デートの約束はしっかりと

デートの約束はしっかりと・1




「週末に少々薔薇の国に行ってきます」
「薔薇の国?」

 唐突なアズールの話にジェイドは聞き返す。アズールは「はい」と返事をしながら視線を僅かに逸らし、唇がキュッと小さく結んだ。その仕草に傍で来月の企画を考えていたジェイドは何かを感じ取った。

 ――これは何か隠していますね。

 一体何を隠しているのか。なんてジェイドは逡巡する素振りのように視線を僅かに上に向けるがすぐに思い当たることがあった。スッと視線を戻してアズールを見る。彼はまだ視線は手元の資料に向かっている。でも、その雰囲気はまるで何かを悟られまいとしているように硬い。他なら気づいたか分からないが、ジェイドが分からないはずがない。
 口元を手で隠してほくそ笑む。さて、どう暴いてやろうか。頭の中で計画を立てているときだった。執務室の扉が勢いよく開いた。

「フロイド。静かに開けろと何度も言っているだろう」

 アズールの厳しい声。ジェイドは兄弟を見て目を丸くする。

「随分と機嫌がいいですね」
「いいことがあったからねぇ」

 ジェイドの向い側に座ったフロイドの眦はいつもよりうんと下がっている。どうやら余程いいことだったらしい。好きなブランドの新作にヒットするものがあったのだろうか。さて、紅茶でも入れるかと立ち上がりかけたときだった。

「あ、週末の休み。ウニちゃんと出かけるから」
「は?」
「はぁ?」

 ジェイドはすぐに剣呑とした声を出したアズールを見る。アズールは目をカッと開いてフロイドを見ていた。そして、すぐに見開いた目を眇めて「本当なのか?」と低い声で問いかけた。

「うん。そうだけど?」
「今週末の休みじゃなくて? 来週の間違いじゃないのか?」

 眼鏡のブリッジを上げるアズールにフロイドは目を瞬かせた。次の瞬間ギュッと眉根を寄せて眉間に深い皺を作り出す。

「なにが言いてぇの?」
「僕もジャックさんと出かける約束している」
「は? それこそ間違いじゃねぇ?」
「お前の方だろ」
「あ゛」

 面白いことになってきた。ジェイドはまた唇を手元で隠しながら二人のぶつかり合う様子を嬉々として眺める。だが、可笑しいと思うこともまた事実。
 ジャック・ハウル。最近、アズールが片想いし、フロイドが気に入って、またジェイドもお気に入りのサバナクロー期待の一年生。このナイトレイブンカレッジらしくなくもどこかやっぱりそれらしい狼の獣人属。目の前の幼馴染に兄弟はどうやら同じ日にジャックと出かける約束をしているらしい。

「ジャックくんがブッキングですか?」
「違ぇし。アズールが間違えてんだよ」
「違います。貴方が間違えているんですよ」

 言って二人はまたガルガルと火花を散らす。なんてことだろう。これは面白い。だが、もっと面白くならないだろうか。ジェイドはジャケットから小さな懐中時計を取り出して微笑む。

「少々、お茶の準備をしてきます」

 ジェイドの言葉に二人の返事はない。それでも構わず今にも取っ組み合いを始めそうな二人を放置して執務室を後にした。



「ジャックくん。少々よろしいですか?」

 ちょうど部活の終わりだろうと思ってグラウンドに向かう途中に帰る最中のジャックと会えた。隣にいたデュースが憐みの眼差しをジャックに見せながら元気よくジェイドに挨拶をしてチーターの如く鏡舎へと行ってしまった。

「先輩、何の用っすか?」

 ジャックを見れば警戒心があるようでない顔でこちらを見ていた。初めて会った頃のことを考えれば大分懐いてくれたものだ。それでも僅かに警戒心を見せるのはアズールや、フロイドでもなく自分が訊ねて来たからだろうか。

「実はジャックくんに少しお願いがありまして」
「あんたが?」

 片眉を上げるジャックは探るようにこちらを見て来る。それに微笑みながら「ええ」と返す。そして、ジェイドはお願いを口にする。このお願いはそう。今起きている幼馴染と兄弟の間で起きていることがさらに面白くなるためのものだった。

「今週末、薔薇の国にある花屋に僕と一緒に行ってくれませんか?」
「花屋っすか?」
「はい。ジャックくんの知恵を借りたくて」
「あんたが」
「はい」

 ジャックは探るような目を止めて一瞬目を丸くしながら視線を斜め下に向ける。ついでにボソと「また、薔薇の王国か」と囁くとまた真っ直ぐジェイドを見る。

「いいっすよ。あ、でも、アズール先輩も、フロイド先輩もいるっすけどいいですか?」
「ええ。構いません。僕の用事は最後でも構いません」
「なら。あ、じゃあ、俺から二人に」
「ああ。それは僕からで」

 どうせこれから寮に戻って二人に会うから。そう言えばジャックは「じゃお願いします」と言って頭を下げた。

「では、僕の用も終わりましたしすぐそこまでですが一緒に行きませんか?」
「まぁ、行先同じだしな」

 こうして短い道のりを二人で歩いてジェイドは殺伐としている寮に戻った。そして、もう一度起きた面白い出来事にジェイドは満足して一日を終えた。



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