一大抗争のはじまり、はじまり
一大抗争のはじまり、はじまり・3
夕陽が差しこみ廊下に見えた姿にラギーは声をかける。
「ジェイドくん」
ひょろりと長い背中の彼は振り返って「はい」と答えた。一瞬それに違和感を覚えたが見つめる先にある顔は相変らず涼しく何を考えているかわからない。
ラギーは一瞬の違和感を忘れて自分よりも二十センチ近く高い男を睨みつける。
「おや。なんです?」
「ジャックくんに手、出さないでくれる?」
パキと指の音を鳴らしながら威嚇する。この男は獣人属ではないけれど人魚だ。獣人属と同じく〝番い〟の概念がある。だから、威嚇してなんぼ。
グルルと喉を鳴らせばギザギザの牙が薄い唇の間から覗く。
「僕は何もしていませんよ? ああ、ただ、ジャックくんがとてもお悩みのようで」
先輩として助言をさせていただきました、とジェイドは嘯く。
んなわけないだろうとラギーは心の中で言い返す。この男もその兄弟も、幼馴染も虎視眈々とジャックを狙っている。それが恋情とかそんな可愛い感情ではないことをラギーも、レオナも知っている。この男らは狼の獣人属であるジャックにただ〝興味〟を持っているだけだ。玩具に興味を示す赤子のように。
「興味だけで近づくなよ」
「興味で始まるのが〝恋〟では?」
違いますか、と首を傾げるジェイドにラギーは「おたくらは違うでしょ」と返す。それにジェイドの唇の端がちょっと動いた。どうやら気に障ったようだが窺う機嫌などない。
「ジャックくん、今日はお休みのようで」
「……色々学習能力が低かったからね」
わからせるのに色々時間を要した。でも、何だか洗脳にでもかかっているのかというほど昨日のジャックは物わかりがよくなかった。
思い出して眉を寄せているとクスクス笑う声がした。勿論、その笑い声はジェイドだ。
「また〝力〟でねじ伏せたんですか?」
可哀想なジャックくん、と言いたげなジェイドを怪訝に見る。ジェイドは眉を下げて困った風に嗤いながら「だってそうでしょ」と続ける。
「哀れですよ。理解もできない愛を注がれるのは」
「違いますか?」とラギーたちを嘲笑う男に牙を剥こうとした瞬間だった。スマホが振動した。こんなときにと思うがジェイドが「ラギーさんのでは?」と優雅に自分のスマホを確認しながら言う。
ラギーは舌打ちしながらスマホを出ると慌てた寮生の声が飛び込んで来た。そして、その内容にまた舌を打ち鳴らし目の前の男を睨みつける。
「レオナさんはアズールに会っているのでしょう?」
「だからって!」
あの気まぐれ屋のフロイドがジャックを攫いに行っているとは誰が思うか。しかも、寮生じゃ歯が立たないとか。三年生もなんて軟弱な。そうじゃない。ここに居ては意味ない。
背を向けようとした瞬間、ヒュオと冷たい空気が頬を掠めた。
ジェイドの魔法かと臨戦態勢を取った瞬間だった。
「ダメだよぉ、コバンザメちゃん」
突然聞こえた飄々とした高い声と独特なあだ名。ラギーは勢いよく前を見据える。そこにはジェイドだと思っていた違う男が立っていた。ああ、一瞬の違和感はこれだったのか。ラギーはようやく理解した。目の前の男はジェイド・リーチではなくフロイド・リーチだったのだ。
「ッ、フロイドくんだったんスか?」
姿も匂いも完璧にジェイドであったのに今はフロイドの匂いだ。ここまで完璧な擬態が出来るとは想像もしていなかった。
フロイドはマジカルペンを持ちながら服装を崩し被っていた仮面を剥がしていく。
「オレ、ジェイドの真似上手いっしょ?」
最後に反対に分け目をかえたフロイドは「あはっ」と笑う。
「つーことは、今うちの寮で暴れているのは」
「ジェイド! 本当はぁ、オレがそっち行きたかったけど……コバンザメちゃんとやり合う機会なんてそうそうないしさ。面白れぇなって思って――こっちにしたんだぁ」
言った瞬間呪文なしで氷の魔法が襲い掛かって来る。ラギーはすぐにマジカルペンを取り出し相殺する魔法を放つ。
そして、放課後の誰もいない廊下の真ん中ではじける魔法。消えていく魔法の粒を見ながらラギーはフロイドを見据える。
「ジャックくんをどうするつもり」
