一大抗争のはじまり、はじまり
一大抗争のはじまり、はじまり・1
「ジャックさん、とても不純物の少ない素材が出来ましたよ」
これなら高評価が出そうです、と言うアズールの顔はいつもより学生らしかった。他の学生よりもどこか大人びた顔立ちのためかジャックの目には珍しく映った。
「どうしました、ジャックさん?」
じっと見つめていたらその視線に気づいたアズールにジャックは素直な感想を零す。
「すんません。なんか純粋に学生みたいな喜び方しているのが意外で」
「失礼ですよ! 僕は普段から学生らしく勤勉に学業に勤しんでいますよ!」
「非合法な契約とかしていたくせにか?」
「もうしていません! 今は慈善事業ですよ」
胡散臭い笑顔のアズールにジャックは何だか面白くなった。
「ふはっ。何が慈善事業だよ」
「ポイントカードで何でも相談を請け負うんですか慈善事業です」
慈悲深いですから、なんて言うから余計面白くてツボにはまってしまった。
「ふむ。寧ろ、僕からしたらあなたがそう笑う方が珍しいですがね」
「そうっすか?」
ジャックも面白かったら声を出して笑う。ああ、でも最近は減ったかもしれない。
「最近は随分と痛々しい〝痕〟を着けていますね」
「ッ!」
バッと思わず首筋を隠せばアズールの深海のように瞳が細くなる。艶やか唇が妖しく微笑むのでジャックは舌打ちする。
「課題の素材ができたから片付ける」
「そうしましょう」
雰囲気を無理矢理変えるように話題を振る。アズールはあの妖しさを漂わせながらも片づけを始めてくれた。よかった、と安堵しながらも――。
「ジャックさん、この薬をどうぞ」
目の前に出された手のひら大の丸い缶ケースが現れた。それをジャックは反射的に受け取ると少しずっしりとしていた。
なんだ、とアズールを見れば彼は傷を指さしながら「薬です」と言った。
「ジェルタイプなので少し染みるかと思うかもしれませんがその傷に効きますよ」
何を考えていると普段なら突っ返すが――。
「あざっす」
「いえ」
今日のジャックはすんなりと受け取ってしまった。アズールの満足げな顔に何だろうと思いながらもジャックは大切に実験着のポケットに入れた。
「臭う」
「は?」
帰寮した瞬間、談話室にいたレオナが顔を顰めて言い放つと身体が浮いた。
自分の状況を理解する前に場面が展開していく。こういうのって理解するのに時間かかる。そして、理解したときは全てが終わった後だったりする。
ジャックは魔法で談話室の池に叩き落とされた。身体を強かに痛めつつも水から顔を出すと傍に立っていたレオナが険しい顔のままジャックを見下ろしていた。
「何すんだッ!」
理不尽に池に落とされたことに抗議の声を上げればレオナは「黙れ」と唸る声を出す。その不機嫌をたっぷり含んだ声にジャックは思わず言葉が詰まる。まだ一年も共に居ないがこの声が面倒臭い状況に場面展開していくのだけは薄々気づいている。
「おい。ジャック、テメェまたオクタヴィネル寮に行っただろ」
「はぁ?」
一瞬呆けたジャックだが先ほどまでいた寮を忘れたりしない。
「それがどうしたんすか」
レオナに言われた通り間違いなくジャックはオクタヴィネル寮に居た。だが、これはモストロラウンジとかでのアルバイトではない。勿論、寮長へ相談していたわけではない。今日はアズールと共に次の薬草学の合同授業に向け準備していたのだ。そして、その器具をアズールが寮に一式持っていたから集中するために寮で活動していた。お蔭でいい素材が完成したのでジャックもアズールも大変満足していた。
ふと過った缶ケースが不安になる。もしかしたら実験着に入っているから無事かと思ったけれど水に溶けてしまったかもしれない。確認したいが今は目の前の怒れる寮長を宥めなければいけない。
