白狼の争奪戦

そこに〝アイ情〟はある



 某月某日――退職まで残り一週間


 引継ぎの仕事に忙しい中、ジャックはアズールの執務室に呼ばれた。今日自分がアズールに付き添って外出する予定はない。一体何事か。とはいっても退職するジャックならば引継ぎ案件がたくさんある。その中のひとつで何か問題があるのかもしれない。
 ジャックは書類作りの手を止めてアズールの執務室に向かう。



「ハウルです。失礼します」

 ノックすれば「いいですよ」と僅かに疲れが滲む声が返ってきた。また残業でもしているのか。効率のいい仕事をするくせに一向に仕事が楽にならない。もう少し他に回してもいいんじゃないかと思うがもうジャックは口を出せない。

 ふぅと息をついてドアノブを捻り中にはいる。すると予想通り疲れた顔色のアズールがシャツの襟もとを緩め、ネクタイを緩め、眼鏡を外していた。さらに、執務机に合わせて購入し座り心地の良さそうな椅子に深く腰掛けていた。
 そのアズールはちょいちょいとまるで犬を呼ぶようにジャックを手招く。これに最初は怒りもしたが今はもう怒る意味もなく素直に執務机へと近づく。

 傍まで近づき身を屈めて「アズールさん」と呼ぶ。それに合わせで椅子がギっと鳴って動く音がした。アズールがこちらを向いたのだろうと目を向けると――。

「ジャックさん」

 呼ばれると同時に襟を引っ張られ唇を噛まれた。むにっと柔らかい触感は手入れが行き届いているのだろう。柔らかい唇に上唇やら、下唇やら噛まれると尾の付け根あがりがゾワゾワして来る。
 ぐいっと薄い肩を押すと相手はあっさりと離れる。そして、僅かに濡れた唇で艶笑を浮かべるとまさに深海の魔女のような妖しさだ。

 ジャックは唇を拭って「なんすか」と訊ねる。アズールはその反応につまらなそうにしながら襟から手を離すと顎の下で手を組んで机に肘をつく。それから僅かにまだ艶の残る深海のように深い青の瞳を向けてくる。

「いえ。ちょっと疲れていたので」
「なら寝ろよ。あんた働きすぎなんだよ」
「ありがとうございます。でもそういった疲れではないんです」

 わかるでしょ、と言いたげな言葉に首を横に動かす。

「もうしねぇって言ったじゃねぇっすか」

 ジャックはアズールと上司部下だけの関係だけではなく肉体関係を持っている。言うところによればセックスするだけの関係だ。ちなみに、あのウツボ兄弟とも同じような関係である。なんと爛れた職場である。けれど、その関係も自分が退職すればお終いだ。
 だというのに、この人魚三人組は時間を見つければジャックと事に及ぼうとする。

「あんたはあの二人より随分ましだったのにどーしちまったんだ」

 困ったなという声で言えばアズールが柔らかく笑む。どうしたことか最近になって彼はジャックに向けて柔らかく笑むようになったのだ。綺麗な顔立ちのレオナと同じくらい心臓に悪い。

「まぁ。僕はあの二人と違ってそこまで本能で動く人魚ではないので」
「本能ってなら雄の俺じゃなくて雌の人魚を追いかけるもんじゃねぇの」

 違うのかと言えばニコッと笑った。この笑い方は突っ込むなの意味だ。何が困るのやらとりあえず言及をやめて腕を組む。

「で、用はそれだけか? なら仕事に戻るぜ」

 アズールも知っての通りジャックは引き継ぎ資料を作るのに忙しいのだ。ウツボ兄弟はそれから粘るが彼は結構あっさりと返してくれるのだが。

「仕事はまだ猶予があるでしょう」

 手袋を外したアズールの手がジャックの腕に触れて掴む。これは知っている。
 朝焼けが眩しい日の事後に引き留める腕と同じだ。ジャックが決して伸ばしたことのない手。そんな手がジャックの腕に触れている。

