はじまりの再会

◆ トレイ視点



 同僚にどうしても参加してくれと泣きつれてしかたなく参加した合コン。目の前には気合の入った同年代に見える女性たち。
 彼女たちのことを「綺麗」、「可愛い」とかのごく普通な感想を抱く。一般的な感想は浮かぶけれど「じゃあ好みは?」と聞かれたら答えは「興味がない」だ。
 そもそも今日の合コンは積極的に参加したものではない。だから恋人を探しに参加している彼女たちには悪いけれど興味は一切ない。適当に受け流してある程度のところで抜けようとさえ思っている。
 ふと、視界の端に席がひとつだけ埋まっていないのが見えた。まだ参加者がいるのか。てっきり自分が最後だと思ったが違うらしい。
 空席を確認して座ると目の前の女性がキラキラとした目で話しかけて来た。それに普通に返しているときだった。

「すんません。遅れました」

 聞き覚えのあるような低い声に反射的に視線を向けると――よく見知った顔だった。
 三角形の立派な耳、精悍さの増した顔、さらに大きくなった身体。しばらくぶりに見た二つ下の後輩ジャック・ハウルだった。

 ――何でジャックが?

 トレイが卒業して2年が経っている。ジャックたちの学年は最上級生の四年生だ。殆どの時間を実習に費やすし一番多忙な学年だ。それに今の時期は2月に向けての総合文化祭で行われる発表会に向けて準備で忙しいはずだ。実際、トレイもこの時期は1日の時間が増えてほしいとさえ思ったほどだ。よく見れば原則制服であるはずのジャックが私服を着ている。それもおかしい。

 ――なんだ?

 訝し気にジャックを見ていると――バチとイエローゴールドの瞳と合った。
 鋭さの増した瞳が大きく見開いた。驚いているのがありありと伝わる。こんな雄弁な瞳はあるかと声をかけようと口を開きかけると、わざとらしい軽い声が投げかけられた。

「そういえばクローバーも彼と同じナイトレイブンカレッジ卒業だったよな」

 咄嗟にジャックのすぐ傍に坐っている合コンの主催である同僚を見る。
 こいつは今なんと言った。「卒業生」と言わなかったか。自分の耳が遠くなったか。思わず同僚を凝視するとニンマリと不愉快な笑みを浮かべた。
 同僚の考えを察した。この同僚はトレイとジャックの学歴をダシに目の前の女性たちを呼んだ、ということを。
 すぐに、同僚を止めようとしたがそれより前に表情を作ってジャックを見上げた。

「キミはクローバーの一個年下で卒業したばかりなんだろ?」
「は?」

 ジャックの精悍な表情が怪訝に歪む。だが、男はそんなこと気にしない。もしかしたら「おこぼれを貰えるんだぞ。喜べよ」と思っているのかもしれない。

 ――ジャックはそういう男じゃないんだがな。

 男の浅はかな考えにさっさと抜け出す算段を考える。
 ナイトレイブンカレッジでは親しい方の部類に入る後輩の一人だ。それでもサバナクロー寮のあの二人よりは彼のすべてを知っているわけではない。それでもトレイはジャックのことを知らないわけではない。
 ただトレイが卒業して2年経っている。彼は変わっているかもしれないと一瞬だけ思った自分が間違っていたと思うほどジャックは険しい顔をしている。
 ジャックは眉間に皺を寄せ不快感を表しながら口を開く。すると綺麗な牙を覗かせてさらに声を低めて話し出した。

「俺は実習先の研究員に急な言付けを頼まれたからここに来ただけだ」

 「けど、ちげぇようだな」と言いグルルと唸り声をあげた。
 「ほらみろ」心の中で言いながら主催者の最早同僚とも言いたくない男の息を飲むのが聞こえた。
 どうしてこんな男に泣きつかれて来てしまったのか。自分も大概バカだ。というか、顔見知りの後輩にこんなところに不本意に参加しているのを望んで参加していると思われるのは勘弁願いたい。
 さて、ジャックを連れて店を出るかと思った矢先だった。目の前の可愛らしい女性が怪訝に綺麗に整えた眉を顰めていた。
 お、これはと思ったら彼女の横に座っていた綺麗な女性も同じ表情でリップで輝く唇を開く。

「実習って……まだ学生ってこと?」
「ぇ、や! でも、あの学校の4年生ってもう20歳だからさ!」
「は? だからいいってわけないじゃん」
「年齢の話じゃないし。明らかに不意打ちで呼んだ感じするし」

 参加している女性たちが全員の表情が険しく、同時に主催者の男に対して不愉快感を現した。よしよし、と心の中で頷きながら口を開く。

「そうだよ。彼は俺の二つ下の学年の後輩で、今実習でとても忙しい4年生の学生だ」

 事実を告げると女性たちが一斉に隠していたと言わんばかりに牙をむく。その様子に満足しながら立ち上がる。そして、そのまま気を逆なでるジャックの傍まで行き腕を掴む。
 ビクと跳ねたがとくに振り払われることはなかった。それに胸を撫で下ろして腕を軽く引く。

「ジャック、帰ろう」
「ぁ、うす!」

 体育会系らしい元気な返事に自然と笑みが浮かぶ。最後にトレイは男を見て「会計よろしく」と言って店の出入り口へと向かっていく。後ろでなんか叫び声が聞こえたが全部無視して出ていく。