「んー。どーもこーも今のウニちゃんって可哀想だからさぁ」
「ボロボロのワンちゃんになって」と言うフロイドの目には僅かな苛立ちが見えた。その苛立ちの様子が違う。まだ、フロイドは気づいていないのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。
「ひとのモン取るなよ」
「あはっ! モノって言ってもウニちゃんは何も理解してないじゃん」
可哀想~、とフロイドは言う。そうだ。ジェイドのときも彼は可哀想と言った。
「何が可哀想なんすか?」
「え? 思わねぇの?」
キョトンと一瞬呆けた顔をしたフロイドは次の瞬間にはにんまりと哂った。
「オマエらの遊び方雑過ぎ。あれじゃ、ウニちゃんこわれちゃう。オモチャなら大切にしねぇとさ」
玩具と言う発言に苛立ちが募る。
「どの口が言ってるんスか」
お前らの方が遊んでポイ捨てするだろうが。それこそ玩具のように。
「でも、オレらの方が可愛がってあげられると思うけど?」
「フン。気まぐれ屋が何言ってんすかッ!」
ビッとマジカルペンを振って煙幕を張るもすぐに風で吹き飛ばされる。本当に天才肌はしゃらくさい。気まぐれに飽きてくれ。
「あはっ! こんな楽しいこと飽きねぇよッ!」
「くっっそ!」
迫りくる炎を水の魔法で打ち消す。フロイドの力量はムラっ毛を覗けば寮長レベルに匹敵する可能性がある。サバナクロー寮で実質副寮長の立場にあるラギーであるが力量負けだ。これか、これが目的か。
「コバンザメちゃん。オレとあーそーぼ」
ああ。番いを守るのも楽じゃない。でもここを簡単に譲るのも雄の沽券にかかわる。
「シシシ。いいっすよ。いい夕飯が手に入って一石二鳥ッスからね」
コバンザメを馬鹿にすんなよ、とラギーはマジカルペンを振りかざした。
こうして再び誰もいない廊下で魔法の応酬が始まる。ちなみに、この話は十年後のナイトレイブンカレッジの生徒にサバナクロー寮とオクタヴィネル寮の全面抗争と伝わるのだった。
夕陽が差しこみ廊下に見えた姿にラギーは声をかける。
「ジェイドくん」
ひょろりと長い背中の彼は振り返って「はい」と答えた。一瞬それに違和感を覚えたが見つめる先にある顔は相変らず涼しく何を考えているかわからない。
ラギーは一瞬の違和感を忘れて自分よりも二十センチ近く高い男を睨みつける。
「おや。なんです?」
「ジャックくんに手、出さないでくれる?」
パキと指の音を鳴らしながら威嚇する。この男は獣人属ではないけれど人魚だ。獣人属と同じく〝番い〟の概念がある。だから、威嚇してなんぼ。
グルルと喉を鳴らせばギザギザの牙が薄い唇の間から覗く。
「僕は何もしていませんよ? ああ、ただ、ジャックくんがとてもお悩みのようで」
先輩として助言をさせていただきました、とジェイドは嘯く。
んなわけないだろうとラギーは心の中で言い返す。この男もその兄弟も、幼馴染も虎視眈々とジャックを狙っている。それが恋情とかそんな可愛い感情ではないことをラギーも、レオナも知っている。この男らは狼の獣人属であるジャックにただ〝興味〟を持っているだけだ。玩具に興味を示す赤子のように。
「興味だけで近づくなよ」
「興味で始まるのが〝恋〟では?」
違いますか、と首を傾げるジェイドにラギーは「おたくらは違うでしょ」と返す。それにジェイドの唇の端がちょっと動いた。どうやら気に障ったようだが窺う機嫌などない。
「ジャックくん、今日はお休みのようで」
「……色々学習能力が低かったからね」
わからせるのに色々時間を要した。でも、何だか洗脳にでもかかっているのかというほど昨日のジャックは物わかりがよくなかった。
思い出して眉を寄せているとクスクス笑う声がした。勿論、その笑い声はジェイドだ。
「また〝力〟でねじ伏せたんですか?」
可哀想なジャックくん、と言いたげなジェイドを怪訝に見る。ジェイドは眉を下げて困った風に嗤いながら「だってそうでしょ」と続ける。
「哀れですよ。理解もできない愛を注がれるのは」