「あんたなぁ」

 目を細めてアズールを睨み下ろす。彼は途端に悲しげに眉を下げて深海の瞳の色を濃くさせる。しょんぼりと言いたげな胡散臭い表情だ。

「薄情ですね、ジャックさんも」
「薄情だってなぁ」

 そんなこと言われるような関係ではない。そもそも始まりだってアズールたちの気まぐれだったのだ。ならば、ここからいなくなる自分のことを忘れてこの関係を解消してもいいというのに。

「あんたらだって都合が悪いだろうに」
「ふっ。都合って何ですか?」

 掴んだ腕がアズールの腕に引っ張られて解かされた。そして、僅かに身を屈めるとアズールが背もたれから背を離して前のめりになる。再び顔の距離が近く鳴る。

「都合なんてないですよ」
「あんだろ」

 雄同士のまぐあいになんの意味があるのか。性欲の発散や後腐れの無い関係の意義はあるかもしれないが他になんの意味もない。

「ジャックさん。僕は疲れているんです。ほら」

 「寝室行くぞ」と敬語の外れた言葉と色が濃くなった深海の瞳にジャックは耳を伏せた。

「もうこれで最後っすよ」
「それはどうでしょう」

 「はぁ?」と怪訝な声を出そうとしたが柔らかな唇に飲み込まれた。先ほどのふにふに食うキスではなく乱暴な一方的なキス。
 何度も、何度もされたキスに尻尾の付け根辺りがじわじわと痺れていく。ここでは嫌だとアズールの肩を押してキスを止めさせる。

「さ。行きましょうか」

 艶やかに濡れた唇はまるで女と変わらない。だのに、深海の瞳はジャックを飲み込まんとばかりに冷たかった。


   ◆ ◆ ◆


 某月某日――退職まで残り三日


 着実に近づく退職日。今日のジャックはジェイドと一緒だった。いつもそういう日は例の部屋に行ってするのが流れだ。でも、今日はもうないだろうと思っていた。思っていたのに習慣とは恐ろしい。

 ジャックはある部屋でジェイドと交わっていた。はたと気づいた頃にはキスされ、組み敷かれあの細くて薄い手で身体を撫でまわされていた。
 やめておこうとその薄い手に手のひらを重ねると這われる。どうして、とジェイドの顔を見ればいつもの余裕ある表情が鳴りを潜めていた。焦りとも言える様な顔で、まるで縋るような顔で何とも言い難い顔でジェイドは自分を抱こうとしている。
 それにやめようなんて言い出せなくて結局抱かれることになった。



 そんなこともあってか今日はしつこい。ジェイドは体力がある方ではない。持久力がないのだ。人魚は皆そうなのかというほど持久力がない。「海なら負けねぇし」とフロイドは言っていたがこちらは海の中で人魚とセックスなんてできやしない。なので、論外と言って切れたのはもう一年くらい前だろうか。

 懐かしいな、と考えていると「ジャックくん」と艶をたらふく含んだ掠れた声で呼ばれた。同時にジャックの肌にポタポタと汗が落ちた。
 熱で潤む瞳を上に向ければジェイドの獰猛な顔があった。目が見開いて瞳孔がキュウッと丸く小さくなっている。普段は隠れているギザギザの歯が薄い唇の間から覗いている。線の細い綺麗な浅黄色の髪の毛も乱れている。

 邪魔そうだな、とシーツを掴んでいた手を離す。ゆるゆると上げて横に流れる髪を耳にかける。瞬間僅かに耳に指が触れるとビクリと跳ねてまたパタと肌に汗が落ちてきた。こそばゆい感覚に汗も拭ってやった方がいいかと手を伸ばすと逃げられる。

