ジャック受

カフリンクスのお返しは小さな我が儘で


 仕事の終わり今度の任務で必要な物を買いに来たショッピングモール。立ち並ぶメンズブランドのひとつに入ったときだった。視界の端に輝くものが掠めた。
 思わず足を止めてしっかりと視界に納める。そこにはショーケースが並んでいた。遠目からでもカフリンクスなどのアクセサリーが並んでいるのが見えた。
 ジャックは引き寄せられるようにそのショーケースまで近寄り覗き込む。一体何が視界の端に入ったのか。見ればそこには随分と可愛らしいカフリンクスがあった。

  ――タコのカフリンクスだったのか。

 ショーケースにひと際目立つ場所にあったのはタコのカフリンクスだった。胴体は淡い紫色の石を使っていて、タコの吸盤の所にもキラキラしているからダイヤモンドを使っているのだろうか。宝石の産出国としても名の上がる輝石の国の出身だが興味のない宝石に対してはとんと薄い。これでも錬金術の授業で大分覚えたと思ったがこうして加工されてしまうと案外分からないものだ。

  ――あの人、こういうの着けるか?

 ポンと頭に浮かんだのは最近忙しくてゆっくりと通話もしていない恋人だ。お互い忙しい身である。仕方のないことだと割り切ってはいる。でも正直なことを言えば一緒の時間がないことはジャックとしてストレスだったりする。ただ、救いがあるとすれば相手がそれを十二分に分って何とか時間を作ってくれることだ。だから、ジャックも相手の頑張りに報いるように時間を作るために仕事を頑張る。
 この後も買い物が終われば一緒に住んでいる家に戻って食事をするつもりだ。とはいえ、恋人はその後何時間後にはすぐに歓喜の港へ出張に行ってしまう。また離れ離れになってしまう。だから、早く帰って共にある時間を少しでも過ごしたい。こうして道草を食っている場合ではないのだが、どうにも目が離せない。

「お気に召しましたか」

 久々に人の気配に気づかなかった。いや、こういった場所の店員だからなのか。気配の薄かった店員は営業用と言っても過言ではない笑みを浮かべていた。ジャックよりも下にある視線だが相手は強面のジャックに恐れることなく滑らかな滑舌で品物を紹介していく。

「こちらは胴体にラベンダー色の翡翠を、吸盤にはダイヤを使用しています」

 普段使いできる遊び心のあるカフリンクスだと店員が愛想よく言う。遊び心があるのかジャックは分からない。でも、恋人のあの人なら分かるのだろう。あとは恋人の幼馴染もとい腐れ縁でいまだに一緒に働いているウツボの人魚とか。
 それでもジャックの頭に浮かんだのは恋人の方だ。母校の先輩でタコの人魚。守銭奴と言われていた彼も今では若手実業家として注目され忙しい日々を送っている。その彼がこのカフリンクスを身に着けているのが何故かしっくり来た。
 ジャックは店員の説明を聞き流しながらタコのカフリンクスを指さし。

「プレゼント用でお願いします」

 あの人はこれを見てなんて言うか。驚くか、呆れるか、それとも、想像したらキリがない。ふと、自分があの人の色々な表情が浮かぶくらいには付き合いが長くなっていることに気づく。まだ短い付き合いだと思ったけれどそうでもないらしい。あの人もそう思う瞬間があるのだろうか。あればいいな、とジャックは支払を済ませながら恋人の顔を思い浮かべた。



   ◆ ◆ ◆



「タコのカフリンクスですか?」

 高級感のある箱を開けた最初に出た言葉だった。それから感想を告げることはなく深海のように深い青の双眸が意外そうにカフリンクスを見つめる。
 気に入るかどうか。購入前にそこまで深く考えずに購入したカフリンクス。ジャックはしげしげ箱の中を見つめるアズールの正面に座りながら今さらになって不安になる。それでも「まぁ、いらなかったら売ればいいか」なんて考えながらコーヒーを一口飲む。

「貴方がこのような遊び心のあるものを選ぶなんて珍しいですね」

 どういう風の吹き回しですか。柔らかく笑みを描く唇。口元にあるホクロのせいか爽やかな笑みもどこか艶めかしい。そう見えるのも恋人だからなのだろうか。
 ジャックはマグカップから唇を離して「たまたま見かけた」と答える。
 アズールを見れば「へぇ」と途端に含みのある笑みを作り上げる。別にジャックも何か思惑があって渡したプレゼンとではない。下心など一切ない。ただ、アズールがどういう反応をするか想像はしたけれどそれ以外何か見返りなど考えていない。でも、ならいっそ先手と仕掛けて見るか。

「いらねぇなら売っても構わねぇ」
「恋人からの贈物を売るわけがないでしょう」

 眉根を寄せてレンズ越しの双眸が険しい色を湛える。それは分かっている。ジャックだってそんなことしない。「悪い」と言いながら「じゃあ」と言葉を続ける。

「それ着けたところ見せてくれよ」

 お返しはそれでいい。だから他に贈物などいらない。暗に言葉に含ませる。アズールはそういうのを汲み取るのが上手い。険しさを立てていた双眸が困惑に変わる。

「それでは僕の気が済みません」

 何か贈物と考えだすアズールに溜息をついて「いらねぇっす」と言いかけてやめる。なら、いっそ、その代わりにとジャックは我が儘な見返りを要求する。

「それ着けたあんたと出かけたい」

 デートがしたい。アズールは早朝の空が白む頃にはここを出て空港に向かう。そして、一ヶ月ほど歓喜の港に滞在する。ジャックはその一ヶ月を一人で過ごすことになる。独りは大丈夫だ。問題はない。でも、恋人に関してはその感情は適応されない。純粋に寂しい。

