もう! わたしは! 結局後輩を傷つけているじゃないの!
ジェイドがいなかったらちょっと自分の頬を抓ってやりたいくらい。
にしても、後輩が態々こう申し出してくれたのだから何か、何か、と思考を巡らしたとき両親からの手紙を思い出した。
「あ、えっと、悩みというか、お願いはあるわ」
「お願い、ですか?」
ジェイドは大人びた顔つきから少しだけ幼さを覗かせながら首を傾げる。すると、フロイドとお揃いのピアスがシャランと涼し気な音を立てた。
「相変わらず素敵なピアスね」
「お褒めいただきありがとうございます。で、お願いとは」
「ああ。そうそう。実はね」
言いかけて口を噤む。
――これはこれで迷惑じゃないかしら?
わたしのお願いは国が主催するパーティーだ。学園の様子も話してほしいということで両親にお願いされて学園長からも許可をもらい来週の末にしばし帰省することになっている。わたし一人でも十分だけれどせっかくだから、と思ってジェイドたちを誘おうと思ったけれど――。
「どうしましたか?」
窺うようにジェイドを見るとわたしは口ごもる。
「あの、せっかくだしお願いしようと思ったのだけれど……もしかしたらあなたたちの重荷になるかもしれないわ」
「そんな。エルサさんのお願いを重荷だと思いません」
「でも、あなたたち陸一年目でしょ。やっぱりパーティーは難しいかしら?」
「パーティーですか?」
「ええ」
ここまでくれば話すしかないとわたしは結局そのままお願い事を話す。すると、フロイドとは左右色の異なるオッドアイがキラキラと輝く。ジェイドは品行方正でよくフロイドのお兄ちゃんみたいな扱いを受けているけれど、わたしからしたらフロイドもジェイドも変わらない気がする。お互いが兄でお互いが弟。少しだけ前世のアナとわたしのような気もしなくはない。
「――ということでね。重荷にならないかしら?」
「いえいえ! ただエルサさんがおっしゃった通り陸一年目ですしむしろご迷惑になるのではと」
「そんなことないわ!」
眉を困った形にするジェイドに全力で首を横に振る。
三人ともよく陸の生活を勉強しているし、たまに、たまぁに、面白いことをするけれど迷惑をかけるような行動をしていない。
「大丈夫。わたしが保証するわ。それにあなたたちにはできればわたしの傍にいてほしいの」
「傍に、ですか」
「ええ。できれば、ボディーガードみたいなパートナーみたいな」
「ボディーガード? パートナー?」
わたしはきょとんとする可愛いジェイドに申し訳ない気持ちで話す。
本来なら別にパートナーとかいなくてもいいのだけれど、最近しつこく男性にダンスを誘われることがある。両親はどちらも一人っ子でパートナーにできるような従兄弟もいない。年の近い親戚もいない。何とか断っているけれどそろそろ厳しくなっている。
「だから、あなたたちが傍でいるだけでも助かるの」
「なるほどそれは確かに困りますね」
「そうなのよ」
頬に手をあててわたしはため息を洩らしてジェイドを見る。目が合うと彼は「わかりました」と頷く。わたしはあっさりと返事をしたジェイドに目を瞠る。
「あ、あのね、ジェイド。アズールやフロイドが無理ならあなた一人でもいいし。あ、一人がいやなら参加しなくて全然いいのよ」
「大丈夫です。幸い予定もないですし、たぶん二人も平気です」
「まかせてください」そう言い切るジェイドに頼もしさを覚える。同時に、今まで自分の家に友達を呼んだことがない。とはいっても三人とも後輩だけれど、誰かを招待するのは初めてのことだ。
「エルサさん。では、当日全力でサポートさせていただきます」
「ええ。わたしも三人が困らないようにサポートするわ」
そういえばジェイドは自然と笑みを浮かべて「お願いします」と言った。
わたしは早速お父様に連絡しなければ立ち上がる。そして、ジェイドにひとこと断りを入れて寮に向かった。そして、いつの間にかあの身体に纏わりつくような重さがなくなったような気がした。