「あせ、」

 掠れた声で言えば彼の切れ長な瞳がさらに細くなる。

「いい」

 低い声でまるで触れるなというように断られてしまった。触れるのをやめよう。バフとベッドに腕を降ろすと、ぐっと中が抉られた。

「ぅぐっ」

 呻きながら再び皺だらけのシーツを掴む。顔を横に向いて下唇を噛んで呻く。

「ねぇ、声、もっと聞きたい、です」

 腰を動かしながら身を屈めて耳に低い淫らな声で囁かれた。合間にふぅと熱い息が吹き枯れて耳が思わず動く。

「かわいい」

 可愛いという男はジェイド自身より大きいことを知らないのか。全くこういうときの人魚三人は行為に盲目でいけない。

「おれの、こぇ、なんて」
「聞きたい。もっと、ねぇ、おねがいします」
「アッ、くぅん、ンンッ」

 人の話を最後まで訊かずしつこく腰を押し付けて来る。本当に今日はしつこい。もうそろそろ体力もなくなるだろうに。一回吐き出してから二回目がないのが常だというのに。

「はっ、からだに、わるぃんじゃ?」

 早く出せよと暗に言えば一瞬呆けた顔をしたジェイド。けれど、ゆるく横に首を振った。

「まだ、やです。もうすこし」

 支離滅裂に近い言葉にジャックは首を傾げる。

「どした、んすか?」

 何故そう果てるのを嫌がる。辛いだけだろうにそれともイケなくでもなったか。いや、なら一回目がないはずだ。分からず困惑の色を強めて見上げると彼の眉毛が下った。

「ジャックくん、あなた――」

 その次ジェイドはなんて言おうとしたのだろうか。最後まで聞き終わる前に一番抉られたくない場所を抉られて訊くことができなかった。


   ◆ ◆ ◆


 某月某日――退職まで残り二日


「ねぇ。ウニちゃん、やっぱり辞めんの?」

 のしっと背中に乗っかる重たい身体。同時にするりと長い腕が纏わりつく。キュッと後ろに僅かに引かれつつジャックは「っす。お世話になりました」と答える。

「え~。オレやなんだけどぉ」

 ぐりぐりと肩にフロイドの顎が刺さる。痛くはないがこそばゆい。
 やめろ、と形のいい額を手のひらで追いやる。それに「ケチ」と意味不明な言葉がかけられるとさらに後ろに引っ張られる。このままではベッドに戻る羽目になる。もうシャワーも浴びたのだからデロデロに汚れるのは勘弁願いたい。

「フロイド先輩。俺、帰るんで」
「泊まって行けばいーじゃん」

 「いつもそうでしょ」と言うフロイドにジャックは小さく息をつく。

「もう泊まらないっすよ」
「けじめってやつぅ?」

 愉しさを孕んだ声にジャックは首を縦に動かす。

「そうっす。だから、もう帰ります」
「ヤダ」
「……フロイド先輩」
「ヤダったらヤダッ!」

 言って抱き着かれた。ジャックと変わらないいい大人が何を子どものように駄々をこねているのか。決まったことはもう覆らない。あのアズールだって両手を挙げて降参したのだ。フロイドの駄々っ子でジャックの気が変わることはない。
 腰に回る長い腕を無理矢理外す。

「帰るんで」
「いじわる」

 振り返った先のフロイドはパンツのみで他は何も身に纏っていない。青白い肌はシャワーを浴びたお蔭なのか薄らと色づいている。一瞬、浮かぶ先ほどの劣情が絡み合う行為を思い出しかけて目を逸らす。

「どーとでも。つか、なんすか? いつもならシャワー浴びたら終わりじゃないっすか」

 フロイドはアズールや、ジェイドみたいにピロトークを楽しむ性分じゃない。いつも終わった、気持ち悪いシャワーまたは爆睡のどちらかだ。なのに、今日はシャワーが終わるまで待っていて、とか可愛いことを言い始めて風邪の心配をしてしまうくらいだ。