「出張から帰ってきたら出かけられるように予定を空けてほしい。俺も頑張って予定空けておくんで」

 そのときにそのカフリンクスを着けて食事にでも行きたい。いや、別に食事じゃなくてもいい場所なんかどこでもいい。ただ街をぶらぶらするのだっていい。お互いの性格を考えればただぶらぶらは難しいかもしれないけれどそれくらいだっていい。

「デートが見返りですか」
「見返りっていうもんではないが何かくれるくらいならデートがいい」

 途端に真顔になったアズール。深海の瞳のせいだろうか。それとも目尻がキュッと上がっているためか。真顔のアズールの顔は怜悧に見える。でも、きっと冷え冷えとしているわけではないのだろう。何となく想定外のことをジャックが言っているから驚きが真顔として出てきてしまっているのだろう。

「なら完璧なデートの計画を立てましょう」
「まぁ、別にそれはどうでもいいけれど」
「いえ! あなたが珍しく可愛い我が儘をお願いしたんです! ここは恋人して張り切らないわけにはいかないでしょう!」

 キラリと眼鏡を光らせるアズールにジャックは「めんどくせぇ」と心の中で呟く。でも、張り切るアズールを見て自然と尻尾が揺れる。

「そのカフリンクスを着けてバッチリ決めてくれよ」
「ふっ。僕を誰だと思っているんです」

 「そこもぬかりなく」とアズールは自信満々な様子で大切そうに箱の蓋を閉めた。「もうしまうのか」と訊ねれば「大切なものですから」と愛しみの籠った顔で言う。そういう顔をされるのはやっぱりまだむず痒い。

「さて、時間も少なくなってきましたね」
「そうだな」

 ジャックはローテブルに置いてあるスマホを手にして時間を見る。画面に現れた時間は夜の九時まで後数十分となっていた。帰って来てもうそんなに時間が経っていたのか。こういうときの時間の流れの早さは年々増している気がする。

「そう寂しい顔をしないでください」
「嬉しそうな顔で言うんじゃねぇよ」
「まぁ、嬉しいので仕方ないです」

 僅かな甘さを孕んだ眼差しにぐっと喉が鳴る。とはいえ、睦み合う時間は早い時間に家を出るアズールのことを考えればできない。ジャックもジャックで明日は休みでもなく普通に仕事だ。身体のことを考えればやはりできない。
 それでもやれることがあるのはすでにお互い知っているので問題はない。ただ、ジャックの寂しいという感情がどこまでアズールを引き留めてしまうか、が問題だ。

「寝る時間は機内でも確保できますので」
「機内でも仕事じゃねぇのかよ」

 仕事人間だろう、と言う意味を含ませれば珍しく苦笑した。何だ、と目を瞬かせれば苦笑したままアズールが「僕だって寂しいんですよ」と返された。

「寂しいのか」
「ええ。特に今回はちゃんとした時間を作れずに長期出張ですから」

 寂しい。寂しいか。唇は緩まないように力を入れるがやっぱりどうしても尻尾が素直過ぎる。仕事でもその感情豊かな尻尾をどうにかしろと注意されるわけだ。

「さて、時間も勿体ないですし行きましょうか」

 手入れの行き届いた両手で大事そうに箱を持ち立ち上がるアズール。それにつられるようにジャックも立ち上がる。これから一体どれほどアズールと時間を共に過ごせるだろうか。

 ――いや、気にしても意味ねぇか。

 そうだ。こういうときに時間を考えるのは野暮だ。ジャックは僅かに頭を揺らして「あ」とコーヒーの入ったマグカップを取る。その瞬間、奥の方から「ジャックさん」と僅かに急かすような声に呼ばれた。慌ててキッチンの流しに置いて後を追いかけた。




「では、ジャックさん、行ってきますね」
「おぅ」

 爽やかなくせに朝に似合わない艶やかな声と共に耳元を掠めるキス。ジャックは掠れた声で何とか返事をする。最後にその姿をみたいけれど眠気で瞼が重たく上がらない。
 ちくしょう、と悪態を着きながらアズールが愛用しているコロンの残り香を嗅ぐ。
 この香りもすぐになくなってしまう。だから、分けてもらったがやはり本人が身に着けないとちょっと違う。イヌ科の狼だから余計にその違いが分かってしまう。余計にストレスになるため今は嗅ぐことはないけれど。

「……」

 やっぱりイラつく。出かけた直後にこれで一ヶ月持つのか。いつの間にか耐え性のなくなった自分の感情にジャックは自分自身の弱さが流石に嫌になった。

「ッし!」

 勢いよく起き上がり長く垂れる前髪を掻き上げる。

「やるか」

 次に会うときにはもっと磨き上げた自分を見せてやる。腑抜けた無様な様は絶対に晒さない。それはまずは自分磨きだ。



 ジャックはさらなる自分磨きへの道を歩み始めた。その結果、久々に会ったときのアズールに自分がいないのに何故そんなに充実しているのかと拗ねられることになるがそれは一ヶ月後の話であった。


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