「違いますか?」とラギーたちを嘲笑う男に牙を剥こうとした瞬間だった。スマホが振動した。こんなときにと思うがジェイドが「ラギーさんのでは?」と優雅に自分のスマホを確認しながら言う。
ラギーは舌打ちしながらスマホを出ると慌てた寮生の声が飛び込んで来た。そして、その内容にまた舌を打ち鳴らし目の前の男を睨みつける。
「レオナさんはアズールに会っているのでしょう?」
「だからって!」
あの気まぐれ屋のフロイドがジャックを攫いに行っているとは誰が思うか。しかも、寮生じゃ歯が立たないとか。三年生もなんて軟弱な。そうじゃない。ここに居ては意味ない。
背を向けようとした瞬間、ヒュオと冷たい空気が頬を掠めた。
ジェイドの魔法かと臨戦態勢を取った瞬間だった。
「ダメだよぉ、コバンザメちゃん」
突然聞こえた飄々とした高い声と独特なあだ名。ラギーは勢いよく前を見据える。そこにはジェイドだと思っていた違う男が立っていた。ああ、一瞬の違和感はこれだったのか。ラギーはようやく理解した。目の前の男はジェイド・リーチではなくフロイド・リーチだったのだ。
「ッ、フロイドくんだったんスか?」
姿も匂いも完璧にジェイドであったのに今はフロイドの匂いだ。ここまで完璧な擬態が出来るとは想像もしていなかった。
フロイドはマジカルペンを持ちながら服装を崩し被っていた仮面を剥がしていく。
「オレ、ジェイドの真似上手いっしょ?」
最後に反対に分け目をかえたフロイドは「あはっ」と笑う。
「つーことは、今うちの寮で暴れているのは」
「ジェイド! 本当はぁ、オレがそっち行きたかったけど……コバンザメちゃんとやり合う機会なんてそうそうないしさ。面白れぇなって思って――こっちにしたんだぁ」
言った瞬間呪文なしで氷の魔法が襲い掛かって来る。ラギーはすぐにマジカルペンを取り出し相殺する魔法を放つ。
そして、放課後の誰もいない廊下の真ん中ではじける魔法。消えていく魔法の粒を見ながらラギーはフロイドを見据える。
「ジャックくんをどうするつもり」
「んー。どーもこーも今のウニちゃんって可哀想だからさぁ」
「ボロボロのワンちゃんになって」と言うフロイドの目には僅かな苛立ちが見えた。その苛立ちの様子が違う。まだ、フロイドは気づいていないのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。
「ひとのモン取るなよ」
「あはっ! モノって言ってもウニちゃんは何も理解してないじゃん」
可哀想~、とフロイドは言う。そうだ。ジェイドのときも彼は可哀想と言った。
「何が可哀想なんすか?」
「え? 思わねぇの?」
キョトンと一瞬呆けた顔をしたフロイドは次の瞬間にはにんまりと哂った。
「オマエらの遊び方雑過ぎ。あれじゃ、ウニちゃんこわれちゃう。オモチャなら大切にしねぇとさ」
玩具と言う発言に苛立ちが募る。
「どの口が言ってるんスか」
お前らの方が遊んでポイ捨てするだろうが。それこそ玩具のように。
「でも、オレらの方が可愛がってあげられると思うけど?」
「フン。気まぐれ屋が何言ってんすかッ!」
ビッとマジカルペンを振って煙幕を張るもすぐに風で吹き飛ばされる。本当に天才肌はしゃらくさい。気まぐれに飽きてくれ。
「あはっ! こんな楽しいこと飽きねぇよッ!」
「くっっそ!」
迫りくる炎を水の魔法で打ち消す。フロイドの力量はムラっ毛を覗けば寮長レベルに匹敵する可能性がある。サバナクロー寮で実質副寮長の立場にあるラギーであるが力量負けだ。これか、これが目的か。
「コバンザメちゃん。オレとあーそーぼ」
ああ。番いを守るのも楽じゃない。でもここを簡単に譲るのも雄の沽券にかかわる。
「シシシ。いいっすよ。いい夕飯が手に入って一石二鳥ッスからね」
コバンザメを馬鹿にすんなよ、とラギーはマジカルペンを振りかざした。
こうして再び誰もいない廊下で魔法の応酬が始まる。ちなみに、この話は十年後のナイトレイブンカレッジの生徒にサバナクロー寮とオクタヴィネル寮の全面抗争と伝わるのだった。
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