   * * *



 店を出て暫く歩き続けている。明日噛みつかれるだろうが知らない。そもそもあっちの方が煙たがられつつあるから別にどうでもいい。
 やはり泣きつかれても参加するんじゃなかった。無駄な時間を過ごした。なんて若干イライラしていると頭上から「あの」と遠慮がちな声がかけられた
 その声に我に返り顔を上げる。もう仰ぎ見ると言っても過言じゃないほど上にあるジャックの顔。
 先ほどの険しさもない顔。だが、ラギーやレオナに見せる顔とも違う少し距離のある表情。ある意味見慣れた表情に肩の力が抜ける。

「トレイ先輩で、間違いないっすよね」
「ああ。そうだよ。久しぶりだな。ジャック」
「っす! トレイ先輩もお元気そうで」

 耳が少し動く様が随分と大きくなった図体なのに可愛く見える不思議だ。もう1年生でもないのに。それでも、仰ぎ見た先にあるジャックの顔はあの頃の面影が見え隠れしている。

「あの、トレイ先輩、腕もう平気なんで」
「腕……ぁっ」

 一瞬、なんだと思ったがトレイの手はしっかりと太いジャックの腕を掴んだままだった。気づいて慌てて離して謝る。ジャックはさして気にした様子もなかった。それよりも何かこちらを伺うように見て遠慮がちに声をかけてきた。

「それより先輩はよかったんすか。さっきのアレ合コンっすよね」

 戻った方がいいとは言わないがいいのかという雰囲気の言葉。
 すぐに「気にするな」と首を左右に振る。

「俺も別に望んで参加したわけじゃないからな。むしろ、抜け出せるチャンスが助かったよ」

 いや、不意打ちで参加を強要されたジャックにそれは悪い。

「悪い。お前は散々だったのにな」
「いや。それは先輩も同じじゃないっすか」

 気にしないでください、と言うジャックはやっぱり1年生の頃より少し大人っぽくなっている気がする。
 ジャックの成長にしみじみしていた途端彼の顔が単とも悪い顔に歪む。

「まぁ。俺をここに寄越した研究員には目にもの見せてやりたいと思いますけど」

 笑い方がラギー染みているというか、レオナ染みているというか。別の方面の成長を感じ取ってしまった。自分に一番馴染み深いエースとデュースを思い出す。
 ふと、二人を思い出して疑問が浮かぶ。

「ジャックも薔薇の国に研修に来ているのか?」
「ああ。俺は付き添いで一時的にここに来ているだけっす」

 どうやら腕を買われて研究員たちの出張についてきたらしい。そんな時間がない中であんなところにジャックを寄越した研究員は何を考えているのか。いや、たまにナイトレイブンカレッジやロイヤルソードアカデミーの実習生をやっかみで邪魔する人がいると聞く。その類にジャックも引っかかってしまったのかもしれない。

「より時間がない中でとんだ災難だな」
「ったく、ほんとっすよ。はぁ。これから戻って発表レポートのまとめなのに」
「ああ。あれな。ほんとに大変だよな」
「トレイ先輩も大変でしたか」

 意外そうな顔をするジャックに苦笑を浮かべる。いや、でもこの感覚は分からないでもない。学生の頃の先輩とは意外に大人で大きく見える。とくにトレイの学年には年齢以上に大人びている雰囲気があった。主にレオナ、マレウス、リリアのせいだろうが。

「ああ。大変だったぞ。やることはたくさんあるのに、締め切りは厳しいしな」
「そうなんすよ! うちの学校が名門って研修先選ぶときにも思いましたけど、この実習内容のレベルの高さでも改めて実感しました」
「だよなぁ」

 しきりに頷くジャック。気軽な会話もしていた気はするがこうした会話は何だか新鮮だった。さっきまで参加していたあの合コンよりも楽しく思えたが、あれと比べるのは失礼だ。

「ジャック。お前、門限とかあるか?」
「門限っすか?」

 パチパチと目を瞬く仕草は幼く見える。もうすっかりと大人びた顔でトレイ自身よりも身長も体格もいいと言うのに。不思議に思いながらも何よりも不思議だと思ったのはジャックともう少し話したいと思うトレイ自身だった。

「まだ平気っす。けど、レポートがあんで――」

 ぐぅっとジャックの腹がタイミングよく鳴る。それにジャックは喉を鳴らす。

「すんません。食事も出るからって言われたんで」
「ハハ。気にするなら。なら俺の一応同僚のやらかしもあるし奢るぞ」
「え、けど」

 貸し借りをすると面倒なことになるのがナイトレイブンカレッジ。だが、そもそもジャックのとんだとばっちりはこっちの同僚にも非がある。貸し借りにはならないだろう。

「気にするな。それに俺はアズールたちみたいなことはしないぞ」
「うっ。まぁ、トレイ先輩っすもんね」

 そこはちょっと意識が甘い。トレイは確かにアズールたちや他のナイトレイブンカレッジよりは優しいといえば優しい。だが、きっちり、としているところきっちりしている。そうしなければあそこで生き残れないのだから。
 だが、ジャックのトレイに見せる詰の甘さは慣れている人間に対して見せるものなのかもしれない。だが、こういう姿を見るとラギーもレオナも気が気ではなかったのではないだろうか。いや、それでやられるならそこまでと思っていそうな。
 あの寮は特に弱肉強食だからな、と思いながら行きつけの店に向けて歩き出す。
 ジャックの精悍な顔が少しワクワクしているのがやっぱり幼く見えて――不思議な気持ちになる。弟妹に向ける感情にも似ているし、エースとデュースら後輩に向ける感情にも似ている。後者が近いがでも違う。

 ――分からないな。

 心の中で首を傾げながらジャックと話しをしながら足を進めた。その足取りは随分と軽くなった。



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