「……アズール先輩と次の合同授業に向けて素材の準備をしていただけっす」
「ハァ~。ジャックくんったら、ほんとに警戒心はどこいちゃったんスかねぇ」
何が悪いことでもしたのかとレオナを睨んでいればどこからともなくラギーが現れた。今日のラギーはアルバイトがないのか。はたまたレオナの世話が今日のアルバイトなのか。この時間珍しく寮にいたようだ。そのラギーもレオナと同じくヒリついた空気を纏っていた。
「警戒心って……今日は本当に何にもなかったっす」
「おいおい。今日はってなんだ。笑わせてくれるなよ、犬っコロ」
「ジャックくーん。それってさぁ、今日以外は何かあったってことッスかね?」
意地悪く唇を歪ませる二人の何とも色の無い瞳。その瞳で見下ろされたジャックの身体には恐怖が付きまとう。そして、この後ろくでもないことが起きるのは想像に容易い。
「テメェから巣穴に潜り込むなんて馬鹿の所業だ」
「ほーんと。ジャックくん、何度も言ったでしょ。オレたちが許可しない限りハーツラビュル寮にも、オクタヴィネル寮にも、ポムフィオーレ寮にも行っちゃダメって」
ね、としゃがんだラギーの目は少しも笑っていない。
「……今回は課題があって!」
「ガキみてぇな言い訳すんじゃねぇよ」
レオナがスパンとジャックの言い分を叩き斬る。それにジャックは奥歯を噛む。いつもは子ども扱いする癖にこういうときは大人の仲間入りとかばかりの扱いだ。
「てことで、ジャックくん、今からまた覚えるまで復習だから」
「うっ」
〝復習〟という言葉に水中にある尻尾が内側に入る。この復習といったらただの復習ではない。この二人の機嫌がよくなるまで、いや満足するまで付き合わなければいけない。
「おら。ジャック上がれ。ラギー」
「はいはい。バスタオルの準備はできてるッス!」
背を向けるレオナに、大きなバスタオルを広げるラギー。ジャックはこれから自分の身に降り注ぐ行為に恐怖すら覚えた。
「ジャックさん、とても不純物の少ない素材が出来ましたよ」
これなら高評価が出そうです、と言うアズールの顔はいつもより学生らしかった。他の学生よりもどこか大人びた顔立ちのためかジャックの目には珍しく映った。
「どうしました、ジャックさん?」
じっと見つめていたらその視線に気づいたアズールにジャックは素直な感想を零す。
「すんません。なんか純粋に学生みたいな喜び方しているのが意外で」
「失礼ですよ! 僕は普段から学生らしく勤勉に学業に勤しんでいますよ!」
「非合法な契約とかしていたくせにか?」
「もうしていません! 今は慈善事業ですよ」
胡散臭い笑顔のアズールにジャックは何だか面白くなった。
「ふはっ。何が慈善事業だよ」
「ポイントカードで何でも相談を請け負うんですか慈善事業です」
慈悲深いですから、なんて言うから余計面白くてツボにはまってしまった。
「ふむ。寧ろ、僕からしたらあなたがそう笑う方が珍しいですがね」
「そうっすか?」
ジャックも面白かったら声を出して笑う。ああ、でも最近は減ったかもしれない。
「最近は随分と痛々しい〝痕〟を着けていますね」
「ッ!」
バッと思わず首筋を隠せばアズールの深海のように瞳が細くなる。艶やか唇が妖しく微笑むのでジャックは舌打ちする。
「課題の素材ができたから片付ける」
「そうしましょう」
雰囲気を無理矢理変えるように話題を振る。アズールはあの妖しさを漂わせながらも片づけを始めてくれた。よかった、と安堵しながらも――。
「ジャックさん、この薬をどうぞ」
目の前に出された手のひら大の丸い缶ケースが現れた。それをジャックは反射的に受け取ると少しずっしりとしていた。
なんだ、とアズールを見れば彼は傷を指さしながら「薬です」と言った。
「ジェルタイプなので少し染みるかと思うかもしれませんがその傷に効きますよ」