「だって、今日で最後じゃん。アズールは四日前、ジェイドは昨日、で、オレ」

 「終わりっしょ」にジャックが頷く。途端にフロイドの愉しげな表情がごっそりと抜け落ちる。本当にこういう起伏はどうにかならないものか。

「はぁ。んだよ。何も不満も何もねぇだろ。つか、これだって気まぐれにあんたらが始めたことだ。俺は終わってありがてぇくらいだ」

 矢継ぎ早に突き放すように強く言う。そうでなければジャックは簡単にフロイドに捕まってしまう。いや、フロイドだけではない言葉の上手いアズールや、ジェイドにだってすぐに捕まってしまうのだ。

「ふぅん。あんだけキャンキャン啼いて善がっていたのによく言うよ」
「っ」

 顔に瞬く間に熱が集まる。それを誤魔化すようにフロイドを睨み付ける。睨まれたフロイドは意に介していないようでジェイドのようにクスクス笑う。

「怒んなって。でもさぁ、ウニちゃん大丈夫」

 妖しく左右異なる瞳が輝く。これはまずいとベッドから離れる。すぐに逃げられるように部屋の出口を確認するのに一瞬だけフロイドから視線を外す。ジャックはやってしまった。

「ウニちゃぁん」
「ッ!」

 たった一瞬でフロイドがジャックの前まで移動していた。学園に在籍しているときより下にあるフロイドの視線。自分よりも体格が細いフロイドに自分は〝また〟動けなくなる。

「なっつかしー! ウニちゃん、最初のときと同じ反応してウケる」

 何がウケるのだ。こちとら最初は無理矢理だったのだ。とはいえ、短い付き合いの中で彼らに抵抗することが無駄なこともジャックは理解している。
 白くて長い指が、その手のひらが伸びて来てジャックの顔を掴む。ぐっと引っ張られると前かがみになってフロイドの顔が近くなった。
 ゆらゆら妖しく輝く瞳が楽しそうにさらに目尻を下げる。

「ウニちゃん。だいじょーぶ? オレたちいなくて寂しくない?」
「べつに、そんなことねぇよ」
「そう? そんな強気な態度取ってさ、欲しくなったらどうすんの?」

 ならない、なんて強く言い返せるほど子どもではない。二年と半年でこの身体はそれ相応の身体に造り変えられてしまっているのだ。耐えられるかと訊かれてもまだ若い身体を持つ自分は耐えられるはずがない。発散したってきっと限界があるに違いない。

「あいつらに頼むの? 股広げて雌みたいに抱いてくださいって尻尾振んの?」
「するわけねぇだろっ」

 レオナとラギーはそういう相手ではない。あの二人は憧れて、尊敬して、いつか追いついて追い越したい目標の相手だ。
 ガルルと唸り声を上げれば彼の唇がにぃっと両端に引き上がった。

「じゃあ、ウチやめてもエッチしよ」
「は、なに――む」

 顔を引っ張られて薄い唇がジャックの唇に重なった。開いていた唇の隙間から遠慮なくあの無駄に活きのいい舌が差しこまれる。

「ん、むっ、ン」

 劣情を煽るように絡みついてくる舌に何とか応戦する。けれど、もともとキスに弱いジャックはすぐに劣勢になっていく。
 頭の芯が痺れていく。絶対に抱き着かないとジャックの腕はいつの間にかフロイドに伸びていた。触れた肌は再びしっとりと汗をかいていた。その感触は一時間前の記憶を叩き起こす。

 早く突き飛ばせなければいけない。もうこれ以上この空間に居てはいけない。だのに、ジャックは劣情を絡み合わせていたときのようにフロイドの背中に腕を回してしまった。
 そして、何とか追い出そうとしていた舌に追いすがると逃げられてしまった。舌はジャックが応えようとした途端逃げて行ってしまった。

