人魚の少年三人組

気分屋な後輩



「ねぇねぇ。テツギョちゃん先輩」

 独特な呼び方とちょっと甘ったるい子どもみたいな無邪気な声。
 最近ようやく覚えた声にしゃがんだまま顔をパッと上げれば随分と高いところからわたしを見下ろす可愛い後輩がいた。

「フロイド、どうしたの?」
「なにしてんのぉ?」
「魔法の練習よ」
「そんなん見れば分かるし」

 眉をキュッと寄せたフロイドはわたしの答えが見当違いと言いたげな顔のまま隣にしゃがんだ。フロイドが不満げな顔のまま手元を覗き込む。
 わたしの手のひらにはユニーク魔法である雪の結晶がふわふわと浮いている。すると、不満そうだった顔は瞬く間に好奇心旺盛な小さな子どものように無邪気な顔になる。無垢なのか無邪気なのか。男子高校生だというのに随分と可愛らしい反応は妹のアナを思い出させて自然と頬が緩む。

「ふふ。今のフロイドわたしの妹みたいよ」
「テツギョちゃん先輩って妹いんの?」
「ええ。今年九つになるのよ」

 「可愛い盛りよ」と言えばフロイドは数回瞬きをすると眉を顰めて唇と尖らせる。拗ねた顔にやっぱり小さな女の子と同じは嫌だったみたい。でも、そういう反応もやっぱり妹によく似ていて可愛い。でも、一応謝らないとね。

「ごめんなさいね。でも、本当にあなたアナに似ていて」
「謝るんなら最後のいらなくねぇ」
「そうね。ふふ、ごめんなさい」
「別にぃ、もういいし」

 ふいと顔をわたしから逸れた顔。その横顔はやっぱりまだ拗ねていてさすがに申し訳なさが込み上げる。
 ご機嫌斜めになってしまった後輩の機嫌を直すにはやっぱり魔法しかない。
 わたしは手のひらをぎゅっと握りしめる。それから握り込んだ手のひらの中心に魔力を集中させる。パァと指の隙間から淡い青白い光が零れ、同時に雪の結晶が零れる。

「フロイド、見て」
「ん?」

 彼がこっちを見たのを確認してわたしは手を広げる。シュパッと握りしめていた魔法が空に向かって打ち上がる。魔法はわたしとフロイドのちょうど頭上で弾けて粉雪のようにキラキラ煌めき降って来る。
 キラキラした雪はフロイドとわたしに降り注ぐ。それをフロイドは見上げて幼い子どものように瞬きを繰り返すと、手を上げる。
 長い腕を伸ばして彼は雪の結晶に触れようとする。でも、それは長い指先に触れた瞬間にパァと弾けて魔法の粉として消える。
 フロイドはその指先をこすりながら「なんかさぁ」とおもむろに口を開ける。

「ほかに何できんの?」
「ほかに? そうね」

 左右色の異なる瞳をわたしに向けるフロイド。興味津々に見つめてくる瞳は意外に凪いでいる。さっきまでアナのようだったのに――不思議な子と思いながらわたしは両手を前に翳して雪を出す。それから指をくるくると動かして雪だるまを作り出す。最後に細い木の枝を頭に三本、体の横に二本つけて腕を作り上げ、胴体に石でボタンを作って完成。

 ――やっぱり動かないのね。

 かつては命が宿ったのに今のわたしの力では〝オラフ〟は生まれない。小さい頃から幾度も作ったけれど魔力が強くなった今でも彼は動き出すことも、話し出すこともない。それがたまらなく寂しいと同時にこの世界での自分は以前よりも魔力が強くないことを実感する。実際、ユニーク魔法となった雪と氷の魔法は前世に比べれば全然弱い。

「これって雪だるって言うんだっけ?」

 声をかけられて我に返りわたしは「そう。名前はオラフよ」と答える。
 雪だるまの名前を教えられたフロイドは瞬きをしながら「オラフ?」と繰り返す。それはやっぱりこの世で初めてオラフを見せたときのアナに似ていた。
 そういえば、あの時もわたしは寂しさが胸を過った。アナはアナだけれど前世の記憶を持っていない。

 ――どうしてわたしだけ持っているのかしら。

 同じようにお父様もお母様も前世の人で、アナの愛した人のクリストフも彼だというのに。エルサ以外誰も記憶を持っていなかった。いつか戻るかもしれないと思ったけれど、今ではもう諦めている。そもそもアナは以前の寂しい幼少期の記憶はない方がいい、クリスフとも両親健全の今以前の記憶はいらない方がいいかもしれない。お父様とお母様だって、そうよ。