何を考えていると普段なら突っ返すが――。
「あざっす」
「いえ」
今日のジャックはすんなりと受け取ってしまった。アズールの満足げな顔に何だろうと思いながらもジャックは大切に実験着のポケットに入れた。
「臭う」
「は?」
帰寮した瞬間、談話室にいたレオナが顔を顰めて言い放つと身体が浮いた。
自分の状況を理解する前に場面が展開していく。こういうのって理解するのに時間かかる。そして、理解したときは全てが終わった後だったりする。
ジャックは魔法で談話室の池に叩き落とされた。身体を強かに痛めつつも水から顔を出すと傍に立っていたレオナが険しい顔のままジャックを見下ろしていた。
「何すんだッ!」
理不尽に池に落とされたことに抗議の声を上げればレオナは「黙れ」と唸る声を出す。その不機嫌をたっぷり含んだ声にジャックは思わず言葉が詰まる。まだ一年も共に居ないがこの声が面倒臭い状況に場面展開していくのだけは薄々気づいている。
「おい。ジャック、テメェまたオクタヴィネル寮に行っただろ」
「はぁ?」
一瞬呆けたジャックだが先ほどまでいた寮を忘れたりしない。
「それがどうしたんすか」
レオナに言われた通り間違いなくジャックはオクタヴィネル寮に居た。だが、これはモストロラウンジとかでのアルバイトではない。勿論、寮長へ相談していたわけではない。今日はアズールと共に次の薬草学の合同授業に向け準備していたのだ。そして、その器具をアズールが寮に一式持っていたから集中するために寮で活動していた。お蔭でいい素材が完成したのでジャックもアズールも大変満足していた。
ふと過った缶ケースが不安になる。もしかしたら実験着に入っているから無事かと思ったけれど水に溶けてしまったかもしれない。確認したいが今は目の前の怒れる寮長を宥めなければいけない。
「……アズール先輩と次の合同授業に向けて素材の準備をしていただけっす」
「ハァ~。ジャックくんったら、ほんとに警戒心はどこいちゃったんスかねぇ」
何が悪いことでもしたのかとレオナを睨んでいればどこからともなくラギーが現れた。今日のラギーはアルバイトがないのか。はたまたレオナの世話が今日のアルバイトなのか。この時間珍しく寮にいたようだ。そのラギーもレオナと同じくヒリついた空気を纏っていた。
「警戒心って……今日は本当に何にもなかったっす」
「おいおい。今日はってなんだ。笑わせてくれるなよ、犬っコロ」
「ジャックくーん。それってさぁ、今日以外は何かあったってことッスかね?」
意地悪く唇を歪ませる二人の何とも色の無い瞳。その瞳で見下ろされたジャックの身体には恐怖が付きまとう。そして、この後ろくでもないことが起きるのは想像に容易い。
「テメェから巣穴に潜り込むなんて馬鹿の所業だ」
「ほーんと。ジャックくん、何度も言ったでしょ。オレたちが許可しない限りハーツラビュル寮にも、オクタヴィネル寮にも、ポムフィオーレ寮にも行っちゃダメって」
ね、としゃがんだラギーの目は少しも笑っていない。
「……今回は課題があって!」
「ガキみてぇな言い訳すんじゃねぇよ」
レオナがスパンとジャックの言い分を叩き斬る。それにジャックは奥歯を噛む。いつもは子ども扱いする癖にこういうときは大人の仲間入りとかばかりの扱いだ。
「てことで、ジャックくん、今からまた覚えるまで復習だから」
「うっ」
〝復習〟という言葉に水中にある尻尾が内側に入る。この復習といったらただの復習ではない。この二人の機嫌がよくなるまで、いや満足するまで付き合わなければいけない。
「おら。ジャック上がれ。ラギー」
「はいはい。バスタオルの準備はできてるッス!」
背を向けるレオナに、大きなバスタオルを広げるラギー。ジャックはこれから自分の身に降り注ぐ行為に恐怖すら覚えた。