「はっ、んで」

 舌と同じく身体を押して距離を取るフロイド。その瞳はギラギラしているのに何故止めるのだろうか。スイッチが切りかわっているジャックからしたら酷い行動だ。

「ウニちゃん。ほら、どーする?」
「何がっすか?」

 熱いと汗が滲む額を手の甲で拭いながら答える。フロイドはジャックの様子を見て愉悦を滲ませた瞳で腕を伸ばして長く骨ばった指で頬を撫でる。

「こーなったらどーすんのって。中途半端辛いっしょ」
「……辛いっす」
「筋トレで発散できねぇの?」
「無理っす」
「ふぅん」

 ああ、まどろっこしい。ジャックは遠回しの意味を知らぬおぼこい娘ではないのだ。
 僅かに空いた距離を今度はこちらが縮めるとフロイドが哂った。

「あはっ。ウニちゃぁん。随分と素直になったじゃん。いー子、いー子!」
「ぐぅ」

 薄い手のひら、細長い指で髪の毛をかき混ぜるように撫でられた。その指は的確に弱い耳の付け根を掻いていく。ぞわぞわと背中に走る感覚に息が僅かに乱れる。

「っ、おぃ、やめ、わざとだろっ」
「あーあ」

 両手首を掴んで無理矢理止めさせる。フロイドは「残念」と惜しむ声を出すが顔はそれとは離れている。

「フロイドせんぱい……」
「言わねぇーと分んねぇからはっきりと言えよ?」

 熱で揺れる視界で見る目の前の極悪なウツボの人魚が嗤う。今は嘲笑われてもいい。再びぶり返した熱を目お前の人と一緒に発散したい。

「もう一度してください」
「あはっ。いーよ」

 ガブリと鋭く尖った歯が喉に立てられた。


   ◆ ◆ ◆


 某月某日――退職後


 夕焼けの草原でも有名なホテルのスイートルーム。休暇のジャックは呼び出され深い溜息をつく。そして、出逢い頭に「うわっ。やっぱり獣くせぇ」と叫ばれたのだ。
 鼻をつまんで顔を歪めるフロイド。ジェイドはその横で「学生の頃は気にならなかったんですけど」と不思議そうに小首を傾げる。

「ジャックさん。これ僕らが立ち上げたブ獣人属向けブランドの香水です」

 「試供品だけどあなたに似合いますよ」アズールはそう言ってジャックの手のひらに乗せた。それを受け取りつつまた深い溜息をつく。

「あんたら暇なのか? なんで、こんな頻繁に夕焼けの草原に来てたんだ」
「暇な訳ないでしょう! いつも右に左に忙しい日々です!」

 はぁと息をついて眼鏡をかけ直すアズールを見てからジェイドを見る。彼は薄い唇で弧を描き頷くだけだった。相変わらず読めない顔だ。

「で、今日は何の用なんすか」
「今日はそのブランドの店舗の件でこちらに用があったんです」
「三人で来るほどか?」

 別にアズールとあとどちらかでもいいではないか。そういう意味を込めて言えばフロイドが「ウニちゃんったら冷たい!」と叫んで抱き着いて来た。

 強い衝撃に何とか耐えながら「ぐっ。なにが」と聞き返す。フロイドはジャックに抱き着いたまま顔を覗き込みながら「オレらがウニちゃんに会いたいから三人で来たんじゃん」とあっけからんと言う。だが、次の瞬間には「それにぃ」とフロイドは愉快に瞳を歪めて小さな声で囁き――。

「ウニちゃんもそろそろ限界な時期でしょ」

 するりと背中を撫でて尾を撫でられた。ビリビリといつになく身体に走る衝撃に低く唸る。

「あはっ。照れちゃってかーわい!」

 同時に懐かしく感じるほどに久々に薄い唇が僅かに口に触れた。そして、僅かに身体に懐かしい感覚が流れる。久々だ。本当にここに来てから健全に働いて分こういう触れ合いに弱くなった気がする。

