さぁ、戦いの火蓋が切られました!

さぁ、戦いの火蓋が切られました!・5




 夕陽が差しこみ廊下に見えた姿にラギーは声をかける。

「ジェイドくん」

 ひょろりと長い背中の彼は振り返って「はい」と答えた。振り返った顔は相変らず涼しく何を考えているかわからない。
 ラギーは距離を取ったままマジカルペンを手の中で弄る。それからしっかりと整った顔を見据えて口を開く。

「うちの可愛い子犬ちゃん返してくれる?」

 弄っていたマジカルペンを握り込む。臨戦態勢のラギーにジェイドは「随分物騒ですね」と答えになっていない言葉を返す。
 ジェイドの飄々とした態度にイラつきながら口角を引き上げる。

「オレの言ってること聞こえなかったかなぁ」
「残念だから僕は犬を預かった記憶がありませんよ」

 困ったような表情をして首を傾げるジェイド。これは埒が明かない。舌打ちしながらマジカルペンを弄る。

「アズールくんやフロイドくんなら分からないんでもないんスよね」
「はい?」

 唐突な話しにあのジェイドでも眉を顰める。きっと、自分を攻撃するための話だということに勘づいているのだろう。
 ラギーは牙を覗かせてウツボに噛みつく準備を始める。

「だって、なんだかんだジャックくんと一緒にいるのちょいちょい見かけるしね。でも、君は? なんか接点ないっスよね」

 この男はなんだかんだアズールやフロイドを売ることはないだろう。あの三人はお互いビジネス的な関係だという感じだが何だかんだ仲がいい。その仲の良さは三人が思うよりも第三者的な立場のラギーからしたら裏切るということはない――気がする。
 いや、でもあるかな、と思いながらもラギーはジェイド一か八かで揺さぶりに掛ける。

「ジェイドくんはオレたちからジャックくんを取り上げるのが面白いからやってる感じ?」
「まさか。僕だって愛し合う者同士を引き裂く趣味はありませんよ」

 安易にラギーたちのことをそういう繋がりではないと言うのだろう。自分たちのことをビジネス的関係と言うだけはある。
 ラギーは思わず嗤いが零れそうになるのを何とか噛み殺す。

「わかってないっスね」

 ジェイドの唇が真っすぐに引き結ばれる。
 獣人属の一部には動物的な〝番〟という概念がある。ジャックの連れ添うのは一生涯に一人というのもそれのひとつだ。ラギーやレオナにはそういったものはない。でも、そんなものがなくとも一等気に入った特別な相手を取られるというのは気に入らない。
 横取り何て言語道断。自然と威嚇をするときのように声が洩れる。

「興味だけで近づくなよ」
「そうして始まるのは〝恋〟では?」

 ハッ、と鼻で笑い飛ばす。ずいぶん可愛らしい答えだ。

「おたくらは違うでしょ」

 そんな可愛らしい感情なんてないでしょう。ラギーは笑みを消してジェイドを睨む。
 アズールはどうだか知らないがウツボの兄弟は自分たちと似ている感情を抱いているのは分かっている。同族嫌悪というものだ。でも、そうだって自分たちと違うところは飽きたら捨てるという考えだ。自分たちの感情が獰猛なのはラギーだって、レオナだって分かっている。でも、最後までジャックを手放すつもりはない。

「飽きたらぺいって捨てる考えのやつらが安易に手出すんじゃねぇよ」

 切れ長の目を見開いたジェイドは珍しく冷ややかにこちらを見据える。それから嘲笑うように薄い唇の口角を引き上げた。

「ああ。彼は可哀そうだ」

 そういう考えの奴らが周りにはたくさんいるのは知っている。だから今さら痛くもかゆくもない言葉だ。かゆくないのに心が騒めく。
 ダメだ。動揺しないで早く言い返そうとしたときだった。スマホが振動した。こんなときにと思うがジェイドが「ラギーさんのでは?」と優雅に自分のスマホを確認しながら言う。
 ラギーは舌打ちしながらスマホを出ると慌てた寮生の声が飛び込んで来た。そして、その内容にまた舌を打ち鳴らし目の前の男を睨みつける。

