星に煌めきを戻す方法

星に煌めきを戻す方法・2



 砂漠に囲まれた場所にドンとそびえたつ宮殿に口をパカリと開ける。何度かヴィルとエペルを訊ねてポムフィオーレ寮に足を踏み入れたことがある。あの薔薇の王国や輝石の国の古城のようないで立ちのあの寮とはまた違う豪奢な感じに圧倒される。

「すげぇ寮っすね」
「おう! オレが入学したときにとーさんが色々寄付したらしいからな!」

 寄付、と呟いて先頭を歩くカリムの後ろを歩くジャミルを見る。ジャミルは肯定するように頷く。

「修繕もされたからたぶん一番綺麗な寮なんじゃないかな」
「マジっすか」

 ひぇ、と心の中で声を上げながら大人しくついて行くと賑やかな声が聞こえて来る。どうやら寮生はすでに宴の準備を始めているようだ。それに何だか申し訳ない気持ちが込み上げるが。

「ジャック。気にする必要はない」
「ッ!」

 いつの間にか隣にやって来たジャミルに肩が跳ねる。気配を一切感じなかったのは自分がよほど疲れているからなのか。はたまたジャミルがカリムの従者だからか。本当によくわからないというか接点がないため全然わからない。
 そのジャックの戸惑いなど気にしていないのかジャミルが視線を上に向けて話し出す。

「カリムの宴はいつも突然だから寮生も準備に慣れている。だから、君が気にすることじゃない」

 トントンと軽く背中を叩かれる。その気遣いが周りにいる先輩の誰とも違って新鮮な気持ちがした。いや、そもそもカリムみたいな人間はナイトレイブンカレッジでは珍しいし人間だ。ジャミルは何だかんだこちらの人間みたいだが。
 そんなことを考えながらジャックは準備が整うまでどこにいればいいのだろうか。

「あの、ジャミル先輩、俺はどこいればいいんすか?」
「談話室は……ああ、まだダメらしい」

 ジャミルの視線を辿って見上げれば寮生何人かが両腕を振っている。まるでまだダメですと言っているようだ。それにジャミルの溜息が聞こえる。

「ハァ。なら――」
「なら! オレがこの寮を案内するぜ!」

 にょきっと飛び出して来たカリムはキラキラした顔のままだが。寮長が宴の準備をしなくていいのかとまたまたジャミルを見やれば。

「まぁ。こいつは邪魔しかしないからな。それがいいだろ」
「いいんすか!」

 副寮長で従者のあんたがそれでいいのかなんて内心で考えながジャミルを見る。だが、当のジャミルはシシと犬猫を払うような仕草をしている。
 いいのか。それは従者なのに。同じ部活であるエースの聞いている話しとなんか違うような――そうなような。わからない。

「じゃ! ジャミル、オレはジャックに寮の中案内してくるな!」
「ああ。気を付けろよ」

 ジャック頼むな、と言うジャミル。こちらが頼まれる方なのとか思いながらウキウキ足のカリムの後ろに続いた。呑気に手を振るジャミルはやっぱりイメージと少し違う気がした。




 寮は見た目の豪奢と大きさに見合った広さだったし寮生もほぼ一人部屋であるし、すごい。そもそも部屋はあまりに余っているし、最後にまさかの。

「ほ、宝物庫?」
「おう!」

 入るか、と宝物庫という寮に合わない部屋の中に入っていく。その後に続いてはいれば確かにそこは宝物庫だった。空いた口が開かなかった。
 自寮の寮長であるレオナも高価なアクセサリーを所持していたがこれはまたすごい。あの人の実家にも同じのがあるのか。いや、そもそも宝物庫って持ってくるものなのかと思うが常識なんて今はないのかもしれない。