「ジャックくん、随分な顔をしていますね」

 フロイドと入れ替わるように顔を覗き込んできたのはジェイドだ。彼も似たような顔で獰猛な牙を見せて愉快に嗤う。

「ちゃんと大人しくしていたようで……とてもいい子ですよ」

 するりと撫でられる感触に声が漏れる。

「アズール。どうしましょうか?」
「どうするも何もいいんじゃないですか?」

 振り返るジェイドにつられてジャックもその向こうを見る。アズールはいつの間にかソファに座って足を組んで悠々としていた。そして相変わらず深海の冷たい瞳をしている。けれど、今日はその瞳もひどく愉しそうに見える。

「ジャックさんの休暇は二日。僕らも代わり代わりに仕事に行けばいいですしね」
「え。アズール体力一番ねぇんだからちゃんと休まねーといけねぇんだじゃね」
「うるさい!」

 余裕な表情が一気に崩れてフロイドを怒鳴るアズールの懐かしさ。

「僕らのこと恋しくなりました?」

 ふいに楽しげな声で囁かれる。かぁっと赤くなる顔を誤魔化すように「誰がっ」叫ぶ。けれど、それなりの付き合いの彼らにバレてしまうだろう。

「素直なんだか素直じゃないんだか……では、アズールからにしましょうか」
「あ、おい」

 勝手に決めるなと頭から離れた顔を上げれば可愛いリップ音が立つキスをされた。したのは勿論ジェイドだ。
 間近にあるジェイドの瞳はかつての熱が滲んでいる。もう懐かしいと思うほど離れていたのだろうか。

「ジャックさん」
「っ!」

 袖を引かれて横を見ればいつの間にかアズールが不機嫌な顔でいる。どうやらフロイドに体力がないことをからかわれているのが利いているらしい。事実なのでどうも弁明も出来ないがフロイドも持久力はないとでも言うか。いや、それは彼が機嫌を損ね面倒なことになる。
 ごちゃごちゃ考えている間に「ジャックさん、行きますよ」と腕を引かれる。

「どこにいっくんだよ」

 ぐいぐいと腕を引かれながら問いかける。肩越しに振り返ったアズールは「寝室に決まっているでしょう」と眼鏡の奥で深海の瞳が冷たく光る。

「フフ。では、愉しんできてくださいね」
「疲れたら呼んでねぇ~」
「誰が呼ぶか!」

 荒く叫ぶアズールが子どもみたいで何だか可愛く見えてきた。二十代半ばの男相手に可愛いというのも何だか可愛い。ちなみに、ジャックの目には時折リーチ兄弟も可愛く見える。もう大分重傷だ。

「行きますよ、ジャックさん」
「あー、うっす」

 ジャックは大人しくアズールに引かれて肩越しに後ろを見る。リーチ兄弟はにんまりと同じ顔で手を振っていた。それに小さく笑ってまた前を向く。
 あの様子だと途中で乱入してくるだろう。そういえば、アズールと二人きりですることは少ないように思う。なら、久々に――。



 バタンと閉じた扉にジャックは魔法をかける。それにすぐに気づいたアズールが訝しげにこちらを見る。

「何しているんですか?」
「双子防止魔法っす」

 「ま、気休めですけど」言えばアズールが目を見開く。

「なんでまた」
「……随分とアズール先輩と二人きりでシてないんで」

 にんまりと牙を見せて笑い目を細める。すると、アズールも似たように深海の瞳を暗くさせながら優美に微笑む。

「これはこれは。なんて気の利く後輩でしょうか」
「まぁ、現在進行形別の上司の二人にもしごかれているんで」
「おや。焼ける話ですね」
「どこが?」

 くすくす二人似た顔で笑うとアズールの手が伸びる。癖でジャックが屈めば簡単に手が触れる。手袋越しの触れ合いも久々だ。

「さて、では、気の短い二人に邪魔される前に――」

 ふにっと相変わらず柔らかな唇が一瞬触れる。間近にある瞳の暗さにジャックは誘われる。再び深く暗いところに落ちて来いと。
 ジャックは望むところと再び近づく深海の瞳を覗き込んだ。


2021.02.07 一部文章修正
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