「レオナさんはアズールに会っているんでしたっけ?」

 ぐるる、と喉を鳴らす。
 レオナは特定の時間になったらオンボロ寮に突入するように命じていた。だが、どうやらその門番がいて突破できないらしい。
 あの気まぐれ屋のフロイドがしっかり仕事しているなんて。調子が良ければフロイドの能力は寮長クラスにも届く。3年生でもギリギリ歯が立たない。
 ならもうレオナを連れてオンボロ寮に言った方がマシだ。ここなら箒を召喚して鏡舎にいけると思ったが――。

「ッ」

 ヒュオと冷たい空気が頬を掠めた。ジェイドの魔法だ。

「おやおや。敵前逃亡ですか?」

 嘲笑うジェイドにラギーはマジカルペンを構える。すると容赦なく詠唱破棄の氷の魔法が襲い掛かって来る。ラギーはすぐに相殺するため炎の魔法を放つ。
 氷と炎の魔法が放課後の誰もいない廊下の真ん中でぶつかり消え飛ぶ。消えていく魔法の粒を見ながらラギーはフロイドを見据える。

「籠城したって無駄じゃないッスか?」
「彼には休息が必要かと」
「心配ありがと~。でも、それならこっちの寮でやるんでっ!」

 今度はラギーの方からしかける。だが、あちらは副寮長を務める男。簡単に打ち消してくる。やはり魔法の力量はあちらの方が何段階か上のようだ。
 とはいえ、ユニーク魔法も手の内はバレている。だから上手く使うしかないと頭の中で戦術を立てているとジェイドが不意に口を開いた。

「ジャックくんの身体とてもボロボロでしたね」
「ぁ?」
「傷だらけでとても見られたものではありませんでした」

 悲し気な顔をしているがどうせ嘘だ。そう頭では理解しているが勝手に触れるなという苛立ちが込み上げる。

「だから、なに? 自分たちだったら大事に、大事にできるって?」

 「ぜってぇそんなことねぇだろ」と返す。そもそも玩具程度の認識がない奴が気安くあの狼に触れないでほしい。
 ラギーはマジカルペンを胸ポケットに入れて叫ぶ。

「愚者の進行(ラフ・ウィズ・ミー)!」

 ジェイドは目を見開くとラギーと同じ格好を仕方と思うとマジカルペンを外へと投げた。
 それを確認したラギーはユニーク魔法を解いてすぐに自分のマジカルペンを解いて箒を召喚する。

「シシシ! んじゃ、またねぇ~~」

 呆けているジェイドを置いてラギーは外へと飛び出していった。



 外を飛び出したラギーをジェイドは追いかけることはできない。
 マジカルペンがなくとも召喚ぐらいはできるがあいにく飛行術は不得意な分野。だが、不得意でなかったとしても今のジェイドはラギーを追いかけることはできない。
 ラギーがジャックに向ける重く狂気にも似た感情に敵う気がしなかったからだ。

「わかっていますよ……」

 自分がアズールや双子の片割れほどジャックに思い入れがないのは。それでも、それでも、ジェイドの中で育っているものはある――でも、やっぱり、執着というには薄い。興味も関心もまだまだ薄い。だから、ラギーの言われた通り飽きたら視界の端にも入れないだろう。
 わかっている。わかっているが――それが少し悲しいと思った。
 悲しいと言う感情は二人と違うからなのか。仲間はずれが寂しいからなのか。今はよく分からない。分からないなら分かってみたい。そのためにはまずやはりジャックへの興味を強めるべきか。
 なら、ここで返すのはいけない。

「さて、フロイドのところに行きますか」

 投げ飛ばされたマジカルペンを召喚し手元に戻し、ジェイドは軽い足取りでオンボロ寮へと向かった。



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