「す、すごいっすね」
「ん? そうか?」

 キョトンとした丸い目にジャックは卒倒しそうになる。さすが熱砂の国一の大富豪。そういえばレオナが何時ぞや愉しげにそこいらの王族より金持ちと言っていた。なるほど理解した気がするがそれでもわからない。
 一般家庭中の一般家庭に生まれたジャックには上級階級の事情なんぞ想像できない。もうこの人はこうと考えよう。考えても意味ないし。
 目が潰れそうな金銀財宝の山を見ていると――ヒラリと視界の端に映った。
 何だとそれを追うが何もいな――いや、何かいる。思わず警戒態勢を取るが――。

「あ! 絨毯!」

 声を上げたカリムが手を振ると何か布のようなものが飛んできた。

「え。ぬ、え、飛んで?」

 戸惑いと驚きの声を出して言えばカリムがニッと笑って「こいつは絨毯だ!」と言う。それはジャックでも知っている。それは国宝級レベルのものだということは。

「そ、空飛ぶ魔法の絨毯が、な、なんで!」
「いや、これはレプリカでオレのなんだ」
「れ、いや、あんたのって!」

 すごい、すごい、とてもすごい大富豪のアジーム家だとは思っていたけれど国宝級レベルのものを所持しているとは思わなかった。再び卒倒しそうになっていると「よいしょ」という声が聞こえた。見ればカリムが軽い身のこなしで絨毯に乗っていた。そして、ジャックを見て「ほら、こいよ!」と意外に大きな手を差し伸べて来た。

「いや、でも、」

 だが、その手をジャックは取ることはできなかった。身軽なカリムのような人間ならいいが、自分はこの通り体格がいい。いくら魔法の絨毯でも重量オーバーではないだろうか。

「どうしたんだ、ジャック?」
「いや、流石に俺は無理だろ」

 首を横に振ればカリムは「大丈夫だ」と言いながらジャックの横に絨毯を移動させる。そして、大きくてキラキラした瞳のまままた大きな手を差し出して。

「オレを信じろ」

 いつもなら絶対に信用しない言葉。接点もなく、尊敬するような場面を見たこともない、人の言葉。だのに、このときのジャックは何故かとても強い魔法に感じた。だから、普段絶対に人の手を取らないジャックはその手を握ってしまった。



 魔法の絨毯はジャックを乗せてもすいすいと空高く、雲よりも高く飛んで行った。それはとても気持ちがよく景色も美しかった。今まで詰まっていたものが抜けていくような心地がした。このまま空の旅も悪くないなというときにカリムがいい笑顔をした。

「よし! 色んな飛び方見せてやるぞ!」
「え゛」

 ジャックはその笑顔に初めて恐怖を抱いた。

「で、何でジャックが池に落ちたんだ」

 いつの間にか寮服に着替えたジャミルが険しい顔でジャックとカリムの前に立つ。ジャックはびしょ濡れのままでジャミルにどう説明したものかと口篭もる。

「いや、いけると思ったんだけどなぁ」
「カリム! ジャックは初めて魔法の絨毯に乗ったんだ! 宙返りしてどうにかできると思うか!」

 いくら運動神経がよくても一年生だぞ、とジャミルが注意する。カリムはそれに「そうだな」と返事をしてしょんぼりさせる。その様が何だか年上なのに可哀想に見えたがどうにも助けてあげられない。だって、ジャックの承諾なしにカリムがいきなり絨毯に宙返りさせたのだから。ジャックは体勢確保もできないまま落ちたのだから。情けないがそれでもあれは無茶ぶりだった。

「はぁ。寮生が気付いたから間に合ったが次やる時は注意しろ」
「わかった」

 肩を落とすカリムが悪かったと言うけれどジャックは血の気が引いた。

「次、あるのか?」
「ん? ああ! あるに決まってるだろ!」

 落ち込んでいた表情を一変させるカリム。ジャックはどうか次からはもっと早く宣言してからにしてくれと願った。だが、それにしても次にここに来る機会があるみたいで不思議な心地だった。でも、それが嫌だと思わないのは何だろうか。

