さぁ、戦いの火蓋が切られました!

さぁ、戦いの火蓋が切られました!・1




「ジャックさん、顔色が優れませんね」

 普段であれば芝居がかった胡散臭さを感じる声音が今日は違って聞こえた。
 ゆっくりとそちらに目を向ければ想像していたが、どこか想像と違った男がいた。

「アズール……先輩っすか?」
「他に誰に見えるっていうんですか?」

 呆れを含んだ声と眼差しを返されるが、すぐにそれは鳴りを潜める。それから「隣、空いてますか?」と訊ねてくる。
 ジャックの隣は誰がどうみたって空いている。食堂でエースたちと食事をとることもあるが最近はしていない。今はエースたちの香りでさえ着くのさえ何を言われるか分からない。もとより、一人で食事を取ることに抵抗はない。そもそも最初はそうだった。
 だというのに、最近寂しいと思う自分は弱くなったのか。はたまた、そうさせられているのか――。

「ジャックさん」

 再びかけられた声に我に返る。アズールをしっかりと見れば苛立ちもせずにジャックの答えを待っている。正直、なぜここで取るのか分からない。
 久々に警戒心というものが込み上げると――。

「おや。ようやくいつもの貴方らしくなりましたね」
「は?」
「いえ。最近、ずいぶんと大人しいと思っていまして」

 いつもの胡散臭い微笑みを浮かべてジャックが承諾してもいないのに隣に座る。そして手際よく小さなランチボックスを開き始める。

「お、おい。別に隣でわざわざ食わなくてもいいだろ!」

 思わず食って掛かるがアズールは気に留めない。この飄々とした感じジャックが苦手意識を持っているウツボの双子のようだ。やはり付き合いが長いと似るものなのか。それともアズールもそういう男だったのか。
 ぐるぐる思わず威嚇するように喉を鳴らせばアズールは横目で満足そうに目を細める。

「さっきまでまるで牙を抜かれていたようでしたが違ったようですね」

 牙を抜けれた、という言葉にジャックの脳裏に二つの声が木霊すると同時に身体のあちこちが痛みだす。今や、ジャックには脳裏に浮かんだ二人の考えがよく分からないでいた。いや、もとから分からない人たちだったが、それでもジャックにとっては目指すべき人たちであった。

「浮かない顔をしていますね」
「うるせぇな」
「人がせっかく心配しているのに酷い言葉を返しますね」

 ぐさっと何かが突き刺さった。普段であれば「お前には関係ねぇ」と言い返せるのに今日は何故かぐさりと根深くアズールの言葉が突き刺さる。

「ジャックさん。これよろしければどうぞ」
「あ?」

 差し出されたのは掌より少し小さめの丸いスチール缶。飴玉が入っていそうな缶だが装飾品もなにもない無機質なもの。薬でも入っていそうな――とジャックの首筋から薄っすらと血の香りした。

「ッ!」

 バッと思わず首筋を隠した拍子に傷が痛み思わず顔を顰める。とたん、アズールの深海のように青い瞳が鋭くなったように見えた。
 不愉快といえる感情が見えたような気がする。だが、それがジャックに対してというよりも別のものに向けているようだ。

「こちら傷薬です」

 アズールは言及することなく淡々と告げた。
 正直、ジャックはアズールに借りを作りたくない。そもそもアズールやリーチ兄弟に関わったらろくなことが起きたためしがない。
 以前のジャックだったら「いらねぇ!」と跳ねのけただろう。だが、今日は自然とアズールの掌にある薬に手が伸びる。

「……あざっす」

 ジャックの言葉と行動にアズールが僅かに目を見開く。
 素直に手に取るとは思わなかったのだろう。だが、このまま何か言うかと思えばアズールは吊り上がった目尻を少し和らげて「いえ」とだけ返した。
 アズールはそれからすぐにランチボックスを閉じると「用事を思い出しました」とスタスタこの場を去って行った。
 なんだったんだ。やはり、押し売りか何かと思ったがジャックはアズールから貰った薬をジャケットのポケットにそっと入れた。



 だいぶ距離はできただろうとアズールは足を止める。
 妙に早なる心臓を抑えるために手に持っていたランチボックスは少し歪んでしまった。だが、まだ中に入っている物は食べられるだろう。
 はぁ、と息をついて先ほど鼻を擽った血の匂いに眉を顰める。アズールはジェイドやフロイドほど嗅覚が利くわけではない。それでもあの血の匂いと牽制の香りに気づかないわけではない。と言っても、牽制は人魚の勘のようなもの。あれは獣人属やアズールたちのような種族への牽制だろ。

「露骨だな」

 レオナやラギーのようにジャックの中に大部分を占めているだろう人でもこんなにも必死になるのか。なら、自分だったらどうなるのか。
 もっと、上手くできるのだろうか。考えても答えらしい答えは見つからなかった。
 ああ、本当はそんな状態で動き出すのはいけないことだ。計画はしっかりと立てなければいけないのにアズールはもういても立ってもいられなかった。
 このまま放っておいてもどうせ1年生たちや、そこから伝ってハーツラビュル寮やポムフィオーレ寮が動いただろう。アズールはそれを傍観または上手く立ち回ればよかった。
 でも、今日の血を流すジャックを見て――足が動いてしまった。
 動き出してしまったなら仕方ない。早急に計画を立てなければ。なにせもう時間がないのだから。


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