 ――でも、なら、ほんとうにどうしてわたしだけ……え。

 不意に意識が沈んでいくとき視界の端でオラフの腕が動いた気がした。じっと見るが動いていない。気のせいかと思ったら――両腕が動いた。

「え、えぇっ! うそ! 動いた!」

 どうして、とわたしは確認するようにフロイドを見れば彼はマジカルペンを手にしていた。クリアに近いオクタヴィネル寮生の魔法石からキラキラと魔法の粉が漏れ出た。

「フロイド。あなたの魔法?」
「うん。なんか動き出しそうだったからさ」

 なんでもなく言うフロイドにわたしは「そう」と思わず力なく呟きながらオラフを見るがもう腕は動いていなかった。それにまた落ち込む自分が嫌になる。でも、やっぱり自分が以前のような魔法に期待していることに気づいてしまってひとり苦笑を浮かべながらオラフを撫で上げる。

「ぎゅーーと抱きしめて、あげたいって感じだね」
「え?」

 懐かしい記憶を揺り動かすような言葉。反射的にフロイドを見れば口を閉じてにっこりと微笑む。何だかその笑みはいつも彼が無邪気に浮かべる笑みと違う様子があった。
 何か悪戯されるのかしら、と身構えると綺麗に閉じていた口がパッと開いてギザギザした立派な歯が見えた。

「あはっ。テツギョちゃん先輩の顔おもしれぇ!」
「ぇ、ええ?」

 何が面白かったのか。困惑気味に彼を見ていると笑ったまま身体を寄せてきた。それから目を覗き込むように顔を寄せてきた。この距離間にはさすがに驚きと同時に恥ずかしさで頬が熱くなる。わたしは慌てて立ち上がって距離を取る。すると、フロイドもつられるように立ち上がる。
 これで距離が取れると思ったらまた高いところにある顔を寄せてこようとする。わたしは慌てて両手を突っぱねる。

「ち、近いわ、フロイド!」
「ん? そう?」
「近い!」

 力いっぱい叫べばフロイドは「ふぅん」と興味なさそうな声を零した。どうやら彼の興味が徐々に失われ始めているようだ。
 フロイドは好奇心旺盛だけれど同時に飽きっぽくて気まぐれなころがある。だから、今もそうなっているのだろうけれど心臓に悪いことがた手続きに置きすぎている。
 はぁ、とため息を洩らす。

「元気になった感じ?」
「ぇ?」

 パッとフロイドを見ればもうじっとこちらを見ていた。しばし見つめ合うと彼の視線が僅かにずれてぽつりと囁いた。

「なんかさぁ、テツギョちゃん先輩寂しそうだから」
「ぇ」

 わたしの心情が見透かされていた。いや、違う。あれだけ露骨に出していたらそう見えるに決まっている。わたしは瞬く間に羞恥心に襲われた。
 後輩にあからさまな心情を見せてしまった。しかも、彼なりに励ましてくれた。後輩の気遣いの嬉しさよりも自分の情けない姿を見せた恥ずかしさが上回る。

「ごめんなさい。みっともないところを見せたわ」
「別に……」

 視線を逸らしたままぶっきらぼうに答えるフロイドに少し余裕が出てくる。

「フロイド。ありがとう。もう大丈夫……もう寂しくはないわ」
「あっそ」

 それていた視線が再びわたしを捉えた。一瞬目を細めた彼はにんまりと微笑んだ。その笑みに警戒したけれどそれより早くフロイドの顔が近くにやって来た。その近さに「近い!」と手を突っぱねる前に「次さ」と話し出し思わず手を突っ張るのを忘れて耳を傾ける。

「次、寂しくなったらぎゅーーっと抱きしめてあげようか?」
「なっ、」

 先ほどよりも声を潜めた秘め事のような囁きにわたしは顔の熱を隠すことができなかった。その反応が良かったのかフロイドは満足げに目じりを下げてようやく離れた。

「ま。オレの気分だけど」
「あ、あなたねぇ!」

 からかわれた、と思ったわたしは反論しようとしたけれど遠くで鐘の音が聞こえた。

「あ。オレ、次、魔法薬学だった。じゃねぇ~」
「ちょ、フロイド!」

 長い脚で足早に去っていくフロイドは捕まえることができない。そもそも授業がある後輩を引き留めることはできない。

「もう!」

 わたしは込み上げる怒りを頭上に雪を打ち上げることで誤魔化す。キラキラ降って来る雪に少しだけ思考が冷えていく。これでいいと思いながらわたしは作り上げたオラフを向き直る。

「ちょっと! オラフ! 今の見た!」

 まったくフロイドは、と話すけれど陽気な声は帰ってこない。それにわたしは大丈夫だと思った寂しさが込み上げてくる。
 わたしはオラフの前に座って膝を抱える。それからじっと動かないオラフから視線を逸す。

「寂しくなんかないなんて……」

 嘘。やっぱり寂しい。フロイドにああは言ったけれどやっぱり寂しいわ。
 改めてわたしは記憶を共有できないことに寂しさが込み上げた。このときオラフの陽気な声がきけたらいいのに。目の前のただの雪だるまは何も言ってくれない。

「寂しいわよ、オラフ」

 しばらくわたしは返事をくれない雪だるまを見つめた。そして、授業の終わりを告げる鐘の音を聞いて魔法を解いた。瞬く間に崩れ消えるオラフにやっぱりどうしようもない感情が込み上げた。



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