「準備も出来たし、ジャック」
「はい、わっ」

 ジャミルがマジカルペンを一振りする。とたんにジャックの身体がぶわっと温かい風に包まれた。何だと目を瞑っている間に身体が温かくなっていくのに気付く。

「よし。これでいいな」
「すげぇ」

 風が納まってパッと目を見開くと完璧に乾いていた。それに冷えていた身体も温まっている。流石副寮長に選ばれるだけのことはある。

「ほらジャックの服も乾いたし――宴の時間だ」

 にやりと笑ったジャミルにカリムが続いて「宴だ!」と声を上げた。そして、ジャックはこのときすでに宴がどんなものか楽しみで仕方ない気分だった。




 宴はカリムが言った通りに食えや、飲めや、歌えや、踊れの状態だった。ジャックが見たことのない料理に飲み物や歌に踊り。さらに動物まで出てくるのだからすごい。こんなのをすぐに準備できるスカラビア寮って一体と思うが深く考えないでいたし考えなくてもカリムがいれば大抵解決する

「あ。寮に連絡」

 スカラビア寮に夜のカーテンが引かれた時間にようやく気づく。学園が設定した門限はあるがサバナクロー寮はハーツラビュル寮などのような門限はない。それでも一応連絡をいれるのが決まっていたがすっかり忘れていた。慌ててスマホを取り出すが。

「ああ。それなら心配ないぞ、ジャック」
「ジャミル先輩」

 お盆片手に現れたジャミルが隣に座った。そして、お盆のモノをジャックに渡して「連絡済みだ」と告げた。

「ラギーに連絡している。だから泊まっていったらいい」
「いや、それは流石に――」
「あいつから聞いてるぞ。もう眠いんじゃないか?」

 にやりと意地悪く口角を上げるジャミル。その笑い方はレオナたちによく似ていてこの人も改めてナイトレイブンカレッジ生だということを思い起こす。だが、言った通りジャックは久々に眠気がやって来た。だから、ジャミルが持って来た料理は食べられないと思ったが。

「これは食べ物じゃない。これを飲んでゆっくりと休むといい」

 お盆に乗っていたものはカップだった。紅茶でもコーヒーでもない濃い色のお茶は初めて見た気がする。

「飲んだら寮生が部屋に案内する」

 あそこにいる、と指さす報告にジャックにも馴染みのある生徒が立っていた。その生徒は「ジャック~!」と大きく手を振った。それほどこの学園では親しい生徒だった。

「なんなら部屋で飲んでもいい」

 ほらと優しく言われた気がする。ジャックはこの優しさに甘えることにした。いや、今日はずっと甘えてばかりな気がするし――とても気分が楽になった。

「ありがとうございます。ジャミル先輩、それにカリム先輩も」
「なーんだ気づいたのか!」

 驚かそうとしただろうカリムを見ればあちゃーという顔をしていた。その姿に笑ってジャックは立ち上がる。

「すごく楽しかったっす」
「そうか! そりゃ、良かったぜ!」

 カラカラと笑った後にカリムがふと大人っぽい表情をした。今までの子どものような雰囲気から一変したので何だと見ていると頭を撫でられた。

「ゆっくり寝ろよ」

 今までの元気のいい声から一変した穏やかな声にギュンと身体の熱が上がる。これは、これは、自分は年下扱いされたのではないか。恥ずかしい、サバナクロー寮でも他でも滅多にされない扱いに恥ずかしさはひとしおだった。

「あ、あの、じゃ、俺せっかくなんで泊まっていきます」

 言うと頭にあった手が離れていった。それを見てシュバと立ち上がる。ちゃんとお盆も持ってそして二人に頭を下げて「おやすみなさい」も忘れない。

「おう! おやすみ!」
「おやすみ」

 途端に戻るカリムとちょっと笑いをこらえているジャミル。その二人を見てジャックは恥ずかしさに耐えながら同級生に駆け寄る。
 そして案内された部屋にシャワールームが着いていて目を剥いたのは言うまでもない。

「ほんとすげぇなスカラビア寮」

 着替えも終わりジャミルが用意してくれたお茶を飲んでベッドに乗る。すると久々にゆるやかな眠気がやって来てそのまま意識を落とした。
 ジャックは本当に久々に穏やかな夜を過ごしたのだった。


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